ラスボスの子に転生したのでNO.1ヒーローを曇らせたいと思う   作:タメガイ連盟員

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路徳様、佐藤東沙様、244様、さとりの怪様、ユーグレナ様

誤字報告ありがとうございます

10月13日で本作投稿から2周年になりました。
今後もお楽しみいただければ幸いです。


18.体育祭7

『サクサク行くぜ準決勝第2試合! 志村常夜VS轟焦凍!』

 

 ステージ上には常夜と焦凍が向き合っている。

 

 言うまでもなく、これまでの試合で最も注目される組み合わせだ。焦凍はNo.2ヒーローの息子と言うことで元より注目されていたが、その彼を2種目続けて負かしている常夜も自然と目を向けられている。世間的にはまったくの無名である彼女──ヒーロー科1年で知名度があるのは昨年のヘドロ事件で良くも悪くも目立った勝己ぐらいだが──について知るべく多くの人々がSNSなどでその情報を集めていた。

 

 SNSと言うのは恐ろしいもので、どの中学の出身だとか、先日の襲撃事件で重傷を負ったとか、某スーパーマーケットで見かけたとか、そう言った情報が瞬く間に共有されていく。不思議なことに中学入学より前の情報はまったく出ないのだが、そのことに気づいた者はいない。

 

「おーう、圧勝だったな」

 

 観客席のA組のスペースに勝己が戻ってきた。さきほど踏陰との試合を制したばかりのはずだが、控え室ではなくこちらにすぐに向かってきたらしい。

 

 準決勝第1試合、常闇踏陰VS爆豪勝己。

 

 いずれも高い攻撃能力を持つが、この試合ばかりは勝己が攻め続け踏陰は防戦一方。光を弱点とする踏陰の『黒影』は、爆発時に閃光を伴う勝己の『爆破』とは相性がすこぶる悪いためだ。最終的に『黒影』を制圧された踏陰がギブアップし、勝己が一足早く決勝へ駒を進めたのだった。

 

 その勝己がすぐに観客席に戻ってきたのは言うまでもない、第2試合を観戦するためだ。もちろん勝者が決勝戦での対戦相手になるのだから見逃すわけにはいかない。勝己の見立てでは、焦凍、常夜いずれも全力を未だに見せていない。上限の予想はできているが、実際に目にしているのとしないのではわけが違う。

 

 声をかけてきたクラスメイトへの返事もそこそこに空いている席にどかりと座る勝己。と同時に周辺になにか浮ついた空気があることに気づく。何事だと思いながら周囲に視線を巡らせ、その原因に行き着く。百だ。それほど注目していたわけではなかったが、自身の試合前は落ち込んでいたように見えたのが今では頬を赤く染めて上気させ、口元にはにかみを浮かべている。その理由はすぐに察せられたので無視することにする。あの2人が乳繰り合っているのは珍しいことではない。

 

『START!!』

 

 プレゼントマイクの声と共に焦凍が氷塊を放つが常夜の“巨人の手(ギガント・フィスト)”によって砕かれる。さらに放たれた氷塊が再び粉砕される。それはまるで目に見えない巨人が、技の名前の通りに拳を振るっているかのようであった。

 

「もう、始まってる?」

 

 ふらつきながら出久がやってきた。その右腕に包帯が巻かれている。

 

「デクくん、大丈夫なの?」

 

「うん。治癒は軽めだけどやってもらえて、腕の方は湿布貼って貰ってる」

 

 負傷したとは言え、それが自分の個性による自爆であるため少々恥ずかしさがある。1回戦でも自爆で指を負傷したから、よく自爆する奴だ、などと思われてしまっているかもしれない。自爆以外ではほとんどダメージを受けていないのだからなおさらだ。

 

 体の方はそれほどでもないのだが、気分の方は違う。オールマイトから期待された成果を出すことができなかったし、さきほどの試合ではまるで相手にされていなかった。それに“こんなものか”と言う呟き。失望させてしまったのだろうか。だが、最後にコンクリートの塊を砕かせたのは、彼女が出久のパワーをアピールさせるためとしか思えない。失望した相手にそんなことをするだろうか。オールマイトの師匠の孫、と言う先入観があるためかもしれないが、どうにも彼女の真意がわからない。今は当然のことながら、この後に直接聞くのもはばかられるし、出久としては悶々とするしかない。

 

 いや、今は試合の観戦に集中すべきだ。見るだけでも勉強になるし、焦凍に自分も勝ちに行くと返したにも関わらず常夜に敗れたことは悔しく思うが、それがもはやプロヒーロー並みの2人となればなおさらだ。

 

 氷塊を放つだけでは埒があかないと判断したのか、焦凍が氷塊を放つと同時に常夜に駆け寄る。粉砕された氷塊にまぎれるように常夜に飛びかかるが、常夜もこれを予想していたのか危なげなく防ぐ。しかし焦凍の攻撃は右手によるもので、十字に交差させた常夜の腕が凍り付いていく。いや、腕どころか全身が瞬く間に氷に覆われ、そこにまるで氷の彫像が現れたようだった。

 

『一瞬にして氷漬けだー! ってこれ大丈夫なのか!?』

 

『一応口元に穴が空いているから呼吸はできるな』

 

『そうなの、じゃあ安心、じゃねえよ! これまで相手のことフリーズしてたけどここまではやってねえだろ』

 

『それだけ警戒してのことだろう。蛙吹や飯田と違って動けなくなっても攻撃できるからな』

 

『あー、そこは俺と一緒だな』

 

 審判であるミッドナイトが常夜の行動不能により、軍配を上げようとした瞬間、焦凍がその場から大きく飛び退く。次の瞬間、焦凍がいた場所に“巨人の手(ギガント・フィスト)”の衝撃波と轟音が響く。相澤の言葉通り、常夜はまだ行動可能なのだ。続いて自身を覆う氷を“不可視の手(インビジブル・ハンズ)が削り取っていく。焦凍もそれを阻止するためにさらに氷結を重ねようとするが、その度に衝撃波が叩きつけられ思うように行動できなくされる。その間にも彫像は本来の人の姿を取り戻していく。

 

「ふぅ」

 

 そしてとうとう氷を取り除いた常夜が僅かに残った氷の粒を服から払いながら焦凍に近づく。同時に“掴む”によって全身を拘束、特に右腕は後ろ手に回すと言う念の入れようだ。

 

「ずっと違和感があったんです」

 

 1歩分離れた距離で常夜が語り出す。

 

「なぜあなたはここにいるんですか」

 

「……何?」

 

『試合中に何話してるんだ……?』

 

 状況だけ見れば、常夜は焦凍の攻撃を食い破り、さらに拘束までしているのだからこのまま勝ちに行くことができるはずだ。それをすることもなく立ち話を始めると言うのはなんとも異様だ。

 

「よくよく考えてみるとおかしいじゃないですか。あんなことを言っていたのになぜ雄英高校に来たんです? 士傑や他の学校でも不都合はなかったはずです」

 

 常夜が言わんとしているのは、なぜわざわざ憎き父親の出身校に進学したのか? ということだ。彼を見返したいのなら例えば士傑高校に進学していれば、当然家から出ることになるし、エンデヴァーの影響から離れた場所で父親とは違う道でヒーローを目指せるはずだ。もっとも、エンデヴァー本人は雄英高校出身であることを殊更アピールすることがなく、むしろ厭っている節があるのだがそこは2人の知るよしもないことだ。

 

 焦凍の決心に嘘はない。にも関わらず何かが抜け落ちたかのような違和。

 

「体に霜がついていますね? やはり、片方だけを使っての長期戦はできませんか。本来ならもう片方を使えばこういうことにならないはずでしょうけど」

 

 ああ、しかしそれ以上に。常夜の声にはこれまで見せたことがない感情が含まれている。

 

「全力で来い、と言ったはずです。誰もが全力を尽くしているこの場で、そんな半端な状態で勝とうだなんてヒーローを無礼てるんですか?」

 

 焦凍は反論できない。事実氷結だけでは押し切れていないのだ。常夜に勝つためには炎熱を使うしかない。だがそれでは父親を喜ばせるだけだ。視界の端、常夜の後方にある観客席にエンデヴァーの姿があることに気づく。その表情は、さあ使え、俺の血の力を、そして勝利を掴め、その先の俺の野望を成就するために、と語っているようで。

 

 誰が、お前のようなやつになるか。

 

「おい、どこを見ている」

 

 憤怒を孕んだ声が、焦凍の意識を常夜に引き戻す。

 

「今あなたが戦っているのは誰だ? あの父親か? 違うだろう」

 

 一歩進み出た常夜が頭突きをする。思いのほか威力があり、意識がぐらつく。

頭突きと同時に常夜は『精神干渉』を発動させる。

 それは仕掛けた常夜も同じだったらしく、額を押さえながら頭を振っている。そして再び焦凍を睨み付ける。

 

「私を見ろッ」

 

 大音声が会場に響き渡る。それはまるでNo.1ヒーローの決め台詞のようで。

 

「思い出せ! あなたの始まりを、なぜヒーローを目指すのかを!」

 

 その言葉で、焦凍の脳裏にはかつて母に抱かれながら見たオールマイトの姿と、母の言葉が浮かび上がっていた。

 

 “いいのよおまえは、血にとらわれることなんかない。なりたい自分になっていいんだよ”

 

 いつの間にか忘れていた。それが彼の始まり。血に、何ものにも囚われないヒーローへの憧れを。

 

 焦凍の左半身から膨大な炎熱が迸る。ここでは使わないと宣言していたはずの力を解禁したのだ。

 

「やっとその気になってくれましたか。これでそちらも全力、と言うわけですね」

 

「ああ。だがこっちはうまく制御できねえ……どうなっても知らねえぞ」

 

「上等ッ!」

 

 炎熱に炙られながら常夜が獰猛に笑う。

 

 観客席でエンデヴァーがなにやら騒いでいるが、今この2人にとってはどうでもいいことだ。この炎熱で“掴む”のエネルギーがかき消され、焦凍は体の自由を取り戻す。同時にこの熱量の前では常夜の衝撃波は必要なエネルギーが蓄積する前に消滅してしまうため、個性を封じられたも同然だ。となれば戦う方法は1つ。格闘戦あるのみ。

 

『なんか話し込んでたと思ったら今度は殴り合いだぁ! 轟が押し気味か!?』

 

『炎を使っている分攻撃力が上乗せされているようだな。逆に志村はいつもの衝撃波を使っていない、いや使えないのか』

 

『ンンンー? 敵に塩を送ったようなもんじゃねえか。いや本人が本気でやれって言ってるからいいのかそれで』

 

『……お節介な奴だ』

 

 この格闘戦でも有利不利はあっても相手を圧倒できているわけではない。当然のように急所を狙った攻撃を的確に防ぎ、躱し、反撃する。命中しても急所からは外す。技量が拮抗しているためだろう、互いに攻めきれずにいる。ではこの膠着を破り決着を付けるには。

 

 格闘はこの通り、氷結は衝撃波で破壊される。足りるのは炎熱だけ。

 

 ……使う決心はついたのだが、エンデヴァーへの悪感情は心の奥底に澱のように溜まり異臭を放っている。一朝一夕で拭い去れるものではない。だが勝利を掴むためにはあの男の模倣をするしかない。

 

 既に触れたように、焦凍はエンデヴァーのように炎熱の精密制御はできない。ただ炎を放出するだけでは単なる火炎放射であり、それで常夜を押し切ることはできない。氷結と炎熱、双方を用いた技の案はあるが、それを使うにはこの接近状態では難しい。まずは距離を離さなくては。

 

 しかしそれを常夜が許すわけもない。個性を封じられて、それでも彼女にもこの状況で何か切り札があるのだろうか。

 

 左に意識を集中させる。その間防御が甘くなるが割り切るしかない。炎熱が一纏まりの塊になるようイメージする。イメージの参照元は、エンデヴァーだ。これまで嫌と言うほど見せられてきたのだ、脳裏にそれを浮かべるのはまことに不快だが耐える。

 

 赫灼。

 

 熱エネルギーを凝縮し、それを放つことでより高威力の熱閃を撃つと言うエンデヴァーの戦闘の基礎となる技術だ。無論、イメージしただけでそれを扱えるようになるわけではない。本家本元とは比べものにならないほど拙い技にしかならない。だが元々のエネルギー量が量だ、それでも効果を見込める。

 

 常夜の左フックを右腕で弾き、左手を突き出す。同時に収束させたことで倍以上の威力に高まった炎熱を放つ。

 

「うっそォッ!?」

 

 常夜が驚愕を漏らす。焦凍がこの技を使うのはまったくの予想外だったらしい。慌てて空いている左手で口鼻を押さえる。

 

『おおお!? これはエンデヴァーの十八番、赫灼ねっけ』

 

「焦凍ぉぉぉぉぉおおおおおおオオオオオ!!」

 

 今度ばかりは無視できないほどのエンデヴァーの歓呼。実況のプレゼントマイクの声すら掻き消して。気色満悦、狂喜乱舞、有頂天外。これほどの歓喜は焦凍が生まれたとき以来だろう。不完全とは言え、自分の代名詞とも言える技を使ったのだ。

 

 その姿は悪い意味で目立ってしまっている。彼の周囲にいる観客は奇異の視線を向けるし、一部の者はNo.2ヒーローについての偏見を新たに増やした。しかしそれを気にするエンデヴァーではない。彼の目には自分の血を引く成功作が近い将来、己の野望を実現する未来が映っているのだから。

 

 格闘戦はステージ中央で行われていたが、常夜はステージ端まで押し出される。正面からまともに受けてしまったため、顔や左手をはじめとしてあちこちに火傷、さきほど新しい物と替えたばかりの体操服も胸あたりを中心に焼けてしまい、インナーが露出してしまっている。だが常夜にそれを気にしている余裕はない。直撃のダメージとこれまでの消耗で呼吸がかなり荒くなっている。これであのまま高温の空気を吸っていたら一大事だ。炎も水も肺に入らなければ安泰だが、逆に言えば入ってしまったときは大事になる。

 

 対する焦凍も試合開始から多量のエネルギーを放出し続けたためやはり消耗している。加えて体操服も左肩を中心にずいぶんと涼しげになっている。

 

『エンデヴァー本人の技と比べるとずいぶん甘い。差し詰め、赫灼モドキってところか』

 

 相澤はいつもと変わらぬ調子で解説しているが、その視線は厳しい。両者の消耗、焦凍の個性の威力を考えると、このまま続ければ危険な領域に足を踏み入れかねない。主審のミッドナイトも副審であるセメントスと無線でやりとりしていることから、なにかあれば試合に介入するつもりのようだ。

 

「これで決めるぞ」

 

 試合直後と同じようにステージを氷塊が覆い、それを常夜が砕く。

 

「なにを……」

 

 焦凍の意図が掴めない、と言った様子で常夜が呟く。と同時に寒気から僅かに身震いする。風邪を引いているわけではない、ステージ上の気温が下がっているからだ。試合開始から焦凍が何度も氷結を使っているのだから当然だ。さきほどの格闘戦の間にいくらか上昇していたが、これでまた低下したことになる。

 

 氷の粒が宙を舞うその先、焦凍が左腕から炎熱を放とうとしているのが見えた。そしてここで彼の意図に気づく。

 

「“不可視の手・一点集中(インビジブルハンズ・ピンポイント)”ッ」

 

「ありがとな、志村」

 

 最大出力の炎熱が放たれ、そしてこれによって冷やされた空気が膨張し爆風を引き起こす。その爆風は凄まじく、観客席にまで影響を及ぼし、体重の軽い者は吹き飛ばされかけたほどだ。

 

 そして焦凍は、爆風が起きる直前、顎に受けた衝撃によって意識が途絶えた。

 

『威力が大きけりゃ良いってもんじゃねえけどよぉ……何なの……』

 

『熱膨張だな。理科でやっただろ』

 

『それでこの爆風ってどんだけ高熱だよ! 煙で何も見えねえ! オイ、これ勝負はどうなってんだ』

 

 煙が晴れて行く。しかし、ステージ上には誰もいない。場外の壁際に常夜と焦凍がそれぞれ倒れている。壁に跡がついていることから、爆風で吹き飛ばされ激突したらしい。ミッドナイトとセメントスがそれぞれの元に駆け寄り、呼吸と脈拍を確認する。意識がないこと以外に異常はないように見える。しかし、すぐに意識を回復させることは難しいだろう。

 

 ミッドナイトは自身の判断をセメントスと確認するとステージ中央に上がる。

 

「両者ともに場外、および行動不能! よってダブルノックアウトと判定し、準決勝第2試合は勝者なしとします!」

 

 会場のざわめきが大きくなる。当然だ、これでは決勝戦はどうなるのか。

 

『すでに決勝進出している爆豪が不戦勝で優勝って、こと?』

 

「そうなるわね!」

 

 再びざわつく会場。とは言え批判的なものではなく、あの激戦では仕方がない、と言うものが大勢を占めている。もちろん、決勝戦を見たかった、と言う声もあるが概ね納得している様子だ。

 

 しかし、納得していない者もいる。

 

「……は?」

 

 地獄の底から這い出たような声が勝己の口から漏れる。隣に座っていた範太は、次に起こる光景を予想し、黙って耳を塞いだ。

 

「ふっ、ふざけんなぁ!!!」

 

 会場のざわめきを1人で上回るほどの声で勝己が吼える。

 

 そのままの勢いで観客席から会場へ飛び降りる。それなりの高さがあるはずだが、着地の直前に『爆破』で勢いを殺すことで衝撃を受けずに済ませる。激昂している割に器用な男である。

 

「俺が取んのは完膚なきまでの1位なんだよ! 戦わず終いなんざ何の意味もねえ!」

 

 勝つ、と言うことに強い拘りを持つ彼ならこの反応はむしろ当然だろう。不戦勝など、彼が最も嫌う状況に違いない。

 

「半分野郎に白黒女ぁ! さっさと起きて決着をつけやがれ! んで俺と戦れ!」

 

 大股で近くにいる常夜へ歩いて行く。

 

「こんな! こんなもの認めら、れ……」

 

 勝己が倒れている常夜に掴みかかろうとするが、直前でカクッと意識を失い倒れ込む。ミッドナイトの『眠り香』によるものだ。

 

『えー……以上で全ての競技終了! 今年度雄英体育祭1年優勝はA組爆豪勝己!! はい皆さん拍手ー!!』

 

 プレゼントマイクに促され、拍手が起き出すがまばらだ。あんなものを見たあとでは仕方がないことだ。

 

『締まらねえな』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 意識が浮上する。視界がぼやけているけど、例によって知らない天井だ。最近自室以外で目覚めることが多いな。

 

「あっ、起きた?」

 

 すぐ近くに誰かいるらしい。この声は、透ちゃんかな? と、ぼやけが治まってきて視界が回復する。どうやら私の顔を覗き込んでいるようなのだけど、制服はあるのにそこから上が見えないと言うのはやっぱり奇妙だ。手を伸ばして透ちゃんの頭をまさぐる。意外と髪の毛多いなこの子。ん? 制服? 

 

「透、髪荒れてますね」

 

「起きて早々がそれ!?」

 

「見えないからって手入れを怠っているとあとが大変ですよ」

 

「ヘアケアはちゃんとしてるもん! 常夜ちゃんだって髪の毛焦げてるよ」

 

「デジマ?」

 

「デジマ」

 

 自分の髪を触ると、言われた通り妙な感触の部分がある。あれだけ炎熱をくらい続けてたらこうもなるか。

 

「うわ……これ切るしかないですよね……」

 

「うーん、結構ばっさりになっちゃうね……って先生呼んでくるねー」

 

 透ちゃんが部屋から出て行く。場所は、保健室か。あの会場で気絶して運ばれていく場所ってそこしかないし。気絶したのは目論み通りだけど、体育祭自体はどうなったんだろうか。外はもう夕日だし。

 

「志村」

 

 カーテンで遮られた隣のベッドから呼びかけられる。当然轟くんだ。彼の方は先に目覚めていたらしい。

 

「轟くん? じゃあ、あの試合で勝ったのは……」

 

「お前じゃないのか」

 

「えっ」

 

「ん?」

 

 お互い気絶していたので相手が勝ったものだと思っている、と言うわけだ。

 

「えーと、どこまで覚えてます?」

 

「………………左右両方を使った大技撃ったところまでだな」

 

「私もその爆風が来たところまでは覚えてます。で、気がついたらここに」

 

「いや、お前なんかしただろ。顎がまだ痛え」

 

 そんなに強くやってなかったと思うんだけど。いやまあ、咄嗟だったから加減できてなかった気もする。

 

「正直、最後の大技に気づいたときは焦りました。なのでなんとか食い止めようと」

 

「……で、結局試合はどうなったんだ」

 

「と言うか、透がいましたよね。何か言ってませんでしたか?」

 

「騒いでたのあいつか」

 

 別に私より先に目覚めていたわけではなかったようだ。

 

「先生がこのあと来るはずですからそこで聞けばいいとして」

 

 体をベッドから起こす。上着は着ておらず、体中に包帯が巻かれている。火傷が殆どのようだ。ベッド脇に置いてある着替えの体操服を着てからカーテンを開ける。

 

「……悪いな、髪。女は大事なんだろ」

 

「まあ、そうなんですけど、ヒーローやってたらこうなるのは仕方ないことですし」

 

 いや、ロングの人結構いるな、女性ヒーロー。案外傷つかないのか? 

 

「…………」

 

 なんか間が持たないな。轟くんも口数多いタイプじゃないし。

 

「左、使いましたね」

 

 使ってくれないと困るからちょっと精神に介入したりもしたけど、無事使ってくれてなによりだ。ほら、私出久くんぼこぼこにしちゃったから、代わりに覚醒イベントやっておかないといけなかったからね。

 

「ああ……だがまだ整理できていない。そんな簡単に覆らねえし、捨てられねえ。試合の間だって、あいつのことが頭にこびりついてやがった。だけど一瞬だけ、あいつを忘れたときがあった。それが良いことか悪いことかわからねえ。それに吹っ切れたとしてもそれで終わりじゃねえし、清算しなきゃいけないことだってある……ああ、やっぱりうまくまとまらねえ」

 

「すぐに答えを出さなくて良いと思いますよ。何というか、年季の入った問題みたいですし。とりあえず、今晩ぐっすり寝てから改めて考えると言うことで」

 

「……そうだな」

 

 んー、すぐ途切れるな。この通り、轟くんは話をしてもまとまりがないし。まあ、だいぶ疲れてるだろうしね。仕方ない、ここは私は話をしよう。

 

「そういえば、轟くんから話を聞くばかりでしたし、少し私の話をしても?」

 

 轟くんは少し考えている様子だったけど、首肯してくれる。

 

「私の祖母はヒーローだったそうです」

 

 この話をするのは何回目だっけ。正直面倒なんだよね、何度も同じ話をするの。これを知ってるのは百、出久くん、飯田くん、お茶子ちゃんかな。んー、積極的にする話でもないし、これだけ知っていれば十分かな。よし、今後はこの話は特にしない方向で。だいたい、この設定もオールマイトに私がママの孫だって思わせれば十分なんだから、出久くん以外に話す必要はないんだよね。出久くんに話しておけばオールマイトに伝わるから。じゃあ、なんで轟くんにするのか、と言うと。

 

「父が幼い頃にはもう亡くなっていて、どういうヒーローだったかもわかりません。それでも、私にとって唯一残された繋がりが、それなんです。私がヒーローを目指すのは、そこが祖母がいた場所だからで、そこに行くことが私と家族の最後の縁なんです」

 

 世の中には私のように家族と話すことすらできないし、なにも覚えていない人だっているってことをお伝えしたいわけですよ。轟くんにはこれを機に家族との対話をして、良い家族関係を築いて欲しいからね。だよね、燈矢くん? 

 

「……その人の名前ってわかるか」

 

「志村菜奈です。ヒーロー名はスカイレス」

 

 ママは正規のヒーローだったから記録に残ってるんだよね。『ワン・フォー・オール』継承者で正規ヒーローなのは5・7・8代目だけだったりする。2・3代目の頃はまだヒーロー制度が始まってないし、4代目は山ごもり、6代目はヴィジランテだったっぽい。

 

「聞いたことねえな」

 

「オールマイトがデビューする前の時期の人ですから」

 

 そんな話をしているとようやく相澤先生がやってきた。

 

「起きたようだな。手短に説明するぞ。まずお前達の試合だが、どちらもノックアウト、引き分けだ。決勝戦に進んでいた爆豪が優勝、お前達と常闇の3人が3位。表彰式は既に終わっているからメダルや副賞の授与は後日行われる。明日と明後日は休校だからしっかり休め。その間にプロからの指名等をこっちでまとめて発表するからどきどきしておけ。それから婆さん、リカバリーガールは治癒をやっていない。大きな怪我もしてないしな。なにか質問は?」

 

「ありません」

 

 轟くんと軽くアイコンタクトしてから答える。相澤先生が私達のスマホや携帯をベッド脇に置いていく。

 

「教室にまだ残っている奴らがいるから顔を見せていけ。気をつけて帰れよ」

 

 それだけ言うと相澤先生は出て行ってしまった。体育祭が終わっても、いや終わったからこそあと片付けとかで忙しいのにご苦労様です。

 

 長居しても仕方がないので教室に向かうことにする。なお、保健室だと思っていた場所は体育祭会場に設置されたリカバリガールの出張所であった模様。更衣室で制服に着替えてから1-A教室に入る。時間が時間だけにほとんど下校していたけど、先生の言う通り何人か残っている。

 

「みなさん、ご心配おかけしました」

 

 まずは軽く頭を下げる。ちょっと前に意識不明になった頃があるからね。轟くんも私に続いている。残っていたのは百、透ちゃん、上鳴くん、尾白くんだ。なんか変わった取り合わせだな。

 

 百が席を立ってこちらに来たので軽くハグ。

 

「あっ! 私も私も!」

 

 となぜか透ちゃんも乗ってきたのでこちらとも。なんか満足げにんふー、と言ってる。どうした急に。

 

「あー、とりあえずお疲れ」

 

「はい、お疲れ様です。尾白くんはどうして残ってるんですか?」

 

「ほら、第2種目でチーム組んでたし、枯れ木も山の賑わいと言うか。そんな感じ」

 

「俺も。流石にみんな疲れてるから帰っちゃったけどさ、誰もいないのってなんかな。あっ、他の連中には2人とも起きたって伝えてっから」

 

「そっか。悪ぃな、わざわざ」

 

「いいっていいって。にしてもすごかったなあの試合。SNSとかでも話題になりまくってるし。雄英体育祭が話題になるのはいつもだけど、今年は特にすげえや」

 

「おかげで、ものすごく疲れましたけどね。チームと言えば、じゃあ青山くんと飯田くんは?」

 

「青山さんはお家の用事で帰宅されています。常夜さんによろしく、と。それから飯田さんは──」

 

「これ見て貰った方がいいよ」

 

 透ちゃんがスマホの画面を見せてくれる。そこには「インゲニウム重傷」「ヒーロー殺し再び」などと言ったニュース記事が踊っていた。

 

「インゲニウムって、飯田くんのお兄さんの?」

 

「そうそう! 2人の試合が終わってから、飯田くん早退しちゃったんだけど、それだったみたい」

 

 ふむ。とりあえず、インゲニウムは一命を取り留めたようだ。万が一のことを考えてちょっと仕掛けておいたけど、うまくいったみたいでよかった。さて、これで保須市での対ヒーロー殺し戦のフラグが立ったわけだ。あとは一応、チュートリアルだっけ? いや、マニュアル? ともかく保須市のヒーローが職場体験で飯田くんを指名しているか確認しないと。あとはエンデヴァーはまあ、勝手に行くだろうからいいとして、面倒なのはグラントリノと出久くんがうまいタイミングで移動してくれるかだ。こればっかりはなぁ、あそこで出久くんが参戦したのって偶然の要素が大きいんだよなぁ。

 

 関わってくる人数が多いと調整が面倒くさすぎる! 

 

「心配ですわね」

 

「うん、飯田くん、お兄さんのことずいぶん尊敬していたみたいだから」

 

「俺もインゲニウムは好きだし、無事だといいけど」

 

 轟くんは何も言わないけど表情を固くしているようだ。家族がヒーローと言う点で飯田くんと轟くんは共通しているけど、その境遇には落差がある。それでもやはり思うところはあるのだろう。

 

「えーっと、あっ、そうだそうだ! みんなで体育祭の打ち上げやろうって! 今日はみんな疲れてるから、明日なんだけど!」

 

 空気が暗くなったのを払拭しようとしてか、透ちゃんが声を上げる。

 

「おお、そうだったそうだった。轟もどうだ?」

 

「悪ぃ、明日は行きたい場所があるんだ」

 

「そ、そっか……」

 

 お母さんのところですね、わかります。

 

「あー、打ち上げにはたぶん来ないと思うけど、爆豪にはちょっと気をつけた方がいいかもな」

 

「爆豪くんですか?」

 

「準決勝で2人が引き分けになっただろ? あれのせいであいつ怒髪天で、表彰式のときまで暴れててさ」

 

「あれはひどかったわ」

 

「そんなにですか……?」

 

「そりゃ不戦勝で優勝なのが気に食わないのはわかるけどよ、あれはなぁ」

 

 うん、まあ、爆豪くんがキレるように仕向けたのは私だけど。ああしておかないと弔が爆豪くんを目につけてくれなさそうだし。不満なのはわかるけど、なんであそこまで暴れるのかね。あいつの情緒どうなってんの? 

 

「さて、皆様、そろそろ下校いたしましょう。もう私達しか学校に残っていないでしょうし」

 

 百が軽く手を叩いて促す。それを号令にしたかのようにみんなそれぞれの荷物を持って教室から出て行く。

 

「常夜さん、今夜は私の屋敷にお泊まりください」

 

 あー、これ、もろもろの準備が整ってるな。流石にこの状態で帰ってから夕飯の準備とかするの怠いし、ちょうどいいかな。

 

「わかった。お邪魔させてもらうね」

 

 そういえば、こっちの八百万邸に行くの初めてだな。ちょっと楽しみかも。

 




焦凍くん「家に帰ったら親父が踊ってた……」
常夜ちゃん「轟家ってテンション上がると踊り出すの?」
荼毘さん「なんのことだか」
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