それは夏の霧がごとくゆらめき   作:かもめし

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夏の霧・一度きり(其の三)

 年代の定まらぬチケットを手にした良太郎は、夏霧駅の前まで戻り、きょろきょろと周囲を見回していた。

 現時刻は、午後の二時二十一分。

 

 

「あと一分……」

 

 

 どこか慌てている様子の良太郎は、ふと目についた古本屋の中へと飛び込み、

 

 

「あの、すみません!」

 

 

 そう声をかけると、奥の間から店主である老爺が出てきた。

 

 

「はいはい。何をお探しで?」

「あ、あの……すみません。本じゃなくて、トイレを貸してほしいんですけど……」

 

 

 店主は良太郎が客ではないことにがっかりするかと思いきや、その人のよさそうな顔を笑み崩しながら、

 

 

「ああ、はいはい。奥にあるから、好きに使ってくださいよ」

 

 

 そういって、良太郎を店の奥……老爺が住み暮らしている居住スペースへと案内してくれた。

 良太郎は携帯電話を取り出し、ディスプレイに表示されたデジタル文字が「2:22」にちょうど切り替わったことを確認した後で、心の中で二十二秒の時を刻む。

 それを訝しんだ店主は、

 

 

「遠慮しなくていいんだよ? さ、お入り」

 

 

 と言ってくれたのが、きっかり十一秒目であった。

 良太郎が勢いよくドアを開けると、向こうに広がるは古き良き和式便所……ではなく、近代的な新幹線の内部を彷彿とさせる空間。

 

 

「うひゃあ……」

 

 

 店主が魂消て腰を抜かしたのへ、

 

 

「お、驚かせてごめんなさい!」

 

 

 謝りつつも、良太郎はドアの向こうの空間へと飛び込み、すぐさま戸を閉めた。

 残された老爺は、しばらくしてやっと落ち着きを取り戻すと、恐る恐るトイレのドアを開けてみる。

 が、見えた景色は見慣れた和式便所。

 

 

「暑さで頭がやられちまったのかな……」

 

 

 店主は呆けた表情のまま、その場に立ち尽くすよりなかった。

 さて、視点は良太郎のものへと戻る。

 彼が古本屋のトイレから移動した先というのは、時の列車・デンライナーの車内であった。

 この列車のチケットやパスを持っているものは、時間がゾロ目となった瞬間に手ごろな扉を開ければ、そこからデンライナーへと乗車することが出来るのである。

 だから、先ほどの良太郎は一時十一分十一秒を正確に計る必要があったのだ。

 かくして無事にデンライナーへと乗ることに成功した良太郎は、そのまま先頭車両へと向かう。

 そこには運転に必要なハンドルやいろいろな計器の代わりに、一台のバイクが固定して設置されていた。

 このバイクこそ、デンライナーの運転に必要な、マシンデンバードなのである。

 普段は自動操縦を行っているが、またがって運転することにより任意の時間に移動することも可能。また、特定の年代が記録されたライダーチケットを挿入口にセットすることにより、その時間へと自動的に飛ぶこともできるのだ。

 良太郎は、さっそく先ほど手に入れたチケットを、ズボンのポケットから取り出した黒いケースに収納し、これをデンバードのハンドル部分にある挿入口へと差し込んだ。

 

 

「おいおい、いいのかよ? そんな訳の分かんねぇチケット入れちまって」

 

 

 例の不良声だ。しかし、今度は頭の中ではなく、背後から実体感のある声がかけられている。

 ちらと、良太郎は振り向く。そこにいたのは、全身血に染まったかのような赤みを帯びた鬼。彼もまた、イマジンのうちの一人であり、良太郎に憑依しているモモタロスであった。

 モモタロスの問いに、良太郎は力強く頷きこそしなかったが、その目にはっきりとした強い意志を宿し、

 

 

「大丈夫って自信は持てないけど……でも、いかなきゃ。あのイマジンがこのごちゃごちゃな時間を書き換えようとしてるなら、止めないと」

 

 

 見るからに弱々しく、実際体力も膂力もない良太郎なのだが、一度決めたことはとことん芯を通す強さはある。それは、喧嘩っ早いモモタロスも認めているところで、彼をして止められない部分でもある。

 

 

「けっ。どうなっても知らねぇからな」

 

 

 そういってモモタロスがそっぽを向いた時だった。

 前方向……すなわちデンライナーのフロントガラスに「ERROR」という文字が浮かび上がる。

 

 

「ほら見ろ! やっぱりやべぇことになったじゃねぇか!」

 

 

 モモタロスがわめき散らす中、良太郎は突如として視覚も聴覚も遮られてしまうほどの耳鳴りに襲われた。

 あまりに不快な感覚に倒れ込んでしまうと、何やらモモタロスが駆け寄り、体を揺さぶる様子が感じられる。

 そのまま、良太郎の意識はまばゆい光の中に溶けていってしまうのであった。

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