作:Trefoil Knot / 試行存在

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 来客を告げるベルが鳴る。ドアが開く。

 現れたのは──。

 

「あら、いらっしゃい──ジュニちゃん」

「ん」

 

 

 

 

「私、多分死んでる……っぽいんだよね」

 

 第一声は、そんな物騒な言葉だった。

 首の辺りをしきりにさすって、自らが頼んだカクテル──ギムレットを飲んで。

 ジュニちゃんは。

 

「死んでる?」

「多分。"終わり"で忘れてるっぽいけど、私はもう死んでる……何らかの、多分リソースの交換、限素の交換か何かで生き永らえているけれど、本来はもう"終わって"もおかしくない存在……だと思う」

 

 白い液体を転がしながら。

 少しばかり憂鬱そうに、何かを思うように。

 

「もしそれがホントだとして、私に何を言いに来たのかしら」

「アンタさ、"終わらない"んでしょ。多分だけど。……多分、"終わった"ものの事も全部覚えてる。違う?」

「どうしてそう思うの?」

「それもわかんない。多分、でしかない。私には異能なんてないから、アンタからなんかヘンなものを感じるとかもないし。でも……アンタは、私達よりずっと長く生きている。ずっとずっと、何かを目指してる。そもそも人間じゃない可能性もある」

「一応、人間よ」

「そうなんだ」

 

 ジュニちゃんは、だから、と。

 言葉を続ける。

 

「私が"終わって"も、私の言葉を忘れないでいてくれるのって、アンタだけなのかな、って」

「……伝えたい言葉があるの?」

「多分ね」

「それも多分なのね」

「……"終わり"によって消失した記憶の中で、言われた言葉、だと思うから。曖昧にしか覚えていないし、面と向かって言われたわけでもない、と思う。……だけど、返事も無しに消えて、相手が思い出せない、ってのもさ。なんか、モヤっとするじゃん」

 

 全部が曖昧だ。

 全部が曖昧なその中で、けれど相手を慮る気持ちはある。

 でも。

 

「怖くないのかしら?」

「どっちが? 死? "終わり"?」

「どちらでもいいけれど」

「どっちも怖くないよ。遅いか早いかの違いでしかない。それに、私の経歴だってわかってるんでしょ。……私は別に、今も昔も変わってないよ」

「英雄に拾われて新しい名前を名乗って、平和に身を浸す程度には変わったんじゃなかった?」

「へぇ。そんなことまで調べられるんだ」

 

 ジュニちゃん……いいえ、暗殺者ユンは標的の居た国に自ら捕まった。自分の国が無くなったから。

 けれど色々あって──その国も滅ぼしてしまって。

 翌朝立っていたのは、ただの一人だけ。

 ユンちゃんを捕まえた──匿った国から、彼女を守ってほしいと依頼を受けていた英雄。他国の事情に首を突っ込む必要はないと散々言われても、仲間たちに道を阻まれても、一切耳を貸さずにその国へ辿り着いていた英雄ウェイン。

 大吾君のお父さん。

 

「ま、ちょっとはね。カワイー服とか、お友達とか? なんか、日常(へいわ)を過ごすにあたって必要なことを仕込まれたよ。自由にして良い、じゃなくて、過ごせ、って命令でね。仕留め損なった獲物っていうのもあったけど、丁度何の命令も受けてない状態だったからさ。命令の更新で、わかりました~、って」

「命令の更新、ね」

「言ったでしょ。変わってないって」

 

 契約は絶対。命令は絶対。

 刷り込まれた常識は、たとえ新たな常識を学んだとしても消える事は無い。それを自覚しても、それが世界から見ておかしい事なんだと知ったとしても、何も変わらない。

 ……やっぱりこの子からは、あんまりリソースが取れそうにないわねぇ。

 

「いいわよ。伝言、伝えてあげる」

「ありがと。じゃ、大吾に伝えてよ。"ごめんね"、って。"私ソレわかんないから、他を当たって"ってさ」

「自分の名前は、いいの?」

「"終わった"らそれも忘れちゃうでしょ。誰が言ったかなんて重要じゃないよ。大事なのは、行き場を失った感情(リソース)の宛先。それによる増幅。違う?」

「……よく、そこまで」

「ま、"ABSに関心を持っていない人間はいらないから、殺して欲しい"なんて依頼をしてくる時点でね。そんな大規模で曖昧な依頼初めてだったし、やろうとしたらもう大体死んでたし。イアン達は気付いてるのかな。もうこの国以外に、人間なんてほとんどいないって事」

「気付いてはいないでしょうね。情報は規制されているわ。それに、生命活動の停止に留めた──"終わらせて"いないから、喪失感も覚え難いでしょうし」

 

 計画はいよいよ大詰めだ。

 無気力な人間は要らない。"世界の終わり"に際して、そしてビーダの最後の狼煙に対して恐怖を抱く──抱いて、リソースを増幅させる存在だけが残っていればいい。

 それ以外は、コアの、限素の無駄遣い。

 

「ね、ジュニちゃん」

「何」

「イアン君や大吾君。藍沙ちゃんと一緒に色々なことをして……楽しかった?」

「あは、ナニソレ」

 

 ジュニちゃんは。ユンは。

 万感の思いを込めるように息を吸い、目を瞑り──笑顔で言う。

 

「──ぜーんぜん。楽しくなかったよ。楽しい命令なんて、今まで一つも無かったもん」

「そ」

「……ま、スリルはあったけどね。特に藍沙と一緒の時は、ずっとひやひやしてた」

「でしょうね」

「なんだ、それも知ってるんだ」

「いいえ、詳細は知らないわ。でもそれが私にとって都合の悪い事であるのと、無──異能に類するものだってことはわかる。わかるだけだけどね」

「……ん。じゃ、頼んだから、伝言。お代は依頼料でいいよね?」

「十分よ」

「じゃね~」

 

 そう、軽く嘯いて。

 ジュニちゃんは、店を出ていた。

 バタン、と。扉が閉まる──。

 

 

 

 

「でさ、これ。話題の新作ドーナツ。買えちゃったんだよね~」

「へえ。凄いじゃないか。結構並んだのか?」

「ん? んーん。丁度空いててさ。誰も並んでなかったから、ラッキーって」

「でもコレ結構高いんじゃ……お金払うよ」

「もー、藍沙そういうとこ全然進歩しないよね~。友達なんだから、いいじゃん。はいこれ」

「で、でも……」

 

 平和、というのだろう。仮初の、だが。

 テロ組織Absurdusの首魁、エウリス・ビーダ。そして俺達の仲間であるエヌ。

 その両名が今朝、最後の宣戦布告、なるものを出した。最悪のメイデイ、紅のアーグに続き──最後に示したのは、ある小学校。

 明日。殺戮ショウが決行される、と。ボス自らの大告知。誰もが恐怖し、誰もが家に閉じこもり、国は対象の小学校のみならず、全小学校に休校要請をした。学校側もそれに従い、今外に出ている小学生は一人としていないだろう。

 その余波を受けたのか、中学、高校、大学までもが自粛の流れとなり。

 

「……にしても、ホンットに誰もいないね」

「みんなABSを怖がってるからね。でも、その方がありがたい。周囲を気にしながら戦うのは避けたいし」

「それは……うん。そうだね。その間に私達がABSをやっつければ」

「うん。僕の異能を鍛えるとか、そういう話もあるけど……とりあえずの危険は取り除ける。エウリス・ビーダさえ倒せば、エヌは僕らの元に戻ってくる……はずだし」

「弱気だな、イアン」

 

 年齢は違わない。

 だが、どこか意思の弱いこの同級生は、見ていて弟のように感じる。

 身に宿す異能も、その運命も──俺なんかとは比べ物にならない程重いというのに、ついつい兄貴面をしてしまう。

 

「ん。ごめん。エヌは必ず取り戻すよ。最悪あの刀折って、頭叩いて、縛ってでも連れ戻す」

「あは、なにそれ。イアンってそんなキチク趣味だっけ?」

「いやそんなんじゃ!」

 

 配られたドーナツ。

 甘いモノ、か。特段好きというわけじゃないが、まぁ食わないのは流石に礼を欠くだろう。

 何より彼女の買ってきてくれたものだ。……などと意識をしすぎる程、初心ではないのだが。

 

「ま、宣告された日までまだ一日あるわけだしさ。とりあえず脳にトーブン入れて、明日に備えようよ。ほら、食べて食べて。めっちゃ美味しいんだから」

「それもそうだね。じゃあ、頂くよ」

「いただきます」

「ああ──」

 

 それを手に取り、イアンと藍沙に倣って、食べる。

 彼女はニコニコと俺達が食べる姿を見ている。……恐らくそのリアクションを期待しているのだろう。父から託された時には喜怒哀楽の一つ足りとて知らなかった幼子が、よくここまで、なんて年より臭い事も考えてしまう。

 

 そうして、ドーナツを――齧った。

 

「美味しい。へぇ、こういう味もあるんだ。僕、ドーナツって甘いばっかりだと思ってたけど……」

「うん。甘いけど、後味がすっごくさっぱりしてる。多分だけど、抹茶、かな? 入ってるの……」

「ああ、これなら俺でも食べられる。……美味いな」

「珍しい。大吾が甘いモノを笑顔で食べてるなんて」

「い、イアン君。そもそも大吾君の笑顔が珍しいよ。こんな満面の笑みで」

「おいおい、流石に失礼じゃないか? 俺だって楽しかったり嬉しかったりしたら笑うさ」

「でもいつもいつも額をこーんなになるまで顰めてるのに」

「あはは、藍沙。その真似ちょっと似てるかも」

「……本当に酷いな。なぁ──」

 

 そう思わないか。と。

 それで返ってくるのは、梯子を外すような言葉だと。

 

 誰かに、期待した。

 

 ドーナツの箱から、黒白の粒子が昇っていく。

 

「え、嘘、"終わり"?」

「……一つだけ、多分残ってたんだろうね。今朝買ってきたばっかりだから寿命なはずはない。だから、やっぱり世界の"終わり"は本当にもうすぐそこにまで迫ってきている、ってことかな」

 

 周囲を見渡す。

 異能の宿る眼で、大学構内を見る。

 誰もいない。俺とイアンと藍沙しかいない。

 

 誰も──いない。

 

「どうしたの、大吾」

「どうしたの、大吾くん」

 

 そこに。

 ドーナツの箱がある──俺の向かいの席には、誰もいない。

 いるはずもない。俺達三人でABSに立ち向かってきたんだ、今更一般人を入れて、なんてありえない。それら話をする席でもあるんだ、関係者以外がそこにいることも絶対にない。

 だから、いるはずがない。

 

 いるはずがない誰かを、俺は必死で探す。

 

「嘘を」

「嘘?」

「大吾?」

 

 嘘を吐くな。

 嘘を吐くな。

 俺の異能は育った。心まで読める。イアンと藍沙におかしなところは何もない。

 でも、でも、でも。

 どうして俺の心は──こんなにも。

 

「嘘を吐くな。おい。嘘を吐くな!」

「大吾、どうしたんだ……もしかして何かいるのか!?」

「とりあえず結界を……あ、大吾くん!?」

 

 誰かに叫ぶ。

 噓を吐くなと。本当の事を言えと。

 ちゃんと言え。ちゃんと、面と向かって──もっと早くに言え。言っておけば、言って、言葉にしておけば──伝えておけばよかったのに。

 何が父親面だ。その気持ちは。ずっとずっと、持っていたはずだろう。誰に? 誰に対して父親面なんかするんだ、俺が。誰だ。俺の心をかき乱すのは。

 

「嘘を吐かないでくれ。頼む──頼むから」

 

 言葉を吐き続けろ。寡黙を気取るな。

 そうでもしなければ──ああ、忘れてしまう。

 もう無理だ。もう覚えていない。覚えていない事さえも、忘れてしまう。

 

「頼む。頼むから──せめて、俺の言葉で」

 

 わからない。もうわからない。

 ただ、もやもやした何かが。心の中で、ぐるぐるとした何かが渦巻いている。

 

 せめて。

 せめて、開示される、なんて方法じゃなくて。

 俺の言葉で。たとえ断られたとしても──それでもいいから。

 

 なぁ、誰なんだ。

 俺の心は、誰に、何の後悔をしているんだ。

 

「……これだけは、わかる」

「ちょ、大吾! 大丈夫──って」

「はぁっ、はぁっ……ダメだよ大吾くん、何かあるなら固まって動かないと危ないよ!」

「嫌だったんだろう。嫌いだったんだろう。その言葉。お前が誰なのか知らないし、お前と俺の間に何があったのかも知らない。でも──それを言わなかったのは、本当、なんだろう。嘘じゃないって。嘘なんかじゃないんだろう。だから、何も言わずに消えたんだろう!」

 

 叫ぶ。叫ぶのだ。

 わからない。自分が何を言っているのかわからない。誰に言っているのかも、何故、何故、なんで。

 

「大吾……なんで、泣いて」

 

 泣いたのなんていつぶりだろう。

 生まれて初めて、かもしれない。母にだって、生まれた時にも顔を顰めていた、と言われるくらいには……表情の硬い子供だったから。

 でも、喜怒哀楽がないわけじゃなかった。だから教える事が出来た。

 ──誰に?

 

「さよなら、って。言わなかったのは……それを別れだと思っていないからだ。嘘を吐くなよ。嘘を吐くな。お前は全部わかってた。お前はもう理解できる所にまで来ていた。本当は、ホントは、本当は!」

 

 誰もいない構内に声が響く。

 誰だよ、アンタ。誰なんだよ。俺は何に怒っているんだ。なんで泣いているんだ。

 もう、何も。

 何もない。心の中に、何も──。

 

「──奪われたく、ないからか」

「!」

 

 ゆっくり、イアンと藍沙の方を向く。

 お似合いカップルだ。流石に体力のあるイアンが、体力のない藍沙を支えて。その藍沙は息を切らして。

 

「なんだ、お前達。どうしたんだ」

「いやそれはこっちのセリフだけど!?」

「と、突然大吾くん走り出すから、何事かと思ったよ……」

「ふむ。……む。む? 俺が突然?」

「いやいいよもう……敵とか妖魔が見えた、みたいなことじゃないんだね?」

「敵?」

 

 異能を用いて大学構内を見る。

 見渡す。

 ……ふむ。

 

「何もいないぞ」

「ああ、もうそれでいいよ。もう……ドーナツまだ食べきって無いからさ、戻ろう?」

「"終わって"たりして……」

「いやまさか、一個"終わった"からって全部が全部……確認しにいこう!」

「うん!」

 

 踵を返し、早足で戻っていく二人を――追う。

 

 そんなにも──大切に想ってくれていたのか。

 ああ、それだけで。

 

「……こんなにも俺が不安定になるのは、やはり"世界の終わり"が近づいている証、か」

 

 俺も、二人に追いついた。

 

 

 

][

 

 

 

「それで、なんで小学校なんか選んだんだい? 他にも"終わる"場所はいくらでもあったろうに」

「ん-。ま、オジサン子供に優しいからさ。殺すにしてもちびっこは嫌だろ? それに、あー。なんだっけ、第一位の名前」

「エメト」

「そう。ソイツがなんか、希望してた気がするんだよな。小学校でやりたい、とかなんとか。全っ然覚えてねえんだけどさ」

「ふぅん」

 

 夜の小学校を行く二人。

 片方は40、50くらいの中年。片方は15、6歳くらいの中学生。

 

 明らかに事案。

 

「で? どこに向かっているんだい? 折角の夜の学校だ、音楽室にでも行くのかな」

「なんで音楽室なんだよ」

「音楽室の幽霊と言えば有名……って、そうか。"今回"においてそういった怪談は発生してなかったな」

「怪談ねぇ。お前の出身国……あー、ヒノモト、だったか? そこにはそーゆーのがいっぱいあったわけね」

「ああ。勿論実在しなかったけれどね。私の世界において、この世界で言う妖魔は精霊と呼ばれていたから、幽霊なんて発生のしようがないんだ」

「ほーん。あんま興味ねぇなぁ」

「だと思ったよ」

 

 歩いていく。ワインレッドのスーツを着たおっさんが、ポケットに手を入れて、ツカツカと歩いていく。

 追従する少女はどこか楽しそうに、時折スキップなんてしながら彼についていく。事案だろう。

 

「ここ、君の母校だったりするのかい?」

「違うが」

「にしては構造に随分詳しいじゃないか」

「あー。まァな。一度だけ、なんつーの? 授業参観で来たことがあンのよ」

「フッ」

「あ、今鼻で笑いやがったな」

「いやいや! 今のは君が悪いだろう。その図体で、その顔で授業参観って……クク、さぞかし怖がられたんじゃないか?」

「仕方ねェだろ蒔菜が野暮用で行けなかったんだよ。んで藍沙が駄々こねっから、一回くらいは父親らしィことしてみてもいいかもしれねェな、つって行ったら」

「行ったら?」

「まァ、ご想像の通りだよ。死ぬほど怖がられた。オジサンの悪役顔、昔っからなのよねー」

 

 おじさんは、あァ見つけた、とばかりに。

 その部屋の前で立ち止まり、かけられた鍵を強引に引きちぎって、戸を開ける。

 

「図書室? 君、本なんて読むのかい?」

「たりめーだろ。先人の遺してきた"終わらない"記録なんざ、貴重も貴重なんだ、誰だって読むだろ」

「ふぅん。……しかし、この図書館といい校舎といい、随分と……懐かしいな」

「懐かしい? それはまた、ヒノモトの話か」

「ああ。建築様式に関してはこちらの方が進んでいる……私の時は木造だったとはいえ、全体的な雰囲気がそっくりだ」

「んー。まァこの学校は藍沙の、っつか蒔菜の選んだ学校だからな。今尚鎖国中、っつか多分アズに滅ぼされた国の気風を組んでんだろ」

「なるほど、陽下蒔菜も陽下藍沙も、この国にしては珍しい姓名だと思っていたけれど……そうか、母方があの国出身なのか」

「まァな。つか珍しくもねぇだろ。この国はいろんな国からの移民を受け付けてんだ。エーユー様の意向でな。まァそいつも死んじまったが、その気風は残ったまま。探せば結構いるぜ、色んな国の奴が」

「だからこそ、アズはこの国を拠点にしたんだね」

「……まァな」

 

 図書館に入り、中を物色する二人。

 おじさんは児童書……御伽噺の辺りを、少女は適当にぶらついている。

 

「おー、あったあった! これこれ」

「お目当てのものか」

「ああ。『ディム』。はじまりの物語」

「なんだ、それならその辺の書店にもあるだろう。というか、置いていない書店がないくらいだ。子供向けの御伽噺としては、あまりにポピュラーだからね」

「コレさ、Trefoil Knotに与えてやれよ。多分アイツこの本知らないぜ。構造物は丸々模倣したはずだから、存在自体は把握してるのやもしれんが、中身まで読んでねェだろ。アイツ、自分を作ったアズがどんな奴なのかも知らないままなんだ」

「……それは構わないけど、どうして君が渡さないんだい?」

「は? え、そんなの決まってるだろ」

 

 何言ってんだコイツ、とばかりに。おじさんは、口を開く。

 

 ──俺が明日死ぬからだよ。あ、今日か?

 

「……負けるつもりかい?」

「つもりも何もオジサンに戦闘力は無いってば。何回言ったらわかんだよ。オジサンに出来るのは符術と未来予知だけだって」

「その未来予知は、FTRM3Uによるものだろう。まぁ符術が出来る時点で十分な戦闘力だと思うけどね」

「明日やる殺戮ショウは、全国放映するショウの映像を見ている全員に対する強制転移──その時点でまァ誰かが死ぬかもしれんが、そっからの殺戮はお前の仕事だぜ」

「やれやれ。ま、親は子にそういうモノを見せたがらないだろうからね。君の言うちびっこはほとんどこの場には来ないだろう。だが、一部には興味を持つ子もいると思うよ?」

「そりャあまァ仕方ねェだろ。ソイツの運命さ。そればっかりは俺もどうにも出来ねェ」

 

 そんで、血みどろになった体育館に。あ、体育館で放送すんだけどさ、なんて。

 軽い口調で話しながら、『ディム』の物語を捲っていく。

 

「全部を殺して、血だらけになったお前のトコに藍沙……つーかイアン一行のご登場よ。その際お前があっちに戻るのか、戻らないか。それは任せる。どうでもいい。ただ俺は許されねえだろう。あの怖い怖い骨の手で"終わらせ"られる。だから、その本をTKに見せるのはお前の役目なんだよ」

「それでいいのかい、君は」

「良いも悪いもねェよ。アズはもう俺には大して興味ないだろうしな。気を許してる。心を開いてる、つってもそりゃ同じくを志す仲間としてのソレだ。オジサンにはそんなに巨大な感情がねェからよ、リソースとしては期待されてないのがわかんだよ」

「……そうか。だが、それでは私が納得いかない。少しばかり奥の手を使って、今から一瞬だけ君とTKを引き合わせる。本はその時に君から渡せ」

「え、おいおい余計なコトは」

 

 少女が──その腰に携えた長刀を引き抜く。

 銘を"不終の太刀"。名の通り、この刀は"終わらない"。といっても"世界の終わり"に耐え得る程じゃない。一度や二度ならともかく、三度目はもう無理だろうと少女は分かっている。

 

「ヒノモトが巫姫、神形(カムナリ)──此処に今一度顕そう。彼我を阻むモノを――斬れ」

 

 振り下ろされる刀が、何かを斬る。

 斬り落とされたのは。斬り開かれたのは──空間だ。

 

 空間を改変する魔導。その最終系。

 

「真っ暗なんだが」

「当然だろう。繋げたのは研究所ではなく、Trefoil Knotのいる異相空間だ。既に『箱庭』の出来上がった場所。その外側。気軽に繋げられる場所ではないから、手っ取り早くな」

「いやだからオジサン何も言う事ねーってドウワッ!?」

 

 少女がおじさんを蹴る。蹴り飛ばす。蹴り落とす。

 おじさんは。エウリス・ビーダは。その暗闇の中に――落ちていった。

 

「躊躇が長いんだよ君は。いいからあってきなよ。君の、もう一人の子供といえる存在に。私達の大切な子供にさ。これも授業参観だよ、お父さん?」

 

 にっこり笑って。

 少女は──刀を鞘に納めた。

 

 

 

 

 

 

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