転生先が百合キャンセラーのバケモンとかどうにかならなかったんですか!? 作:サク&いずみーる
「ただ、不思議なんですよねぇ」
「?」
タブレット端末を弄りながら、二水は呟いた。
「あの子……あ、梨璃さんが見つけた女の子ですよ? あの子がリリィなら、どこかに行方不明のリリィがいるはずなんですけど……」
厳密に言えば、行方不明になったリリィは過去に何人も存在する。
だが、『少女』の特徴に一致する者がいない。
それが、どうにも二水は引っかかる。
「最近リリィに覚醒したとか?」
「ああ! それなら、でも……」
神琳の助言に一瞬納得するも。
やはり、何かが引っかかる。
そんな彼女に、ソファーに寝転がっていた楓は組んだ足を動かして。
「それならわたくしのお父様にも聞いてみますわ。超一流CHARMメーカー『グランギニョル』の情報収集能力は、この学院以上ですもの〜」
「うわー……いけ好かねぇー……」
梅のジト目に「事実ですわー」と足をパタパタ。
……超一流CHARMメーカーの娘が、そんなに行儀悪い格好でいいのだろうか。
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……今、俺はすごいものに直面していた。
「りり、あーん」
「もー、自分で食べられるでしょ?」
「りりがいいんだもん。あーん」
「自分で食べるの!」
何これ、ハートフルが過ぎない?
あえて言語化するなら、お母さんに甘えるちっちゃい子を見てる気分。
なんていうか、あったけえ……!
オタクが言う『てぇてぇ』とはまた違う感情だぞ。
できれば、もっと見てたいね……!
「ふふっ。梨璃さん、お母さんみたいね」
「キュイキュイ」
「おかあさん……?」
「せ、せめてお姉さんと言ってください!」
「おねえさん……?」
いや、間違いなくお母さんだろ(断言)
このシーンで、一部オタクが幼児退行し出したくらいなんだし。
野郎が幼児退行とか、阿鼻叫喚の地獄でしかねえ。
「……やっぱり、あまり食べる気が起きない?」
「キュイ……」
「でも、一応頑張って食べた方がいいわ。身体が人間に近づいたことで、栄養補給が必要になったかもしれないでしょ?」
「キューイ……」
「体が受けつけないってことはないみたいだし、ゆっくりでいいから」
祀様が俺の食事の進み具合を見て、優しく声をかけてくれる。
どうやら、この身体には味覚がないっぽい。
元々、ヒュージだった頃の体には必要ない機能だったから。
まあそうなるか、とは薄々思ってた。
今は一応「食べる」って行為自体はできるけど。
味がしないものを食うって、なかなかキツいんだわ。
うーん、今度辛いもん食ってみようかな?
確か辛味は味覚じゃなくて、痛覚だったはず。
痛覚はある程度正常だから、イケるか……?
「ねぇ、そろそろ2人に名前を付けてあげたら?」
「はえ?」
「名前がないと何かと不便でしょ? それに、この子の『ピラトゥス』って名前も元はヒュージとしての名前だったわけだから、人としての名前を付けてあげたいじゃない」
「わ、私がですか?」
「まぁせめて、梨璃さんが保護した子の名前くらいは梨璃さんが、ね」
「キュイ……」
名付けイベかあ……そうだなあ。
ゲームとかなら割とあっさり、創作系ならじっくり考えて付けるタイプなんだけど。
『ピラトゥス』って名前も、いつの間にか勝手に付けられてたやつだし。
第一、この名前もあまり気に入ってなかったというか。
ドラゴンぽくないっていうか。
だから、前々から自分の名前は考えてあった。
「キュッキュキュイ!」
「え、何?」
「キュイ……キュッキュイ!」
「やっぱり分からないわ……ごめんなさい」
「キュイー……」
やっぱダメかあ……
んー仕方ない、じゃあ適当に2人に名前を決めてもろて……
「──『あるん』?」
「キュイ……!」
え、伝わってる……!?
「その、『あるん』って何?」
「そういってた」
「……もしかして、この子の名前?」
「キュイ! キュッキュイ!」
そう! 俺の名前です!
ゴツい手で自分を指しながら頷く。
──元々考えていた名前は『アルビオン』だった。
やっぱり、ヒュージとしての姿がそれっぽく見えたから。
それをちょっとアレンジしたのがこれ。
念のため、男女両方に使えそうな名前にした。
ちなみに『アルン』な!
カタカナでな!
「ていうか、言ってること分かるの?」
「んー、なんとなく? あ、カタカナで『アルン』だって」
なんとなくで伝わる精度かこれ……!?
でも、これならユリちゃんを通して正確なコミュニケーションを図れるってことじゃないですか!
勝ったなこれは!!
「それじゃあ、貴方の名前はアルンね」
「キュイッ!」
「で、次はこの子の名前ね」
「?」
「あっ、それならとりあえずなんですけど──」
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──それから2、3日経ったある日。
小さき竜改め、竜の少女となった『そいつ』は。
「──ッキュキューイ!」
「っ!?」
あろうことか、勢いよく理事長室に乗り込んでいた。
「ピラトゥス──いや、アルンと名乗ることにしたのだったな」
「キュイキュイ」
コクコクと頷くアルン。
その仕草は年相応の少女そのものだ。
保護されたもう一人の少女とは違って、アルンの身体はしっかりしていた。
謎の多さ故に、何度も検査に駆り出されてはいるが。
リハビリ自体は必要ないとされている。
しかし、その見た目が注目を集めるため、少しの間は病室にいてほしいという話だったはず。
なんなら『本人にそういう話もした』と報告も聞いている。
つまりは、だ。
「脱走、とは褒められた真似ではないと思うが?」
「キュイ……」
自覚はあるらしい。
悪戯を咎められた子どものように目を逸らした。
とはいえ、わざわざ言いつけを破ってまで来たということは。
何かしらの用事があったのだろう。
『ピラトゥス』と呼ばれていた頃から、聞き分けがいいと評判だったから。
考えなしにリリィとの約束を無視するような者ではないはずだ。
「何か
「キュイッ!」
咬月の問いにまたブンブンと頷く。
一体どこから持ち出してきたのか、小さいまな板のようなものを手にしていた。
華奢な身体に釣り合わない、厳つい腕の爪でガリガリと削る。
下に木屑が落ちていることから、何かを彫りつけて伝えようとしているのは間違いない。
「キュイ! キュキュイ」
「……これを持てと?」
「キュイ」
突きつけられた木の板を持つ。
そこには拙い字で『高松』と書かれている。
言わずもがな、咬月の名字である。
「キュイ……?」
まず、微妙に木屑の付いた黒い爪が、板と咬月を指し示す。
「儂の名前じゃな」
「キュイキュイ」
頷いたアルンは次に、板を咬月から取り上げた。
そして胸の辺りで板を持ち、文字が咬月から見えるようにする。
爪は自分と板を交互に指していた。
「うん……?」
「キュイ……」
「それが君の人間時代の名前だった?」
「キュイー……!」
もどかしそうな表情と焦れったそうな足踏み。
彼もわざと外しているわけではないため、渋い顔である。
大きく書かれた『高松』の下に小さく『アルン』と付け加えられる。
そこから、うんうん唸る御老公とキュイキュイ唸る竜っ子が。
絵面的にシュールなにらめっこを続けること十数分。
「──儂の名字を使いたい、ということじゃな!」
「キュイーッ!!!」
──ついに決着。
人語に訳すなら『それーっ!!!』とでも言うような指差しに。
年甲斐もなく、わずかに咬月のテンションも上がる。
百合ヶ丘の生徒がいたら二度見されそうな光景である。
……少し落ち着いた後。
改めて咬月とアルンが向き合う。
「キュッキュイ?」
「『高松』という名字自体は珍しくはないからのう……儂としては構わんよ」
「キュイ!」
満足したようで、人間らしい名字をもらった竜の少女は。
深々と礼儀正しく一礼した。
去り際に、尻尾をゆらゆらさせていた様子は。
咬月の心に小さな和みをもたらした。
「あっ! どこに行ってたんですか!!」
「キュ──」
「ほら行くわよ。百由さんが検査のために待ってるから」
「キュイー……」
「ああほら、そんな露骨に嫌そうな顔しないの! 本当に苦しいことはしないんだから!」
「キューイー……!」
……できれば、脱走の共犯扱いはされたくない。
密かにそう思う咬月である。
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──さて、少女と竜っ子が保護されて1週間弱。
夕方の優しい光が、カフェテラスを照らしている。
その中で、静かに夢結が本を読んでいると。
「──ごきげんよう、お姉さま」
しばらく聞いていなかった声。
その主は、やはり久々のシルト。
「お隣、いいですか?」
「ええ、どうぞ。梨璃」
まともに顔を合わせることもできなかった2人。
久しぶりに聞けた「姉」の、優しい声に。
梨璃の中で、抑えていたものが一気に溢れてきて。
「っ、ご無沙汰してましたお姉さまぁー!!」
半ば飛び込むように、夢結へと抱きついた。
「うぅー……」と上げる声は寂しさの表れだ。
「どうしたの、しゃんとしなさい」
そうは言うものの、夢結の声はどこか嬉しそうで。
「ああっ! それっ私の教本! お姉さまが持っててくれたんですか?」
「さぁ? たまたまよ」
「ありがとうございますー!」
……クールを装うこの少女が。
ここ最近ずっと『梨璃ロス』で貧乏ゆすりを繰り返していた、なんて。
もし伝えたら、梨璃は信じるのだろうか。
「全く……聞いてられませんわ!」
「さぁ、これで涙を」
「泣いてませんわ!」
背後の出歯亀は無視しておく夢結。
ふと、梨璃がいる方とは反対の肩に、重みと温もりを感じた。
梨璃の真似なのか、夢結に寄りかかっている藤色の頭が見える。
「貴女、この間の……」
足元にすら届きそうだった長い髪を、2つの三つ編みにしてまとめていたり。
百合ヶ丘の制服に身を包んでいたりすること以外は。
出会った時と変わらない、少女の姿があった。
「おぉ! 元気になったかー」
「って、その制服!」
「うん。正式に百合ヶ丘の生徒にしてもらえたって」
「編入された、ってこと?」
「まぁかわいい♪」
後ろで出歯亀もとい、待機していた一柳隊のメンバーが。
少女の姿を認めて、次々と顔を出す。
「ほら、ご挨拶して? こちらは夢結様だよ」
「ゆゆ?」
「もうっ、ちゃんと練習したでしょ? 自己紹介しようよ」
「なんで?」
「ふえ〜……」なんて声を上げて困った様子の梨璃と、小首を傾げる少女。
「なんじゃ梨璃とこの娘……」
「姉と妹って感じです」
ミリアムと二水の言葉がまんまそれである。
「ちょっと貴女たち狭いわよ……」
「もっと詰めろ」
「梅も見たいゾ!」
1つのソファーに10人も集まれば、そりゃ狭くもなる。
再度無視していると、少女の視線が一点に集中していることに気がついた。
「これ何?」
「スコーンよ。食べたいの? 食いしん坊さんね。誰かさんのようだわ」
「私ですか!?」
「食べていい?」
「ちゃんと手を拭くのよ」
梅は「夢結にもう一人シルトができたみたいだ!」と指摘したが。
これはもう、姉妹を通り越している気がする。
むしろ、その……あれだ。
「妹というか……」
「母と娘じゃな」
「ゆゆ、お母さん?」
「産んでないわよ」
「じゃお父さん?」
「違いますから」
訂正を重ねて、夢結は紅茶を口にした。
少女がスコーンを手に取り始めた傍らで、楓は皆が気になっていたであろう問題に触れる。
「んで、この子の名前は分かったんですの?」
「ああ、それがまだ記憶が戻ってなくて」
「それじゃあ、今まで何て呼んでたんだ?」
「えっ!?」
ここ一番のドキッとしたような表情。
名前を聞いただけなのに、どうして焦っているのか。
「1週間近くありましたよね?」
「それは……」
まさか、ずっと『あの子』『あなた』と呼んでいたわけじゃあるまいに。
それではあまりに不便だ。
第一、梨璃はそういったよそよそしい呼び方を好まない。
梨璃のことだから、仮にでも名前を付けているはずだ。
よっぽど変わった名前でも付けてしまったのだろうか?
「言ってごらんなさい、梨璃」
答えるように促した夢結は、再び紅茶を一口啜って──
「──『ゆり』」
「んぐっ!?」
いつかと同じように紅茶を吹き出しかけた。
だって、聞き覚えしかない名前だったから。
「はぁ!?」
「ああっ!? それは……」
梨璃が何か弁明する間も与えず、『ゆり』と名乗る少女が口を開く。
「わたし、ゆり。梨璃が言ってた」
「そ、それは本名を思い出すまでの世を忍ぶ仮の名前で……」
「それ、私が付けた夢結様と梨璃さんのカップルネームじゃないですかぁ!」
梨璃があたふたと言い訳するも。
ある意味、名付け親となった二水は大興奮である。
「いえっ! あの、そっそれは……」
「あら、いいんじゃないでしょうか」
「似合ってる……と思う」
「なんか愛の結晶、って感じだな」
「一緒に猫缶食うか?」
一柳隊全体としては、名前に対して賛成ムードだった。
さっき夢結は、親ではないと言っていたが。
二人のカップルネームが少女の名前となった辺り、「二人の娘」というのも間違いではなくなりつつある。
「いつの間にやら既成事実が積み重ねられてますわ……!」
1名ほど別の焦りを感じている者がいるが。
まあ、それはさておき。
「じゃあ、決まりじゃの」
「その名前でレギオンにも登録しちゃいますねー」
「二水ちゃん!?」
さらっとタブレット端末を手にしていた二水が。
勝手に重要事項っぽい手続きを進めていた。
「名字はとりあえず一柳さんにしときますねー?」
「ええっ!?」
「まぁ……いいんじゃないかしら、梨璃」
「おいひい」
名字が梨璃と同じとか、もはや確信犯である。
夢結もクールぶっているが、満更でもない様子。
さらには名前も2人から一文字ずつ取って。
──『一柳結梨』
それが少女の名となった。
「──『アルン』もこっち来て一緒に食べよ!」
スコーンを飲み込んだ結梨が、突然誰もいない方向へと呼びかける。
聞いたことのない名前に、誰もが疑問符を浮かべた。
──梨璃以外は。
「その、『アルン』って……」
誰なの、と夢結が尋ねようとして。
言葉が止まった。
結梨が見ていた先に、いつの間にか『何か』がいたのだ。
目深に被ったフードを突き破る角には、見覚えしかない。
チラリと見えた人外の足は、靴なんて履けるわけがなく、剥き出しの状態。
不格好なシルエットなのは、ゴツい腕のせいなのだろう。
おかげで、小さな子どもが布団を被ってできるお化けのそれだ。
だが、普通に考えれば目立つはずの『そいつ』に。
ついさっきまで、誰も気がつかなかったのだ。
パサッと上手いことフードを脱ぐ。
やはり、正体は竜の少女。
しかし、前に会った時と違うところが1つあった。
──首元に、メカニカルなチョーカーを巻いていることだ。
頭をバリバリ掻いて、気まずそうな表情で。
『え、と……その』
発したのは、いつも聞いていたイルカのような声ではなく。
無機質で感情のない、機械的なもの。
なのに、台詞はどこか困惑している。
急に姿を現したことに、竜の少女が初めてまともな『言葉』を発したことに。
梨璃と結梨以外の皆の方が驚いているというのに。
『お久しぶりです。高松アルン──そういう名前になりました』
なんだか微妙な表情をした竜っ子──『高松アルン』は。
視線に耐えられなくなって、一礼することで目を逸らした。
『ピラトゥス』という名は大人が勝手に付けた名前です。オリ主はその事実をリリィから聞いていたので、ちょっと不満でした。
で、理事長代行に名字をもらいに行ったのは「一柳隊の誰かから名字もらったら俺の心臓がもたん」というオタクスピリットに基づいた考えです。
【キャラ設定】その19
オリ主の身体機能は半人型となった今でも不完全な状態。
味覚や声帯は全く使えない。(でもイルカみたいな音は出る。メカニズムは作者ですら謎)
感覚系は気温的な寒暖差が分からないし、痛覚は尻尾や翼などの「普通の人間は持っていない部分」には全く通っていない。
味覚以外の五感は嗅覚が少し鈍くて、他は人間よりもいいかもしれない。生存ガチ勢だから、なるべくしてなった結果と言える。
あと強いて言えば、ヒュージとして生きてきたことで野性の勘的なものが鋭くなった。