ラスボスの子に転生したのでNO.1ヒーローを曇らせたいと思う 作:タメガイ連盟員
誤字報告ありがとうございます。
おはようございます。雄英高校襲撃事件から4日経った日曜日です。
左目をあけて白い天井をぼんやりと眺める。うん、だるい。私が寝ている間にもリカバリーガールが治癒を行っていたらしく、負傷は概ね治っているらしい。まあ、体と左脚、右目を覆うように頭に包帯が巻いてあるから完治はしていないようだけど。それから、3日以上丸々眠って、点滴もがっつり打たれているけど、消費した体力ってのはそうそう回復するものじゃない。
さすがの『個性創造』も何もないところから体力を湧き出させることはできない、はず。基本どこかから持ってくる必要がある。例えば『体力略奪』で他人から奪うとか。そもそもこの体力って概念が生命活動に必要な能力、その総合的なものだから具体的なイメージを作りにくいんだよね。イメージがきちんとしてないものを創造するのは難しいと言うわけだ。まあ、現状自然回復じゃないと変に思われてしまうから何もできないんだけど。
手すりにつかまって上体を起こそうとするけど、3日もまともに体を動かしていないし、体力も減ってるからこれだけでも一苦労だ。あ、そうか、『念動力』使えばいいのか。ゆっくりだけど自分で起きるよりは楽。
体を起こしてからぼんやりと周囲を見回してみる。個室だから私しかいない、やっぱり蛇腔病院を思い出すな。形は違うけど、また病院の世話になるとはね。いや、産科には行ってたか……あ、そういやあの日近いんだよな、普段通りなら。うへぇ。
そういえば、誰か付き添いで泊まっているかと思ったけどそうでもなかったな。初日はミッドナイトか誰かがいたっぽいけど、今は容態が安定しているからかな。忙しいからね、教師って。異例の事態が起きている状態で教師1人を病院に置き続けるわけにもいかないよね。
起き上がってはみたものの、特にすることはないんだよね。分身によると、これから百と出久くんがお見舞いに来るようだけどまだ時間がある。ナースコールを使って人を呼ぶべきなんだけど、これから来る2人の邪魔をしたくない。病院の人を呼んだら面会不可になっちゃうかもしれないし。
私の状態は金曜日、一昨日の朝に相澤先生からクラスのみんなに、命の危機は去っているけど意識はまだ戻っていない、と伝えられている。そんなものだから、続く体育祭の開催の知らせも原作みたいな盛り上がり方はせずに、え? やるの? と言う雰囲気が強かったらしい。
まあ、普通の高校ならやるにしても外部の人間の入場は制限したりするところだけど、雄英体育祭は外部に見せることが目的だからそうはいかない。通常、体育祭や運動会は体育的な教育目的のための行事とされているけど、こっちは将来のヒーロー候補の顔見せやオリンピックの代わりとなるエンターテインメントとしての面もある。そのため学校側の都合だけで中止するわけにはいかないわけだ。私が死んでたら話は違っていただろうけど。
これに加えてヴィランの襲撃に屈しないと言う姿勢を示す、と言う理由もある。この点は私も無関係ではない。生徒に重傷者が出ていることは既に報じられているから、当事者である私が出場して元気な姿を見せることは襲撃事件の影響を矮小化させる効果も見込めるだろうし、“志村常夜”としても出場を熱望しておかないのは不自然でもある。私としても、名前と顔を売っておいた方がいいし。
私が意識を取り戻したらすぐに雄英に知らせが行くだろうし、当然教師の誰かが病院に来るはずだからそこで出場の意思を伝えれば実現できるように調整してくれるはずだ。被害者である私の意思を無下にすることはできないし、上の理由もある。あと私が出ないと爆豪くんが選手宣誓でやらかす。全国放送しているところでアレ言えるってどういう神経してるんだろうか。
さて、もうひとつ考えておかないといけないことがある。ステインのことだ。体育祭の裏で飯田くんの兄であるインゲニウムがステインに襲われ再起不能になってしまう。これが職場体験編での対ステイン戦のフラグになっている。これがないとステイン戦自体が発生しなくなる恐れがある。その前に弔がステインと接触してくれないと困るのだが。
だいたいあの戦い、結構偶然によるところが大きい。特に出久くんは都内への移動中にたまたま脳無によって列車が停止したから参戦できたようなものだし、轟くんも出久くんからの連絡がなければエンデヴァーと共に脳無と戦っていた可能性が高い。おい、飯田くん、結構危ないところだったぞ。
なので、ステインにはインゲニウムを襲ってもらわないと困るし、出久くんにもタイミングよく保須での騒動に巻き込まれてくれないと困る。轟くんは、エンデヴァーが元々ステインを追って保須市入りすることになるから、出久くんがうまく動いてくれれば自動的に参加するはずだ。
ステインの役割はヴィラン連合にネームドヴィランたちを糾合させること、英雄回帰思想を世に広め、現在の社会への不信を植え付けることにある。どっちも逮捕後に彼の思想や生い立ちが拡散されたことによるものだから、これさえ満たせば用済みと言うわけだ。
状況をある程度コントロールするためには私も保須市に行った方が良いから、職場体験で指名をもらえるように、それも選択肢が増えるように体育祭で活躍を示す必要がある。別に優勝までしなくても最終ステージで1、2度勝てばそこそこの指名が来るはずだ。こちらの条件としては、保須に行くように促せるヒーローであること、都内もしくはその近隣地域で活動していることだ。
職場体験ってヒーローにはこういう仕事があるよ、出動していないときはこういうことをしているよ、って見せるのが目的だから基本的にパトロールやトレーニング、日常業務の手伝いとかで、危険を伴うようなことはやらせない。預かっている生徒を怪我させたらそのヒーローの責任になるし、まだ仮免も持っていないから戦闘行為はさせられないからでもあるけど。
で、当然勝手に戦闘を行った出久くんたちの職場体験担当ヒーローはペナルティが科せられたわけだ。自分の行動が他人にどういう影響を及ぼすか考えようね! いや、やってもらわないと困るんだけど。出久くんは考える前に行動するから割とトラブルメーカーだよね。
うーん、関係している人間が増えると介入した方がいいのか悪いのか判断が難しいな。概ね原作通りに進んでるけど、壊理ちゃんのときみたいに想定外の事態もあり得るし。さすがにあれと同じようなことは起きていない、はず。あのあと主要人物、A・B組のみんなの生年確認したし。しかしあれ、なんで起きたんだ? だってあれ以外原作とのズレは起きてないっぽいし。んー、強いて言えば私の存在ぐらいだけど、壊理ちゃんの方が生まれたの先だしな。あるいは、パパが自分の遺伝子を持った子供を作ろうとしたこと、か。いやまあ、これが因果律だかなんだかにどう影響を与えてるかなんてわからないんだが。
さて、百と出久くんが病院に到着して病室に向かってくる頃だ。いかにもついさっき目覚めて、なぜここにいるのかわからず呆然としている体にしないと。とりあえず窓の方を向いておくか。
「失礼いたします……ぁ」
百の声と共に扉が開かれる。そして当然その視線の先には私がいるわけで。
「常夜……さん……」
百が手に持っていた見舞いの品であろうオレンジのバラを取り落としそうになったのを出久くんが慌てて受け止める。そりゃあね、瀕死の重傷で何日も意識が戻っていないはずの人が起きてたら驚くよね。声に気づいたようにゆっくりと扉へ顔を向ける。
「も……も?」
百がうめき声を漏らしながらベッドまで少し足下が覚束ない様子で歩いてくる。本当は駆け寄りたいだろうに、こういうところで感情任せに行動しないで抑えが利いているところが百らしい。こちらに着いた百はベッドの隣で膝をつくと私の手を握りしめる。
「よかった……本当に……私、あなたが、こんなことになって、どうしたらいい、か……わからなくなって……」
体と共に震える声で、今にも泣き出しそうな表情で、私の百がそこにいる。
A組はみんなきれいだけど、やっぱりあなたが一番のお気に入りだ。
「ごめん……ね?」
声を絞り出してなんとなく謝ってみる。いや、実際何日も発声してないから喋りにくいんだけど。それに今の私はなぜ百が泣きそうになっているかわからないということになっているし。
「そんな……! そんなことありません。あなたが、こうして、無事でいてくれれば、それで……!」
あぁ、いいなぁ。あ、泣き出しちゃった。こんな百の表情を見るのは初めてだ。いや、当たり前か、私が死にそうな目に遭うなんて初めてだもんね? 本当なら私を抱きしめたいだろうに、こっちの怪我を慮って耐えているのも胸に来る。こういうのを怪我の功名って言うのかな? うーん、だったら左脚切ってもらった方がよかったかな。あっ! それだったら正体ばらすときに左脚再生させる巨人駆逐マンごっこできたじゃん。今からやり直せないかな、無理か。
空いている手を、百の手に重ねて、それからつられたように私も涙を流してみる。できてるかな? よしよし。ん? もしかして涙ってこれが初めてか? 産声をあげたことすらないからたぶんそう。生理現象として涙腺から分泌されたり、意識して泣くのは泣いたうちには入らないかもしれないけど。じゃあこれもノーカンか。
しばらく百の泣き顔を堪能していたけど、百が泣き止んで立ち上がったことで終わりを迎えてしまった。百がハンカチで目元を拭うと、まだ入り口から動いていなかった出久くんに頭を下げる。あ、ごめんね、出久くん、放置しちゃって。2人の世界に入っちゃって。
「お見苦しいところをお見せしまして……」
「そんなことないよ。それだけ八百万さんが志村さんのことを大事にしているってことだし」
おう、面と向かって言われるのはなんか恥ずかしいね。
「それから、これはクラスのみんなからのお見舞いの花。生花は駄目だから、えーと」
「プリザーブドフラワーですわ。水やりも不要ですし長持ちします」
へー、そういうのあるんだ。ドライフラワーとはどう違うんだろうか。
「ありが、とう、ございます」
「本当はみんな来たがってたんだけど、先生が大人数は駄目だって言うから僕たちが代表で来たんだ」
まあ、こっちはいつ意識が戻るかわからないしね。そんなものだろう。出久くんが窓際の机にお花を置いてくれた。
「目が覚めて良かった。クラスのみんなも、先生たちも心配してたから」
「そう、ですか。心配をおかけ、しました」
言いながら頭を下げる。2人とも慌ててそんなことはないと言ってくれたけど、心配させたのは事実だしね。
「怪我の具合はどうなの?」
「痛みはない、ですけど、自分ではよく、わからなくて……あれ」
たった今気づいたかのように右目に触れる。実際に手にあたるのは包帯なんだけど。わずかに手を震えさせながらしばらく触ってみていると、予想通り2人の表情に陰りが出ている。ふむふむ、私の好みとはちょっと違うけど、こういうのもなかなか良い。じっくり見られないのが難点だけど、こういうのは空気を楽しむ方向で考えるべきかな。
「これは……困りました」
力無く笑ってみる。包帯越しだけど眼球が取り除かれているのがわかる。自分で潰しておいてなんだけど、ちょっともにょる感じ。しかし、右目は除去する処置がとられたのは、やっぱりリカバリーガールの『癒し』にも限界があるってことか。オールマイトも彼女がいたにもかかわらずパパにやられた内臓は治せてないし、サー・ナイトアイも結局亡くなってたし。まあ、彼が死ぬ可能性はとりあえずないんだけどね、今は。
「その、志村さん、月並みなことしか言えないけど、気をおとさないで」
「ああ、はい、なんだか、変だとは思っていたんですけど、こんなことに、なってたんですね……百、大丈夫、とは言えないけど、なんとかな、るから。だから、泣かないで。ね?」
百が小さく頷いたのを確認してから、上掛けの下に隠れている左脚にも触れてみる。当然ちゃんとある。この左脚が潰されるのを見ていた出久くんはちょっと安堵している様子……んー、なんか出久くんからの視線が前となんか違うような? 元々、出久くんはこれまでの授業の経過から私のことを高く評価してくれているのはわかっているんだけど、それとはまた違う感じだ。私が脳無にボコられた以外に何かあったのか? 大まかな状況は分身から『念話』で聞いてるけど、子細までは聞けていない。と言うか回収した方が早いし。
私がついさっき目覚めたことに気づいた百がナースコールで病院の人を呼び出す。それやっちゃうとお見舞い終わりになっちゃうけど、まあ仕方ない。お見舞いも短時間で済ませた方がいいし。やって来た医者や看護師と入れ替わるように百と出久くんは名残惜しそうにしてたけど、病院の人の邪魔になるといけないと帰って行った。またね。
それからは医者にあれこれ聞かれたり検査を受けたり。出血量がかなり多かったらしく、脳や内臓への影響が懸念されていたらしい。幸いにも障害が残ったりはしていないのだが、左脚は少し動かしづらくなってしまうかもしれないとのこと。あれだけの怪我で影響が残るがこれだけで済んだのは奇跡的と言える。右目に関しては組織が完全に破壊されてしまっていたので除去する以外なかった、だそうな。知ってる。
夕方になると、相澤先生が刑事らしき人を伴ってやってきた。えーと、なんか見覚えあるなこの刑事。塚原だか塚田だったか……あ、塚内。あー、そうだそうだ、トゥルーフォーム知ってる人だ。彼が一緒にいるってことは、事情聴取したいってことなんだろう。
相澤先生からはまず意識が戻って良かったと伝えられ、それからUSJでの行動についてのお小言をもらった。曰く、あの状況ではヴィランを制圧・拘束後はその場から動かず応援を待つべきだった、と。実際あの時点で私たちには退避指示が相澤先生から与えられていた。黒霧によって分断されたあとの戦闘行動は正当防衛の範疇に入るはずだ。個性使用に関しては校内かつ授業中であるため、担当教師であるヒーローから使用許可が出ているものと解釈できる。そこから中央広場へ向かったことは入り口から避難しようとする行動と言えるけど、私が相澤先生のフォローに入ったことは前述の行動からは逸脱するものらしい。考え方としては確かにその通り、と思うけど心情としてあそこでただ傍観しているのはヒーローを目指すものとしてあり得ないわけで。
まあ、相澤先生だってその辺はわかっているけど、教師としてはまた別だからね。生徒自身がみだりに危険な行動を取るのは見過ごせないわけだ。
続けて私が意識を失ってから何があったのかの説明が始まる。この辺は既に聞いているし、原作通りの展開だ。相違点は相澤先生の負傷が腕だけで済んでいることか。原作では目の周りの怪我が原因で個性使用に制限がかかってしまっていたが、それがなくなるわけだ。本人がドライアイって弱点は相変わらずだけど『抹消』ってホントに強力だからね。これがないと総力戦のときの弔を止められないし。
私も別に脳無の動きを阻止したことで相澤先生を助けたとは思っていない。なので自分からは特に言及しないし、先生も先の小言以外には何も言わない。こういう必要なことだけ話して進むのいいね。特にこういう説明が行われる場合は。効率重視万歳だ。
続いては塚内刑事からヴィラン連合、と言うか弔について。当然ながら行方はまったく掴めていない。ワープ系個性はどこへでも移動できるから、どこに逃走したか掴むのが非常に困難だ。黒霧の『ワープゲート』は県をまたぐほどの効果範囲を持つからゲートの利用者に発信器でもつけなければ追跡することは不可能に近い。ついでに弔も黒霧も公的身分がないから行政データベースから追うこともできない。
相澤先生をはじめ、あの場にいた人たちから私を見たときの弔の豹変振りは伝わっているから、何か関わりがあるのではないか、と考えるのは自然だろう。だが残念、私は弔のことを知っているけど知らないことになっているのだ。
なので何もわからない、としか答えようがない。そもそも駄目元だったこともあってか、塚内刑事に落胆した様子はない。何にせよ、弔を追うには直接表に出てくるのを待つしかない。警察にとっては頭が痛いことだろう。チンピラ程度であっても即席で70人近く集められたヴィランに、今度はオールマイトと対峙して逃げおおせた、と言う箔がついてしまったわけだ。
当然ながら裏社会においてもオールマイトの名前は非常に重い。何しろ組織犯罪はその大半が潰され絶滅危惧種扱い、海外から来たものも叩き出されている。まあ、パパを引きずりだすためと言うのもあるんだけど、おかげで日本の裏社会は衰退の一途を辿っているわけだ。いや、治安的にはそれでいいんだけど、彼らにしてみれば平和の象徴がいる環境には不満がたまるわけだ。そんな中、無謀としか言い様がない国内トップ校への襲撃を成し遂げたのだから、ヴィラン連合は彗星の如き存在となったわけだ。象徴殺しに成功してたら影響はさらに大きかっただろうけど、今度は日本中のヒーロー、いや場合によって海外のトップヒーローすら参加した連合潰しが始まったかもしれないから、弔にとってはこれで良かったのだろう。これもパパの計画のうちなんだろうけど。
「それで、再来週には体育祭があるんだが、出るつもりはあるか」
相澤先生の言葉に力強く頷いてみせる。もっとも学校側も私が出ようとするのは想定済みだったのか、復帰計画ができているらしい。私の意識が戻るのに時間がかかった場合はともかく、このタイミングなら間に合うそうで、リカバリーガールの癒しによる治療が行われたのはその辺も含めてのことだ。計画立案から具体的な指示まで全部根津校長によるものだけど仕事早いな。至れり尽くせりだけど、今回の事件は学校側にも責任があるわけだから、それの謝罪込みの処置と言ったところだろうから、ありがたく受け取っておこう。
「お前にはわざわざ言わなくてもわかるだろうが、良くも悪くもA組は注目を集めている。事件の影響か今年の1年はヒーロー科以外も例年よりギラついているし、復帰できると言っても完全回復とはいかないはずだ。厳しい展開になる」
それがどうした、と言わんばかりに獰猛な笑みで答える。
「望むところです」
翌日の午前中、相澤先生が用意してくれたテキストを解いていると、根津校長とオールマイトが病室に訪れた。オールマイトはともかく、根津校長は体育祭の準備や警備体制の調整で忙しいだろうに。
「校長先生、オールマイト先生」
ベッドの上で居住まいを正し、深く頭を下げる。
「私が負傷したことで、雄英高校が要らぬ非難を受けたことと思います。またこれにより先生方やA組のみんなをはじめ在校生、卒業生のみなさんにもご迷惑、ご心配をかけたこと、まことに申し訳ありません」
そもそもこの2人が来たのは私への謝罪と今後のこと、特に相澤先生ではできないお金に関わる話をするためだろう。なので私の方が優位な立場にあるんだけど、ここで先手を打つことで主導権も握ってしまおうというわけだ。
「いやいや、謝らなきゃいけないのはこっちの方さ。そもそも学校は生徒の安全を守る義務がある以上、校内で負傷させてしまったのならば、その責任は学校にある。だから僕らは君に謝罪と怪我の補償をしなくてはならないんだ。それに君の言う雄英への非難もきちんと受け止めなければならないのさ」
根津校長が背を伸ばし、頭を下げる。
「今回のこと、まことに申し訳ない」
「本来なら私はあの場にいなくてはならなかった。君にこれほどの傷を負わせてしまったのは私の責任だ……! 本当にすまない!」
根津校長の隣に進み出たオールマイトも大きく腰を折って頭を下げる。
この場にいる3人が頭を下げていると言うのは端から見れば奇妙な光景だ。謝罪なんてものは1度すれば十分なのでさっさと話を進めよう。
「校長先生、オールマイト先生。お話は理解しました、お二方の、雄英高校からの謝罪を受け入れます。ですから、どうか頭を上げてください」
私に促されて2人とも頭を上げたけど、根津校長はともかくオールマイトは依然として渋い表情のままだ。まあ、彼にしてみれば師匠の孫を傷つけてしまったと思っているから余計に気分が重いのだろう。
まったくしょうがないな。両手の人差し指で口の端を笑顔を作るように押し上げる。回想に出てきたママの真似だ。えーと、笑っている奴が1番強い、だったかな。
「笑ってください、オールマイト。でないとみんなが不安になってしまいます」
さあ、ここでオールマイトの脳裏にはママの姿と言葉がよぎっていることだろう。なんか感動してるっぽいし。
「ハハ、まったくその通りだな。私としたことが!」
オールマイトも私と同じように笑顔を作る。謝罪の時間はこれで終わり。ここからは校長による説明ターンだ。
「さて、今後についてさ。さっきも言った通り、怪我の補償、治療費や入院費はこちらが全額持つ、そこはいいね?」
黙ったまま頷く。謝罪を受け入れた以上、学校側から提示されたものを拒否することはない。
「右目については義眼を用意することもできるけど、君の個性を考えると下手に視力を補うタイプを導入するのは不具合があるかもしれないね」
機械技術が進んだ現代では、視力を持った義眼もあるが私の『念動力』のように視覚が重要と見なされる個性の場合、義眼のせいで感覚が狂ってしまう恐れがある。それならば片目での個性使用に習熟した方が良いと言うことになる。あとその気になれば再生できるから邪魔になるだけだし。
「はい。ご厚意はありがたく思いますが、体になにかを入れると言うのは、抵抗があります」
「なら普通の義眼も難しいから、眼帯をつけるのが自然だろうね」
「眼帯だとコスチュームのデザインとも合わせないといけないのではないでしょうか」
「と言うと思って新造中のコスチュームと一緒に眼帯も作ってもらうよう依頼してあるのさ!」
仕事早いなおい。ちなみにコスチュームは外科処置の際に裁断されてしまっているので、制作会社の方で作り直している。それ抜きにしてもボロボロになってたと思うけど。コスチュームの修理・新造はよくあることなのであちらも慣れたものである。
「退院する頃にはできあがっているはずさ。おっと、先にこれを渡さないとね」
と言われて受け取ったのはスケジュール表。私が退院するまでこういう予定、というものだ。次の日曜に退院することになっている。思ったより時間がかかるのは、体力回復や傷が完治するまでの時間と私が1人暮らしであることへの配慮らしい。左脚が思った以上に動かなくて松葉杖なしじゃお手洗いにもいけやしない有様だ。胸の方の治癒が優先だから仕方ないんだけど。
それから座学のテキストをやる時間もばっちり確保されている。ヒーロー科は一般科目の進行ペースがかなり早い。ヒーロー関連の授業のウェイトが大きく、さりとて一般科目を疎かにはできないためだ。そんななかで1週間も休んでいては授業から置いてけぼりにされかねない。ちなみに私の荷物は学校で預かっていてくれて、筆記用具や貴重品、着替えは昨日まとめて持ってきてくれている。着替えは主に下着類なのでこちらはミッドナイト先生が用意してくれたものだけど。そう、昨日まで私は下着つけてなかったのよね。ブラは包帯がとれてないからまだつけてないけど。入院着だけって意外と心許ないものよ。
食事の方も体力回復のためにランチラッシュ監修のものが提供されている。あの人、副業として食に関わる資格の多くを取得していて、食堂で食べられるものも栄養管理がバッチリされているものなんだとか。今の時代、食への啓蒙もヒーローの肩書きがあった方が良いのは間違いないけど、なんともなぁ。ヒーロー資本主義と言うか、歪だよねぇ。まあ、その根源が目の前にいるんだけど。
根津校長からの説明にいちいち頷きながらその内容を了承する。作ったのが校長なら基本的に間違いはないしね。
一通り話が終わったので、気になっていることを詰めてやろうじゃないか。
「それより、オールマイト先生にお伺いしたいことがあるのですが」
笑顔をオールマイトに向ける。ただし、目は笑わないように。オールマイトも私の雰囲気が変わったことを察したのか笑顔が強ばって見える。
「……なにかな?」
「なぜあの日の授業にいらっしゃらなかったんですか?」
「えっと、あー、すまない、急用と言うか、事情があってね」
「オールマイト先生はいろいろと伏せられていることが多い方ですから、その点について詳しく追及するつもりはありません。ですが、授業に出られないなら出られないなりの対応があったのではありませんか? 相澤先生は念のために3人体制で授業を見ることになった、とおっしゃっていました。先日のマスコミが校内へ侵入した際になにか警戒すべき出来事があったと察せられますが、そうであるならばその警戒を蔑ろにしていますし、それに授業に出られないのならば他に手の空いている教員に代理を頼むこともできたはずです。これは職務怠慢と言わざるを得ません。そういえば、当日の昼休みにオールマイト先生が早朝にヴィランを退治、ひき逃げ犯を捕まえたと言うニュースを見ましたが、まさかそれが影響しているのですか? ヒーロー活動は職務外のはずですし、なによりこの地域にはヒーロー事務所が数多くある以上そちらは彼らに任せるべきではありませんか。まさか彼らが頼りないと考えているのですか? いえ、そうでないのはわかっていますがそうした行動は彼らに自分たちがオールマイトに未だ頼りにならないと思われている、と受け止めてしまう懸念があります。あなたは雄英高校に勤める身であり、後進の育成に専念する姿勢を見せることが今あなたが示すべきものではないでしょうか」
指摘ごとにグフッ、とか聞こえてきて、マッスルフォームなのにだんだん小さくなっているように思える。オールマイトにしてみれば、自分の師の孫と思しき女子高生、しかもその面影まであるのだからたまったものではないだろう。彼ぐらいの歳で人から叱られると言うのはつらいものがあるはずだ。
いや、それにしても面白い! リアクション芸人にでも転向したらいいんじゃないかってぐらい良い反応してくれる。パパもオールマイトを煽るはずだ。あの人オールマイトに頭潰されたのすごい気にしてるっぽいけど、それはそれとして絶対楽しんでたと思うんだよね。
「志村くん、志村くん」
見かねたらしい根津校長に止められてしまう。なんだよ、良いところなのに。
「はい?」
「その辺は僕がお説教しておくから、そのあたりにしてあげて欲しいのさ」
「確かに、現在のオールマイト先生は校長先生の部下、部下の指導は上司である校長先生の職務にあたる。差し出がましいことをしました」
校長はそういうことじゃないんだけどなぁ、とでも言いたげにしているけど気にしない。
「さてもう1つ用があるのさ。昨日塚内刑事にも聞かれただろうから繰り返しになるけど、襲撃の主犯、死柄木弔――ああ、手だらけの方のことだね。彼について何か知っていたり、見覚えがあったりはしないかい?」
私は考え込むように顔をしかめながら首を横に振る。
「しかし、そうなると志村少女が攻撃された理由もわからないな。相澤君や緑谷少年は、君を見た途端死柄木が豹変したと証言している」
「……私があのヴィランと関わりがある人物に似ている、と言う可能性はないでしょうか。私もそのときの様子は覚えています。何と言うか、ひどく苛立っていて、瓶の蓋を開けられそうなのに開けられない、本のページがくっついて開けない、えっと、名前を思い出せそうで思い出せないみたいな、そんな感じの印象、だったと思います」
私の考えに根津校長はふむ、と頷くだけだ。そりゃね、意見は無下にはできないけど、さして意味のあるものでもないし。だいたい、私を標的にしたのだって、弔本人がわかってないんだから外野がわかるはずもなし。
「今後君はあのヴィランに狙われる危険がある。場合によっては職員寮に入って貰うこともできるけど、どうかな?」
まあ、安全性を考えたらそれが正解なんだろうけど、あいにくと1人暮らしの自由度を失う気はないし、弔も直接住居を襲うことはまずないのでお断り。一応、隣室の不和先輩には気をつけるよう伝えるそうだけど。先輩も大事な時期なのになんだか申し訳ない。
「では志村さん、また元気に登校してくるのを待っているのさ!」
駐車場の車に戻ったオールマイトは小さく嘆息する。常夜が思ったより元気だったことへの安堵とグサグサ刺さるような指摘を受けたことが合わさったものだ。マッスルフォームで出入りすると騒ぎになりかねないため、今はトゥルーフォームだ。フォーム切り替えは病院内のトイレで行っている。
「ちょっとこれを見てくれないかい」
助手席に座った根津が1通の封筒をオールマイトに手渡す。ちなみに根津は非常に小柄であるため、車に乗る際はチャイルドシートに似た補助器具を使用している。
「なんです?」
「志村くんには怪我以外に異常がないか検査を受けさせている。それはその検査結果さ」
オールマイトは封筒から書類を取り出し読み進めていくが、次第に彼の表情が険しくなっていく。
「これは……どういうことです」
「彼女もこれまで健康診断ぐらいは受けているだろうけど、精密検査まではやらなかったはずさ。だから誰も気づかなかったのかもしれない。本人にもまだ自覚がないようだけど、今後影響が出る可能性は高いだろうね」
検査結果を要約すると、常夜の肉体はおおよそ40歳以上に相当する状態である、というものだった。不摂生な人間ならばこのような数値が出てもおかしくはないが、常夜はそれとは対極の環境にあるはずだ。何かの間違いではないか、としか思えないが病院側に誤りがあったとは考えにくいし、『ハイスペック』を持つ根津が精査している以上あり得なかった。
「老化……彼女はまだ15歳のはずです。それが一体なぜ……!?」
考えられるのは何らかの疾患、感染症、個性の影響だが、実年齢と肉体年齢に隔たりがあるだけでまったくの健康体であると診断されているため、最初の2つは否定される。個性の影響も、成長・老化に影響するものは存在が確認されているが常夜とはまず関係がない。個性の過剰使用が肉体に悪影響を及ぼすこともあるがここまでとなると前例がない。
「わからないのさ。もう少し狙いを絞って検査をすればわかるかもしれないけど、今は彼女の要望通り体育祭に出場できるようにするのを優先した方がいい。影響が出る、と言っても今すぐどうにかなるものではないのさ」
「このことを、彼女には?」
「秘密にしておくわけにもいかないからね。しばらく様子を見て……そうだね、体育祭が終わったときにでも話そう、再検査も含めてね」
オールマイトは書類を封筒に戻し、根津に返す。解決手段の見えない問題にぶつかったためか、その表情は依然険しいままだ。
「連合に狙われたことも含めて、注意してあげないとね」
10月13日で本作の投稿から一周年になりました。
想像していたより多くの方に読んでいただき、ありがたく思います。
今後もよろしくお願いします。
ちなみにオレンジのバラの花言葉は「絆」。良いチョイスですね。