Pixivにも投稿済み。

シンエヴァアフターとして妄想したものです。映画の終わりに無茶してつなげてみてください。
その他の二次創作につなげられればと思ったものです。

注意。
・二次創作です
・シンエヴァアフター物ですからネタバレあるかもしれません
・LASではないです
・独自解釈、性格改変あります
・原典への解釈を決めるものでもないです
・あなた好みになっていないかもしれません


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サヨナラヲイエナイ

シーン1「目覚め」

 

 青空が広がり、日差しがまぶしかった。

 上部にある空間から差し込んでくる日差しは奇麗で、生命力にあふれていたが、中にいた女性は、膝を抱えてうずくまっていた。

 緑色のパーカー。その下には白色のショーツだけだった。

 泣くわけでもなく、動くわけでもなく、じっとしていた。

「おいっ!誰かいるか?」

 外側の壁を伝う金属製の音が聞こえた。上部にあるハッチは、すでに開いている。

 男性が上部の空間から顔を出した。太陽の光をさえぎって、逆光のなか慌てた様子で中をのぞいた。

「式波っ!」

 中にいる女性を認識して、大きな声で名前を呼んだ。

 自分の知っている、会いたかった人物だとわかって、男性はエントリープラグと言われる金属製の筒のような形の中に飛び込んだ。

 女性は声を認識していても、動けなかった。体力と気力が、限界を超えていた。

「大丈夫か?」

 手を伸ばそうとして、いったん止めた。何か重要な何かを見落とさないように、慎重にその姿を確認した。

 反応できない女性が、少しだけ、顔を上げた。その顔を見て、男性は目に涙をためて抱き着いた。

「よかった・・・生きて・・・帰ってきて」

 女性は、もうろうとしてきた意識の中で、男性に質問する。

「ケンスケ、今、あたしのこと、式波、って。」

「え。うん。式波、だろ?」

 女の名前は、式波・アスカ・ラングレー。

 そこに間違いはなかった。ただケンスケは、アスカ、とは呼ばなかった。

「・・・・・・なんか大きくないか?」

 体を離して、腕に手を乗せたまま、男性が女性の体をもう一度確認した。

 アスカは、夢を思い出すような感覚で、男性の声を思い出そうとした。

 

 いいんだ

 アスカはアスカだ

 それだけで十分さ

 

 式波と呼ばれた女性は、言葉の意味を悟って、また、目を閉じた。段々と自分を包んでいく感覚が、睡魔だとは分からなかった。

 さよならを言われた

 自分からは言えなかった

 

シーン2「診察と思い出」

 赤木リツコは、鈴原トウジが運営する診療所でアスカの左目を観察していた。刺激の小さいペンライトを使って、その網膜の中にあったはずの痕跡を探していた。使徒をこの目に封じ込めることに成功し、この女性の、少女だった頃の体に取り入れた。少女はその左目にあるものを認識し、そこに封じ込められた意味も理解し、首に爆弾を巻いて、自分たちの世界を守るために戦ってくれた。その戦いが終わった。感謝し、労うべきかもしれないが、自分の生来の業なのか、左目の中にあのまがまがしい存在が未だ留まっているかもしれないということについて、対策と、それから若干の興味が、自分の体を支配していた。

「いつまでみるの?」

 アスカが呆れたようにそういって、我に返った。ペンライトをポケットにしまった。

「ごめんなさい。目、大丈夫?」

「少しちかちかするわ。」

「ごめんなさい。」

 刺激が弱いペンライトを使っていたとはいえ、さすがに長時間当て続けていては目に悪い。申し訳なさそうに赤木リツコはアスカに笑いかけた。

 アスカは目の前の大人に質問した。

「外はどうなってるの?」

「・・・あなたの乗っている2号機が大破してからの話は、この前話した通りだけど、今世間は、戦後復興にドタバタしてるわね。村でもそうじゃない?」

「・・・いくらかはね。変わらない人もいるわ。」

「・・・そう。」

 ネルフ本部との最終決戦。つい数週間前のことなのに、今世間はそれまでの壊滅的状況や、世界が破滅する時の緊張感を感じさせず、ただ、復興の気運を存分に広げて、狂喜乱舞していた。政府が復興作業に全力を尽くし、空から戻った多くの人を元の居場所へ戻し、復旧したインフラを使い、または使えなくなったものを破壊して、新たな世界を作ろうと躍起になっている。

「ミサトや、亡くなった人は、帰らないのね。」

「そうね。」

 アディショナルインパクト。そういう名前の現象。戦いが終わったころに、空から人が帰ってきた。昔に起きた現象で消えたと思われた人たちだった。

 碇シンジが最後に起こした現象で、空と大地と人の魂が救済された。全てではないが、大半が。彼にしかできないことだった。彼が強い意志で戦い、勝って、引き起こされた現象だった。残された人たちは戦いの終わりという事実と、戻ってきたものを手に取って喜び合った。

 例外もある。役目を終え、新しい波に乗らずに、これまでと同じように生活しようとする者。これまでの生活を失い、これからの生活をつかめないモノ。

「シンジ君とマリも、いなくなってしまったわ。」

その事実をリツコから聞いても、アスカは表情を変えなかった。椅子に座って、けだるそうに両手は前にしてチョコンと座っている。体が大人になっても、中身が突然入れ替わる物でもない。時間は地続きで、意識を失っている間に多くの物語が終わっていて、大事な人達と別れていた。再会できる人がいて、できない人がいた。覚悟していたから、ショックでうろたえたりしない。

 これからのことを考えるべきだったかもしれない。

「あたしの体は、どうなるの?」

「正確にはわからないことが多いけど、今は20代中盤の体で落ち着いてるわ。これから、同じように年を取って、いずれ老衰で死ぬでしょうね。」

 エヴァのパイロットとして14歳のままの体を強いられていて、エヴァがなくなって、突然大人として生きていくことを強いられている。勝手なもんだ。

「綾波タイプの初期ロットは、体の形状を失って死んだわ。」

「あなたたち式波タイプは、そういうことはないと思うわ。」

 たち。自分以外は、今どうなっているのか、誰も知らない。赤木リツコは、アスカがどういう経緯でユーロにやってきたかを把握していた。そのことを語ることはほぼなかった。エヴァに乗ることができる人材の確保。それが最重要だった。少女の生や、葛藤は二の次でもあった。安定した精神で、エヴァに乗ってくれればいい。そう考えていた。長い年月がたった。

「クローンって、どうやって生きていけばいいのかしら?」

 今は、彼女の生と葛藤が最重要だ。

「あなたはアスカよ。」

 諭すように、安心するように、優しい言葉を心がけた。その役目が、今まで自分ではなく、ミサトという名前の友人が担っていたことも、思い出していた。

「式波タイプのね。」

「式波・アスカ・ラングレーとして生きて。あなたの名前をもって。」

 椅子を近づけて、顔に両手を包みながら話した。そんなことをする人じゃなかったと思ったけど。そうアスカが想いながら、そえられた手に自分の手を重ねた。

「また、新しい役割を作らなきゃいけないのかしら。」

「役割なんてみんなあるの。わたしの役割は、ミサトの遺言は、残された子供たちを、見守ること。あなたのこともよ。」

 いろいろなことを思い出しながら、それでも前向きな気持ちにはならず、視線は何もない地面に落ちていた。

「お願い。生きて。」

 少し潤んだ眼をしたリツコの顔を意外に感じて、小さく笑って見せた。

「大げさな。」

 

 式波・アスカ・ラングレーは、14歳の時に日本に来た。日本に来る前のことを思い出すことは少ない。

 最後に思い出すのは、自分と同じ顔、同じ体、同じ髪形をした少女のことだった。クローン技術により生まれた少女は、たくさんいた。それが普通だった。自分が、普通でないことを知っていて、同じ顔と体と声を持つ少女たちと過ごすことが、普通だった。ただ、少しずつ少女の数は減っていった。Terminated。抹消済み。そんな言葉が並べられた。次は自分かもしれないと思うことは、少なかった。誰よりも訓練で成果を上げ、寒い空気の中前を見て、全力で走った。自分と、もう一人だけが最後に残った。

 最終的に選別され適合者として選ばれた自分は、彼女と別れた。彼女は自分のことを恨みがましく、悔しそうに見ていた。扉がしまり、こちら側と、あちら側に分けられた。

 あたしが、だれもいなくてもいいようにする。

 そう誓った。

 みんな、それぞれ同じ顔をしていても、よく見れば性格と呼ばれる、周りと区別するための違いがあった。そのことは研究者たちの間でも話されていた。おそらく、出会った人に左右され、経験によって左右され、それによって個別の性格を生成していくんだろうということだった。

 個性だ。あたしたちには個性がある。

 それは一つの希望だった。それでも、大人たちの作った大きくて、傲慢で、強い世界を、揺るがすことができるほどには、少女たちの心は強くなかった。言われるとおりにした。自分と同じ顔を持った少女と別れるまで。

 

 彼女の名前が思い出せない。与えられた名前があったはず。お互い名前を呼びあったはず。でも、いつか忘れてしまった。それも自分を作った組織に仕組まれたことの一つだったかもしれない。自分が何をすべきかは、わかっていた。それだけを考えていた。

 でも、挑戦的で、プライドを高く持って、強い意志を持っていた。それは彼女の方だったんじゃないだろうか。どうしても、思い出せないけれど。

 

 こんな風に、2人のことも忘れてしまうんだろうか。

 

 日本に来て、多くのことが変わった。式波タイプの唯一の人としてやってきて、しかしその素性を明らかにする必要はほとんどなく、1人の人間として、受け入れられた。年上の女性の家に住み、同じ年の少年と暮らした。

 誰にも負けないと誓った。それでも実戦で、自分一人では勝てないことも悟った。負けることを恐れていたけれど、幸運にも自分の存在が価値をなくすことはなく、少年や同じ時に戦ってくれる少女の存在を認め、自分のことも自分自身で認められるようになった気がする。

 自分とはなんなのか。考えた。

 女性に人生を楽しむように言われた。そうできる気がした。少年の存在が大きくなっていることを実感した。自分が自然と笑えていることが、驚くべきことで、幸せなことだった。

 しかし、禍々しい、恐ろしい現実が、自分を飲み込んでいった。幸せは似合わない。そう言われた気がする。

 

 目を覚ますと世界が一変していた。

 メガネをかけた少女が、自分に笑顔を向けてくれた。

 笑顔が素敵だった女性は、目を隠すグラスをかけ、笑わなくなった。

 少年がいなかった。

 

 自分が何をすべきかを考えた。自分を作った側を捨て、女性の側に立って戦い続けると決めた。恨まれ、嫌われ、怖がられても、自分だけができることで、自分が守りたいものを守ると決めた。それこそが自分の存在理由だと思った。

 少年がいなかった。

 

 少年を見つけた。

 嬉しいと思う余裕がなかった

 少年にもどかしさを感じた

 それでも最後に

 好きだったと伝えた

 死ぬかもしれなかった

 

 死の淵に少年が助けに来てくれた

 少年が自分を好きだったと言ってくれた

 幸せだった。

 それから

 少年がまたいなくなった。

 

 目を覚ました今

 自分がどこにいるべきかがわからない

 優しくしてくれる眼鏡をかけた男性がいるのに

 あの少年がいない

 メガネをかけた少女も笑ってくれない

 

シーン3「受容と拒絶」

 もともと照明器具は最低限しかつけていないケンスケのセルフビルドハウスで、アスカはベッドに腰掛けていた。夜の食事を終え、いつものように寝る準備をして、ベッドを使ってアスカが寝て、ケンスケは寝袋で寝るはずだった。

 その時は、ケンスケが、アスカの正面に立って黙っていた。少し、薄暗いともいえる部屋の中、話しかけることなく、ただ黙って立った。座っている女性は、これから何が起こるかについてさほど興味を持ってもいないようだった。生気も、生きる目的も、あいさつなしに無くなってしまって、視線は男の胸元付近をぼんやりと見たままだった。

 ケンスケは、腰を下げて目線をそろえると、アスカの手を取ってから口を彼女のそれに近づけた。動かないままの彼女の顔だったが、男の顔が近づいた時だけ、顎が引かれ、唇は横によけた。男の体が固まった。

「こういうことしたいの?」

 口だけを動かし、目はうすいままだったが、アスカは目の前の男にそう伝えた。面倒とも、嫌なこととも思っていない、ただ興味もそれほどない、という口調だった。口だけが拒絶の意思を物語っていただけだ。

「いいけど、別に。あたしも、性欲、あるみたいだし。」

 そういうとアスカは、右手を、ヒカリから借りて着ていたパジャマのボタンの、一番上に指をかけようとした。それを見たケンスケは悲しい顔を浮かべた後、その指を掌で包んで、もう一度口づけをしようとした。さっきよりもほんの少しだけ強い意志を込めて。

 アスカは、目を合わせず、さっきと同じように、口を別の方へ向けて、拒んだだけだった。つかまれた手に、力が入った。

 いよいよ二人には話すべき言葉が無くなった。数秒間黙っていた。耐え切れずケンスケが語りかけた。

「今日は・・・僕は外でちょっとやることがあるから、先に寝ていなよ。」

 返事もせず、みじろぎもせず、ただ時間だけが過ぎた。ケンスケが体から離れ、ドアが開き、閉まる音が聞こえた。

 

 家の外にとめたジムニーの運転席のシートを倒して、ケンスケが横になっていた。両手を頭の後ろにまわし、狭いシートの中で、眉間にしわを寄せて、目を閉じていた。眠るにはもう少し時間がかかりそうだと思っていた。

 しばらくして、窓の外にアスカが腕を組んで立っていることに気が付いた。どれくらいの時間たっていたのか、わからない。慌ててケンスケがドアを開け、外にでた。

 アスカは、何も話さなかった。怒ってもいない。ただ左右の手を支えるようとしているのか、弱く組んでいるだけだった。

 たまらずケンスケが話しかける。

「・・・ごめん。」

「・・・どうして悪くもないのに謝るの?」

「・・・君の気持ちを考えていなかった。だからごめん。」

「・・・じゃあ謝らなきゃいけないのはあたしだわ。」

「式波は悪くない。」

 そう言って、湧き上がる感情を抑えようとした。なぜ、あんなことをしようとしたのか、と焦っていて、言葉が見つからなかった。

 家の外で、話し込むことに耐えられなくなった。

「・・・とにかく家の中に入ろう。」

「迷惑なら出ていく。」

「迷惑じゃない。家に入ろう。お願いだ。」

 腕を触って促した。抵抗されたら、また慌てたかもしれないが、ケンスケが体を触ること自体に、アスカは全く抵抗を見せなかった。

 性欲が戻っている自覚はあった。超えられない一線は、エヴァの呪縛とは関係のないものだった。

 寝床だけ分け、二人は家の中で眠った。本当の睡眠が取れていた時間は、二人とも短かった。

 

シーン4「綾波タイプ」

 ある雨の日、ある湖のほとりの道路で、ずぶ濡れで白い服を着た女性が発見された。

 どこから歩いてきたのか、いつからそこにいるのか、質問しても要領を得ない。

 ネルフという単語と、綾波レイという名前だけが口から出た。

 連絡を受けた赤木リツコが部下の車に乗って保護された屯所に急行し、身元が確認された。

 今はクレイディトの研究所に、その身を保護されている。

 

 その知らせはすぐに鈴原トウジに伝わった。

 綾波レイは、旧ネルフの中で重要な役割を担っていた。コントロールすべきロボットを操縦できる数少ない人間だった。彼女に命を預けて戦いに勝たなければならなかった。大人が頼っていた。

 表面的な事実を剥いていくと、血の匂いのする真実が顔を出した。その奥の方にも、綾波レイがいた。

 それでも、彼女は個人であり、村にいる鈴原トウジの、相田ケンスケの、鈴原と名字を変えた洞木ヒカリの、そして多くを知った式波・アスカ・ラングレーの同級生だった。

 保護された彼女が、その同級生と同一人物なのか、まだ判明していない。

 慌てて準備をする鈴原トウジに、ヒカリが上着を渡していた。全員で見に行くことはできないが、トウジともう一人がとりあえずその姿を確認しようという話になった。

 同級生であり、戦友でもあったアスカは、急がなかった。

「あんただけで見てきたら」

 動きを止めて、驚いた表情を見せるトウジに、アスカは興味のない顔で言った。

「あたしはいい」

 

 エコヒイキ

 あんたもあいつに助けられたのね。

 良かったね。

 もういないよ。

 あいつ。

 

 あんたもあたしと同じだった。

 今同じことを考えているかな。

 これからどうやって生きるべきか。

 わかったら、教えて。

 

シーン5「発見」

「ほんまですかっ!」

 鈴原トウジの診療所に赤木リツコから連絡が入り、そこにトウジ、ヒカリ、ケンスケ、アスカが集まって、タブレットで通話をしていた。

 2人の姿を見たという職員がいる。

 街には今人がごった返している。戻ってきたインフラの再整備、スクラップアンドビルド、さらに生まれる利権など。ごちゃごちゃしている。クレイディトの職員でも、いなくなった2人の姿を知る人は多くない。ましてや、アスカのように、身体の形状変化があったであろう2人は、街の中ですれ違っても気づかない者がほとんどだと思われるが、あれは、あの2人だった、と、ある職員が言ったらしい。

「なんや!街にいるんかいな!」

 笑いながらトウジが叫んだ。ヒカリもケンスケも笑顔になった。アスカの顔にも小さいながら笑顔が戻ったが、すぐにもとの無気力な顔に戻った。アスカには、2人に、すんなりと会えるという気がしなかった。

 アスカの直感は、当たっていた。

 赤木リツコが、画面の向こうで表情を変えずに、話すタイミングを計っていた。

「・・・結局、姿を見失って、会えなかったのよ。」

「ん、まぁ、ワシがその辺歩いて、見つけますよ。なんやシンジも。まったくしょうがないやっちゃな。」

 リツコは、言いづらそうな、あからさまな顔はしていない。それでも、何か含みがあることは、トウジにも察することができた。

「・・・どうしたんでっか。博士。」 

「これはまだ想像なんだけど」

 前置きをして、一つ咳ばらいをして、話し始めた。

「二人はもう、戻らないつもりなんじゃないかしら?」

 リツコの予想に、みんな黙った。

「シンジ君は、エヴァに乗ることを何度も拒んでいたわ。最後のインパクトの時に、エヴァを全て処分しようと決めたのは、間違いない。」

 黙って、リツコの言葉を待った。

「使徒や、インパクトといった事象を完全に封じ込めるためで、それから世界を書き替えることのできる力を発動した。」

 アスカは目線を下げて、ただ黙っていた。

「ミサトの父親と、シンジ君の父親が仮説と実証をしていたことだったわ。それを止めて、全てを消し去った。もうこれまでとは違う世界にしたの。神のような力で。」

「せやったら、それで終わりで、万事めでたいって話やないですか。」

「彼は、母親を看取って、父親のやったことに落とし前をつけて、新しい世界で、新しい人生を送ろうと決めたんだと思うわ。マリは、きっと、彼と一緒にいる。」

 トウジだけは、理解できないというしかめっ面で周りにいた大人たちの顔をみた。そこにいた他の大人たちは、みな下を向いていた。なんとなくだが、理解できそうなことだと思っていた。

「だからきっと、戻らないのは、彼らの意志なのよ。」

「んなアホな。」

 乾いた笑いに、大人が付き合ってくれなかった。

 トウジが眉間にしわを寄せる。

「・・・ワシらのことは忘れたんでっか?」

 普段なら使わない、皮肉をこめた言葉に、赤木リツコも、誰も反応しなかった。

「・・・また何かわかったら連絡をいれるわね。」

 そう言って、画面が暗くなった。もしかしたら、こちらの空気に耐えられなかったのかもしれない。そんな弱い人ではないけど。

 トウジが黙って、外に行った。

 しばらくして、外で誰かが、どこかの壁を蹴っ飛ばした。

 

シーン6「食事と睡眠」

 トウジの家の畳の部屋で鈴原夫婦と、ケンスケと、アスカが食事を囲んでいた。アスカをケンスケの家から、一時的に鈴原家に泊めようという話になった。ヒカリが話し相手になっていた方が良いのでは、という考えがあった。住まいを定めずフラフラとさせるのもよくないのではとも思ったが、提案にどうでもいいという態度のアスカを見て、様子見として泊まらせることになった。

 ヒカリの父ブンザエモンは、酒を手に近所に泊まりにいった。

 ツバメが同じ部屋で寝ているが、気を使っているわけでもないのに、4人の食卓は静かだった。

「なんで、シンジと真希波さんは、帰ってこんのや」

 トウジは、明らかに不満と言う声を出した。

 その言葉に、ヒカリとケンスケは、目を伏せて答えない。

 アスカだけは、食卓に出されたみそ汁のお椀を両手で持って、行儀悪く建てた膝の上で、温度を下げながら少しずつすすっていた。

「戦いが終わって、ネルフは無くなって、赤い大地と海がきれいになって、万々歳ちゃうんかい。」

「・・・うん。」

「ほならなんで帰ってこんのや。」

「・・・わからないよ。」

 食事を途中でとめて、箸をおいたトウジが、興味ないという態度のアスカに目を移した。

「式波かて、会いたいやろが。」

「・・・向こうが会いたくないんでしょ。」

 アスカが小さく低めの声で、そっとそう言った。他の大人の目線を集めたが、そのことにも興味がないようで、ただみそ汁をすすっていた。

「なんでや」

「知らない。」

「おかしいやないか」

「知らない。」

「友達やろ。」

「・・・そうだっけ。」

 アスカの目を合わせないまま言った返事に、トウジは明らかに不満な顔を浮かべた。

「おい式波」

「よしてあなた」

 不穏な空気を察知して、ヒカリが夫の手に自分の手を添えた。

 アスカは、持っていたお椀を食卓に戻した。さほど減ってはいなかった。体が食物を摂取することが出来るようになったとはいえ、多くを取り入れようとすると体が拒絶する。膝を抱えたまま、視線をケンスケの方へ向けた。

「死んだ人が全員生き返ったわけでもないわ。」

 トウジの父親、ニアサーの後に事故で亡くなったケンスケの父親、ミサト。最後のインパクトは、これ以上ないほどの結果をもたらしたはずだ。誰にもできないことを、碇シンジが成し遂げた。それでも、今までのことが何もかも無かったことになったわけではない。

 それはわかっていた。

「ケンスケだって、はじめはあいつのこと恨んでたんでしょ」

 突然の意見に、ケンスケが驚いた顔をした。他の2人も。

 ニアサーの現象により起きた大災害ともいえる現象。何も知らない、甘っちょろいことを言う子供のままでは生きていけない世界。自分たちの青春期を飲み込んだ現象が、同級生の碇シンジが原因で引き起こされた。そのことが、知らされた時に、素直にしょうがないと思える人間は、当時はいなかった。それでも、大人となった彼らは、少しずつ、シンジの境遇を不幸を重圧を理解し、受け入れた。

 シンジと再会した後、アスカはケンスケを、トウジを、ヒカリを、第3村を頼った。

 受け入れてくれる優しい存在だと理解していたから。

 そうじゃなかった感情を、今蒸し返している。

「おい」

「せっかく会えたんだから、良い人ぶらないで、殴ってやりゃよかったじゃない」

 アスカの言葉に、ケンスケが固まっていた。

「それとももっと他の本音があった?」

「やめろ式波」

「あたしも怖かった?」

「・・・そんなことないっ。」

 エヴァのパイロットが、14歳のままの自分が、怖かった?

「おまえっ、ケンスケがどんな気持ちでお前を家にいれたかっ」

 いよいよ抑えきれなくなってきた手の震えをヒカリが抑えていた。声は、いつも以上に低くなってうなっていた。

 それでもアスカは、そんなトウジの姿を、一瞥をくれるだけだった。

 自分で作った空気をものともせず、大きなあくびをした。

「ヒカリ、もう寝かしてもらうけどいい?」

「う、うん。布団しくね。」

「いい。自分でやる。」

「無理しないで。」

「大丈夫。」

 襖をとじた。ヒカリも同じ部屋に寝る予定だったが、早めに、あちら側とこちら側に別れた。

 

「式波」

 家に帰る前のケンスケが襖を開けて、オレンジ色の光を背に話しかけた。

 アスカは横向きで背を向けていた。

「起きてるんだろう?」

 問いかけに、微動だにしない。ケンスケはそれでも話し続けた。

「・・・君は、会うべきだと思う。」

 返事をするまで、待つつもりだった。

「・・・眠いの。邪魔しないで。」

 きっと眠れないのだろうということはわかっていたが、それ以上自分に出来ることはない。そう察してケンスケは、お別れの挨拶をした。

「・・・おやすみ。」 

 

 

シーン7「初期ロット」

 ツバメがすやすやと寝ている隣で、ヒカリが洗濯物を畳んでいた。

 アスカは、壁に寄りかかって座っている。手伝うという提案を、休んでいてほしいというヒカリの言葉であっさり引っ込めて、それでもやることもなくただぼうっとしている。

 ここ数日そうだった。 

「綾波さん、ね。意識が混濁しているんだって。」

「へぇ。」

 アスカは日本家屋の中にいる空気をながめているような顔で、気のない返事をした。

「中学の時にいた綾波さんの記憶以外にもいろいろと、知っていて、それでその確認をしているんだって。」

「へぇ。」

 立てた膝に腕をおいたまま、同じように返事をした。

「ねぇわたしたち友達でしょう?」

「・・・かもね。」

 ヒカリの大事な質問にも、気のない返事を返していた。

「村にいたそっくりさんは、綾波さんとは・・・」

「そっくりさんってなに?黒いプラグスーツ着た、初期ロットのこと?」

 皮肉っぽく、小さく笑った。

「・・・初期ロットってなに?」

「だから、アヤナミタイプの初期ロットよ。あたしと同じクローン技術を使って作られた。何人も同じ顔と体と声を持ってた。」

 ヒカリの目線を意識して、アスカも目を合わせた。

「道具として作られたの。あたしよりもアヤナミタイプの方が、用途が限られていて、ネルフで調整されないと生きていけなかった。」

「・・・知ってたの?彼女がどうなるか?」

「詳しくは知らなかった。でもなんとなく、ね。・・・どうしようもなかったのよ。どうかしなきゃいけないことでもなかった。」

「・・・でもそっくりさんは、みんなを笑顔にして生きていたわ。」

「・・・ここじゃ生きられないのよ。少なくともあの時は。」

 エヴァンゲリオンもニアサーも身近の出来事だった。クローン技術についても、さほど驚きはない。最近まで体が成長せず、眼帯をしていた少女に、過去になにがあっても驚きはなく、どんなことがあっても、受け入れようとヒカリは考えていた。

 だがアスカが、急に立ち上がったことに不安を覚えて、ヒカリも一緒に立ち上がった。

「あたしだって、そういうのと同じよ。ただ死に損なっただけ。」

「・・・そんなことないわ。」

「同じよ。役割があって作られて、役割がなくなったりすれば、いる意味もない。」

「あなたは私の友達。アスカはアスカよ。同じクローン技術で生まれた人が何人いたって、わたしの友達はあなただけでしょ?あのそっくりさんだって、彼女だけだった・・・」

「そっくりさんって何?名前じゃないじゃん。」

 思わずバカにしたように笑ったアスカを見て、ヒカリは眉間にしわを寄せた。

 

「そんなこと言わないで。怒るわよ。」

 あまり出さない低い声だった。アスカは改めようとはしなかった。

「だってそうじゃない。そもそも名前なんて、いらないわよ。」

 いつものとおり両手をポケットに手をつっこんで、少しだけ顎を上げていた。

「やめて。」

「廃棄されるか、自然に消滅するか、ってだけでしょ。」

 ヒカリの開いていた口が、かみしめられた。目が、怒りで満ちていることを、アスカは見ていなかった。

「あたしだって別に」

 言いかけたアスカの口の横側を、ヒカリの平手が暴力的にぶつかった。

 バチン! 

「そんなこと言わないで!許さないよアスカ!わたし許さないから!」

 母親の大声に反応して、畳の部屋で寝ていたツバメが火が付いたように泣き出した。

 大声を聞いて慌てて戻ってきたトウジがヒカリの体を抑えなければ、もう一発頬に平手を放つ勢いだった。アスカは流れた顔を戻さず。無表情だった。

 友達の不調と、喪失を不安に抱えてきたのはヒカリも同じだった。自暴自棄になっている友達を励ましていたつもりだったが、感情が抑えられなかった。

 アスカは黙って、トウジの家から出た。

 

 旧ネルフ第二支部N109棟跡。その廃ビルの、真ん中あたりに、アスカが立っていた。両手に手を突っ込んでフードをかぶったまま。あの少年が膝を抱いてうずくまっていた位置にたって、いない姿とその場所をにらみつけている。

 

 ありがとう

 ウルサイ

 僕を好きだと言ってくれて

 ウルサイ

 僕も

 ヤメテ

 アスカが好きだったよ

 

 イワナイデ

 さよならアスカ

 イカナイデ

 ケンスケによろしく

 

 中学生の時の制服のアスカがいた。目の前には同じように制服を着た碇シンジが笑顔を向けて立っていた。背中に気配を感じた。エヴァンゲリオン2号機があった。誇らしかった。

 振り返ると、シンジは青いプラグスーツで立っていた。紫色の瞳が、自分をうながすように、力強く見ていた。心に温かいものが生まれたのがわかった。

 左目に痛みが走った。下を向いて向き直うと、シンジが遠くにいた。紫色のジャージで、生気を失った表情をしていた。怒りの感情がわいて、近づいて右手をつかんだ。怒りと悲しみの累積。さみしくて、不甲斐なくて、苛ついて、幻滅していて、愛おしいのに。

 恐怖が突然襲った。孤独と、自分自身を全て否定する空気に、身震いした。

 

 アスカ

 赤い人形の着ぐるみを着たケンスケが、優しい顔でそういった。父親のような、優しい顔に、自分の心が救われていたことに気づかされた。その、自分の気持ちに嘘はなかった。でも

 

 嘘をついたのは、あいつのほうだ。

 あたしの背中を押したつもりなんだろ。

 バカシンジ

 

 自分は大人の体になっていた。背中にシンジの手があるのを感じた。

 振り返ると、もういないのだとわかっていた。

 

 アスカ

 目の前の赤い人形の着ぐるみを着たケンスケが、優しい笑顔と声でそう言う。

 

 ウソツキ

 振り返ると、もういないのだとわかっていた。

 でも、こうしていても、何かの拍子に全て忘れてしまうかもしれない。

 

「式波」

 振り返りたくない。

 だって今振り返ると、もうあんたは背中側からもいなくなってしまう。

「式波」

 

 アスカは現実に引き戻された。

 心配でアスカの姿を探したケンスケは、少しだけ息を切らしてその名前を呼んでいた。彼女の表情を見て、ケンスケは驚いた。大人の姿になってからはじめて見る姿。両目から涙を流して、眉間にはしわを寄せて、その表情は崩れていた。

「ヒ、ヒカリに、叩かれて、痛くて。」

 言い訳としては、良くない言い方をしてしまったことに気が付いて、涙を拭きながら言いなおした。

「じゃ、なくて、ただ、の、戦闘の後遺症で、情緒不安定な状態に、なっている、だけ。」

 涙を拭いても、止まってくれない。腕で何度もふいても、同じだった。

 ケンスケが近づいて、アスカの腕をつかんで、それからゆっくりと彼女の頭を抱えた。

「う。」

 こらえようとしても、とめようと思っても、どうしようもなかった。

「うううぅぅぅぅっ。うウ~~~~~・・・」

 止められないことが悔しくて、変えられないことが悔しくて、かみしめるような泣き方で、子供が泣くように泣いた。子供を抱くように、ケンスケがアスカを抱いた。

 

シーン8「拒食と虚飾と診察」

 鈴原ヒカリが、相田ケンスケの家に来ていた。手にはタッパーに入った煮物があって、それと似たような食事が、食卓に、手を付けずに置いてある。アスカはベッドに座って、ヒカリに対面していた。無表情で、頬はこけていた。明らかに、栄養が足りずに、やつれていた。

 食卓の上の食事を見て、悲しい顔をしていたヒカリは、手に持っていたものを近くに置いて、黙って、アスカの体を抱いた。涙を流しながら。

「ごめんね。アスカ。」

「・・・なんで悪くもないのに謝るの。」

 友達に泣きながら抱かれても、アスカの表情はあまり変わらなかった。

「あたし大丈夫よ。ちょっと食欲が減っているだけ。」

 再度ケンスケの家に泊まるようにしていたが、ケンスケからアスカの様子を聞いて、ヒカリは日中様子を見に来ていた。声は出る。弱気なことも言わない。それだけに、外に出ず、体は段々と痩せていって、ケンスケすらやつれていっているようだった。

 少女がどれほどの重圧に耐えながら戦っていたか。そのことを思って、ヒカリが泣いた。

「診療所に行こう。」

 大人の助言に素直に従うアスカは、気の弱い14歳くらいの少女のようだった。

 女の人に手を引かれ、坂を下った。

 

 戦後のPTSD。体が変化したことへの適応障害。友達を失ったことによる鬱状態。元々の身体構造からくる・・・

 名前なんてどうでもよかった。

 

 角度が変えられるベッドに寝かせて、トウジがアスカの腕に点滴の針をさした。細い腕だった。

「お前まで、死ぬんやないやろな。」

「・・・知らない。」

「許さんぞ。」

「・・・おおげさ。」

 今すぐどうこうなるほど身体が衰えているわけではない。それでも、気持ちが落ち込んで、生気を失っているアスカの姿は、このまま枯れていくのではないかという不安を与えていた。ケンスケも、日に日に落ち込んでいっている。

 トウジが、仕切りなおそうと深呼吸をした。そして笑って見せた。

「すまん。なんでこんな言い方するんやろ。優しく言えばえぇのにな。」

 一度せき込んで、大したことではないという空気を作ろうとした。

「栄養失調や。点滴うてば、今のところ、まぁ問題なく動けるようになるくらいのもんや。問題は、気持ちや。」

「わかってるって。」

「・・・・・・あいつらワシが引っ張ってくる。」

「勝手なことしないで。」

 真面目な顔をして振り向き、目の前の白衣の男性に強い口調で言った。

「リツコの話聞いたでしょ。向こうが会わないって思ってるなら、どうしてもこっちが動くようなことじゃないんだって。」

「・・・ほならお前もしっかりせぇ。飯食え。」

「・・・へいへい。」

 軽口に切り替えて、ベッドに寝なおした。

 ため息をついて、トウジが部屋から出て行った。

 トウジの診療所の光はそこまで強くなかったが、それでもアスカの目には見たくないものまで見えてくるようだった。左腕を使って遮って、どこを見るともなく見て、考えるともなく考えていた。脇に赤木リツコが立っていることに気づかなかった。

 視線が合ったことを確認して、リツコは椅子を引き寄せてアスカの脇に座った。

 しばらく黙ってお互いを見つめあった。

「あっち側に行っちゃったわね。」

 言っている意味がわからなくて、片目が少しだけ下がった。

「線が引かれると、地面と空ができるわね。」

 空中に横一文字に指で線を引いた。奇麗な顔に短い金髪。目は細く、知的な印象を受けるが、今日は少しぼうっとしていた。

「ミサトも、あっち側に行っちゃったわ。リョウちゃんも随分前に。」

 引いた線は二次元的だったはずなのに、なぜか線の片側に角度がついて、気が遠くなるような広さの平原を想像した。その先に、ミサトが行った。愛する人を追いかけるように。愛する子供に別れを告げて。愛する仲間に別れを告げて。笑顔だった。

「でもきっとあっちで、またいちゃついてるのよ。」

「死後の世界を信じているの?それとも、あたしも知らないような世界があるのを知ってるの?」

「いいえ。死後の世界なんて、幻想だと思ってるわ。非現実的よ。あり得ないわ。」

 いつもの赤木リツコの表情に戻った。知的で現実的な。

 それからまた、目が、優しくなった。

 いつもの赤木リツコは、この世界ではこちらの方なのかもしれない。

「矛盾してるわね。」

 優しい笑顔だった。赤木リツコがそう笑うところを、見たことがあっただろうか、あっても大昔のことだったと思う。いなくなってしまったあの女性の笑顔を思い出させるような、優しい笑顔だった。

「あり得ない世界で、2人はまたいちゃついてるのよ。」

 昔を思い出して、こらえているのに、また目から涙が流れた。アスカは恥ずかしくて、視線だけ横に逃がした。

「あなたは、まだ会えるんでしょう?会った方がいいわ。」

 優しい言葉が、一番こたえた。

「私はミサトと最後に話をしたの。とても意味のあることだった。あなたもそこにいられたら、彼女の心を揺らしたはずよ。あなたは、ミサトにとって、大事な子だったんだから。」

 息を吸った。また涙が流れた。自分の体なのに、思い通りにいかないことばかりだと思った。

「会ってらっしゃい。そこでどうするか、あなたに任せるわ。」

 ミサトにも、サヨナラをいいたかった。

 その本音を自覚するだけなのに、時間がかかっていた。

 

シーン9「再会と再開」

 街に来た。リツコが運転する車から降ろされ、一人になり、車は、その場を離れた。

 海が見える、大きな街の広場があった。もともとあったインフラなのか、整っている。広場があって、海側には多くの人が笑顔で並んでいる。青い海を嬉しそうに眺めている。そこから離れた場所にはベンチがある。誰も座っていない。丸い大きな広場を覆うように歩道があって、車がとおる大通りが、まっすぐ、街の外側まで伸びている。そのまっすぐ伸びた大通りには歩道橋が設置されていて、アスカはその歩道橋からさらに離れて、ビルの陰に立っていた。

 目の前の大きい広場に、2人は現れる、という情報だった。何度か行動確認をしていたらしい。どこに住んでいるのかを確認はしない。気づかれて、逃げられることは避けたかったし、深入りしないという赤木リツコの配慮だった。現場の職員が気をきかせようとしても、2人の行動はなぜか深く知ろうとする前に霞のように消えてしまう、という話もあった。 

 それでも、この曜日、この時間、2人はあの広場に現れる、ということは、間違いない、ということだった。

 もしかしたら、見つけてほしいのかもしれない。

 そういう意見もあった。

 だったら、向こうからくるでしょ。

 そういう意見もあった。

 結局、お互いの距離感が分からず、大きな進展がなかった。

 最後の進展についての決定権を、アスカが握った。

 それが、大人達の意見だった。

 もし、今日会えなければ、

 それ以上は何もしない。

 それも大人の意見だった。

 アスカは意見を言わなかった。

 

 深呼吸して、広場を見ていた。それなりの人数が行きかっているが、段々と減っていく。そうリツコから聞いていた。

 そのまま人が減って、いなくなって、誰もいない。

 そんな想像をしていたところで、一組の男女が、いつのまにかあらわれてベンチに座った。

 

 いた。

 いた。

 バカシンジとコネメガネが。

 

 ベンチに座った2人が、楽しそうに笑っていた。服装は、今まで見たことがない服をしていた。制服でも、ジャージでも、プラグスーツでもない。大人の人が、生を謳歌するような、パートナー同士がお互いの楽しみを確認しあうような、カジュアルな格好をしていた。

 息が吸いづらくなった。

 

 アスカは視線を外して、背中を向いて、壁に寄りかかった。借りたパーカーのポケットに両手をつっこんで、下を向いていた。

 心臓が高まっているのは自覚していた。

 呼吸を整えようと何回か深呼吸をしていた。最近は体力も落ちていたから、心拍数があがりづらく、上がったら戻りづらい。

 どうしたらいいのか、本当はもう決めていた。

 会わない。

 終わったんだ。

 長い話はエンディングを迎えた。

 1組の男女が手を取り合って、離れていって、エンドロール。

 エンディングで、心がいっぱいになっていた。

 

 そのうちに、地面に、自分の涙が落ちたことに気が付いた。

 腹が立って、涙が落ちてできた黒い点を、足の裏で踏みつけた。

 

 終わった

 戦うべき戦いが終わった

 乗るべき機体が無くなった

 自分の居場所を探すようになった

 でも

 なんであんたたちはそっちに行っちゃうんだよ

 

 眠れるようになった

 はじめは嬉しかった

 でも

 夢を見るようになったんだ

 あんたたちの笑顔

 嫌味を言ったって、憎まれ口を言ったって、笑って声をかけてきてくれるあんたたちの

 あの笑顔が何度も浮かぶ

 夢を見て、自分の涙が通った頬を感じて、起きることが怖くなった

 もう寝たくない

 

 食べられるようになった

 おいしいと感じられて嬉しかった

 でも

 思い出すんだ

 あの時のお弁当

 十年以上何度も思い出したあのお弁当

 ヒカリの作ってくれる食事はおいしかったのに

 同時に悲しい気持ちも湧き上がってきて苦しかった

 もう何も食べたくない

 

 アスカは何度も地面の黒い点を踏みつけていた。少し前に、空の向こうで、そうした気がした。大昔みたいだ。そんなことを思い出しながら、悲しいさみしい気持ちを、イライラに変えた。そういうことは得意なのかもしれない。

 呼吸を整えた。小さいころそうしていたように。今感じている悲しみは自分の物じゃない。そう思って、空を見上げた。そうしているうちに悲しいとか苦しいという感情を殺すことができた。

 

 もう終わったんだ。

 二人は、新しい世界を歩むことを決めたんだろう。

 あたしがいる世界ではない、別の世界を。

 エヴァのない世界で、あたしの存在理由がなくなった。そこで死ねばよかったけど、あいつが、背中を押した。違う居場所がある、って感じで。

 死の世界と生の世界の一線を越えさせてくれた。

 あいつのいる世界とあたしのいる世界との間に、線が引かれた。

 でも、それでよかったんだ。

 

 そう自分に言い聞かせて、アスカはまたいつものように仏頂面になった。二人の行動を監視する必要もない、そう赤木リツコに伝えようと心に決めた。

 ビルの壁から背中を離して、歩道に出た。最後に顔だけ見て、逆側を歩くつもりだった。

 ここで、おわかれ

「い、か、り、さあああああああああん!!!!!」

 突然の女性の大声に驚いて、振り向いた。歩道橋の手すりから、20代前半の女性が全身を手すりの向こう側に飛び出そうとするほどの勢いで背を伸ばしていた。

 鈴原サクラだ。

「いなくなって、女泣かすなんて、さいってええやあああああ!!!!せきにん、とれええええぇぇぇぇぇ!!」

 勢いあまって落下して、地面に落ちるんじゃないかという背中を、下から誰か大人の腕が伸びてつかんでいた。アスカのいる位置からはよく見えないが、フードを3人ともかぶってる。逆に目立つ。隠れた大人が数人いるのは、間違いないようだった。隙間からこっちを見ていたのかもしれない。たぶん、3人の同級生だろう。

「あ、の、3バカ、と妹っ。」

「あすかさんが、泣いとるんやああああああ!!!」

「な、い、てない!」

 力が出なくて声が届くわけもないのに、サクラに向かって声を出した。

 聞こえるわけもないのに、広場にいた2人が、アスカの方を向いた。

 

 シンジが、口を開けて、こちらを見ていた。マリが、口を開けて、こちらを指さして、シンジの腕をつかんだ。遠い距離なのに、目が合ったのがわかった。

 唾をのんだ。心臓が高まっていくのを感じた。

 それからアスカは、仏頂面に戻って、シンジとマリとは逆方向に歩き出した。知らない。もう興味ないと背中で示した。数秒歩いて、いくらなんでも無理がある、これじゃ拗ねてるのをかまってほしいようにしか見えない。そんな子供じみた行動をとっている自分が恥ずかしくなって立ち止まった。もうしょうがない。これはもうしょうがない。あのアホ妹。

 一度ため息をついて、もう一度振り返ることにした。

 少し勇気が必要な気がした。振り返ると、誰もいないんじゃないかと、なぜかそう考えていた。少し前に考え事をしすぎたせいだ。

 それでも振り返った。先手をうたないと、劣勢になる。もはや軍人でもないのに、そんな考え方をした。

 振り返った。

 目の前に、真希波・マリ・イラストリアスに似た大人の女性が、両手を広げて自分に飛び込んでくるのを見た。体力の落ちた自分には受け止められないのはすぐに分かった。

 アスカは突然怖くなった。後頭部をアスファルトに叩きつけるんじゃないかと。こんなところで、こんなことで死にたくないと思った。でも体力がなかった。

 飛び込んできた大人の女性の体にしがみついた。

目をつむった。

 アスカの頭部は、地面すれすれで、マリの体に支えられて急ブレーキがかかり、止まった。今、アスカの体は足の裏しか設置していない。体は地面と平行になり、顔は空を見ている。薄目を開けてみると、空の中に、涙を流したマリがいる。女性の体を抱きかかえて、愛おしい目でアスカを見ていた。

 こんな時に、あぁいう呼び方はしないでほしい。バカっぽいから。

「姫」

 言いやがった。

 アスカは苦々しい顔をして見せたつもりだったが、笑うしかできなかった。

「あんたバカ?起こしなさいよ。」

 起こしてもらった。

 視線を元に戻すと、20代半ばの、大人の、男が、こちらを見ていた。眉を下げて。 

 会うたびに腹立たしいのはなぜだろう。

「はじめまして」

 睨みつけながらそう言った。目の前の男性は驚いた顔で、しどろもどろになっていた。

「は。いや。はじめ、じゃなくて、あの」

「どちらさんでしたっけ?」

 マリがアスカから離れて後ろ手にして、目線を空に逃がして、待った。

 怒りの感情は、少しは発散させないといけない。

「あの、碇って、いいまs、」

「ど、ち、ら、さん、でしたっけ?」

 怒った口調のアスカに、シンジは両掌を見せて、顔を避けた。

 アスカは言葉を待った。

「アスカが、怒っている理由が、今度はよくわかるから・・・」

 落ち着いた口調で話したその声が、大人の、低いものだったことが、アスカの心を強く揺らした。その声で、自分の名前を呼んだことが、心を強く揺らした。

「殴っていいよ。」

 申し訳なさそうに、少し笑いながらそういう碇シンジの顔を見て、今までの暗い感情が吹き飛んだ。

 その上、殴ってもいいときた。

 言葉に甘えることにした。

「あっそ。じゃあ。」

 アスカは一歩前に出て、右手を振りかぶった。今日は、強化ガラスは二人の間にない。嬉しかった。思いっきり殴ってやろうと思った。

 右の拳は顔に届かなかった。自分の体を、目の前の大人の男性の胸に、放り込んだだけだった。目の前の画面は暗くなり、意識が遠のいた。

 遠のく意識の中で、聞きたかった二人の声が、自分の名前を叫んでいるのを感じた。安らかに眠った。貧血で倒れただけだったが。

 

 ハッと目を覚ました。ここがまたエントリープラグの中で、ループしていたら悪夢だったが、そこはどこかの建物の、おそらく医務室らしき場所だろうと思った。ほんのちょっと、現実にしがみつけている感覚が戻ってきた。

 脇に真希波マリが座っていた。大人の姿で、愛おしそうにこちらを見ている。

「おはよう。姫。」

 目を恨めしそうに細めて、口をゆがめてみせた。

「ごめんね。」

 アスカはため息をついた。

 マリが横になっているアスカの腕に手をさすった。

「・・・起こして。」

「大丈夫?」

「うん。」

 医務室のベッドに二人で並んで座った。お互いの手の小指同士が触れ合いそうな距離で話していた。

「あんた、本当はクレイディトに見つかってるの知ってたんでしょ?」

「あれ、ばれた。シンジ君は気づいてないよ。」

「あの鈍感が気づくわけない。リツコと話してたとか?」

「いや、そこまでじゃない。でもリッちゃんや姫なら、こちらの気持ちを察してくれるだろうな、とは思っててね。会うにしても会わないにしても、やっぱり、シンジ君は長い話を終わりにして、新しい世界を生きようって思ってて。シンジ君の意思と一緒に私も行こうと決めてた。」

 薄く奇麗な笑顔だった。

「すぐに行こうか迷ってたんだけど、しばらく、両方の様子見てて。みんなとの縁が無くなれば、イギリスに行こうって思ってた。シンジ君にも、向こうで暮らそうって、言ってた。今なら、なんか世間がゴチャゴチャしてるし。」

 目線は、正面で、言い訳を探しているようだった。

 それから突然噴き出した。

「でも、サクラちゃんが叫ぶのは分からなかった。」

 真希波マリは、笑っていた。大人の女性の笑い方で、素敵だな、とアスカは思っていた。

 あいつが突然どんな行動に出るのか、誰も予想できなかったかもしれない。赤木リツコにもきっとそうだった。強烈なインパクト、だな、なんて思った。

「姫の姿見て、自分がどう思うのかもわかってなかったな。」

「・・・フン。」

 しばらく2人で黙っていた。

 安らかな時間が流れた。

「シンジ君ね。最近姫の話をしたんだよ。急に。」

 アスカが目線を隣に送ると、隣の女性も目線をアスカに向けた。

「似てるね。」

「だれが。」

 また安らかな時間が流れた。

「前に、好きって言われた。恋人になってほしい、って。」

 今度は見なかった。

「わたしが姫の話して、会いたいでしょって言ったら黙っちゃった。最低だね、お互い。」

「ガキなのよ。」

「わたし?」

「あいつ。」

 アスカは今のシンジが、母親を求めているようには、思っていなかった。それでもいつまでたってもガキなんだ。あいつは。ウジウジと。アスカは自分のことを自覚しながらもそう思った。

「昔の女のこと思いながら告白されてもね。」

「昔の女、じゃないわっ。」

 怒るアスカに笑いかけるマリ。二人は懐かしさを感じていた。何年も一緒にそうしていた仲で、ついさっきまでその関係が永遠になくなる可能性があった。そうなっても不幸ではなかったかもしれない。奇妙な分岐が、また二人を同じ路線に並べた。

 アスカがため息をついて、目線を送った。

「いいじゃん。あたしケンスケいるし。」

「・・・おっ!?」

 思いっきり自分の方を見る奇麗な女性の顔が見られなくて、アスカは目を戻した。

 そうしているうちに医務室の扉が開いて、シンジが入ってきた。並んで座っていた女性二人はもう一度目を合わせて、マリが笑顔で立ち上がった。

「姫、お達者で。」

「・・・あんた。」

「今度は村で会おうね。」

「・・・うん。」

 笑顔で別れた。入れ替わりにシンジがアスカの前に立つ。

「・・・付き合うなら泣かすなよ。」

「・・・うん。」

 話をしないまま、ただ二人で見つめあった。

「さっきケンスケに胸倉つかまれたよ。」

 シンジにそう言われて、アスカは驚いた。あのケンスケが、誰かの胸倉をつかんで怒っているところを想像した。信じられない。相手が目の前の男と言うことも想像がつかないけど。

「殴られそうなのをトウジが止めたんだ。よっぽど好きなんだなって思って。」

 笑って鼻をすするシンジが、昔弁当箱を差し出したあの笑顔と重なった。それでもちょっとだけ違う。大人になったんだと思った。

「なんかいろいろ思い出した。」

 そう言いながら話すシンジの目から、涙があふれた。あわてて手で止めようとしている。見る側になるとこんな気持ちになるのかと、少し笑いながらアスカが見ていた。

「・・・何泣いてんのよ。」

 そういうアスカの頬にも温かいものが伝うのを、彼女は自覚していた。

「・・・今度、村に行くよ。」

「・・・まぁ、それぐらいは許してやるか。」

「またアスカにご飯作るよ。」

 優しい顔だった。

「いい。ケンスケに作ってもらうから。」

「・・・そうか。」

 少しさみしそうにしているシンジの表情を見て、気持ちが揺らぐことを自覚していたけど、かまわないと思っていた。ただ、幸せな気持ちが体を包んでいくのを、海の満ち引きを感じるように、その感覚に身をゆだねていた。

 何かを思いついたシンジがアスカの目を確かめながら言った。アスカが目を合わせた。

「・・・レーションとか。」

「それはあんたが食ってろ。」

 即座に反応してくれたアスカに、シンジが笑った。その笑顔を見て、またアスカが笑った。笑えることが嬉しかった。

 シンジがポケットに入れていた右手をアスカの前に差し出した。

「・・・何その手」

「・・・おまじない」

 アスカがその手を握った。温かった。

 シンジが医務室から出ていく。

 扉の向こうには、村で一緒に生活している3人が立っていた。そのうちの一人がアスカに近づいてきて、右手を握って、立つのを助けてくれた。

 また歩き出した。 

 

 

シーン10「名前」

「条件がある。」

 ケンスケの家の前でアスカはそういった。大人になって対面しても、ケンスケの方が背が高い。ケンスケは上官に対して敬意を示すように背筋を伸ばした。

「名前で呼んで。」

 アスカは、自分の名前を好きになっていた。自分の名前を呼んでくれる人が、好きになっていた。目の前の、心の支えになってくれている男性に、呼んでほしいと思った。

 言った言葉を理解しようとして、ケンスケがアスカの目を確認した。

 軍人のような顔をしていたアスカの顔が、恥ずかしいことを言った少女のように段々と赤くなっていく。

 ケンスケにはその顔がとても愛おしかった。

「アスカ」

「ケンスケ」

「好きだよ。」

 予想外の一言が余分についてきて、アスカの表情は固まった。顔面がさらに赤くなる自覚があった。現在進行形で言われると、また違って、恥ずかしい。でも背中を見せたりしなかった。

 ケンスケは首をかしげて、期待していた言葉を待って、笑ってみせた。

「・・・あれ?」

「・・・それはまた今度。」

 アスカは顔を赤くしたまま、笑った。

 そう遠くない未来だった。

 

 夕食の話になった。

 レーションを食べたいと言った。

 二人で対面に座って、ボソボソと食べてみた。

「・・・やっぱり口パッサパサになるわ。」

 ブハッって、ケンスケが噴き出して、粉が散らばって、アスカは笑った。

「リョオオオオオジッ!」

「声でかっ。なんですかぁぁぁ。」

「釣り行くよぉぉっ!」

「はぁぁい!」

 加持リョウジの周りにいた人が、笑っていた。

「あんたまたでかくなった?」

「もうすぐ17歳ですからね。」

「時間が経つのが早いわ。」

「おばさんみたいですよ。いてっ!」

 日常が続いていた。幸せだった。

 さよならは、また会うためのおまじない、らしい。

 いつか会いましょうってことか。

 生きているうちに、また必ず会えるってことかな。

 それまではちゃんと食べて、健康に気を使って、生きることにするか。

 

 村の全体が見える小高い丘で、アスカが笑った。

 

おしまい

 




 着ぐるみを着たケンスケについて、そうかそう解釈するのも素敵だね、的な考えを膨らませていったのもあり、そんな話になりました。おおもとは、彼女の深層心理を優しく気づかせてあげた、的な考えなんですけどね。思い出とか。生い立ちについての妄想が結構広がっていくんですけど、今回ひとまずのぶっこみをしています。
 リツコが言ってる、線を引くと地面と空が、っていうのはTV版の最終回を意識してます。
 全体的に見て、大きな動き自体がそんなにない、っていうのは、毎回書き終わってから思うので、課題です。


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