作:Trefoil Knot / 試行存在

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 どうして死者は生き返らないのか。蘇る事は不可能とされているのか。

 自らがソファに座っているのだからと、家主の娘を対面のソファに座らせて、さぁ授業の開始である。

 

「第一に、私達限素生物の死とは何か、わかるかしら?」

「それは、寿命です。私達の身体を構成する限素が寿命を迎えた時、私達も死に絶えます。寿命には個人差がありますが、一般的には六十年から八十年とされています」

「学校で習う模範的な解答ね。じゃあ、たとえばナイフで心臓を突かれて殺されてしまった、という場合。これも寿命かしら?」

「いいえ、それは生命活動の停止です。限素生物は生命活動を停止すると再活動が出来なくなりますが、死んだわけではありません。寿命を迎えない限り血肉は残ります。焼かれる、溶かされるなどして限素組成が変わってしまえばその限りではありませんが、生命活動の停止と限素生物の死は同義ではありません」

「優等生ねぇ」

 

 そう、私達は、というかこの世界に在る限素で構成された生物は、()()()()()()()()()()()()()。生命活動の停止をそのまま死とする宗教も存在するけれど、少なくとも生命活動を停止した時点では、その個……魂はそこにあるままだし、同じく限素もその場にあるままだ。だからこれは死ではない。ただ動かなくなっただけ。

 だからこそ私達は亡者を悼むことが出来る。停止した遺骸の前で嘆き、祈り、その流転に想いを乗せられる。

 焼却などの手段で限素組成を改変し、早くに寿命を迎えさせた限素で(コア)を解放する事。その行為と、その事そのものをして、ようやく死と呼べる。

 

「なら、生命活動が停止した人間がどうして再活動できないのかはわかるかしら」

「脳と心臓は常に入れ替わる限素によって活動し続ける器官です。生命活動が停止すると、呼吸による限素交換が行えなくなります。失血により血液循環による限素交換ができなくなります。あるいはその双方を傷つけられると、限素交換を行う、という指示を身体に出す事が出来なくなり、人間は再活動を断念します」

「そうね。あるいは貴女達が戦ったアリアスのように呼吸や血液循環以外の手段で限素交換が出来るのなら、人間の生命活動は一度停止したとして、すぐにでも再活動は可能でしょう。そういう特異な能力を持たないからこそ人間と呼ぶのだけれど、それは一旦置いておいて……つまり、生命活動の停止後にも限素を交換する事が出来たら、し続ける事が出来たら、人間は生命活動の再開が可能なのよ」

 

 人間は、というか。

 限素生物は、だけれど。

 

「既に事例そのものは上がっているでしょう。代替された機械の心臓。言語野等前頭葉の一部を機械化する技術。寿命を迎えたとしても、代替する何かを用意で切れば、限素生物は生き永らえる」

 ──"それは、死の瞬間に処置が出来た場合に限ります。時間を経てしまえば……"

「いいえ。どれほどの時を経ても、魂さえその場に残っていれば蘇生は可能よ。ただし、脳に蓄積された記憶が残るとは限らない、というだけで」

 ──"リビングデッド、ですか"

「それも否定するわ。──再誕、よ。知っているでしょう、その程度なら」

 ──"コアの記憶を有したままに生まれ直す事が、死者蘇生だと?"

「生まれ直す、というと語弊があるわね。作り直すのよ。この家を──人体に」

 

 何度でもいう。

 この世界において、コアとリソース以外の万物が限素で構成されている。あ、いえ、私達の勧めている『箱庭計画』には"そうでないもの"も含まれているけれど、そこは一旦割愛で──世界においてはそうなのだ。

 ただ限素組成が違うだけ。人体とテーブルに、眼球と時計に、手足と湯呑に、何ら違いもありはしない。

 だから、()()()()()()()()()()()

 

「そして、その手法を私は有している。ビーダには無理でしょうけど、私ならできる」

 

 あるいはワズタムが踏み入れ、侵し返された領域。

 限素の改変。「終わり」の拒絶。

 

 「終わらない」という、ただそれだけの特性。

 

「……お願いします。どうか、母を」

 ──"アズさん。どうか娘を連れて、ここから去ってください"

「"限素の改変"──それを行うにあたって、必要なものとはなんでしょうか。あるいは貴女達の言う神ですら行えないソレ。踏み込んではならない禁忌の領域──死者は蘇らないと、それが絶対の法則とされてきた本当の理由」

 

 それは。

 

 ──"必要なものは、膨大なリソース。それも大国一つが消滅する程の、でしょう。"

「……」

「ふふ、お母さんが答えてしまったけれど、藍沙ちゃんにもわかっていたようね。そう、符術にしても魔導にしても錬金術にしても、必要なエネルギーはリソースよ。ある者はそれによって若返り、ある者はそれによって何かを"終わり"から守り、逃した。そしてある者は──ここで"限素の改変"を行おうとしている」

 ──"止めてください、アズさん。私は自らのためにこの国を犠牲にする、などという蛮行は許せません"

「だ、そうだけれど。依頼人の藍沙ちゃんはどうかしら?」

「使用するリソースは。──……この国でなくとも、いいんですよね」

 ──"藍沙!"

 

 やっぱりだ。

 やっぱり、ただの可愛い女のコじゃあない。神妙な顔だと評した。決意を秘めた表情だと称した。

 

 それだけではないのだ。

 このコには──恐らく、大きく欠落しているものがある。否、大きく付随している者がある、と言った方が、ビーダ的には好ましいのかしらね。

 

「ええ、そう。というより、この国は規模的には小国よ。先日北区が"終わった"ばかりだし、最悪のメイデイ含めて殺人事件の多い──多すぎるこの国では、リソースが不足している。使うのなら、もっと大きい国でないとダメ」

「構いません。どこの国であろうと、お母さんに会えるのなら──消えてしまっても問題は無いです」

 ──"藍沙……どうして、しまったの。どうしてそんな……"

 

 どうしてそんな、倫理観の欠如したコに。

 紡げなかった言葉はそんなところかしらね。

 

「ちなみにビーダとは話したのかしら」

「いいえ。でも、お父さんならこう言うに決まっています。"好きにしろ"と」

「ふふ、言いそうね」

 

 膨大なリソースの消費。その事自体には、ビーダは嫌な顔をするだろう。「俺の苦労をなんだと思っていやがる」なんて言葉を吐いてきそうだ。

 けれど──ふふ、それを補って余りあるほどに、強く、大きい。

 大国に匹敵する、なんて。藍沙ちゃんは自覚していないのでしょうけれど。

 

「その依頼、承ったわ。それじゃあ、ホラ」

 ──"やめてください。やめなさい。それがどういう意味を持つのか、わかっているの、藍沙"

 

 端末を見せる。

 そこに映るは──現在の世界地図。「終わった」土地やFTRM3Uによって近々「終わる」事が示されている土地を除いた、()()()()()()()土地。その中で、今回の条件を満たす土地だけを強調表示したもの。

 

「選びなさい。それくらいの呵責は背負えるわよね?」

「はい。じゃあ、ここで」

 ──"藍沙……ッ"

 

 軽い。命をなんだと思っているんだ、って。

 イアン君とかなら、詰め寄って来そうな程に。ここまでとは。ここまでオカシナ女のコだったとは。ふふふ、私の目も腐ったものね。

 示された土地は、この国から少しばかり離れた大陸。そう、大陸だ。大陸一つが国となっているが故の大国。なるほど、人口という意味では最も犠牲の少ない場所なのかもしれない。その判断からして、あらかじめ決めていた可能性もある。

 そも、私にそういう技術があるとどこで知ったのか、を考えたら……まぁ、大体察しはつくものね。

 

 さて、はて。

 それじゃあ始めましょうか。

 

「藍沙ちゃん、巻き込まれてしまうから、いったん家を出ましょう」

「はい」

 ──"やめてください、アズさん。私はそんなことで……そんなことをされて、生き返りたくはなんかない。私の肉体が「終わった」時、夫とも別れは済ませたんです。私が……私が、未練がましくこの家に辿り着かなければ。この家に自らを縛り付けるなんてことを、しなければ"

「そう。貴女はその家から出られないから、この技術は──錬金術は成功する。それじゃ、後でね、藍沙ちゃんのお母さん」

「待っててね、お母さん」

 ──"藍沙ッ!"

 

 聞く耳持たないとはまさにこの事だろう。

 母親の意思など完全に無視して、ただ自分が、自らが会いたいから、という欲求で死者の蘇生を願う少女。恐ろしい話もあったものだと、完全に己を棚に上げて言わせてもらおう。

 聞く耳持たないのは私も同じなんだけれどね?

 

 陽下家を出て、家の敷地内からも出て。

 それじゃ、と前置きをして、陽下家の表札に左手を当てる。

 

「……」

 

 "今回"ではない世界において、ワズタムはこの技術に単独で辿り着いたという。素直に称賛しよう。それは世の科学者たちが幾重もの屍を築きながらも辿り着けなかった領域だ。踏み込んだ代償はあまりに大きかったとはいえ、彼はその目的を果たした。

 「終わり」から大切なモノを逃がす──その過程で辿り着いた、人体錬成という技術。

 右手は中空に、何かを掴むように甘くして、目を瞑る。

 

 指定された国の座標。

 この国から遥か南にある大陸。赤砂の吹く動植物の多い国。子供がまだ笑っている。土地が多いからだろうか、戦争が無くなったからだろうか。それをまた笑顔で眺めるは老夫婦。親は仕事にでも行っているのかしらね、この時間だし。共働きだけど、自らの両親に孫を任せられるとは、さぞ良好な家族関係なのだろう。

 勉学に励む青年がいる。この国の言葉ではない。どこか違う国の言葉だ。交渉役でも夢見ているのか、趣味で覚えようとしているのかは定かではない。その下階ではカップルが睦んでいる。絵になるカップルね。隣の部屋では猫に餌を上げる青年。その隣には端末に向かって何かを喋っている少女。丁度目が隠れる画角で、これは配信をしているのかしら。

 様々な動物が荒野を行く。狩って狩られて、隠れて見つけて、追いかけ飛ばれて逃して悔やんでおこぼれを肖って、そんな動物を観測する人間の姿もあって。

 そんな。

 そんな、まぁ、色々とあるのだろうけれど──苦悩が少しばかりは減ったのだろう、この国よりは些か幸福に満ちていると言えるその国を。

 

 掌握する。

 

「──再三、問うわ。この大陸──人口約2,500万人にして凡そ16万と6000種類もの動植物が住まうこの国をリソースにし、貴女の母親の肉体とする。依頼はそれで間違いないわね?」

「はい。間違いありません」

 

 一切揺さぶられず、か。

 怖いコねぇ。より好きになっちゃった。ああ、でも。ある意味ビーダの娘らしい、と言えるのかも?

 

「素材は右手に。対象は左手に」

 

 甘く逃がしていた右手を、段々と閉じて行く。

 伴うのだろう。私の端末に緊急連絡が入ったのを感じる。恐らくFTRM3Uが予定にない「終わり」に焦っているとかそんなところだろう。ごめんね、事前とかしなかったから。

 確かな手応えがある。大国一つを握り潰す感覚が。……否、こんな風にゆっくりとやっていたら、可哀想よね。一思いに──ぐ、と。

 完全に握りつぶした。

 

 途端、潰した右拳から溢れ出るは、眩い暗闇。真黒な光。

 それを――思いっきり、「陽下家」という表札に、叩きつける!

 

「──!」

「藍沙ちゃん、ちょっと下がって」

「っ、はい」

 

 奔流だ。風の奔流──否、圧の、リソースの奔流。

 可視化される程の密度を持つリソースが、陽下家の限素を剥がし、置き換え、交換を行っていく。

 限素組成が改変される。構造物から──人体に。その変換は黒と白、光の粒子としか表現できないモノで行われ──それが一点に集約していく。収縮していく。集束していく。

 

 伴い、現れるは「終わり」。

 踏み込んではならぬ領域に歩を進めた者への罰を下さんと、法則の持ち主が私の身体を蝕もうとして、けれどすぐに退散する。私の手を包む。私の身体を包む。私の全身を巡って──それが無理だと判断する。

 私は「終わらない」。AZを「終わらせる」ことは出来ない。

 

 代わりといってはなんだけど、剥がされ、交換された家のパーツを「終わらせて」、「終わり」は消えて行く。リソースの奔流も次第に圧を潜め、周囲の静寂が戻ってくる。

 西区のゴーストタウン。閑静過ぎる住宅地に現れた轟音と竜巻は、その唸り声を一際大きく上げたかと思えば、まるで全てが夢であったかのように消え去った。余韻など存在しない。あっさりと、本当に何でもなかったかのように──何も無くなった。

 私が手を当てていた陽下家の表札も、その家も消えて。

 ただ、中心に。黒く輝く人影がある。

 

「ん?」

 

 パサ、と。

 どこからともなく降ってくるは、女性用の衣服。あとコート。

 

「藍沙ちゃん、これ」

「……はい!」

 

 元気に明るく、人好きのする笑みで、藍沙ちゃんは答える。

 人影は両腕で両肩を抱き、座り込み──藍沙ちゃんに抱きしめられた。コートを着せられ、そのままぎゅうと。

 光が収まっていく。その肢体も露になっていく。

 

「お前はコッチ向いてろ、馬鹿野郎」

「ちょ、酷いじゃない! 一番の功労者に対して!」

 

 その全容が見えるか──見えないかくらいで、無理矢理顔を別の方向に向けさせられた。グリン、と。私じゃ無かったら首の骨いってるわよそれ。

 

 で、まぁ当然のように。

 そこにいたのは、ビーダだ。抱き合う母子から死角になる位置まで私を連れ込んで、コワーイ顔で睨みつけてくる。

 

「……アレの選択か?」

「そうよ。私は何度も揺さぶったわ。でも、意思は変わらなかった。お母さんの方が何度拒絶しても、今から犠牲にするものを説明しても、一切、ね」

「……そうか」

「あら? 貴方なら、貴重なリソースを無駄にしやがって、なんていって怒るかと思ったのだけど」

「わかっていて問うのはやめろ、だるい。……イアン・エンハード含め、アレ……陽下藍沙も別格さ。誰が予想するんだ。こっちが必死こいて集めた巨大リソースの殺人集団を、個人で越えてくる一般人の台頭なんざ」

「イアン君はともかく、藍沙ちゃんについてはわかってたんじゃないの? あんなオカシナ女のコ、そんな短期間で出来上がるとは思えないけど」

「……兆候はまぁ、あった。だがこれほどではなかった。……恐らくはまぁ、エヌのせいなんだが」

 

 溜息に溜息を重ねるビーダ。

 エヌちゃん。んもう、会った事ないんだから、そんな楽しみにさせるような物言いやめてよね。今すぐにでも会いたくなっちゃうじゃない。

 

「FTRM3Uが怒っていたぞ。やるなら事前に連絡を入れろ、とな」

「それについては反省しているわ。けど、藍沙ちゃん達の前で端末を開いて、"国一つをリソースにするから許可を頂戴"なんて話を言えると思うの?」

「……あァ、俺のせいにすりゃいいだろう」

「そんなことしたら、私がABSに密接な繫がりを持っているみたいじゃない!」

「持ってるだろ」

「持ってないわよ! BARの店主と客程度の関係しかないわ!」

 

 さて。 

 これほど騒いでいれば、寄っても来るというものだ。

 

 陽下母娘──ではなく。

 

「で、どうするつもりだよコイツラ。ずりぃずりぃって怨嗟の嵐だぜ。良識があったのは蒔菜だけだったみてぇだな。他は、他人を犠牲にしてでも自分が生き返りたくて仕方ねえクソ野郎どもばかりと来た」

「藍沙ちゃんのお母さん、蒔菜さんっていうのね。で、どうするか、なんて……そんなどうでもいい事聞くあたり、貴方結構涙腺に来てたりする? ちゃんと蒔菜さん愛してちゃったりする?」

「うるせぇなクソ馬鹿野郎。()()()()()()()()()()ってのを聞いてんだよ。ウチなら、イーリス辺りに食わせる。お前の所なら、適当なエネルギー源になるだろ」

「ああ、いいわよ。要らない要らない。私別に魂集めとか趣味じゃないし。死後の怨恨なんてリソースにしても大して美味しくないしね。なんなら放置して妖魔化させて、退治師にでも任せたらいいじゃない」

「馬鹿野郎だなお前本当に。それが出来るならとっくにやってるよ。なんで西区の家だけが文字通りのゴーストタウン化してると思ってやがんだ」

 

 ふむ?

 どうして西区だけがゴーストタウン化しているか。

 そんなの。

 

「誰かが引き留めているから、以外にあるかしら、理由」

「わかってんじゃねえか。そうだよ。退治師の総本山、符術協会のクソジジイ共が引き留めてんだよ。この辺で死んだ連中を……殺した連中を、ソイツの意思に関係なく自宅へ縛り付け、蘇生を行う、なんつークソ実験の真っ最中さ。今回のお前の手段は無理矢理に強引なモンだが、膨大な時間をかけりゃあ誰にでもできる話だ。家の一部を少しずつ人体に変えていけばいいんだからな」

「それ、膨大な苦痛が発生しない? 少しずつ少しずつ自分が自分じゃなくなっていくんでしょ? クレイテリア(Criteria)が曖昧になっていって、最終的には別の存在になるのでしょうね」

「そんなことに同情できる奴らなら、初めからそんな実験はしねぇよ。だからまぁ、ここは符術協会の実験区画なのさ。そんなところに妖魔が発生すると思うか? 俺達が無理矢理に発生させたとして、退治師が派遣されると思うのか?」

「されないでしょうね。むしろ蘇生において何が生じたのかと、妖魔になっていない魂に更なる実験を試みそう。妖魔は妖魔で閉じ込めて、残りカスになってしまった地縛霊にまで手を出して。……なるほど、だから掠め取ってしまおうと」

「あァ。死後の怨嗟にも、自分優先の残骸共にも興味は無ぇが、俺の妻に手ぇ出した代償は必要だろう」

「やっぱ愛してるんじゃなぁーいブヘェ」

「当たり前だろ、クソ馬鹿野郎。妻を愛さねえ夫がいるかよ」

 

 コワーイコワーイ顔で。

 本音を言うビーダに、少しだけ嬉しくなってしまった。

 

「いいわ、協力してあげる。イーリス、だっけ。私の店に来たことは無いわよね」

「まァ、アイツは俗世の酒なんかにゃ興味ないだろうからな。で、協力と来たか。なんだ、この辺の家全部さっきみてぇに潰してくれる、とかか?」

「そ。今度はFTRM3Uにもちゃんと連絡して、潰しちゃいましょうこんな区画。誰の思い出が詰まっているのか、誰の悲しみや未練が残っているのかは知らないけれど、実験場にされてるなんて可哀想だわ」

「……お前の"可哀想"の基準もよくわからねえが、ま、やってくれるってんなら頼むさ。んじゃ俺は一旦退散するぜ、アイツらがこっちに来そうなんでな」

「あら、まだコートの下全裸だったりしないかし痛いッ!」

「だとしても、見るなよ?」

 

 ちゃぁんと愛しているようで。

 大丈夫よ、私他人のには手を出さないから。BSSなら遠慮なくいただくけれど。

 

「じゃ、夜にな」

「ええ」

 

 暗がりに消えて行くビーダ。

 それとほぼ同時。入れ替わるようにして、二人が来た。

 

「お話はできたみたいね?」

「はい。少なくともすぐに命を絶つ、なんてことはしないって、約束してくれました」

「……」

 

 それにしては、俯き加減が凄いけれど。

 あ、ちゃんと下も着てる。残念。

 

「それで、依頼料なんですが」

「ああ、いいわよ。さっきビーダからの振り込みを確認したから」

「お父さんから?」

「ええ。世話になったな、だって。愛されてるわねぇ、貴女達」

「……嘘でも嬉しいです! ありがとうございました、アズさん」

 

 ありゃ。ビーダは絶対そんな事言わない、って思われてるのねえ。

 理解されてるじゃない、お父さん?

 

「……アズさん」

「何かしら、蒔菜さん」

「貴方は──何も、悪くはありません」

 

 ……。

 えーと。もしかして、慰められてたりする?

 もしかして──私が気に病んでいる、みたいなコトを思っていたりする? 罪を背負わなくてもいい、みたいな。

 なぁに、それ。

 おかしいのね。面白いわ。

 

「善人が過ぎるでしょう、流石に。ビーダには勿体ないわ。私が貰っちゃいましょうかし──」

 

 後頭部直撃コースで飛んできた小さな針のようなものを掴む。

 はい。盗るな、って事ね。というかちゃんと見てるんじゃない。

 

「ううん、なんでもないわ。さ、行きなさい。蒔菜さんは分かっていると思うけれど、この辺りは危ないから」

「危ない、ですか?」

「ええ。蒔菜さん。藍沙ちゃんをお願いね。私はちょっとここでやることがあるから」

「……はい。言われずとも、守ります」

 

 さぁ、ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。怨嗟だ。怨恨だ。何故お前だけがと、何故ソイツだけがと。何故何故何故何故と。

 地縛霊は、悪霊になって。

 大きな大きな圧を生む。リソースの圧を。

 

 けれど、縛り付けられているから妖魔にはなれない。

 ただ──気が触れてしまいそうな程の幻聴が聞こえるだけ。

 

 二人を笑顔で見送って、小さく呟く。

 安心なさい、と。

 

「今日の夜にでも、解放されるわ。この世からね」

 

 どうか安らかに──なんてね。

 

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