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デイジー・マグノリアは祖母の残した屋敷に一人のこった。
大好きな祖母が死に、その葬儀も終えて間もなく仕事に戻る両親につれなく接した折、彼女は祖母の遺品のなかから手紙の束を発見した。
箱の中に貴重品のごとく大切にしまわれたそれを紐解くのには勇気がいった。だが、祖母のために曽祖母──ひいおばあちゃんが五十年分にもわたって書き残した、
デイジーは色あせた封筒を慎重に開き、そこに包み込まれていた「母の愛」を目のあたりにする。
「ひいおばあちゃん、おばあちゃんのことを、こんなに……」
心配していた。
一心に、愛していた。
胸がすくような気持ちだった。
目から溢れ出る透明な雫が、清爽な心地をデイジーのうちに運び込んでくれる。
そして、古い手紙を収めていた箱から、古い新聞の切り抜きを見つける。
そこに記されているのは、一人の自動手記人形にかかわる記事。
このひとが──という確信めいた思い。
デイジーは、このドールのことを知りたいと願った。
瞬間だった。
突風が窓をたたき、開いた窓から吹きすさんだ風の手が、デイジーの手元にある紙片の一枚をとりあげていった。
「っ、おばあちゃんの手紙っ!」
慌てたデイジーは急いで手紙を箱にしまい、サンルームを飛び出した。
あれは祖母の大事な手紙、大切な遺品のひとつ、なのに。
「どこ? どこにいったの?」
屋敷の周囲を見て回ったが、よほどの強風だったのか、それらしきものは見当たらない。あまりにも一瞬のことで目で追いきれなかったことが災いした。
もっと広く遠くを探しまわったが、結局、色あせた古紙は、その残滓さえも、青空の下に残していない。
「……どうしよう」
デイジーは罪悪感で胸が潰れそうになる。
「ごめん、ごめんなさい、おばあちゃん」
大粒の涙をこぼし、呟くほどに、胸の中の重みが増していく。
『大丈夫よ』と優しく背中を撫でてくれる祖母の声が聞こえてくるが、デイジーの謝辞はとどまることをしらない。
あんなにも大切にしていた手紙を、大好きな祖母に宛てられた筆跡を、愛を、デイジーは永久に失ってしまった。
その事実、その罪科は余人に量ることはできない。
「ごめん、おばあちゃん」
デイジーは泣き続けた。
とにかく一日中手紙を探しまわったが、結局見つけられないまま、祖母の屋敷へと戻った。
デイジーが失った祖母の手紙は、まるで天国へ旅立ったアンと連れ添うように天高く舞い上がった。
そして、何の因果か。
大恩ある女性のもとを訪ねるかのごとく、とある郵便社の旧社屋の、ひとりのドールが居住していた部屋の窓辺へと、たどりついていた──
それからデイジーは、祖母への手紙を代筆した自動手記人形を調べる旅に出た。
祖母の手紙を失ってしまったが、あるいは、祖母の手紙のことが記録なり何なり、何かしらの形で残されているのではという可能性にすがった。なにしろ五十通、五十年分の手紙というのは、途方もない。手紙そのものを失逸した罪は晴れずとも、何か代償として、祖母にまつわる記録なり記憶なりを集められればと、自動手記人形──ヴァイオレット・エヴァーガーデンの足跡をたどる旅に出た。新聞の切り抜きの情報を頼りにライデンシャフトリヒに赴き、彼女が務めていた郵便社──今は資料館になっている建物を歴訪。残念ながら郵便社の記録の類は残っていたが、個人あての手紙のことについての記録は残っていなかった。あらためて考えてみれば、それが普通なのかもしれない。
そこで出会った資料館の係員、もともとは郵便社で受付として働いていたという老齢の女性に、当時のことを教わり、そして、とある女性の姿が記された切手についても、教えてもらった。
「──エカルテ島」
オウムのように島の名を繰り返すデイジー。
そんな少女に対し、老女はしわがれながらも艶のある声で呟いた。
「ああ、そういえば、エカルテ島、ヴァイオレットといえば最近、──いえ、なんでもなかったわ。これは『守秘義務に関すること』ですし」
「? ──守秘?」
気さくに柔らかく微笑みかけてくれる係員の女性に一礼を返しつつ、デイジーは足の向くまま、エカルテ島を目指した。
そこの郵便局でも様々なことを教わった。その島は文通が今でも盛んであること。その要因となった、一人の女性──自動手記人形の存在について。
デイジーは、あふれる思いを文書にしたため、両親へと速達便を出した。
帰る前には、二人への謝罪と愛情をこめた手紙が届く。それだけでも、この旅に乗り出した意味はあったと、デイジーは実感する。
「ただいま」
雪の降りやまぬ季節に、デイジーは両親がいる祖母の屋敷に帰った。
「おかえり」
「おかえりなさい、デイジー」
二人はいつもどおり、愛情あふれる眼差しで、娘を迎え入れてくれた。
母に抱き着き、父の手を肩に感じながら、デイジーは率直にたずねる。
「手紙、読んでくれた?」
「ええ。とっても素敵な手紙だったわ、ありがとう」
喜びで胸がいっぱいになる──同時に、デイジーは母に対して、最悪な罪を懺悔する。
「ごめんなさい、お母さん。私、おばあちゃんの手紙を」
「ああ、そのことなら大丈夫」
デイジーは完全に虚を突かれた。
「その手紙なら、ほら」
言って、母は真新しい封筒に包まれたそれを差し出した。
デイジーは不思議そうに首を傾げ、中を
「……え──うそ?」
色あせた手紙。
壊れないよう慎重に開いたその文面は、間違いなく、デイジーがあの日に風に飛ばされてしまった、曽祖母から祖母への、アン・マグノリア宛の手紙であった。
「ど、ど、どうして? 私、あの日、なくしたのに?」
動揺しつつも喜びに打ち震えるデイジーに、父が事情を話してくれた。
「おまえが行ったって手紙に書いていた、ライデンの古い郵便社さん。
そこに、この手紙がどういうわけだか、運ばれてきていたようでね」
あまりにも古く
彼女が『守秘義務』といったのは、デイジーがマグノリア家の一員であることを知らなかった旨を考えれば、むしろ瞭然とした対応であったといえるだろう。
デイジーは、二度と取り戻せないと思っていた手紙を抱いて、泣きに泣いた。
「……ありがとう、郵便屋さん」
祖母が再び、自分のもとに帰ってきてくれた──ちょっとした空の旅を終えて、『ただいま』と言ってくれる声を、確かに聴いた気がした。
デイジーは涙声で言う。
「──おかえりなさい、おばあちゃん」
デイジーは、ライデンの元郵便社の女性にお礼の手紙を書くことを心に決めながら、祖母の手紙をいつまでも、二度と失いはすまいと誓うように、胸のなかに抱きしめた。
〈 Fin 〉