当作品は原作に無い独自要素・独自設定・独自展開が大量に詰め込まれた作者の趣味全開の小説となっております。
閲覧の際はご注意ください。
吾輩はキノコである。名前はまだない。
どこで生まれたかはとんと見当がつかぬ。気が付いた時には薄暗いジメジメした森の中、同胞たちと腐葉土を貪り食っていたことだけは記憶している。
ある雨の日のこと、吾輩がいつものように木陰で雨宿りをしていたところ、突如轟音と共に降って来た“かみなり”に撃たれ、その衝撃で己がかつて人間であったことを思い出した。
吾輩は所謂転生者というものらしい。
おぼろげな記憶によれば、どうやら吾輩の前世は日本という国でしがないサラリーマンをしていた平凡な男であったらしい。前世の己に関する情報はそれ以上に思い出せぬが、思い出す価値もないようなつまらぬ人生を送ったということであろう。
しかして前世の記憶には役に立つものもあった。それが今生にて生を受けたこの『世界』についての知識である。
木を見れば、そこには尻に黄色い棘を生やした赤白の巨大な芋虫。
今の吾輩はこの芋虫が"いもむしポケモン"ケムッソと呼ばれていることを知っている。
次の瞬間、這っていたケムッソが何者かにかっさらわれる。下手人は前世の燕に似た鳥。
吾輩はその鳥が"こツバメポケモン"スバメと呼ばれていることを知っている。
そして水たまりに映る、今世の己の姿を見る。そこに映っているのは、練色の傘に緑の斑、そして緑の二足を持つ何とも言えぬ表情のキノコの
"きのこポケモン"キノココ。それが今世における吾輩の種族である。そう、何の因果か吾輩は『ポケモン』の世界にキノココとして転生していたのであった。
前世の記憶を思い出し、己が元々は人間であったことを自覚した吾輩であったが、さりとて生活に特段の変化は無かった。考えてみれば当然、今生の吾輩はキノココである。人であったころの知識を得たとて、人の営みを送ることは出来ぬ。
前世の記憶を思い出した当初こそ最早人の姿に戻れぬのかと思い悩みもしたが、よくよく考えてみれば前世の自分に戻れたとて、それが一体何になるのか。
仮に人の姿を取り戻したとしても、この"世界"には吾輩の頼るべき家族も友人も居らぬ。さらに今生をキノココとして生を受けた吾輩に身分証明など出来る筈もなく。勿論、平凡なサラリーマンであった者が大自然を生き抜く術を持ち合わせている訳もなく。必然、待っているのは野垂れ死にであろう。
翻ってポケモンであればどうか。吾輩には生まれた時より共に暮らす
結局、悩んだところで人に戻れるかどうかなど分からぬのだから、悩むだけ無駄というもの。それに己に関する前世の記憶は、己が人間であったという自覚のみ。既にキノココとしてこの世界で生を受けて幾年、吾輩にとってキノココとして生きるということは最早自明のものとなっている。
なれば前世は前世、今生は今生。吾輩は人の記憶を持ったキノココとして生きるのみである。果たしてそう決意した吾輩は、再び同胞たちと共に腐葉土を貪る生活に戻ったのだ。
さて、同胞と共に腐葉土を貪る日々を送っていたある日、とある出来事が吾輩の所属する群に起こった。襲い掛かって来たドクケイルを群れで撃退した直後、同胞の一匹が進化の時を迎えたのだ。
キノガッサという新たな姿を得た同胞を、吾輩は他の同胞たちと共に祝福する。実にめでたいと、同胞たちは祝砲のように頭部より胞子を吹き出していた。
その姿を見た吾輩の脳裏に、前世より引き継いだとある知識が浮かび上がる。
話は変わるがポケモンには"キノコのほうし"というわざが存在する。くさタイプに分類されるわざで、かけた相手を眠らせる効果を持つ。その点だけならば"さいみんじゅつ"や"うたう"といった他の催眠技とさほど変わらぬが、このわざには他の催眠技にはない驚異的な特徴がある。
それは命中率が100%であること。他の催眠技の命中率がせいぜい50から75程度のところを100%。即ち、使用すれば確実に相手を眠らせることが出来るのだ。
ねむり状態になった相手はその間ほぼ何もすることは出来ず、こちらが一方的に有利となる。そんな状態を確実に引き起こせる点で"キノコのほうし"というわざがどれほど強力であるか分かるだろう。
しかしその強力さ故に、代償として"キノコのほうし"は使い手が限られるという弱点が存在する。"
そして吾輩の記憶にある限り、その使い手とは正統派からは程遠い
即ち、"キノコのほうし"とは吾輩らにとってのアイデンティティと言っても過言ではない。
それにも関わらず、この"キノコのほうし"は吾輩らキノココ系統が習得するのが非常に困難な代物なのだ。
しかし、いかに過酷とて諦める訳にはいかぬ。何故ならば今生の吾輩はキノココ。そしてキノココと言えば"キノコのほうし"。"キノコのほうし"が使えぬなどということは、この世界における唯一正当なるきのこポケモンとしての誇りが許さぬ。吾輩は決意した、必ずや"キノコのほうし"を習得して見せると。
というわけで、"キノコのほうし"習得を決意した吾輩は早速修行を始めることにした。やることは単純、目に付いたポケモンに片端から喧嘩を売るのである。
キノココが"キノコのほうし"を覚えるレベルは54。無論、一介のキノココである吾輩に自らのレベルを知る術などありはしないが、先の同胞が外敵の撃退を経てキノガッサへ進化したことを鑑みれば、この"世界"にもバトルを行うことで経験値を取得し、レベルアップするという概念が働いている可能性が高いと見たのだ。
もしかすれば他の可能性も無いわけではないが、しかし前世の記憶によればポケモンとはバトルを通じて成長するものだという。なればこの方法こそが"キノコのほうし"へ至る近道であると思い至ったのである。
さてさて、近くを歩いていた
キノココがキノガッサに進化するレベルは23。"キノコのほうし"を覚えるレベル54よりよほど早い。そして一度キノガッサに進化してしまえば、もう"キノコのほうし"を覚える手立てはない。
これは困った。"キノコのほうし"を覚えるにはレベルアップする他ないが、レベルアップしてしまうと"キノコのほうし"が覚えられぬ。前世の記憶には進化キャンセルなるものが存在したが、アレはトレーナーの干渉があってのこと。野生ポケモンが自らの意志で進化を止められるのかは不明である。あるいは「進化せぬ」という"
と、そこまで考えたところで、吾輩の脳裏にとあるアイテムの存在が天啓のように浮かび上がった。そう『かわらずのいし』である。
『かわらずのいし』は進化の石と呼ばれるアイテムの一種で、もたせたポケモンの進化を止める効果がある。まさに吾輩にとって打って付けのアイテムであった。
これは是非とも手に入れなければ。そう思う吾輩であったが、しかし、それがどこで手に入るのかは皆目見当が付かなかった。おぼろげな前世の記憶を辿ろうとも、所在地を思い出す気配はさっぱり無い。肝心なところで役に立たぬ記憶である。
一縷の望みをかけ同胞たちにも声をかけてみるが、同然の如く誰も知らぬ。
生まれてよりこの方、この森より一歩も出たことのない同胞たちがその存在を知らぬのだ。ならば『かわらずのいし』はこの森には無いのであろう。ならば必然として森の外に求める他ない。
そんなところで再び前世の記憶から情報が浮かび上がって来る。そう言えば、ポケモンには石の専門家が住まう街があった筈。名前は確か……、『カナズミシティ』であっただろうか。仮に吾輩たちが住むこの森が前世でいう『トウカのもり』にあたるのだとすれば、『カナズミシティ』はすぐ近くであった筈。それにこの森が『トウカのもり』でなくとも、どのみち外に出ねば『かわらずのいし』は手に入らぬのだ。ならばここは思い切って住み慣れたこの地を離れるべきではないのか。
そうと決まれば善は急げ。吾輩は早速同胞たちにこの森を離れて旅に出ることを伝えた。初めは何を言ってるんだコイツはと言わんばかりであった同胞たちも、吾輩の本気が伝わったのだろう、聞き終わったころには狂人を見る目で吾輩を見ていた。
解せぬ。
とはいえ、何のかんのと言いつつも吾輩と同胞は生まれた時より共に暮らす間柄。今までの行動が祟って引き止められこそしなんだが、野垂死なれては寝覚めが悪いと旅立ちにあたり餞別を送られることとなった。同胞より手渡されたのは、丸々とした洋ナシに似た黄色い果実。前世の記憶によればそれは『オボンのみ』という名で呼ばれている"きのみ"であった。
これはありがたい。『オボンのみ』にはポケモンの体力を回復させる効果がある。旅先で傷を負った際に、応急とはいえ回復できる手段があるのは非常に助かることだ。
かくして、数多くの同胞らに見送られ吾輩は故郷である森の奥を旅立った。目指すは『かわらずのいし』、そしてゆくゆくは"キノコのほうし"を習得すること。
ついでにこの世界の様々なところを巡ってみるのもよいかもしれぬ、そんなことを考えながら吾輩は木漏れ日の中をスタスタと往くのであった。
ちなみに作者が初プレイしたのは「サファイア」でした。