作:Trefoil Knot / 試行存在

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 BAR・エルドラドには様々な客が来る。

 場所が場所だけに、少しでも裏に通じた者でなければ辿り着くことは難しいし、辿り着いたとしてその戸が開くかどうかも賭けに近い。店主のアズが……私がいなければ閉店中なので、気まぐれに研究所とBARを行き来する私のいる時間を見計らって狙って狙ってようやく、でないと訪れ得ない。まぁ運次第よね。

 それでも様々な客が来る程には、有名なBARなのだ。有名は嘘ね。裏では有名、にしておきましょうか。

 

 だから、そのお客さんは、とても珍しい相手だったと言えるでしょう。

 

「いらっしゃい……あら。確か、陽下ちゃん、だったかしら?」

「はい──すみません、こんな夜分遅くに」

「いいのよ。ウチ、営業時間とか決まって無いから」

 

 イアン・エンハード君の一行、ではなく、陽下ちゃん単体で、単身で、ここへ乗り込んできた。

 あの罠毒使いのコならともかく、陽下ちゃんは本当に一般人。だから、よくここへ辿り着けたな、という感心と、何用だろう、という関心が混ざり合って。

 

「とりあえず座って? 今日はお客さん貴女だけみたいだし……何か神妙そうだから、閉店中扱いにしておくわ」

 

 普段ならそんなトクベツサービスはしないけれど。

 どうにも気になって、貸し切り状態を作ってみる事にした次第である。

 

 促されるままにカウンター席へと着く少女に、幾許かの獣欲が湧く。湧くけれど、一応ここは飲食店で、私は提供する側なので、その辺りのコンプライアンスはちゃんと守るつもり。

 

「……あの、ジンとサクランボとレモンの……」

「運試しのスリング? へぇ、珍しいものを頼むのね」

「甘くて飲みやすいので……」

 

 可愛い顔をして、どうやらそこそこ詳しいらしい。お酒を飲みなれているのか、あるいはよく飲む誰かが身近にいるのか。

 とりあえず注文通り、ジンとレモンジュースに砂糖を入れてシェイク。グラスに注いで、ソーダ水を入れてステアした後、チェリーブランデーを垂らして完成。

 本来の名前とは違うけれど、"今回"においてその国は成立しなかったから、元の名前を取ってね。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 底の深いグラス。底面に溜まる赤と真っ白い全体の映えるカクテル。

 

「……私の家ではこれを、"秘密"のカクテルと呼んでいます」

「カクテル言葉ね。ふぅん、それをわかっていて、わざわざ注文したということは……」

「はい。イアン君達には言えない……秘密のお願いをしに来ました」

 

 その、決意を秘めた表情。

 己の食指が動くのを感じた。

 

 

 

 

「知っての通り、私達は今、ある女の子を追いかけています。あの日……イアン君だけじゃなく、私達もあのショッピングセンターにいたんです。ただ、私達、あ、ええと、私と大吾君とジュニちゃんは、先に駐車場へ向かっていて、事件が起こる寸前までショッピングセンター内にいたのはエヌちゃんとイアン君だけで」

「最悪のメイデイ。そっか、駐車場にいた人達は対象外だったのね」

「はい。……それで、車に向かう際中に大きな音がして、私達は振り返ったんです。そして、見ました。──閉まりゆく自動ドアから、イアン君が突き飛ばされて出てくる所を。そして、びしゃびしゃと、ぐちゃぐちゃと赤に染まっていくショッピングセンターの、完全に閉じ切った自動ドアの前で……エヌちゃんが、手を振っている所を」

 

 当事者の意見、という奴だ。私はその場にいたわけではないので実感は出来ないけれど、それはもう阿鼻叫喚の嵐だったことだろう。駐車場だけが無事──ということは、分断された家族やグループもイアン君達だけに留まらないはず。

 誰もがその殺戮劇を透明な壁越しに眺めて、慟哭し──そして。

 

「エヌちゃんの唇を読んだのは、ジュニちゃんでした。"は・な・れ・て"。そう言っている、って。今すぐにでも自動ドアを叩き割ってエヌちゃんを助け出そうとしていたイアン君を、同じく駆け付けようとしていた私を、大吾君が無理矢理に抱えて離れました。ジュニちゃんも離れて、その直後」

「"終わり"が起こった……のよね。凄惨な現場も、数多の失われた命も、そしてエヌちゃんも、ABSの連中も、全部」

「はい。全て"終わり"ました。……正直、身近で起こる"終わり"であれほど大規模なものは久しぶりで、起きた後の一時間くらいは放心状態で……」

 

 久しぶり、ねぇ。

 この国には私やFTRM3Uが在るから、そう簡単に大規模な「終わり」なんて見る事は出来ないと思うのだけど。

 一般人だと決めつけるのはダメねぇ。何かあるわ、このコ。

 

「それで? その後なんらかの筋を当たって、ココに来て。ビーダへ宣戦布告して、オーディアとアリアスと戦って。その最中、イアン君達の下から離れて、貴女はココへ何をしに来たの?」

「秘密のお願いを、しにきました」

「さっき聞いたわ、それ。どんなお願いなのかをいいなさいな。ああ、別に、怒っているわけではないのよ。ごめんね、少しばかり──興味があって。急いでしまっているのが漏れ出でているみたい。急かすつもりはないから、ゆっくりね」

 

 FTRM3Uによって、こと「終わり」に関する物事の全てはあらかじめわかる。

 そうでなくとも私の所には大体の事情が集まってくるし、集まってこなかった事情は大半興味のないものだ。

 けれど、ここまで。

 ここまでよくわからない──一般人にしか見えないコにそそられるのは、久しぶり。

 未だ出会えていないエヌというコもそうだけど、やっぱり女のコって良いわよねぇ。秘密がいっぱいで、あまりにも美味しそう。

 

「……お母さんに、会わせて欲しいんです」

「お母さん? それは、貴女の?」

「はい。私のお母さんです」

 

 多分私は今、素っ頓狂な顔をしている事だろう。キョトンとした顔をしている事だろう。

 お母さん。お母さんと来たか。

 ええーっと。

 

「どういう、ことかしら?」

「私の父は、()()()()()()()()です、といえば──伝わりますか」

「……ええっ!?」

 

 これまた素っ頓狂な声が出た。

 え。

 え。

 

「ビーダに、娘? ……それはまた、重いものを」

 

 陽下ちゃんの年齢は18。私とアイツが出会い、「終わり」に対する諸々を始めたのはもう20年以上前の話だから、アイツは「終わる」ことが分かった上で女のコと番い、娘を産ませたことになる。

 へぇー、アイツ、そういう事する奴だったんだぁ。

 

「だから、お母さんに会わせてほしいんです。アズさん。父と旧知であり──父の昔を知るヒト」

「あー……ううん、それは厳しいかもしれないわ」

「……口止めされている、と?」

「いいえ、単純に知らないだけ。ビーダからそういう話を聞いたことも無いし……一応問い詰めてはみるから、お返事はまた今度でも良いかしら?」

「ありがとうございます! その、依頼料はこちらで……」

「ま、実際に見つかって、引き合わせる事が出来たら受け取るわ。調査にかかる手間なんて微々たるものだし」

 

 問題は、何故それが「秘密のお願い」なのか、という所よねぇ。

 ビーダに聞いても話さなかった、というのは明白。この分だと母親に会ったこと自体もないのかしらね。そうなってくると、故人の可能性もゼロじゃない……どころか大いにあり得る。

 陽下ちゃんを生んだ直後に亡くなったのなら、辻褄もあう。ビーダは別に娘とか興味ないだろうし。

 

「あ、飲み終わった後に調べに行くから、そんな急いで飲まなくてもいいわよ」

「いえ、美味しいので……」

「そ。ならいいのだけど」

 

 さて、はて。

 まずはビーダと、あとは知っていそうな誰ぞかに当たりましょうかね。

 

 

 

 

「あぁ、死んだよ。つか"終わった"。藍沙を生んだ後にな、アレを抱きしめようとして、病院ごと消失した。俺が出産に立ち会う律儀な夫で良かったよな。じゃなきゃ死んでたぜ、アイツも」

「名前は?」

「さぁな。行きずりの女さ」

「貴方、嘘は吐かない主義じゃなかったの?」

「あっちの組織じゃそう言ってるな。別にお前相手ならいいだろ、この噓つき野郎」

 

 どこぞと知れない崖の上──とかじゃなくて、イアン君達の大学の屋上。

 先日アリアスとの激戦が繰り広げられた中庭は、今ではすっかり元の様相を取り戻している……とはまぁ言い難いんだけど、綺麗なものだ。

 (コア)を失おうと、限素は寿命を迎えるまではリソース化しない。逆も然り。だからアリアスの手足や血液がきれいさっぱり消えているのは、それがリソース化したからだ。

 

 あの後。といっても私はその現場を直接見たわけではないのだけれど、アリアスを助けるために現れたというエヌちゃんとイアン君達のお話の後、エヌちゃんが現場にあった血痕やらグロテスクなアレソレを全てリソース化して小瓶に収めてしまったとの事。

 「終わり」を見るだけでなく、「終わり」に干渉できる異能。あるいはイアン君のソレに勝る程の。

 

「で、どんなコなのよ、エヌちゃんっていうのは」

「教えねえよ。本人から口止めされてるしな」

「口止めェ? 何よ、もしかして名指しだったりするのかしら」

「あァ、そうだよ。ま、ウチも人手不足でな。ああいうマスコット的なのは大助かりだ。エメト以外の全員が魅了されてんのもデケぇ。ちったぁ纏まりもよくなるだろう」

「ふぅん。……で、話を戻すケド。誰なのよ。で、どこにいるのよ。"終わった"のも死んだのも嘘なんでしょ? 生きていて……けど、藍沙ちゃんには会わせないでいる。ううん、そもそも貴方、どれくらいの間藍沙ちゃんに会っていないの? ちゃんと仕送りはしているんでしょうね?」

「他人の家庭事情に首突っ込んでくんじゃねえよ節介野郎。お前も知ってんだろ、俺にとっちゃアイツは娘なんかじゃなく──」

「リソース。成程ね。確かに大きなものを抱えていたし、良いリソースにはなりそう」

 

 限素が寿命を迎えたものをリソースと呼ぶけれど、何もその工程を経たものだけがリソースと呼ばれるわけではない。もっともっと純粋な──もっともっと、ちゃんとした。

 (コア)に対するリソースとしての、れっきとした名前が存在する。

 

「……あぁ、そういうこった。ま、母親の居場所くらいは教えてやるよ。……端末に位置情報は送っておいた。後は好きにしな」

「あ、ちょっと!」

 

 送るだけ送って、ビーダは去っていく。いつも余裕ぶったアイツらしさは欠片もない。こちらの端末にその"位置情報"とやらは来たけれど、結局その母親の名が何なのか、そしてどうして子供なんてものを設けたのか聞けていないというのに。

 転移術──それなりの規模の符術を軽々しく使って、ビーダは消えていった。

 

 ……ふぅん。

 

「長い付き合いだと思っていたけれど……やっぱり人間て、隠し事の一つや二つはあるものねぇ」

 

 じゃあ、行ってみましょうか。

 その場所に。

 示された座標──西区の住宅街の、ある民家へ。

 

 

 

 

 本当に何でもない民家だ。特別な気配もしなければ、特殊な結界なんかが張られている気配もない。

 表札には「陽下」と、私なんかに依頼しなくとも簡単に見つけられたんじゃないかと思う程隠していない。隠されていない。

 古めかしいインターホンを押す。最近はこのタイプのものは使われなくなってきたものだとばかり思っていたけれど、周辺の家々にもついている辺り、最新式に替えるほど困っていないか、お金が足りないか、まぁ何かしらの事情があるのでしょう。

 コールコール。時間にして5秒ほど。

 

 ──"はい"

「あぁ、突然申し訳ありません。私、アズという者ですが、お宅の藍沙ちゃんに頼まれてお母様の所在を……」

 ──"……この家を教えたのは、夫ですね"

「ええ、ビーダから座標付きで」

 ──"わかりました"

 

 その声と同時、ガチャ、と。ドアの施錠が解放された音がした。

 ふむ。

 さっきも言ったけれど、特に不可思議な気配は感じない。ジュニちゃんの例があるから罠的なアレソレが仕込まれている可能性もゼロではないけれど……ま、大丈夫でしょう。

 

 ドアを開く。開ける。

 そこには──やはり、普通の民家の玄関。廊下と、右手には階段。

 

「上がって良い、ということよね」

 ──"どうぞ"

「……スピーカー……いえ、この響きは」

 

 独り言のつもりで呟いたソレ。返ってきた答えは、脳裏に響くようだった。

 ははぁ、成程。なんだ、やっぱり噓は吐かないんじゃない。アイツ、本当に嘘吐きね。

 

(コア)だけの存在……所謂幽霊というヤツね?」

 ──"はい。姿をお見せ出来ない事をお許しください。そして、藍沙の我儘を聞いてくださりありがとうございました"

 

 玄関から廊下へ、そしてリビングへ。

 ソファとテーブル。そこには湯呑があって、湯気の立つお茶が注がれていた。

 

「限素生物でないにもかかわらず、限世への干渉を……いえ、ある意味でこの家自体が、この家の限素自体が、アナタそのもの、ということかしら」

 ──"ご明察です。リソースとはコアに集うモノ。しかし、私のコアはこの通りで、新たなリソースを受け付けません。本来コアとはリソースや限素を纏わぬ状態であれば、それら生物のいない場所にまで運ばれてしまう程軽いもの。ですが、それすらも許されず──私はこの家に、限素の壁に囲われ、阻まれ、その状態のまま18年を過ごしました。その結果、周囲の限素に直接干渉出来るようになったのです"

「随分とコアやリソースについて詳しいようだけれど、生前はその辺りの研究者だったりしたのかしら」

 ──"夫と共に、「終わり」についての研究を"

「成程ね」

 

 私に出会う前に……いいえ、出会った後も、"別口"としてあったのだろう「終わり」の研究所。

 そも、「終わり」に関して研究を行う機関自体は無数にある。当然だ、それは人類の最重要課題。解かなければ待ち受ける「終わり」に身を晒すしかない。だから知恵あるものは誰もが取り組んで、けれど敢え無く敗北を喫している。

 ただ、私の立ち上げた「終わり」の研究所が──ビーダにとって、最適解であった、というだけの話。

 

「ここに藍沙ちゃんを連れてくる、というのは、ダメなのかしら」

 ──"問題ありません。そも、藍沙は定期的にここを訪れています。ただ──"

「ただ、私は、お母さんに会いたいだけなんです。幽霊のお母さんではなく──記憶にない、記憶の奥底で。私を抱きしめて、その命を散らした母に」

 

 いつの間にか、という表現がピッタリ合うだろう。

 いつの間にか、陽下ちゃん……藍沙ちゃんはそこにいた。廊下側の入り口。リビングに入る場所。神妙な顔つきは変わらず、ただ、悲しそうな声で。

 ……一般人だ。どうみても。足運びも呼吸も何もかも、一般人でしかない。格闘技の類さえやっていないだろう筋肉のつき方は、けれど私に気配を悟らせずに接近する、なんていう異常を以て認識の改めが必要になる。

 イアン君を主人公とするなら、このコは守られるばかりのヒロイン、だと思っていたのだけれどね。

 

「つまり本来の依頼とは、母に会わせてほしい──母親を、生き返らせてほしい、という事でいいかしら」

 ──"それは"

「はい。そうです。お母さんは魂だけの存在。私達が退治する妖魔とは、根本から成り立ちが違います。なら、出来るんじゃないかと思ってるんです。何らかの方法でお母さんの魂をリソースに触れさせることができれば、お母さんは生き返る事が」

 ──"不可能です。藍沙。死者は生き返りません。それは絶対の法則として"

「それが不可能でもないのよねぇ、困ったことに」

 

 成程。成程ね。

 ビーダがあれほど口数少なく押し付けてきた理由もこれでわかった。

 つまるところ、「自分には無理だから、お前がやってくれ」と。そういう話だ。面倒事を押し付けてくるヤツだとは前々から思っていたけれど、これほどまでのは久しぶり。依頼料は藍沙ちゃんからじゃなくてビーダから取ろうかしら。

 

 ──"今、なんと?"

「可能だと言ったのよ、藍沙ちゃんのお母さん。死者は生き返らない──そのルールは確かにこの世に存在する。それじゃあ問題。そのルールをこの世界に敷いているのは、誰でしょーか」

 ──"神です。我々の知覚不可能な、絶対の力を持つ存在。膨大過ぎて、巨大すぎて認識の出来ないコア。それこそが神だと、私達科学者は考えます"

「不正解よ、藍沙ちゃんのお母さん。それじゃ、解答権は藍沙ちゃんに移るわ」

「……」

 

 ああ、なんだ。おかしな気配はしないと言ったけれど──しな過ぎる、が正解だった。

 向かいの家も、隣の家も。その向こうの家も。

 幽霊だらけだ。噂では聞いたことがあった。西区のゴーストタウン。比喩表現だと思っていたけれど、まさか直訳とはね。

 

「学生には少し難しいかしらね。じゃあ、お勉強の時間と行きましょうか。そもそも何故死者は蘇らないのか──そこからね」

 

 こういう役回りはウォロッソ君とかサルミナちゃんのなのだけれど。

 ま、たまになら良いでしょう。

 

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