イタリアに綺羅星の如く燦然と輝くボンゴレファミリー。彼らは新たなる秩序が現れようとした際、どのような声を上げるのだろう。大いなる悪の犠牲になる少女、血を抜かれて殺される男たち。イタリアに波乱が起きようとしている。復讐者亡き現代、それを止められるのはボンゴレしかいない……。

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イタリアの闇は深いぜ……。独自設定があります、注意。


第1話

第一章

 殴る、殴る、殴る、殴る……。男の顔面は醜く腫れ上がっており、僕の拳もまた血液と吐瀉物に塗れて同じくらい汚れていた。

 すぐにでも洗いたかったが、男が死んでいるのをしっかり確認しなくてはならない。殺したと報告したはずの者が実は生きていた……なんてことがあれば良いお笑い草ではあるけど、それが許されるほどプロの世界は甘くない。

 腰から出した錆だらけのナイフを僕の体に馬乗りになっている男の首に突き刺した。それほど血が噴き出していかないのを見て、彼は確実に死んだことが分かった。重くなった男を引き剥がし、深呼吸する。お気に入りのドレスがまた汚れてしまった。

 

 男はそこそこ大きな規模のマフィアの一員らしく、生前はその自慢話を僕に披露していた。けれど、どれほど立派な“鎧”があっても、暗殺の場となれば無意味なものだ。

 

 ナイフを首から引き抜いて周囲にあるシーツで血を拭いて腰のホルダーに戻そうとするが、ボロボロと崩れてゆく。死ぬ気の炎の出力に耐えきれなかったのだ。回収すら難しくなってしまったため、霧属性の炎をナイフのカケラに振りかけ、ベッドの下に隠した。

 幻術を周囲に施しているため、例え戦闘が得意なマフィアであっても、ここに入ってくることは出来ない。だけど、誰かを殺した地点での長居は無用だ。シャワーを浴びていきたかったが、我慢。両手を軽く洗うだけに済ませて、男の家を去る。

 

 息が荒くなってはいないか、周囲を気にし過ぎてはいないか、髪が乱れていないか、ゆっくりと確認しながら家に帰って来た。扉の前に物乞いが座り込んでいる。

 

「我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う」

 

「……かねて血を恐れたまえ……」

 

 このやり取りは秘密の文句だった。ターゲットを殺害したことを組織に報告しているのである。人が沈黙の掟(オメルタ)を知ることで死ぬ気の炎・匣兵器などの人知を超えたパワーを得てマフィアになり、やがては力に溺れて殺されることを表している。

 

 物乞いは地面に置いてある缶を差し出した。知識の無い者には1ユーロコインにしか見えないが、このコインには数字が刻まれており、その番号の口座に報酬が振り込まれるのだ。普通のサラリーマンが稼ぐ給金3ヶ月ぶんぐらいである。

 いつの間にか物乞いは消え、僕はようやく家の中に入ることが出来る。彼は見張りだ。任務が失敗したら、僕の母親を殺すのだ。

 

「アルバ、お疲れ様」

 

「ただいま、母さん。今日は顔色がいいね」

 

「お医者さんから貰った薬のおかげだよ。あなたの仕事が無ければ、お医者さんにかかることも出来なかった。本当にアルバは自慢の子だ」

 

「そんなに褒めなくってもいいよ。あ、そうだ。隣のおばさんが林檎くれたんだ。食べるでしょう? 今から剥くね」

 

 林檎を剥いていると母からの視線を感じる。子供の頃はただ心配ばかりかけていたが、今は違う。父の顔も名前も知らない。母が病で倒れるまでは幸せに暮らしていたのに。生活が苦しくなるのを支えるため、僕は高校を辞めて働き始めた。けれどギリギリの生活では母の病気は治らない。

 だから……僕は殺し屋になった。

 

 対象を醜く殺す。それがヴィツィオファミリーのやり方だった。殴り殺す……それがシンプルでいて最大の効果を得られる殺し方だ。

 ナイフで刺されると人間はたいてい死ぬ。けれど、その死体は綺麗なものだ。血液は赤い絨毯のように死者を縁取り、優雅ですらある。それではいけない。

 顔を殴ったときに鼻が折れると鼻血が引っ切りなしに出てくる。この時点で既に醜い。皮が裂け、肉が露出し、骨が砕けると口の中も血液でいっぱいだ。そして、最後に頭蓋を割るのである。

 

 僕は人を殴り殺すのが一番嫌いだ。他に取れる方法が無いのでそれを選択しているに過ぎない。ナイフを使うのであれば全身に何度も何度も突き刺さなければならない。刃は血を吸うと途端に劣化し始める。その殺し方でやるには潤沢な資金と装備があってこそだ。

 銃ならもっと簡単だ。顔面に何十発と撃っていけばいい。だが、僕のような下っ端には銃どころか鉛玉のひとつでさえ支給されない。バットやバールはそもそも持ち運びが不便だ。だから、結局、拳でやるしかないのである。

 

「ゴホッ! ゴホッ!」

 

「大丈夫!? お母さん、無理しないで」

 

「ああ……本当に迷惑かけるね」

 

「迷惑だと思うのなら1日でも早く治ること! お母さんの病気が完治したら、また海に行こうよ」

 

「楽しみねぇ」

 

 果たして僕はその日まで生きていけるだろうか。そして僕が死ねば母さんも死ぬ。暗澹たる気持ちになって、それでも殺し屋としての仕事は果たさなければならないのだ。

 母が寝静まった頃、僕は馴染みのバーに出掛けた。報酬のおかげで飲む酒には困らない。照明と闇が作り出す妖しげな雰囲気の中、いつものように声をかけてくる男がいる。

 

「よう、アルバ」

 

「ランボ!」

 

「やれやれ、今日は辛気臭い雨でした。せっかく、かわいい女の子たちとデートの予定があったんですが」

 

 彼はイタリア男なので雨が降っていれば、それに応じたデートプランを作る。だから、彼の言葉をそのまま受け取ってはならない。雨とは予定に反したトラブルの隠語だ。バーカウンターでマフィアの仕事についての話は出来ないので、その辺りを気遣っているのだ。

 

「お疲れ様。マスター、モンキーミックスください」

 

「オレはサイダーのおかわりをお願いします」

 

「せっかくバーに来たのに、ノンアルコール? 何を考えているのか分からないな」

 

「やれやれ、分かってないな。ここのマスターのサイダーは最高だからですよ。それに明日も早くから仕事なんです」

 

 目の前のキザったらしい少年の名前はランボ。あのボンゴレファミリーの雷の守護者である。ボンゴレはイタリアで一番勢力の強いマフィアで敵という敵は無いほどに隔絶した力を持つ。たまに自分の実力を勘違いした馬鹿に絡まれることはあるらしいが、皆実力者であるので、ランボ以外は何の問題にもならないのだそうだった。

 ランボは弱い。匣の操作もイマイチだし、戦闘におけるセオリーも理解していない。おまけにヘタレで喧嘩にも弱いのだ。何故、こんな男がボンゴレの雷の守護者でいられるのかは分からない。

 

 サイダーを喉に流し込んでいるランボの姿はかっこいいのだけれど、その中身はひどく残念だ。でも、僕はこのランボと他愛もないやり取りを交わしながら酒を飲むのが好きだった。その後も最近流行っているという日本のアニメについて彼の蘊蓄を聞いたり、近くに出来たパスタの店の評判を話したり、ボヴィーノファミリーが構成員に贈るハムの品質について語り合った。

 

 夜が明けた頃、児童公園に向かう。こんな時間であっても、公園には犬の散歩をする貴婦人やランニングをしている大人たちが溢れていた。それに混ざって、太った中年の男が黄色いベンチに座って新聞記事を読んでいる。彼は連絡役だった。僕はその後ろに座って次のターゲットの情報を貰った。

 

 イタリアのサッカー選手らしい。妻子持ちであることに気付くとずいぶんと心が重くなった。殺さなければならないのは同じだ。まず、妻子を殺す。顔の判別がつかなくなるまで徹底的に。その辺りで退却し、マスコミや警察には暴れさせる。

 そして事態が沈静化した頃、油断した男にも妻子たちと同じところへ行ってもらう。これが陰湿なマフィアのやり口だ。

 

 それなりの長い期間が必要そうであったので、母さんには出稼ぎでしばらく家に帰れないと話し、隣人のおばさんに世話をお願いした。対象が試合に出ている夜、僕はターゲットの家に侵入した。3歳くらいの幼女を殴るときはさすがに緊張した。既に死んでいても、顔を醜くするためにはオーバーキルが必要だった。

 そして後ろの手を縛られ、涙目でこちらを見る女を殴る。殴る。殴る。猿轡のせいでくぐもった声しか漏らさない彼女のことが途端に可哀想になっていた。ターゲットに同情するなど、あってはならない。血飛沫が壁に飛び、骨が砕ける音がする。弛緩した股間から大量の小便が漏れ出す。念のため、新調したナイフで母娘の首を刺した。

 

 これで殺したことになっただろう。

 

 洗面台でいつもの通り、両手を洗った。目の前の顔はひどくやつれていた。この件の後半をやり終えるまでは報酬は貰えないが、昨日殺した男のぶんでしばらく生活することは出来るだろう。

 サッカー選手の家の真向かいにあるアパートで一人暮らしをしながら、動向を見ることにした。あのバーにもしばらくは立ち寄れないだろう。そこが寂しい。

 

 双眼鏡でその家を観察する日々が続いた。センセーショナルなこの事件に当然のことながら、マスコミが殺到していた。そのサッカー選手はここまでのことをしたのだろうか? 妻子を無惨に殺され、その死に浸ることすら許されない。今まで自身の任務に疑問を抱いたことはなかった。口答えしていれば、明日にでも僕の体は海に沈められている。

 

 ぼんやりしていると宅配便が届いた。この部屋はヴィツィオファミリーの持ち家だ。箱を開けると僕は目を輝かせた。これは間違いなく、匣兵器に違いなかった。こんなものを貰えるとなれば、幹部昇進は間違いない。でも、このまま僕は殺し屋をしていて良いのだろうか。

 

 いや、ここで辞めると言えば、私はもちろん母も残酷に殺害されるのは目に見えている。それならば、続けていこう。自らが殺されないために相手を殺す。それは人間の社会で幾度となく繰り返されて来たことなのだから。

 ランボが話すボンゴレやボヴィーノの情報を思い出す。彼はずいぶんと楽しそうなのに、僕と何が違うのだろう。

 

 2週間後。彼の自宅の前にマスコミはもういない。彼も精神的に参っているようで、ほとんど自宅からも出てこない。ここが仕掛けどきだ。

 いつもの一張羅に着替え、外壁をよじ登る。庭には放し飼いの凶暴なドーベルマン。けれど、前回、非常に美味だとされるドッグフードを大量にあげて以降、ドーベルマンたちにとって、僕は歓迎すべき客だ。一様に尻尾を振り、人間の思惑など知ったことではないと言わんばかりに懐いてくれる。

 寝室の扉をピッキングで開け、丸くなったシーツに近付く。渾身の一発で標的の頬を殴り飛ばし、壁に叩き付ける。彼は……ランボは切れた唇から血を流してこちらを睨み付けていた。何故、彼がこんなところにいるのだ? 対象はどこに!?

 

「フェイクだよ。彼は今頃、ボンゴレが保護しているはず。そんなことより、アルバ。おまえがここの奥さんと娘さんを殺したのか?」

 

 すべてがバレている。そう確信せざるを得ない。サッカー選手の家は警察に守られていた。しかし、警察の守りなどあってないようなものなのであっさり突破出来た。

 ここでボンゴレが介入し、罠を張っていたのだろう。イタリアを牛耳る最強のマフィアであるボンゴレに睨まれたら、もうここで生きてゆくことは出来ない。僕は顔を顰めた。

 

「そうだよ。このアルバ・スペランツァが殺した。幻滅したか……ランボ」

 

「したに決まってるじゃないですか! おまえのママンについても調べてあります。どうやら、アルバはママンを人質に取られて仕事をしていたみたいですね。……なんでボンゴレに頼ってくれなかったんですか? おまえにはオレという窓口がいたじゃないですか。ママンを保護し、アルバは学校に復学出来る。オレに助けを求めさえすれば!」

 

「やっぱり気付いてなかったんだ?」

 

「何に?」

 

「僕がランボを好きだってこと」

 

 そうして僕は力なく笑った。殺し屋として動く際に身を包むこの服はいつかランボにプレゼントされたワンピース型のドレスだった。こびりついている血のシミを見れば、ランボでもすぐに分かるはずだ。アサシンは地味な服を着るけど、ヒットマンは派手な服で仕事に挑んでもいいのだと彼に教わったことを思い出していた。

 

「知ってましたよ……オレはボンゴレ1の伊達男、雷の守護者のランボですから。でも、オレは女の子に自分から告白するのは苦手で。いや、これはただの言い訳なのかもしれませんが。しかし、好きだったのならば、何で頼ってくれなかったんですか」

 

「好きな相手にこんな話、出来ないもん。情けなくなるじゃん。僕が我慢さえすれば、だいたいのことは解決する。今まで殺して来た奴らだって悪人ばかりじゃないの。そのサッカー選手だって裏では酷いことをしていたに決まっている」

 

「アルバは騙されてたんですよ。おまえがこれまでに殺して来たのは慈善家、真面目で子煩悩な教師、悪を糾そうとした弁護士、貧しい孤児院の院長、最後の相手だけはマフィアだったらしいですが。サッカー選手は何も悪いことはしていない。その妻子だってそうです」

 

「…………仮にも霧の術士なのに、そんな簡単な事実さえ誤認していたのか。僕は破滅してしまうんだろうね。でも、母さんは? あのひとは何も悪いことはしていない。僕がいなければ、彼女は死んじゃうよ。見逃して、ランボ」

 

 手を広げるとランボが飛び込んできた。彼は泣いているようだった。霧リングに死ぬ気の炎を込める。攻撃力の低い属性ではあるけど、この無防備な首を裂くことくらいなら出来る。

 ここで死ぬわけにはいかないんだ……。まだ、足掻けるはずだ。まだ、まだ、まだ、終わっていない。

 

 落雷の音。

 

 屋敷を切り裂いて現れた雷はランボが頭に突き刺している角に吸収されていた。逃げようと思ったが、彼に体を掴まれている。そして、僕の顔に紫電が閃いた。激烈な熱さと痛み。皮膚が抉れて止めどなく血が流れる。

 あぁ、きっと僕はこれまでそうしてきたように醜く殺されるんだ。それはそれで、本望なのかもしれなかった。ランボ……愛しのランボ……あなたに殺されて、僕、幸せだったよ……。

 

 

 倒れた少女の美しい顔は炭化していて、とても見られるようなものではなかった。オレは別室に隠れていたサッカー選手を部下に任せ、立ち去る。彼女の家の前には物乞いが座っていた。いや、それだけではなかった。よく見ると住宅街のあちらこちらで似たような物乞いが散見された。みながそれぞれにカタギではない雰囲気を漂わせている。

 

 感傷に浸りたい気分だったが、そんな場合でもなかった。この町ではどうやら邪悪が蔓延っていたらしい。ボンゴレの縄張りからはずいぶんと遠い場所だからこそ、彼らはこうやって出てきているのだろう。この2年ほど、ここで暮らしていたオレの目は節穴だった。このような悪にこれまで気付かなかったとは。

 

 もっと強ければ、この町に巣食う悪からアルバを助けられただろうか? もっと強ければ、アルバを引き戻すことが出来ただろうか? もっと強ければ、アルバは助けを求めてくれたのかもしれない。まじないのように自問自答を繰り返してランボは新たに覚悟を固めてゆく。

 友が自身を頼ってくれるほどに在るためには、何よりも成長しなければならない。

 

「強くなりたいな」

 

 行きつけのバーで彼はモンキーミックスを頼んだ。ほんのり甘くて酸味が効いてる良いカクテルだ。せめて彼女の死を悼もうとするランボの態度にもはや幼さは無く、立派な青年そのものであった。雷の守護者は今日のことを忘れはしない。アルバという少女を友にしていたことを彼は誇りにして、これからも生きていくのだった。

 

アルバ・スペランツァ(希望の夜明け)に」

 

 肌にまといつく霧のような悪徳に確かな波乱の種を感じた彼はバーに行く前に彼は自らのボスに報告書をしたためいていた。守護者として人々を守るとなれば、何より大切なのは上司への報告・連絡・相談に他ならない。歯痒い気分はいつだって経験して来た。

 ここで、逸らないことこそ、オレの成長の証だと信じて。

 

 

第二章

 

 書類と手紙の山が黒い机の上に積まれている。半分くらいは霧の死炎印で封じられ、もう半分は雷の炎が感じられる。それらを処理するのは眉間に皺を寄せて難しい顔をしている栗色の髪の凛々しい青年。イタリアの闇を守るボンゴレファミリーのボスにして、歴代でも最強と謳われる武闘派にして穏健派。オレの主だ。

 彼は座ったまま、こちらを見上げて相好を崩す。

 

「獄寺くん。来てくれてありがとう」

 

「とんでもありません。10代目がお呼びとなれば、オレはどこにだって馳せ参じます!」

 

「はは、助かるよ。ボンゴレの本部に常駐する守護者は今じゃ獄寺くんと山本だけだから」

 

 ボンゴレはその影響力をイタリア全土に及ぼしていた。対外戦力は元より、傘下や同盟勢力のマフィアにも信用ならない相手はいる。そこで、10代目はオレと山本以外の守護者を各地に派遣。表の権力ではないものの、彼らは昔で言う領主のような役目を任せられた。

 

 北イタリアには六道骸とクローム髑髏。南イタリアに笹川了平。イタリアの左側に浮かぶサルディーニャ島に雲雀恭弥。中央はわざと空けて、キャバッローネを始めとする傘下に任せつつも、オレたちはボンゴレ本部のあるシチリア島から睨みを利かせている。

 

「その期待に必ず応えてみせます。それにしても、多いっすね。骸のやつはともかく、ランボが案外仕事をしているという印象です」

 

「ランボはもう子供じゃない。そんなことは分かっているはずなのに、やっぱりいつになっても心配になるよな。さすがに骸の報告書よりは穴があるけど、ちゃんとしてるよ」

 

 ランボはオレたちより一回り幼い。守護者最弱と詰られるときもあるが、それは仕方のないことなのだ。だからこそ、10代目は彼に一番難しい場所を任せた。

 イタリアの端、ヴァッレ・ダオスタ。ボンゴレの影響が届きにくいせいで、フランスの対外治安総局の工作員たちが蠢く危険な場所だ。けして広い土地ではないが、強い力を持つマフィアたちが統治の難しさに根を上げて幾度も手放していた。

 

「あいつも成長したみたいっすね。それで、今日はいったい何の御用で? もちろん、息抜きがご所望とあれば、オレはいつだってお供しますよ」

 

「……はぁ、それが出来たらどんなにいいか。この書類の処理だって本当だったら獄寺くんや山本にも手伝ってもらった方が早く終わるのに。死炎印のシステムとか古すぎるよ。こいつのデータをクラウド上で管理出来たら、ボスの仕事も減るんだけど」

 

 10代目は暗い顔をした。死ぬ気の炎はその人によってまるで異なる。純度と炎圧と属性によって細分化される炎は何者にも代えられない個人証明書なのだ。

 ボンゴレを始めとするマフィアたちは手紙を死炎印で封じて送る。これにより、その手紙は他の誰にも見られていないことが分かるのだ。また、読まれたあとの手紙はそのまま死炎印が広がって自動的に焼却される。これで機密性を保持しているのである。

 だからこそ、その書類をチェック……というか開封するのは10代目でなければいけない。他の誰もが代わることの出来ない業務なのだ。誰であっても憂鬱になるほどの量をひとりで処理しなければならないとなれば、ため息も増える。

 

 優しげな彼の顔にも最近はずっと皺が寄っていた。せめて、オレはオレの出来ることをやらなければならない。改めて、そう決意出来た。

 

「“落日(ロス・ステラ)”。ローマの近くにある(コムーネ)だ。そこで連続殺人事件が起きてる。そこでボンゴレに属す人間が死んだ。マフィアの関係者だけじゃなくて、一般市民も何人か犠牲になっていて、その死に方がどうにも普通じゃない」

 

「死ぬ気の炎や匣関連ってことですか」

 

「それはまだ分からない。見つかる遺体には首に何かが噛んだような4つの傷があって、そして、すべての血液が抜かれている」

 

「なっ!?」

 

「一応ボンゴレが手を回してて情報統制はされているけど、市民に被害が出ている以上、あと3日保つかどうか。現代の吸血鬼事件なんて、いくつかの新聞社は騒ぎ立てようとしているみたいだ」

 

「つまり、タイムリミットは3日ってことすね。吸血鬼はUMAではないので知識はありませんが、10代目は安心してオレに任せてください! すぐにでも解決してみせますよ」

 

「頼むよ」

 

 10代目の笑みには疲労の色が浮かんでおり、その様子にひどく胸を締め付けられるおもいだ。何があろうとも3日で終わらせる! こんな状態の10代目を山本の馬鹿だけで支え切れるわけがない。そう思うとより、気合が入った。

 

「何か必要なモノはあるかい?」

 

「霧の術士を数名、オレの部下に付けてください。ドンパチが始まったら街の人間まで守り切るのは難しい。あと、ジャンニーニのやつに開発させた新しい武器が完成したかどうか」

 

「霧の術士部隊のことは了解した。手配をしておくよ。それで武器っていうのはこれかな?」

 

 10代目が差し出したのは銀色の槍だった。三節棍として近距離・中距離の敵に対応出来るのも利点だが、更なる強化要素もある。オレはそれを受け取り、3つに折り畳んで背中に収納した。新しい武器ともなれば、テンションも上がるというものだ。オレは意気揚々と屋敷を出た。

 

 

 そういうことで、ロス・ステラに訪れていた。純白な石畳で整備され、その夕焼けが地面によく映える。ティレニア海沿いにあり、多くの観光客が訪れる綺麗な街という感じだった。図書館や大病院、高級ホテルやカジノ、消防署に警察署がメインストリートから徒歩5分圏内にあり、利便性が高い。

 

 けれど、路地裏がずいぶんと多く、ひとたび賑やかなところから離れてしまえば、陽の当たらない陰の空間がそこには待っている。

 既に1日使ってしまったが、問題ないだろう。探偵が推理するに当たって最も大切なことは正確な情報の抜粋にある。現代に溢れる膨大な情報のうち、何が大切で何が大切ではないのか、その見極めが肝要なのだ。

 

 これまでに10人の人間が殺され、そのうちの2人が一般市民だ。20代〜40代までの大柄な男性。狙いはマフィアというわけではないのだろう。血を吸い尽くされて死んでいるのであれば、犯人にとって大切なのはあくまで健康な人間の血液だということが分かる。ただし、血液型はバラバラであった。

 血液が必要なのは病院。だが、これだけ人口の多い土地で血液が不足になるとは思えないし、人を救うための機関がわざわざ人を殺して奪うだろうか。

 

 と、簡単に病院から目を逸らしたら頭脳派守護者の名が廃る。ボンゴレファミリー、嵐の守護者として、長くシチリア島の荒くれ者たちを治めてきたときの経験が、オレの脳に警告を発する。犯人が病院にいるのは間違いない。なぜなら、これまでに殺した8人の血液を完全な状態で保管しておけるような場所が病院しかないからである。

 

 この街にコンテナをレンタル出来る店は無い。アパートやマンションやホテルの一室に隠すことは不可能だ。ひとりの男性の体重が約80キログラムだとすると、その血液量は約6リットル。10人ともなれば、60リットルにもなる。一軒家にこれを完璧に保存するだけの施設を作ろうと思ったら、改造に改造を重ねなければならない。それはとても、人の住むような環境じゃない。

 

 わざわざ健康な男性を狙ったのだから、その血液の保存方法には犯人もかなり気を遣っているはずだ。血液保管庫のようなものがあったとしても、犯人の目の届く範囲に置かれているだろう。これまでの状況から、さらに奥へ踏み込むための情報。

 

 それは非常に優秀な血液内科医であった青年、ジョルジュ・ジョルジッティが半年ほど前に大病院を解雇されたのである。理由は医者としてあるまじき行動を起こしたことによる免責処分。

 具体的には明かされてなかったが、ボンゴレの名前を出すと、洗いざらい情報を吐いてくれたので助かった。彼はA型B型O型AB型、そのすべての性質を持った神の血を作ろうとして患者を利用していたらしい。

 

 そんな荒唐無稽な考えを持った彼がロス・ステラの路地裏に小さな病院を作った。わざわざ路地裏に作ったのだ。顧客のたいていはマフィア関係者かチンピラたちになる。薬物に冒された彼らの顔写真を見る限り、ここに健康な人間はいない。

 

 だから、ジョルジュは新鮮な血を外に求めたということだ。どこのマフィアにも属さないシリアルキラーってとこだな。最終的にその血はどう使うつもりかは知らないが、彼の犯行は止めなくてはならない。

 ジョルジュが本物の吸血鬼であれば、保管方法など関係無く、食料として血を頂くのが容易に想像つく。だが、吸血鬼という人種あるいは怪物は絵本の中で語られるのみ。普通の人間が60リットルの血を飲み尽くすのは不可能だ。

 

 オレはジョルジュの病院を訪ねることにした。メインストリートから東の路地裏へ300メートル進んだ場所だ。インターホンを鳴らすと青白い痩身の白衣の男性がやって来た。

 宵闇のように妖しく昏い瞳を見るだけで彼が下手人だと直感した。多くの人間を殺してきた(おに)の顔付きは見る者が見ればすぐ分かる。ここで問答を繰り返しても意味は無いだろう。自分がボンゴレであることを明かしつつ、とりあえず撤退することにした。

 

 さて、ジョルジュはどのようにして犯行を繰り返しているのだろうか。まず、考えられるのは霧属性の炎だった。非常に高水準の科学を有している警察機関の目を潜って人を殺し続けるには例えマフィアと言えど、霧の術士のサポートが不可欠であった。

 逆に言えば、霧の術士さえいれば街の真ん中に死体を飾ろうとも、身の毛もよだつような怪物が頭上に鎮座していようとも関係無い。だが、そう言った幻覚は知識……というか幻覚に対する啓蒙が高ければ、ある程度見抜くことは可能だ。

 

 けれど、刹那の判断が求められる戦場で、対象が幻覚かそうでないかを見抜くの難しい。また、啓蒙が高いほど、幻覚に引っかかった際はより深刻なダメージを受けやすいというのも世の常だった。自分は絶対に幻覚などには惑わされないと思い込ませることを下準備としている霧の術士もいるくらいだ。

 啓蒙の高さはそのまま傲慢さに繋がる。優秀な殺し屋には自分の実力への自信が不可欠であるが、何事も行きすぎてはならないのだ。

 

 良い感じに人気が無くなった頃……強い寒気に襲われたオレはとっさに素早く伏せ、吸血鬼の正体を目にした。灰色がかった影が路地裏に踊る。

 それは狼だった。唸り声を上げつつも、こちらを深く警戒しているものの、そう大きくはない。牙や爪は鋭いが、サイズはそこらの犬と変わりない。腕に覚えのある若者ならば、狼など簡単に返り討ちに出来る、などと考えて対処して全滅したわけだ。アホなイタリア男の習性を上手く利用した殺し方だと言える。

 

 オレは冷静に飛び退き、表の道の方を確認すると既に術士部隊がカモフラージュのための幻覚で人々を避難させてゆくのが分かった。これならダイナマイトも使い放題だ。狼に向かって投げつけるダイナマイトはひとつひとつの推進力を調整することで途中で回避されても問題無い。

 狼に直撃して爆発するダイナマイトは地面を抉り、破片を飛ばす。破片は周囲を巻き込み、そこら中の建物を破壊。そこに隠れていたであろう、男を炙り出すことに成功する。

 

 男は……3つのリングを指に嵌めたジョルジュ・ジョルジッティは汚れた白衣をはためかせ、爛々とした目でこちらを見ていた。ただの医者が出来る動きじゃない。それなりに戦場を経験しているようだ。

 

「死にたくなかったら投降しろ」

 

 こんなことを言って実際に投降してくるやつがいれば、逆に疑わしいのだが、形だけでもやっておく必要がある。ジョルジュは薬物が回っているような血走った目で唾を飛ばす。

 

「……俺には崇高なる目的があるのだ! 神の血を精製することが出来れば多くの人間が命を救われる。マフィア風情がそれを潰そうとは。恥を知れ」

 

「匣もリングもマフィア由来のくせに偉そうにしやがって! 殺しておいて救済者気取りかよ」

 

 ジョルジュが指を鳴らすと似たような狼たちが路地裏のあちこちから出現する。ダイナマイトでダメージを受けたはずの狼の牙を見ると血液が垂れていた。傷口から滴っているわけではない。誰かから採取した血液だろうか。それならば血液はこの狼たちの体内にあると考えるべき。匣から狼が出るところは見えなかった。改造し過ぎて、匣のサイズに収納することが出来なくなったアンバランス匣か。

 

「黙れ! 翳幽狼(プレッサ・ディ・リカントローポ)、その邪魔なマフィアを殺せ!」

 

「ボンゴレ嵐の守護者、獄寺隼人。参る!」

 

 発動させたのはSISTEMA C.A.I.だ。瞬時武装換装システムのことで、嵐・雨・晴・雲・雷の属性をその場に合わせた組み合わせであらゆる敵にも即応出来る戦闘スタイルだ。イカす髑髏の紋章と意匠はいつになってもクールだぜ。

 

 嵐+雲の分裂した炎弾で狼の大群を薙ぎ払う。余波で誰かが住んでいるであろう建物も崩れてゆくが、それは仕方のないこと。さほどダメージが入っているようにも見えない狼が再び現れる。影の中から突然出てきたようにも見え、頭が混乱した。

 雨+晴の炎が不規則に揺れながら狼に叩き込まれるが、路地の影に体が消えた。いや、消えたように見えただけだと、オレはすぐさま気付くことができた。

 

「やはり……霧属性の狼か!」

 

「そうさ。影の中を移動しているように見えるだろうが、幻覚さ。何も難しいことはない。だが、見破るともなれば話は別だろうがなぁ!」

 

「霧の幻覚を見破るのは困難だ。だけどなぁ、別に破らなくても倒す方法はあるんだぜ」

 

 ジョルジュ目掛けて、ロケット・ボムを8本撃ち出した。彼は射線を切ろうとして建物に入ったのだろうが、相手を見失うリスクを考えるべきであった。狼たちがオレの喉笛を狙うが、目視で得られるアドバンテージを有していないせいか、途端に精度を失う。

 

 この程度の動きであれば、目を瞑っていても避けられるレベルだ。大層な匣兵器に対してジョルジュが弱いのが気にかかる。幻覚で自身の分身を形作ることすら出来ないとは程度が知れている。

 けれど、慢心は控えなくてはならない。霧の波動が流れているが、メインは違う属性の炎を使うのかもしれない。土煙が風で流れたあと、ジョルジュはあちこちから血を流し、瀕死の状態であった。すると、狼たちが一斉にジョルジュに飛びかかって、体のあちこちを噛む。

 

「なっ?」

 

 血を吸っているわけではないだろう。では、血を入れているのか? 馬鹿な、被害者の血液型はバラバラだ。それを自分の体の中に入れたら拒否反応で死ぬぞ。ジョルジュはリングに緑色の炎を纏わせ、摂取したばかりの血液を膨らませる。そして、まるで鎧のようにジョルジュの体を包んで5メートルほどの巨躯を構成してゆく。血の巨人と言ったところだろうか。

 

「これこそが神の血。人々を救う全なる血液である! 碧き伝承の化生(ヴェルデ・ヴァンピーラ)とでも呼んでもらおうか」

 

 本体の血液に他者の血液が触れないためのものと、集められた血液を人間型にする硬化の二重コーティングが行われているのが分かった。このデカブツを倒すには硬化の壁を2つ貫かなければならない。これはけっこう骨だな。しかも、狼も参戦するようだ。

 

「へっ、上等! 10代目に良い土産話が出来そうだ!」

 

 影から影へと移動しているように見える狼には至近距離からの2倍ボム。最終的にオレを狙っていることには変わりないので動きも読みやすい。血の巨人の攻撃はパンチ・ビンタ・のしかかり・引っ掻きと原始的なものしかない。だが、大きくなって質量は大幅に増加、硬化の炎でダイナマイトは効きやしない。

 

 喉笛に食い付いてきた狼を嵐+雨のシールドで叩き付け、そのまま地面に振り下ろす。足を狙ってきた狼の口にダイナマイトをプレゼントして爆破した。後ろから奇襲してきた狼には回し蹴り。吹き飛んだところを嵐+雷の光線で叩き割る。

 懐に忍ばせた瓜に晴の炎を注入してサポートとして暴れさせれば、もはや敵とも言えないほどに脆い。しかし、狼たちが全滅してもジョルジュは鼻で笑うだけであった。

 

「果てろ!」

 

 ロケット・ボムで一箇所を集中させて倒そうとするが爆発はまるで効かない。それどころか、血液の鎧は常に移動しており、その策は前提すらも成り立っていなかった。唯一、ダメージを与えられたのは嵐+雷の光線くらいのものである。それでも、ジョルジュは削れた部分に新たな血液を補充し、傷はみるみる塞がっていった。晴の炎まで運用していると思われる再生力であった。

 

 血液の量自体は60リットルまで。けれど、60リットル程度でこれほどの大きさにならない。なので、霧の幻覚であちこちを繋いでいるのだと思われる。少しずつ削っていけば勝てない相手じゃないが……この巨躯を真正面から受け止めることは出来ない。

 こいつの気が変わって大通りに出ようとしたら事態は最悪だ。ボンゴレの霧の術士たちでも限度というものはある。

 

 ならば。オレは背中から銀色の槍を取り出した。これは単純に振り回すための武器ではない。三節棍の形状になっているのは、携帯しやすさの追求ならびに後述の理由だ。そもそも、オレはこういった長物を振るう訓練などしたことがない。今から始めても骸に勝てるようになるほどに熟達させるのは難しい。だから、これは見た目通りの武器ではなかった。

 

 オレは槍を血の巨人の胸に突き立てる。血液の鎧を一時的に無効化するために雨+晴の光線で硬化の炎を鎮静させ、先端の刃が食い込む。食い込んだところを血液は隆起して修復するが、晴の炎で過剰に回復させられた。槍はオレが支える必要もなく、巨人に突き刺さることになった。

 

「無駄なことを!」

 

「それはどうだろうな!」

 

 槍に巻いてある縄に火を付けた。そして、槍は大きな音を立てて爆ぜた。こいつの名はジャペリン・ボム。三節棍の節となっている部分に火薬が込められているのだ。これは爆発によって起きる膨大な推進力を得て対象を破壊する、刃が付いたダイナマイトに他ならなかった。

 既に突き立っているため、抜けなければならない硬化のガードはひとつで済む。大穴が空いた巨人の腹から、向こうの景色が見える。落日のオレンジ色の陽光が路地裏に差していた。

 

「ぐぅ……がはっ……」

 

 いくら回復が可能だからと言って、それはジョルジュの体力が保っている間に過ぎない。血液の鎧自体はその間、無限に回復し続けるだろう。けれど、体と鎧の間に形成されている硬化のコーティングを砕いて、肉体に大きな傷が出来れば、回復しても意味が無い。霧の力を上手く使えば何とでもなるかもしれないが、こいつにそこまでの腕はないことは戦いの中で把握していた。

 

「うっ、ぐ、がぁぁぁ!?」

 

 隆々とした血の巨人は変わらず立ち続けているが、中にいるジョルジュは大きな悲鳴をあげていた。何のことはない。今のジョルジュは鎧を構成するA型B型O型AB型の血液を自身の体内に注射したに等しい。さらにこの巨躯を維持するためには死ぬ気の炎を巨人に吸い取られ続けているので、彼の体力は保たない。

 

 だが、まだ聞かなければならないことがある。オレは晴+雲で増殖を重ねた連続光線で鎧を剥いでゆく。ジョルジュの体力さえ削ってしまえば、巨人は単なる鈍重な的だ。硬化が切れて、血溜まりの中に彼は沈む。白衣は真っ赤に染まっていた。

 

「言え。誰が裏にいる。てめぇが単独でこの兵器を開発したなんて誰も思っちゃいない」

 

 経歴を調べた限りではジョルジュ・ジョルジッティは優秀なだけでただの医者であった。巧みな体捌き、霧と雷と晴のリング、狼の匣、さらにはそれを活かした巨人化という奥義。誰かが鍛え上げて、誰かが技術をもたらしたに違いない。所業を見る限りでは、この男はいずれ何らかの罪は犯しただろう。だが、ここまでの大ごとになるとは思えない。

 

「言え!」

 

「話せない……。秩序の掟(オーダー)が……俺を縛る……ぐぅ、あ、あ、あ……。ごふっ……」

 

 ジョルジュはそのまま息絶えた。爆槍の威力が高すぎたか。生かしてはおけない相手ではあったが、尋問するだけの時間を本来ならば作らなければならなかった。しばらく実戦から離れていたからとは言え、オレも鈍ったもんだ。それにしても、秩序の掟(オーダー)とは何だ。沈黙の掟のようなものだろうか。

 

「何にしても10代目に報告だな……」

 

 自分だけの領分で処理し切れないのは悪いことじゃない。何でもかんでも背負い過ぎて結果的に倒れてしまうこそ、避けなければいけない事態だ。今回の件はけっこうな大物が絡んでいる可能性があった。10代目を煩わせるだけで死に値するのだが、殺すならば表向きの理由が必要なのも確かだった。ロクな死に方などさせてもらえそうにない、黒幕のことが少しだけ哀れに思える。オレは部下に連絡し、この場を任せる。

 

 あと1日あるのだから、10代目のために甘口ワインを探すとしよう。

 

 

第三章

 

 雨が降っていた。この屋敷には窓が無いため、その光景を窺い知ることは出来ない。盗聴・狙撃・侵入……そういったものへの備えだとはわかっているが、ずいぶんと情緒の無いことだ。屋敷の中には鍛え抜かれた衛兵たちが揃っており、そのセキュリティは折り紙付きである。

 

 中枢に存在する会議室のような部屋に無人の机と椅子が7つ。秘書を連れ立って、私はその中で最も豪華な椅子に座った。当然、秘書は立ったままである。彼とはかれこれ40年の付き合いになる。こういった機微などいちいち口に出すことでもないのだ。

 私は人差し指にリングを嵌めている。微かにオレンジ色の炎が揺らめいていた。秘書に渡された眼鏡をかけると、先ほどまでは無人であった椅子に腰掛けている5名が立体映像のように現れた。彼らは遠隔地点でこの会議に参加するのである。

 

 科学というものがもたらした圧倒的な安全。この場所すら知られていないのだから、彼らが私を殺さんとしても意味が無い。

 静かな優越に浸る私の名はフランク・コストロ。これまでロクに戦闘経験を積む機会の無かったエリートではあるが、求心力という点ではイタリアでも一二を争うだろう。私こそがイタリアの大統領であり、ヴィツィオファミリーのボスに他ならなかった。

 

「5名、ですか」

 

「申し訳ない。霧の術士は調達が難しいのです。ガッツのある少女や才能のある医者のどちらかが育てばいいと思っていたのですが、どちらもボンゴレによって阻まれてしまいました」

 

 スパルタ教官で嵐の守護者、チェーザレがそうため息をつく。彼にばかり負担をかけすぎてしまったかもしれない。彼は小学校の若き校長として多くの者に慕われる人物だ。教え子が殺される悲しさはとても言葉では言い尽くせないだろう。とは言え、彼の学校には既に多額の寄付を済ませている。霧の守護者ひとり、ここに連れて来ることが出来ないようではたかが知れている。

 

「許せん、ボンゴレめ。まるで、イタリアを支配している王かのような振る舞いはあまりにも傲慢でしょう。我らがその古き秩序を破壊し、イタリアの人々を救わなければならない」

 

 ボンゴレに対して熱い復讐心を滾らせているのはマフィアのベネドットだ。彼こそがこのヴィツィオファミリーの技術職。このソーシャルディスタンスの会議方法も彼が考えた。雨の守護者としての力にも期待がかかる。古きマフィアを駆逐するために、マフィアの者を重用せねばならないとは忸怩たる思いだ。技術を伝え切ったあとは、アドリア海に沈めてしまいたい。

 

「仮にも現代人なのだ。直接会わずとも有益な情報ならばスピーディーに運ばれるべきだ。コンピュータを使ったネットワークを活用すれば、いくらでも武器の補充・兵の補充・食糧の補充は効く」

 

 そうやってネットの海を渡る若者はブルーノ。雲の守護者でファミリーの中では一番若い。死炎印でセキリュティが守れると勘違いしている連中に吠え面かかさせてやる、というのが彼の目標であり、行動理念だ。だが、こいつはどうもまともに会話が出来ないらしい。今も私の言葉から生まれた一連の流れを断ち切るような発言をした。もう少しインテリジェンスのある若者をこいつの代わりに選出したいものだ。

 

「捕まった霧の守護者候補たちは今頃尋問されているだろうか。秩序の掟を舌に刻まれ、どうせロクに情報を渡すことも出来やしないだろうが。これを開発したベネドットには感謝してもしきれねーな」

 

 晴の守護者、ミハイルはベネドットの親友なだけはあり、彼のやることなすこと全て肯定する。どうも大きな頭に詰まっているのは空気だけであるらしい。また、ミハイルもしばらく経ったら消えてもらう予定だ。守護者になりたい者は多いだろうし、どいつもこいつも使い潰しの効く駒だ。

 

「今日は定時連絡だけですか?」

 

 と、少なめの言葉で皆の反感を買うのがラウラ。ヴィツィオファミリーの紅一点にして雷の守護者。けれど、作戦が上手く行き始めたらこいつも殺して構わないだろう。取り柄なのは美人であることくらいなので、命乞いをすれば一回限りの愛人にしてやっても構わないのだが。協調こそが新たなる秩序に相応しいため、どちらにせよ、このような態度では生かしておかない。

 

 会議を終え、私は暗い部屋でため息をついた。これでも厳選した方なのだが、無能ばかりで困る。私がどんなに優秀でも下の者がひとり残らずこのような有り様では目も当てられない。あのボンゴレボスもこんな苦労をしているのかもしれない。そう考えれば、溜飲も少しは下がった。

 

 マフィアの法などには縛られない暴力装置の群れと互いに監視し合う構成員たち。秩序の掟(オーダー)を舌に施すことで裏切りは管理出来る。匣を体内に格納するというトチ狂った技術を元に開発したらしいが、施術に失敗すれば死に至るため、実験体すら確保するのが難しい。

 

 だが、それが完成すれば、イタリア中を血管のように悪徳は流れてゆくだろう。絶対に裏切らない強力な兵がいれば、私の天下は揺るがない。例えボンゴレがこの野望に気付こうと、もう遅い。イタリアを支配するのはヴィツィオファミリーなのだ。

 

 秘書に眼鏡を渡して立ち上がる。ふと振り返ると小柄な青年が机の上に座っていた。金髪でティアラのようなものを被っている。ずいぶんと不遜な姿であった。侵入者……なのに何故ここまで冷静なのだろうか。いや、ここに入るためには衛兵がいたはずだった。

 周囲を見渡そうとする私に青年が無情な声をかけた。

 

「悪いけど、みんな殺しちゃった」

 

「何者だ……?」

 

「ヴァリアーって名前くらいは知ってるかよ? ボンゴレファミリー直属の暗殺部隊だ」

 

「馬鹿な、どうしてここに入れた? この屋敷の鍵は私と秘書にしか渡していない。合鍵すら作れない幾重にも渡る鉄壁の防御をどうやって突破したのだ!?」

 

「だって俺、王子だもん。……秘書ってあいつのこと?」

 

 青年が指を差すと秘書が立っていた。いつだって冷静な我が友。友が裏切ったとは到底思えない。私は友に手を伸ばしたが、あっさりと叩かれる。秘書の顔は崩れて消えて、珍妙なカエルの被り物をした若い男性が現れた。こいつは誰だ? そもそも、秘書の名前は何だっただろうか。

 

「ミーと握手したいって気持ちは分かりますが、お触り厳禁! ベルセンパイの趣味が悪いナイフもイタリアには持ち込み禁止」

 

 そこで、ふと気付いてしまった。私に秘書などいない。40年間共に助けてくれた男など、最初から存在すらもしていなかったのだ。ここまで高等な幻術……まさしくヴァリアー・クオリティーか。絶望と屈辱に涙が溢れる。

 すると、腰にまで届く白髪を流した男が影から現れた。音に聞こえし、2代目剣帝……! 東に行っては部下を粗暴な獅子に食わせ、西に行っては雑魚を鮫に齧らせる、最悪の暗殺者。

 

「ゔお゙ぉい! そいつは殺すなよ! 何たってイタリアの大統領さまだからなぁ。ありとあらゆる情報を吐かせたあとは、魚の餌にでもしてやるから、楽しみにしとけぇ」

 

「まだ、まだ! 私には守護者たちがいる」

 

 こういうときに私の盾となるべき者たちがまだいる! 彼らの居場所はまだバレていないはず。命が助かるならば、彼らなどいくら売っても構わない。私の代わりはいないが、守護者は金をチラつかせば穴埋め出来るのだ。だが、両目を隠した青年は舌舐めずりをしながら嗤う。

 

「ししし! ウチの別働隊が動いてるから、もって3分ってところだろうけどね。工作としてはおまえらを乗せたプライベートジェットが墜落炎上し、全員死亡ってとこかな」

 

「馬鹿な……どこからこの場所が漏れたのだ……」

 

「ゔお゙ぉい! 頭の中に何も詰まってねぇーのかぁ!? 死炎印無しで情報のやり取りなんざ、何のセキリュティにもなってねぇーぞぉ!」

 

「雷と嵐が報告上げてきたときから調査始めて、こんな早くに解決できるとは思ってなかったし。単純におまえたちが馬鹿だっただけだろ」

 

「うっ……くそ! ここはローマだぞ!? おまえら、ボンゴレはこの辺りには配置されていなかったはずだ。だからこそ、ヴィツィオファミリーはここまで大きくなれた。なのに……どうして……」

 

「何のためにボンゴレが中央を空けているのか、まだ分かんねーの。おまえみたいなやつらを増長させて、隙を作りやすくするために決まってんじゃん。これでもファミリーのボスなわけ?」

 

「ボンゴレという古き秩序のおかげでイタリアは成り立ってるんだぁ! それを知らねー人間がゴチャゴチャしたって無駄なんだよぉ、雑魚」

 

「終わり……。私の覇道がこんなところで終わるはずが……」

 

「ふふーん、ナイフを100本刺してから始めるロシアンルーレットがしたいし、どうせなら場所を移そう。ついてこい、フラン。おまえからやるんだぞ。俺の番が来なかったら死刑な」

 

「えー。ミーの手が汚れてしまうじゃないですかー。でも、事後処理しなくて良いならその方が楽かもしれませんねー。じゃあ、アホのロン毛隊長、あとはお願いしまーす。あー、ベルセンパイ刺すのはノーです」

 

「ちっ、めんどくせぇ仕事ばかり押し付けやがる。XANXUSがここにいなくて助かったぜぇ。あの馬鹿なら、建物ごと死体を吹き飛ばしかねないからなぁ」

 

 スクアーロは部隊のメンバーに事後処理をさせる。さっさとシャワーを浴びて寝たかったが、仕方がない。それにしても、天下のヴァリアーを顎で使うかとは、あの沢田綱吉にもボスらしい気迫が身に付いて来たらしい。ボンゴレというイタリアを守る古き秩序が、その歴戦の実力を発揮した瞬間だ。

 

 マフィア以上の悪徳など、この世に現れることなど無いだろう。弱肉強食という名の圧倒的な正義が満ち溢れている限り、それらを策謀で陥れようとする弱き悪徳が蔓延るはずもなかった。

 ここに至るまでボンゴレの末端を齧る人間がひとり死んだ。この程度の雑魚の策謀に負ける者など惰弱としか言いようが無いのだが、それを口にしない程度の配慮をスクアーロは持ち合わせている。イタリアに雨が降る。

 全てを洗い流す鎮魂歌(レクイエム)の雨が空に響き渡っていた。




第一章と第二章はそもそも復活杯のために考えていた独立したふたつの短編でしたが、短いなと思い連結させ、ストーリーとしてオチをつけるために第三章を急遽作りました。だから、ヴァリアーパートはおまけです、あしからず。

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