当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。
転がる石には苔が生えない。では転がらぬ石には?
『自然と科学の融合を追及する街』カナズミシティ。ホウエン地方西部に位置するこの街は、巨大企業デボンコーポレーションが本社を置く同地方最大都市である。
コンクリートと石畳に覆われた大地に、摩天楼が林立する都市の風景。前世において飽きるほど見たその光景も、大自然の元生まれ落ちた今生の吾輩にとってはどこか異質で新鮮に映る。
樹々を取り去り地を均し、河を埋め立て山を削り、自然そのものを作り変えながら、拡大発展続ける絢爛なる都市文明。いやはや、何とも凄まじき人類の
それはさておき。
吾輩たちがカナズミシティに到着し、真っ先に行ったことは中年をデボンコーポレーションへと送り届けることであった。
中年はどうやらデボンの研究員だったらしい。なんでもトウカのもりをうろついていたところ、持っていた重要書類を先程のコスプレ海賊ども――アクア団というらしい――に奪われそうになり、慌ててバンダナ少女に助けを求めたのだとか。
なぜ、重要書類を持ちながら森をうろついていたのかはサッパリ分からぬが、ともかくそういった訳で吾輩らはデボン研究員の中年を連れて、彼奴が勤めるデボンコーポレーションの本社ビルまで行くこととなったのだ。
しかし、この後が悪かった。重要書類を持ったまま森をフラフラしていた中年は、当然の如く上役より大目玉をくらい。さらにはセキュリティ問題だのなんだのということで、事情を聞くため吾輩たちまで拘束される始末。散々質問された後、やっと解放されたころには、既に日もとっぷり暮れていた。
全くもって腹立たしい。完全なる善意でもって助けた、バンダナ少女に何たる仕打ちか。情けは人の為ならずとは言うが、こんなことになるならば情けなどかけるだけ損というものである。
とかく、人の世とは住み難きものよとつくづく思った。
憤慨する吾輩を宥めながら、バンダナ少女はポケモンセンターへ歩みを進める。
曰く、今夜はポケモンセンターにて宿を取るのだという。彼女の言にフムフムと頷く吾輩であったが、そこではたと気が付く。吾輩はトレーナーの居らぬ野生ポケモン、果たしてポケモンセンターに入ってよいものなのだろうか。
結論から言えば問題はなかった。
バンダナ少女の後に続き、ポケモンセンターに入った吾輩であったがそのことが咎められることは無く。むしろ、回復のため手持ちを預けた際にバンダナ少女が野生のポケモンであるとさらりと述べたことで、吾輩の方が驚いたくらいであった。漏れ聞こえた話によれば、どうやらポケモンセンターには手持ちポケモンの回復の他、心あるトレーナーが持ち込んだ傷ついたり、衰弱したりした野生のポケモンなどを治療し、保護する役割もあるのだとか。
どうやら吾輩もそういった類いとして扱われるとのことで、ついでに怪我や病気が無いか検査もしてもらえるらしい。何やらブオンブオンと鳴るSFちっくな機械に乗せられじっとしていること数秒、軽快な音楽と共に検査結果が表示された。当然の如く結果は問題なし、健康そのものであった。
そうこうする内にバンダナ少女の手持ちの回復も終わり、吾輩たちはそろって共に食事を摂る。
この時、吾輩は初めてポケモンフーズなる食品を味わった。ポケモンフーズとはこの世界に最も広く普及した、ポケモン用の食餌である。ポケモンの生命維持に必要な栄養素が全て含まれ、さらに保存が効いて持ち運びも容易いという万能糧食であり、ポケモンと共に旅するトレーナーにとっては必需品だそうだ。
姿形特質が千差万別のポケモンという種族にたった一種のみで対応できる食料品を作るとは、ある意味すごい技術である。そんなことを思いながら一口かじってみれば、何とも言えぬハイカラな味がした。これが文明の味というものか、取り立てて美味という訳ではないが、三日に一回程度ならば食べてみても良いかもしれぬ、そのような味であった。
さて、次の日。吾輩たちはカナズミシティのとある建物の前に佇んでいた。
建物の名は『カナズミジム』。そう、吾輩たちがこの街に訪れた本来の目的、ジム挑戦である。
すでに一晩休んで体調は万全、取るべき戦略も打合せ済み、絶好の攻略日和であった。
ふと、吾輩は傍らに立つバンダナ少女を見た。ジムを見つめるその面持ちには、どこか不安の色が伺える。
是非も無し。何せバンダナ少女はこれが初挑戦のジムである、今までと比較にならぬ強敵を前に身が竦むのも無理はない。
ふむ、ならばここは一つ、人生の先達――前世と今生を合わせれば少女よりは年長であろう――として吾輩が彼女の緊張を解きほぐしてやろうではないか。
吾輩は隣に佇む少女へと飛びつき、わしゃわしゃりとくすぐってやる。飛びつかれた少女は驚き、身をよじって振りほどこうとする。その拍子に少女の腰元よりモンスターボールが転げ落ち、中より
一頻りくすぐって満足した吾輩は、泣き笑いで腰砕けとなった彼女を解放してやる。バンダナ少女が荒い息を吐きながら、いきなり何をするのかとこちらを見れば、そこには彼女を見る
少女よ、気負うことはない。其方には絆を結んだ
吾輩に同意するかのように鳴く二体。
それに、だ。其方には吾輩という助っ人も付いておる。くさタイプである吾輩が居れば、いわタイプジムなどお茶の子さいさいよ。そうして吾輩も胸を張り、鳴き声を上げてやった。
果たして、バンダナ少女に吾輩らの意思が伝わったのか、彼女の表情は険が取れた落ち着いたものとなっていた。
うむ、よい表情だ。これなら実戦においても気負うことなく力を発揮出来るであろう。さあ、いざ往かんカナズミジム。ジムリーダーなぞ何するものぞ。
そう勇みながら吾輩は、バンダナ少女に続いてジムの門をくぐったのであった。
しかし、カナズミジムに一歩足を踏み入れた吾輩たちを迎えたのは、吾輩らを篩い落とさんとするジムトレーナーでも、吾輩らを試さんとする高慢なジムリーダーでもなく、多種多様の化石・鉱物たちであった。
ジムの内装はさながら博物館の如く、あちらこちらに化石が陳列され、壁面には古代に生きたポケモンたちを模した巨大オブジェが飾られていた。
はて、腕に覚えのあるトレーナーたちが集う修行の場であると聞き及び、てっきり道場のような雰囲気を想像していたが、これはどう言ったことか。どちらかと言えば腕利きのトレーナーよりも、休暇の学生どもが集いそうな雰囲気である。
バンダナ少女も同様に、困惑した表情を浮かべて周囲を見回していた。
どうしたものやらと周囲を見回す吾輩たちを見兼ねたのか、ジムの職員であろう人物が話しかけて来た。そこで吾輩たちは驚愕の事実を知る。何と現在、ジムリーダーが
何ということだ。勢い込んでやって来たにも関わらず、出鼻を挫かれる形となってしまった。
しかし、いないものは仕方がない。がっくりと肩を落とし、吾輩たちは今しがた入って来たばかりの扉を出ようとして――反対側より飛び込んできた少女と思いきり鉢合わせることとなった。
あんまり慌てて入って来たためか、少女は吾輩のことが見えなかった――余談であるが今生の吾輩の身長は40センチ前後である――のであろう、丁度彼女の足が吾輩の顔面にめり込む形となり、憐れ、吾輩は思いきり蹴飛ばされる羽目となった。
前世の世界においては――或いは今生の世界にあっても――見目麗しい少女に蹴られることを「ご褒美である」と抜かす輩もいるようではあるが、生憎ながら吾輩はそのような癖は持ち合わせておらぬ。いくら相手が少女であろうと蹴られるなど御免被る。
そんな益体も無いことを考えつつ見事な放物線を描いた吾輩の体は、展示物のショウウィンドウに勢いよくぶつかることで止まり、やれやれ酷い目にあったと立ち上がろうとしたところ、さらに衝撃で落ちてきた展示物に潰されることとなった。
目から火花が飛び、
次に意識を覚醒させた時、吾輩が真っ先に行ったことは己の記憶に齟齬がないかを確認することであった。
吾輩は何者か?
――吾輩はキノココである。
吾輩はどこで生まれた?
――前世は日本という国でサラリーマンをしておった。今生においてはトウカのもりにて、気が付いた時には腐葉土を貪る生活しておった。
吾輩はここに何をしに来た?
――バンダナ少女の助っ人として、ジム攻略の手伝いのためである。
吾輩の目標は?
――きのこポケモンの誇りにかけて、"キノコのほうし"を習得すること。
うむ、どうやら記憶は正常なようだ。頑丈なポケモンの身で良かった、これが人間のままであったら間違いなく病院に入院する羽目になっていただろう。
と、ようやくそこで吾輩は目を開く。果たして回復した視界に真っ先に映ったのは、心配そうにこちらを見つめる二人の少女の姿であった。
一人は吾輩の同行人、赤いバンダナが特徴的なトレーナーの少女。
そしてもう一人。額を出し、後ろを大きなリボンで結った特徴的なおさげ髪の少女。年の頃はバンダナ少女とそれほど変わらぬだろうが、中々に利発そうな雰囲気を醸し出していた。
しかし、中々見事なデコである。中にしっかりと頭が詰まっているのだろう、実に将来有望そうだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、動かない吾輩の様子にもしや動けぬほどの大怪我なのかと、少女たちが泣き出しそうになってしまう。
おっと、これはいかん。と、吾輩はすぐさま立ち上がる。そして少女たちに心配御無用とばかりに、軽快なステップで飛び跳ねて見せた。
吾輩の元気そうな様子に、少女たちはホッと胸を撫で下ろした。
さて、意識が回復したところで、あらためて吾輩たちはデコ少女より謝罪を受けることになった。不注意とはいえ危うく吾輩に大怪我を負わせてしまうところだったと、真摯に頭を下げる少女。一介のポケモン相手だからと有耶無耶にせず、誠実に対応しようとするその姿に吾輩は一気に好感を抱いた。
何、気にすることはない。結果として吾輩に怪我はなかったのだ。終わり良ければ総て良し、吾輩への謝罪はそれで十分である。
と、そのようなことを身振り手振りで伝えたのであるが、デコ少女はそれでは納得いかないらしい。詫びとして、吾輩たちにジムリーダー足る自分への直接挑戦権を与えようと提案してきた。
なんとデコ少女は、このカナズミジムを預かるジムリーダーその人であったのだ。
これは驚いた。利発そうであると思ってはいたが、まさかその年で一城を預かる身であったとは。それこそ星の数ほどいようポケモントレーナーたちの中に在りて、ジムリーダーという肩書はそう軽いものでは無い筈。今だ少女と言ってよい年齢でありながら、その肩書を任せるに足ると認められたデコ少女に、吾輩は内心で舌を巻く思いであった。
デコ少女が言うところによれば、通常ポケモンジムは選抜のため、挑戦者たちに"
そして今回、デコ少女が提案してきたことは、吾輩たちにこの
これは吾輩たちにとって願ってもみない提案だった。勿論、一にも二もなくデコ少女の提案を承諾し、吾輩たちは早速ジムリーダーに挑戦を申し込む。デコ少女はそれを笑って受け入れると、立ち上がり吾輩たちに付いてくるよう促した。
デコ少女に案内され、吾輩たちが通されたのはこのジムの最奥部。巨大な
吾輩たちを
相対せし強者を前に吾輩たちの身体に震えが走る。しかし、それは恐怖によるものに非ず、己より高みに座す者へ挑む武者震いなり。
これより始まるは
一度始まればどちらかが勝利を栄冠を手にし、どちらかが一敗地に塗れるまで終わることは無い。
されど、両者に敗北への恐怖なく。心を満たすは、飽くなき勝利への渇望のみ。
双方、
いざ尋常に、勝負――開始ぃ!
試合開始を告げる審判の声と同時に、
ジムリーダー・
対して、
ボールより飛び出し、羽ばたきと共に対空したのは、黒白のツートンカラーに赤い胸元が特徴的な鳥ポケモン。
大方、自らの
無論、先鋒へのスバメの起用は考えがあってのものだ。
スバメは、イシツブテからの投石攻撃をひらりひらりと躱してゆく。当たれば一撃で勝負を決せられるであろう投石を、しかしスバメは空中を縦横無尽に飛び回り、紙一重の距離で回避する。
当たらぬ攻撃にイラついたのか、イシツブテはがむしゃらになって投石を増やす。しかし、投石を増やしても増やしても、天を舞うスバメを捉えることは出来ず、逆にスバメはその飛翔速度をますます上げていく始末。
無数に放たれる投石はしかし、彼奴らに吾輩らの戦術を隠すよい隠れ蓑となった。
スバメの両翼が徐々に徐々に硬質な輝きを帯びてゆく。
投石が中空を覆い尽くさんばかりの勢いになり、そこで
ついに己が出せる最高の速度に至ったスバメは、その勢いを維持したまま空中にて宙返り。目にも止まらぬ速さにてイシツブテへと急降下していく。
瞬間、イシツブテへと叩き込まれる"
よし、と小さくガッツポーズを決める吾輩たち。これで一匹持って行った、と確信する。
しかし、相手はジムリーダー。数多の
瞬間、先の一撃で以って"ひんし"に至らしめた筈のイシツブテが動き出す。狙うは攻撃後、その速度を緩めたスバメの背中。
全力の一撃の後、僅かにその意識を緩めていたスバメ。迫り来る投石に対応出来ず、まともに
意識を失い墜落するスバメに慌ててリターンレーザーを照射し、ボールに戻す
それを見ながら吾輩は当初の予定が狂ったことに内心、歯噛みすると同時に、ジムリーダーの実力の凄まじさへ戦慄を覚えていた。
まさかあの
しかし、大筋に問題はない。元々、一撃で以って敵先鋒を下した後、次のポケモンの戦術を引き出し退場するのが
ひんしのスバメがボールに回収されたのを確認した後、吾輩は勢いよく
さて、まずは
先の一撃で既に限界であったのだろう、吾輩の攻撃を受けた
倒れ伏した彼奴を
ここまでは予定調和。問題は
果たして、イシツブテを回収し終えた
白い光と共にボールより飛び出せしは、全身が青みがかった岩石で構成された、磁石が如き赤い鼻と眠ったような容貌を持つ"いわ"ポケモン。その名は"コンパス"ポケモン・ノズパス。ジムリーダー方大将を務める最大戦力であり、
来おったな、ノズパス。彼奴は
ノズパスというポケモンの持つ特徴はといえば、何を置いてもその圧倒的な防御能力であろう。前世のゲーム的な"
現在、
即ち正面突破は不可能。ならば必然、取るべき手段は搦め手となる。
さて、先ほど語ったノズパスというポケモンの長所を覚えているだろうか。彼の長所とは即ち、驚異的な防御能力である。では、逆に彼奴の短所とはどこであろう。
一部驚異的な
そして、それはノズパスにおいても例外ではない。では彼奴がその驚異的な防御能力と引き換えに切り捨てた
――
ノズパスが
当然、
瞬く間に――といっても外野から見れば呆れるほど遅かったであろうが――
吾輩のほうしをたっぷりと吸い込んだノズパスの顔が苦痛に歪む。
此度、彼奴にまき散らしたほうしは、先の悪漢どもに使用したものと違い、ほうしの成分配合を変えることでランダムであった状態異常の発生を、確実に引き起こせるよう性質変化させている。*1
その効果は吸い込んだ相手
さらに言えば吾輩の策はそれだけではない。
ノズパスが眼前の吾輩に向け、磁力で以って浮遊させた岩石をぶつけてくる。
吾輩は押し寄せてきた岩石がぶつかるのと同時に、自ら後ろへと跳躍。投石の勢いを利用し、彼奴と距離を取ることに成功した。
無論、吾輩とて無傷とはいかなった。岩石がぶつけられた部分に痛みが走り、吾輩の肉体がダメージを受けたことを知らせる。
しかし、問題はない。感ずる痛みは先日ポチエナに噛みつかれた時よりもずっと弱く、負ったダメージは擦り傷程度。戦闘継続に支障はなかった。
さらに次の瞬間、吾輩の肉体に"くさ"のエネルギーが流れ込み、
見れば、
このほうしは吸い込んだ相手の体内に寄生、その体力を奪うことで成長し、奪った体力の一部をパスを通じて吾輩に分け与えるという代物だ。相手の体力を奪い、吾輩へと還元するという一見非常に強力な効果を持つこのほうしではあるが、しかし、明確な弱点というのもまた存在する。このほうしはその存在維持に吾輩との――正確に言えば吾輩が味方と認識するものとの――パスが必要不可欠で、例えば寄生相手が有効射程を離れる、モンスターボールに戻されるなどしてその繋がりが途切れれば瞬く間に死滅してしまうのだ。さらにこれと同系の技は"やどりぎのたね"という呼称で知られており、くさタイプのわざの中でも比較的ポピュラーなものとしてその対策法――一度ボールに引っ込める――が広く普及しているのも、欠点の一つと言えるであろう。
しかし、ことこの場において、それは大きな問題とならない。
ポケモンバトルはルール上、常に*2
そして現在、
即ち、
後は、吾輩が"ひんし"にならぬよう立ち回り、「どく」と「やどりぎ」によって
これこそが吾輩が考案した対ノズパス用戦術、その名も「転がらぬ石に苔を生ぜよ」作戦である。
攻撃回避に専念し、
ほれほれどうした。先ほどから狙いが定まっておらぬぞ。
吾輩は自らの勝利を確信していた。
ふむ、毒がとうとう頭にまで回ったか、あるいは疲労のあまり混乱状態にでもなったか。まあ、どうでもよいか。
吾輩はこの場において王手をかけておる。既に勝利は目前、わるあがきなど無視しても構うまい。
正直に申せば、この時の吾輩はひどく慢心していた。
自らの立てた策が上手くいったと思い込み、最早彼奴は手も足もでまいと油断していたのだ。
吾輩は知らなかった、目の前で相対せしが何者であるかを。
吾輩は嘗めていた、数多の挑戦者を一蹴してきた
吾輩は忘れていた、どこまでも貪欲に勝利を求める
都合何度目かの投石。珍しく吾輩に向かって放たれたそれを、吾輩は危なげなく回避しようと横っとびに跳び退る。
瞬間、飛び退いた先の空間にあった何かに阻まれ、顔面をしたたかに打ち付けてしまう。
痛みに呻きながら眼前を見れば、そこにあったのは先の投石によって投げつけられていた岩石封。さらによくよく確認すれば、吾輩の周囲三方がこの岩石封によって囲まれているのに気が付いた。
嫌な予感を感じた吾輩はすぐさまその場を離れようとするが、次の瞬間全身を電流が駆け抜けたことで失敗する。駆け抜けた電流によって肉体が痙攣し、吾輩はその場より一歩も動くことが出来ない。どうやら彼奴が鼻先より"でんじは"を発し、吾輩
せめて、次に何が来るのか確認しなければと吾輩は、"まひ"した体を無理やり動かし彼奴の方を振り向いて――そこに「絶望」を見た。
体勢を整え、ゆったりと拳を構えるノズパス。その拳へと徐々に徐々に、"ほのお"のエネルギーが集っていく。集ったエネルギーは収束し、ノズパスの拳を青みがかった本来の体色から、赤く赤く、燃えるような色合いへと変化させた。
迸る"ほのお"のエネルギーを前に、吾輩の本能が最大級の警報を発する。
まずい、まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
吾輩の身に満ちる"くさ"の力が教えてくれる、
やがてノズパスの拳に"ほのお"のエネルギーが充填される。
そうして奴は拳を振りかぶり、吾輩目掛け"
"
初めに感じたのは我が身を焼く強烈な痛み。
次に感じたのは凄まじい衝撃。
殴り飛ばされた吾輩の体は、背後にあった岩石封を粉砕するに飽き足らず、そのまま
ズルズルと力無く場外に滑り落ちる吾輩。
打ち込まれた"ほのお"のエネルギーが肉体を苛み、激しい痛みによって呼吸すらも儘ならぬ。
辛うじて意識こそ保っているものの、体に全くといっていいほど力が入らぬ。
誰がどう見ても戦闘不能。完全無欠の"ひんし"状態であった。
力無く倒れ伏す吾輩に悲鳴を上げて駆け寄ろうとする
吾輩は、そんな
果たして
さて、
一体何をしているのだ吾輩は。
助っ人だのなんだのと嘯き、自らの策に慢心し、格上の敵を前に油断するなど何様のつもりか。
そも彼らジムリーダーは各タイプのエキスパート、それが己が専門とするタイプを知り抜いておる。ならば、弱点となるタイプに関しても当然対策を取っているに決まっておろう。
それを有利タイプだから何だのと、「転がらぬ石」だったのは吾輩の方ではないか。
しかし、後悔先に立たず。吾輩は諦観に満ちた表情で
現在次々と放たれる岩石封を、アチャモは何とか
そしてアチャモに"いわ"タイプに対する有効打はない。
この
この時、吾輩は既に
此方に有効な手札は無く、逆に相手は一撃さえ当てれば勝ち。この絶体絶命の状況下、逆転なぞ不可能であると。
しかし、吾輩は忘れていたのだ。
ノズパスの岩石封の一撃がアチャモの体に突き刺さり、彼の体が大きく吹き飛ばされる。
ああ、これで終わりか。
そう吾輩が諦念と共に敗北を予期した、次の瞬間。吹き飛ばされた
それは大いなる生命の御業。ポケモンという種族がその身に蓄積された力を爆発的に解放し、その器を一段階上の物へと昇華させる神秘の現象。いと貴き進化の光であった。
光に包まれアチャモの姿が変わってゆく。幼く、小さな肉体はより大きく、より強力なものへ。可愛らしかった翼には戦いに適した鋭い爪が生え揃い、大地を掴む足はより駆けるのに相応しい強靭なものへと変化した。
そして光が収まった時、既に
ワカシャモは変化した己が肉体の調子を確かめるように二、三、軽くステップを踏むと、次の瞬間、爆発的な加速でもってノズパスへと接近する。進化を経て飛躍的に向上した彼の身体能力は、ノズパスに一切の行動を許さず。勢いのまま放たれたのは闘気を込めた"
果たして、"いわ"も砕く"
――ノズパス、戦闘不能! 勝者、
挙げられし試合終了の旗。読み上げられた勝者の名は、
そしてその名を聞き届けるのと同時に、吾輩の意識は暗闇に閉ざされた。
次に目を覚ました時、吾輩が見たのは何度目か分からぬバンダナ少女の心配そうな顔。周囲を見ればやたらとSFちっくな機械が並ぶポケモンセンターの治療室。
なるほど。吾輩はひんしとなった後、ここに運び込まれて治療を受けていたということか。
バンダナ少女に力いっぱい抱きしめられ、圧殺されそうになりながら吾輩は内心、そう独り言ちた。
危うく今生の生を終えそうになる寸前、ようやく解放された吾輩。
そんな吾輩に、バンダナ少女は誇らしげな様子で手にしたバッジケースを見せてくる。ケースの中には煌びやかに輝く『ストーンバッジ』。彼女が
バンダナ少女は吾輩に助力の礼を言う。今回、カナズミジムを攻略出来たのは吾輩のおかげである、吾輩の助力なくてはカナズミジムを突破し、こうしてバッジを手にすることも出来なかった、と。
彼女の礼に笑みを持って応える一方、吾輩は内心で忸怩たる思いを抱いた。
吾輩に彼女の礼を受ける資格はない。
今回のジム戦、突破出来たのは純然たる彼女の実力によるものだ。吾輩は格上相手に油断し、無様に敗北したのみ。
これで助っ人などお笑い草だ。
どうやら吾輩は前世の記憶というものの影響か、知らず知らずのうちに自らを強者であると勘違いしていたらしい。前世の記憶がどうした、人の知恵を持つからどうした。
この"世界"には吾輩など及びも付かぬ強者どもがいくらでもいるのだ。彼らに比べれば吾輩など一介のキノコ、純然たる弱者に過ぎぬ。慢心、油断などしてる余裕など吾輩には無い。これより相対する者に対して決して手を抜かず、常に全霊をもってことに当たるべし。
吾輩は
さて、治療も終わりポケモンセンターを出た吾輩たち。
そこでふと、吾輩は既にバンダナ少女との約定、ジム戦への助っ人を果たしていることを思い出す。
ならば、これにてバンダナ少女と吾輩の旅は終了ということだ。
そうか、吾輩と彼女らとの旅はここで一度終わるのか。思えば長いようで短い間であった。
吾輩はこの二日間で起きた鮮烈な思い出の数々を振り返り、この二日間の彼女との旅路がまこと善きものであったと感慨に浸る。
そして隣に不思議そうな表情で佇む彼女に吾輩は、別れの挨拶をしようとして。
――まってぇー!
街中に突如響き渡る、情けない中年の声によって掻き消された。
ふむ、どうやら彼女との旅はもう少しだけ続きそうである。