勉強会は無事再結成され、なんだかんだ順調に回っているようだった。
なぜこんなに他人事のような口調をしているのかというと、私が平田くんの勉強会に参加した日に彼らは彼らのみでうまく話を進め、私はその詳細を知らないからである。
そこまでに至るまでの経緯は昨日清隆くんに聞かせてもらったが、私の預かり知らぬところで進んだ話であるのに違いはないため、やはり他人事のように感じてしまう。
私自身前の方の席であるし、後ろを振り向いて赤点組の以前とは打って変わった真面目な様子を見ることができないのも理由の一つだろう。
4月とは比べようがない先生の声と教科書のページを捲る音、シャーペンを動かす音だけが響く静かな教室で、机に肘をついてぼーっと黒板を見る。
一度あくびを噛み殺し、握ったシャーペンで黒板の文字を書き写すだけの作業に戻った。
昼のチャイムが鳴ると同時に、池たちが一目散に食堂へと駆けて行った。あまりの足の速さに少しだけ唖然として、池たちが消えていった教室のドアを見てしまう。本当にやる気があるんだな……。
私も昼食を終えたら、図書館に行かなければならない。朝から堀北さんにこってり絞られたからだ。今回は逃すつもりはないらしい。
別に逃げんて。平田くんの勉強会にはまた参加するけど。
今日はお弁当を作ってきていないため、清隆くんと一緒にコンビニ飯にするつもりだ。ついでに今日はカップ麺を食べる予定で来ている。余談だが、カップ麺を定期的に買って食べるのは私たちの間では通例だったりする。
一度二人で好奇心に赴かれるままカップ麺を買って家で食べたのだが、一口食べて感動し合ったのは記憶に新しい。私はかろうじて前世の記憶からカップ麺の感じはわかっているつもりだったのだが、やはりそれも遠い過去であることに違いはない。
色のない健康的な食事をずっと続けていたため、久しぶりのジャンクなフードにはとても感動した。感動しすぎてちょっと目が潤んだまである。
私でこのレベルの感動なのに、清隆くんなんか正真正銘生まれて初めてなので、同じ感動でも私とは比べ物にならなかっただろう。終始目をキラキラさせていたし、頰はほんのり上気していたと思う。
カップ麺の思い出を振り返りつつ、現実では振り向いて清隆くんの姿を探す。ちょうど櫛田さんに絡まれているのが見えて、さてあの二人は何を話しているんだろうと首を傾げた。
手を胸の前で合わせて何やらお願いしているらしい櫛田さんに、清隆くんが首を振っている。それでも折れずにお願いしているらしい櫛田さんをじっと見下ろし、観念したように一度ため息をついて、渋々了承したようだった。
話が終わったのか、二人が私の元にやってくる。こうやって面を合わせて顔を見たら、清隆くんが若干不機嫌になってるのがわかってしまい笑う。
櫛田さんが今度は私に向かって胸の前で手を合わせた。
「ごめんね、水元さんっ! 今日は私、綾小路くんとお昼一緒にしていいかな? 少し相談したいことがあるの」
「あ〜なるほど……私のことはお気になさらず! いってらっしゃい二人とも」
「葵……」
「本当にごめんね、水元さん。ありがとう! 今日だけだから安心してね!」
櫛田さんは眉を下げて申し訳なさそうにしながらも、私の返事にホッと息を吐いて嬉しそうに笑う。私が無造作に体の横に垂らしていた両手を取り、きゅっと握ってきた。
握られた手から伝わる女の子らしい柔らかい手の感触に、同じ女子なのにドギマギしてしまう。櫛田さんは魅惑の女の子です。
清隆くんはといえばあっさり了承した私を半目になって少し睨んでいた。垂れ目ってだけで半目になられても睨まれても怖くなくなるのってお得だと思うの。
「でも、昼、葵はどうするつもりなんだ? 一緒に───」
起死回生の一手、諦めずにどうにか私を巻き込もうとしている。それを察し、清隆くんが言い切る前に私は周囲を見渡した。
ちょうど教室を出て行こうとしている堀北さんを見つけ、「お〜い」と気持ち大きめに声をかける。
「堀北さん、待って! 私も一緒に行く!」
堀北さんが声をかけてきた私を一瞥し、返事もせずに歩き出した。教室を出て行く直前だったからかろうじて見えていた背中も、足を止めないから当然ドアの向こうに消えていく。
これは完全に見えなくなる前に追いかけなくては。私を捕まえてごらんなさい、という彼女なりのサインなのだろう。はははこいつ〜。
そういうわけだから、と改めて目の前にいる二人に視線を向けた。
「私は堀北さんと一緒に昼ごはん食べるから、気にしなくていいよ! 清隆くん!」
良い笑顔を向ければ清隆くんからは一層白んだ目を向けられた。
私は清隆くんには大いに青春を満喫してほしいのだ。ずっと私といても青春の幅が小さくなってしまうだけで、機会があるなら遠慮しないでどんどん大海に飛び出して行ってほしいと思う。
これからカフェに行くらしい二人と別れ、堀北さんを追って教室を出る。どうせコンビニだろと思って行くと本当にいた。同伴するのが清隆くんならカップ麺を買ったのだが、今日は彼が隣にいないためパンを買う。
カップ麺はこう、同じ感動を一緒に味わいたくて買っているのだ。もちろん単純に好きなのもあるけど、清隆くんと食べることでより一層美味しく感じるというか……目を合わせてお互い感動しているのをわかり合いたい。この気持ちが強い。
同じくパンを買っている堀北さんに並んで、一緒に教室に戻る。そして私は清隆くんの席に座って並んで食べた。
うん、一緒に昼ごはん食べているな。一言も会話してないけど。別に泣いてなんかいない。
昼ごはんを食べ終えれば、堀北さんと一緒に図書館へと向かう。今回はちゃんと“一緒に”だ。
なんと堀北さん、私が食べ終えるのを待ってくれていた。感動して目を輝かせたのは言うまでもない。
これがツンデレのデレの部分……! クセになりそう。
とか思っていたら絶対零度の目を向けられ、「その視線、不愉快だわ。何を考えているのかしら?」と私の感動は一刀両断された。でもこれがツンデレのツンの部分……! クセになりそう。
めげないしょげない私に堀北さんはそれ以上何か言うのを諦めたらしい。ため息を吐いて、図書館に向かい始める。その後を慌てて追って、隣に並んで歩き始めた。
楽しいなぁ、と柔らかく目を細めた。
§
約束の時間から、1分ほど遅れて櫛田さんと清隆くんは図書館にやってきた。
先に赤点組と並んでノートを開いてスタンバイしていた私の隣に、当然の顔をして清隆くんが座る。
池が清隆くんに櫛田さんと一緒にやってきた理由を問いただそうとしたのか、一瞬出鼻を挫かれた顔をしたものの、改めて訝しげに声をかけた。
「まさか二人で飯食ってたんじゃないだろうなぁ?」
「うんそうだよ。二人でランチしてたの。もちろん水元さん公認だよっ!」
「く、櫛田ちゃん……」
池の質問に櫛田さんが答える。別に最後のは言わなくてよくない?
池が私を見て、渋々頷いた。
「まあ、水元ちゃん公認なら……」
なぜそれで出しかけていた矛を収められるのかわからないぞ、池。
ちなみにいつのまにか水元ちゃんと呼ばれるようになっていたのだが、あだ名くらいなんと呼ばれても気にしないので好きにさせている。堀北さんも堀北ちゃんって呼ばれてるし。
私も機会があったら堀北ちゃんって呼んでみようかな。……たぶん今よりもっと冷めた目を向けられるな……。
切ない現実に涙を呑んでいる間、あれこれみんなが話している間にぼちぼちと勉強会が始まった。
「私から皆に問題ね。帰納法を考えた人物の名前は、なんでしょーか?」
「えーっと……さっきの授業で習った奴だよな? 確か……」
うーんと頭を捻りながら、池が指先でシャーペンを回している。
「あぁアレだ。アレ。すげぇ腹の減る名前だった気がすんだよな」
「フランシスコ・ザビエル! ……っぽいヤツ、だろ?」
惜しい須藤。
「思い出した。フランシス・ベーコンだ!」
「正解っ」
「うっし! これで満点確実だな!」
「いや、全然だろ……」
清隆くんって何気にツッコミ属性あるの面白いよね。3バカが集まるとツッコミに回る清隆くん、見ていると面白いから好きだったりする。
基本的に清隆くんはツッコミ属性だから、ボケる私にもよくツッコミしてるけど、第三者の視点で彼のツッコミを聞くことができるのは新鮮で面白い。
それと基本的にツッコミ属性だから、ボケたときはさらに面白い。つまりどっちも好きということだ。
多少の紆余曲折はありつつも3バカは協力し合って(?)櫛田さんの質問に正解することができ、素直に喜んでいるようだった。
櫛田さんも喜ぶ3バカたちを見て嬉しそうにしている。
「皆、体調だけは崩さないようにしてね。勉強する時間も減っちゃう」
「大丈夫よ。この3人なら」
「さすが堀北ちゃん。俺たちのことを信用してくれてる感じ!?」
堀北さんの皮肉の鋭利さ本当すごいと思う。もうプロの域じゃん。そしてそれに気づかない3バカは幸せそうでなによりです。ずっと気づかないままでいて。
わいわい騒がしくも勉強している私たちに、唐突に乱暴な声がかかった。
「おい、ちょっとは静かにしろよ。ぎゃーぎゃーうるせぇな」
注意をしてきたのは隣で勉強していた生徒の一人だ。静かにするべき図書館で私たちが騒がしくしていたのは事実なので、その注意は正当なものだ。
池がパッと顔を上げて、へらっとした笑みを浮かべながら軽い謝罪を口にする。
「悪い悪い。ちょっと騒ぎ過ぎた。問題が解けて嬉しくってさ~。帰納法を考えた人物はフランシス・ベーコンだぜ? 覚えておいて損はないからな〜」
「あ? ……お前ら、ひょっとしてDクラスの生徒か?」
池の言葉を無視し、一斉に顔を上げた隣の男子たちが向けてきたのは明らかな侮蔑、挑発を宿した視線だった。その視線はとても良いものではなかったが、眉を顰める程度に収め、みんな特に大きな反応はしない。
しかしそこはやはり期待を裏切らない須藤である。隣の失礼な男子たちの様子が癪に障ったのか、苦々しく顔を歪めて鋭い眼光で睨みつけた。
「なんだお前ら。俺たちがDクラスだから何だってんだよ。文句あんのか?」
「いやいや、別に文句はねえよ。俺はCクラスの山脇だ。よろしくな」
今度こそ隠す気皆無でニヤニヤと笑いながら、山脇と名乗る男子が私たちを見回す。
「ただなんつーか、この学校が実力でクラス分けしててくれてよかったぜ。お前らみたいな底辺と一緒に勉強させられたらたまんねーからなぁ」
「なんだと!」
いや判断が早い。
須藤の瞬時に立ち上がる俊敏さには感心するが、キレるの早すぎて毎回びっくりしてしまう。綺麗な須藤はどこに落ちてるんでしょうか。
思わずビクッとなった私を、清隆くんが宥めるように手を重ねてくれる。
「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイント査定に響くか。おっと、お前らは失くすポイントもないんだっけか。てことは、退学になるかもなぁ?」
「上等だ、かかって来いよ!」
これではわいわい勉強会をしていた時よりも騒がしくなっている。須藤が吠えるたびに嫌でも視線が集まってくるから、余計に状況は悪化していると言えるかもしれない。
確かに、このまま事態がひどくなれば教師の耳に入ることもあるだろう。
戦々恐々としている周囲を気にせず、ここで堀北さんが冷静に声をあげた。
「彼の言う通りよ。ここで騒ぎを起こせば、どうなるか分からない。最悪退学させられることだって、あると思った方がいいわ」
そこで終われば完璧だったのに、しかしそこはやはり期待を裏切らない堀北さんである。
「それから私たちのことを悪く言うのは構わないけれど、あなたもCクラスでしょう? 正直自慢できるようなクラスではないわね」
煽り耐性が、煽り耐性がすごぉい、堀北さん。う〜ん堀北さんはこうじゃなくっちゃ!
山脇が堀北さんの言葉を聞きピクリと眉を反応させた。
「C~Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどなぁ」
「随分と不便な物差しを使っているのね。私から見ればAクラス以外は団子状態よ」
ついに山脇からへらへらとした笑みが消える。堀北さんを睨みつけ、低い声で唸るように言う。
「1ポイントも持ってない不良品の分際で、生意気言うじゃねえか。顔が可愛いからって何でも許されると思うなよ?」
「脈絡もない話をありがとう。私は今まで自分の容姿を気に掛けたことはなかったけれど、あなたに褒められたことで不愉快に感じたわ」
「っ!」
そして続くこのセリフの切れ味よ。堀北さんカッコ良すぎないか?
思わず尊敬の目を寄せてしまう。たぶんキラキラ輝いていたと思う。
私は感動していたのだが、言われた山脇の立場としてはたまったものではなかっただろう。派手に机を叩き、乱暴に席から立ち上がった。
一触即発な空気は「お、おい。よせって。俺たちから仕掛けたなんて広まったらやばいぞ」 という山脇と同じクラスの生徒らしき人物によって宥められた。
その声かけに少し冷静さを取り戻したのか、山脇が息を落ち着かせ、また何か余計なことを言ってくる。
「今度のテスト、赤点を取ったら退学って話は知ってるだろ? お前らから何人退学者が出るか楽しみだぜ」
「残念だけど、Dクラスからは退学者は出ないわ。それに、私たちの心配をする前に自分たちのクラスを心配したらどうかしら。驕っていると足をすくわれるわよ」
「く、くくっ。足をすくわれる? 冗談はよせよ」
「俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃねえ。より良い点数を取るために勉強してんだよ。お前らと一緒にするな。大体、お前ら、フランシス・ベーコンだとか言って喜んでるが、正気か? テスト範囲外のところを勉強して何になる?」
「え?」
「もしかしてテスト範囲もろくに分かってないのか? これだから不良品はよぉ」
「いい加減にしろよ、コラ」
おっとついに須藤選手山脇の胸倉を掴み上げました! 詰みまで秒読みである。
「お、おいおい、暴力振るう気か? マイナス食らうぞ? いいのか?」
「減るポイントなんて持ってねーんだよ!」
あわやというかついにというか、須藤がCクラスの人に向かって握った拳を振り上げた。直前までぽけーっとしていた清隆くんが椅子を引く。
かく言う私は未だじっとしている。じっと、待っている。
───そして、唐突に凛と響いた声は。
「はい、ストップストップ!」
…………いや……このためだけに図書館来た甲斐あったわ………。
もはや放心気味になりながら、須藤とCクラスの人の間に割って入る形で颯爽と登場したストロベリーブロンドの美女───
私が再び相まみえることを切々と願い続けていた一之瀬さんに、うっとりと見惚れる。
は〜〜可愛い……うそ……こんなに可愛い人いる……?
「部外者? この図書館を利用させてもらってる生徒の一人として、騒ぎを見過ごすわけにはいかないの。もし、どうしても暴力沙汰を起こしたいなら、外でやってもらえる?」
いやほんっっと可愛いマジで。近くで見れば見るほどヤバい。綺麗。可愛い。
「それから君たちも、挑発が過ぎるんじゃないかな? これ以上続けるなら、学校側にこのことを報告しなきゃいけないけど、それでもいいのかな?」
口調も最高。可愛い。『〜かな?』って何? こんなに「〜かな」口調が似合う人いる?
「君たちもここで勉強を続けるなら、大人しくやろうね。以上っ」
立ち去る姿は大輪の薔薇……。気のせいか薔薇の香りがする気がする。
一之瀬さんは薔薇ってタイプじゃないけど、そのくらいの感情の昂りを私が感じているということを誰かわかってほしい。
この間……というかもう一之瀬さん登場時から一之瀬さんの声しか耳に入れてなかったのだが、膝の上に置いていた手をふとギュッと握られたことでトリップしていた意識がようやく戻ってくる。
隣を見れば私に顔を向けている清隆くんがいる。
……いや、もっと正確に言えば清隆くんしかいない。堀北さんも櫛田さんも、池たち赤点組も含めていつのまにか全員いなくなっている。
状況が読めず周囲にはてなマークを飛ばしまくっている私に、清隆くんが言う。
「オレたち以外は職員室にテスト範囲について聞きに行ったぞ」
「え……マジで?」
「マジで」
コクリと頷かれる。どうやら本当のことのようらしい。
状況はわかったが、さらに疑問が浮かんできて頭をもたげる。困惑して眉をひそめながら、隣の清隆くんを見上げた。
「えっと、清隆くんはついて行かなくてよかったの……?」
「葵を置いていくわけないだろ」
「いや起こしてよ。いや寝てないんだけどね」
「わかってる」
清隆くんがこっちを見ている。うーんと唇を引き結んだ。
顔を上げて図書館に設置されている時計を確認する。昼休みが終わるまで……あと残り10分、か。
繋いだ手はそのままに、「もう少しだけここでのんびりして、予鈴がなったら教室に戻ろうか」と提案する。清隆くんが嬉しそうに目尻を緩めて首肯した。
束の間ではあるが、お互いに寄り添い合いながらゆっくりとした時間を過ごした。
§
「明日、テストの過去問をもらうために食堂に行こうと思う」
「りょうかーい」
清隆くん特製チャーハンに舌鼓を打ちつつ、二人で会話をする。お互いチャーハンを作る腕を上げたようだ。健闘を称え合うように頷き合ったのがついさっきのことである。
スプーンでチャーハンを掬って、口の中に入れる。のんびり咀嚼して飲み込み、一度口の中を空にすると、「やっぱりポイント払わないと過去問もらえないよねぇ」とぼやいた。
「まあ、そうだろうな。一万五千ポイントは最低取られるだろう」
「交渉次第でもっと下げられたりは?」
「交渉した上での最低額がこの辺り、だな」
ふうん、と相槌を打つ。頭が目まぐるしく回るが、妙案は思い浮かばない。
ポイントは使わないで済むならとことん使わずにいたいところだ。基本的に買うものが一緒なので清隆くんと私との間にポイント差はほぼないが、今回交渉することによって彼だけポイントが減ってしまう。
後で補充として私からポイントを譲渡するが、できるだけ少ない額で抑えられるならお互いに万々歳なことに変わりはないだろう。
自分の体を見下ろす。口を開いた。
「私も一緒に交渉しようか」
「葵が?」
「うん」
ミュージカル女優のような気分で大袈裟な挙動を取り、自己紹介するみたいに胸にパッと開いた片手を当ててみせた。
意味ありげに上目遣いをして清隆くんをチラと見やる。
「───色仕掛けでもする?」
「…………お前だけは絶対に連れて行かない」
「なんで〜〜!?」
使えるものは使わないと損じゃない!? 騒ぎ立てる私に再度、清隆くんが言葉を区切って強調しながら言ってくる。
「絶対、連れて行かない」
「……そんな拒絶しなくても……」
「連れて行かない」
見事な一点張りだ。譲ってくれる気が一ミリもないのはわかったので、若干拗ねつつも「はいはいわかりました〜」と素直に返事をした。
こんなに素直に受け入れたのも、もともと色仕掛けに効果が薄いことはわかっているからだ。
「実際私がするよりも櫛田さんとか堀北さ……一之瀬さんとかがする方がより確実に効果あるよね」
「…………葵。少し話し合いたいことがある」
「なんで急に怒ってるの?」
突拍子なさすぎて私ついていけないよ。
───チャーハンを食べ終えたその後。
向かい合って正座しながら懇々と色仕掛けをするメリットデメリット、また学校生活で起こる問題等それはもう滔々と語られ、二度とこういう話を清隆くんにはしないことに決めた。反省した。
そしてその翌日本当に食堂に連れて行ってくれなくて、私は櫛田さんに後を追われながら教室を出て行った清隆くんをただ見送ることとなった。
ちなみに教室を出て行く直前に念を入れるようにこっちを見てきたので、調子良くサムズアップしておいた。大丈夫、二度と色仕掛けなんて言葉口にしないよ!
一人になってすぐコンビニでおにぎりを三個買うと、さっさと食べ終えて校内散策に出る。
私の聖地巡りに余念はないのだ。日進月歩の心意気である。