ㅤ 作:Trefoil Knot / 試行存在
イアン君が、そして私さえも勘違いしていたイアン君の異能。
「僕の、異能?」
「そ。おかしいと思わない? 私はT-26を"終わらせる"ためにソレを転移させたのよ。けれど結果的に、貴方も、そしてT-26も"終わらなかった"。周囲のあらゆるもの──病院や町は消失したというのに、貴方とT-26だけ」
「……それは、そうだ。それに、そういう経緯なら……僕の身体が"終わり"に蝕まれていない事もおかしい」
「ええ、そう。ついでにいうとその革手袋もおかしいわよね。研究所にいた、逃亡時は何も持っていなかったはずのT-26が"終わり"を封じこめるものを持っている、なんて」
そう──おかしい事ばかりなのだ。
イアン君の周りでだけ。
とりわけ──イアン君に触れているものだけが、「終わっていない」。
「じゃあ、僕の異能は、"終わらない"事?」
「それは違うわ。貴方、怪我をするでしょう。病気になった事もあるんじゃない?」
「ある。……そうか、限素組成が変わる時点で、寿命はある。だから"終わる"」
「その通り。"終わらない"のは、成長しない事と同じ。変化しない事と同じ。だから貴方は"終わらない"異能持ちじゃない」
「じゃあ、僕は何の……」
「ここで問題。T-26が貴方を育てた理由はなんでしょうか」
唐突に、そんなことをいう。
私の発言に対し「唐突だな」と相槌を打とうとした──言葉を紡ごうとしたのだろう口が、途中で止まる。
頭の回転の早いコねぇ。
「先生は、僕に触れていたから……"終わらなかった"。だから先生は、僕さえいれば"終わらない"と踏んだ?」
「ええ。そしてT-26はもう一つの事にも気付いている。そも、貴方のその手は、恐らくT-26が握っていた方の手よ。それが"終わり"を纏う手に置換されたのなら、T-26も"終わっている"はず。他のあらゆるものが"終わっている"のだから、その消失量は推して知るべしよね」
「でも先生は"終わらなかった"。僕も"終わらなかった"。じゃあ、僕の異能は」
「──"終わらせない"。対象を停め、"終わり"を弾くチカラ。赤子であった時の貴方は、両親ではなく自らの手を握り締めていたT-26を大切な相手だと認識したのでしょうね。それによって、T-26は停められた。時間を止める、というワケではないわ。ただ、成長も変化も出来なくした」
「……停める」
「その革手袋も同じでしょう。多分、T-26からこんなことを言われたんじゃない? "この革手袋は──"」
「"この革手袋は、お前の異能を抑えるチカラを持っている。これさえあればお前のソレは抑えられる。大切にしろ"……そう言われたよ。だから僕は、この革手袋に異能を使った、ってわけだ。無意識のうちに、だけど」
「恐らく、だけどね」
ふぅー、と大きなため息を吐くイアン君。私も吐きたいわ溜息。バレて無さそうでよかった。
まぁ大部分は本当だし。初めから私があの研究所をリソースとしてしか見てなかった、なんて事は別に私だけが知っていればいい話だし。ね?
「……ちょっと待って。それじゃ、もしかして僕は……この世界の"終わり"を停められる?」
「異能がどう育つか、知ってるかしら」
「……知らない。異能とは育たないものだって習いはしたけど」
「育ちはするのよ。育てるのが難しいだけで」
「アズ。貴方の言いたい事は、"今のままでは到底無理。だけど鍛えればあるいは"ということなんだろう? なら、教えて欲しい。異能を鍛える方法。僕の──"終わらせない"という異能を、"世界の終わり"にまで通用させられるようにする方法を!」
それは無・理なんだけど。
まぁ、期待を抱くのは良い事よね。それに。
「あら、貴方の主目的は、エヌちゃんを取り戻す事じゃなかったかしら」
「それは勿論だよ。勿論だけど──エヌを取り戻した後、世界が終わる、なんてバッドエンドは受け入れられない。いや、受け入れるつもりでいたさ。僕達にはどうしようもないことだ、って。でも──今、こうやって希望を見せつけられてしまったら──無理だよ」
「……そ」
今起きている「終わり」と「世界の終わり」は別種である、という事実は、彼の「終わらせない」という異能にとって最悪の事実である──なんてことは置いておいて。
単純に大規模な「終わり」を防ぐ手段には使えるだろうその異能。
それを鍛える方法。
「方法はいくつかあるわ。その中でも、比較的単純で且つ短時間で出来るものを提示しましょう」
「単純ではなくてもいい。至難でもいい」
「……ま、落ち着いて聞きなさい。とりあえず一つめ。もっとも単純な方法は、使い続ける事。ただしこれは短時間じゃなく、膨大な時間が必要。子供が老人になるまで使い続けてようやく微量の強化が望める、程度のもの。だから、これより少し難しい方法──極限状態での使用。これを提示するわ」
「極限状態……?」
「そう。たとえば、構造物が"終わる"瞬間。それを停める、だとか。たとえば──寿命を迎えたニンゲン。それを停める、だとかね」
「……前者はともかく、後者は……どうなるんだ。時を止められるわけじゃないんだろう。寿命を迎えたヒトを停めたら」
「"終われなくなる"わ。寿命を迎えた限素がリソースに変わる直前で、その苦痛を永遠に味わうことになる。一瞬であれば感じなかったはずのそれを、永遠に味合わせることになる。今更非人道的、なんて言わないわよね?」
「……」
あらだんまり。
ま、これが一つ目の方法。
「終わる」瞬間の相手を「留める」。停める。ある意味ワズタムに対して私達がやっている事と同じ。
「二つ目の手段。それは、"終わり"を浴びる事」
「浴びる……つまり、"終わり"に対して突っ込めばいい、って?」
「そ。心当たりあるんじゃない? "終わり"に飲み込まれて、急激な強さを手に入れたコ、とか」
「!」
果たして噂のエヌちゃんがそうだったのかは知らないけど、これも有効的な手段だ。
すべての……ああいや、ほとんどの異能は無から来るもの。無の末端である「終わり」をその身に浴びる事は、異能の強化に繋がる。
「あ、勿論自分の事はその異能でコーティングなさいね。しないと簡単に"終わって"しまうから」
「……ああ、わかった。そうか、あるいはエヌも、僕が"終わらせたくない"と願ったから……?」
「その辺りについては、私にはさっぱり。未だエヌちゃんには出会えていないし」
「うん。オーディアに聞いたよ。ABSでもエヌにはここへ近づかせないようにしている、って。変質者だから、って」
「……」
「だから藍沙やジュニにも行かないように言ってある。あ、そうそう。裏に堕ちてしまった女性についてだけど、一人確保できたよ」
「あらホント? 今の今まで貴方に請求する依頼料どんだけ高くしてやろうかしらこの野郎、とか思ってたけど、そのコを渡してくれるだけでチャラにしてあげるわ」
「そうだった。これほどの情報量、安くはないよね。失礼なことを言い過ぎたのは謝るよ」
「……ま、T-26……貴方の先生とその手は私のミスでもあるから、諸々含めてチャラよ。その女のコは貰うけれど」
あと藍沙ちゃんは勝手に来たけれど。
「じゃあまぁ、あともう一つだけ。三つ目の、とても難しくてとっても短時間で終わる方法」
「……聞かせてくれ」
「
「うん。その手段を取る事は無いかな。というか、それはリソースの強化法と同じじゃないか」
「あら、よく知っていたわね。そうよ、だって異能もエネルギー源はリソースだもの。使えるリソース量が多ければ多い程、異能の効果範囲や効力も上がるわ」
出所が無なだけで、異能を使用しているのは術者本人だ。
だからリソースを必要とする。ただし符術や錬金術と違い、本人の体質に近いものであるため、エネルギー効率が段違いに良い。さも当然のように、カンタンに異能を使う者達がいるのはそういう理由。リソースは使用しているけれど、燃費がとっても良いのだ。
「わかった。つまり僕は、"終わり"に対して突っ込むか、"終わり"そうなものを停める。それを繰り返せばいいんだね」
「そうよ。そして」
「うん。わかってる。──"終わりそう"なものや場所は、ABSが教えてくれる」
アリアスの衝動的殺人を除き、Absurdusの狙う場所では、殺戮ショーを起こす場所では、必ずと言って良い程「終わり」の消失が起こる。
イアン君は多分エヌちゃんがいるからだ、と思っているのだろうけど、それは違う。ビーダがいるからだ。
ビーダはFTRM3Uを通して「終わり」の訪れるモノを知る事が出来るから、まるで未来予知が如くそこへ現れるのだろう。
「じゃ、その堕ちてしまった女のコの事、お願いね」
「うん。ああ、いや、ありがとう、アズ。僕の異能について。先生について。そして、貴方の人となりを知る事も出来た。貰い過ぎに感じるけど、さっきチャラにしてくれるって言ったから、甘える事にするよ」
「女のコについてはチャラにしてないわよ」
「わかってるって」
そう、笑いながら。
席を立つイアン君。
……そういえば。
「結局今回も飲まないのね、お酒。ここはBARなのだけど」
「あー……まぁ、今度大吾と飲みに来るよ。エヌを取り戻した後になるだろうけど」
「それは」
先の長い話ねぇ、と言おうとして、流石に口をつぐんだ。
「先の長い話、って? うん。でも必ず成し遂げるから」
「んもう、私が口をつぐんだ意味、ないじゃない」
「わかるよ、それくらい。僕がまだまだ弱いって事くらい。だから──強くなるんだ」
決意を秘めた表情。
頑張る若者、ってカンジ。「世界の終わり」については実はもうどうしようもないんだけど、それ以外については本当に頑張ってほしい。応援しているわ。
「それじゃ」
「ええ。また来てね」
「うん。必ず」
出て行く彼に──ようやく溜息を吐く。
もし。
もしこの場に、オーディアがいたら。
彼は私を許せなかった事だろう。政府機関の爆弾魔。国際機関の伝説的破壊者。火薬の老兵。
その原初の理由は──「終わり」の孤児達を良い様に使っていた施設の破壊、だったそうだから。そして見事な事に、彼の犯罪歴において、殺害した人間の中に、子供とされる者は誰一人として含まれていない。
子供は殺さない。守る。助ける。それが彼の流儀。
手を出す者は──たとえ私であろうとも。
「……ごめんなさいね、オーディア。私の手はもっと血塗れよ。そして、だから貴方は第五位なのよ。
ビーダにとって、私にとって。
その程度の感情で動く犯罪者など──そこまで必要ではないから。
だから、最下位。あ、エヌちゃんが入ったから最下位ではなくなったか。
……貴方はそれも、知っているのかしらね。
「ウォロッソ君、大丈夫?」
「ん、ああ、……すみません、寝ていました。ありがとうございます、アズ」
「あんまり無理しないでね。"終わり"の前にまず貴方が死んでしまっては、元も子もないでしょう」
「はは……そうですね。冗談でも笑えなくなってしまいそうだ」
彼は何の疑念も抱かず、デスクに垂れた液体を恥ずかしそうに拭って、研究を再開する。
「サルミナちゃん、どうしたの?」
「ん……ちょいと頭痛がね。何、大したことじゃない」
「月モノ?」
「違うよ。気圧でもない。……多分、徹夜のしすぎだ」
「ちょっと、貴女まで?」
「なんだいアタシまで、って」
「さっきウォロッソ君も端末の前で眠ってたのよ。疲労で」
「……ちょいと寝てくる事にするよ。アイツと同じにされるのは、敵わない」
「そうしなさい」
同じく
ただ……彼女は少し、後遺症が残ってしまった、という事かしら。二人とも綺麗さっぱり記憶は消えているはずなのだけどね。
「それで?」
「何よ」
「いやぁ、何の用もなく飼い主サマがここに訪れるっつー事は、なんかあったんじゃねぇかって邪推しただけだぜ。アンタ、偽悪を気取るクセに身内に対して悪い事するとすぐそういうカオすっからな」
「……扱いづらい子供ねぇ」
「ハ、中身は云千万のクソジジイはいう事がちげーや」
そんなにしょぼくれた顔をしていたかしらね。
怖い怖い。錬金術の最奥。秘奥。そんな深淵を覗いた相手だ。たとえ五感が使えなかろうと、こうも見抜いてくる。ただ長生きの私なんかよりもずっと賢者な少年。
「あと、三ヶ月よ」
「この世界か」
「ええ」
「……この苦しみとも、やっとオサラバか。清々するぜ」
「自由を欲しいと願った事は、ないの?」
「ないと思うか?」
愚問だろ、と。
少年は、ワズタムは吐き捨てるように言う。
「走り回れる身体が欲しいさ。ビョーキにならねぇ、怪我もしねぇ。なんなら食わんでいいし飲まんでいい身体が欲しい。んで、やりてーこといっぱいやりてーよ。仕事とかじゃねーぞ。また錬金術で色々やりてぇし、この世界の符術だったか。それでもいい。好きなもんやって、好きなもん育てて、好きな事目指して……そういう事がしたい」
「子供みたいね」
「子供だろ、どうみても」
いいえ。子供はそんな事言わないわ。
そういう普通を願うのは。子供みたいなことを願うのは。
苦しみを経験してきた者だけ。
「彼女さんには会わなくていいの?」
「……オイ、なんで知ってやがる」
「ふふ、カマをかけただけよ」
「あー、そうかい。クソジジイめ、とっととくたばりやがれってんだ」
ワズタムが何故錬金術の秘奥に手を出したのか。
それは、大切なモノを「終わり」から逃がすためだと言っていた。
その大切なモノがなんなのか、私達は知らなかったのだけど、今こうして判明したわね。
「そーだよ。好きな奴がいたんだ。"前"にな」
「あら、続けてくれるとは思ってなかったわ」
「続けねーとお前出て行かねえだろ」
「それはそうね」
「……いたんだよ。つっても昔……無を考えれば、遥か昔になる。いたのさ。俺にも大切なヒトが。好きなヒトが」
「その子はどんな子だったの?」
「……
「──」
「覚えてないのさ。ハ、滑稽だろ。これだけ苦しい思いを……代償を食らってまで逃がした相手を、覚えてないんだ。忘れたんじゃない。
「……そう」
「滑稽だよな。無様だよな。なぁ、アズ。お前も"理外"ならわかるだろ。この……余計な、余計な、余分な、覚えてても仕方ねえクソどうでもいい知識はずーっと頭の中に在る。だってのに、"前のその前"の、俺が一番大切にしてた記憶はボロボロなんだ。身体も心も記憶もボロボロで、けど俺は、自分の名前と役割だけは覚えてる」
「そうね。私は"終わらない"から、ボロボロにはならないけど。余計な事だけが脳裏にこびりついているのは認めるわ」
「ケッ、羨ましいこって」
体内を「終わり」に蝕まれる少年。
そして錬金術という知識を授けてくれた少年。
どうか報いあれ、とは願うけれど、難しい事もわかっている。
「ね、ワズタム。貴方、好みの味とかあるのかしら」
「味。味ね。味覚が無い俺にそれを問う残酷さはわかってんのか?」
「昔はあったでしょ。彼女さんとどんなものを食べていたの?」
「うっざ。……あーまぁ、甘いモンだよ。錬金術ってな頭を使う学問でな。脳の糖分補給に食ってたら、いつの間にか好きになってた」
「好きな色は?」
「視覚の潰れた俺に……なんて同じ問答をするつもりはないが。えーと、色か。んー、まぁ緑と白だな。彼女が良く使ってた。白いワンピースで……緑の髪留めをつけていた」
「どう? 少しは思い出せた?」
「ああ、気を遣ってくれたのはわかったけど、無理そうだ。真黒なんだ。カオもカラダも、無みてーに真黒。着ていたモノはかろうじて思い出せる。交わした言葉少しは思い出せる。けど、顔も名前も、嘘みてーに覚えてない。……ああ、でもな、アズ」
少しだけ、空気が変わったように感じた。
何もできない少年が──ワズタムから発される空気が。
「同情はするな。俺は別に、寂しいと思ってはいない」
「そうなの?」
「当たり前だろ。俺は俺の決断で、彼女を"終わり"から逃がしたんだ。それは何かに引き裂かれたわけでも、理不尽に潰されたってわけでもない。俺と彼女は自分達で決めたんだ。"終わり"の向こう側で、それぞれの幸せを掴む、ってな」
「……でも、今、貴方は」
「じゃあ、その向こうにあるさ。彼女はもう"終わらない"。俺が弾いた。俺の全身全霊を以て彼女を守った。だから彼女はもう"終わらない"。"終わらない"なら、いつか必ず幸せを掴めるはずだ。俺はそれでいい。そして俺もまた、"終わらない"。"終わり"に蝕まれて尚、お前らに飼われて尚、俺は"終わらない"。いつか必ず、幸せを掴み取る。同情するなよ、アズ。俺達はまだ諦めてないんだ」
……強い人。
本当に惜しい。この人が"今回"の世界の住民だったら、恐ろしい程のリソースが得られただろうに。
「一つだけ聞かせて頂戴」
「いいぜ」
「もし、この先で──彼女さんに出会えたら。貴方はどうするのかしら」
「もっかいプロポーズして、結婚するに決まってんだろ。アホかお前」
「……ふふっ、そうね。流石だわ。どこまでいっても普通なのね、貴方」
「そういうお前はどうなんだよ。散々女食い散らかしてるみたいだけど、本命は?」
「いるわけないじゃない。私、"終わらない"のよ?」
「あっそ。じゃ、俺なんかの数万倍お前の方が可哀想だわ。愛を知らずに云千万。フン、寂しい奴だな、お前」
「そうよー。私は寂しい奴なの。だからもし貴方の彼女さんがこの世界に流れ着いて、丁度私が溜まってたら、貰っちゃうかも」
「それ、本気で言ってるならこっちも最終手段使うぜ」
「……最終手段?」
「世界のリソース化。ハン、使えるのがお前だけだと思うなよ」
「ごめんなさい。やめとくわ。今はまだその時じゃないもの」
「ふん、揶揄うなら相手を選べよな」
そうだった。
この子は──この人は、私達に錬金術という拠す処を与えた張本人。
錬金術の最奥があったからこそ、『箱庭計画』は形になったのだ。
感謝こそすれど、これ以上の仇はダメよね。
「おやすみなさい、ワズタム。私はそろそろ行くから」
「馬鹿が。0時回ったら次のPU来るんだよ。今度は最初の十連でSSR当てるんだ」
「それ、130連目まで何も当たらないわよ」
「やめろお前それ言うとマジになるから!」
その時までは。
どうか、課金でもなんでもお好きにどうぞ。
せめてもの、償いだから。