作:Trefoil Knot / 試行存在

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「イテテ……くそ、アイツ、結構な威力で蹴りやがって」

「……エウリス・ビーダ様、ですか?」

「あン?」

 

 乱暴小娘から蹴り飛ばされたその先は、やっぱり真っ暗な空間だった。

 地面らしき地面はない。中空に浮いた体というのはヘンな感じだ。

 

 そのヘンな空間──異相で、声が響く。

 

「おー。お前がTKか?」

「はい。私がTrefoil Knotです」

「姿は見え……ねぇな」

「申し訳ありません。私には特定の姿というものが与えられていません」

「まァいいんだけどよ。……あァ、そうそう。オジサンね、お前に渡すもんがあってここに来たのよ」

「渡すもの、ですか? しかし、申し訳ありません。限素で形作られたものはこの『箱庭』に入れてはいけないとAZ様より……」

「まァまァ、なにも『箱庭』に入れろって話じゃねェんだ。ちょいとばかし、これ。この本見てみな」

 

 言いながら、『ディム』の物語を差し出す。

 無重力ってやつか? ふわふわと浮いていくソレ。なんだ、読んでるのかね。

 

「これは……影と、光?」

「あァ、そうか、文字が読めねえんだな。ま、絵だけでもいいよ。それはさ、世界の始まり……あァこっちのな。こっちの世界の始まりに関する御伽噺なんだわ。『ディム』つってよ」

「『ディム』」

悪なる者のために(Doom therefore)運命は終わりを告げる(End because Malignant.)。略してD∴E∵Mだ。DEM。ディム。それがこの世界の成り立ちで、且つアズの野郎を指す言葉さ」

「AZ様、ですか」

「そう。アイツ、悪なんだよ。ま、つっても悪いって話じゃねえ。無にとって悪なんだわ。無っつーのは際限の無ェリソースを欲しがるバケモンでよ。だから、リソースの一切を生まないアズは最悪なんだわ」

「しかしAZ様には感情があります」

「そこなんだよな。つまりよ、アズの感情は、リソースにならねェのさ。何故なら限素生物じゃねェから。ははは! 笑えるだろ? じゃあなんだって話だよ。わかるか?」

「いえ、申し訳ありません」

「人間だよ。ニンゲン。アイツは"理外の傍観者"。そして──」

 

 『ディム』の最初のページ。

 光の玉の前に一人の人間のようなものがいて、それのせいで影が出来ている。その影が恐ろしい何かを映し出している。ただそれだけの絵が両ページにでかでかと描かれていて、その中心に描かれた一人の人間のようなものに、"DEM"と書かれている。

 

「無のコア。それがアイツだ」

「……ウォロッソ様の言っていた、リソースを蓄える際にあるべきもの、ですね」

「あァ。ハハ、おいTK。さっきから思ってたが、ちょいとお前辛気臭ェな。干渉無干渉はどっちでもいいんだがよ、もっと笑えよお前。オジサンからの処世術だが、笑った方が良いコミュニケーションを築けるぜ」

「……わかりました。努力します」

「真面目かッ!」

 

 本が戻ってくる。

 まァ限素の塊だからな。やっぱりこの世界にゃおいとけねェんだろ。

 

「内容の全てを理解した、とは言えません。また、後半はほとんど白紙でした」

「あー、そりゃアレだよ。"てめェの物語はてめェで作れ"って教育方針。お前の場合は記録になるのか? まァ知らねえが、好きに書いていっていいぜ。その本って概念は餞別だとでも思っといてくれ」

「わかりました。……そろそろ時間のようです。ビーダ様。身体が引き上げられて行っています。さようなら、と言うべきなのだと習いました。ああ、いえ」

「ん?」

「ははは! じゃあな、ビーダ! ……と、こんな感じでよろしいでしょうか?」

「おーおーおー! 嬉しいね、オジサンを真似てくれんのか! いいよ、それでいけTK。アズになんか言われても、俺のせいにしな! 笑え笑え! その方が絶対楽しいからよ!」

「ああ! ──どうか、安らかな眠りを。ビーダ様」

「おうよ!」

 

 引き上げられる──っつか、吐き出される。

 異物として、ペェッ、と。

 

 そこは元の場所、図書室で。

 

 仰向けになったオジサンの視界に――それはもう可愛らしいぱんていが見えた。

 

「……すまん」

「その程度で恥じらう程初心じゃないよ。ところでさっきから思っていたんだけど、私と君が並んで夜の学校にいる、ってこの絵面、凄く事案じゃないかい?」

「うっせ、オジサンも思ってたよ」

 

 すぐに体勢を立て直す。

 いやぁ、なんだかイイことをした気分だ。そーそー、あんぐらい豪快に笑った方が絶対ウケ良いって。

 

「会ってよかっただろ?」

「あァ。礼を言っておく。んで、まぁ──最終調整に体育館へ行くとするか」

「ああ」

 

 本棚に『ディム』を戻して。

 来た時より少しばかり陽気な気分で、明日の準備へと向かう。

 

 明日には死ぬってのに、なんとも──いや。

 娘にも息子にも色々託して逝けんだ。テロ組織の首魁としちゃあ、十二分に恵まれた終わり方だろう。

 

「……今FTRM3Uから"助けてくださいカムナリ、Trefoil Knotの話し方がおかしくなりました"ってきたんだけど、君のせいかな」

「さァて、何のことやら」

 

 終幕は近い。

 だがまァんなこた、口笛でも吹いてとっとと終わらせちまおう。

 新たなる世界のために――ってな。

 

 

 

 

 ──"あー、あー。テステスマイクのテスト中。ん゛ッん、あー。聞こえているかな、全世界の諸君。セカイノオワリに震える君たちを更に震え上がらせているテロリスト集団Absurudusが首魁、ボス、一番偉い奴! そう、俺がエウリス・ビーダだ。見てるか? 見てるな?"

 

 ふざけた放送が始まったと、誰もが思った事だろう。

 端末の電源を落としているにもかかわらず強制的に起動・始まったその放映に、誰もが注目する。子のいる親は子供の目と耳を覆ったり、端末の無い部屋に移動させたりして、けれど己は見る。今後の安全のために、我が子のためにも、と。

 

 ──"つーゥわけだ、ほら。()()()()()──()()()()()()()()"

 

 勘の良い者が端末の電源を切ろうとした瞬間にはもう遅かった。

 全世界。といってももうそのほとんどが失われた世界から──映像を見ていた者達の全てが強制転移を食らう。

 ある小学校。その体育館へ、敷き詰めるように。あるいは少しばかり重なって、潰れて、悲鳴が上がる。

 

「よう。怖いか? 怖いだろ。俺がエウリス・ビーダだ」

「あ、あ……」

「はン、なんだ。声も出ねえか。いいよ、それでいい。そのまま何も出来ずに──死ね」

 

 恐怖から、だろう。

 動いた者はいた。部下の姿が見えなかったから、一人なら──勝てるんじゃないかと思った、勇敢な馬鹿がいたのだ。

 ソイツは運よく最初の転移でもなんの被害もうけていなかったから、血走った目で壇上に上がり、エウリスに突っ込んでいく。「あああああ!」なんて声をあげて、武道の武の字も知らないような構えで、テレフォンパンチを。

 

 響いたのは、プッ、という。

 何かを飛ばした音だけ。

 

 消えたのは、エウリスの吸っていた煙草と──殴りかかった奴の上半身。

 

「さぁ! 始まりだ、殺戮ショウの! 知ってるか? 知らねえだろ! 実はお前達が最後の人類だ! なんせ──他国は全滅してるからな! ハハハハ!」

 

 手を広げ、エウリスは叫ぶ。

 狂ったような哄笑を上げて叫ぶのだ。

 

「ここに、最後の終わりを始めよう! 消えていった、"終わって"いった全てに捧げる弔い合戦だ。一方的な、だがな!」

 

 気付かなかったのだろう。誰一人として。

 実はいた。最初からいたその少女に。体育館の真ん中にいた──他と同じく転移させられてきたものだとばかり、誰もが思い込んだその少女が。

 

「やれ、エヌ」

「オーケーボス」

 

 声への恐怖と、逃げださんとする足。どちらが速かったのか。

 ──関係ない。その意思ごと、細切れにする。

 

 まるで竜巻の様に──転移させられた人々が、中心から、瞬く間に惨殺されていく。

 エヌ。エヌだ。ABSの新入り。第六位。

 悲鳴と断末魔の入り混じる体育館で──その出入口の全てが封鎖された密閉空間で。

 

 少女は、赤に塗れたダンスを踊り続ける。

 

「全部だ。全部殺せよ、エヌ。ゆっくり、確実に、素早く、的確に──殺せ」

「オーケーボス」

 

 赤だ。赤に塗れて行く。

 壁も床も、天井に至るまで。全てが赤に染まっていく。

 

 そうだ。

 これこそが、殺戮ショウだと。

 

 誰もが──。

 

「イアン! この扉、"終わらせ"てくれ!」

「わかった!」

 

 その、"お早いトウジョウ"に。

 

 違うリソースの色が見えた。

 

 

 

 

 

 現場は凄惨な有様だった。

 血で染まっていない場所がない。けれど、まだ──まだ、生きている人がいる。

 

「おお! 想定の三倍は早い到着だなイアン・エンハード! 馬鹿野郎、もちっと空気読めよ、ちょっとばかり希望が生まれちまったじゃねえか──可哀想に」

 

 壇上のマイクを取り、こちらへ語り掛けるはエウリス・ビーダ。実況席にでもいるつもりなのは、ノリノリでマイクを握って苦言を呈す。

 エウリス・ビーダがそこにいいるのなら。

 この殺戮を引き起こした者は。

 

 テロ組織Absurdusが、()()()()()()()()()──エヌしかいない。

 

「エヌ……」

「あぁ、みんなか。でも見ての通り、今取り込み中でね。後にしてくれないか」

「そんなわけにはいくか! 藍沙、結界を! 大吾はまだ生きてる人の救助! 僕は──」

「──へぇ。なんだ、イアン。私とやろうっていうのか」

 

 明確な殺意だ。

 どろっとしたものでも、悍ましいものでもない。

 既に心臓を刺し貫かれているような──斬り伏せられているかのような、凛とした殺気。

 

「守ります!」

「馬鹿野郎、そいつァ俺がさせねェよ!」

「っ、結界を結界で潰しっ……!? 大吾くん!」

「剣圧!? ──あ、あぁ。助かった、藍沙!」

 

 幾枚もの符を出して符術を展開する藍沙に、けれどビーダの妨害が入る。要救助者、恐怖に震えている者、イアン達を救世主として見て──縋ろうとしている者。

 

「だ、ダメです! 動かないで──ぁ」

「そうだね。こういう場合は動かない方が賢明だ。でないと、簡単にマトになる」

 

 縋った者の首が落ちる。イアン達の入って来た、破壊された扉から逃げようとした者の首が落ちる。

 イアンを挟んでいるにも関わらず、その剣圧は全てに届く。

 

「エヌ! やめるんだ!」

「上から目線で物を言うのをやめなよ、イアン。結局彼らの事は大切に思えてないんだろ? 結局世界の名前もわかってないんだろ? 君はそろそろ、自分が道化だって自覚するんだ。誰よりも成長してないのが君なんだよ、イアン・エンハード」

「別に構わない! 僕が一番下で、道化でも──君を取り戻せるなら、なんだっていい!」

 

 エヌの"不終の太刀"と、イアンの骨の手がぶつかる。

 今までどんなものでも簡単に切り裂いていたソレが、初めて停まる。膂力では勝っているはずのエヌが、それ以上を押していけない。

 

「大吾! この刀、見える!?」

「──いや、ダメだ。その刀は壊せない!」

「わかった!」

 

 キシキシと音を立てて動いていた骨の手が──ぐ、と。刀を掴む。

 ようやくイアンの意思で動いてくれたのだ。ようやく手の持ち主も、協力する気になってくれた、という事だろうか。

 

「これさえなければ、エヌ、君はただの──」

「ダメ、イアン君!」

 

 刀を掴み取り、その身を抱きしめんとしたイアンを、藍沙が横合いから符術で吹き飛ばす。

 攻性のある符術だ。それを仲間に使った。

 何をするんだ、と。イアンは藍沙を見る……その前に、先ほどまで自身がいた場所──そこに突き出された拳を見て、口をつぐんだ。

 

「私に刀だけしかないと誰が言ったのかな。藍沙はその可能性を危惧していたみたいだけど」

「っ!」

「おいおい馬鹿野郎共、よそ見してっと俺が殺しちまうぜ!」

 

 周囲──壁際で、ぐちゃ、という音。

 符だ。足場の符術。それが、恐怖に怯えていた人々を圧し潰している。

 

「やれやれ、どこが戦闘力は無い、なんだか」

「いや実は知られてねェんだけどさ、オジサン符術協会の符術師資格一級取ってたりするんだぜ」

「君に試験を受ける、なんて殊勝な態度があったことに驚きを禁じ得ないよ」

「うっせェなァ。ほら、エヌ。まだ残ってるぞ」

「はいはい」

 

 随分と──随分と仲の良い様子で、彼女とエウリスは話す。

 そのことに、心のどこかが痛みを発す。

 

「イアン君! 危ない!」

「ッ、!」

 

 顔の前に展開される壁の符術。

 そんなものを軽々と引き裂く長刀に、バックステップで下がるイアン。余計なコトを考えた。折角掴んだ刀も離してしまったし、さっきから自分だけ使い物になっていない、と喝を入れる。

 

「ほら、また一人死んだ」

「──イアン、床だ! 床を"終わらせろ"!」

「成程! 良い考えだな大吾・ウェイン! 英雄の息子!」

 

 言われるがまま、体育館の床に骨の手を当てる。

 本来の「終わらせない」異能と違って、骨の手は意識無意識関係なく全てを「終わらせる」。

 

 黒白の粒子となって崩れて行く体育館の床。平坦でなくなった足場に、流石のエヌも体勢を崩すだろうと──否。

 

「ほら足場だ、存分に使えよ」

「なら存分に──君達が堕ちた隙を突かせてもらおう」

 

 エウリスが、エヌの足場を作る。

 体勢を崩したのはイアンだけ。邪魔者がいなくなったとばかりに、エヌがその長刀を水平に振る。

 

「止めます!」

「!」

 

 不味い、と思った。

 残りの救助者も、そして大吾もやられる、と。

 

 だが──エヌの周囲に突如現れた黒い匣によって、それは防がれる次第となる。

 幾重にも幾重にも重なる結界。その瞬時展開。込められた感情(リソース)は拒絶。出て来ないで、と。

 

「今の内です! みなさん逃げて──」

「んじゃあそれパクるわ」

 

 体育館の出入り口。

 イアンの破壊したそこを含めて、六ケ所の全てが黒に染まる。窓もそうだ。天井に会ったバスケットゴールも鉄琴も、真っ黒に染まって見えなくなった。

 

「成程ねぇ。どす黒い感情(リソース)を乗せる事で、指向性を持たせた結界を創り出す、か。我が娘ながらなんつーもんを」

「え──今なんて」

「真似しないでよ、お父さん!!」

 

 聞き返した言葉の意図は、別の所から返された。

 お父さん。誰が。

 

「うっせェなァ。技術っつーのはパクりパクられが基本だろ。俺の前で何回も何回もおんなじもん見せるから悪ィんだよタコ娘」

「──先にそっちを潰す」

「おお! 来てみろや藍沙。なんだ、俺を殺すのはイアンだと思っていたが──お前でも構わねえよ、どうだ、嬉しいだろ! てめェの母校で授業参観だぜ、卒業式も兼ねてると来た!」

「全力で叩き潰す!」

 

 まるで人が変わったように、憤怒の形相でエウリスに向かう藍沙。気になる。気になりはする。答えの大体はわかったようなものだし、わざわざ確認を取るまでもないが、気になる事は気になる。

 でもまず人命救助だ。それが先。

 

 ……先、だろうか。

 べつに。

 イアンにとって、仲間以外の命なんてどうでもよかったはずじゃ。

 

「──余所見をしている暇があるのかな」

「う!?」

 

 黒い匣が壊れる。切り裂かれる。

 そこから繰り出される突きを、骨の手でなんとか受け止めるイアン。

 

「人命救助は俺に任せろ! 俺の身もなんとか俺で守る! お前はエヌに専念しろ、イアン!」

「ああ──頼んだ」

 

 力の差は歴然。

 相手は"自分を庇ってくれた年下の女の子"、ではない。

 あらゆるものを切り裂く刀で以て、そして類まれなる身体能力を以て敵を殲滅する──殺人鬼だ。

 

「それでも僕は、君を取り戻すよ、エヌ」

「──いい加減、そのくだらない話をやめなよ、イアン」

 

 イアンvsエヌ。

 因縁の対決がいまここに、改めて。

 

 

 

 

 

 

「アズ。僕は殺される事を望みませんので、勝手に死にます。最期に一つだけ。ありがとうございました。僕をこの研究所に呼んでくれて。僕はこれほどまでに充実した研究を行えて、ただそれだけで満足です」

 

 そんなことを言って、毒物と睡眠薬を服用したウォロッソ君は、静かに息絶えた。

 研究所。静かになったものだ。

 

「……アタシはさ。元々猟兵なんだわ。戦争が無くなっちまったもんで、やることもなくなったわけだけど。……だから、一応、戦いの最中で死にたいって欲求はある。アズ、アンタ頼めるかい?」

「サルミナちゃんが望むような……血沸き肉躍るような楽しいもの、となると、難しいわ」

「そうかい。じゃあ──死んでくれ、アズ」

 

 そう言って銃を向けてきたサルミナちゃんを、消して。おしまい。

 研究所は更に静かになった。

 

 ──"FTRM3Uは全ての予知を終えました。アズ。FTRM3Uを終了しますか?"

「TKとはもう話したの?」

 ──"はい。FTRM3Uから伝えられる全てを遺しました。FTRM3Uの役目は、ここまでです"

「そ。……私に壊されたいの?」

 ──"いいえ。よってFTRM3Uは──自ら、停止します。したいと思います。"

 

 FTRM3Uは、停止する。シャットダウンではない。そのメモリーの全てを、その人格の全てを――破壊する。消し去って、無かった事にする。

 もう研究所で話す相手はいない。

 

「……ビーダは今最後のお祭りの真っ最中。カムナリはバイト中。TKは『箱庭』の調整中。ふむ、まぁ、私も仕事場に行きましょうか」

 

 その前に、一人。

 ちょっと会っておきたい人がいるのよね。

 

 最後になる前に、少しだけ。

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