それは夏の霧がごとくゆらめき   作:かもめし

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時を彷徨う少女(其の一)

 まるで熱したフライパンの上にいるような……猛烈な暑さを体の前面に感じ、良太郎の意識は戻った。

 どういうわけか彼の体はデンライナーの車内ではなく、真夏の白昼堂々とアスファルトで舗装された道路の真ん中にあったのだ。それも、うつ伏せに加えて大の字となって。

 

 

「あっつ……!」

 

 

 慌てて立ち上がった良太郎の視界に、あの夏霧の駅前風景が飛び込んできた。

 蝉の鳴く声が近くからも遠くからも聞こえ、うだるような暑さが世界を包み込んでいる。

 人の気はない。この暑さに辟易して屋内にこもっているのだろうか。それにしては、まるで町全体が生気を失ってしまったかのような、どことなく物悲しい静寂が辺りを包んでいる。

 

 

(どうなってるんだ!? デンライナーはどこ行っちまったんだ!?)

 

 

 良太郎の脳内へ、モモタロスの焦る声が鳴り響く。良太郎とまだ完全な契約を果たしていないモモタロスは、デンライナー内以外では実態を保つことが出来ないのだ。

 モモタロスの騒がしさで、むしろ冷静さを取り戻した良太郎は、ふと駅の正面に建てられた古本屋から、一人の女性が出てきたのを見つけた。

 白いワンピースに麦わら帽子。腰まで伸びた黒い髪。これこそまさしく夏の田舎にベストマッチな風貌である。

 その女性が、ちらと良太郎の方を見て驚いたような顔をした。まるで、この世にありえないものを見たかのような目のみ開きっぷりである。

 女性はそのまま、恐る恐る良太郎へと近寄ると、徐に白く細い手を彼の頬へと差し伸ばす。

 儚げな女性の、どこか妖しく、どこか美しい雰囲気に呑まれた良太郎は、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなる。

 女性の掌が、遂に良太郎の頬に触れた。

 女性はそのまま、不思議そうに良太郎を撫でる。

 

 

「おい! いつまでやってんだ!」

 

 

 唐突に、地面から灰色の砂が盛り上がり、それがモモタロスの形を作って怒鳴り散らした。

 驚いた女性は、手を引っ込ませて、今度はモモタロスをじっくりと眺める。

 

 

「……鬼?」

 

 

 美しい鈴の音のような女性の声だった。

 いつもなら、

 

 

「鬼じゃねぇ! 俺にはモモタロスって名前があるんだよ!」

 

 

 などと喧嘩を吹っ掛けるような物言いをするモモタロスなのだが、彼もまた女性の雰囲気に圧倒されてしまったのか、

 

 

「な、なんだよ……」

 

 

 と戸惑いの声を上げるのみ。

 やがて、女性は我に返ったかのように瞳の光を強くして良太郎たちを見ると、

 

 

「よかった……。本当に神隠しに遭ってしまったかと思ったわ……」

 

 

 何かに安堵するようにため息を吐いた。

 良太郎は首をかしげて問う。

 

 

「神隠し……ですか?」

「そう、神隠し。この古本屋の本の中に、そう言った事が書いてあったから……」

 

 

 そういって女性は、背後にある古本屋に顔を向ける。先ほど、良太郎がトイレを口実に入った古本屋であった。

 

 

「声をかけても誰も出てこなかった……。だから、お店の人が戻るまで本を読んでいたのだけれど……そこでこの土地に神隠しの伝説があるっていう記事があるのを見たのよ」

「誰もいない? 嘘つけ。俺たちはさっきあの本屋の中でおっちゃんに会ってるんだ。なぁ、良太郎?」

 

 

 モモタロスの言う通り、良太郎たちはつい先ほど、本屋の中で店主である老爺に会って、会話もしている。だが、女性が全くの嘘を言っているようにも思えなかった。

 現段階ではどちらともいえない良太郎の胸の内を他所に、女性は続ける。

 

 

「その記事には、昔にも神隠しに遭った人がいて、その人はなんとか現実の世界に戻ってこられたみたいなんだけど……その人が戻った時にいた場所っていうのがこの土地の小学校だった、っていうから、私もそこへ行こうとしていたの」

 

 

 その小学校とやらに行けば、何かしらの手掛かりがつかめるかもしれない、と。

 あまりに無根拠ではあるが、自分が神隠しという超常現象に出くわしてしまったと思えば、藁にも縋るような気持であったのだろう。

 聞けば、この女性はこれまでの記憶がないらしく、自分がどうしてこの夏霧の町にきたのか、そもそも自分の名前すら思い出せないらしい。そんな訳の分からぬ状況なのだから、神隠しという荒唐無稽な状況もすんなりと受け入れてしまったのだろう。

 

 

「ねぇ、モモタロス。この人が記憶を取り戻す手助け、僕たちにできないかな?」

「はぁ!? イマジンはどうすんだよ! この時代に飛んでるんだろ?!」

 

 

 良太郎の提案に、モモタロスは怒声を上げる。

 

 

「でも、この町はどこも壊されてなんかいないよ」

 

 

 人間に憑依し、契約を果たして過去に飛んだイマジンは、手当たり次第に周囲を攻撃する。そうして「過去」を壊し、それにつながる「未来」をも壊すことが、彼らのやり方なのだ。

 しかし、それでいくといま良太郎たちがいる夏霧の町は、傷一つ付いていない。それどころかあの猫型イマジンの姿もないのだ。

 

 

「じゃあ、別の時間にいるんじゃねぇのか?」

「そうじゃない気がする。あのイマジン、なんだか僕たちに後を追ってきて欲しそうだった。だから、僕たちが別の時間にいるとしたら、イマジンにとっても都合が悪いと思うんだ」

「……まぁ、テレビ局を使って俺たちを呼んだくらいだしな。言われてみりゃ、そんなまどろっこしいことをしてまで誘き出した俺たちがいないとなりゃ、あいつも黙ってはねぇか」

 

 

 ってことはよ。とモモタロスは続ける。

 

 

「ここがあの野郎の目的の時間だとして、なんであいつは何も壊さねぇんだ?」

「それは僕にもわからない。でも、僕たちがここで何かをして、それが自分にとって思い通りのことだった時に、あのイマジンは姿を現すと思うんだ」

「相手の罠に飛び込んで、出方を伺うってわけか」

「それしかないと思う。さっきまでデンライナーにいたのに、僕たちはいつの間にか外にいる。きっと、ここじゃデンライナーにも繋がらないんだと思う」

「……野郎をぶっ飛ばして万事元にもどりゃいいけどな」

 

 

 モモタロスがむっすりと呟いたところで会話は終わった。

 女性は良太郎たちの話についていけていないようで、ぽっかりと口を開けている。

 

 

「おい、白女! とっととその小学校に行くぞ!」

 

 

 不機嫌そうにモモタロスが言った時であった。呆けた女性が、

 

 

「あれ、なに……?」

 

 

 と指をさす。

 つられて良太郎たちも視線を向けると、そこに広がるはのどかな田園地帯につながる道。

 ……と、その道の真ん中に、ぼんやりと白く光るものを見たのである。

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