ラスボスの子に転生したのでNO.1ヒーローを曇らせたいと思う 作:タメガイ連盟員
誤字報告ありがとうございます。
午後の授業、ヒーロー基礎学のレスキュー訓練のためにバスで移動している。
毎度のことだけど、バス移動が必要な学校施設とは何なのかと思うけど、いい加減慣れろと言うことなのだろうか。まあ、校舎から離れていて集団で移動するとなるとこれが効率的なのはわかるけど。バス自体は20数人が座れる中型で無人運転、見た感じ路線バスの転用っぽい。流石の雄英も敷地内の移動のためだけに専用の車両を用意することはないようだ。無人運転はこの時代珍しいものではなく、大抵の公共機関がそうなっている。かつての平成の時代に研究実験が進められていた技術だけど、完全無人化されているところを見るとやはり近未来なんだなと実感させられる。自律ロボットの技術が確立しているんだから、無人化技術がないのはおかしな話だし。
今回、コスチュームの着用は各自の判断で、と言われているけど具体的に何をするかわからないから、出久くんのようにコスチュームが破損、修理中でもない限りは着用するのが当然だろう。今後何度も着ることになるにしても、今回は2回目、できるならコスチュームを着たいと思うのが自然だ。私もコスチュームに着替えている。例のジャケットはなし。
私は百と一緒に一番後ろの席に座っている。百の隣が私の定位置だと認知されているのか、もはや誰も何も言わない。車内ではクラスメイトたちが近くの人とどんな訓練をするのか、とか自分の個性についての話をしている。
出久くんが梅雨ちゃんに個性を使い慣れていないのではないか、などと聞かれている。おや、このときは確かにオールマイトの個性に似ている、と聞かれていたと思ったけど。『ワン・フォー・オール』の超パワーを見ているのは飯田くんとお茶子ちゃんぐらいだから、梅雨ちゃんがオールマイトとの近似性を見出すことはないのか。どうやら梅雨ちゃんは実技試験のときの彼の様子をお茶子ちゃんや飯田くんから聞いたらしく、それで疑問に思ったようだ。出久くんは最近個性が出たからだ、と説明。周囲からはそれは珍しい、個性の発現は4歳までじゃなかったか、発動条件がわからないとどんな個性かわからないことがある、と言った反応があった。
まさか他人から継承したとは誰も思わないよね。個性に干渉する個性もかなりレアだし。
「個性の出始め……麗日さんはどうでした?」
百を挟んで窓側の席に座っているお茶子ちゃんに尋ねる。
「ウチ? 最初の頃は下手にものを無重力にしちゃってしょっちゅう吐きそうになった」
あったね、そういう制限。クラスメイトのみんなは所謂第5世代に当たるけど、なんらかの制限・制約がついていることが多いように思う。個性と肉体がバランスを取ろうとしている、と言うことだろうか。んー、いや、荼毘なんかはあんまりバランス取れてなかったか。彼の場合はエンデヴァーから火力のみに偏った訓練を受けていたのもあるんだろうけど。
「私のときはちょっと手の届かないところを取ろうとして、だったと思います」
私はどうだったのか、と振られたのでそれに応える。実際はドクターを浮かび上がらせたわけだけど、中学より前のこととなると非実在エピソードを語らないといけないからなんとも面倒だ。自分で何を話したか設定を覚えておかないといけないし。5歳以前のエピソードはよく覚えていない、で切り抜けられるんだけど。
「んだとコラ、出すわ!!」
前の方で梅雨ちゃんに人気出なさそうと言われた爆豪くんが騒いでいる。そういうとこだぞ。個性も派手で強力、戦闘センス抜群、顔も悪くないのに態度が最悪。そのせいで弔に目をつけられちゃうんだからよっぽどだ。上鳴くんからもクソを下水で煮込んだような性格などと言われている。うーん、言葉選びはともかく的確な表現だ。百は低俗な会話だ、と呆れているけど、お茶子ちゃんは賑やかなのが楽しいのか朗らかに笑っている。
ほどなくして演習場に到着、場内に入るとそこはまるでテーマパークのように整備され、さながらUSJ……いや、私行ったことないんだけど、たぶんそんな感じだろう。
そこで待っていたのはスペースヒーロー・13号。ここは彼女が水難事故、土砂災害、火災などなど、あらゆる事故や災害を想定して作った演習場、その名も『
さて、今回の演習は念のための警戒態勢として3人の教師で見るはずが案の定オールマイトの姿はない。既にネットニュースでも通勤時のご活躍が報じられている通り、マッスルフォームの制限時間を使ってしまっているので生徒の前に姿を見せられなくなっているわけだ。
はぁ、あのさぁ、オールマイトさぁ、出られないならせめて手の空いている他の教師に代理を頼むとかないの? あの人ちょっと社会人としてどうなの? 相澤先生も不合理の極みだって呆れてるし。
授業前に13号からのお小言が始まる。まず自身の個性である『ブラックホール』はどんなものでも吸い込んでチリにしてしまうため、簡単に人を殺すことができるものでもある。今の社会は個性の使用を資格制とし、厳しく規制することで一見成り立っているように見える。しかし一歩間違えば容易に人を殺せるものを個々が持っていることに変わりはない。この授業は人命のために個性をどう活用するかを学ぶことが目的であり、皆が持つ力は人を傷つける為にあるのではなく、救ける為にあるのだと心得て欲しい、とのことだ。
確かに爆豪くんの『爆破』や轟くんの『半冷半燃』のようにそもそも殺傷力の高い個性は当然として、一見無害なそうなお茶子ちゃんの『無重力』や峰田くんの『もぎもぎ』も使いようによっては容易に人を死に至らしめられる。『無重力』はトガちゃんがお茶子ちゃんに変身して使ったときのように、高所に浮かび上がらせた状態で解除すれば相手は転落死だ。『もぎもぎ』は強い粘着性を持っていることから、口鼻に付着させてしまえば窒息死に至る。拘束能力もそれなりにあるから性犯罪に利用もできる。峰田くん、性欲の権化とか言われてるけど、根が小心者だからか本当にまずい行為には及んでいないようだ。いや、覗きも犯罪だけどさ。締めるよ?
個性そのものに殺傷性がないのは透ちゃんぐらいか? 相澤先生の『抹消』もだけど。あの実技試験を突破しなきゃいけないからそれなりに攻撃的な個性が集まってしまうから透ちゃんが例外的なだけな気もする。
そして人を殺すことが容易である、と言うことは誰もがヴィランになる可能性があることを意味している。本人にその気がなくても人を傷つけ後に引けなくなってしまう人も出てくるわけで、そうなってしまえばヴィランとして生きるしかなくなってしまう。ヴィランの再犯率ってかなり高いし、再逮捕となれば今度はタルタロス行きの可能性が非常に高くなる。生きづらいねぇ。
タルタロス、あれ、拘置所だから裁判なしで入れられるんだよね、未決囚を収容する施設だから。いや、法的には結構グレーっぽいし、海外から人権侵害って非難されてるような場所でもある。職員も拘置者を人間扱いしてないし。ただ一般人もヴィランがタルタロスに収容されることに疑問を持っている人は少ないんだよね。法関係の人がたまに疑義を唱えるぐらいで。犯罪者に対する目が厳しいのは相変わらずだ。
皆が13号の言葉に感動しているけど、私は感心したように頷く振りをしながら白けた気分になっている。元からヒーローになる気がないのもあるけど、どうにもハリボテ感がぬぐえない。一見成り立っているように見えるってなんだよ。それって取り繕っているだけって言ってるのとどう違うんだ。ヒーローはヴィラン犯罪に対応するためのものであって、個性社会の問題解決手段ではないんだけど、ヒーローが、オールマイトのような象徴なんて呼ばれる存在がいることで根本的な問題を覆い隠してしまっているように思える。
オールマイトの功績は否定しようがない。だけどそれがハリボテの中身の腐敗を見えなくしてしまっている。ならそれを暴いて白日の下にさらさなければならない。そう、今後の社会のためにも、平和の象徴は地に落ちてもらわないといけない。
「ご静聴ありがとうございました」
さて、13号の話も終わったことだし、そろそろ弔たちが来る頃のはずだけど。拍手しているみんなをよそに広場に視線を向ける。黒い渦のようなものが現れるのが見え、それが拡大していく。黒霧の『ワープゲート』だ。弔を先頭にいかにもな風貌をした連中が続く。異形系が多い感じがするけど、他はそれに合わせたファッションだろうか。仲間意識が強くてよろしい。
「ひとかたまりになって動くな! 13号!! 生徒を守れ!」
異変に気づいた相澤先生が叫ぶ。さすがはプロ、反応が早い。けど、生徒の方は状況を飲み込めずにいる。
「動くな。あれはヴィランだ!!」
「ヴィランンン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホ過ぎるぞ!」
誰かが叫ぶがごもっともだ。しかし、侵入者用センサーを無効化できる個性持ちがいて、校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割を把握していることから何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ、と轟くんが冷静に分析する。センサー妨害要員は先に潜入させてるっぽいね。
その間にも相澤先生が13号に避難開始や校舎への連絡を指示する。先生自身は戦闘態勢を整えているが、それに出久くんが声を上げる。イレイザーヘッドの戦闘スタイルは個性を消してからの捕縛で、あの多人数を相手に正面戦闘を行うのは厳しいのではないかと。
それに相澤先生は一芸だけではヒーローは務まらないと返し、ヴィランへ向かって突撃、次々と撃破していく。鮮やかなものだ。
相澤先生がヴィランを引きつけている間に避難を進めようとする私たちの前に立ち塞がるように黒霧が転移してくる。
「初めまして、我々はヴィラン連合。せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴・オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことで」
黒霧が言い終わらないうちに爆豪くんと切島くんが攻撃を仕掛けるも効果はなし。
「して。危ない危ない……生徒と言えど優秀な金の卵。そして私の役目はこれ、散らして嬲り殺す」
黒霧がその肉体そのものである黒い霧を広げ、私たちを飲み込む。さーて、どこに飛ばされるのかな。
霧が晴れると、そこは炎迸る火災ゾーンだ。
火災は1日に規模の大小は別として100件近く発生している。これに備えるための訓練を行う施設、と言うのが施設案内に書かれていたこのゾーンの概要だ。火災対応は専門の職業である消防士がいるので消火活動は基本彼らの役割だが、人命救助となればヒーローの出番というわけだ。
全体としては市街地演習場と同じ造りだけど、建物が炎上しているのが大きな違いだ。と言っても全ての建物が実際に燃えているわけではない。照明などを使ってそういう風に見せているだけだ。建造物に限らないが、世の多くのものは火に弱い。使うわけでもないのに燃やしていたら施設の劣化が進むし、燃料をはじめ余分なコストもかかってしまい不合理だ。火災救助訓練の場合、ゾーン内にある様々な施設を模した建物を利用することになる。この場合は実際に火がつくことになる。
『ワープゲート』で転移させられたのはそんな火災ゾーンの大通りを模した場所だ。
少し離れたところには胴着っぽいコスチュームの少年――尾白くんだ、そして周囲には10人以上のヴィランたち。
「尾白くん!」
「ッ! 志村さんか」
尾白くんに呼びかけてお互い距離を詰め、背中合わせになる。
「みんなと引き離されたみたいだ! ここは……」
「火災ゾーンですね」
「じゃあ、他のみんなもUSJのあちこちに飛ばされたってことか」
「でしょうね。ヴィランのおまけつきで」
見た感じ、火耐性を持っているような者がここに配置されているらしい。そうでなければそもそもこのエリアにいるのもきついだろうし。
それにしても、どいつもこいつも下卑た笑みをこちらに、それも私に集中して向けられている。これはあれだな、こっちが子供だと思って舐めきっているのと、女子生徒は好きにしても良いとか言われてるんだろうな。弔自身は女にはあんまり興味がなさそうだけど、この手の連中はそうでもない。
ああ、やだやだ気持ち悪い。これだから男ってのは。と言うか、私に欲情するとかどんだけ女に飢えてるんだ。もしくはロリコンか。場合によっては尾白くんも対象になるけど。
鬱陶しいのでさっさと倒してしまおう。
『人命感知』で火災ゾーンにいるヴィランの位置と座標を確認、私たちを囲っている連中で全部だ。
ヴィラン全員を見回してから対象の急所、こめかみと顎の座標に『念動力』のエネルギーを送り込む。
「“
ヴィランたちが短い悲鳴をあげてバタバタと倒れる。どんな個性を持っていようが急所を叩かれてはどうにもなるまい。
「え? えええ?」
尾白くんが唖然としている。ここをどうやって切り抜けようか考えていただろうに、私があっさり倒してしまってはそうもなる。振り返って尾白くんと顔を合わせる。
「尾白くん、ここにいるヴィランの拘束と監視を任せていいですか。私は中央広場に行きます」
「え? でも、中央広場は相澤先生がいるし、他のところに応援に行った方がいいんじゃないか?」
「確かにそうです。けど、相手はオールマイトの抹殺をうたっています。ならばそれができるだけの用意をしてあるはずです。それに相澤先生がいかに優れたヒーローであってもあの人数を相手に戦い続けるのはかなりの負担のはずですし、どのみち広場のヴィランを排除しないことにはここから出られません」
「少しでも先生の負担を減らそうってわけか。うーん……わかった、ここは任せてくれ」
「よろしくお願いします。では」
尾白くんと別れ、火災ゾーンの出口へ向かって駆ける。
移動している間に『サーチ』でみんながいる場所を確認しておこう。
入り口付近にいるのは飯田くん、お茶子ちゃん、三奈ちゃん、障子くん、砂藤くん、瀬呂くん、13号。
中央広場、相澤先生。
暴風・大雨ゾーン、常闇くん、口田くん。
水難ゾーン、出久くん、梅雨ちゃん、峰田くん。
山岳ゾーン、百、響香ちゃん、上鳴くん。
土砂ゾーン、透ちゃん、轟くん。
火災ゾーン、尾白くん。
倒壊ゾーン、爆豪くん、切島くん、青山くん。
んん? 青山くんはなんで他の2人と離れたところにいるんだ? 周囲にヴィランもいないし。んー、黒霧が転移先を間違えるとは思えないし、転移されてすぐに隠れたのか? ヒーロー志望としてそれはどうなんだろうか。ただまあ、私たちは学生なのだから危険だと感じたら隠れるのは間違ってはいないんだけど。しかし、どこにいたか秘密って言ってたと思ったけど、もしかして隠れてたのが恥ずかしかったのだろうか。ナルシストだからねぇ、彼。
まあ、倒壊ゾーンは爆豪くんと切島くんの2人がいれば問題ないだろう。土砂ゾーンは既に轟くんによって制圧済みで尋問を行っているところのようだ。暴風・大雨ゾーンは常闇くんがうまく立ち回っている。動物のいない状況じゃ口田くんは戦力外か。うーん、ポテンシャルは高いと思うんだけどね、彼。入り口の方は飯田くんを外に出すために黒霧との攻防が続いている。山岳ゾーンは大丈夫だろうけど、もし百を傷物にしたら許さん。百を傷つけていいのは私だけだ。
火災ゾーンから出たところで水難ゾーンの方に水柱が上がっているのが見えた。出久くんたちが水中ヴィランを撃破したようだ。
さーて、とうとう弔と脳無が相手だ。ここからはどう転がるかわからないけど、うまくやらないとね。
出久、梅雨、実の3人はそれぞれの個性と機転で水難ゾーンに配置されていたヴィランたちの撃退に成功した。もっとも、全員が集まっていたことでうまくいった面もあり、運に助けられたと言う課題の残る勝利ではあったが。それでも初戦闘にして初勝利を飾ったことに違いはない。次の行動としては、このまま広場を避けて出口へ向かい助けを呼ぶのが最善ではあるが広場で数多くの敵を引きつけている相澤を無視してしまうこともできない。もちろん邪魔にならないように、隙を見て少しでも相澤の負担を減らせないかと出久は考えたのだ。
水難ゾーンは広場からも近く、相澤が戦っている姿も見える。立っている敵の数は減ってきているものの、未だ多勢であることに変わりはない。相澤は当然制圧するつもりなのだろうが、元々彼が得意としているのは奇襲からの短期戦だ。にも関わらず真正面からの戦闘を選んだのはひとえに生徒たちのためだ。彼らを守るため、安心させるため。彼らがいかに優秀であってもまだヒーローの卵、大人の庇護が必要な存在なのだ。
しかし、やはりと言うべきか、戦闘を続けていれば消耗は避けられない。全身に手のような装飾をつけた男――言動からしてリーダー格だろう、の個性によって相澤の右肘が崩されると言う形でついに負傷してしまう。それでも相澤は動きを止めることなく戦闘を継続する。自分が倒れれば次は子供たちだ。
と、出久たちの側を1つの影が駆け抜けていく。黒いボディスーツにツートンカラーの髪。
「志村だ」
「来た方向から、火災ゾーンにいたみたい。彼女もヴィランを倒したのね」
常夜は出久たちの数歩前で立ち止まり、状況の推移を見守っているようだ。
相澤から一撃を受けて体勢を崩していたリーダー格の男がゆらりと身を起こし、相澤の戦い方を指摘しながらその行動をふざけたように賞賛してみせる。かっこいいなぁ、かっこいいなぁ、と。
「ところでヒーロー。本命は俺じゃない」
その言葉が合図であったのか、相澤の背後からこれまで動きを見せていなかった脳がむき出しになったようなマスクで頭部を覆った大柄なヴィランが襲いかかる。
「相澤先生!?」
次の瞬間、出久たちが見たのは為す術もなく相澤が地面に叩き伏せられる光景だった。
一瞬の出来事だった。あまりにもヴィランの動きが速いために何が起きたかわからなかったほどだ。あるいはあまりにも衝撃的であるために理解が追いついていないのか。
「対平和の象徴改人・脳無。この通りオールマイト抹殺用だけど、せっかくだ、味わってくれ」
信じがたい光景だった。ついさきほどまであれほど見事な立ち回りを見せていた相澤が倒れている。リーダー格の男はそれを眺めながらフラフラと体を揺らせている。
「個性を消せる、素敵だけど、なんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまりただの無個性だもの」
脳無が相澤の右腕を掴み小枝でも折るかのように握りつぶす。相澤の口から苦悶の呻きが漏れる。脳無が今度は左腕とばかりに手を伸ばすが、その直前に硬直したように動きを止める。
「くっ、なんて重い……!」
常夜が“
「なんだ……他にも子供が戻ってきてたのか。有象無象とは言え、子供の相手もでき、ないの、か?」
リーダー格の男が常夜の姿を見た瞬間、それまで余裕ぶっていた空気が消え去り、不明瞭な言葉をブツブツと呟きながら自身の首を掻き毟り始める。それも皮膚が破れ出血しているのも構わずに。
「脳無ッ! あのガキを殺せ!!」
その言葉に応えるように脳無が常夜の姿を見据える。まだ“
そして敵は脳無だけではなく、誰か1人でも常夜に襲いかかれば均衡は容易く崩される。つまり彼女が脳無に蹂躙されるのは時間の問題だ。絶体絶命。少なくとも、学校で教えてくれるような言葉ではない。
常夜が意を決したように深呼吸する。“
数メートル飛ぶ間に体勢を整え、衝撃波で足場を形成しさらに跳ぶ。これを繰り返すことで天井まで逃げようと言う算段だ。
一方の脳無は常夜から視線を外すことなくその場で膝を屈めて力を十分に溜め、砲弾の如き勢いで跳躍する。既に10m近くまで跳んでいた常夜の左足を脳無の右手が捉える。これに気づいた常夜が“
そしてついに脳無の手が常夜の左足を掴む、いや握りつぶした。肉が潰れ骨が砕ける音と、常夜の苦痛の叫びが響く。
無論、脳無がそれに斟酌するわけもない。すでに跳躍の頂点に達しているため、脳無と常夜が落下し始め、その勢いのまま、脳無は地面に常夜を叩きつける。背面を強打、掴まれた左足が関節の可動範囲を無視した方向に曲がり、常夜はもはや声すら上げることもできない。
痛みと衝撃で身動きが取れない常夜の胸めがけて脳無の拳が振り下ろされる。常夜の体が跳ね、口からは鮮血が飛び散る。それだけでは終わらず、さらに3度殴打が続く。その一撃ごとに、少女の体からなにかが引き剥がされ、抜け落ちていくかのようであった。
脳無は常夜の頭を掴み、勝ち誇るかのように頭上に掲げる。常夜は糸の切れた操り人形のようにピクリとも動かない。変形した左足から血が滴り落ち、地面に血痕を作っていく。
そして脳無はようやく立ち上がった相澤の前に常夜の体を放り投げる。力無く地面に横たわる常夜に相澤の顔が怒りと悔恨に染まっていく。
「な、なぁ、ああああ、あれ生き、てるよな……?」
「うそ……」
実はガタガタと身を震わせ、梅雨も表情に変化はないが蒼白になっている。
数分にも満たない時間だった。その間、出久たちはただ見ていることしかできなかった。水難ゾーンで得た勝利の高揚などとうに吹き飛んでいて。自分達の力が通用すると勘違いしていた。相澤が重傷を負い、常夜が無惨な姿を晒しているのを見て、ようやく気づかされたのだ、プロの世界、彼らが戦っているもの。それが、これほどまでに恐ろしいものだと。出久の脳裏に、プロヒーローの年間殉職数が浮かび上がる。年々減少してはいるが、決して0にはならない数値。眼前の光景は、そうした現実を表しているかのようだった。
一方、リーダー格の男は安堵したかのように深く息を吐き出している。その背後に黒い霧が現れ、人の形に収束していく。
「死柄木弔」
「黒霧。13号はやったのか」
「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……1名逃げられました」
「…………は?」
その報告にリーダー格の男――弔は再び首を掻き毟り出す。
「はぁー……黒霧、おまえ、おまえが『ワープゲート』じゃなかったら粉々にしたよ。さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ、今回はゲームオーバーだ……帰ろっか」
何を言っているのかわからなかった。オールマイトを殺そうとしているのに帰る? 襲撃を受けたことで雄英は非難を受けるだろうが、雄英側の危機意識は上がりさらなる襲撃を許すとは思えない。いったい何を考えているのか、なんとも気味が悪い。
「ガキも1人殺して、平和の象徴の矜持をへし折るには……少し不足か? もう2、3人殺してお」
弔が言い終わる直前、顔に装着した手の形を模したマスクが弾き飛ばされる。
「ああ……だめだ、ごめんなさい、お父さん」
マスクを拾い上げ装着し直すと、弔は下手人を捜すように周囲を見回す。残存しているヴィラン、違う、遠距離タイプはすでに倒されている。水難ゾーン付近にいる子供達、これも違う、どれも棒立ちだ。イレイザーヘッド、違う、充血している以上に赤くなった目で睨んでいるが近距離攻撃手段しか持たない。黒霧・脳無、当然違う。なら誰だ。まさか。脳無が殺したはずの少女を睨む。
そこには頭だけを持ち上げ、弔に未だに強い意志を持った目を向ける常夜の姿があった。そしてその目が一瞬出久に向けられる。それはまるで、お前はそこで何をしているのか? と問いかけているようで。
「ああ、クソ……なんだあのガキ生きてんじゃねえか……! 俺は殺せって命令したはずだよな脳無! どいつもこいつも……」
苛立ちを隠すことなく首を掻き毟る弔。
「脳無! さっさとトドメをさせ!!」
その言葉にいち早く反応したのは脳無ではなく出久であった。まるで何かに突き動かされたかのように、これまで動けずにいたのが嘘のようだ。『ワン・フォー・オール』を自身の肉体を傷つけないギリギリの出力である20%を両足で発動させて飛び出す。何か考えがあってのことではない、“考える前に体が動いていた”のだ。
そしてその勢いのままやはり20%の出力を右腕にかけ脳無の胴体を殴りつける。が、脳無は微動だにしない。脳無の無感情な視線が出久に向けられる。
今のが効かない? まさか、そんな、いや、もしかして、オールマイトを殺す手段と言うのは、このヴィランのことなのか。
障害の排除を優先しようとしているのか、脳無は伸びたままの出久の右腕を掴もうとする。
「緑谷! 止まるな!!」
相澤が『抹消』を発動させながら叫ぶ。
相澤は出久の個性が持つパワーを実技試験で見ている。0ポイントヴィランのロボットはパンチ1つで撃破できるようなものではない。それこそオールマイト並のパワーでもなければ。
脳無が跳躍しようとしたとき、相澤は『抹消』したが効果はみられなかった。つまりあのパワーは個性ではなく、信じ難いことに素の身体能力と言うことになる。そして出久の攻撃をまったく受け付けないとなれば、打撃を無効化しているのは脳無の個性。ならばそれを消せば出久の攻撃が通用する可能性は高い。
危険な賭けだ。しかしこの場でまともに動けるのが出久だけである以上、彼に賭けるより他ない。
相澤の声に応えるように出久は左腕を振りかぶる。今度は出力100%、確実に左腕が壊れることになるが躊躇ってはいられない。
「
渾身の一撃が再度脳無の胴体に叩きつけられる。それと同時に左腕に激痛が走る。相澤の読み通り、物理攻撃を無効化する個性を抹消された脳無は弾き飛ばされ、出入口に続く階段に突っ込みその一部を瓦礫へと変える。しかしこの一撃の効果はこれだけに止まらない、広場に突風が吹き荒れ棒立ちになっていたヴィランたちすら吹き飛ばしてしまう。ついでに実も飛ばされそうになるも梅雨が舌で捕らえたため事なきを得た。
風が止み、土煙が収まっていくと、弔と黒霧はさきほどと同じ場所に佇んでいた。弔は人差し指で軽く首を掻きながら、階段の瓦礫と出久に交互に視線を向ける。
「いい動きするなぁ……それにパワーも並外れていて、まるでオールマイトみたいだ。技の名前もオールマイトと一緒、フォロワーか? けど、これで脳無を倒せるなんて思ってもらっちゃ困る」
「え?」
瓦礫を押しのけ脳無が何事もなかったかのように姿を現す。ダメージを受けている様子がまるでない。
「嘘だろ……」
出久は愕然とする。100%だぞ? 『ワン・フォー・オール』、オールマイトの力だぞ? あんなに吹き飛ばしたのに、効いてないのか? どうすればいい? どうすれば……!
「緑谷、志村を連れて逃げろ!」
相澤が叫ぶものの、思考が狭窄した出久には届かない。
「個性を消せば攻撃が通じるって考えたのは悪くなかった、意味なかったけど。まあいいや、君」
わずか一呼吸の時間で脳無が出久の眼前に迫る。考えがまとまらない、逃げることも迎え撃つことももう間に合わない。ダメなのか、と考えが出久の脳裏をよぎった瞬間、出入口の自動ドアが外側から吹き飛ばされる。
「もう大丈夫」
平和の象徴。No.1ヒーロー。ナチュラルボーンヒーロー。
「私が来た」
生徒たちが、ヴィランたちすらも待ち望んでいたオールマイトが遂に戦場に到着したのだった。その顔には普段のような笑みはなく、悪への怒りが刻み込まれていた。
弔がその姿を睨みながら呟く。
「あー……コンティニューだ」
オールフォーワンの名前を他で書くときにパパって書きそうになる今日この頃。
一話のボリュームってこれぐらいでいいんだろうか……