それはそれとしておひさ!
今日もまた、ターフに喧騒が響く。
雲間から射す光は、私達を優しく照らす。
ここは夢の続きだ。
夢の続きを私は走る。
奇跡の大金星なんて言われたあの有馬から十年。
かの皇帝から夢の切符を受け取って十年。
新たな道を歩み始めてから十年。
結局、私は走る事をやめなかった。
なんだかんだ私の
多分あそこで一度立ち止まって、トゥインクルシリーズから一線を引いたのが良かったのだろう。
あのまま現役でい続けたら、壊れてしまっていたかもしれない。
身体は勿論、心も無事では済まなかったのかも。
現役当時、私は全てを背負った気になって、ただひたすらに、がむしゃらになって走っていた。
夢破れ学園を去った彼女達の分までと、気を張り続けた。
速くなれない事、勝てない事、それらにコンプレックスを抱き恨み辛みの泥の中、それでも懸命に足掻いて走っていたあの頃。
後悔はない。一片だって持つ筈が無かった。
でも、あの時あれ以上無茶を続ければ、きっと心の黒い部分に飲まれ、破滅していたのではないかと、今では思う。
『さあ、出走の時――す。東京レ―――、右、2400――』
あそこで現役を退いた判断は今でも正しいと思う。
勿論、親友や後輩達、それにいつの間にか付いていたファンの皆には惜しまれたし、時には嘆かれたもした。
特にあの後輩には泣いて縋られもしたっけ。懐かしい思い出だ。
それでも私は引退した。そうしなければ、背負っていたものに潰されると無意識に感じていたから。
負の情念。ウマ娘は想いを乗せて走る、なんてよく言うがそれは良い想いだけでない。
才能ある者への嫉妬心、速くなれない自分への苛立ち、手を取ってくれなかったトレーナーへの恨み、そういったものが全く無いとは言い切れなかったし、そんな気持ちだけで走りたくはなかった。
だから私は、ドリームトロフィーリーグへと走る舞台を、走る事への向き合い方を変えたのだ。
『三番人気――ワスカ――――、最内からの――』
そしてもう一つ。私は同時期に、本格的にトレーナーになる為の勉強を始めた。
元々、トレーナーをに頼らずに自身を鍛えていたので、その延長とも言えた。
目指すきっかけは件の後輩に指導、とも言えない軽い助言をした事だった。
元々、ひょんな事から知り合って勉強を教えていたが、ある時話の流れで走りを見る事になったのだ。
軽く、とはいえ真剣に考えて助言をした。
勢いだけはあったが、どうにもチグハグした走りだったのでそれを正してあげたのだ。
するとどうだ。暫くそうやって教えていたら、直近の模擬レースで声がかかりトレーナーをゲット。デビュー戦にこぎつけたのだ。
その後もたまに助言やら並走やらと付き合いがあったのだが、結局彼女はオープン戦は勝てるものの、重賞を一度獲ったくらいで学園を卒業していった。
曰く、
「確かに悔しい事もあったけど、まあ程々に楽しめたし良いかなーって。一応、勝負服も着れたしね」
との事。
人生楽しんだもん勝ち、を地で行く女だった。無敵か?
そして後輩といえば、その妹だ。
まさか新人トレーナーとして初めてスカウトしたウマ娘が、あの後輩の妹だったのだ。
しかもそれが分かったのは、とんでもない黒歴史が伝わっていたと判明するのと同時とは。やはりもう一度くらいシメるべきか。思い出したら腹が立ってきた。今はそれどころではないので考えないようにするが。
妹ちゃんは一言で言えば騒がしい娘だ。直情的とも言える。正直で素直。そういう点では後輩と似ているが、あっちは一線はギリギリ守りつつも自分の欲望優先だったのに対し、妹ちゃんは愚痴や泣き言は多いが、その分素直に感情をぶつけてくる裏表のない性格だったので、その点は似ないで良かった。
そんな彼女は私の指導の下、順風満帆とは言わずともトゥインクルシリーズを駆け抜けた。
私とは違い、ライバル達と共に健全に青春を謳歌し、しかもG1を二勝その他重賞もそこそこ勝てた上で現役生活を終えた。
私からしたら教え子ではあるが、羨むほどの結果とそれに至るまでの過程だ。
ある意味、競争ウマ娘として理想的である。とてもデビュー前もデビュー後も暫く燻っていたとは思えない。
いや、燻っていたからこそ、充足した現役生活だったのかもしれないと、側にいた者として感じ入るものがある。
そして彼女にはまだ伏せているのだが、実はドキュメンタリーというか、現役時代の漫画化の話があったりする。事実を元に色々脚色をしたフィクションを作りたいのだそうだ。
偉人伝という訳では無いが、題材として白羽の矢が立ったのだとか。
某漫画雑誌風に言うなら、努力・友情・勝利が程よくあり面白くできそう、という事らしい。
どうなるかはともかく、現時点では面白そうな話ではあると思う。本来なら話が来た時点で伝えるべきことではある。
たたこの話が来たのはつい先日であり、タイミング的にあまり宜しく無いと思ったので私の所で止めておいたのだ。
なぜなら――、
『二番人気――――――。前年度、トゥインクルシリーズを引退したばかりの彼女ですが、衰え知らずの今日の注目株です!』
ドリームトロフィーリーグに出走していたからだ。
とある理由により、彼女はこのレースに今までに無いくらい気合いが入っていた。
それはもう、DTRへの出走を認められた直後からここまで、テンションは基本高めの絶好調。練習にも熱意があり過ぎて、セーブさせるのに苦労した程だ。
ゲートに入る今もその様子に変わりはなく、調子の良さを周囲のライバル達に見せつけていた。
……うーん、まあ大丈夫そうかな? 気分が良い程、そのまま実力が発揮されるタイプだし。
そういえば、今日はバカ姉の方もこっちに来ていたっけ。
思い出した私はスタンドの事前に教えられていた辺りを見るが、流石に遠くて判別出来ない。
近くまで行けば見えるだろうか。今日は
そう、二人分である。
一人は彼女の妹である我が教え子。
そしてもう一人は、何を隠そう私の事だ。
ドリームトロフィーリーグに毎回出走し続けてはや十年。
思えば遠くに来たもんだ、という奴である。
『一番人気―――――リンセス。調子は良さ―――すね』
実は、というか普通に私だって教え子とのレースを楽しみにしていた。
トレーナーとして初めての担当。
それは多分な幸運と、ベテラントレーナー達から見ればまだまだ稚拙だろうトレーニングをやりくりしてなんとか立派に育て上げた愛バ。
そんな愛しの教え子が、未だ競走能力を失わずに走り続けていた自分の目の前に現れてくれたなら?
誰だって私の立場だったら考える筈だ。一緒に走ってみたいと、競ってみたいと。
かつての
決して強制も誘導もした訳では無いが、彼女がトゥインクルシリーズを引退すると決め、そしてURAからドリームトロフィーリーグへの打診が届いた時、私は悟ったのだ。
ああ、これがドリームトロフィーリーグを走り続けた理由か、と。
勿論走る理由は他にも大小様々あるが、競走能力を落とさず走り続けた理由、となるとこれが一番大きなものだったと腑に落ちた。
もしかしたら、あの娘をスカウトした時から無意識に願っていたのかもしれない。
『さあ、全員がゲートに収まりました。間もなくウィンタードリームトロフィーリーグ芝中距離決勝が始まります!』
夢と夢がぶつかる。それがレースだ。
しかし二つの夢を持ち、それを当事者としてぶつけ合う事ができる。ウマ娘として、そんな贅沢ができるなんて他に殆どいないのではなかろうか。
ゲートが開くまでの僅かな間、ゆっくりと、しかし浅く空気を吐く。
それで直前まで考えていた事、想いを全て胸の内へ収める。ここからは私の全てをレースに注ぎ込む。
全身に力を込め、すぐに来るその時に備える。
集中力が高まって、だがそこでふと、いつか見た夜の空を思い出す。
あの時届かなかった星はいつの間にか手にしていて。
それは今も私と共にある。
その確信と共に私は開いたゲートから飛び出した。
数年後、
元後輩「二人共! 同人誌になってたから買ってきた!」
師弟コンビ「「はあ!?」」
健全本です。なお作者。