負け犬達の夜   作:風呂

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作者すら予想しなかった続編。


負け犬達の星

「ハァ、ハァ……ッ!」

 辛い、苦しい。

 まともに息ができない。

 全力で口、鼻、喉、そして肺が稼働するが、それでも十全に呼吸するには程遠い。

 痛い、怠い。

 まともに走れているのか。

 必死で振るう四肢は今にも千切れそうで、しかし無理矢理にでも身体を動かす事をやめない。

 今、私はターフの上を走っていた。

 GⅠ、年末の中山、有マ記念、芝2500m。

 それは文字通り選ばれた者だけが走る事を許された、国内最高のレース。

 そして、私の現役最後のレースでもある。

 ダメ元で出走登録だけはしていたが、選ばれるとは思っていなかった。

 だってそうだろう。

 私の世代には沢山の、それこそ例年に無い程のスターウマ娘が生まれた。そしてそれは出走枠の半分近くを埋める事と同義だ。

 それに、まだトゥインクルシリーズを走る実力者揃いの先輩方。

 更に、溢れる才能を努力で補強し、駆け上がってきた期待の後輩達。

 彼女達は一等星。ターフを走る姿は流星の様で、見る者を魅了してやまないのだ。

 そんな彼女らの殆どが出てくるレースになると、その他のウマ娘が出る枠はほぼ無いと言っていい。

 そこに場違いにも出走する事になった私は、さて、何なのだろうか。

 二等星以下の屑星だろうか。輝く星達を際立たせる為の引き立て役だろうか。それともただの賑やかしなのだろうか?

 違う。否定する。そんな事は認められない。

 崩れ落ちそうになる身体に鞭を入れる。スパートをかけるタイミングはもう目の前だ。

 そうだ。確かに私は今この瞬間、共に戦うウマ娘達と比べて、遅いだろう。弱いだろう。

 でも。そう、それでも、だ。

 ……私が彼女達の供え物になった覚えはない!

 脚に力を籠めろ! 体力がないなら心を燃やして走り続けろ!

 走る事こそが本懐だと、ウマ娘としての本能が告げていた。

 そこでふと思い起こす。今日この日の為にどれだけの想いを重ねたのだろう、と。

 私はターフを離れ、去っていくウマ娘の背中を見る度に、彼女達の分まで走ろうと誓った。

 それは身勝手な想いではあるんだろう。彼女達が知ったらやめてくれと言われるかもしれない。

 でも、あんまりじゃないか。

 私達がいるのは競争の場で、強い者が残り、弱い者は置いていかれるしかない。それが嫌なら去るしかないのだ。

 かといって、じゃあ彼女達がそれまで築き上げてきたものや想いは全部無駄だったのか、という話だ。

 そんな事があってたまるか。

 私は見てきたんだ。震える肩を、流す涙を。明日は我が身と怯えながら。

 だから私はその分だけ走ると決めた。誓ったのだ。

 ――だから、行くんだ!

 スパートをかける。

 他のウマ娘達がスパートし始める直前、彼女達の出鼻を挫くようなタイミングで、だ。

 前提として、私は彼女達にスペックでは敵わない。スピードでも、スタミナでも、パワーでも。

 勿論一人一人、個々のステータスでは勝っている部分もあるかもしれないが、この三つを総合的に考えた場合、どうしても格が落ちる。

 だからずっと一人で考えて、考え抜いてきたのだ。どうすれば勝てるのか、と。

 トレーナーと一緒に考えれば良いだろうという話ではあるが、残念ながら私にトレーナーは居ない。

 勿論こうしてレースに出るという事はトレーナーがいるという事ではあるが、殆ど名義だけ貸してもらっているような状態だった。

 考えてみれば、あの人とは良い関係を築けなかった。

 トレーナーは、私が彼に契約を頼みに行く際に言ったのだ。お前に一流、超一流の才能はないと。

 内心、激情に駆られて殴ってやろうかと思った。蹴り飛ばさないだけありがたく思えと。まあ、実際手を出しはしなかったが。

 兎も角。彼は、自分は元からある才能を伸ばす育成は出来るが、才能が無い子を勝たせるような育て方は出来ないと私に告げたのだ。

 最初の選抜レース――トレーナーが私達ウマ娘を見定める為のそれ――で惨敗し、格の差を突き付けられた私は、忸怩たる思いをしながらも、その言葉を受け入れるしかなかった。

 初対面で酷い事を言う人だと思った。だから、逆に言ってやったのだ。

 ――そんな私じゃトレーナーなんて付かないだろうから、名義だけでも貸してください。他の担当ウマ娘の当てウマに利用してくれても構いませんから。嫌とは言わせませんよ?――と。

 脅迫……もとい説得に成功した私は、そうしてデビューする権利をもぎ取ったのだった。

 そういう訳でトレーナーにも頼れない私は、だから一人で相手全員の走りを研究し、そして一瞬に賭けるしかなかった。

 レースの主導権は握らない。レースの華も譲ろう。このレースに関わる誰からも相手にされていないのも認めよう。

 でも。

 最後の一秒だけは私が貰う!

 今、人生で最も脚が回る。腕を振るえる。風を感じる。

 周りの景色が消えて、私だけの世界が構築される。行け、行けと離れていった彼女達の声だけが聴こえる。

「あ、あぁ、あぁあああぅああああああーー!!!!」

 駆けろ! 駆けろ! 何も持ってなかった私。栄冠を手にできなかった私。去る者を追えなかった私。そんな私に残るのは、そう、負け犬根性だけなのだ。それだけを胸に、ターフを駆けろ!

 

 そして。

 全力でゴールを駆け抜けた私に分かったのは、歓声と、疲れ切って動かない身体と、全てを出し切ったという充実感だけだった。




出走者に同じトレーナーが担当のウマ娘が他に二人いた模様。

トレーナー「………(あ、これ断ったら死ぬわ俺)」
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