作:Trefoil Knot / 試行存在

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 世界には「終わり」が迫っている。

 

 この世を構成する粒子、限素。ヒトも動物も構造物も自然も、全てが限素で出来ている。けれど限素の在れる時間には限りがあり、その有限を寿命と呼ぶ。

 

 それを防ぐ──回避する方法は、古来から研究されてきた。限素に頼らない生命を、構造物をつくる。人類においての最重要課題であり、同時に不可であると──誰もが為せずにあったことだ。抗う術さえわからない民間人は勿論、知に智を極めた賢者たちとて、この問題に対処する事は出来なかった。それらは結局、自分達の寿命を迎えて。

 

 そうして誰もが倒れて行く。「終わり」の前に、万物は平等だ。平等に無力。故の「終わり」。

 けれど、いくつかの学説においては、この世界は何度も何度も「終わっている」という。「終わって」は再生して、「終わって」は再生して、を繰り返している。"今回"が何度目かを知る事は出来ないが、そうと思われる痕跡があるのだと。

 

「ですが、"終わった"後に世界が再構成されるというのなら、どこかにリソースを蓄える部分があるはずなんです。これら説はまだ立証されていません。立証のしようがない、という意見も勿論です。その上で、あくまで仮定として、憶測として、この"終わり"と再生は繰り返されているとしてください」

 

 ウォロッソ君。

 この「終わり」の研究所においては、リソースの循環をテーマに研究を進める所員の一人。ひょろっとした身体に丸眼鏡という、いかにも、な研究員姿の彼は、ここで働けるだけあってちゃんと天才に数えられる。

 

「そも、限素とは何か、という話に戻りましょう。限素とは、簡単に言ってしまえばこの世を構成する物質の名です。この世のあらゆるものは限素で出来ています。ヒトも動物も構造物も自然もなにもかも、限素によって構成されているのです」

 ──"……"

「せんせー、じゃあこの机とアタシは、全く同じってことかい?」

「良い質問ですね、サルミナ君。はい、その通りです。少なくとも両者を構成しているものは、全く同じであると言えるでしょう」

 

 聞きに徹しているらしいTKに痺れを切らしたのか、同じく研究員のサルミナちゃんが質問をする。今はTKの学習の場であるのだけど、そういうアシストがあっても問題は無いでしょう。

 ちなみにビーダとウォロッソ君は"知識をインストールすればいいだけなのでは?"みたいなことを言ってきたものだから、私とサルミナちゃんでヘッドロックをして今に至る。TKにはこういうコミュニケーションが必要なのよ。そんなこともわからないのかしら。

 

「じゃあ、この机とアタシ。何が違うってんだい、先生」

「それは(コア)の存在です。限素は魂に集いて肉体となります。魂がなければ構造物になります。故にこそヒトや動物には寿命があり、構造物は風化します。では、イルノット。ここで問題です」

 ──"はい。ウォロッソ様"

「寿命を迎えた限素は何になるでしょうか。どうなってしまうのでしょうか?」

 ──"寿命を迎えた限素は、リソースになります。リソースとなり、世界へ還ります"

「正解です。ただし、大きなリソースの周辺で限素が寿命を迎えると、リソースの密度差から圧が生まれ、それが妖魔となるケースもあります。妖魔には意思があるように見えますが、あれらは単純に"リソース化していないものをリソース化する"ためだけに動いていますので、性格や嗜好は違っても、主目的は同じです」

 ──"ウォロッソ様。なれば妖魔とは、いいえ、リソースの意思とは、万物をリソース化する事、ということでしょうか?"

「そういう説を提唱する学者もいますね。リソースの意思、即ちそれは世界の意思であり、妖魔を退けるなぞ以ての外で、皆等しく殺され、リソースへ還るべきである、と」

「それを言ってた奴は妖魔との戦いの最前線に連れてかれて、泣きべそ垂らして退治師に助けを乞うたって話だけどねぇ」

「まぁ、口で言うなら簡単ですからね」

 

 ……あまり人間の醜い所をTKの前で話さないで欲しいのだけど。

 いえ、そんなのはエゴね。TKはこれから、人間の全てを知っていく必要があるのだから。

 

「話が逸れましたので、戻します。限素は寿命を迎えるとリソースになり、リソースは世界へと還元される。しかし今、世界そのものにも"終わり"が迫ってきています。世界そのものさえも限素で構成されているのですから当然ですね。では、世界さえもが寿命を迎えた場合、リソースはどこへ還るのでしょうか?」

 ──"ウォロッソ様。疑問があります"

「はい、どうぞ」

 ──"そも、世界へ還元される、というのはどういうことなのでしょうか。世界そのものも限素で出来ているのならば、リソースと限素が融合、あるいは循環する仕組みが存在するということと考えるのですが"

「良い質問です、イルノット。そしてその通りです。リソースが限素になる──そういう仕組みが存在します」

 ──"その仕組みに名はあるのですか?"

「ええ。私達はそれを"生誕"と呼びます。(コア)にリソースが集中し、接触する事で、リソースが限素化することを指し示します」

 ──"ならば、世界へ還元されたリソースは、どこにあるのでしょうか。限素を失った魂は、どこへ行くのでしょうか"

「それが、冒頭の話になります」

 

 ウォロッソ君はそこで話を切る。

 そして、私を見た。

 

「世界へ還元されたリソースはどのようにしてリソースの形を保っているのでしょう。どのようにして魂を見つけているのでしょうか」

「さぁて、どこかしらね?」

「……まぁ、いいです。ええと、そう。現在の最も有力な説においては、世界そのものにも(コア)があるのだとする、中心論というものがあります。寿命を迎えた限素はリソースとなり、世界の中心へと向かいます。先ほど話したように魂にリソースが集中するとリソースは限素化しますので、それがまた世界を構成する限素になる、という循環説」

「最も有力な説、じゃなく、自分が最も推している説、だろう?」

「同じことです。どの道、他の仮説は芽を出せども花開きませんでしたから」

 

 意地悪く笑うサルミナちゃんに、少しだけ怒ったような顔をするウォロッソ君。水と油のような性格の二人だけれど、研究者としてのプライドは双方に十分で。

 

「ほら、ウォロッソ君。TKの質問がまだ残っているわ。限素を失った魂はどこへ行くのか、っていうね」

「はい、失礼しました。……簡潔に言うならば、限素を失った魂は、どこにも行かない、というのが正しいです」

 ──"その場に留まるのでしょうか?"

「留まろうとします。しますが、妖魔化したリソースや我々人間などの限素生物に押され、人気のない場所に追いやられます。そこで新たに植物や虫などの限素生物になるか、あるいは限素生物の器……所謂赤子ですね。魂の無いままに形だけ作られた限素生物に引っ張られ、それに宿ります。魂とは非常に軽いものなのですよ」

 ──"ならば、ウォロッソ様。世界が「終わった」後のリソースの行先は、自明の理、ではないでしょうか"

「ほう。それでは、イルノット。"終わった"世界のリソースは、どこに向かうと思いますか?」

 ──"(コア)です。魂だけは、限素にもリソースにもならない。ならば世界が「終わった」その時、その世界の中に在った魂はその全てが解放され、放流され、リソースはそれらに追従しようとする……そう考えました"

「とてもいい考えです。それに近しい学説も少なくはありません。ですが、一つだけ問題があります。それは(コア)の強度、とでも呼ぶべき概念。魂は無の圧力に耐えられません。耐えられず、散り散りになってしまう。分裂し、分解し、生物の魂としてはあまりにも微弱なものになってしまう──と、考えられています。そうでなければ、無においても生物が発生し続ける結果になりかねませんからね」

「ちなみに無においては妖魔も発生しないわ。それだけは教えてあげる」

「……そこな訳知り顔は放っておきましょう。さて、イルノット。今の追加情報を与えられた上で、リソースの行く先はどこになると思いますか?」

 

 私は答えを知っている。

 ウォロッソ君もサルミナちゃんも、薄々は気付いているのだろう。それでも問い詰めないのは、自身で辿り着きたいからか、私が口を割らない事を理解しているからか。

 どちらも、かしらね。

 

 ──"基本法則が変わらないのであれば、やはり魂の元に集まるものだと思います"

「魂はどれもが潰えてしまっている、と説明しました」

 ──"しかし、魂の総量は変わらないと聞きました"

「──……それは、誰から?」

 ──"カムナリ様からです"

「なるほど。……ええ、それについては正解です。この世に満ちる(コア)の総量は増減しません。少なくとも既存の法則、既存の技術においては不可能です。故に魂がどれほど散り散りに潰えてしまったとしても、魂そのものが消えてなくなる事はありません。しかし」

「無にあっては、魂は魂としての性質すら保てない。なればリソースはどこへ行くのか。無を漂い、彷徨い、次なる世界の形成までばらばらの状態にあるのか。それとも──」

 ──"それとも、何か……無の(コア)とでも呼ぶべきものに集まっているか、ですか"

「アズ、ヒントを出すならはじめから……ああ、いえ、なんでもないです。ふぅ。ええと、ああ、そう。正解ですよ、イルノット。正解……もっともこれも憶測に過ぎませんが、私の出した最終結論はそうです。たとえ無であったとしても中心を、魂を持ち、リソースはそこへ集まっていく、と。ここまで理解は出来ましたか?」

 ──"はい。理解出来ました"

 

 それじゃあ、この辺りで今日の授業はおしまい。

 ウォロッソ君は溜息をついて此方を見て、けれど何も言わずに去っていく。

 サルミナちゃんも同じくこっちを睨むけれど、肩をすくめて「お疲れさん」と小声で言ってくれた。

 

「TK、どうだったかしら。この世界の構成についてのお話は」

 ──"テストパターンの追加に必要な事項が増えました。特にコアとリソースの関係については、『箱庭』においても有用なケースであると判断できます"

「そうね。けれど、無についてはあまり役立たない……そうでしょう?」

 ──"はい。『箱庭』は閉じた世界です。ウォロッソ様の仰られた無のように、果ての無いものではありませんから"

 

 『箱庭計画』において、この世界の模造品ともいえる『箱庭』はTKによって管理された空間であると言える。だから中に詰めた模造魂(レプリカントコア)が漏れ出でる事は無いし、リソースもそれは同じ。

 それでも、有意義な講義にはなったことだろう。

 ただ知識をインストールするよりも、TK自らが考え、覚え、疑念を持つ事。それが何よりも大事なのだ。

 

「……けど、カムナリとそんな話をしていたのね」

 ──"はい。カムナリ様は稀に、私に対して世界の事を話してくれます。特に──自らが無にあった時間のことを"

「成程。寂しがり屋だものね、あの子は」

 ──"申し訳ありません。よくわかりませんでした"

 

 ただ、感情を。

 共有できる仲間が欲しかった、と。それが我が子であったのなら、どんなに良かった事かと。

 その程度の考えなのだろう。

 

 んー、年頃の娘、って感じでいいワぁ。

 

「それじゃ、私もそろそろ行くから、テスト頑張ってね」

 ──"はい。いってらっしゃいませ、AZ様"

 

 

 

 

「女性の首だけを狙う連続殺人鬼、またも現る……だって。珍しいわね、こんな速い段階から新聞に載るなんて」

「衝動が起きた時には遅かった、という言い訳をさせてください。まさか相手がさる政治家の娘だとは露とも知らず、いつも通りの感覚で首を捌き、血を飲んでいたら……いつの間にか囲まれていました。オーディアの助けが無ければ、私はハチの巣になっていたかもしれません」

「あら、オーディアは生きてるのね。死んだものだとばかり」

「左腕を一本丸ごと失いましたが、生きてはいますよ。ああ、その話、知らなかったのですか? ええと、確か……なんとか・なんとかと名乗る少年が」

「イアン・エンハード君ね」

「はい。その少年により、オーディアは左腕を"終わらせられ"ました。"終わり"を繰る異能。代償はそれなりにあるようでしたが、ついに現れたか、という気分です。もっともそれよりその少年の周囲にいた二人の少女。私にはあれらの血が魅力的過ぎて、少年たちの特徴をほとんど覚えることが出来なかったのですが」

「"終わり"を操る異能、ねぇ」

 

 今日もBAR・エルドラドは閑散としている。

 客は一人。凛とした顔付きの、仕事の出来そうな女性。年の頃は20代くらいだろうか、若々しい肌をしている。

 彼女の名はアリアス。先日訪れたオーディアと同じく、テロ組織Absurdusに所属する殺人鬼の一人だ。

 

「少しばかり、興味はあります」

「"終わり"に?」

「はい。少年、という点がどうにも受け付け難いのですが、私のこの生に"終わり"が来るというのなら──オーディアの腕を奪ったという技、食らってみるのもアリかもしれません」

「別にアナタ、死にたいなら殺さなければいいだけじゃない」

「……私が殺しを行っているのは衝動であって、好き好んでのことじゃないですよ。何度も説明したはずですが」

「でも、うら若き少女ばかりを狙って首を掻っ切って、その血を飲んで()()()……なんて行為は、どこからどう見ても、誰がどう見ても、自発的に行っているようにしか見えないのよねぇ」

「あくまで私は常識人の側です。エメトやイーリスのような外道と一緒にしないでください」

「はいはい。そういう事にしておくわ」

 

 アリアスはシリアルキラー……若い女性のみを狙い、その首をナイフで切り、そこから体内の血液の全てを吸いだす、という異常嗜好の殺人者。また、異能として血液による肉体限素の交換が可能で、故にこそ若さを保ち続ける事が出来る。

 見た目は20代だけど、実年齢は60か70そこいらだろう。

 ただ、当人の言う通りその殺人は全て衝動的──自らが望んでの事ではない。ただ若い女性を見かけたら殺したくなって、殺してしまったら吸いたくなって、吸ってしまえば若返って。

 ただそれだけなのだ。

 

「若い女の子といえば、最近あなた達が攫ったコ、いるでしょう? エヌちゃん。確か16歳だったかしら」

「ああ、"終わり"が見える、という異能を持つ彼女ですか。私はまだ会った事が無いんですよね。オーディアやウラナガが会わせてくれないのです」

「殺したくなるから、でしょうねぇ」

「はい。だから受け入れています。仕方のない事でしょう」

 

 だからこの通り、自身が異常者扱いされる事も受け入れている。外れ者である自覚があって、それでもやめられなくて──そして、十二分に強い。

 オーディアの助けが無ければハチの巣、などと言ってはいたが、ハチの巣になった所で問題は無かったのだろう。周囲、誰か一人でも傷を負えば、その血液から肉体限素の補充が出来る。別に対象はうら若き乙女でなくとも良いのだ。うら若き乙女に殺人衝動が働くというだけで、彼女の異能は全限素生物に適用される。

 

「しかし、ボスは何を考えていらっしゃるのでしょうか。自分で言うのもなんですが、私のような女性限定の殺人衝動を持つ異常者の所へ少女を浚ってくる、など。今はオーディアとウラナガのブロックによってなんとかなっていますが、何かの拍子にばったり会ってしまったら、抵抗も許さずに殺す自信があります。16歳で、オーディアやウラナガに可愛がられる程の美貌。美味しくないはずがない」

「それはまぁ、何か考えあってのことでしょうね。ビーダが何の考えも無しに民間人を攫う、なんてありえないし」

「それだけではないのですよ、アズ。ボスは攫ってきたという少女に、階位まで与えました。オーディアの下、第六位。ABSの殺人集団として、テロリストの一員として認めたのです」

「……へぇ」

 

 いや、いや。

 ますます会ってみたくなった。

 ABSの構成員はビーダを始めとしたたったの六人。その精鋭殺人集団に加えられた、という少女。イアン君を庇う、なんていう良識を持っていながら、テロリストの思想に共感した、というのか。

 

 なんとも……食べ甲斐のありそうな。

 

「私が言うのもなんですが、アズも相当な変態ですよね」

「なんなら、どう? アリアス。今夜、しっぽり……なんて」

「結構です。私はビアンなので、男に抱かれる趣味はない」

「残念ねぇ。それだけ見た目が良いのに」

「……どうせ中身は皺くちゃのお婆ちゃんですよ」

「ああ、そういう意味で言ったんじゃないのよぉ」

 

 アリアス。ABSの第二位。衝動的連続殺人鬼にして──所謂吸血鬼の類。

 

「ジュニ、と名乗っていた少女。私はオーディアと彼ら彼女らの交戦を遠くから眺めていただけですが……とてもムラムラします。あの少女は、絶対に美味しい」

「もう一人のコはダメなのかしら?」

「危ないナイト様がいますの。無論、いなければ美味しくいただくのですが」

「そ。それじゃ、良い事教えたげる。あの子達は大学生よ。だから、四六時中一緒にはいられないわ。必ず──一人になる時間がある」

「……感謝します。そして、一応。別れの言葉を告げておきます。万が一、あの"終わり"を繰る少年に見つかった場合──私はそちらの魅力に惹かれてしまうかもしれない。故、お代はボスにツケておいてください」

「はいはい。じゃあね、アリアス」

「はい。うまくいったら少女の血の味のレビューをしにまた来ますよ」

「ええ、待っているわ」

 

 ……ままならないわねぇ、どうにも。

 私には……どうにもできないことだし。ああ、せめて、最期にアリアスのおっぱい揉んでおけばよかったわぁ。今までのお礼とかなんとかかこつければ、おっぱいくらいは揉ませてくれたでしょうに……残念。

 

 失う箇所が胸でない事を切に願っているわ。

 胸だけ削ったら怒るからね、イアン君。

 

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