転生先が百合キャンセラーのバケモンとかどうにかならなかったんですか!? 作:サク&いずみーる
それはそれとして『Heart+Heart』は「あのね」しか言えなくなっちゃう夢結様が好きです。ワケありの不器用お姉様……
朝日が昇り、目が覚めた少女たちは。
まず中庭にピラトゥスが陣取っていることに驚くことだろう。
授業中に居眠りする学生のように、腕を枕にして地に伏せているのだ。
(今のところ無害とはいえ)ヒュージが百合ヶ丘の敷地にいるというのも、リリィたちの心臓に悪い。
中には反射的にCHARMを手に取ったリリィもいたという。
そのリリィは一切悪くない。
「キュイ……」
そして、様子のおかしいピラトゥスは昼になっても居座っていた。
「なんか、元気ないですね」
「そうですわね」
気になったのか、話しかけるリリィもいたが。
ピラトゥスはもそっと動くだけで、特には反応しなかった。
いつもなら、話しかけるとオーバーリアクションで返してくるため。
人懐っこさがあり、話している方も楽しくなる。
それが、今はほとんど見られない。
「『元気ない』といえば、梨璃さんも元気ありませんでしたね」
「一度も夢結様をお見かけしていませんもの。今日は梨璃さんのお誕生日ですのに、あの方はどこをほっつき歩いていらっしゃいますの!?」
「確か甲州まで『私用』で……とのことです。梨璃さんのお誕生日プレゼントのためなのは想像つくんですけど、わざわざ何を探しに行くんでしょうか?」
加えて、今日ははしゃいでも許される梨璃も落ち込み気味だった。
もちろん、人に『おめでとう』を言われたら『ありがとう』くらいは返す。
人にプレゼントをもらったら、嬉しそうに笑ったりもする。
しかし、何でもない時は小さくため息をついている。
ピラトゥスほどではないが、やはり気分は上がりにくいらしい。
「とにかく! 落ち込んでいらっしゃる梨璃さんのため! この楓・J・ヌーベル、盛大なパーティーをご用意してみせますわ!」
「……その心は?」
「落ち込んだ梨璃さんに喜んでいただき、そのハートもわたくしのものに……うへへ」
二水の「ブレないですねー」という、さらっと入った毒もなんのその。
中庭を陣取る小さな竜は気になるが、その原因が分からないので打つ手がない。
故に、落ち込んでいる原因は明確な梨璃の方からどうにかしようと──決して「愛する人」を優先しすぎてピラトゥスを疎かにしているわけではなく。
その場を離れようとして。
「──ずっとここにいたのか、お前」
わずかに息を切らした金髪の少女がピラトゥスに声をかけた。
その声に、ここに来て初めて明確な反応を示す。
今まで反応が芳しくなかったのに、急に動き出したピラトゥスに周囲もぎょっとした。
「キュイ……!」
半ば身を乗り出すように少女──鶴紗に迫った小さき竜は。
「あの子、さっき目を覚ましたよ」
もたらされた朗報に、諸手を挙げて喜んだ。
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よがっだぁあああああ゛あああ!!
生きてたってあの黒猫!
一時はどうなるかと思った……!
だって、あんな血ィ流しといてさあ!?
それでもまだ小さく息してっから「助けなきゃ」って思うじゃん!?
でも俺じゃ何もできねえからホントどうしようかと……!!
「今、先輩が連れてくるから待ってろ」
「キュイ!」
無事を確認しようにも、俺が見に行くとかまず無理なんで。
わざわざ黒猫を連れてきてくれるのはありがたい。
いやホント、頭上がんねえっす。
鶴紗……ちゃん、うん。
鶴紗ちゃん、でいいか。
とにかく鶴紗ちゃんの言う「先輩」って、十中八九あの人だよな。
動物に愛される、天才肌のサボり魔さん。
「よっ! お前のことだったんだな、鶴紗が見せてやらなきゃって言ってた奴は」
予想通り現れた梅様は、大きめのバスケットを抱えていた。
中身は当然、件の黒猫。
あちこち白い包帯が巻かれているのが痛々しいけど。
それでも生きていてくれたことに変わりはない。
ああ、よかったなんて。
手を伸ばしたところで。
「ッ!? うー……ッ!!」
黒猫はバスケットの端に縮まるように身を寄せた。
半分になった尻尾はしっかりと震える体に巻きついている。
耳は完全にたたんだ状態。
ひげもこれ以上ないくらい後ろに向いている。
頭はバスケットに敷かれた毛布スレスレ、目なんて大きくかっ開かれている。
──猫がこうなった時のことを、俺は知っている。
「どうしたんだ、この子……」
「……怯えてる。こいつ、ピラトゥスに怯えてるんだ」
久しぶりにそんな反応を見た。
今の姿になってからは初めてだ。
──『前世』で、まだ単なる一般人だった頃。
動物の保護施設に行って、猫に触ろうとした時。
同じような反応が返ってきた。
動物に好かれやすい俺が珍しい、と思って聞いてみたら。
その猫は、前の飼い主から虐待を受けていたらしい。
それで人間に対して怯えるようになったのではないか、と。
あの時の反応に、よく似ている。
「違うな、『ヒュージ』に怯えてるんだ」
一瞬、言葉の意味が理解できなくて。
梅様の顔と黒猫を交互に見る。
「梅もこいつの治療にちょっと手を貸したから分かるんだけど、体に付いた傷がヒュージと戦ったリリィに付く傷と同じだった」
「じゃあ、この耳と尻尾も……」
「ああ。他のヒュージにやられたんだろうな」
嬉しい、と言ってしまっていいのか。
最初から俺が容疑者から外されていることに、信頼されているということを実感する。
鶴紗ちゃんが目撃してたっていうのもあるんだろうけど。
今まで積み重ねてきたことは無駄じゃなかったことが、俺を冷静にする。
「ほら、こいつは大丈夫だゾ?」
「お前をここに連れてきたのはあいつだ」
初対面の動物が今の俺を見た時の反応は。
大抵が、警戒と驚愕の2択だったりする。
中には初見で俺の『本質』を見抜いてじゃれてくる、肝が据わりすぎた奴もいたけど。
『本来の反応』を向けられて俺も動揺しすぎた。
「キューイ……」
俺はお前を傷つけたりしない、という想いを込めて。
できるだけ優しく伝える。
手は出さない、それなりに距離を置く。
あっち側の反応をじっと待つ。
大切なのは、焦って積極的になりすぎないことだ。
そして、もし相手から手を伸ばしてきてくれた時には。
優しく、だけどもしっかりと握ってやること。
……『前世』での受け売りなんだけどな。
「……にゃあ」
まだ震えている、尻尾もそのまま。
あちこち怯えのサインは残っている。
でも、少しだけ頭をもたげて弱く声を上げてくれた。
「……!」
「……にゃあっ」
怖いし、不安だろうけど。
『とりあえず信じてはみる』という意思が見えた。
それだけでも、充分すぎる成果だ。
「……キュイ」
しばらくこの子を頼みます、と2人に向かって頭を下げる。
言葉は通じなくても、想いは通じたみたいで。
「任せろ」
「怪我が治るまで、ちゃんと面倒見るからな!」
うん、この2人なら安心だろう。
不安が氷解する、これで憂いはない。
ほんと、いい人たちに巡り会えたもんだ。
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ピラトゥスの反応は良くなり、一度住処に帰っていったが。
依然として、梨璃の方は芳しくなかった。
当然だ。
日が落ちても夢結はまだ戻ってこない。
楓と二水がパーティーを開いて祝ってくれたのは嬉しいが。
やはり、大切な日に大切な人がいないというのは心にくるものがある。
加えてレギオンメンバーの件だって、今日は全く進展がなかった。
「だ、大丈夫ですよ梨璃さん! 夢結様はもうすぐ戻ってくるはずですから!」
「ええ、夢結様は最近少し……いえ、なかなか……いえ、かなりポンコツ臭が漂ってきましたけれど、梨璃さんを悲しませるような方ではありませんもの」
「お主、本人がいないからって言いたい放題じゃな……」
「あはは……心配かけちゃってごめんね」
梨璃の笑みも、そろそろ元気がなくなってきた。
早く夢結が戻ってこないものか、と顔を合わせていると。
「──にゃー」
どう入ってきたのか、ラウンジに来たのは1匹の猫。
困惑に包まれた簡易的なパーティー会場、ただ雨嘉には来訪者に心当たりがあった。
「あ……その子、この前の……」
「知っているんですか? 雨嘉さん」
「うん。多分ピラトゥスに会いに行った時、触らせてくれた子だと思う」
そんな猫が一体どうしたのか、と戸惑う中。
件の猫は梨璃の元へ行くと、足をてしてし叩いた。
痛くも何ともない猫パンチが、『何かを訴えている』と気づくには少々時間がかかった。
「どうしたの?」
「にゃーん」
梨璃が反応すると、猫はすたすたと歩いていく。
ある程度離れて、振り向きざまにまたひと鳴きする。
「『付いてきて』って言ってるみたいですね?」
「何か伝えたいことがあるんじゃないかな……?」
「……私、行ってきます!」
梨璃の胸の中に、淡い期待が生まれる。
猫の導きのままに進む度に、足取りが軽くなる。
困惑の種は、予感の芽に変わっていた。
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さて、時を同じくして。
芳しくない表情の少女がもう一人いた。
夢結である。
わざわざ早朝から遠い甲州の地まで行って。
ラムネを2つ──梨璃と一緒に飲みたいと思い立って買った、瓶入りのラムネを店主のご厚意でもらった小型のクーラーボックスに入れて。
ちょっと柄にもなく、浮つくようなドキドキするような不思議な気持ちになっていたら。
帰りの駅で『喉が渇いた』と駄々をこねる子どもがいたものだから。
苦労して手に入れたラムネを2本ともあげてしまったのだった。
もちろん、そのことに関して後悔はしていない。
自分は正しいことをしたのだ、というちょっとした達成感もある。
だが、それはそれとして。
達成感を上回る落胆がある、というだけなのだ。
どうしたものか、と疲れた足取りで歩いていると。
不意にガサッという音。
「っ!」
振り返った先にいたのは、1匹の黒猫。
だが、ところどころに巻かれた包帯やよたよたとした歩き方が気になる。
気になって近づいてみようとしたところ。
「あ、夢結」
「どうも」
頭や服に葉っぱ、という少し野生的なアクセサリーを付けた二人組に出くわした。
というか、梅と鶴紗だった。
コソコソと茂みから出てきたその様子と、普段の梅の行動からして。
夢結のように、予め許可を得ているわけではなさそうだ。
「……ここは学院の敷地ではないでしょう。何をしているの? それに、その猫は……」
「あー、こいつか。それはな……」
帰路につきながら、梅は今日の出来事と事情を話した。
ピラトゥスに、傷ついた黒猫を任されたこと。
そして、この黒猫の住処に心当たりがあった梅が、一応確認のためにそこに行っていたこと。
案の定、そこが黒猫がよく来る場所だったと分かったため、とりあえず帰ってきたこと。
鶴紗が付いてきたのは、任された責任と単純な猫好きとしての興味である。
助けたこともあってか「仲間に入れてもらえたかもしれない」とは彼女の言葉だ。
「……仲がよろしくて、結構ね」
「あれ、校則違反とか言わないのか?」
「私の役割ではないでしょう。というか、今日はそんな気力が……」
「寂しがってたゾ、梨璃」
「え……?」
寂しがっていたという理由がいまいち見えてこない夢結。
確かに、最近の梨璃は夢結にべったりだ。
だが、直接伝えていなかったとはいえ、夢結がどこに行ったかは学院に聞けば分かることだろうに。
そこまで寂しがりな子だっただろうか。
「誕生日なのに夢結が朝からずっといないんだもんな。おまけに今日もレギオンの欠員埋まらなかったみたいだし」
しかし、梅の話を聞いて己の推測が見当違いだったことを知る。
誕生日は、この世に自分が生まれた大切な日だ。
そんな日は大切な人と一緒に過ごしたい。
そんな単純で当然のことが、どうして分からなかったのか。
「あ、でもあれだろ、夢結はラムネ探しに行ってたんだろ?」
「……何故それを……」
むしろ何故バレていないと思ったのか。
梅は面白そうに笑った。
「だってよりによって誕生日にシルトをほったらかしてまで、他にすることあんのか?」
「……ええ、ないでしょうね」
「だろだろ!? 早くプレゼントしに行ってやれよな!」
死んだ目をした夢結と、ワクワクしている梅の温度差。
この微妙な食い違いに気がついたのは、鶴紗が一番乗りだった。
夢結も事情を話した。
その話を聞いた2人の感想は一つ──『ドンマイ』だった。
「そっか……そりゃご苦労だったな。けど、良いことしたじゃないか」
「別に、後悔はしていないわ」
本心6割、強がり4割の発言。
なんとなく見え透いていたが、触れないでやることも優しさである。
「まぁ、間の悪いことはあるもんだよなぁ」
「にゃあー」
「……んっ?」
不意に、鶴紗に抱きかかえられた黒猫が包帯の巻かれた前足を伸ばす。
その先には、反射して光った何か。
「これ……」
「どうした?」
鶴紗と黒猫に続いて、梅と夢結も寄ってくる。
光ったものが入っていたのは、植物が絡みついた古いゴミ箱。
そして、『光ったもの』の正体は独特な形のガラス瓶。
「これは……?」
何故だろう、なんか嫌な予感がする。
具体的には、これをつい最近見たという既視感が夢結にはあった。
その傍目に、梅はこれまた植物に覆われた──自動販売機を見つけた。
「ん……んん?」
何を売っているのかは蔦と闇で分からない。
ダメ元で硬貨を入れてみる。
すると、自販機の窓の奥から明かりが灯った。
「あ、節電モードか」
早速、お金が入ったことで開くようになった扉を開ける。
手を突っ込んだ梅が取り出したのは──さっき見たガラス瓶の、
「『ラムネ』……」
「にゃー……」
……『灯台下暗し』とは、よく言ったもので。
一体何のために早朝から出かけたのだろう、と。
「……」
「あっ、夢結!」
必要なかった疲労と、今日一番の落胆に。
思わず、夢結は膝から崩れ落ちるのだった。
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「あ……! お姉さまっ!」
何はともあれ、なんとか辿り着いた夢結を出迎えたのは。
彼女の「妹」──梨璃だ。
夢結を見つけるや否や、見て分かるほどぱぁっと顔を輝かせて飛び出した。
主人の帰りを待っていた犬はこんな感じだろう。
「梨璃……」
「お帰りなさい、お姉さまっ!」
反対に、夢結は申し訳ない気分だった。
誕生日なのに、梨璃をほったらかした挙句。
プレゼントも大したものを用意できなかったのだから。
「どうして……?」
「猫ちゃんが連れてきてくれたんです。きっと、お姉さまが来ることを教えてくれたのかな?」
「そう……」
「……お姉さま?」
「……少し、準備があるから。先に待っていてもらえるかしら」
「はいっ!」
一足先に戻っていった梨璃を見送って。
夢結は小さく、だが深いため息をついた。
「梅」
「なんだ?」
夢結は相変わらず目を合わせず。
「大丈夫かしら、こんなプレゼントで」
「夢結が選んだんだし、梨璃も喜ぶだろ!」
梅は相変わらず笑っていた。
夢結は帰還を報告し、鶴紗と(主に)梅は後で呼び出しを食らった後。
「うわぁ……!」
テーブルに広げられた2種類のラムネ──結局自販機で買った瓶のラムネと、昨日買ってラッピングまでしたお菓子のラムネに。
皆の予想通り、梨璃はキラキラと目を輝かせた。
「ほほう、これが噂のラムネか」
「お姉さまが……私のために……?」
「どうだ、梨璃!」
不安そうな夢結に代わって、何故か梅がドヤ顔を披露する。
「嬉しいです! これ正門のそばにある、自動販売機のラムネですよね!」
「やはり知っていた……」
「ええ……そうね……」
ザクッ、と夢結の心にダメージが入った。
それには気づくことなく、梨璃は心底嬉しそうに続ける。
「お休みの日にはよく買いに行ってたんですけど……やっぱりお姉さまも知ってたんですね!」
……もうやめてあげてほしい。
純粋に喜んでくれているだけに、夢結のダメージが尋常ではなかった。
「そうは見えませんが……」とボヤく楓、大正解である。
「所詮、私は梨璃が思うほど大した人間ではないということよ……」
「え!? そんな! 夢結様は私にとっては大したお姉さまですっ!」
「断じてノーだわ……貴女がそこまで喜ぶようなことを、私ができているとは思えないもの……」
「そんなのできます! できてますよ!」
なるほど、これは重症だ。
梨璃がこれだけ言っても、夢結のネガティブな思考は止まらない。
普通は、いくら誕生日だからってわざわざ朝っぱらから遠出したりはしない。
故に、称賛されてもいいくらいだが気づかない。
「じゃ、じゃあ、もう一個いいですか?」
夢結の承諾の言葉に、立ち上がって両腕を広げる。
一瞬だけためらって、でも『誕生日だから』と自分に言い訳して。
「お……お姉さまを私にくださいっ!!」
大胆な告白を、ついに実行した。
「は……!?」
「梨璃さん過激ですっ!」
外野の反応もなんのその……というよりは。
後ろ向きに回り続ける思考のせいで、気にかけるほどの余裕がない夢結は。
だらりと力を抜いた姿勢で自身を差し出した。
「……どうぞ」
「はいっ!」
今日一番の元気で嬉しそうな梨璃の声。
そんな彼女の次なる行動は──
「「!?」」
──夢結をギュッと抱きしめることだった。
しかも、人前で堂々と、である。
「……私……汗かいてるわよ」
「……ぶどう畑の匂いがします」
それは、夢結が梨璃のために頑張っていた何よりの証。
結果はどうあれ、努力は無駄ではなかったと。
故郷を想い、「プレゼント」に喜ぶ梨璃の笑顔が心を温かくする。
「──やっぱり……私の方がもらってばかりね」
「お、お姉さま……?」
柔らかく微笑んだ夢結が、腕を背中に回す。
『生まれてきてくれてありがとう』という気持ちを込めて。
『出会ってくれてありがとう』という気持ちを伝えるように。
「梨璃、お誕生日おめでとう」
「ふわっ……!?」
不器用ながらに、梨璃を強く抱きしめた。
「は、破廉恥ですわお二人とも!」
「ごごご号外ですぅ!」
周囲の騒がしい声も届かない。
今だけは完全に2人の世界に入っていた。
「はぁ〜〜……」
これ以上ないくらいの幸せに、梨璃の頬がほんのりと色づいていく。
……ところで。
今までの行動から、なんとなく察しがつくと思うが。
この白井夢結という少女は不器用である。
どのくらい不器用かというと、こうなるくらいには不器用だ。
「あ……?」
なんか人体から鳴っちゃいけない音がする。
具体的には締め上げられてるみたいな。
というか、
「お……お姉さま……う、嬉しいんですけど……」
急激に梨璃だけ現実に引き戻される。
どんどん腕の力が強くなっていって、圧迫感が増す。
「あの……くっ、苦しいです……!」
「なんて熱い抱擁です!?」
「お姉さま……私、どうすれば〜……!」
「わしが聞きたいのじゃ」
夢結は話を聞いていないし、助けを求めようにも周りもお手上げだった。
「夢結様がハグ一つするのも不慣れなのは分かりましたから、梨璃さんも少しは抵抗なさーい!!」
「はわわわわわわ……!?」
──ボフっ、と。
ついに幸せと物理的な苦しさでオーバーヒートを起こした梨璃がダウンした。
目をぐるぐる回して、湯気すら見えそうなその姿は。
いかにも『限界です』という風だ。
「梨璃!?」
こちらもようやく現実に戻ってきた夢結が、腕の中でぐったりする梨璃に軽く動揺していると。
「あっははははははははは!」
梅は心底面白いものを見たとばかりに。
大口を開けて笑い出した。
「楽しそうね……梅」
「はー……こんな楽しいもの見せられたら、楽しいに決まってるだろ! あはははは!」
夢結が睨むも、ほんのり赤くなった顔では怖くない。
腹を抱えて大笑いする梅には何を言ってもダメだろう、と諦めた。
「私にできることは、このくらいだから……」
「ははは……そ、そんなことないゾ、夢結」
「……?」
笑いすぎたあまり、出てきた涙はピッと拭って。
「さっき鶴紗と決めた。今更だけど、梅と鶴紗も梨璃のレギオンに入れてくれ!」
「生憎個性派だが」
「あ、あのー……だから、私じゃなくてお姉さまのレギオン……えっ!?」
ようやく復活した梨璃は、言葉を理解すると一拍遅れて驚く。
その傍ら、二水は鼻にティッシュを詰めて「これで9人揃っちゃいますよ!?」と興奮気味だ。
「あらあら、これは嬉しいですね♪」
「おめでとう、梨璃」
「なんじゃ騒がしい日々じゃのう」
「梅は誰のことも大好きだけど、梨璃のために一生懸命な夢結のことはもっと大好きになったゾ!」
それは嘘偽りない、梅の本心。
今まで見守るだけで何もできなかった梅の代わりに。
過去の苦しみから連れ出してくれた梨璃が変えてくれた。
そんな梨璃に『姉らしいことをしたい』だなんて言って。
プレゼントを探して空回りする、そんな愛すべき姿は。
以前なら、本当に考えつかないものだから。
「梨璃!」
「はっ、はいっ!?」
まあ、こんな日くらい「姉」としてカッコつけさせてやろうじゃないか。
何せ大切な「妹」の誕生日だ。
そんな日くらい、皆が笑顔で終われたっていいだろう?
「まっ、今日の私らは夢結から梨璃への誕生日プレゼントみたいなもんだ」
「遠慮すんな。受け取れ」
「梅様、鶴紗さん……こちらこそよろしくお願いします!」
「これは……汗をかいた甲斐もあるというものね……」
ようやく夢結の表情からも、不安が消え去る。
梨璃の誕生日は嬉しい出来事で終わりを迎えた。
……ところで。
「それはそうと! お二人いつまでくっついてますの!?」
もう我慢ならないとばかりの楓の声は、ラウンジによく響き渡った。
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──すっかり静かになった真夜中の百合ヶ丘、そのラボでは。
「はー! 終わったー!!」
世界有数のアーセナルとして名を馳せる真島百由が叫んでいた。
幸いにして、窓や扉は完全に閉まっている。
そうでなければ翌朝、彼女にクレームが来ているだろう。
「さってとぉ! 完徹の毎日にもこれでお別れ! 私は寝るのよ! これからっ!」
実に5日目の徹夜。
半ば気絶する形で途切れる前も含めると、1週間以上にも及ぶ
そりゃテンションだって
この騒がしさ極まる独り言は当然の結果といえた。
数分後、彼女が発している謎の笑い声が寝息に変わった頃。
窓ガラス越しに月明かりが照らしたのは。
完成した論文──ではなく、1枚の紙切れ。
何度も書き加えて、何度も線で消して。
ボロボロになったメモのタイトルにはこうあった。
「特型ヒュージ『ピラトゥス』の研究結果と考察について」と。
課題に死に物狂いになっている間に、ラスバレ1周年のしぇんゆーASMRメモリアで過呼吸からの泡吹いて階段から転げ落ちて何故か耳をかっ切りました(実話)
何あのしゅけべメモリア……!?!?
【キャラ設定】その12(今回はおまけ小話)
『誕生日の後日談』
百合ヶ丘女学院ではピラトゥスが近辺に住みついて以来。
定期的に調査隊を派遣している。
今は『危険性があるから監視する』というよりは。
『謎多き生態を解明するため』という側面の方が大きい。
さて、その調査隊だが。
人数はレギオン1つ分。
分析に優れた工廠科から2〜3人、残りは普通科のリリィで埋める。
今では希望者を募って抽選で結成することになっている。
もはや無害判定の小竜はちょっとした人気があった。
そんな抽選を今回は勝ち抜いた一人が、一柳梨璃である。
「来たよー! ……って、あれ?」
「なー」
「猫ちゃんしかいない?」
いつもピラトゥスが住処にしている洞穴には、猫が数匹。
だが、肝心のピラトゥスの姿は見当たらない。
「え、いないの?」
「猫ちゃんならいるんですけど……」
「おっかしいわねー、あいつには来るタイミング伝えてあるはずなんだけど」
ヒュージでありながら、人の話──最近では文字すら読み書きできることも発覚した、高度な知能を見込んで。
週一の昼頃に来ると伝えていたのだが。
一体何があったのか、と考えたところで。
「キュイ?」
「「あ」」
いた。のそっと出てきた。
しかも、森の方から。
「ちょっと時間過ぎてるよ……って、何その格好ずぶ濡れじゃん!?」
「わっ、あちこち海藻も付いてる!」
「ホント何してきたの!?」
「キュイー」
『サーセン』とでも言いそうな軽い会釈を振りまきつつ。
小さな竜は梨璃の姿を見るなり、一直線に寄ってきた。
「どうしたの?」
「キュイ!」
「ふわぁ……! 綺麗……!」
大事そうに握りしめていた手を開くと。
黒い手の中で、星のようにシーグラスがきらめいていた。
「すごーい! これを私に?」
「キュイキュイ!」
「でも、なんで?」
「キュイ!」
ピラトゥスが地面に爪を滑らせる。
『6/19』と書かれたその数字は、梨璃には心当たりしかない日付で。
「私の、誕生日?」
ブンブンと頭を縦に振る。
ついでに、先端に刃物が付いた尻尾もゆらゆら。
そんな姿に、誰もが思わず顔を綻ばせる。
「えへへ、ありがとうっ!」
梨璃が見せた、花が咲くような笑顔に。
小さき竜は嬉しそうに頷いた。
──なお、遅刻したことはしっかり怒られた。