今までよりはちょっと長め?
一人のウマ娘がいた。
彼女は小さい時から足が速く、同年代では負け無し、上級生らに混じっても上位に入る程だった。
そんな彼女は、ウマ娘として当然の様にトゥインクルシリーズに、そこで走るウマ娘達に憧れ、トレセン学園に行く事を希望した。
幸い成績も悪くは無く、そこそこに真面目でもあった為、順当に文武共に励み然るべき年齢に達した後、無事に入学できた。
憧れのトレセン学園だ。仲間達との切磋琢磨や勝利の栄光を夢見て心が弾む。
しかし門を潜ったその先で、彼女は現実を突きつけられた。
彼女くらいの実力など、そこでは当たり前のように存在していたのだ。
言い方は悪いが地方のトレセンで活躍できるレベル。まずそこが最低ラインであり、そこから抜きん出て中央でやっていけて、更にその上でGⅠ勝利を競い合うのが皆が憧れるスターウマ娘なのである。
入学してから一年。彼女が未だデビューどころかトレーナーすらいないのが、全てを物語っていた。
「やっぱりアタシ、才能無いのかな……」
四度目の選抜レース、今年度最後のスカウトのチャンスに凡走をしてしまった彼女はターフ横の土手、更にその隅っこで三角座りで黄昏れていた。
選抜レースは既に全行程を終え、今学園のコース上にはチームに所属していたり、担当の専属トレーナーがいるウマ娘達が練習に励んでいた。
そこには既に数刻前までの雰囲気は微塵もない。
年間の四度目ともなれば、それだけ終了時間も早くなる。その分、選抜レースに出るメンバーも少なくなったという事だった。
今練習している彼女達はそれぞれ目標とするレースがあるのだろう。和気あいあいとしている所もあるが、皆真剣に鍛錬を重ねていた。
自分があの中にいない。ターフに入る資格すら無い。そう思うと視界が滲んできて、表情が崩れそうになる。
だから彼女はそれらを隠すように、膝に顔を埋めた。
自分を笑顔で見送ってくれた、地元にいる家族や友人達に申し訳が無い。
勿論、頭では理解していたのだ。今の自分の様にデビューすら出来なかったり、ドロップアウトするウマ娘達がいるという事は。
しかしまさか自分がそうなるとは思ってもいなかった。
それはそうだろう。誰だって希望で胸を膨らませてトレセン学園の門をくぐるのだから。
そこまで考えて一層気分が沈んでしまう。これではいけないと思うが止められなかった。
気持ち良く青春の汗を流すウマ娘達の側にいると、惨めな気分にもなる。彼女達からしても一人で重バ場な雰囲気を出しているのがいると気不味くもなるだろう。さっさと移動しようとも思うが、さりとてその活力すら湧いてこなかった。
「やだなぁ……」
ため息と共に否定の言葉が漏れる。もう、一体何に対しての否定かすら自分でも分からなかった。
そんな時だ。
「じゃあ、もう頑張るのやめちゃう?」
そう、言葉を投げかけられた。
驚いて顔を上げると、そこに一人のウマ娘がいた。
学園指定のとは別デザインのジャージ姿。
違うジャージではあるが生徒の誰かだろうかと思ったが、それにしては年上というか、垢抜けた大人の雰囲気がある。
ふと夕日に反射した胸元を見れば、バッジが一つ。
「……ウマ娘のトレーナー、さん?」
胸にトレーナーである事を示すバッジを付けたウマ娘だった。
「うん、初めまして。来年度から独り立ちする予定の新米だけどね」
ウマ娘がトレーナー業をするのは、ハッキリと言えば珍しい。
探せば全くいない訳ではないだろうが、少なくとも彼女としては初めて見る存在だった。
ヒトは走ってもウマ娘に勝てないから、ヒト同士で競うか、ウマ娘を育てる道を取る。
ウマ娘はヒトと差があるからヒトと競わず、ヒトに育ててもらい、自分で走る事に集中する。
基本的にウマ娘は走る事に関しては自分勝手なのだ。だから他者を育てるくらいなら自分を成長させる事にリソースを使う。
そんな存在だから、トレーナー業を営むウマ娘などというのは希少価値が高いのだ。
なので彼女は目の前の女性を奇特な人だなと思った。世間一般としてもそんな印象だろう。
そしてそういった困惑した感情を抱きつつも、彼女は問うた。
「あの、それで、アタシになにか用ですか?」
「あなたをスカウトしに来ました」
笑顔で、真っ直ぐに、それでいて真摯に、ウマ娘のトレーナーはそう言った。
予想しない返答をされた彼女の時が止まった。
……え? 今なんて? スカウト? でも、え?
「な、……え? なん、で」
混乱した。状況が理解できなかった。
目の前の人はスカウトしに来たと言った。誰を? 彼女をだ。でも、理由が分からなかった。
……だってアタシ、遅いし。
だから今までトレーナーが付くことはなかったし、見向きもされなかった。
さっきの選抜レースでもそうだ。凡走した彼女は才覚すら考慮されなかったのだ。だからこそずっとここでいじける事になっているのだから。
「横、失礼するわね?」
そう言いつつ、トレーナーは彼女の側に座る。
「……あなた、ずっとここにいたわよね。レースが終わってもずっと。だから声をかけたの」
疑問符が浮かぶ。
それを察したのだろう。トレーナーは苦笑を一つ。
「確かにあなたは今日のレースでつまらない走りをした。誰が見ても分かるくらいにね。それだけなら私も声をかけなかった。でも」
一息。
「でもあなたはここにしがみついてた。ターフに。悔しくても、辛くても。走る資格が無いと嘆いても」
心が揺さぶられるのを感じた。
「どう、して、そんな事が……」
「分かるよ。私も昔は似たようなものだったから。それにこの時期までになると、選抜レースに出るウマ娘ってだいぶ減るよね? 無事にスカウトされたっていうのもあるけど、大半は諦めて去っていった子ばかり。そんな中、惰性かもしれない。でも諦めきれずに選抜レースに出て負けて、でも未練がある。だから今もまだターフに背を向けられない。諦めたくない。そんな子だから私は声をかけたの」
一旦は引っ込めた筈の涙が溢れてくる。
「でもアタシ、遅くて……結果を出せ、なくて」
「そうだね。私も絶対に速くしてあげるとは断言してあげられない。勿論こっちも仕事だしあなたを勝たせるという成果を出さなきゃいけない。でもそんなのは関係無い。私があなたに望むのはたった一つ」
「?」
一息。
「最後まで諦めずに、夢を走り抜く事」
人差し指を立てて、トレーナーはそう告げた。
そして続ける。
「あなたの夢はなんですか?」
「アタシの、夢……」
彼女は思い出す。何を目指していたのかと。
初めにあったのは、憧れだった。
テレビの向こう、レースで走るウマ娘達がとても格好良く、ライブで踊る彼女達がとても綺麗だと、彼女の目には映った。
でもそれでは駄目なのだ。
それでは足りないのだ。この一年で負け続けて、漸く彼女は理解したのだ。
「アタシは憧れて、憧れだけを持って、ここに来ました」
紡ぐ言葉はゆっくりと、しかし胸の奥にある想いを吐き出す為に。
「でも一向に芽が出なくて。どれだけ走ってもダメダメで。それで誰にも見てもらえなくて。私の周りからも人が減って」
選抜レースを走る度に、こちらに視線をよこすトレーナーの数が減った。
選抜レースを走る度に、同じレースを走るウマ娘の数が減った。
選抜レースを走る度に、彼女の世界は寂しくなった。
「それでアタシはここにいるぞって。アタシを見ろって。そう思うようになって。……見返してやりたいんです。アタシを見限った連中に。そしてアタシという存在を認めさせたいんです他の皆にも。無視なんてされたくない……。だから……、だから私のトレーナーになってください!」
言葉を発する内に涙は止まった。そして最後は叫ぶように。訴えるように。
それを黙って最後まで聞いたトレーナーは果たして。
「へぇ、自己の存在証明か……。私とは少し違うけど、うん。いいわ、気に入った」
目の奥に、現役ウマ娘にも引けを取らない意志の炎が灯る。少なくとも、
「あの……?」
「合格! 明日からでも鍛えましょう!」
そう言って、彼女の手を取りつつ立ち上がる新人トレーナー。
「え? えぇ!?」
「あ、いやでも今のチームの引継ぎやら手続きやらもあるし、今見てる子らも、まあ大丈夫か。……三日もあればなんとかできるわよね? それにその間はとりあえずチームのトレーニングに混ぜてもらえば良いし。うんうん、これから忙しくなるわ!」
「きゅ、急ですね?」
「そりゃそうだよ。何事も善は急げって言うし。それにそれだけトレーニングに励めるからね。あ! これ申請書ね、今日はもう事務方は仕事終わってるから明日の朝一には書いて提出しておく事。そうしたら放課後くらいまでにはちゃんと受理されてる筈だからよろしくね?」
じゃ、色々準備あるからー、と新人トレーナーは颯爽と去っていってしまった。
「…………」
さてはあの人、ノリは良い方だな? などと思いつつ呆然とするウマ娘が一人。
取り敢えずトレーナーが付くことになった彼女。
色々と不安が募るが、それと同時に期待にも胸を膨らませる。
きっと明日からは色々変わるな、と貰った書類に目を落とすと、そこには既にトレーナー側が書くべき項目が埋まっていた。
「……あ」
そしてそこで初めて彼女は、自分をスカウトしに来た人の名前を知る。
彼女はその名を知っていた。
その名は現役時代にデビュー戦を含め、たった三勝しかできなかったウマ娘の名。
最後の一勝、奇跡の大金星と言われたそれをテレビで見て憧れた姿。
「ごめん! ちゃんと言うの忘れてた!」
どこかへ走り去った筈のトレーナーが近くまで戻ってきて、とびっきりの笑顔で言った。
「取り敢えずは三年間だけど、これからよろしくね!」
「…………ハイッ!!」
そして、新たな夢が走り始めた。
という訳で、とりあえずはこれで終了となります。
読んでいただきありがとうございます。
一応、これで終わりだけど、続きを書くかもしれないし書かないかもしれない。思い付けばね?
まあ、今のとこその確率は低い訳ですが。
Q:そんな憧れてたんやったら顔くらい知っとるやろ?
A:テレビ越しだったし、現役時代とは髪型を変えてて雰囲気が違っていた為。あとそれに気づく精神的余裕なんてないよね、ってハナシ。