アタッカーウィッチーズ:Pokryshkin's Report of 301JGAS   作:下竹くみん

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Report.2 アンジェリーカ『ジェーリャ』・イェゴロフ(後)

一九四五年三月一日 オラーシャ帝国 チェルスカヤ~クレチェヴィツィ間上空三〇〇メートル 一二三〇

 

 砲撃で連日、何度となく掘り返され、黒い泥があらわとなっている春先の戦場。ここ、チェルスカヤはプスコフを包囲するオラーシャ軍・カールスラント軍にとっての最重要拠点であり、もしここで突破されていたなら戦況は大幅な後退を余儀なくされていただろう。無事街道を制圧した歩兵たちは、道路や路肩の泥濘のそこここに散らばり、まさに『救いの女神』ともいえる地上攻撃ウィッチ二人を祝福する。あるものは手を振り、旗を振り、銃を掲げる。その軍服もあるものは土色で、あるものは灰緑色で、またあるものは――黒い。近付いてみればそれが、オラーシャ陸軍の精鋭部隊である打撃師団の軍服であるとわかるだろう。

 サーシャは地上の歩兵たちに向かって、手を振り返す。ストライカーも、装備も初めてにもかかわらず、無事に任務を成功させた安堵感と満足感が心の中を満たす。こんな無茶な任務がこれまでにあっただろうか、とは思うのだが、終わってしまえば軍人としての彼女にとって、とても有意義な経験になった。また、ジェーリャたち地上攻撃ウィッチというものを理解するための、一番いい方法であったのかもしれない。

 ただ一つ、気がかりなことがあった。隣のジェーリャが、その濃灰色の目もうつろに、地上のあちらを眺めたり、こちらを見つめたりしていたことだ。

 

「何か、探していたんですか?」

 チェルスカヤを離れる頃、サーシャはジェーリャに、そっと尋ねた。

「いや、ちょっとしたことなんだが」

「本当にちょっとしたことなんですか? それにしてはずいぶん、ぼんやりとした顔をしていましたよ……もしかして、大事な誰かとか」

「大事な誰か……」

 ジェーリャは問いかけをおうむ返しにし、そしてひと呼吸の間をおいた。

「父を探していたんだ。もしかして、将校としてあの部隊に居たんじゃないかと」

「お父さんも将校なんですね! 戦争前から軍人だったとか?」

「違う!」

 ジェーリャはつい、大声を上げてサーシャを睨みつけてしまっていた。彼女が少し驚いたのが、表情の変化から彼女にも分かり、急に申し訳無さが襲う。目線をそらし、小声で謝罪するのが、せいぜいだった。

「私の父、ミハイル・イェゴロフは……もともと代議士だったんだ。しかも左派政党の」

 伏し目がちに、彼女はつぶやいた。

 

「左派政党……政治のことはよくわからなくて、すみません。どういった政党なんですか」

「エスエル党*1っていう……わかりやすく言えば政府に反対する側の政党だ。しかも二〇年くらい前にようやく合法になったばかりとか、そんな集団だな。私の父もそこに所属していて、国会で政府や皇帝(ツァーリ)を非難したり、あとそれからデモ行進なんかもやったらしい。私も小さい頃、デモに連れられた事がある。言っていることもやっていることも、何が何だか分からなかったが、ただ帰りに食べたアイスクリームが美味しかったことだけは覚えてるな」

 ジェーリャははにかむような笑いを見せた。申し訳無さは、すっかり消えていったらしい。

「でも、ジェーリャさんはウィッチになったんですね」

 気が付けば、サーシャの呼び方も少し変わっていた。

「ああ。魔力は女を選ばないらしいからな。だから私もウィッチ養成学校に入らされた。その頃には父の政治的立場も、思想も分かっていたし――父のマネをして評判の悪い教官を解任する運動をやったりしたな。もちろん、結果は重営倉だったが。だが戦争が始まると変わった。皆、祖国のために協力しようとなって、父の盟友だったサヴィンコフ氏も政府入りした」

「サヴィンコフ氏って……まさか、ボリス・サヴィンコフ*2戦争大臣ですか?」

「そうだ、サヴィンコフ氏と父とは党の非合法時代からの盟友だ。よく家を尋ねてきて、お茶を出したりしたな……よく『将来はお前が女性党首になればいい』なんて言われたものだ。しかし、それもなくなったし、父も打撃師団に志願して、将校として前線に出た。あんなに、政府のことを嫌っていたのに」

 サーシャは彼女の話に耳を傾けながら、その出過ぎたところもなくすらりとした、だが『実用的な』筋肉はしっかりと付いており、Il-2ストライカー同様に流れるような女性的曲線が特徴的な体を覆う黒いルバーシカに目をやった。

「私はなんで父が急に、志願してまで戦おうとしたのかがわからなかった。だからせめて父と同じ軍服を着ていれば、その気持ちが分かるんじゃないかって……答えはまとまってきているような気がするけれど、正しいのかどうかがわからなくて。いつか、この前線で父と会ったら、答え合わせをしようと思う」

「だからですね、ジェーリャさんが打撃師団の軍服を着ているのは。ちなみに、その答えって――」

「ジェーリャ、聞こえるかしら? こちらリトーチュカよ。あなたも、それから、お客さん――ポクルイーシキン大尉も、無事?」

 

 サーシャの問いは、アタッカーウィッチーズの上空前線航空統制官である、マルガリータ・イヴァノーヴナ・ドーリン少佐の無線で遮られた。ジェーリャはそれを受け、少し目を見開いて黙り込んだあと、凛とした声で答える。

「こちらジェーリャ、無事だ、二人とも。損害もない。リトーチュカはもう帰投しているのか」

「ええ、ついさっき戻ったばかりよ。無事で何より! だけど、お客さんに爆装させて任務に参加させるのは、よろしくないわ。貴方の足中には、本当に真がないのね*3

「……すまない」 

 彼女は、苦笑しながら頭の上方から生えたツンドラオオカミの耳を少し掻いた。そして、サーシャの方へと細面を向け『君も喋っていいぞ』とばかりに、ウィンクした。

「はじめまして! 五〇二統合戦闘航空団のアレクサンドラ・イヴァノーヴナ・ポクルイーシキンです! 一ヶ月間よろしくおねがいします」

「こちらこそよろしく、ポクルイーシキン大尉。クレチェヴィツィで会えるのが楽しみだわ」

 柔和な人柄を感じさせる、穏やかでおっとりとした声がインカムから響いた。

 

 サーシャはジェーリャのあとを追ってクレチェヴィツィに向かいながら、一体ジェーリャのいう『答え』とはなにか、とずっと考えていた。しかし、実際のところ、それは彼女が胸の中に、父親と再会するまでずっと胸に秘めていてもいいのかもしれない。

 そして過去について話していて気が付いたのは、サーシャ自身、自分の生まれた国の、つい最近の歴史や地理にすら疎いということだった。これから先、このアタッカーウィッチーズにいる、多彩な隊員たちと会っていく中で、さらにいろいろな個々の過去であったり、戦う理由を知ることになるだろう。その一つ一つを理解するためにはもっと色々なことを知らなければ。そのことが、きっと五〇二に帰ったときに、役に立つかもしれない。

 

 Il-2が起こす風が、モミやシラカバの木立を優しく揺らす。西オラーシャにどこまでも広がる大気が、これから先も勇壮な地上攻撃ストライカーの飛行を、記憶や回想とときに熱く、ときに切ない想いにつながるものへと変えていくのだろう。

*1
社会革命党とも。一九世紀後半のナロードニキ(人民主義)運動に端を発する社会主義政党。史実では帝政末期にテロリズムで専制打倒を目指す非合法政党として現れ、一九一七年の二月革命では臨時政府に加わるものの、十月革命でボルシェヴィキによって権力の座から追われ、その後のロシア内戦の中で消滅していった。

*2
エスエル党の革命家、政治家であり作家、詩人。史実では帝政時代にエスエル党のテロ組織『社会革命党戦闘団』を率い、臨時政府では陸軍次官を務めた。一九二五年、ボリシェヴィキにより処刑。この世界ではエスエル党党首を一九三七年から務め、ネウロイ大戦勃発に伴い戦争大臣として挙国一致内閣入りしている。

*3
オラーシャの『立っていないで座ったらどうですか』との意味の言い回しを踏まえた言い方。

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