二次元街道迷走中   作:A。

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第二十五話

遠野誠に桐条美鶴から連絡があったのは、7月6日――満月の晩の前日だった。

 

「夜遅くに失礼する。今、時間は大丈夫だろうか?」

 

「あー…はい。別に平気ですけど」

 

「………実は、だな…その…」

 

普段と違う様子だ。本来ならば手早く要件を話している筈だ。歯切れが悪い。それに、物言いもらしくない。戸惑いを見せている様子もどこか違う感じを醸し出していた。

 

「君に頼ってばかりで、すまないと思っている。ただ、どうしても満月の夜に大型のシャドウが現れる可能性を考慮すると、どうしても君達に力になって欲しいんだ」

 

心から申し訳ないという気持ちが滲み出ている。いかに、遠野誠に頼るという事、それ自体が引け目だと声色が告げていた。切々と語る内容も、罪悪と言うものが滲み出ていた。

 

それもその筈。以前、風花より如何に遠野誠という存在に頼り過ぎていたのかというのを痛感させられたのだ。その後、皆で集まり話し合ったものの、現在に至るまで満月に大型シャドウが出現するかもしれないという事への解決案や打開策――虱潰しに街全てを探索して大型シャドウを発見するなどという無謀な作戦以外――はなかった。

 

更に結局、最後には『遠野誠だったら何か知っているかもしれない』という結論に達するのである。最早、幾ら呆れられていようが縋るしかない状況なのだ。

 

一度、必要悪をわざわざ買って出た彼に。落胆すらした彼に。

 

「…………」

「…………」

 

美鶴には沈黙が永遠にも感じられた。返事を待つ間、痛いほどに手を握り締めており、指先が震える。

 

「別に構いませんけど」

「そ、そうか。ありがとう」

 

全身が脱力感に包まれる。遠野はあっさりと頷いてくれた。まるで、こちらがどれ程の気持ちを持ってして願い出たのかを知らないかの様に。しかし、その軽さが今の桐条美鶴にとっては助けになっていた。

 

翌日に寮の作戦室に集合して貰う様に打ち合わせをし、その日は電話を切った。

 

 

◇◆◆◇

 

 

7月7日。深夜、影時間になる一時間以上前に集まったにも関わらず、剣呑な雰囲気が続いていた。岳羽ゆかりと山岸風花の二人が睨み合いをしていたのだ。岳羽は、明確な無視をされた事に反感を覚えての事であり、山岸は遠野誠の名前を呼び捨てにした事を未だに根に持っていたのだった。

 

いつまでも平行線に終わる光景を終わらせたのは有里だった。

 

「二人とも、それくらいにしておいたら。せっかく集まったのに、そんな雰囲気で終始過す気?」

 

明確な指摘にそれ以上ムキになるのは無意味だと分かったらしい。二人はしぶしぶ気持ちを収める。

 

「いやーそれにしても協力してくれて、本当にありがとう。初めましてだね、遠野誠君。幾月修司というんだ。よろしく頼むよ」

 

「あっと…はい」

 

幾月と握手を交わした。視線がその背後に移る。訝しげに眉を寄せ、疑問を口にした。

 

「その犬は、どうしてここに連れて来たんだい?」

 

それは誰しもが疑問を覚えていたのだが、二人が対立した空気を醸し出していたが故に、スルーされていた事実だったりする。我に返った岳羽が思い出して声をあげた。

 

「あっ。そういえば、以前寮の前を通りかかってた。神社のっ」

「名前は確かコロマルだった筈だ」

「そうっす真田先輩。神社の忠犬って有名な犬じゃないっすか」

「ワンワンワン!」

 

コロマルは機嫌が良さそうに吠え、尻尾を振っている。その隣で遠野が告げる。

 

「実は仲間なんです。これでも凄く強いんですよ」

 

ええええええええええ!!

 

周囲に絶叫が響き渡った。本当かどうか疑わしい目で見ている部分もあるだろうが、遠野が言う事だから本当だろうと驚きを持って受け入れられていた。

 

時計の針が進む。丁度12の針の元に重なりを見せると同時に、ルキアのペルソナを使用する。山岸を下腹部のドームの中に包み込んだ。厳戸台の白河通り沿いのビルに反応を見つけ、向かうのだった。

 

到着してからさ迷いつつ階段を上がり3階。法王の間でハイエロファントと――山岸は今回はサポートに完全に回る為、除いた状態での――戦闘になる。

 

が、ここで誰もが呆気にとられる展開が待っていた。

 

―――遠野が一撃で敵を倒してしまったのだ。一撃……小刀を取りだしたかと思うと、瞬く間に駆けて行き縦に一閃。その途端、真っ二つに裂けた。

 

更に知った事かとばかりに過剰に攻撃を続けて行く。破片になり飛び散ったものが仕舞には爆発して消え去るまで手を緩めず、他の追随を決して許さない。オーバーキルだ。

 

コロマルだけが出番を奪われて、不服そうに一鳴きしていた。

 

「えっと、これって…え」

 

何と表現して良いの分からない。瞬きを繰り返す岳羽ゆかりが言葉の続きを求めて有里へと視線を向ける。

 

「成程、レベルを上げて物理で殴るの究極系って訳ね」

 

ゆかりの視線を受け、ハム子は遠野誠の先ほどの技量は相当なレベルを持っているが故の姿という訳で納得したらしい。その横で真田は目を細めて遠野誠を観察していた。

 

「どんな鍛え方をすれば、一太刀で切り捨てられる程の筋力がつくのだろうか……」

 

キャパオーバーした伊織が頭を抱えて叫ぶ。

 

「えっ、何。なになになに。納得してるみたいだけど、何が起っちゃった訳?!」

「落ちつけ、伊織。単純にペルソナを使うまでも無かったという事だろう」

「桐条先輩。んな事言ったって、お、大型シャドウに対してっすか?」

「自分の目で見たんだ。その上で現状を鑑みるにそういう事だ」

「んな無茶苦茶なアアァァ!」

 

そんな中、山岸の労いの声が響く。

 

「お疲れ様でした。お見事です。こちらで待っていますので、帰還して下さい」

「了解……って、あれ。この扉開かないんだけど」

 

遠野が返答をし、扉に手を掛けるも何か強い力で押さえつけられているかの様に開かない。訝しげに周囲の人間を呼び、驚きが未だに抜けきってはいないものの皆が扉前に集まった。部屋にシャドウの反応があると山岸が注意を呼び掛ける。

 

警戒をしつつ、周囲を探る事になった。大きなベット、ソファ、バスルーム、トイレ。どこも不自然な様子は無い。

 

最後に大きな鏡の前に来る。すると岳羽が異常を発見した。が、見つけるや否や、視界がホワイトアウトする。

 

 

◇◆◆◇

 

 

遠野誠は頭がフワフワとした感覚に包まれていた。思考が纏まらない。しかし、部屋の外から物音が耳に入った気がする。ドアがノックされているが、どうでも良い。

 

「やっと見つけた」

 

ベットに腰かけたまま、入って来た人物を見る。赤い髪に白いロリータ服の少女だ。どこかで会った事がある様な気がするが、思い出せない。ここに辿りつくまで数々の部屋を巡ったらしいが何を言われているのか分からない。

 

「影時間に会ったのに全然警戒してない」

 

汝、享楽せよ…脳裏に不思議な言葉が響く。

汝、真に求むるは快楽なり。

 

近づかれ、まじまじと顔を覗かれるも何も考えられない。

 

「自然体……ん、今日は挨拶。また来る」

 

そのまま少女は去っていた様子だ。ドアが閉まる。

 

汝、享楽せよ…脳裏に不思議な言葉が響く。

汝、真に求むるは快楽なり。

 

……何も、分からない。

 

遠野誠が我に返った時は、時間がかなり経過した後だった。どうやら、ベットに座りぼーっとしていたようだ。何かあった様な気がするが思い出せない。

 

というか皆とは逸れていると一人だと急に心細く感じてしまう。流石に放って帰る事なんてしないと思うが、心配だ。入口なら誰か残っているかもしれないと判断し一階へ向かう。

 

入り口で待っていると、コロマルが匂いを嗅ぎつけて来たのか此方へと向かってくるのが見えた。遠野がほっとする顔をすると、すかさず元気づける様に一吠え。

 

すると他の皆も、丁度此方に向かって来たようだった。

 

「おー師匠発見! 見てほしかったなー俺っちの活躍っぷりも」

「わざわざ、戦闘を任せてくれたんですよね。無事勝ってきました」

「有里の言うとおりだ。任された分の責任は果たして来たからな!」

「何はともあれ皆、御苦労だった。今日はこれで帰るとしよう」

 

遠野は結局最後、訳のわからないまま帰路につくこととなったのだった。

 

 

 


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