それは夏の霧がごとくゆらめき   作:かもめし

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夏の霧・一度きり(其の二)

 夏霧。某県の海側にひっそりと存在している田舎町。戦後間もない頃は、町の小さな港に定期船が通っていたこともあって人の賑わいもあったのだが、今では釣り人の穴場スポットか、地元に伝わる「神隠し伝説」を聞いたオカルトマニアのちょっとした観光スポットとなっているのみである。

 都内からこの小さな港町へと向かうには、電車を乗り継ぎして時間と金をそれなりに消費しなければならないのだが、良太郎にはまた別の交通手段がある。それが「デンライナー」と呼ばれる列車だ。

 この列車、新幹線のような見た目をしているのだが、その実はタイムマシンとも呼べるべきものであり、任意の「時間」へと向かうこともできるほかに、現実世界での走行も可能となっている。

 かなりぶっ飛んだ代物であるのだが、特殊な人間にしか見えない……というわけではなく、一般人からも目視は可能。故に現実世界で乗り回すと大パニックは必至なのだが、時の砂漠という別空間を通して移動すれば、そういった心配もない。

 

 

(っつったってよぉ。列車だからって、ご丁寧に駅のホームにつけることはねぇだろうよ)

 

 

 夏霧のホームに降り立った良太郎の脳内へ、例の不良声が響く。

 まさに田舎の駅といったところか。ノスタルジックな雰囲気を醸し出す木造の駅舎……には全く不釣り合いの、新幹線型の列車・デンライナーは、寂れた構内のホームへと静かに静止している。

 だが、あまりに寂れた田舎町だからだろう。ホームには列車を待つ乗客の姿はなく、駅舎の控室にいる駅員は、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。

 

 

「では、また後ほど」

 

 

 デンライナー入り口のドアから、スーツをしっかりと着こなした初老の男性が声をかける。

 彼こそはデンライナーの全権を握る「オーナー」であり、それ以外のこれといった情報が一切不明の謎多き人物である。

 かくしてオーナーを乗せたデンライナーは、夏霧の駅の線路をそのまま走るのかと思いきや、なんということか、突如として空へ通じる線路が浮かび上がり、それに沿って空中へと駆けはじめ、やがては空間の一点に現れた穴のようなものに吸い込まれていった。先に少しだけ触れた、時の砂漠という別空間へと飛んだのである。

 その様子を見送った後で、良太郎は駅を出て夏霧の地を踏む。

 駅舎正面には古本屋や純喫茶、駄菓子屋に雑貨店があるが、どうやら駅前の商業施設はそれらのみであるらしい。

 雑貨店の中では、店主らしき老婆が居眠りをしており、その隣の古本屋では、これまた店主と思わしき老爺がハタキをもって本に積もった埃を払っている。

 ゆったりとした時間の流れ。とても、イマジンが潜伏しているようには思えない。

 

 

(場所を間違えた、ってことはねぇよな?)

 

 

 脳裏の不良声に対し、

 

 

「夏霧って地名は、ここしかなかったと思うんだけど……」

 

 

 良太郎は自信なさげに応える。

 ……と。

 

 

「待ってたぜ! 電王!」

 

 

 ふと背後から声が聞こえた。

 振り返ってみると、駅舎の屋根に、成人男性ほどの体格をした二足歩行の猫が……いや、猫ではない。彼こそが、テレビ局に乗り込んで良太郎をこの地に誘ったイマジンなのである。

 

 

(お出ましだ! 良太郎、行くぜ!)

 

 

 不良声に頷くように、良太郎が腰元へと手を伸ばそうとしたとき、

 

 

「おっと! 焦るなよ」

 

 

 イマジンはそういったかと思うと、駅舎の屋根からものすごい跳躍を見せ、夏霧町の南側に広がる海辺の方へと逃げていった。

 

 

(逃がすか!)

 

 

 不良声に呼応するかのように、良太郎もイマジンの後を追う。しかし、追跡にそれほど時間はかからなかった。走ること約五分。まるで海辺を見守るようにして設置された六地蔵の傍で、イマジンはまるで良太郎を待っているかのように立っていたのだ。

 奴は良太郎を見るや、

 

 

「これで契約完了だ」

 

 

 呟くや、すいとどこかへその体を飲まれてしまった。

 これは、イマジンが憑依した人間との間で交わした「契約」が完了したことを意味する。

 イマジンは憑依元の人間の願いを、形はどうであれ成就させることで契約を果たし、その者が最も強い思いを抱く時間へと飛ぶことが出来るのだ。

 すなわち、六地蔵の傍にはイマジンと契約した人間が気を失って横たわっているはずなのだが……。

 

 

「……誰もいない……?」

 

 

 少し遅れて良太郎が駆け寄ってみると、そこには誰もいない。その代わり、地蔵たちの脇には小さな墓が設けられており、それへ、奇麗な翡翠色の勾玉と、小さな石が二つ積み上げられて供えられていた。

 

 

「あ、ありたち……? ありたつ? どうやって読むんだろう」

 

 

 墓には「有里達之墓」と彫られている。なかなかに珍しい名前だ。

 

 

(おいおい。どういうこった? まさか、墓の中の奴と契約したんじゃねぇだろうな)

 

 

 困惑した様子の不良声が脳裏に響いたとき、勾玉が太陽の光を受けて優しく輝いたのを良太郎は見た。

 ふと、良太郎は何者かに導かれるように、ズボンのポケットから一つのものを取り出す。

 それは、一枚のカード……いや、デンライナーが時を渡るうえで重要となるチケットであった。

 行先も発車時刻も刻印されていないそのチケットを、徐に勾玉へとかざしてみる。

 するとどうであろうか。チケットに、先ほどの猫型イマジンのイラストが浮かび上がり、その下に、デジタル数字が浮かび上がったのである。

 本来、このデジタル数字はイマジンの契約者が強く思うただ一つの時間が記されるのだが、

 

 

「……どういうこと?」

 

 

 良太郎は目を丸くした。

 デジタル数字が、絶え間なく変化を続け、時代を特定していなかったのである。

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