ラスボスの子に転生したのでNO.1ヒーローを曇らせたいと思う 作:タメガイ連盟員
誤字報告ありがとうございます。
更新が滞り申し訳ありません。
6月24日総合評価10000達成しました。ありがとうございます。
雄英教師陣の応援到着、死柄木弔と黒霧の撤退により事態は収束へ向かった。まだ各所にヴィランが残っているものの、何人ものプロヒーローが集まっているこの状況では彼らが鎮圧されるのは時間の問題だろう。
安否確認のため、A組の生徒たちがゲート前に集められた。軽傷者が数名いたものの、ほぼ全員が無事と言う結果にひとまず教師陣は安堵する。しかし、応援の到着と前後して病院に搬送された常夜はその例外だ。教師達はプロヒーローとして幾度となく凄惨な現場に立ち向かってきた。そのためいやが上にも事件・事故被害者の容態が理解できるようになる。無論、そうした知識は各校のヒーロー科の授業で教えられるものだが、経験則としてあの人は助かる、あの人はもうダメだ、と言うのが見えてくるようになるのだ。その観点からすると、常夜は後者に近い状態だ。
救助はヒーローの役割の1つだが、それが済んでしまえばあとは医療者の仕事だ。そうなればあとは相手の無事を祈る以外にできることはない。なんでもできるように思えるヒーローだが、なにもできない瞬間は存在しているのだ。
ヴィランの襲撃、しかも主犯格の逃亡を許したと言う結果は雄英にとって好ましいものではない。襲撃を受けたこと自体は前代未聞と言うわけではないが、ここ数十年の間にはなかったことだ。これに加え死者を出したとなれば相当な非難を浴びることになるだろうし、当然それは学校関係者の責任問題へ発展する。そうでなくても国内最高峰への襲撃があったとなれば社会的な影響は少なくないのだ、これ以上の動揺は避けなければならない。
とは言え、現状ではさらなる襲撃に備えてのセキュリティ強化、逃亡したヴィランの捜索とできることは限られてしまっている。そうだとわかっていも、些かもどかしさを感じるところだ。
生徒から相澤、13号、オールマイトと出久、常夜の容態について質問があがる。
相澤は右上腕骨の粉砕骨折と打撲が複数箇所、13号は背中から上腕にかけての裂傷を負ったがいずれも命に別状はなし。オールマイトと出久も命に別状はなくリカバリーガールの治癒で十分処置可能であるため保健室へ運ばれている。そして、常夜。説明していた刑事、塚内が言いよどむ。
「……志村常夜さんはすでに病院に搬送されている。胸部と背中を強く打っているのと左脚の複雑骨折、右目の損傷……かなりの重傷だ。こういうことを言うのは酷かもしれないけど、万が一、ということもあり得ると思っておいて欲しい」
その言葉にそれまで戦闘後にしては和やかだった雰囲気が一瞬で霧散し、生徒達の表情が強ばる。クラスメイトが死ぬかもしれないと聞かされて冷静でいられるはずもない。特に常夜と親しい関係にある百の動揺は激しく、口元を押さえ体を震わせている。膝をつかずにいるのは学級委員長と言う立場にあるため、なんとか踏みとどまっているためだろう。
このまま生徒達を演習場に留めておくわけにもいかないので、教室に戻ってもらい落ち着いてから事情聴取を行うこととなる。ただし、学校側からの事件についてのアナウンスがない状態でA組の生徒が他の生徒と接触するのは好ましくないため多少の時間を置かなければならない。そのため、行きで乗ってきたバスでしばらく待機することになった。
バスに乗り込み、それぞれが行きと同じ座席に腰を下ろす。ただ、響香だけは勝己の隣ではなく、百を挟むようにお茶子と共に最後尾の席に着いていた。誰もがコスチュームの汚れが座席に着いてしまうことを気にしていない、いや気にする余裕がない。早すぎる初めての実戦を経て、その昂揚が収まれば次にやってきたのは疲労だ。緊張状態が続いていたことが、彼らの体力を想像以上に奪っていた。通常ならば、実戦を経験するのは早くても2年時の仮免許取得後のヒーローインターンのときになるはずだ。ヒーロー科と言えど入学から1週間程度とあっては実戦への心構えなどできているはずもない。切り抜けられはしたものの、相手が路地裏で燻っているような連中だからなんとかなったようなものだ。
黒霧によって分断されたことで、各々が経験したものも異なっている。各訓練ゾーンでの戦闘を続けていた者、オールマイトと脳無との戦闘を目撃、あるいは参加した者、そして脳無の圧倒的な暴力に晒された者。
無論、疲労の原因はそれだけではない。さきほど伝えられた常夜の容態が車内の空気を重くしていた。
しばしの沈黙の後、誰からともなく、それぞれの場所でなにがあったのかを語り始めるが、車内の雰囲気に反映してかひどく淡々としたものだった。そして救援を呼ぶために天哉を送り出したゲート前での攻防が語り終わると、残るは水難ゾーンと中央広場だ。当事者のうち2人がこの場にいないため、語り手は一部始終を目撃していた梅雨だ。
水難ゾーンを切り抜け、梅雨らが目撃したのは中央広場で大勢のヴィラン相手に奮闘する相澤を一瞬で倒した脳無というヴィラン。そして。
そこまで話した梅雨は視線を最後尾の座席に向ける。既にかなりのショックを受けている百が気がかりだった。果たして、このまま話してもいいのだろうか。自分でもあの光景を思い出しただけで血の気が引いているのを感じているのに?
「なあ、蛙水、話しにくいんだったら無理に話さなくても……」
躊躇っている梅雨を気遣ってか、鋭児郎が声をかける。
「……梅雨ちゃんと呼んでちょうだい」
「え、あ、ああ、わるい?」
梅雨は百と自分の目が合ったことに気づく。僅かに、百が頷いたように見えた。ここからは彼女にとって過酷なものになる。それでも、知りたいのだろう。なら。梅雨は一度深呼吸をしてから、意を決して話を続ける。
「……常夜ちゃん、私たちと同じぐらいのタイミングで広場に来たわ。きっと相澤先生を助けようとして、目をつけられてしまったんだと思う。そして、あの真っ黒なヴィランに襲われた」
「真っ黒なヴィランって、あの脳みそ見えてる奴だろ!? オールマイトが自分と同じぐらいのパワーだって言ってた。そんなのに襲われたんじゃ……!」
「切島ちゃん、ちょっと静かに」
立ち上がりかけた鋭児郎が梅雨に窘められて腰を下ろす。脳無について説明する手間が省けたが、もう少し落ち着いて欲しいと思う。
脳無に襲われた常夜は、とても生きているとは思えない状態だった。鋭児郎の言う通り、オールマイト並のパワーで殴打されて無事で済むはずがない。そして次は自分なのではないかと言う恐怖もあった。いや、実際に撤退をしようとしていたヴィランは不在のオールマイトの代わりにこちらに狙いを定めようとしていた。あのとき、常夜が意識を取り戻し、出久がヴィランに立ち向かわなければ梅雨も危険であったことは間違いない。
そして、オールマイトの登場。
このあと梅雨は出久、実と共に常夜と相澤をゲート前まで運ぶよう指示されたため彼女の語りはここまで。続くオールマイトの活躍はその様子を見ていたゲート前組と鋭児郎に引き継がれた。なお、鋭児郎と同じく中央広場に駆けつけた焦凍と勝己はいずれも終始無言であるため話には加わっていない。
「俺らが山岳ゾーンにいる間にそんなことになっていたなんて……」
中央広場で起きたことを聞かされた電気が深くうなだれる。彼と百、響香がいた山岳ゾーンでは彼の個性である『帯電』を使った放電攻撃でヴィランを一掃できたかのように見えたのだが、電気耐性がある者がいたため不意を突かれて人質に取られてしまうという失態を演じている。あのまま応援が来なければ大変なことになっていたに違いない。しかも山岳ゾーン以外ではヴィランを撃退していて、暴風・大雨ゾーンの踏陰、甲司を別にして、みな中央広場の応援に駆けつけていたことを考えれば情けなく思っても仕方のないことだろう。山岳ゾーンに電気耐性を持ったヴィランがいたのは偶然なのだが、油断した隙をつかれたことには変わりがなく、常夜のことを抜きにしても落ち込むのも無理はない。
電気は常夜と席が隣同士で響香共々よく話をしていることもあり、クラスの中では特に好感を持っている相手だ。もっとも、これは電気に限った話ではなく、不思議なことにクラスのほとんどが常夜に対して好意を持っていた。だからこそ、誰も彼もが沈痛な思いを抱いているのだった。
その中でも特に、いや当然と言うべきか、百の様子はさきほどより悪化していた。体の震えはさらに強くなり、顔色は文字通り蒼白だった。覚悟していたつもりだった。だがやはり、耐えきれない。中学の3年間、親友として、ライバルとして、未来の相棒として過ごしてきた。百にとって常夜が隣にいることは日常であり、彼女がいないことなどもはや考えられないほどだった。だから、このまま彼女が失われたとしたら、正気でいられるだろうか。
両隣の響香とお茶子が手を握ったり背中を摩ったりするが、それ以上はどうしたらいいのか見当もつかない。顔を見合わせてもお互いに困惑しているのがわかるだけだ。常夜と百の仲の良さは短いながらも嫌というほど見ていたが、これほどとは思わなかった。
「クソッ、仲間が大変なことになっているって言うのに、なにもできないってのか」
鋭児郎が自分の膝を殴りつけながら呻く。
「気持ちはわかるが、今は搬送された病院の医師の皆さんを信じ、彼女の無事を祈るしかあるまい」
それを天哉が宥めるが、そう簡単に落ち着けるものではない。不安と焦燥、体の内側からじりじりと炙られているような感覚はその原因を取り除かなくては消えようがない。
「ていうかさ、尾白くん、志村さんと同じところにいたんだよね? なんで1人で行かせちゃったの?」
突然、何かに耐えきれなくなったらしい透が隣に座っている猿夫に詰め寄り出す。
「彼女が自分で行くって言い出したし、それにあれだけの数のヴィランを1人で倒しちゃったんだぞ? 大丈夫だって思ったんだよ」
「尾白くんはなにしてたの」
「彼女が倒したヴィランの拘束と監視。先週の屋内訓練に続いてほとんど何もできなくて情けない気分だったけど」
「じゃあさ、助けに行くことだってできたよね。なんで――」
「葉隠さ、不安で苛つくのはわかるけどさ、尾白に当たってもしょうがないじゃん」
ヒートアップしかけている透を見かねた三奈が止める。透はハッとした様子で猿夫から離れて椅子に座る。
「……ごめん」
「いや、いいよ。ため込むより、吐き出した方が良いし、俺に八つ当たりして少しでも気分が良くなるならその方が良いだろうし」
「……うん」
透はついさっきとは打って変わって俯いて椅子の上で小さくなっているようだった。彼女はわけもなく熱くなってしまったわけではない。透がいたのは土砂ゾーン、ここにいたヴィランは焦凍があっさりと氷漬けにしてしまったためできることはなにもなかった。事態が収まるまで隠れていただけだ。透の個性を考えれば、隠れていたのはむしろ当然だと言えるが本人はそうは思わない。みんなが戦っているときに何もしていなかった、できなかった。そのことが透を蝕んでいた。
思えば、入学試験の実技ではスレスレの合格、続く個性把握テストでも最下位争い、戦闘訓練ではなにもできずに敗北。自分の個性とは相性が悪かった? そんな言葉はプロの世界で通じるはずもない。こんなことでヒーローに、いやヒーロー科に居続けることができるのだろうか? 今回の事件の首謀者は逃走していて、またいつか同じようなことが起きるかもしれない。そのとき、また同じように隠れたままでいていいのか。ならどうする? 強くなるしかない。ヒーローになるためにも、常夜のためにも。
「……あれ」
今、何か変なことを考えていなかっただろうか。いや、そんなはずはない、常夜の無事を祈ることと強くなろうと決意することは何ら矛盾することではない。何もおかしなことはない。そうだ、そのはずだ。
口に出してしまっていたらしく、猿夫が心配そうに見ているのに気づきなんでもないと誤魔化す透。だが何か、胸の奥にしこりがあるような奇妙な感覚がある。常夜にまた会えればわかるだろうか。またもやあれ、と内心で首を傾げる。確かに仲良くはしているけど、それほど大きな存在だっただろうか? わからない、頭の中がごちゃごちゃになっている。
バスの中を見回すと会話をしている者はいないが、依然誰もが落ち着かない様子であることに変わりはない。
そこにプレゼントマイクがバスに乗り込んできた。担任と副担任がどちらもダウンしているため彼が担任代理を務めることになったことと、これから校舎に戻ることを告げる。ようやく、と言ったところだがまだ警察からの事情聴取があるため下校するにはまだ時間がかかるのだが。
マイクは無人バスを発車するよう操作すると最前列に席に腰を下ろす。マイク自身、学生時代に友人を亡くした経験があるから今のA組の生徒たちの心境は察せられる。今回の事件は入学間もない彼らにとって過酷な出来事だ。今後、カウンセリングなどのアフターケアは必須だろうし、保護者への説明もしなければならない。既にオールマイトのおかげで喧しいことこの上ないメディア対応もさらに増加することだろう。いずれもマイクが担当することではないがなんとも頭が痛くなる状況だ。
新学期始まって早々この事件、今年は荒れるかもしれない。そう思わずにいられなかった。
一方、オールマイトと出久は保健室のベッドに横になっていた。壊れていた出久の左腕はリカバリーガールの強めの治癒で完治しているが、先の戦闘での疲労もあって念のために点滴を打たれている。オールマイトも脳無と正面から殴り合ったのに加え、活動限界を超えており、1度の治癒で回復しきれないため、残りは日を分けて行うことになっている。
天井を見つめながら、オールマイトは先ほどの戦闘を思い出す。あの脳無と呼ばれたヴィラン。強敵だった、無茶をしなければならないほどに。これでまた活動時間が短くなってしまったはずだ。せめて1時間は維持したいが個性を出久に継がせてから減り続けていることを考えると厳しいだろう。
取り逃がした2人も、今後社会にとって脅威になり得る存在であることは間違いない。だが彼らはスナイプによる銃撃を受けており、仲間に治癒系個性を持つ者がいない限り早々に活動再開とはいかないだろう。その間に行方を掴めればいいのだが。
相澤が途中で昏倒していなければ逃走を阻止できたかもしれないが、オールマイトが到着するまでの間生徒を守るべく奮闘していたのだからそれ以上を求めるのは酷だろう。
それ以上にオールマイトの内心にあったものは常夜のことだ。地面に倒れ伏す彼女の姿が、亡き師に重なったのだ。
オールマイトは志村奈菜の最期を目にしているわけではない。自分たちを逃がすためにあの巨悪に立ち向かう後ろ姿。それがオールマイトが見たすべてだ。雄英に在籍していた当時、師が巨悪に殺害されると言う悪夢に何度魘されたことだろうか。
溢れる激情を抑えるのにひどく苦労した。激したまま拳を振るうことはヒーローとして許されざることだ。無論、強い感情はより大きな力をもたらすが、冷静さを失ってはいけない。かつて師にもそう教わったではないか。
「これじゃあ、お師匠様に顔向けができないな……」
つい、言葉が漏れる。
「師匠?」
ほんの小さな呟きだったのだが、室内が静かだったためかそれを出久が聞きとがめたらしい。出久は自他とも認めるオールマイトフリークだが、彼に師匠がいたと言う話は聞いたことがない。
「なんだい、まだ話してなかったのかい」
リカバリーガールが呆れたようにオールマイトを見る。生前の志村奈菜と交友があったヒーローは今や数少ないが、その1人が彼女で、常夜が師の孫かもしれないと言うことは既に話していたのだった。出久が『ワン・フォー・オール』を継承していることも伝えられていたため、そのあたりも語っていたと思っていたらしい。
「ああ、いえ、いずれ話そうと思っていたのですが」
「あんたそう言っているけどね、きっかけがなければずっと話さないだろ」
うぐっ、とオールマイトが言葉を詰まらせる。彼自身も少々話しづらい事柄ではあるが、どうせしばらくは保健室にいることになるし、リカバリーガールも言外に話せと言っているので、良い機会なのかもしれない。出久も興味津々と言った様子でこちらを見ていることだし。
オールマイトはベッドから体を起こし、出久の方に顔を向ける。
「さて、どこから話したらいいかな。ああ、リカバリーガールは『ワン・フォー・オール』のことは知っているから大丈夫だよ」
リカバリーガールが頷く。
「こいつともそれなりに長い付き合いになるね。他に知っているのは根津とサー・ナイトアイ、グラントリノぐらいか」
「グラントリノ?」
「お師匠様の盟友だった方さ。彼にはずいぶんしごかれたものだけど」
オールマイトの背筋に悪寒が走る。彼に鍛えられた雄英生時代、思い出すだけでも怖気が走るがそれがヒーローとしての土台になっているのだから文句は言えない。
「さすがに今は隠居されてるんじゃないかな。……トゥルーフォームは雄英の教師や政府や警察関係者には知らせているけど、個性については完全に伏せ続けてきたからね。再三言っているけど、緑谷少年も気をつけてくれよ?」
出久が頷いたのを確認するとオールマイトは話を続ける。
「さて、『ワン・フォー・オール』が継承されてきた個性であることは前に話したね? 私が8代目で、君が9代目だ」
100年以上に渡り巨悪を討つべく受け継がれて来た力。8代目のオールマイトによってその宿願は果たされたものの、継承者たちの多くが戦いの中で倒れていった。それだけ彼の巨悪の力は強大で、オールマイトもほぼ相討ちという形であった。
「7代目継承者、つまり私の先代の名は志村奈菜。そして私の師匠様でもあった」
天涯孤独の身であったオールマイトは彼女を母のように慕っていた。それを直接伝えたこともなければ態度に出したこともない。あくまで師弟として接し続けた。それでも彼女に見いだされてからの数年はヒーローとして戦い続けたときとはまた違った充実感があった。
「志村って、もしかして」
「ああ。志村少女はお師匠様の孫、かもしれないんだ」
「かも?」
曖昧な表現に出久が首を傾げる。オールマイトは秘密が多いため誤魔化したりすることはよくあるが、あやふやな言い方をすることはあまりない。
「私の心証としては90%間違いない、と思っているんだが証明する手段がないんだ」
「でも、祖母と孫なら戸籍とか調べればわかるんじゃ?」
「それができないんだ。お師匠様はご子息を里子に出したあと、戸籍を始め公的な繋がりを断っている」
その答えに出久が絶句する。なぜそんなことを?
「君もこの国が昔どういう状況だったかは学校の授業やテレビで知っているだろう?」
超常黎明期からの混乱もヒーロー制度が施行されるなど表面上は収まりつつあったが、治安状況は未だ改善の兆しが見えずにいた。悪が力を持ち、それに目をつけられぬよう誰もが息を潜め続ける日々。当然ヒーローの環境も生半可なものではない。ヴィランによるヒーローに対する襲撃、それがその家族にも及ぶことは珍しいことではなかった。
そうした状況の中、志村奈菜もまた夫を殺害されたことで、愛する息子を守るために自らと切り離す決意を固めた。ヒーローを辞めたとしても、恨みを買っているためヴィランの攻撃対象から外れることはない。苦渋の決断であった。戸籍レベルでも追えないように工作した後、仲間たちやオールマイトに息子と接触しないよう言いつけた。わずかでもヒーローとの繋がりがあれば襲撃対象になる危険があるからだ。
当然オールマイトは師の言いつけを守り続けたため、その後の行方を知る由もない。彼が調べようにも、師の工作も徹底したものなので辿ることはできないし、最後の手段としてDNA鑑定という手段もあるが、志村奈菜の遺伝情報など残っていないためやりようがない。もしかしたら昔のヒーロー仲間なら持っているかもしれないがそこまでして調べるつもりはなかった。
「そういうわけではっきりとはわからないんだ。本人に聞いてもおばあさんのことは知らなさそうだしね」
「でも、志村さん、おばあさんの写真持ってましたけど」
「え!? あ、いや、でも待てよ……」
常夜が祖母の写真を持っているからと言ってそれが志村奈菜を写したものであるとは限らない。だがそれがそうなのだとしたら、両者の関係は決定的だ。親子の関係を絶ったときに物品の類いも残していないものだとばかり思っていたが、師もヒーローである前に人の親、写真の1葉ぐらいは密かに残るようにしていたのだろう。しかしオールマイトが彼女にその写真を見せて欲しいと言うのはかなり不自然だし、師の言いつけに抵触しているように思える。
「僕も写真を見せてもらったんですけど、その人は志村さんに似ている感じだったし、志村さんのコスチュームもおばあさんのものを参考にしてるって言ってました」
「ん、んんー」
思わず眉間に人差し指を当てて唸ってしまうオールマイト。コスチュームも似ているとは思っていたがそこまでか。確かめたい、本当に彼女がそうなのかを。だが、それに言及すればなぜそんなことを尋ねるのか答えなければならないし、彼女の祖母が自分の師匠かもしれない、と話してしまえばそれが彼女の重荷になりはしないだろうか。目の前にいる出久も自身の後継者であるために気負っているように見えることが少なからずある。出久と比べれば関わりは遠いが、平和の象徴、その師匠の血縁者と言うのは相応に重圧がかかるはずだ。これはオールマイトの自惚れと言うわけではない、ヒーローの子弟が周囲の期待と言う重圧に耐えきれずヒーロー科を中退する例はごまんとある。
それに常夜と師の関係を確かめたいと言うのは自己満足でしかない。となると、このことは胸の内にしまって、教師と生徒として接していく方が良いのかもしれない。
「緑谷少年、とりあえず、志村少女とお師匠様の関係については内緒にしておいてくれないか? はっきりとした話じゃないし、彼女に無用の緊張をさせてしまうかもしれないしね」
出久がそれに頷く。オールマイトが次は何の話をしようかと思ったそのとき、スマホの通知音が部屋に鳴り響く。リカバリーガールのものだ。彼女がそのスマホを取り、いくらかやりとりをしてから通話を終える。どうやら病院からこちらに来て欲しいと言う要請があり、そちらに向かうことになったのだと言う。リカバリーガールは保健室から退出するときは鍵をかけて職員室に戻すようオールマイトに言いつけると保健室から出て行った。
それと入れ替わるように塚内刑事がやってくる。オールマイトがトゥルーフォームなのに、と出久はギョッとするが、すぐにオールマイトから旧知の仲であり秘密も知っていることを教えた。
「えーと、緑谷くんだったっけ。なぜ彼はここに?」
しかし塚内からしてみれば極一部の者しか知らされていないオールマイトの秘密を、いち生徒でしかないはずの出久が知っていることは疑問でしかない。オールマイトは去年のヘドロヴィラン事件のときにトゥルーフォームを見られてしまったことを明かす。塚内は何をやっているんだ、と呆れた様子で嘆息する。
「彼から漏れた様子はないけど、秘密ってのは知っている人間はできる限り少なくしないとバレてしまうものなんだから、気をつけてくれ。っと、早速で悪いがヴィランについて詳しく……」
事情を聞こうとする塚内を遮り、オールマイトは生徒や相澤、13号の安否を尋ねる。塚内はさきほどA組の生徒たちにしたのとほぼ同じ説明をする。それに3人のヒーローが身を挺していなければ被害はさらに拡大していただろうと付け加える。
「……やはり志村少女の容態は厳しいのか」
「生きているのが不思議なぐらい、だそうだ。おそらく今夜が山になる」
久しぶりに師の話をしたことで少々気が緩んでいたが、常夜が危機的状況にあることに変わりはないのだ。しかし、今のオールマイトにはただ彼女が無事命をつなぎ止めることを祈ることしかできない。そして、彼女がこのような状況にあるのは自分の責任でもある。根津に言われた通り、ヒーロー活動は抑えて教職に専念していれば、最初からあの場にいれば。なんと歯がゆく、なんと情けないことだろうか。無論、このような思いを味わったことは幾度となくあった。決して慣れない、慣れてはいけない味だ。
「……ああ、ついでだから緑谷くん、事情聴取ここでやっちゃおうか」
「え!? あ、はい」
急に話を振られたため、驚いてしまう出久。その顔は常夜の容態を聞いたことですっかり青ざめてしまっている。だが驚いたのは話の中に違和感があり、そこについて考えていたためだ。
常夜は右目に怪我をしていただろうか?
あのとき自分を見ていた常夜は両目とも健在だったと思ったのだが、刑事さんが言っていることなのだから自分の見間違いだろうと考えることにした。それに自分が見たときはなんともなかったと話したところで、現実に怪我をしているのだからまったく意味のないことだ。
塚内からの質問に答えていき、場面は脳無との戦闘に移る。あれは出久にとってはじめて死を意識した瞬間だった。それでもただ見ていることなどできなかった。そう、考える前に体が動いていたのだ。
「……相澤君の『抹消』があったのにも関わらずダメージがなかったのは『超再生』によるものだろう。『ショック吸収』と合わせて厄介な個性だ」
「ちょっと待ってくれ、複数の個性を持っていたってことかい」
「ああ。ヴィランのリーダーが自分で言ってたし、その効果は私自身も体験している」
複数の個性を所持していると言うことはまずあり得ない、ある例外を除いては。それを可能とする存在。どうにも嫌な感じがする。いや、奴はこの手で倒したはずだとオールマイトは自分に言い聞かせる。
「私が現場に到着したのはその直後だ。ここからは私も話に加わっていいかな?」
もちろんと出久と塚内が頷く。オールマイトと脳無の戦闘は、彼と親しい塚内にとっても驚愕すべきものだった。いくら衰えているとは言え、そんなヴィランが現れたとなるとただ事ではない。オールマイトが殴り飛ばしたため、現在身柄を捜索中だがそんなものを無事拘束できるのだろうか。
一通り話が終わり、塚内は窓の外に目を向ける。
「すっかり暗くなってしまったね。他の子の事情聴取もそろそろ終わるだろうし、緑谷くんも着替えて教室に戻った方がいいだろうね。体の方は大丈夫かな?」
出久は頷いてベッドから降りる。まだ少しだるい感じがあるが激しい運動をしない限りは問題なさそうだ。出久は2人に一礼してから部屋を出ようとするが、オールマイトに呼び止められる。
「……今回の事件、主犯を捕らえない限り終わりではない。だが、緑谷少年を始め生徒たちも我々同様に身を挺して戦った。これほど早く実戦を経験し大人の世界を、恐怖を知った1年生はいないだろう。この恐怖を乗り越え、糧としたとき、このクラスは強いヒーローになる。私は、そう確信しているよ」
オールマイトはそう締めくくり、サムズアップを出久に向けるのだった。
知らない天井だ。この病院は初めてだから間違ってないよ。うん。見た感じ一般病棟の個室っぽい。生まれて間もない頃を思い出すな。
襲撃から12時間ぐらい経ったと思う。弔のパパハンドマスクを吹っ飛ばしてから意識を落として、12時間で意識が戻るようにしておいたわけだ。ついでに『痛覚遮断』を予約発動しておいたので痛みを感じずに済んでいる。んーと、どうやらリカバリーガールが治癒したみたいで呼吸器や肋骨の損傷は治っている。代わりに体力がレッドゲージで、ものすごいだるい。腕を動かすのもきつい。あー、これも生まれた頃っぽいな。
潰された左足は応急処置だけで、こっちは体力が回復次第と言う感じか。いや、切断までいってなくてよかった。どっか不具になっておいた方が良いとは思ってたんだけど、さすがに義足は日常的なメンテとか面倒くさそうだし、なにより体に余計なものをくっつけたり入ったりするの嫌だし。なので右目を潰して隻眼にしたわけだ。これなら眼帯だけで済むからね。
まあ、隻眼だと『念動力』の照準がしづらくなるって問題があるけど、特訓でカバーしたことにすればいい。
で、だ。実は1度心臓止まってるんだよね。じゃないと脳無の方が止まらないから。
まず、脳無には弔からの“私を殺せ”と言う命令が入力されていて、これを完遂するか他の命令が入力されるまで実行しようとする。なので、私はオールマイトが来るまで殴られ続けるか、途中で死んで脳無が命令完了によって待機状態に入るのを待つか、のどちらかしかない。
さすがにあのパワーで殴られ続けたらいくら私が常人より頑丈でもどこかで死ぬから前者の結果にしかならないけど。で、それからどうしたかと言うと、『個性強制発動』+『個性自動発動』+『修復』で心臓を修復して蘇生したってわけだ。
うまくいってよかった。失敗したら失敗したで『不可知化』で広場に潜ませていた分身に修復させてたけど。
いやまあ、あそこに私が入る必要はないんだけど、“志村常夜”らしい振る舞いとしては必要だったわけだ。ここまで重傷になるつもりはなかったんだけどね。どっかの骨をいくつか折る程度だと思ってたんだけど、脳無が思いのほか徹底してたからこの有様だ。
ホントあれは痛かった。痛いって言うかえぐいって言うか、筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことだ。オールマイトはよくあのパワーで人ぶん殴って死なせずに済ませられるもんだな。うまくパワー調整してるんだろうけど。
そして気になるのは弔だ。私はママに似ているから何らかの反応はするとは思ってたけど、あそこまでとは思ってもみなかった。だって弔ってママの姿は写真で一度見ただけで、記憶だってはっきりしてないのに。うーん、一応血縁はあるからそれでか……? わからん。弔も私に対して原因不明の苛立ちを今後も感じちゃうだろうから、なにかにつけて絡まれそうだなぁ。面倒な。
それから気をつけないといけないのが、私は本来弔の存在を知らないと言うことだ。私が弔のことを知っているのは原作知識によるものだから、今後パパやドクターと話すときは要注意だ。積極的に接触するわけじゃないけど、一応ね。
にしても、こうしているとみんなの反応を見ることができないのが残念だよなぁ。分身が見てくれているから、あとで楽しむことはできるけど、生で見るのには敵わないし。
中学のときと同様『魅了』を使っているけど、今回は期間が短いことを考えて強めにやってるから結構良い反応してくれると思うんだよね。ただし爆豪は除く。なんであいつ私に最初から敵愾心持ってるのよ。あれか、私が実技試験でトップだったからか? まあ、別に爆豪くんに好かれたいわけじゃないからいいけど。それより百はどんな風になってることだろう。こんなことはじめてだから、楽しみで仕方ない。
さて、もう2、3日ぐらいは意識が戻らない状態を演出しておくかな。体力が戻らないことには治療受けられないし、起きててもできることないし。
それじゃあおやすみ。
オールマイト「私が来た!」
常夜ちゃん「カットで」
オールマイト「(´・ω・`)」