作:Trefoil Knot / 試行存在

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残酷描写
胸糞注意


ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

 カランコロンと氷を転がす音が響く。

 BAR・エルドラド。今日も閑古鳥が鳴いている。まぁゼロじゃあないし、そもそもお金には困っていないのだけれど。

 で、そのゼロじゃない──ゼロじゃなくしてくれてるお客さん。

 

「あんまりそういうコトには言及しないのだけど、不思議な組み合わせね」

「……フン」

「僕もそう思うよ、それについては」

 

 オーディアとイアン君。

 敵対しているはずの二人が、席を二つ開けて、隣同士。

 というのもまぁ、一緒に入店した、とかじゃなくて、先にオーディアが呑んでいた所にイアン君が来た、というだけなのだけれど。

 

「ABSと密接な繫がりがある、というのは知っていたけど……まさか幹部全員が常連、ってことはないよね」

「ないわ。イーリスと、あとエヌちゃんには会った事ないし。それより、どうしたの? 少しばかり言葉の棘が取れたというか……もしかして、デレ期?」

「ああ、いや。この前来た時に強い口調だったのは、貴方がABS側の人間なんじゃないかって思ってたからだよ。エヌを奪った僕の敵……そう思ってたから、あんな風に失礼な態度だった。それについては謝罪するよ」

「いいのよ、そんな。素直にデレ期って言ってくれれば」

「喧しいぞ、アズ。男色に目覚めたというわけでもあるまいに、揶揄いはそれくらいにしておけ」

「あら、怒られちゃった」

 

 何度も言うけれど、私は女のコの口調が好きなだけの男なので、好きなコは普通に女のコ。

 でもこういう口調だと勘違いして「俺にそっちのケは無い!」とか言いながら顔を赤らめる男のコがいるのが可愛いのよね。別におっきはしないのだけど。

 

「……ふぅ。なんだ、小僧。前も言ったが、儂はお前達に対しての殺意はない。だからそう睨むな。酒が不味い」

「あら失礼」

「──……はいそうですか、とはならない……と言いたい所だけど、そうだね。少なくともこの場で何かをする人じゃないだろうし、貴方の理念は……納得は出来ないけど、理解はしたから」

「ふん。儂らは狂った殺人集団だ。理解もせんでいい」

 

 これ、ツンデレ?

 あ、睨まれた。

 

「……アズ。南の大陸が"終わった"が……アレは、()()()()か?」

「それは、どういう……」

「一瞬黙っていろ小僧。儂はアズに聞いている」

 

 ……うーむ。イアン君には聞かせるつもりなかった事なのに、全くタイミングの悪い……。

 そんなこと聞いたら、私が『箱庭』側の人間ってバレバレじゃない。いいえ、オーディアも確信は無いのでしょうけど。

 

「違う、とだけ言っておくわ。アレは直前まで私も知らなかった」

「……そうか。ならばやはり、"終わり"が早まって……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! あんたらはどこまで……いや、違う、貴方は、アズ、さん。貴方は……何を知っている? 何者なんだ?」

 

 ほらぁ。

 

「私は謎のお兄さんよ。それと、呼び捨てでいいわ」

「コイツは、……まぁ、"終わり"の研究者だ。儂も知らん程深い所にいるが、基本は無害と考えて良い。()()()()()()()()()()()()、だがな」

「あらやだ。私別に殺しとかしないわよ。貴方達じゃないんだから」

「……フン」

 

 殺しはしないわ。

 殺しは。

 

「……アズ。もしも……もしも貴方が()()について知っている事があるなら、教えてはくれないだろうか。僕は……強くならなければならないんだ。今すぐにでも、どんな手段を使ってでも」

「コレ、っていうのは、その黒い革手袋に包まれた、貴方の左手のこと……で、合っているかしら」

「……」

 

 オーディアがグラスを傾ける。

 くたびれたコート。グラスを持たぬその片方には、何も通されていない。

 

「そう。もう知られていると思うけど、僕のこの手は、"終わり"に浸されている。……中身まで知っているのかな」

「いいえ。貴方のその手が、オーディアの腕を"終わらせた"という事を知っている程度よ」

「そっか。……まぁ、ここには彼しかいないから、見せてしまうけど」

 

 言って──イアン君は、その革手袋を外す。

 本当にただの黒い革手袋だ。おかしな材質でもない。

 そして。

 

「……飲食店で出すには、ちょっとグロテスクだったかな」

「気にするコはいないから、大丈夫よ」

「儂は気にするが」

「貴方はもっと惨いものを見てきているでしょうに」

「フン」

 

 革手袋の外されたイアン君の左手。 

 そこには、骨があった。

 骨だ。

 ギシギシと音を立てて動く、骨。手のカタチをした白。眩い黒を纏う、真っ暗な白い骨。

 手首から上の全てが、骨だった。

 

「"終わり"を纏う手、ねぇ」

「ああ。……この手は生まれた時からでさ。父さんも母さんも、お医者さんも病院も。僕が"終わらせて"しまった。その時……まだ赤子だった僕を拾ってくれた人が、これを抑える手袋をくれて。その人が今どこにいるかはわからないんだけど、そうして育って今に至る。こんな所が僕の身の上話。で、どうかな。これについて、何かわかることはある?」

「とりあえずしまってくれていいわ。大体わかったから」

「それは、本当に?」

「ええ」

 

 器用にも骨の手に革手袋を通していくイアン君に、なんとも言い難い溜息を吐く。

 身から出た錆……でもないけれど、ううん、難しいわね。

 

「それで、これは……」

「その前に。ソレ、痛みとか無いのかしら。特に手首は」

「ああ、そこは大丈夫。結構グロテスクだからあんまり見せる事は無いんだけど、手首の断面までしっかり見えた状態で止まってる。成長はしてるから完全に止まっているわけじゃないけど、この手の纏う"終わり"が僕を蝕む事は無いよ」

「……ふぅ」

 

 身から出た錆ねぇ。

 これは。完全に。

 

「アズ。儂はそろそろ行く。これ以上は小僧本人の問題だろう。一応は敵対組織の儂が聞いていい話でもないだろうしな」

「別に僕は構わないけど……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言えば、黙って送り出せるか、小僧」

「……どういう」

「じゃ、またね、オーディア。またビーダへのツケでいいのよね?」

「頼む」

 

 中身の飲み干されたグラスを置いて、オーディアは出て行く。

 つくづく察しの良いお爺ちゃんよねぇ。私が女だったら惚れてるかも。

 

「それじゃあ、何から話しましょうかね。まずはその手の正体から──とかで、いいかしら?」

 

 何事も結論から。

 それが円滑な討論の進め方である。別にディベートするわけではないのだけど。

 

 

 

 

「まず、その手。その手はイアン君のものではないわ。だからイアン君がどんなに頑張っても、どんな修行をしたとしても、強くなったり新たな力を得たりは出来ない」

「……それについては、薄々わかってた。明らかに指の長さや大きさが違うから」

「あら。ま、そうよね。それくらいはわかるか。……その手は、既に"終わった"ヒトの手よ。故に"終わり"が纏わりついている」

「そのヒト、というのは」

「教えられない……なんて言っても納得しないわよね」

「ああ」

 

 さてどう切り抜けたものか。

 殺しはしない、だの。ABSに密接な繫がりはない、だの。

 色々言ったけれど、私は普通に非人道的な行為をする側の存在で。

 その非人道的行為の──「終わり」に関する実験で出た研究対象。謂わばモルモットよね。その中でも脱走したモルモットを消去する時のミスです、なんて正直に言ったらどうなるかしら。ここで戦闘が起きるわよね~。

 

「まず、貴方を拾ってくれたという人だけど、名は覚えている?」

「いや。名は無い、と言っていたと思う。僕は勝手に先生と呼んでいたけれど……」

「髪は短かった?」

「それも否定する。長髪で、ぼさぼさの髪をしていた」

「特定の数字に敏感じゃなかった?」

「……懐かしい。それは、そうだ。肯定するよ。確か、20……と幾つかの数字を嫌っていた。数字が嫌い、なんて、よくわからない人だったけど……良い人だったよ」

 

 検体番号S-25とT-26。

 前者は「終わらせられた」。後者はその隙に逃げた。

 ワズタムの辿り着いた秘法、人体の錬成。その逆、つまり人体を構成する限素を別のものに変換する実験の中で、それは起きた。

 先日やったリソース化はこれらの実験を経て得た最終形だけど、流石の私もワズタムの研鑽に一足で並び立つ、なんてことは出来なくて、何度も失敗を繰り返したのだ。

 

「昔……ある"終わり"の研究所で、ある実験が行われていたわ」

「……」

「『人為的な"終わり"の誘発による"終わり"の制御』。要は何かの寿命を強制的に迎えさせて"終わり"を引き起こし、その時に起こっている現象を完全に記録、複製、制御する事で、"終わり"に対しての対抗手段を得ようとする……みたいな、そこまで珍しくもない実験ではあったのよ」

「──それを、人体でやったのか」

「あらあら。辿り着くのが早いわねえ」

 

 勿論そんなものは建前。私以外の研究員はそれを目指していたのだろうけど、私は別の事をしていた。

 今話しているのは建前の方。非人道的な実験をしていた研究施設の方。

 

「人体を構成する限素の寿命を早める、なんてのは、言ってしまえば簡単なのよ。生命活動の停止がもっとも手っ取り早い手段なのはわかるでしょう?」

「……ああ」

「でも、その研究所では、そうではない方法で人体の限素組成を変えようと試みた。健康な人間を健康なままにリソース化させようとしたの」

 

 限素組成を変える事無く、つまり強度をそのままにリソース化する。

 ……私が提案した、錬金術の概要。研究員達は目を輝かせて、躍起になってソレを成功させようとした。ま、どう足掻いても凡人の集まり──誰も成功には至らなかった。

 

 だから、手を貸した。

 

「その時対象となったのはある捨て子。身寄りのない子供。貴方にはキツい言い方かもしれないけれど、あの頃は戦争孤児なんか沢山いたのよ。ほら、戦争によって戦争の参加者や関わった国がぜーんぶ"終わった"あの日。あれによって、戦火に飲み込まれないように逃がされていた女性や子供たちが大量に()()()わ。敵国に対して多量の害意を持っていた女性は、避難民でさえ"終わった"なんて話は有名よね。まるで神が"見苦しい"とでもいうように、きれいさっぱり消えてしまった、って」

「……それで、子供が」

「そ。身寄りのない子供が沢山()()()の。ただ野垂れ死ぬだけのコもいれば、運よく隣国に辿り着けたコもいる。そして──」

「そういう研究施設に捕獲された奴もいる」

「ええ。というか、そういうコの方が大半ね。まるで狩りをするように、野生動物を捕まえるように、あの国の子供たちは乱獲された。で、その子供の一人を、研究員達は検体S-25、と呼んでいたわ」

「……」

 

 実験対象にするなら健康な子供が望ましい、というのは共通認識だ。巨大なものに干渉しようとすればするほど必要なリソース量は多くなる。リソース化させるためにリソースを必要とする、という話はまぁ符術辺りの参考書でも買ってもらうとして、つまり大きな大人より、小さな子供の方が楽なのだ。

 私が手を貸したことによって飛躍的に段階の進んだ錬金術の研究は、とうとう実践にまで持ち込まれた。

 

「つまり、健康な子供を一人──そのままの状態で、完全にリソース化する、という実験、か」

「ええ、そうよ。そしてそれは成功した──かに思われた」

 

 人間一人のリソース化。

 それを成し得るには、あの研究所にいた研究員全員のリソースを用いても無理だった。ただ、無理な事を知っているのは私だけで、彼ら彼女らは出来ると思っていた。

 私は「面白いお兄さん」としてそのコに好かれていたから、彼の左手を握って──その組成を理解して。

 反対の手で、研究所内全ての人間を掌握した。

 

「しなかったのか」

「半ば成功した、とでも言えばいいのかしらね。検体S-25はリソース化したわ。苦痛も無く、何の感情も無く。けれど、リソース化したのはS-25だけじゃなかった。その場にいた研究員も、そして他の用途に使われていた検体も、予備の子供たちも──全部。全てがリソースになった。簡単に言えば、範囲指定が出来ていなかったのよ」

「……けど、漏れがあった」

「そ。検体番号T-26。彼はとっても熱心な検体だったの。熱心に──その研究所から脱出を試みていた。あらゆる場面、あらゆる状況で研究員達の隙を伺って、どうにかこうにか逃げようとしていた。そして彼は見つけたわ。秘密の部屋──私が気に入ったコを食べるために勝手に作った、ある部屋を」

「……」

 

 そう。ミスだった。

 あんなヤリ部屋に鼠が紛れ込むなんて想定外にも程がある。

 

 行われた人体の逆錬成。私に手を握られた子供は瞬く間にリソース化し、時を同じくして研究所内全所員全検体もリソースとして変換、使用される。私が把握ミスした彼と彼のいた部屋を除き、同じく限素で構成されている研究所そのものまでもリソース化しての、大錬成。

 全てがリソース化し、成功したかに思われたこの実験は、けれどミスがあった。彼の事もそうだし、もう一つ。

 

 私が手を握っていた子供。

 つまり、私の手の中に在った子供の手は、リソース化しなかったのだ。私は私を範囲に含めていなかったから、すっぱり切断される形で。

 

「実験は半ば成功した。研究員達や予備検体まで巻き込まれる、なんて想定外はあったものの、あらゆるものがリソース化し、消え去った元研究所跡地に、私はただ一人残されたわ。──嵐が過ぎ去ったことに安心して、私のヤリ部屋から出てくるT-26と共にね」

「……先生のことはわかったよ。あの人がどういう人だったのかは理解した。それで、それが僕の手と、どう関係があるんだ」

「私は彼の事を消そうとしたわ。目撃者だから」

「──!」

 

 そこは正直に言う。

 手首の先から消え去った少年の手を握りながら、私はT-26に向けて掌をかざした。何をされるか、なんてことは彼には理解できなかったでしょうけれど、何かをされるんだ、という事は理解できたのでしょうね。彼はすぐさま身を翻し、森の中に──木々の中に逃げていった。

 

 だから私は、その森に錬金術を行使した。

 

「置換──貴方に符術の知識があるならわかると思うけれど、基礎の基礎よ。対象の限素を一時的に書き換える術式」

「ああ。わかる」

「それを用いて、私は彼の逃げた先にあった全てを書き換えたわ。弱化──限素組成の弱体化。これも、よく使う符術よね?」

 

 頷くイアン君。

 リソースのみである妖魔に対しては一切効かない符術だけど、人間相手には……とりわけ人間の決まった部位、限素組成が他人とあまり変わらない部分に対してはかなり有効な術式だ。

 その錬金術版を、森全体に対して放った。森全体──というか、見える限りの全てに対して、かしら。

 

「──結果、それでも彼は私から逃げ果せた。……どうやったと思う?」

「わからない。けど……そこでそれを問うてくるという事は、僕にとってあまりよくない事実なんだってことはわかる」

「察しがいいわね、本当に」

 

 森を丸ごと「終わらせた」。

 ただ目撃者を消すという一心で放った錬金術によるリソース化の「終わり」は──これまた中途半端な結果に終わった。

 ワズタムの編み出した錬金術の秘奥は、あくまで存在Aを存在Bに置換する技術だ。弱化も強化も無しに行う秘術。"今回"の符術では決して辿り着けない禁忌の領域。

 だから、森をリソース化したら、何かが錬成されなければならない。私はそれを把握していなかった。

 けれど法則は変わらない。目に見える全てをリソース化したが故に──目に見えていない、私の掌の中に在った少年の手が──その手から先が、錬成され始めた。

 

「検体番号T-26は、逃げた先にあった小さな町の、小さな病院に逃げ込んだわ。そこで何を言ったのかはしらないし、調べようも無いけれど、その病院は快く彼を受け入れたのでしょうね。森の中を走ったのだもの、傷だらけだったでしょうし」

「……そこが、僕の生まれた病院か」

「恐らくは」

 

 錬成され始めた少年は、しかし周囲に限素が無かった。いいえ、あったわ。私という限素が。だから錬金術は私の身体から限素を取ろうとして、でも失敗する。先日の如く、私は「終わらない」から、リソース化も限素の書き換えも行われない。そうなってくると、錬金術が次に選ぶのは地面。森全体のリソースは──けれど、少年の骨までしか作り得なかった。これもまたリソース不足。だけど、元々少年の人体を錬成するつもりでの行いではないから、そこから何かが奪われる事もない。

 ただ、「終わり」は発生する。禁忌の領域に踏み込んだ私を「終わらせよう」として、でもやっぱり「終わらせ」られなくて、「終わり」は他のものを「終わらせて」帰ろうとする。「終わり」が「終わらせる」対象に選んだのは、錬成された少年の身体だった。

 

「私はもう一度同じことをしても逃げられてしまうと踏んだ。もう一度同じことをしても──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

 そう、T-26の取った手段はいたって簡単。

 私の目に入る範囲が私の掌握範囲なら、何かの影に隠れてしまえばいいと考えた。

 一瞬で消えた森に、次々と消えて行く家々に、直感的に理解したのでしょう。「隠れるならば人体の影でなくてはダメだ」と。そしてそれは正解──私の知らない限素組成の影に隠れられたら、私はそれを取り除いてからでないとその奥を掌握できない。

 

 だから。

 正解を引いたから。

 私は、別の手段を取る事にした。

 

「転移術──それなりの規模の符術だけど、エメト辺りが良く使うから知っているでしょう?」

「ああ。……ああ、それじゃあ──これは」

 

 今まさに錬成された少年の骨。それを「終わり」は、仕方がないとばかり食い尽くしていく。消失させていく。「終わらせて」いく。

 だから私は、これ幸いとばかりに手の内の小さな掌を、転移させた。

 「終わり」の付着した手を、T-26の元に転移させたのだ。

 今更良識を語るつもりはない。けど、考えないだろう。T-26が自らの盾として──その病院にいた赤子たちを使っている、なんて。

 

 ま、結果として。

 

「研究所全体のリソース化によって訪れた"終わり"。それを私はT-26の元に転移させた。"終わり"を纏った、私の握っていたS-26の手をね。──それによって、T-26の周囲にあったものは全て"終わった"わ」

「……いいや、"終わった"はずだった、でしょ。アズ」

「ええ、そうみたい。転移した場所は、T-26の手の位置よ。転移は相関のある場所程簡単になる、なんてのも基礎知識。私は終わり始めた少年の左手を、T-26の左手のあるところへ転移させた。それが貴方の手になっているのなら」

「多分、先生は……僕の手を握っていたんだろうね。御守り代わりかな。アズ、貴方という恐ろしい悪魔から逃れるための、拠り所として」

 

 私はそれで追跡をやめた。初めから追跡なんかしてなかったけど、流石に「終わり」には抗えないだろうと──転移先が消失したことも確認したし、T-26の限素組成が確認できなくなった事もわかったから。

 今にして思えば、彼はその身を焼いたのかもしれない。人体の限素組成は焼かれる事で簡単に変わるから。私から逃げるためにそんなことをする人間がいるなんて思ってなかったから、当時の私は確実に「終わった」と思ったのね。

 ああ、というか、それほどの火傷を負っていたからその街の病院も彼を受け入れたのかしら。ま、その辺の前後は確認のしようがない事ね。

 

「……で、どうかしら。ここまでの話を聞いて──私は、貴方にとって、敵に降格したりする?」

「しないよ。どれだけ貴方が非人道的な実験を行っていたのだとしても、僕には関係がない。僕が今ABSに宣戦布告をして彼らと争っているのだって、大量殺人犯たちが許せないからじゃない。エヌを取り戻すためだ。僕には別に、倫理に対して義憤も燃やす程の熱量は無いよ」

「そう。それはありがたいわ」

「それに、今こうして……その子供の手が。先生が僕を、僕の出身地を盾にした事が、僕の役に立っている。この手がなければオーディアを撃退する事は適わなかっただろうし、これから先も頼っていくと思うから」

「前向き、というよりは、盲目的ね」

「マッドサイエンティストにそんな事言われるとは思ってなかったよ。……けど、そういう話なら、無理そうだね。この手を強化するとか、新しい能力を付随させる、なんて事は」

「ええ、最初に言った通り、無理。──だけど」

 

 さて、ここからは──交渉だ。

 その手を強化する事は出来ない。それは私のミスによって生まれたただの零れものだから。

 けれど、その先。あるいは前提。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()については──まだ、余地がある。

 その話をしましょうか。

 

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