キノコのほうしを目指して   作:野傘

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キノココが地下世界を観光していた時の地上の話。
長くなりそうなので前後編に。


注意!
当作品には独自展開、独自解釈、設定捏造、キャラ崩壊が多分に含まれています。
上記の要素が苦手な方はご注意ください。


幕間:暮雲春樹 前編

「はあ……」 

 

 水平線を眺めながらハルカはため息を吐く。

 ムロタウンジムを難なく突破し、無事二つ目のバッジを手に入れたハルカ。彼女は次なる目的地・カイナシティを目指し、109番水道を進む(カクタス号)の上にいた。

 石の洞窟で新たな仲間を加え、彼女の旅は正しく順風満帆と言ってよいものであったが、しかし彼女が浮かべる表情はどこか物憂げなものであった。

 

「はあ……」

 

 再びため息を吐く彼女。そんな彼女を心配してか、腰のボールより手持ちポケモンが飛び出してくる。

 

「チャモちゃん……、スバちゃん…………ドラちゃんも……」

 

 飛び出してきたのは三体。オダマキ博士より譲り受けた最初の相棒・ワカシャモ。旅に出て初めてゲットしたポケモン・スバメ。石の洞窟で仲間となった新入り・ココドラ。

 各々が心配そうな表情を浮かべてこちらを見る手持ちポケモンたち。ハルカはそんな彼らを見回して、

 

(キノちゃん……)

 

 ここにはいないもう一匹の仲間(友達)を思い出し、胸が詰まった。

 そのポケモン……キノココはトウカのもりで出会い、彼女と一時道を共にした不思議なポケモンだ。モンスターボールには入らず、手持ちでも無かったが、それでも彼女にとっては大切な仲間の一匹だった。

 

(キノちゃん、大丈夫かな……) 

 

 石の洞窟で別れることとなったキノココを思い、彼女の胸に一抹の寂しさと微かな不安がよぎる。共に旅をして幾らか成長しているとはいえ、彼はいまだ未進化ポケモン。果たして過酷な自然の中、たった一匹で生きていけるのか、と。

 

(――ううん。大丈夫)

 

 しかし彼女は心中にてよぎった不安をすぐに打ち消す。何故なら彼は野生のポケモン、彼女と出会う前からこのホウエンの自然で生き抜いてきたサバイバーだ。例えどのような場所であろうとも逞しく生き延びるに違いない。

 

(それに――)

 

 何より約束したのだ。旅路の果て、彼が目的を果たした暁に再び会おう、と。

 ポケモンの言葉が分からないハルカに、彼が本当にそう言っていたのかどうかは分からない。けれども彼女は確信していた、旅の行く末で彼とは再び(まみ)えることを。

 ならば――

 

「……うん!」

 

 目を瞑ってぴしゃりと頬を叩き、気持ちを切り替える。再び目を開いた彼女の顔に、先ほどまでの物憂げな表情はない。

 

「チャモちゃん、スバちゃん、ドラちゃん。ゴメンね、心配かけて。もう大丈夫だから」

 

 手持ちたちに心配かけさせたことを詫び、自らはもう大丈夫であると告げるハルカ。

 

「次に会った時、あの子(キノちゃん)はきっともっと強くなってると思う……だから、あたしたちも負けないようにしないとね!」

 

 (キノココ)は旅路の果て、もっと強くなって帰って来る筈。だったら自分たちも彼に負けないくらい強くなろう。そして再会した時に見せつけてやるのだ、旅路の果てに自分たちがどれだけ強くなったのかを――それこそ彼に一緒に来なかったことを後悔させてやるくらいに。

 

「よーし、みんな! 街に着いたら早速、次のジム戦に向けて特訓だよ!」

 

 クヨクヨするのはもうお終い。やる気満々といった表情で次なるジムへ向けての特訓を宣言するハルカ。手持ちたちは彼女の元気そうな姿を見て安堵し、そしてその熱意に応えるように気合十分とばかり鳴き声を上げた。

 

 

―――

 

 

 カイナシティはホウエン地方南部に位置する港街である。古くから海上交通の要所として栄えた大きな街で、『ヒトとポケモン、そして自然が行き交う港』という別名が示す通り、ホウエン内外からやってきた多くの人が行き交う非常に活気に満ちた場所だ。

 さて、カクタス号を下船しカイナシティの市街地へと降り立ったハルカ。漂う潮風の香りとホウエンらしからぬ異国情緒あふれる街並みは故郷であるアサギシティにどこか似ていて、彼女を懐かしい気持ちにさせた。

 とは言え観光するのはまた後、今は特訓が先だ、と彼女が真っ先に向かったのは街の南に広がる砂浜。広い砂浜にはいくつもパラソルが立ち並び、多くの海水浴客で賑わっていた。砂浜に辿り着いたハルカは周囲を見渡し、ある一人の海水浴客に目を付ける。泳ぎ疲れて休んでいたのだろう海水浴客の男性、その足元には幾つかのモンスターボールが転がっていた。向けられる視線に気が付いたのか男性も彼女の方へ顔を向け……その腰元にボールが収められているのを見るや、好戦的な笑みを浮かべてモンスターボールを構える。

 トレーナー同士、目と目が合う……それ即ちポケモンバトルの始まりの合図。この世界において普遍的な、トレーナー同士の暗黙の文化である。勿論ハルカもそれは承知の上。腰元よりモンスターボールを取り出し、軽く頷くことで挑戦を受け入れた。

 バトルに合意した二人が移動したのは砂浜の一角、拓けた場所に設えられた決闘場(バトルコート)。そう、この砂浜は海水浴だけでなくポケモンバトルもまた楽しめる場所。街中では中々出来ないポケモン同士の全力のぶつかり合いが出来るためか、それを目当てにやってくるトレーナーもいる人気のバトルスポットなのである。ジム戦に向けての特訓を考えているハルカにとって、まさにうってつけの場所であった。

 

「へっへっへ。お嬢ちゃん、よりによって俺に目を付けるとはツキが無え。俺はタツロウって言ってな、この浜じゃ負けなしで通ってるトレーナーなんだぜ」

 

 相対するハルカへ自らの実力を誇示するように言う男性、口上によって相手を委縮させ勝率を上げようという魂胆か。だが、そんな口上を受けたところで彼女に微塵も動揺はなく、寧ろ好都合であるとさえ思っていた。彼女の目的はジム戦を見据えての特訓、ならば相手はより強い方が効率がよい。

 

「――ミシロタウンのハルカです。負けなし……ということは貴方はこの浜で一番強い人、ってことですよね。だったら、胸を借りるつもりで挑ませていただきます」

「ハっ、豪胆だな。いいぜ、負けたら俺の胸貸してやる! 行けっ! ゴーリキー!」

「――スバちゃん!」

 

 互いにボールを放り投げ、バトルコートに各々の手持ちを繰り出す。

 さあ、ポケモンバトルの始まりだ。

 

 

―――

 

 

「ふぅ……」

 

 海の家に設えられたハルカは一息吐く。

 

「うーん……やっぱり十人抜きは少しやり過ぎたかな?」

 

 自称「浜で負けなし」のタツロウをあっさりと下したハルカ。彼が敗北した際に周囲のギャラリーからどよめきが上がっていたため、彼が浜の実力者であることは本当だったようだ。そんな彼が敗北した……ならば彼を打ち負かした少女を打倒出来れば自分こそが「浜」最強を名乗れるのでは? といった風に考えたのだろうか、彼女たちの試合を観戦していたギャラリーから次々と挑戦者が現れ、ハルカに勝負を仕掛けてきたのである。彼女としても別に断る理由もなし。我も我もとやって来る挑戦者をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……立て続けに十人のトレーナーを下したのであった。

 とは言え、流石に十人も立て続けに相手したら疲れもする。それは彼女自身もそうであるし、彼女の手持ちたちもまた同様。ということでコッソリとバトルコートを抜け出し、海の家にて一休みしていた訳である。

 

「ほっほっほ、お疲れさんじゃな」

 

 そんな彼女に掛けられる声。突然話しかけられたことに驚いた彼女が振り返れば、そこにいたのは何とも懐かしい顔ぶれ。

 

「……ハギさん!?」

「ほっほ。久しぶりじゃの、ハルカちゃん」

――ピヒョー!

 

 頭にキャモメを乗せた髭の老人・ハギ老人であった。彼は引退した元船乗りで、ハルカとはカナシダトンネルのアクア団襲撃事件で知り合った仲であり――元ホウエンリーグの四天王でもあった。

 

「いやいや、先ほどのバトルは中々に見ごたえがあったのう。ほい、これは良いバトルを見せて貰った礼じゃ」

 

 と言って、よく冷えた「サイコソーダ」を差し出すハギ老人。どうやら先ほどのバトルを観戦していたらしい。

 

「ど、どうもありがとうございます。えと……、どうしてハギさんがこんなところに……?」

「何、ちっとムクゲの奴(デボン社長)に頼まれてな。アヤツのところで開発した品を造船所に届けに来たんじゃ」

 

 先日のこと(アクア団の襲撃)もあるからのう、と付け加えるハギ老人。どうやらデボン社長が自社の開発品を奪われないよう、腕利きの友人に護衛を頼んだというのが理由のようだ。

 

「そうなんですか……」

「うむ。まあ、儂としても元々カイナ(こっち)方面に用事があったでの。その()()()じゃな――おお、そうじゃった!」

 

 と、そこで何かを思い出したかのように懐をゴソゴソと探るハギ老人。お目当てのものを探り当て、取り出したソレをハルカに差し出した。

 

「ほれ、ハルカちゃんにはこれを渡しておこう」

「あ、ありがとうございます。……『海の科学博物館・プレオープン特別展示会入場チケット』?」

「うむ、少し前に懸賞だか何だかで当たったものなんじゃが。生憎、儂はそういったところには行かんでな。まあ、ハルカちゃんが良ければ使っとくれ」

「あはは、そういうことですか。分かりました、ありがたく受け取っておきますね」

 

 そう言ってチケットを受け取るハルカ。バッグにしまいつつ、時間があればいってみようかな、と思った。

 

 

―――

 

 

 その後、少し雑談をした後にハギ老人は去っていった。預かった品を造船所のクスノキという人物に届けるらしい。

 一方のハルカはハギ老人と別れた後、休憩を終えて砂浜のトレーナーたちとのバトルを再開する。挑戦者たち次々と打ち破り連戦連勝のハルカだったが、幾ら実力で劣った相手とて数を重ねれば疲労は免れない。指示に対する手持ちたちの動きが少し鈍くなってきたのを感じ取り、ここで今日の特訓を切り上げることにした。

 ギャラリーから惜しまれつつも砂浜を後にしたハルカ。手持ちたちの体力を回復させるべく、その足でポケモンセンターへと向かう。幸いにして手持ちたちが受けたダメージは少なく、回復もすぐに終わった。

 回復した手持ちたちを連れポケモンセンターを出れば、まだ日も高い時間。さてどうしようか、とハルカは思案する。このまま宿を取って休むにしては時間が早すぎる、かと言って再度特訓するというのも疲労回復の観点から避けたい。

 

(あっ、そういえば)

 

 そこでハルカはハギ老人から渡されたチケットの存在を思い出す。

 

(……行ってみようかな?)

 

 ハルカ自身、そこまで海に対して興味がある訳でもなかったが、時間潰しには丁度よいだろう。それにハギ老人からのせっかくの厚意だ、無駄するのも気が引けた。

 マルチナビで調べてみると、今いる場所(ポケモンセンター)からも近いようだ。そうと決まれば話は早い、ハルカは『海の科学博物館』へ向けて早速歩き出した。

 

 

―――

 

 

「ほえー……」

 

 博物館を見上げ、思わずホエルコの鳴き真似のような声を漏らすハルカ。無理はない、何せリニューアルされた『海の科学博物館』は想像していたよりずっと大きな建物であったからだ。

 カイナシティの東側、海岸沿いの広大な土地を占有する大規模研究施設、それが『海の科学博物館』である。元々は広く海洋に関する知識を伝える施設としてカイナシティによって設立されたこの博物館は、数年前とある企業の協力を得ることで展示施設の大規模改修を実施。数年がかりの工事を経てつい先日ようやく完成したのである。そして現在、完成を記念して一般客受け入れ前の特別展示会を行っているという訳であった。

 

「ええっと、入り口はどこに……きゃっ!」

「おっと、これは失敬」

 

 博物館の広大な敷地を歩き回り、入場口を探すハルカ。キョロキョロと周囲を見ながら歩いていたためか、不意に現れた人物にぶつかり思わず尻もちをついてしまう。

 ぶつかったのは上等なスーツを着こなす男性。彼は倒れたハルカを助け起こすように手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか?」

「痛たた……。ごめんなさい、余所見しちゃって……」

 

 自らの不注意を謝罪しつつ、ハルカは差し伸べられた手を掴み立ち上がる。そうして男性と目を合わせ――

 

(――ッ!!)

 

 ゾっ、と全身に怖気が走った。

 原因は――男性の眼。まるで深い海のような、(くら)(くら)()()()()

 

(――怖い)

 

 男の(あお)く冷たい瞳に、ハルカはさながら底知れぬ深淵を覗き込んだような、気を抜けば呑み込まれてしまいそうな、そんな感覚を覚えた。

 

「――どうされました?」

「……ッ! ……いえ、大丈夫……です」

 

 こちらを気遣うような男性の声で、ハルカはハッと意識を取り戻す。気が付けば男性の瞳は平凡な黒色となっており、先ほどまで湛えていた(あお)い光はどこにもない。

 

(何だったの、今の……)

「いや、申し訳ない。こちらも不注意でした。……どこかお怪我などされていませんか?」

「だ、大丈夫です……。お構いなく……」

「そうですか。しかし、自覚症状が無くとも万が一という可能性もあります――こちらを」

 

 そう言って男性は懐から名刺を取り出す。

 

「もし何かありましたら、こちらにご連絡を。出来る限りの補償はいたしますので」

「……あ、はい。ありがとうございます……」

 

 断れる雰囲気でもなかったため、恐る恐る差し出された名刺を受け取るハルカ。視線を紙面に落とせば、そこには男性が何者であるのかが書かれていた。

 

(『SSS(スリーエス)カンパニー 最高経営責任者(CEO)』……()()()……、さん)

 

 名刺を見つめるハルカに、それでは、と告げて男は立ち去った。

 

 去り行く彼の後ろ姿を見ながらハルカは思う、怖い人だった、と。

 倒れた彼女を助け起こし、連絡先までよこしたことを考えれば悪い人ではないのかもしれない。だが、あの寒気がするような(あお)い瞳が、どうしても拭えない不安感を彼女に抱かせる。

 基本的に初対面での人の好き嫌いというものをしないハルカであったが、何故だろうか、『シズク』と名乗ったあの男性に対してだけはどうしても好意的になれそうもない。はっきり言えばあまり関わり合いになりたくなかった。

 

 シズクの姿が見えなくなったことを確認した彼女は、手近にあったゴミ箱へ名刺を突っ込み急いでその場を離れる。捨てることにほんの少し罪悪感を抱くが、それよりも恐怖感が勝った。何よりあの男性から受け取ったモノ、それだけでもあの(あお)い瞳が思い出されて気味が悪い。一刻も早く手放したかった。

 脳裏に再びあの深淵を思わせる(くら)(あお)い輝きが思い浮かび、ブルりと身震いをするハルカ。彼女は頭を振ってすぐにそのヴィジョンを掻き消そうとした。

 

「すうう……はああ……」

 

 "ざわめく"心を落ち着かせるよう、深呼吸を繰り返す。同時に目を瞑って自身に言い聞かせるように、ハルカは内心で大丈夫、気のせいだと呟く。

 上記を繰り返すこと数度、果たして彼女の心を満たしていた"ざわめき"は少しずつ収まっていった。

 

 心を落ち着つかせ、常の平静さを取り戻したハルカ。彼女は気を取り直して博物館入場口を目指す。シズクについては出来るだけ意識しないことにした――そうでもしなければ、またあの(あお)い輝きを思い起こしてしまいそうだったからだ。

 

 やっとのことで入口を見つけ、ようやく展示会の会場に入ることが出来たハルカ。

 内部は試験営業(プレオープン)期間中ということもあってか、見物客も疎らで空いている。博物館といえば人でごった返しているものという印象だったハルカにとって、ガラガラの館内はどこか新鮮に映った。

 見物客が少ないのならば、じっくり展示物を眺められるチャンスだ。ハルカは会場を自由に散策し、気になった展示物があれば立ち止まって眺めていく。

 展示物は『海の科学博物館』の名の通り、海洋にまつわるものが多い。一般人に海についての知識を拡げることを目的としているためか付随するキャプションも分かり易いものが多く、専門知識を持たないハルカであっても非常に興味深く展示を見ることが出来た。

 その中でも彼女が一等気になったのは、最近新たに発見されたという海底空洞についての展示だった。何でも125番水道『あさせのほらあな』付近の海底に大規模な空洞が見つかったのだという。現在、調査プロジェクトが発足中とのことで、キャプション内には数十年前に発表され、与太話とされた『ホウエン地下に広がる大空洞』を提唱した論文についての言及もあった。

 

(『ホウエン地下に広がる大空洞』かあ……)

 

 地下、大空洞。なぜだろうか、ふと彼女の脳裏に(キノココ)のことが思い浮かんだ。

 (キノココ)と別れた後、そういえばどうやって孤島であるムロタウンから出るつもりなのだろうか、と心配になったハルカはジム戦を終えた後、彼を探しに再度『石の洞窟』を訪れていた。その際、偶々洞窟内に居たダイゴの手も借り洞窟内を隈なく探しまわったものの、結局(キノココ)は見つからず、泣く泣く捜索を諦めてムロタウンを後にしたのだ*1

 もしかしたら、あの時『石の洞窟』で(キノココ)が見つからなかったのは、(キノココ)が『石の洞窟』のさらに地下にある『大空洞』まで降りて行ったからではないか。

 

(まさか、ね)

 

 そんな突拍子もないことを思い付き、即座に「いやいや、ないない」と否定した。無理も無い。彼女自身、幾ら自分で考えたとしてもあまりにも荒唐無稽にすぎる、と思ったくらいだ。

 ハルカは知る由もなかった。まさかそんな荒唐無稽な想像が、そのままドンピシャリで的中しているなどとは*2

 

 

―――

 

 

 さて、一通り展示を見終わって満足したハルカ。マルチナビで時刻を見れば、既に結構な時間をここで過ごしたらしい。目的である時間潰しも出来たため、彼女は展示会から出ることにした。

 ハルカが退場しようと出入り口を兼ねた受付まで戻ってきたところ、何やら受付が騒がしい。どうやら誰かが受付で揉めているらしかった。

 

「ですので、チケットが無ければ展示会場へは……」

「だーかーらー! 儂は館長に呼ばれて博物館(ここ)まで来たんじゃい!」

――ピヒョ~

 

 気のせいだろうか、ハルカは漏れ聞こえるその声に物凄く聞き覚えがあった。

 

「――ハギさん!?」

「ん? おお、ハルカちゃんか!」

――ピヒョー!

 

 というか、ハギ老人だった。

 

 揉めているのが知り合いということもあり、取り敢えず何があったのか話を聞くことにしたハルカ。

 ハギ老人が掻い摘んで説明した内容によれば、彼が依頼された荷物を届けに造船所へ訪れた時、届け先である筈のクスノキ館長が不在だったらしい。なんでも取引先の社長からの急なアポイントで『海の科学博物館』へ行っているとのこと。機密のこともあってクスノキ館長へ直接渡すよう頼まれていたため、ハギ老人は仕方なく造船所で館長の帰りを待つことにした。

 ところが待てど暮らせど館長は帰ってこない、いくら何でも遅すぎる。造船所のツガ氏という人物に確認してみるも、彼もまた首を捻るばかり。いい加減焦れたハギ老人、とそこへクスノキ館長からツガ氏に連絡が来る。何でも用事が長引いてしまい造船所に戻れそうもない、悪いが博物館まで荷物を持ってきて欲しい、と。

 

「という訳で博物館(ここ)に来たんじゃが……」

「チケットが無いと入れないと足止めされた、と」

「そうなんじゃよ。あの受付の嬢ちゃん、融通が利かんくての。全く、儂は館長に呼ばれて来たんじゃと言うとるに……」

 

 そう言って疲れたように、ハアとため息を吐くハギ老人。ハルカはそんな老人にどう返せばよいか分からず、曖昧に笑うほか無かった。

 と、そこへ受付の女性が二人の元へやってくる。どうやら館長と連絡がついたらしい。館長は二階の展示会場で待っているのでそちらへ向かって欲しいとのことだった。

 

「やれやれ、ようやっと積み荷を降ろせるわい。ハルカちゃんもスマンかったの、年寄りの愚痴に長々と付き合わせてしもうて」

「いえ、これくらい全然大丈夫です。……あの、ハギさん。すみません、荷物の受け渡しにあたしも着いて行っていいですか?」

「む? 別に構わんが……」

「ありがとうございます。ちょっとだけ気になったことがあって――」

 

 

―――

 

 

 『海の科学博物館』二階・展示会場。

 見物客が一人もいないガランとした会場に一人の男が佇んでいる。男の名はクスノキ、この『海の科学博物館』の館長にしてクスノキ造船所の代表を務める人物である。

 

(うーん、遅いなあ……)

 

 クスノキは手持ち無沙汰な様子で、時折腕時計を見ながら周囲を見渡していた。彼はこの場所でとある人物と待ち合わせをしており、その人物の到着を待っているのだ。だがいくら待てども件の人物は現れず、クスノキはいい加減焦れてきていた。

 

(荷物の受け渡しは博物館(こっち)でと言ったのは向こうなのに……。いや、確かに土壇場で急用が入ってしまったのはこちらの落ち度ではあるけども……)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()急遽入った「SSSカンパニーCEO(シズク)」との会談。その内容は折からの『海底洞窟』探査プロジェクトへの資金提供の話だったが、クスノキはこれを断っていた。

 確かに資金提供の話は魅力的だったが、潜水艇のパーツを作ったデボンの手前、ライバル会社から資金提供を受けるのは気が引ける。何より「SSSカンパニー」は元々ダイキンセツホールディングスを買収して大きくなった会社。古巣との因縁も相まって、付き合うのに気が進まなかった。

 

 今は無きかつての古巣を思い出し、何となく憂鬱な気分になるクスノキ。

 と、感傷に浸っていたところで彼に声が掛けられる。

 

「もし、そこな御仁。あんたが館長のクスノキさんかね?」

「え、ええ。私がクスノキですが……」

 

 声が掛けられた方を見れば、そこに居たのは頭にキャモメを乗せた髭の老人。少し離れた位置には十代頃だろうか、リボンバンダナが特徴的な少女の姿も見える。

 

「おお、それは良かった。儂はハギと申しましてな、ご依頼を受けた荷物をお届けに参りましたですじゃ。お待たせしてすみませんでしたのう」

「あ、ああ! 貴方がデボンの! いや、すみません。連絡を受けた印象ではもう少しお若い方なのかと……」

「――ふむ。まあ、儂はデボン社長の古い知り合いでしての、荷物を届けるよう頼まれただけの部外者ですじゃ。連絡はデボンの別の者が行ったのでしょうや。……まあ、それは置いておきまして。ほい、こちらが依頼された荷物ですじゃ」

「おお、ありがとうございます! いやあ、良かった。これでやっと探索プロジェクトを進められる……! 早速造船所に戻って作業を……!」

「ほっほっほ、それは重畳。――ああしかし、館長さん。スマンが今少しこの場にてお待ちいただけるかな?」

「は、はあ……?」

 

 待ちわびた荷物を受け取り大喜びで造船所に戻ろうとするクスノキ。しかしハギ老人はそんな彼を押し留め、もう少しこの場で待機するように言う。

 ハギ老人の穏やかな、しかし有無を言わせぬ物言いにクスノキは思わず頷いてしまう。

 

「忝し。何、ちょっとした野暮用ですじゃ。すぐに方が付きましょう。――ハルカちゃん、スマンが()()を頼むぞ」

 

 そう言ってハギ老人は踵を返し、階下へと降りていく。

 

「??? ハギさんはいきなりどうしたんだ? それと君は一体? ハギさんから頼まれていた何かようだったけど……?」

「あたしはミシロタウンのハルカです。ハギさんの知り合いのポケモントレーナーで、ええと、ちょっと説明するのが難しいんですが……――ッ!」

 

――ジリリリリリリッ!!

 

 瞬間、館内に大音量の非常ベルが鳴り響いた。

 

 

―――

 

 

 『海の科学博物館』一階・展示会場。

 クスノキ館長の元を離れ、階下の展示会場へと降りて来たハギ老人。彼は鋭い目つきで周囲を見渡す。

 

(見つけた)

 

 彼方此方に視線をやること数秒、()()()()()()を見つけ出した老人は真っ直ぐその人物の元へと向かった――モンスターボールより己が相棒(ルンパッパ)を出しながら。

 

「あー、そこのスタッフさんや。ちょいとよろしいかの?」

「――な、何でしょうか……?」

 

 ハギ老人が声を掛けたのは博物館のスタッフの一人、帽子を目深く被った男だった。声を掛けられた彼はハギ老人に返事を寄こすものの、視線を逸らし必死に目を合わせないようにしている……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うむ、実はアンタに頼みたいことがあってのう。スマンが帽子を取って顔を見せてくれんか?」

「ッ! ああ、すみません! そういったことは我々お受けしてないんですよごめんなさいね! では申し訳ありませんが他に業務がありますのでこれで失礼いたしま――ッ!」

 

 ハギ老人からの頼みを断り、まるで逃げるようにソサクサとその場を立ち去ろうとする男。だが、それは進行ルート(逃げ道)を塞ぐようにハギ老人の相棒(ルンパッパ)が立ちはだかったことで失敗する。

 ルンパッパより放たれる湖面の如く静かな、しかし確かな威圧感に男は思わずたじろいでしまう。そんな男に対してハギ老人は淡々と言葉を続ける。

 

「――ならば言葉を変えようか。貴様、儂と会ったことがあるじゃろう」

「い、いいえ! オ……私はあなたのことなんて見たことも聞いたこと「()()()()()()()()」も……」

 

 ハギ老人が呟いた地名、「カナシダトンネル」。それを聞いた男の顔色がサッと変わる。

 

「今さら誤魔化そうとしても無駄じゃ。その顔、儂はよーく覚えとる。――貴様、デボンから荷物を奪ったアクア団じゃな?」

 

 確認するように、しかし確信を持ってハギ老人は目の前の博物館スタッフ(アクア団員)にそう告げた。

 

「……………………チィ! バレちまってんなら仕方ねえ! やれ、グラエナ!」

 

 既に正体を見破られていた以上、最早誤魔化す意味もない。それまでの口調をかなぐり捨て、男はボールより手持ちポケモン(グラエナ)を解き放つ。

 

「――『横綱』ァ!」

 

 牙を剥き出し、グラエナがハギ老人へと迫る。しかし老人(ポケモンリーグ元・四天王)に焦りなし、この程度脅威の内にすら入らない。迫るグラエナにハギ老人が行ったのはただ一言、相棒を呼ぶことだけ――それだけで十分だ。

 あっという間に彼我の距離を詰めたグラエナ。まさにハギ老人へと飛び掛かからんとしたその時、グラエナの首に"かくとう"エネルギーを纏った手刀が叩き込まれる。

 

――劈瓦手刀(かわらわり)

 

 高レベルのルンパッパ(『横綱』)による手刀の一撃。果たして、"きゅうしょ"に叩き込まれた弱点タイプ(効果抜群)の攻撃はグラエナの意識を一瞬で刈り取り、ただの一撃で戦闘不能(ひんし状態)へと至らせた。

 

「グラエナ!? ちくしょう、ウシオ隊長に散々シゴかれたのにコレかよ!」

 

 リベンジに燃えるウシオの特訓に突き合わされ、とうとう進化するまで強くなった相棒(グラエナ)。それがまともに攻撃すら出来ず沈められる。

 彼我の実力差をこれでもかと見せつけられ、アクア団のしたっぱは四天王という存在の化け物振りに恐怖すら覚える。だが――

 

(よくやったぜ、グラエナ!)

 

 自身がハギ老人(元・四天王)に敵わないことなぞ初めから分かっていた。故、相棒に求めたものは打倒ではなく時間稼ぎ。一瞬でも老人とその手持ちの意識を自分から逸らせればよかった。

 そして相棒はしっかりと役割を果たしてくれた。お蔭で彼は()()に辿り着くことができたのだ。

 したっぱが辿りついたのは壁際に据え付けられた警報装置。そして彼は()()()()、拳を作動ボタンへ叩きつけた。

 

 

――ジリリリリリリッ!!

 

 

 瞬間、館内中に響き渡る大音量のベルの音。

 定められたプログラムに従い、正面玄関を含む外部との出入り口全てに隔壁が降ろされる。同時に全ての照明が落とされ、非常灯の赤い光が室内を照らし出す。

 隔壁により展示会場は外部からの干渉を遮断された。さらに二階へと繋がる階段にも隔壁が下がっており、クスノキ館長と分断されてしまっている。

 ――それだけではない。

 ハギ老人が周囲を見渡せば、いつのまにやら臨戦態勢のポケモンたちの集団(ベトベターやパールル)が彼を囲むようにして陣取っている。その後ろにはポケモンたちのトレーナーであろう集団。トレーナーたちは博物館スタッフの制服を着た者から一般的な服装を身に纏った者まで様々だったが、共通しているのはその全てが展示会会場に居た者であったと言うことだ。

 どうやらこの特別展示会、スタッフから見物客に至る関係者全員がアクア団の手の者で占められていたようである。

 

「……なるほどな。全ては儂を『デボンの荷物』から引き剥がすための罠か」

 

 思えば今回の受け渡しには不自然な点が多かった。

 急遽の受け渡し場所変更。繋がらぬ連絡先。入場口での不自然な足止め。クスノキ館長との認識齟齬。

 今思えばそれらは全て、この状況を作りだすための罠だったということだ。

 

「やれやれ、よくもまあこんなジジイ相手に大掛かりな仕掛けをこさえたものじゃわい。貴様らのリーダーはよっぽど金を持っとるようじゃの」

「コッチはそれだけアンタのことを評価してるってことよ、ポケモンリーグ元・四天王サマ」

 

 そう答えたのは取り囲むアクア団員の中でも一際存在感を放つ女性。褐色の肌に毛先の跳ねた特徴的な髪、整っているがややキツめの印象を与える顔立ちにメリハリのある体を受付嬢の制服に包んだその女性の名は――『イズミ』。

 アクア団を率いる幹部の一人であった。

 

「ほう、さっきの受付の嬢ちゃんか。アンタのような別嬪さんに評価されるとは光栄じゃのう」

「はっ、こんだけの人数に囲まれてるってのに余裕だね。流石は元・四天王サマってかい。……リベンジに燃えてるウシオには悪いけど、アンタはここで消えてもらう。アタシら(アクア団)の計画をこれ以上邪魔されちゃあ堪らないんでね」

「おお、それは困ったのう。儂は老い先短い身の上じゃが、娑婆にはまだまだ未練がある。こんなところで消えてしまうのは遠慮したいの」

「減らず口を……! アンタたち、やっちまいな!」

「「「ヘイ!」」」

 

 イズミの号令と共に一斉に攻撃指示を出すしたっぱたち。指示を受けたポケモンがハギ老人へ次々と"わざ"を放ってゆく。

 

――冷凍ビーム

――10万ボルト

――火炎放射

 

 絶え間なく放たれる無数の特殊攻撃。炸裂した"わざ"の激しい光でハギ老人の様子を伺うことは出来ない。

 

(――四天王・『海嘯』のハギ、そしてその手持ちのルンパッパといえば、近接戦闘の達人ってことで有名だ)

 

 ハギ老人が閃光に包まれる様を見ながらイズミは思案する。

 「潜水艇のパーツ(デボンのにもつ)」奪取任務の最中、カナシダトンネルにてウシオが元・四天王と交戦、敗北したと報告を受けたイズミ。リベンジに燃えるウシオの頼みもあり、彼女は交戦相手である元・四天王ハギについて情報を調べ上げていた。

 だが、ハギが四天王として活動していたのは今から50年も前のこと。引退して以降はバトルの世界から遠のいていたこともあり、思うほど情報を得ることは叶わなかった。

 そんな中で得られた数少ない情報が、ハギのエースであるルンパッパは近接戦闘の達人だったというもの。ならば、とイズミが考えた対抗策というのが、今目の前で行われている遠距離からの飽和攻撃だったのだ。

 

(……これで仕留められれば世話はないんだけどね)

 

 もっとも、内心では四天王という怪物をこの程度の攻撃で仕留められるなどとは微塵も思っていなかったが。

 そして、そんな彼女の予想は――

 

「笑止」

 

 紛れもなく正しかった。

 

――パァン!

 

 突如として響く破裂音。同時に老人を取り囲んでいたポケモンの一匹が悲鳴と共に吹き飛ばされる。

 

――パン! パン! パン!

 

 続けて再びの破裂音。それが連続で響くと共に複数体のポケモンが吹き飛ばされ、そのまま戦闘不能となる。

 続けざまに数体の仲間が戦闘不能となったことで、ポケモンたちに動揺が走り……"わざ"の放射に切れ目が出来た。

 

――パパパパパァン!

 

 瞬間、連続して響く破裂音。

 同時にハギ老人を取り囲んでいたポケモンたち全てが吹き飛ばされ、その全員が戦闘不能となった。

 

「――!」

 

 突如としてポケモンたちを襲った謎の現象。トレーナーとして鍛えられたイズミの目はその正体を捉えていた。

 

(アレは、水の……弾丸?)

 

 ポケモンたちを戦闘不能(ひんし状態)へと至らしめたものの正体、それは凄まじい速度で飛来した水の弾丸。高速で打ち出された水の弾丸がポケモンたちの急所を正確に打ち抜き、彼らを戦闘不能とさせたのだった。

 正体は分かった、では誰が行った? ――そんなもの決まっている。今、この場にいるのは味方(アクア団)を除けばたった一人しかいないのだから。

 

「貧弱。軟弱。柔弱。あまりにも貧相が過ぎる、"わざ"の鍛え方が足りんな。……大方、わざマシンによる付け焼き刃なんじゃろうが」

 

 声が、響く。

 静かな、しかし強烈な圧力を持った声が。

 

(チッ、やっぱりこれで倒れるタマじゃあないか)

 

 出来れば当たって欲しくなかった予想が的中し、イズミは内心で舌打ちをする。彼女の眼前、"わざ"が途切れ閃光が収まったそこには無傷のハギ老人が悠然と佇んでいた。

 見れば老人の傍ら、相棒たるルンパッパ(横綱)の掌から水が滴り落ちている。どうやらポケモンたちを一撃で戦闘不能とした水の弾丸はあのルンパッパが放ったものらしかった。

 

「……驚いたね、アレだけ攻撃を受けといて無傷かい。噂に違わぬ化け物っぷりだね、四天王ってのは。……一体どうやって凌いだのさ」

「さての、教えてやる義理はないわな。それと儂はあくまで「元」四天王……とっくの昔に引退したロートルよ。探せば今の儂より強い者なぞ五万と居るわい」

 

 ウソを付け、お前より強いのが五万といて堪るか。

 危うく飛び出しそうになった言葉をイズミはすんでのところで呑み込んだ。

 

 イズミは知る由もなかったが、ハギ老人が攻撃を凌いだ方法はとても単純なものであった。殺到する攻撃を認識した瞬間、ハギ老人はピーコちゃん(キャモメ)にある"わざ"を指示し、その効果でもって攻撃を遮断したのである。

 その"わざ"とは"ワイドガード"。対象が全体となる攻撃から味方を守る、"いわ"タイプの変化技である。しかし、通常この"わざ"で防げるのは"じしん"や"ふぶき"、"いわなだれ"といったいわゆる全体攻撃技のみ。ハギ老人に放たれた"れいとうビーム"や"かえんほうしゃ"は単体を対象とする"わざ"、"ワイドガード"では防げない筈だ。

 ではどうして今回、"ワイドガード"でそれらの攻撃を防ぐことが出来たのだろうか。それには"ワイドガード"という"わざ"の持つ性質が関係していた。

 "ワイドガード"は"まもる"から派生した"わざ"の一つであり、「生体エネルギーの防壁によって外部からの属性(タイプ)エネルギーによる干渉を遮断する」という共通した「型」を有している。唯一の違いは、"まもる"が分厚い防壁によって自分単独を守る"わざ"なのに対し、"ワイドガード"が薄く広い防壁によって味方全体を守るという点だ。そのため"ワイドガード"は全体を対象とする=属性(タイプ)エネルギーが拡散された各個への干渉力が低い"わざ"は防げるものの、属性(タイプ)エネルギーが収束された単体対象の"わざ"は防げないのである――だが、それは裏を返せば"わざ"の属性(タイプ)エネルギー干渉力が低ければ、防ぐことは可能ということだ。

 あの時、ポケモンたちが放った"わざ"は、対抗策のためにわざマシンによって付け焼刃で覚えさせられたもの。修練によって会得した"わざ"ではなく、また"わざ"の習熟もしていなかったため属性(タイプ)エネルギーの収束が甘かった。そして属性(タイプ)エネルギーの収束が甘ければ、それだけ余分なエネルギーが拡散し対象へと与える干渉力も弱くなる。

 それだけではない。拡散した属性(タイプ)エネルギーが近くにあった別の属性(タイプ)エネルギーに干渉し合い、その力を平準化させる現象を起こしていた――分かりやすく言えば放たれた"わざ"のエネルギーがお互いを相殺し合い、その威力を大幅に削いでいたのである。

 結果としてピーコちゃん(キャモメ)の"ワイドガード"はハギ老人に向けて放たれた"わざ"、その全てを防ぐことに成功したのである。とはいえ、これはピーコちゃん(キャモメ)の高い練度とハギ老人の経験からくる判断力に依るところも大きい。まさに並みのトレーナーでは成し得ない、元・四天王ならではの絶技であった。

 

 閑話休題。

 

(はあ……仕方ないね)

 

 部下に倒れたポケモンたちの回収を指示しつつ、イズミは内心でため息を吐く。彼女の与えられた役割は陽動。別動隊が「潜水艇のパーツ(デボンのにもつ)」を奪うまで、ハギ老人を一階(ここ)に釘付けにしておくのが仕事だ。

 勿論、邪魔だてする元・四天王(ハギ老人)を排除できるに越したことはない。そのためのプランA(遠距離からの飽和攻撃)だった。だが、当のハギ老人に飽和攻撃をあっさりと凌がれたことでプランAは瓦解した。正直に言えばもう少し時間を稼げるかと思っていた彼女にとって、これ程までに早く作戦を瓦解させられたのは予想外だった。

 故に彼女は選択する。

 

「アンタたち、プランBだよ。とっとと撤退しな。――ハギ老人(こいつ)はアタシが相手する」

「「「ヘ、ヘイ!」」」

 

 部下たちを先に撤退させ、イズミ一人で足止めをする。それがプランBだ。

 

「ほう、たった一人で挑むか。嬢ちゃん、よっぽどバトルに自信があるようじゃの」

「まさか。アンタみたいなバケモン相手に有象無象(したっぱたち)が掛かっていったところで、まとめて蹴散らされるだけ。だったらアタシだけのがまだマシってだけさね。……それに、アンタが相手をするのはアタシだけじゃあない――()()()()()()()()

 

 そう言って手にしたボールを投げるイズミ。投げられたボールの数は……合計五つ。

 

――グルルル……!

――ギャウ!

――ガウウ!

――フウゥゥゥ……!

――バウウワン!

 

 空中にて開かれたボール、飛び出してきたのは五頭のグラエナ(かみつきポケモン)。彼女らは地面に着地した途端、瞬時に臨戦態勢を取り、ハギ老人たちに向け各々"いかく"の唸り声を上げる。

 

「むう……!」

 

 相対した五頭のグラエナたち。先のポケモンたちとは比べ物にならない程鍛えられたその姿を見て、ハギ老人はイズミへの警戒度を一挙に引き上げる。

 

「――さあ、狩りの時間だよ」

 

 イズミ(リーダー)のその言葉を合図に、グラエナたちは獲物(ハギ老人)目掛け一斉に駆けだした。

 

 

―――

 

 

 さて、グラエナというポケモンは野生下に置いて基本的に群れを作って生活する種族だ。強力なメスの個体を頂点とする10匹程度の群れを形成し、リーダーの命令には絶対服従。狩りの際は一糸乱れぬチームワークでもって獲物を追い詰め、その成功率は50%~70%と自然界において驚異的なまでに高い数値を誇る。

 即ち、グラエナというポケモンの強みとは複数頭による連携にあると言える。そのため主に少数での戦闘がメインとなる公式バトルのルールとは相性が悪く、グラエナはそれほど強いポケモンとはみなされていなかった。では、そうしたルールが適用されないバトルにおいては? グラエナの最も得意とする複数頭連携を生かせる状況下において、その強さはどれ程のものなのか……その答えがここにあった。

 

――グルワアアア!!

 

 一頭のグラエナが咆哮と共にルンパッパへと飛び掛かる。剥き出しの牙に走る稲妻……"かみなりのキバ"だ。

 

――ぬうん!

 

 四足ポケモン特有の爆発的な加速による攻撃。しかし、ルンパッパは見事な体捌きで以ってヒラリと躱し、逆にグラエナの頸をガッシリとホールド、そのまま締め落としにかかる。

 だが――

 

――ギャウウウ!!

 

 瞬間、死角より飛び出た別のグラエナの冷気を纏ったキバ(こおりのキバ)がルンパッパの腕に突き立てられ、その体にダメージを与えた。

 

――墳ッ!

 

 持ち前の剛力を以って噛みついてきたグラエナを振り払うルンパッパ。振り払うことには成功したものの拘束が緩み、捕えていたグラエナを解放されてしまう。

 解放されたグラエナは素早く距離を取り、ルンパッパの掴みの間合いより脱出。振り払われたグラエナもまた手の届かぬ位置へと逃れていた。

 ならばと、その両掌に水を集めるルンパッパ。先の有象無象を打ち抜いた水の弾丸(みずでっぽう)でグラエナたちを仕留めようとする魂胆か。しかしルンパッパが攻撃にその意識を向けた瞬間、背後から意識の隙を突いた別のグラエナが襲い掛かる。

 

――ガウアアア!

――!

 

 "ふいうち"。攻撃動作を取る際の一瞬の隙をついて相手に一撃を食らわせる"あく"タイプのぶつりわざ。文字通りに不意を突かれたルンパッパは思わずたたらを踏み、掌に溜めた水を零してしまう。攻撃動作を中断され、大きな隙を晒すルンパッパ。勿論それを見逃す彼女らではない。体勢を整え、爆発的な速度で"かみつき"に掛かった。

 強靭な顎で噛み付かれ、少なくないダメージを負うルンパッパ。すぐさま持ち前の剛力を以って追い払うも、その時すでに噛みついたグラエナたちは離脱していた。

 意識の隙を突いた間合いの外側からの一撃離脱戦法(ヒット&アウェイ)。四足ポケモン特有の高い機動力と数の利、群れの統率力を存分に生かしたそれは地力で遥かに勝る筈のルンパッパ(四天王)を見事に翻弄し、その体力を少しづつ、しかし確実に削っていた。

 

「ぬう……!」

 

 相棒(ルンパッパ)がグラエナたちに翻弄されるのを見ながら、思わず歯噛みするハギ老人。今直ぐにでも相棒を助けに入ってやりたいが、老人にはそれが出来ない理由があった。

 

――グルオオオ!!

「チィ! ピーコちゃん、"ワイドガード"じゃ!」

――ピヒョーーー!!!

 

 ハギ老人へ向けて放たれる"あく"タイプを纏った強烈な音波(バークアウト)。しかし、音波は老人に到達する直前、ピーコちゃん(キャモメ)の貼った"ワイドガード"によって防がれる。

 攻撃の来た方向へ目をやれば、そこに居るのは勿論グラエナ。他の個体よりも一回り大きい――恐らくリーダー格と思われる個体が、先ほどよりハギ老人にピタリと張り付きその動きを逐一妨害しているのだ。お蔭で老人は一々攻撃に対処せねばならず、相棒(ルンパッパ)へと指示を出すことが出来ないでいた。

 

「厄介じゃのう……!」

 

 老人の見立ててでは、張り付いているグラエナの練度(レベル)は他のグラエナよりも一回り高く、恐らくピーコちゃん(キャモメ)を上回っているだろう。

 ピーコちゃん(キャモメ)は老人の現役時代からではない、ごく最近になって新たに手持ちとなったポケモンだ。当然、その練度は高くはなく――それでも並のポケモンとは比べ物にならないが――さらに使える"わざ"も主に補助技がメイン。強引にグラエナを突破することは難しかった。

 

 さらに厄介なのはそれだけではない。

 

――バウウワン! ワオーン!!

 

 非常ベルを掻き消し、館内に響く"とおぼえ"。仲間を鼓舞するように発せられたそれは、グラエナたちの闘争本能を刺激しさらなる力を引き出させた(その攻撃力を高めた)

 先ほどからこれだ。一匹のグラエナがサポートに徹し、群れ全体の能力値を底上げしているのだ。

 

(何とも恐るべき連携よ、これが"群れ"の強さか! こうなると分かっていれば、他の手持ちたちも携帯してきたものを……。儂も耄碌したか……!)

 

 現在、ハギ老人の手持ちは『横綱』(ルンパッパ)ピーコちゃん(キャモメ)のみで、他の手持ちたちは置いてきてしまっている。年老いた彼らへの負担とこの後に予定していた()()()()を鑑みての判断だったが、それが裏目に出た形であった。

 だが、後悔しても仕方がない。今やるべきは何としてでもこのグラエナたちを突破すること。

 

(スマンの、ハルカちゃん。すぐに方を付けるのは難しそうじゃ……! 儂が合流するまで、何とか耐えとくれ……!)

 

 知り合いの少女が健闘することを祈りつつ、ハギ老人は全身全霊を以ってグラエナたちと対峙した。

 

 

―――

 

 

(あっっっぶな……。ちょっとでも遅れてたら一匹落とされてたよ、今)

 

 一方、ハギ老人と対峙するイズミ。表面上平静を装いつつも、その内心は冷や汗にまみれていた。

 グラエナたちに仕込んだ集団戦術、群れのリーダーを介して複数体のポケモンを統率する技法は実に上手く稼働している。お蔭で遥か格上のルンパッパ相手に互角に立ち回ることが出来ていた。

 そう、互角。連携能力で以って攪乱し、複数体で挑み、トレーナーと引き剥がしてやっと互角の戦況に持ち込めているのだ。

 

(実質3vs1のトレーナーなしであの子ら(グラエナたち)と互角って、ほんっっっとにイカレてるよ。おまけにさっきから何発も攻撃をぶち当ててるってのに、全っっっ然ダメージを受けてるように見えないんだけど! ああ、もう! こっちは一発喰らったら終わりだってのに!)

 

 だからプランBなんて嫌だったんだ、とイズミは声には出さず愚痴をこぼす。

 無理も無い。プランBとは即ち次善策、プランA(最善策)が上手くいかなかった時の保険のようなもの。どうしたって最善策から劣る点が出てくる。

 グラエナたちは覚える"わざ"が物理技メインである関係上、どうしても近接戦闘を選ばざるを得ない。そして相手取るルンパッパは近接戦闘の達人……即ちプランBとは遥か格上の相手に対し、相手の最も得意とする土俵で戦わなければならないというリスクを抱えた策なのだ。

 

(今の戦況はあの子ら五匹の連携が取れているからこそ。もし一匹落とされでもしたら、そこから一気に崩される)

 

 そうなってしまえばもう打つ手はない。そして先ほど、寸でのところで逃れたもののまさに一匹落とされかけた。

 この互角の戦況はそう長くはもたないだろう、イズミは冷静にそう判断する。故に――

 

(――頼んだよ()()()()

 

 彼女は祈る。

 

(とっととパーツを奪っとくれよ。アタシが何とか抑えてる間に、さ)

 

 己が最も信頼する男が目的を達してみせることを。

*1
その際に出会ったのが新しい手持ちであるココドラなのだが、それはまた別の話

*2
同時刻、「ほうせきの国」では一匹のキノココがくしゃみをしていた




お久しぶりです、作者です。
とうとう発売されました「LEGENDSアルセウス」。皆様楽しんでおられますでしょうか。私は作中で明かされたとある人物の正体に、思わずアイエエエ!と驚いてしまいした。

さて、今回はキノココが地下世界で観光している間に起こった地上での出来事、主人公の宿命か旅先でやっぱりトラブルに巻き込まれたハルカさんたちの話。
強力な助っ人はおりますが、それに伴ってアクア団も戦力を増強した模様。実質、原作より少しハードモードな状況ですが、彼女には頑張っていただきたいものです。

リアル事情のため後編投稿も遅くなりそうですが、どうか気長にお待ちいただければ幸いです。


以下、設定語り。興味の無い方は読み飛ばしていただいて構いません。

・「SSS(スリーエス)カンパニー」
 ホウエン地方に拠点を置く大企業。本編の10年ほど前に設立され、ベンチャーながら経営者の優れた手腕と革新的な環境負荷低減技術によって瞬く間に企業規模を拡大。当時落ち目であったダイキンセツホールディングスを買収・関連事業を吸収することでデボンコーポレーションに並ぶホウエン屈指の大企業となった。
 メイン事業である環境負荷低減技術開発の他、その豊富な資金を生かして数多くの分野に投資・出資を行っており、ホウエン政財界に強い影響力を持っている。……あくまでも噂話であるが裏で反社会的勢力と繋がりがあり、活動資金の提供や事件のもみ消しなど行っているとも。とはいえ噂は噂、表向きはいたって健全な企業である――表向きは。

・シズク
 「SSS(スリーエス)カンパニー」最高経営責任者。ものの10年ほどで新興のベンチャー企業をデボンに匹敵する大企業に押し上げた男。慇懃な口調が特徴で、奇妙に印象に残り難い顔立ちをしている。
 シズク……一体、何者なんだ……。

・イズミ
 アクア団幹部の一人にして紅一点。リーダーであるアオギリとは幼馴染の間柄。団員からは姉御と呼ばれて慕われている。
 元デボンの研究員であり、アクア団を技術面で支える柱の一人。というか幹部の男連中(アオギリ、ウシオ)がその辺りを丸投げしているため、彼女が技術部門を実質取り仕切っている。色々な意味で組織に欠かせない人物である。
 また幹部に上り詰めるだけあってかポケモンバトルの腕前も一級品。特に複数体のポケモンを用いた連携戦術を得意とする。
 相棒ポケモンはグラエナ(♀)。ちなみに本編で繰り出したグラエナたちは一匹が母親で、他の四匹がその娘。母グラエナはイズミが幼い頃から育てたパートナーであり、イズミのことを実質的な親=群れのリーダーと認識している。
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