幸せになれないウマ娘   作:森森ノ森

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と言う訳で、終わりです。最後まで見て頂き、あいざいました。


0に戻った立ち位置

「車椅子、自分で動かせるので動かすのを止めてくれませんか?」

「まあまあ、別に良いだろ? 誰かに動かして貰った方が、お前も幾分移動するには楽になるんだから」

 

 覆われた前髪の隙間から非難気な眼差しを向けるが、押し手である沖野は素知らぬ顔で車いすを動かし続けた。

 結局ストロングブラッドは突如として容態が急変したのだが、原因は分からずじまい。ただ一つ言える事は、今現在は異常は見られない。

 

 おおよそ健康的と言う訳だ。

 しかし、その後遺症なのか足がまともに機能しない。その為、病院に備わる車椅子を用いて、院内を散歩している。

 アレからと言うモノ、スピカの面々は面会に来る様になっていた。当然、ストロングブラッドとしては馴れ合うつもりは無い。

 

 よって、断りを入れていた。

 しかし沖野は諦めが悪い性格だったらしく、様々な方法を使ってストロングブラッドに会おうとして来た。

 木に登って、直接話をしてこようとした時は、普通に驚いてしまった。もしも、このまま謝絶を続けていれば、面倒な事になる。

 

 予言めいた確信をしてしまったので、不本意ではあるモノの、沖野の面会を許した。そして、この結果。

 ――やっぱり謝絶にしておけば良かっただろうか?

 選択肢を見誤った事実に、若干の後悔を抱くモノの、今更時を巻き戻せる訳も無い。今ではこうして、車椅子を押す役割を果たしている。

 

 本人としては実に屈辱的だ。

 実際、何度か反抗してみたモノの、全てが不発に終わっており、如何にかするのは半ば諦めてしまった。

 が、為すがままも癪に障るので、こうして何度か抗議の声を挙げている。もっとも、余り効果は無く、虚しくも儚い反抗。

 

 ハァッ、と憂鬱気に溜息を吐く。

 場所は外に出られない患者の為に建設された、中庭。多種多様な草木花が植えられており、小規模ながらのジョギングスペース。

 柵越しに覗く景色も絶景で、まさしく憩いの場と言えるだろう。

 

 ストロングブラッドも、件の中庭を回っている訳だが――これと言った感想は無い。当然と言えば当然で、幾度となく通っているのだから仕方が無い。

 あ――なんか、見飽きたな――。

 と、内心思っている。

 

 出来れば外に出たいのだが、未だに外に出る許しは出ていない。なにせ、原因不明の容体悪化に加えて、足の機能が停止するという副作用。

 病院側としては、万が一再発した時の危険性も鑑みての判断。仕方が無いと言えば、仕方が無いのだが、やっぱり同じ場所に留まるのは気が滅入る。

 

「ま、原因は大方想像が付くのですが……」

 

 そう、ストロングブラッド自身は、原因を知っている。ストロングブラッドが持つ『超集中』以外にも、才能が有った。

――『健康的な身体』。

 読んで字のごとく、どんなに不規則な生活を送っていたとしても、健康的な肉体を保つという才能。

 

 仮にどんな傷を負ったとしても、数分で治ってしまうし、カビの生えた残飯を食べたとしても、身体に変化は及ばない。

 とても便利な才能で、忌々しい才能。

 恐らくは機能していなかったのだ。『健康的な身体』が。しかし、何故機能しなかったのかは分からない。

 

「あの時死ななかったのは運が良かったのか、はたまた悪かったのか」

 

 この才能の性質状、自身が迎える終わりは寿命を全うしての「死」以外は有り得ない。そう考えれば、今死ねなかった事を惜しんでも良いのかもしれない。

 

「ま、死にたくないと思ったから、今もこうして生きている訳ですけど」

 

 周囲の景色を見ていると、沖野が目に入る。

 相も変わらず独特な髪型に、口に咥えた棒付きキャンディーが目に付く。顔つきこそ、中々のイケメンなのだから、ウマ娘の脚を触るなどと言った変態的な嗜好さえ持っていなければ、さぞかしモテた筈だ。

 沖野の顔をずーっと見ていて、思い出す。

 

「? どうした、急に俺の顔を見て」

「そう言えば、退部届ってまだ持っていますよね?」

「え?」

 

 今までの話の流れをぶった切る発言。しかし、沖野はその『退部届』に疑問を示す訳でも無く、ビクリと身体を震わせて返答を返す。

 ああ、やっぱりなのか。

 本人は隠しているつもりなのかもしれないが、その反応を見れば自ずと答えは分かる。そして、あの時面会してきた意味も。

 

 沖野は色々と変な部分垣間見えるが、律義な男。流石に自チームでは無い、ウマ娘など面会には来ない筈。

 だからこそ、恐らく沖野が持っているであろう退部届。

 ストロングブラッドは確かに退部届を出すには出したが、別段出した瞬間、チーム脱退扱いはされない。

 

 トレーナーが受け取り、ソレを受理して、初めて脱退が成立する。つまり、沖野は依然として持っているのだ。

 退部届を。

 一体何をするのか予想が付かないせいで、やたらと出し渋られたモノの、無事にストロングブラッドの手元に退部届は戻った。

 

 退部届を二つ折りにした後、そのまま直線状に引き裂く。びりびり、と破れる音と共に退部届は原型を失っていく。

 何度も、何度も、何度も破いた結果、幾つモノ紙吹雪が出来上がる。掌に載せられたソレら風に運ばれ、何処かに飛ばされた。

 軽く不法投棄をしているのだが、そこは見なかった事に。

 

「お前……一体、何を?」

「何をって、見たら分かると思いますが……」

 

 沖野はストロングブラッドの行動から、意図を察してくれなかった。若干バツの悪そうにしながらも、言葉にする。

 少々たどたどしく、口にするのは恥ずかしいらしい。

 

「止めるんですよ!」

「辞めるって? やっぱり、スピカをか?」

「だぁ、かぁ、ら! そうじゃ無いですよ! スピカを辞めるって言うのを、ついさっき、今しがた止めたんですよ!」

 

 察しの悪い沖野に、若干苛立つ。が、苛立つだけでなく、頬も若干朱色に染まっており、改めて言うのが恥ずかしいだけなのかもしれない。

 少し視線を逸らすが、再度沖野に向き合う。

 勢いが良く、隙間から覗かせる鋭い相貌。一瞬睨まれている、と勘違いして身構えたのだが、実際はそうでは無い。

 

「入部届、下さい」

「入部届? え? いや、でもお前、もうスピカに入ってるだろ? さっき、辞めるのを止めたって言っていたし」

「それでも、ですよ。それでも、やっぱり、ちゃんとしておかないといけませんよ。一度は、辞めたんですから」

 

 これはある種のケジメだ。

 一度は辞めようとした癖に、退部届を取り下げたので、辞めるのは無しになる。そんな中途半端は、ストロングブラッド自身が許せない。

 だからこそ、必要な儀式。

 

 掌を出し、何かを求めるポーズ。入部届が渡されるのを待っていたが、途中で入部届など持っていないだろうと言う事実に気が付く。

 お見舞いに来たのに、入部届を持ってくる輩が一体どこに居るのか。自身の浅はかな行動に、またもや恥ずかしくなってくる。

 が、手渡された一枚の紙。

 紛れも無い入部届。

 

「……なんで、持って来てるんですか?」

 

 沖野に向き合い、傍からは見えないのだが、ジト目で沖野を見る。まさか、この男、こう言った時を待っていたと言うのか。

 もしかすると、ストロングブラッドがスピカに改めて入部するかもしれない。否、必ず入部するだろう。仮にそうなった時、入部届が無ければ大変だ。よしっ、何時でもどこでも入部届を持っていよう。

 

 なんてテンションで、お見舞いに来た時から、持ち歩いていたというのか。考えると、得も言われぬ悪寒に襲われ、鳥肌が立つ。

 時期は夏なのに、何故かやけに寒い。

 

「気持ち悪い、ですね」

「どうして急に、俺が罵倒される!」

 

 車椅子を自ら動かし、沖野から距離を取り、罵倒。沖野は身振り手振りで不満を露わにするが、入部届を四六時中持っている方が圧倒的に非がある。

 心底呆れた様に、溜息を吐くストロングブラッド。

 

「ペン……も、どうせ持っているんですよね?」

「ああ、当たり前だろ?」

 

 予想通り、内ポケットから黒ボールペンを取り出す沖野。もう、何も突っ込まない。ボールペンを貰い、入部届に記入する。

 

――私は、チームスピカへ入団する事を誓います。――ストロングブラッド。

 

 書類に不備は無い。

 問題も無い。

 

「ああ、これで大丈夫だ」

「ま、改めて、これからもよろしくお願いします――沖野さん」

「おう、これからもよろしく……ん? お前、今……何て?」

 

「中庭は飽きましたし、僕の病室に連れて行って下さい、ほら早く」

「え? あ――、分かった、分かった」

 

 ほんのわずかに感じた違和感。

 しかし、ソレが一体何なのか沖野は気が付く事は出来なかった。

 

 

 

 

「少し遅くなっちゃたかな?」

 

 アハハハハ、と苦笑するスペシャルウィーク。トレーニングが終わった時、既に時間も夜に差し迫っていた。

 煌々と輝いていた太陽も、橙色の夕日へと変わり、澄んだ青空も鈍色へと染まりつつある。急いで帰らなければ、寮に着く頃は夜になってしまう。

 

 夜道は危険だし、自身も年頃の女の子。

 急いで帰らなければいけないと、石造りの道を急いで駆け抜ける。トレーニング直後で、身体は若干の疲労を感じているのだが、如何せん思い切り走れた興奮の方が幾分強い。

 疲労も辛さもなんのその、の要領で勢いよく駆け抜けていく。実際、そこまで疲れていないし、体力は半分以上残っている。

 

 周囲の景色は目まぐるしく変化していき、さながらレースを走っている風にも錯覚してしまう。

 ――そう言えば、ここから始まった。

 トレセン学園へ続く道。田舎から初めてやって来た自分は、一体どんな風にこの場所を見つめていたのか。

 

 少し考えると、懐かしく思えてしまうのは、少々感情が過敏になり過ぎている証拠かもしれない。

『日本一のウマ娘になる』。数年前までは、大言壮語だった目標も、今では手の届く位置――とまでは行かないが、頂が見える場所までは来れた気がしている。

 スピカは順調に実力を伸ばしており、皆が皆、仮にレースを行えば勝てるか分からない程に、強い。

 

 それも認め合い、競い合うライバルがいてこそ。

 楽しい。

 スペシャルウィークは毎日が楽しい。

 けれど、悩みが無いのかと言われれば、無いと断言する事は出来ない。今も尚、脳裏にチラつく1人のウマ娘。

 

 ――ストロングブラッド。

 既にチームスピカを去った、ゴールドシップに続く古参。レース出場直後に、入院したという話は聞いたのだが、結局お見舞いには行けずじまい。

 おまけに、初めて言葉を交わした状況が状況なだけに、仲良くなれてもいない。一度謝ったり、仲直りした方が良いのかもしれない、と一念発起してクラスを訪れたりしたモノの、結局は会えずじまい。

 

 既に病院は退院したと、トレーナーから聞いていたにも関わらず。

 もしかして嫌われているのだろうか? いいや、絶対に嫌われている、なんて若干ネガティブな思考に侵食されつつもある。

 徐に吐きそうになったため息。

 

 しかし、直前で手で抑えて留めた。

 溜息を吐いたら幸せが逃げる。にわかには信じがたい迷信ではあるモノの、スペシャルウィークは田舎育ち。

 こう言った迷信の類は大体、信じている。憂鬱、では無いが、やはりストロングブラッドの事を考えると若干身体が重くなる。

 

 トレーニングを行っても尚、有り余る体力――その筈なのに。考えてはいけないと思っていても、考えてしまうのがある種の道理。

 しかし、どうして考えてしまうのか。

 

 理由は分からない。確かに、ストロングブラッドがスピカを辞めた事は悲しいと思った。あの時誘いを断られたのも、悲しかった。

 けれど、もっと別。

 別の理由があった――

 

「……あ」

 

 思わず挙げた声は、困惑かはたまた驚きか。校門へ差し掛かろうとした時、1人のウマ娘が姿を現した。

 腰辺りまで伸ばされた、黒紫色の髪はツーサイドアップに結ばれている。肌は白磁と見紛う程に色白で、身体つきは細めを通り越して華奢。

 少々食生活の心配をしてしまうレベルだ。

 

 身に着けているのは何の変哲も無い夏用の制服なのに、やけに様になっており、淡く儚い――今にも消えてしまいそうな雰囲気を纏う。

 唯一異なる点は、顔。覆われていた筈の前髪が、今は片方が切り揃えられ、整えられた容姿が、澄んだ紫紺の瞳が露わとなっている。

 

「……ストロングブラッド、さん」

「その声と雰囲気は、多分スペシャルウィークさんですね」

 

 少々違和感を感じる喋り方。しかし、目の前にて相対する悩みの種に注目して、スペシャルウィークは気が付かない。

 何の用事なのか?

 考えられるのは入院辺りになるが、そもそもスペシャルウィークには関係が無い。お見舞いに行った時も、断られてしまった訳だし。

 

 じゃあ一体何なのか。

 仮に、ここで暴言でも吐かれれば、ソレだけで心は傷つく事間違いなしだ。実際、そんな例が未だに記憶としてこびり付いているから性質が悪い。

 

「ええと、何か……用が……」

「スピカを辞める、と言うのを止めました」

 

 淡々と、事務的な口調で。

 前置きも無く、本題を告げるストロングブラッド。嘘は言っていないと、何となく理解出来た。辞めるのを止めた――つまり、スピカを辞めていない事になる。

 

「そして、僕はもう1つ、貴方に言っておかないといけない事が有ります」

 

 相も変わらず、声音から感情を読み取れない。

 

「前回は、無礼な態度をとってしまい、大変申し訳ございませんでした。貴方に非は無く、アレは完全に僕の八つ当たりです」

 

 勢いよく身体を90度に傾けた。余りにも勢いが良すぎるので、一瞬地面に頭を打ち付けるのでは、と身構えてしまう。

 が、違った。

 

 謝ったのだ。ストロングブラッドは、スペシャルウィークに。

 まさか、ゴールドシップと別ベクトルで灰汁の強い彼女から謝罪されるとは。一瞬見つめて突っ立っていたが、ふと我に返る。

 

「頭を上げて下さい、ストロングブラッドさん。私は別に怒っていませんから」

「分かりました。それでは、失礼します」

 

 スペシャルウィークから許しを貰ったからなのか、ストロングブラッドはゆっくりと身体を元に戻す。

 そして、言葉を交わす訳でも無く、その場から立ち去ろうとした。

 

「あの、ちょっと待って下さい!」

「まだ他に、何か?」

 

 スペシャルウィークの発言にストロングブラッドは足を止める。只、何の変哲も無い、発言を待っているだけの姿勢。

 その筈なのに、無意識に身に纏う威圧感は、若干スペシャルウィークに緊張感を与えてしまう。具体的には、焦る。

 

 ああ、つい反射的に言ってしまったけれど、一体どうしよう⁉ 流石にやっぱり何でも無いです、だなんて言える訳がないし、などと心情も荒れ狂う。

 が、やっぱり肝心なのは勢い。

 頭の中は収拾がついていない。けれど、思いを伝えた。

 

「私と、友達になってくれませんか?」

「嫌です」

 

 間髪入れずの返答。

 ほんの少しすらも、悩む素振りを見せなかった。つまり、自分と友達になるのはそれ程までに嫌だったのか、と解釈して凹みそうになる。

 

「何を勘違いしているのか知りませんが、前にも言った通り、僕は貴方方と馴れ合う気も、つもりも、一切ありません――それじゃあ失礼します」

 

 軽く会釈をして、何処かへ――恐らくは寮へ――帰るストロングブラッド。その背中姿が、何故か酷く寂しそうで、辛そうで、悲しそうで……。

 

「ねえストロングブラッドさん。最後に、もう1つだけ質問しても良い?」

「…………」

 

 ストロングブラッドからの返答は無い。

 単に聞こえていないだけなのか、はたまた聞こえないふりをしているのか。この際、どうでも良いと思った。

 微かな違和感を、明確にする為に質問をする。

 

 

「走るのって、楽しい?」

 

 

「楽しくないですよ」

 

 

 ぼそりと、呟く様に返答。

 しかしようやくスペシャルウィークは納得がいった。どうして、自分はあんなにもストロングブラッドが気になっていたのか。

 ――ウマ娘。

 

 彼女達は、走る為に生まれて来た。

 時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。それが、彼女達の運命。

 

 走る事はとても楽しくて、何時も時間を忘れてしまう。ずーっと走り続けられれば良いのに、と思ったのは一度や二度では無い。

 恐らく、スペシャルウィークと知り合っている皆も、同じ意見を述べる筈だ。しかし、ストロングブラッドにはソレが無い。

 

 楽しいという感情が。

 寧ろ、あの時見たレースで彼女は、とても辛そうに走っていた。苦しそうに走っていた。哀しそうに走っていた。

 まるで、何かから逃げる様にも見えた。

 

「……どうして?」

 

 どうしてそこまでして、貴方は走れるのか。口から零れ落ちた返答は、虚空へと溶け込んでいき届かない。

 誰も知りはしないのだ。

 




何時か修正したり、新しく投稿し直すかもしれませんが……まあ、余り期待しないで下さい。それでは

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