ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
「そろそろ、本当に世界の終わりなのかもな」
「大吾、不吉な事を言うのはやめてよ」
「だが、お前もそう考えているんじゃないか、イアン」
大学構内。軽食スペースで昼食をとる二人の顔には、決して浅くない溝が出来ている。
今朝、端末であるニュースを見た。
この国より遥か南にある大陸。大国ではなく大陸が、丸々一つ、「終わった」という話。これまでに大規模な消失が無かったわけではない。国が二つ同時に消えるだとか、ある括りにあった諸島が全て姿を消した、だとか。イアン達の周辺でも昨日は西区が、その前には北区が「終わって」いる。
ただ、今回ばかりはその比ではないと言えるだろう。
陸地丸ごとの「終わり」。人々も、そして動植物たちも、一体何千万という命が消えたというのか。そしてそれがやはり、何の前触れもなく起きているという事実に──文字通りの「世界の終わり」を感じざるを得ない。
「でもさ、悪い事ばっかじゃないじゃん。藍沙のお母さん、見つかったんでしょ?」
「ああ……それは、確かに吉報だね。エヌもまぁ、生存自体は確認できたわけだし」
「エヌについては無事とは言い難いが……」
あの日。
大学内に*1数多の妖魔用トラップを仕掛けているジュニから、大物が釣れた、との連絡が入った日の事だ。
大物──魂の無い妖魔は基本、魂の多く密集する場所には現れない。どういうことなのかは学者や符術師たちが詳しく解説してくれるだろうが、とにかく大学校などという人間の密集地帯には、少なくとも昼の大学なんて場所には、妖魔は現れないはずだった。
それを乗り越えて、無視して、ジュニを狙ってきたのが──あの、テロ組織Absurdusが第二位、吸血鬼アリアス。不死身と謳われる再生力もさることながら、若い女性だけを狙うシリアルキラーとしての手腕も脅威的で、あるいは狙われたのが藍沙であったのなら対処出来ずに殺されてしまっていた可能性も高い。
たまたまジュニが罠使いで、体内外に毒薬の類を仕込んでいたから退けられたものの、万全の状態のアリアスとの戦闘は避けたい所。イアン、大吾の両名がそう考える程には強かった。老獪にして的確。そして──非人間的。
自らの怪我を気にせずに突っ込んでくる死兵だ。それでいて刃物の扱いに長けるなど、狡いが過ぎる。
「藍沙?」
「え? あ、あぁ。エヌちゃん、そうだね。あれ……って、やっぱり、洗脳、とかなのかな」
「……それはわからない。言動はエヌ自身のもののように思えたけれど、僕達の知らない符術で操られている可能性はゼロじゃない。……そうであってほしい、という方が正しいかな」
「だな。瀕死のアリアスを庇い──まさか、あんなことをいうとは」
──"ごめんね、イアン。みんな。私は──世界の敵に回ることにしたよ。『箱庭』の敵に"
「『箱庭』、か。文脈から判断するなら、何かの組織の事だと思うけど」
「一応ネットを洗ってみたけど、それらしい名前は出て来なかったよん。でも、その前の言葉はわかりやすいよね」
「世界の敵に回る事にした、か。Absurdus……不条理は受け入れられないと?」
「人類の敵じゃない所がミソだと思う。僕達の敵じゃなく、世界の敵……つまり」
「"終わり"に対抗する、組織」
「……にしては、殺し過ぎだけどね」
"最悪のメイデイ"こそ代表的事件だが、それだけじゃない。ABSの構成員はそれぞれが大量の殺人を犯している。エヌにはまだそれら罪状は掛かっていないけれど、あの組織に所属すると宣言した以上、してしまうかもしれない。
その"可能性"だけで、イアンは自分が許せなくなった。
「──止められなかった」
「強かったね、エヌちゃん。元から部活動とかサークル活動で運動神経あるのは知ってたけど……」
「隠していたのか、連れ去られた後仕込まれたのかは定かではないが……」
アリアスを庇い、逃がし、イアン達と対峙したエヌ。
説得は聞く耳持たず。故に気絶させてでも連れ帰ろうとした。殺す気こそ無かったものの、本気でイアン達はエヌを気絶させにかかったのだ。
けれど、通じなかった。ある程度手の内が知られている、というのは大きいのだろうが、それを差し引いても届く気がしなかった。どれほど強大な妖魔を前にした時でも感じなかったその距離を、イアンはエヌに感じてしまった。
「僕は、弱いんだな、って。痛感したよ」
「ある意味で、エヌの優しさなのかもしれんな。今のままの実力でABSに挑めばどうなるか。あの爺さんの時は話が通じたからいいものの、階位が上へ行けば行くほど狂っているらしいじゃないか。だから──そのままじゃ、無理だと。そう言ってくれているのかもしれん」
「なんだよ、それ。それじゃあ……また。いいや、まだ、かな。僕は、僕らはまだ、エヌに庇われているってことか。はは……なんだよそれ」
食事が喉を通らない。イアンにとって、エヌは庇護すべき妹のような存在だった。多少尊大な口ぶりの目立つ、けれどとても可愛らしい女の子。それが。
守られている。
イアン達は、エヌに守られている。
「強くならなきゃいけない」
「ああ。差し当たっては、
「……」
大吾の言うソイツ。
それはイアンの左手。黒革に包まれた手。講義の時間だろうと食事時だろうと決して外す事のないソレは、イアンの奥の手とでもいうべきものだ。
「でもさ、気軽に訓練とか出来なくない? ソレ、危なすぎだしさ」
「うん。僕もそう思う。……けど、この前一つ分かった事がある。コレは、妖魔にも効くんだってこと」
「ああ……本来はリソースそのものでしかないはずの妖魔に、ソレが効く。確かにおかしな話か」
「おかしな話だけど、効くなら積極的に使っていこうと思う。妖魔退治にも──ABSとの戦いにも」
エヌを連れ去られる前は。つまり、イアン達の本業とでも呼ぶべき仕事は、妖魔退治の方だ。本来は資格を持った退治師や符術師が行うべきそれを、民間人であるイアン達は違法に行っている。
理由はとても単純。依頼があって、訓練になって、お金が入るから。
符術協会に妖魔退治の依頼を出すと、それなりの依頼料がかかる。だからフリーの退治師やイアン達のような戦える一般人を安い金で雇うのはよくある話で、それを生業としている者も少なくはない。少なくは無いからと言って許される事ではないのだが、最早取り締まりをする機関さえマトモに動いていない現状であれば、特に気にする事でもない。
皆、怯えている。「終わり」に対して──如何なる手段も尽きた、と。
「正直、僕達だって"終わり"は不条理だと思う。理不尽だと思う。もしABSがそれを阻止せんと動いてる組織だっていうのなら……協力も辞さないかもしれない。やり方さえ変えてくれたら、だけど。でも、"終わり"やABSより、一番に優先するのはエヌだ。僕達が強くなって、エヌの身柄を抑えて、真意を聞く」
「もしそこで、本当に洗脳もされてなくて、自分の意思でABSにいる、って言われたら……どうするの、イアン君」
「──僕達もABSに入る。いや、僕だけでも、かな。みんなまで巻き込むつもりはないよ」
それは、ともすれば狂った判断であると言えるだろう。
だってABSは、Absurdusは、テロ組織だ。殺人集団に仲間入りすると──エヌが戻らない、というだけの事のために、自らの手を汚すと。人々の恐怖の対象になると、イアンはそう言うのだ。
「重症だな」
「だねー。ま、安心しなって。もしそーなったら、二人の背後から私が毒針刺してあげるからさ。半年くらい動けなくなる奴。それで頭冷やしなよ」
「それ、死なないか?」
「死なないように調整してるって~」
「……僕も一応、そうならないことを祈っておくよ。エヌは……僕達のもとに帰ってきてくれる、って」
茶化すジュニと、怪訝な顔をする大吾。イアンもまた肩を竦めて、ようやく通るようになった喉に食事を流し始める。
そんな、三人の様子を。
藍沙は少しばかり冷たい目で、眺めていた。
「さて、TK。今日は限素の寿命についてのお勉強をしよう」
──"はい。サルミナ様"
「といっても『箱庭』内に限素は無いから、TKは知っていても知っていなくても問題ない話なんだけどね」
「……教師役が初めからその調子だと、イルノットが困ってしまいますよ」
「お? なんだいウォロッソ。アンタがTKに肩入れするなんて珍しい、なんだ、アタシのいない間に仲良くなったのか?」
「というよりは、教師役、というものをしてみて……生徒にとってどういった教師が理想的であるのかを理解しただけです。テイタ、貴女は教師に向いてい無さすぎる」
「はン、へぇへぇ、学生上がりの優秀な博士サマとは違いますよっての」
「二人とも、それくらいで。TKが困っているわ」
──"いえ、AZ様。私は知っています"
「え、何を?」
──"これが夫婦漫才、というものであることを、です。カムナリ様に教わりました"
「あらあら」
あの子、本当に何を教えているのかしら。
別に良いのだけどね。そういう……楽しい事を、沢山教えてくれるのは。
「……まさかTKに揶揄われるとは思ってなかったよ。これ以上何か言うの面倒だから、授業を始めよう。準備は良いかい、TK」
──"はい、サルミナ様"
さて──と、再度前置きをするサルミナちゃん。
「終わり」の研究所で行われるTKに対する授業。今日はサルミナちゃんの当番で、内容は限素について。
「限素そのものの説明はいらないね? 私達を構成する粒子のことだ。それ以上でもそれ以下でもない」
──"はい"
「いいね。で、限素には寿命というものがある。ああいや、限素組成から説明した方が良いか。万物が限素で出来ていると言っても、その組成はまちまちだ。人間には人間の、樹木には樹木の、建物には建物の限素組成がある。さらにそこへ個人差……たとえばアタシとアz……ウォロッソのように、同じ人間でも組成によって違いが出てくる」
「いやん、外されちゃった」
「アンタは特例過ぎるからね。でまぁ、この組成というのが限素の寿命を決めるんだ。強固な組成であればあるほど寿命は長いし、その逆も然り。ただ、焼かれたり凍らされたり圧縮されたり……まぁ、外部刺激によって限素組成ってのは簡単に変わる。どれほど強固な組成であっても弱体化は可能ってワケさ」
──"なれば、世界の限素も強化は可能なのですか?"
「おおう、いきなりそこに行くのか。んー、ま、いいか。TK、それの答えは、理論上は可能だが実現は不可能に近い、って奴さ。まず世界の組成がわかってないってトコが一つ。そして、組成の弱化は容易だけど、強化は至難ってのが一つ。もう一つあるんだがまぁこれは知らなくていい。とにかくその二つの壁がある限り、世界の強化ってのは出来ない。出来ないから"終わり"は避けられない」
世界も限素で出来ているのなら。
その着眼点は正しい。人間が、たとえば組成を整え、つまり健康になる事で寿命を延ばし得るように、世界もなんらかを整えることが出来れば「終わり」を先送りに出来るのではないか、と。TKはそう考えたのだろう。
でも、それはやっぱり無理な話だ。サルミナちゃんが否定した二つの要素と、もう一つ。
一般的に言われている「終わり」と、世界の「終わり」は少しだけ種類が違う、というコト。
「限素組成ごとの寿命ってのも簡単に見分けのつく話じゃなくてな。リソースの色と限素そのものの経年劣化を見極めなきゃならんから、結構時間がかかるのさ。少なくともぱっと見で"これは終わる!"なんて言えるのは、そういう異能持ちだけだろうね」
──"異能、ですか?"
「ん……ああ、TKは知らないのか。アズ、教えてもいいのかい?」
「ええ、問題ないわ」
「んじゃ遠慮なく。世界にはね、TK。異能っていう、文字通り異質な能力を持ってる奴がいるんだ。符術とは違う、生来の能力ってヤツ」
──"符術、とはなんでしょうか"
「……おいアズ。お前さんもカムナリも、TKに基礎知識は教えたんじゃなかったのかい?」
「基礎知識は教えたわよ。でも、符術なんて"今回"発展した技術なワケで、基礎には含まれないわ」
「"今回"ね……。はぁ、わかった。ガラじゃあないが、そこも教えてやるよ。何、異能についてはさっきの説明で終わりさね。生来持ってる特異な能力。種別で分ける事は出来ない。以上。ってことで、符術の説明といこう」
符術。
此度の世界において発展した技術。リソースの密度差で生まれるアレを妖魔と呼び始めたのが先か、それとも符術が出来上がってからアレらを妖魔と呼び始めたのか。その論争は、意味のない話。確認のしようがないのだから。
とかく、"今回"は符術が発展した。魔導が発展した事もあれば、錬金術が発展した事もある。ただ"今回"は符術だった、というだけの話。そういうリソースに干渉する技術が発展しないまま「終わり」を迎えた世界も少なくはないしね。
「符術はリソースに干渉し、世界の限素を改変する技術の事を指す。さっき世界の限素組成はわかっていないといったが、アレは全体がわかっていない、ってだけの話で、目の前の組成くらいは誰でもわかるだろう? ああいや、ぱっと見でわかる、とは言わないが、土やら樹木やらの組成は調べりゃすぐに出てくる。学校でも習うだろうし」
──"限素の改変、ですか"
「そ。といっても一時的なものだけどね。完全定着させるとなれば、一般に言われてる必要リソース量の何千倍も必要になってきちまう。ま、そんな非効率な事をする奴はいない。一時的に炎を出すとか、一時的に凍らせるとか。ま、そういうことが出来るのが符術だ。名前の通り、ペラ紙に組成の変換式を書いて使う」
──"何故、リソースに干渉すると限素の改変が可能なのですか?"
「あー……んー。ウォロッソ!」
「はいはい。少しだけ説明役を代わりますよ、イルノット」
──"はい。お願いします、ウォロッソ様"
「そも、リソースとは何か。そこから説明する必要があります」
眼鏡を上げて、ウォロッソ君が指揮棒を取る。黒板もホワイトボードもないのに、何に使うのかしらねアレ。
「イルノット、リソースとは何かを説明できますか?」
──"申し訳ありません。限素が寿命を迎えた存在、では、答えとして相応しくないように思います"
「正しい感覚です、イルノット。リソースとは何か。限素が寿命を迎えるとリソースになりますが、リソースはイコールで限素と結ばれるわけではない。さて、では少し話を逸らしましょう。コアはわかりますね?」
──"はい。コアは魂……限素生物の核となる存在です"
「では同じように、リソースは限素生物の何になると思いますか?」
──"……限素は、限素生物の肉体。ならばリソースは"
考えさせる時間を与える、という点において、確かにウォロッソ君は教師に向いているのかもしれない。
サルミナちゃんはせっかちだから、自分で全部答えを言っちゃうのよね。
──"人格、でしょうか"
「惜しいですね。もう少し考えてみましょう」
──"……感情、ですか?"
「へえ。あ、いえ。驚きました。あと二、三度ほどは同じやり取りをするつもりでいたもので。ええと、そう。はい。コアは魂。限素は肉体。そしてリソースは感情という言葉で表されます。妖魔が万物をリソース化するという本能を持っている、という話はしましたが、それらが性格や趣味嗜好を有す理由はこれです。妖魔はリソース──つまり、感情そのものなので、己の発生時にあった感情通りの性格になります」
だから、生命活動を停止して魂だけとなった西区の幽霊たちでも、リソースは発生し得た。また、強い想いを抱く者程、抱えきれぬほどの憎しみを持つ者程、肉体も強固になる。それだけ沢山のリソースを有すから──コアがそれらを限素化し、肉体を強化するのだ。
だから、そういう意味で。
──"なれば、サルミナ様。符術を用い、リソースに干渉するという行為は"
「おっとTK、そいつは飛躍しすぎさね。まずはウォロッソの話を最後まで聞くと良い」
──"申し訳ありません"
「ああ、怒ってるわけじゃないんだ。……すまない、水を差したね。ウォロッソ、続けてくれ」
「今のは別にどちらにも謝られる事ではないと思いますが、話が拗れるので受け入れて進めさせていただきます」
「けど、ウォロッソ君が今から説明する事は、TKの疑問の答えでもあるわ」
「アズ。貴方も黙っていただけると。話がややこしくなります」
「はぁい」
怖い先生だ。
けど、教える楽しみ、のようなものを覚えたのでしょうね。それは良い事……かも?
「コホン。ではイルノット。リソースとは何か、という話に戻りましょう」
──"感情、ではないのですか?"
「感情とは何か、でも良いですよ。リソースと感情は同義です。故にリソースとは何か。どういう性質を持っているのか、という話です」
──"感情とは、人格から放たれる情動の事ではないのですか? 私のような管理AIにさえ存在する人格。あるいは個とでも呼ぶべきもの。自我。それらが発し、湧き上がる動き。それを感情と呼ぶと教わりました"
「教えたのは、カムナリですか」
──"いえ、AZ様です"
「……なるほど基礎知識だけ、ですか。回りくどい事を」
睨まれる。こちらとしては、肩を竦めるしかない。
基礎知識よ。私達がTKに教えたのは。だからこそ、欠かしてはならない事は全て教えてある。
「まぁ、いいです。そう、感情とは個が、人格が、心が発する動き。それらの強度はそのまま、世界に干渉するものになります」
──"世界に、干渉"
「そう。感情とは、リソースとは──"自らが世界に影響を及ぼす可能性"のことを指すのです。大きな感情を持つ者は、世界を変えます。感情の薄い者は、自己に留まります。ここまで言えば、わかりますね?」
──"やはり符術とは、自らのリソースに干渉し、世界を改変しているのですね"
「ええ、正解です。テイタに渡すのも癪なのでこのまま説明を続けますが、符術とは自らの可能性を削って世界の改変を行う技術。己から発されるリソースを改変に消費するが故、使い過ぎればどうなるか──わかるでしょうか」
──"自己の消滅。リソースの枯渇"
「そして、それだけに留まらないのです。魂はリソースを限素に変換しますが、ある程度のリソースに関しては確保しておこうとします。つまりリソースが枯渇した場合、魂はリソースを欲すのです。自らの限素組成を変じさせて寿命を早め、リソース化する、という行為で以て──それは充たされます」
──"……それは、生命活動の停止を早めることになりませんか?"
「なります。とはいえ、初めは空腹を感じる、疲労を感じる程度の消費でしょう。限界近くまでリソースを使った場合、疲労困憊で倒れて病院行き、なんて符術師も珍しくはありません。ただし、限界まで使用して、疲労と空腹さえも無視して符術を使おうとすれば──」
──"その限素生命は、生命活動を維持できない程の限素を消費してしまう、ということですか"
「はい。故に符術の扱いは資格や免許が必要ですし、安全性のため退治師及び符術師は符術協会という場所に入る事が原則義務付けられています。……とまぁ、この辺りでいいでしょう。どうなったとしても、イルノットには関係のない話なので」
──"いえ、ありがとうございました、ウォロッソ様。サルミナ様。また一つ、この世界の理解が進みました"
そう。関係のない事、かもしれない。
けれど必要な事ではある。何故ならTKはテストパターンの行使を行う管理AIであり、そのテストパターンは、入力されたものだけ、に留まらない。留まらせるわけにはいかない。幾つもの、幾重ものテストを箱庭に対して行い、「終わり」への対抗手段を作り出す。作り出す生物を創り出す。それこそが『箱庭計画』の真意。
既存の文明の保存、など。
そんなものは建前だ。何なら私だって、オーディアと同じく、争う事でしか前に進めない人類を遺すなど狂気の沙汰だと思っている。
でもそれが。
それだけが、唯一であるというのなら。
「そろそろ今日のテストに移りましょうか、TK。今日聞いたことで、新しく考えられたテストパターンはあるかしら?」
──"申し訳ありません、AZ様。未だ入力済みのパターンが終了しておらず……"
「ああ、いいの。それならいいの。ごめんね、急かすつもりはないのよ。大丈夫。貴方のペースでいいから、頑張って」
──"はい。ありがとうございます"
大丈夫。TKは、TKだけは、急ぐ必要がない。
私は続くだろう。ワズタムとカムナリはわからない。この世界は「終わる」。
けれど、私とTKが一緒に居られるとは限らない。いいえ、ほぼ100%の確率で離れ離れになる事は目に見えている。
だから、だからこそ、大丈夫。
この半年で私達に出来ることを、私達が与えられる事を全部与えて──あとは全部、貴方がやるのよ、TK。
その意味を込めての、頑張って、だから。