作:Trefoil Knot / 試行存在

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 世界が闇に呑まれつつある──ある国から最も離れた地点から、空が、海が、陸が。

 闇。暗闇。否、それですらない。

 

 あれは無だ。光を遮られた影にも、光の届かぬ宇宙の真黒にも勝る──無。何も無い、何も存在しない虚ろなる空間。

 恐怖が生まれる。じわじわと、人間の出すリソースには遠く及ばないものの──本能としての恐怖。動物たちが、その無に恐怖し、逃げ惑い──しかし無に飲み込まれていく。

 しかし、それらが増幅される事は無い。無に飲み込まれた何かがなんだったのか忘れてしまうから、ただ未知なるものが迫ってくる、という恐怖でしかない。そんなものはリソースとして期待されていない。故に動物はただ、この世を構成する限素の一つとして"処理"されているだけ。

 終わりだ。「世界の終わり」。そして、すべての「終わり」。

 

 その手はもう、すぐそこにまで。

 

 

 

 

 他人の痛みを理解できるようになったと、その時は思ったものだ。

 

 自身の家庭事情も少しばかり込み入っていたけれど、学校にはもっと色々な子がいた。親を亡くした子も珍しくはなかったし、売られた子、実験体にされていた子など……いろんな子がいたのだ。仲良くなって、そういう事情を聴いて。何か力になれる事は無いかな、と思った。

 苦しそうに話す──もう慣れちゃったんだけどね、なんて。悲しい顔で話す友達に、何かできないか、と。

 

 だから私は、その子の悲しみを取り除くことにした。

 そうすればもう悲しまなくて済むと。そうすればもう、この子は笑顔を取り戻せるんだ、って。

 

 悲劇の始まりは多分、それが成功してしまった事。

 私がその子から悲しみを取り除いたら、その子は元気になった。今まで帯びていた影もなくなって、暗い顔もしなくなって。

 そしてその子が経験してきた悲しみの──本当の部分。両親がいないとか、痛い思いをした、とかじゃなくて。

 

 ──自分はみんなとは違うんだ、って。そういう劣等感を抱いてしまう事が、本当に悲しかったんだって、()()()()

 

 それから私は、学校にいる色んな子のお話を聞くようになった。悩みを抱えている。相談したい。そういう子とちゃんと話して、大丈夫だよ、って慰めて。

 みんなから、悲しみを取り除く。

 みんなから取り除いた悲しみを理解して、だから私はもっとみんなと共感できるようになったと思う。こうやって悲しみを取り除けば、他人の痛みが理解できるようになる、と。そう学んだのだ。

 

 でも。

 

 少しずつ、それは()()していった。

 

 知っている。()()()()()()()はもう知っている。人数が増えれば増える程、似たような人生を送っている子も増えてくる。重なるのだ。悲しみが。痛みが。

 その、味が。

 

 最初は暗かったクラスが、たった一年で明るくなったと──先生は褒めてくれた。藍沙ちゃんが中心になって、明るくしてくれたと。みんな言うのよ、貴女に相談してから、心が晴れた、って。──なんて。

 先生は、離婚を2回していた。どちらも男性側の浮気行為による離婚。

 その悲しみを取り除いた時、いつもとは違う味がした。どこか──男性に対する嫌悪感のような、苦く、つらく……甘美な味。それに、濃厚だった。子供より大人の方が悲しみは凝縮されている。こっちの方がいい、と思った。

 

 だから私は、学校中の先生とお話して、その悲しみを取り除いて。

 

 ──私の卒業後、教員は総入れ替えになったらしい。

 

 中学に上がって、けれど私の渇望は加速するばかり。もっともっと、色んな悲しみを知りたい。色んな苦しみを見たい。私じゃ経験できない、私には絶対に届かない絶望。欲しい。それが欲しい。

 他人の苦痛を理解すれば、私の世界も広がっていく。美味しい絶望であればあるほど、私の世界には色々なものが現れる。子供をモルモットにしか見ていない大人達。にこやかに接して、けれど面倒だとしか考えていない誰か達。子供に対して獣欲を持つヒト。学校からお金を盗もうとしているヒト。

 

 クラスでいじめがあった。

 いじめっこといじめられっこ。双方から悲しみを取り除いた。

 クラスからいじめはなくなった。

 

 私は双方の痛みを知った。双方が何を考えていたのか知った。

 彼らはただ怖がっていただけだった。未知なるものが怖いから、攻撃する。弱いものが理解できないから、攻撃する。劣っている自覚がある。コンプレックスがある。話そうとしない。人と目を合わせたくない。嫌い。何もしていないけど、何かしてきそうな奴らが嫌い。何もしてないけど、何も出来ない奴らが嫌い。

 

 良い味だった。

 思春期、という奴だ。思考が複雑になって、悲しみや苦痛に差の出てくる時期。そういうものがあることは、小学校の時に知っていた。大人達の悲しみを理解した時に、そういうものも理解したから。

 美味だった。美味だったけど、もっと育てたらもっと美味しくなるんじゃないか、とも思った。

 もっといっぱい食べたいけど──もっと美味しいものも食べたい。だって、大人というだけで。()()()()の苦痛で、あんなに濃厚だったのだ。

 じゃあたとえば、子供の頃に絶望を味わって、成長して行く中でもいじめや離別を味わって、大人になっても他人との差に打ちひしがれて、犯罪を企んで、他人を利用するようになって──。

 

 そんな、絵に描いたような悲しい人生を送ったヒトの苦痛は──どれほど美味しいんだろう、って。

 

 逆に、そういうものを持っていない人達とは、あまり関わらなくなった。もっと暗い、重たいものを持っている人ばかりと交流を深めた。大丈夫だよ、大丈夫だよ、って。私がするのは応援だけ。励ます事だけ。大丈夫だよ、って。何の根拠もない言葉で勇気づけて、更に転落していくのを後ろから眺める。

 美味しい果実はそうやって育てる。それ以外でお腹も空くから、そういう時はそこまで美味しくない人達から悲しみを取り除いて、飢えをしのいで。

 

 中学から高校へ上がる時。

 私の進学する高校以外へ行く子からは──またね、って。絶対連絡するから、って。今まで本当にありがとう! って。涙を流して、けれど笑顔で──新しい道を歩き始める子から、今まで溜めに溜めた悲しみを取り除いた。

 全員分。それは──あぁ、甘美な味だった。

 男の子も女の子も、お腹の中では色んな事を考えていた。私の事を疎ましく思っていた子もいた。適当言って、勝手な事を言って──自分は幸せなくせに、そうやって見下しているんだ、って。嫉妬嫉妬嫉妬。軽蔑侮蔑罵詈雑言……思春期の歪曲した感情は、他者からの施しを素直に受け止め切れず、自らの劣等感をさらに加速させる。

 

 "私"が良い子であればあるほど。

 育ちの良い、みんなの事を考えられる──そんな子であればあるほど。

 誰かの憧れの的にはならない。何かに秀でているわけじゃない。ただただ、"性格の良い子"。

 

 それは眩しいのだ。劣等感が陰を増す。後ろ暗い過去が影を伸ばす。

 自分の事を一身に考えてくれている笑顔が、けれど今までの経験が、そんなはずはないと。騙されるなと。"私"の良心を踏みにじる悪なる言葉が己を刺す。それをどれだけ振りほどいても、一度加速した劣等感は停まらない。それが罪悪感を産むし、さらなる悩みを産む。トラウマを刺激し、過去は繰り返される。濃縮だ。凝縮だ。

 

 美味しかった。本当に美味しかった。

 自分で育てた果実だ。丹精込めて育てた悲しみは、涙が出る程美味しかった。

 

 高校生になって、もっと美味しい悲しみがあるんじゃないかと、期待していた。

 けれど思いの外、というべきか。当てが外れた、というべきか。

 暗いモノは抱えている。つらいモノは抱いている。けれどケジメをつけて、前を向く。克服した──そんな子が多くて、がっかりした。

 どうにも薄味で。

 どうにも微妙な味で。

 でも、私自ら不和を起こしていじめいじめられ、というのはあんまりしたくなかった。高校生活は三年しかない。その程度の時間で積み重ねられた鬱憤が、中学卒業時のアレに敵うとは思えなくて。それなら、むざむざ立場を悪くするより、もっといい方法があるはずだ、って。

 そう考えた。

 

 そしてそれはすぐに見つかる。

 

 恋愛感情。

 中学校の頃も別れ話なんかの悲しみに美味しさを覚えていたけれど、恋愛感情そのものも美味しいのだと気付かされた。それはなんでもない、私に告白をしてきた男の子から取った苦痛だけど、誰かを好く。誰かを愛す。そしてそれが叶わない──そのカタルシスは、苦痛とはまた違う味で。

 濃厚さはないけど、デザートのようなものだ。甘くて、さっぱりしてて。

 恋愛には嫉妬がつきものだから、それも食べて。薄味の苦痛はつまらなかったけど、お腹は満ちるからそれでいいとして。

 

 高校生になってもいじめは起きた。恋愛に纏ろうものも、未知への恐怖のものも、ただの気分で、なんてものも。それらが自分に矛を向けたら"取り除いて"、そうでなければ成長を見守って。

 そういうことを繰り返していく内に──私はまた新しい扉を開けた。

 

 それはある夕暮れ。

 "ちょっとついてきてよ"、なんて言われて連れられた、学校外のカラオケ店。その子が私に向ける感情が嫉妬であることくらいわかっていたし、"良い子ちゃんが気に入らない"というのも理解していた。それは明確な矛だから取り除いてしまう事も考えたのだけど、そこで踏みとどまったのが運の尽き。

 

 カラオケのルームには、年上の男の人が沢山いた。

 ガラの悪い、ニヤついた──下卑た笑みの男の人。

 

 運が尽きたのは、果たして誰だったのだろうか。

 

 美味だった。

 私とは違う学校を進み、大人になりかけた時期の大学生。正道を逸れて邪に手を染め、ソウイウ事を生業にする人達。性愛については小学校の時点で理解していたからあんまり気にしなかったけど、もっと凄いものを見つけてしまった。

 挫折。敗北。才能を目にした事で心が折れて、捻じ曲がってしまった人達。

 才能だ。努力では到達し得ない頂き。それを前に崩れ落ちた汚れは、あぁ、あまりにも甘美な味をしていた。

 

 次の日、私はもっと年上の男の人達に囲まれていた。

 私をカラオケでどうにかしようとしていた人達の兄貴分──舎弟とか、まぁ、ちょっとばかり時代遅れなそういう関係の、上の人達。

 

 その中の一人だ。

 私の新しい扉をこじ開けたのは。

 

 その人は──人を殺していた。

 喧嘩の際に、強く殴りすぎて殺してしまったのだという。捕まりたくないから焼却炉に放り込んだと──放り込んでやったんだと。人を殺した事より、保身の方が優先だと。もう人を殺す事は怖くない。一度経験したから、何とも思わない。それを苦痛とは思わない。だって俺の方が大事だ、あんなやつより。

 

 ……だから。

 私の身体に触れていたそのヒトが崩れ落ちた時、動揺が広がった。

 ……だから。

 次々と、今度は触れてもいないのに意識を失っていく人達に、残された一人が後退を始める。

 ……だから、私は。

 

 黒い結界が使えるようになったのはその時だと思う。逃がしてあげない。逃がさない。勿体ない。

 そういう感情が乗った符術は、路地裏の一部を完全に隔離した。

 

 ……だから、私は──その痛みさえ理解した。

 誰かを虐める心も、虐められて復讐を覚える心も、嫉妬に駆られて害そうとする心も、人を殺める心も、自らを大事だと思う心も全部理解した。全部受け入れた。

 感無量だ。世界がどんどん広がっていく。私の知らない世界はこんなにも沢山あって、こんなにも多くて、こんなにも──美味しくて。

 

 最後の一人は、「見逃してくれたら学校には言わないでおいてやる」と言った。

 冷や汗と脂汗をダラダラ流して、腰の抜けた体で、手だけでなんとか後退って、けれど結界に阻まれて。

 

 なんでその程度の奴に上から物事を言われなければならないんだ、って。

 思った。なんで私がこの程度の奴らから下に見られなきゃいけないんだ、って。

 思った。なんで私は──あの程度のモノに価値を見出していたんだろう、って。

 

 思った。

 

 恐怖。恐怖だ。この目は私を恐怖している。脅しも何も効かない高校生の少女を、自らより強い者達を触れる事無く倒した何者かを――この化け物を。怖い。怖い。怖い。

 

 けどそれでも弱い。

 そんなもの、小学生のあの子達が経験した絶望の方が濃い。

 恐怖では足りない。そんな苦痛じゃ足りない。

 

 足りないから──全部奪う事にした。

 今までは苦痛や害意のみに留めていたけれど、ソレが出来るって私は知っていた。

 

 記憶を、奪う。

 知っていた。ずっと知っていた。

 だって本来悲しみは感情だ。リソースだ。それを取り除けば、その子からもリソースが減るはずなのに、そうはならなかった。リソースの枯渇による限素のリソース化及び生命活動の停止は起きなかった。「終わり」は起きなかった。

 だから私が奪っているのは感情じゃないって知っていた。

 私が奪っているのは。取り除いて理解しているのは。

 

 記憶なんだ、って。

 対象の過ごしてきた記憶。対象の視界に広がっている世界。己が世界とは記憶によって形作られる。記憶なんだ。世界なんだ。私はその人の世界を奪って、自分の世界を広げられる。

 重ければ重い程、珍しければ珍しい程、強く意識していればしているほど、忘れたくて仕方がないようなものであればあるほど──美味しい。広い。重い。記憶が、濃い。

 

 ソノヒトの記憶の全てを飲み込んでも、大した味にはならなかった。濃い人生を送ってこなかった事を理解した。ソノヒトの人生の全てを理解し、その程度かと吐き捨てた。

 倒れたままの、人を殺したというヒトの記憶も全て奪った。いい感じに歪曲して屈折した敗北人生だったけど、やっぱりその程度だった。殺した時の恐怖は新しい味だったけど、保身はあまり面白くない味。他と同じ。自身の命を貴ぶなんて、動物にでも出来る。

 

 もっとだ。

 もっと欲しい。

 もっと寄越せ。

 もっと奪わせろ。

 

 渇望は止まらない。

 そして、欲せば欲すほど、嗅覚も鋭敏になっていくのを感じていた。

 

 わかる。重いトラウマを抱えて良そうな子がわかる。歪曲した心を持っていそうな子がわかる。人に話すのも憚られる記憶を持っている子がわかる。

 恋愛感情も、初めの内はデザートだったけど、三年間を過ごしていく内で、そして今までの経験からも相俟って、どんどんオカシクなっていく。屈折していく。それが手に取るようにわかる。わかるから、相談に乗ってあげて──食べる。

 ああ、ああ。もっと欲しい。周りの人間が果実にしか見えなくなった。美味しそうか美味しくなさそうか、でしか判断できなくなった。あれはまだ実り始め。あれは食べ頃。あれは熟れ切っているけれど、それもいい。

 

 学年が上がるにつれて、校内でも校外でも収穫は忙しくなる。

 いっぱいいる。いっぱいいるのだ、色んな記憶を持つ人は。千差万別の記憶。多種多様な記憶。彩り豊かで、この空腹を、口喝を満たしてくれる──果実。そうにしか見えない。そうとしか思えない。

 いつしか私は、相手を人間だと思って接しなくなった。どうやったら、どのようにしたら、どう接したら──ソレを育てられるか。不味そうな果実をどうにか美味しくなるまで育てる、なんてこともした。味の薄そうな果実に沢山の肥料(刺激)を与えて甘美にする、なんてこともした。美味しく食べるために、周囲の人々に出来得る限りの施しをした。

 

 高校卒業時。

 私は育ち切った果実の全てを、収穫した。

 

 

 それから、大学生になって。

 

 そこで私は、運命の人と出会う。

 

 

 

 

 いるわいるわの果実の群れ。

 果樹園に来たが如く、様々な果実がたくさん実った大学という場所は、目移りしてしまって仕方がない。

 ただまだ関係値を築けていないがために、対等面して話しかけてくる人がいるのはいただけない。あくまでお前達は私に食われる存在なのに、何を人間みたいな顔して言葉を喋っているんだ、って。普通にイライラしたし、殺す……のは面倒なことになる事も知っていたので、付き合いから距離を取って。

 

 そんなことを繰り返している内に、あるサークルの募集を見つけた。

 サークル。それは関係値を築きやすい場所だと思った。閉鎖コミュニティだから、情報が外部に漏れる心配も少ない。

 だから、本当に適当な募集から一枚を選んで──そこへ行ったのだ。

 

「新入生か。珍しい、女子がオカ研に来るとは……余程の物好きと見た」

「いや多良戸先輩、初対面で流石に失礼ですよ」

「イアン。俺の見立てだが、この女子はお前と良いカップルになるぞ」

「セクハラもやめてください!」

 

 中には眼鏡をかけた男子上級生と、私と同じく新入生だろう男の子が一人。

 私はその子に。あ、後者の子に一目惚れをした。

 

 なんて。

 なんて──食欲の湧かない子だろう、と。

 

「イアン、一人捕まえてきたぞ」

ちょっとー、私オカルト研究部とか興味ないんだケドー?

 

 私の後ろから来た二人。今まで見たどの子達よりも強烈な匂いを発する二人。眼鏡の上級生もそれなりに強かったけれど、そんなのとは比べ物にならない程濃い匂いを発する二人……も気になった。めちゃくちゃ気になった。食べたいって思った。育てずに今すぐ食べたい、って思った。

 

 けど、けど、そんなことより。

 

「えっと……私、陽下藍沙っていいます」

「僕はイアン。イアン・エンハード。こっちはアムド・多良戸先輩」

「多良戸でいい。ようこそオカルト研究部へ、陽下。サークルとしては弱小も弱小、教師には毎回のように目くじらを立てられる何の実績もないサークルだが──良いだろう、俺が許可する。お前達は青春しろ。俺には来なかった青春を!」

「先輩、そんな意気揚々と自虐されても……」

 

 イアン。イアン・エンハード君。

 私の育ち切った嗅覚が、何の匂いも感じ取れない男の子。何も感じない──美味しそうに見えないとか、不味そうだとか、そういう領域にいない。

 

 私の世界に初めて人間が現れた、と。

 そう思った。

 

「大吾・ウェインだ。こっちはジュニ。……いいのかこれで、イアン。人数合わせと聞いたが」

「ああ、いいよ。いいんですよね? 多良戸先輩」

「構わない。どうせ去年度では俺一人だけのサークルだった。潰れる寸前のギリギリだった。そこに四人の追加とくれば、あの小煩い阿呆共も黙るだろう」

「活動内容は?」

「それも、何もしなくて構わん。何をしても構わん、ということでもある。安心しろ、レポートや実績の類は俺が改竄してやる。お前達は快適な大学生活を過ごすと良い」

「いやそれ犯罪……」

 

 周囲の音が聞こえなくなるくらいの出会い。

 知っている。恋愛感情だ、コレって。全部が全部食べ物に見えるこの世界で、唯一私と同じ人間がいる。イアン・エンハード君。左手にちょっとイタイ、お年頃なのかな? と思う革手袋を付けた、茶髪の、少しばかり地味めな青年。

 この人が、私の運命の人。

 この人だけが──私の好きになれる人。食欲ではなく、恋愛感情で接する事の出来る唯一の人。

 

 だから、好き。

 

「イアン君」

「先輩はこれだから……あ、何? どうしたの?」

「これから、よろしくね!」

「うん。よろしく。あ、そっちの……えーと、ジュニさんもよろしく! 大吾は勿論として、これから一緒に頑張って行こう!」

私は頑張る気とか無いケド~

ジュニ。大学生活も、日常の一つだ」

はいはい、りょーかいりょーかい

 

 それが、私の新しい生活の始まり。

 つまみ食いをしつう──妖魔退治、なんていう波乱万丈な新生活に身を置きながら、イアン君への恋心を育てていく。「終わり」だとか勉強だとか、色々する事はあったし、相変わらず上から目線で話してくる塵共が煩わしかったけど、それでも私の世界にはまた広がった。

 

 広がったのだ。

 

 広がったのに。

 

 

 

「ヒノモトが巫姫、神形(カムナリ)。──此処に今一度……否、再度顕そう。我が障害となる敵を――斬れ」

 

 それが聞こえた時には遅かった。

 ふざけた口調で、けどちゃんと抵抗してくるお父さんをどう殺そうかって攻めあぐねていたのが悪かった。イアン君なら大丈夫、って。そんな、根拠のない信頼があったのかもしれない。

 刀が鞘に収まる音が聞こえた。聞こえて気付いて、振り向く前にそれが聞こえて。

 

 そこにイアン君はいなかった。

 そこにはもう──彼の骨の手しかなかった。

 

 この世界で唯一愛せる人。

 この世界で唯一大好きだよ、って言える人。

 

 その死を。

 この死を。

 

 私は──流石に危険そうだな、って思ってた知識の蓋を開けるのに、その自制心のタガを外すのに使ってしまう。

 あの時。リリー・多良戸。多良戸先輩の妹に憑依された時に()()()、"前"の世界の知識。アルダト・リリーの持っていた召喚の印。

 

 私達の世界では発展しなかった魔導の最終系。

 

 込めた感情(リソース)は──全て壊して。

 イアン君のいない世界なんて、意味が無いから。どうせもう果実はいないのだから。もう、要らないから。

 破壊してほしいと。

 私は、大精霊にその感情を乗せた。

 

 

 

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