負け犬達の夜   作:風呂

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まじわりと読む。


負け犬達の交

 トゥインクルシリーズにおける年末最大のレースと問われれば、満場一致で有馬記念と返ってくるだろう。

 事前に出走登録をしたウマ娘に対してファン投票数の多い順に出走優先権があるそれは、その年の総決算と言うに相応しい盛り上がりを見せる。

 ファン投票数と共に、名だたる名バが名を連ねるそのリストの一番下に、その名前はあった。

「……トレーナー、彼女も有馬に出るの?」

 「あ、ああ。彼女も賞金額とファン数がギリギリ足りてな」

 私の問いに、少しだけぎこち無くトレーナーはそう答えた。私の方も似たような表情をしていることだろう。

「どうしたの二人共辛気臭い顔をして? ライバルが一人減るのならそれて良いでしょう?」

「ちょっとちょっと。そういう言い方は良くないんじゃないかな〜」

「事実よ。私達のほうが速いもの」

 私と目の前の後輩、そして私と同期で話題にもなっている彼女の三人、いや、二人と一人がこのチームのメンバーだった。

 後輩は自身と向き合うのに精一杯で他人に気を使う余裕がない面が見られるが、確かな才能と実力を持つクラシック級ウマ娘だ。

 私といえばG1を含めて勝ったり負けたりを繰り返してはいるが、周りからも強豪と見られているシニア級。

 そして件の彼女。彼女は私と同期であり、何ならチームに入ったのもほぼ変わらない、ライバルである。

 しかし、私と彼女とでは色々なところで違っていた。対照的と言ってもいい。

 それは才能であり、過程であり、そして結果だ。

 私は才能に恵まれ、それを伸ばすトレーナーに出会え、それらに見合う戦績を残せた。

 

 

 対して、彼女はその始まりからして全く異なっていた。

 彼女はトレーナーが才能を見出してスカウトしたウマ娘、ではない。

 かと言って、逆指名によって成り立ったお互いを高め合うような関係、でもない。

 最初は彼女のほうから声を掛けたそうだが、それをトレーナーは断ったそうだ。

 才能がないウマ娘を育てることはできない、と。

 その話をトレーナーの口から聞き出した時、なんて酷い事を言ったんだこの人は、と驚愕したものだ。

 あまりの酷さに、数年経った今でも話のタネとしても後輩には言えない秘密だ。

 しかしそんなデリカシーの欠けるトレーナーではあるが、彼女と契約して、いや、させられて今に至る。

 他のトレーナーと契約できなかった彼女が、暴言を吐かれた事を学園側にバラすと脅したそうだ。

 親ウマ娘派の理事長以下の人達に知られれば、良くて減給、悪ければクビまで視野に入る暴言である為、充分に脅しの対象になる。

 ……彼女を怒らせてはいけない、と思った私は悪くない。

 そんな上下関係が逆転したようなトレーナーと彼女だが、その関係は最小限ともビジネスライクとも言えるようなものだった。

 手続き関係など大人でなければできない事だけ肩代わりし、その代わりトレーナーが必要になったときは何時でも(例えば並走相手など、常識の範囲で)自身を使っていいという、協力というより利用し合うような関係に落ち着いた。

 これはトレーナーにとってデメリットのない関係だった。

 彼女のトレーニングなどの面倒を一切見ない(流石に怪我の危険がある時は止めていたが)で、他の担当(私や後輩の事)に注力できて、更に少し書類仕事をするだけで出走手当や賞金が貰えるのだから、プラマイで言えばプラスだろう。

 そんな彼女だったが、ずっと一人でやってきた所為かデビュー戦こそ勝利できたが、それ以降は鳴かず飛ばずの時期が続いていた。

 一方、私はといえばトレーナーのスカウト方針の通り、ちゃんと才能に恵まれていたようで、何度か重賞を勝つ程の戦績を残し続けられた。

 そうしてジュニア期も終わりに近づいたある日の事。クラスメイトの一人がトレセン学園を去ることになった。

 その子はトレーナーを得たものの、デビュー戦に勝利することすら叶わず、何度未勝利戦を走ろうとも敗れ続け、見込みなしと判断されたのだ。

 この時期にもなると、そういう生徒は必ず出てくる。勝者がいれば、その何倍もの敗者がいるのがレースの常なのだから。

 ただ、それまでと違う事があるとすれば、その子は彼女の友達だった事だろう。

 自分と同じような立場の子が、あまつさえ友達が去っていくのだから辛いだろうな、と対岸の火事のように思っていた。

 その考えの通り、彼女は暫くの間少し塞ぎ込んでいた様子だったが、ある時を境に調べ物か勉強か、ペンを取る時間が多くなった。なんならトレーニング中にメモを取る時間も多くなった。

「ねえねえ、彼女最近少し変わった?」

「そうね、よく勉強するようになったかしら。でも、元々成績も良かったわよね? 他の人に教えているのを見たことがあるわ。この間は図書室で本の山を作って調べ物をしていたみたいだけれど」

 周りに聞いてみたら、確かに少し変わったという印象が。

 他にも、

「う〜〜ん?」

「どうしたのさ?」

「あの子、ダイエットでも始めたんデスかね?」

「どゆこと?」

「前に見たときはもっといっぱい食べてたんデスけど。ダイエットなんて必要なさそうなのに。というかそもそも味が薄そうなメニューデスね! 特製ソースをプレゼントしてきマスか!」

「やめなさい」

「やめなさいな」

「いやあ、その激辛ソースと比べれば、なんだって薄味だと思うな〜」

「ケッ!? 味方はいないんデスか?」

 食堂で見かけた時の会話である。

 次の日に見たら、満面の笑顔でそれなりの量を食べていたので首を傾げたが。

 このように、少しずつではあるが生活やトレーニングの質が変わっていっているようだった。

 だが驚くくらい何度レースに出ても、不思議なくらい勝つことはなかった。

 そうして季節は巡り、冬が終わり春が訪れ、転入生なんかも来て、皐月賞。

 私は二番人気で出走して見事一着を取ったこのレース。彼女も賞金獲得額の兼ね合いで参加出来ていたが、掲示板すら逃して九着という結果だった。

 ゴールラインを超え、膝に手をついて頭垂れるその姿は痛々しくあった。

 可哀想、とは思うまい。どんな事でも誰かと競い合うのであればその光景は避けては通れない。勝者の義務として、敗者を憐れむことだけはしてはならないのだから。

 一方で、もしかしたらここて走るのをやめてしまうのかもしれないな、とも思った。

 デビュー出来ずに去っていく者。怪我などで断念せざるを得ない者。己が限界を悟り辞めていく者。

 彼女もその一員になるのではと感じたからだ。

 事実、彼女にはトレーナーという、そうと決めても引き止めてくれる者がいないのだ。だから他の人より決断の引鉄が軽い。良きにしろ悪しきにしろ。言ってみれば、吹けば飛んでいってってしまいそうな足場の上に彼女は立っているのだ。

 とまあ柄にもなく他人の心配なんかをしていたが、結局彼女はその後も走り続けることを選択した。

 約一月あとの東京優駿、所謂日本ダービーにおいてはお互い勝てずに終わり、それ以外に特筆すべき事もなく、夏が来た。

 トレセン学園にてクラシック級以上のウマ娘には恒例となっている、ビーチとその近所の宿を借りての夏合宿が始まった。

 夏合宿には彼女も同行しており、しかしトレーナーからは相変わらず指示を受けず自主練に励んでいた。

 息抜きはしているようだが、一人でトレーニングをする傍ら、時々こちらの併走などに付き合っていた。

 そんなある日、昼間に目星を付けていた夜釣りスポットへと歩いていた時の事。

 釣り場にて、真っ暗な海を眺める彼女と遭遇した。

「……奇遇、だねぇ。こんな時間に」

「そうだね。珍しいね」

 冷や汗をかく、とはこういう事か。

 眼の前に立つ人物が彼女だと認識した瞬間、入水するのでは無いかと焦りが真っ先に来た。

「うん? ああ、もしかして自殺するとでも思った? 流石にないよそんなの。まあ、ちょっとセンチになってたのは認めるけどさ」

「なら、いいんだけど、ね」

 ……ほんと、やめて欲しい。心からそう思った。

「けどこちらを気にかけてくれるなんてどうしたの? いつもは距離を置いてるのにさ」

「それはお互い様でしょ?」

「そう?」

「分からないとでも〜?」

 やれやれとポーズを付けて言えば、

「だよね」

 と返してきたあたり、いい性格してると思う。人のことは言えないが。

「別にあなたやあなた達が嫌いという訳じゃないんだ。でも凄く、うん。凄く羨ましいとは思ってる。嫉妬と言い換えてもいい」

「私達の速さに?」

「運と才能を持ってる事に、だよ」

 その言葉と共にほんの少しだけ、彼女から圧が漏れた。

 だけどそれは捉えようによっては、

「私達の努力を否定してない?」

「まさか。どれだけ素質があろうと努力をしないのなら、していた筈の本人には敵わないし、もしそれで誰かに負けたら言い訳にしかならないよ」

「ふーん」

 ……分かっているなら良いんだけどね?

「ま、戦略とはいえ、隠れてトレーニングして他人には見せないで、それでサボってると思われて怒られるのは自己責任だと思うけどね?」

「ナンノコトカナー?」

「一応同じチームだからね私達? そうで無くとももうあなたに油断する人はいないと思うんだけど、皐月賞ウマ娘さん?」

「ごもっともで」

 それならそれで、やりようはあるのだけれど、閑話休題。

 お互い、話が逸れたので一息。

「で、結局の所、まだ走るの?」

「走るよ。走らない訳にはいかないからね」

 彼女の答えと同時に瞳に熱が籠もる。きっと譲れないものがあるのだろう。何度負けても手放せないものが。

 けどそんなものは、

「そっかー。でも、私にも誰にでも、走る理由なんて幾らでもあるからね」

 柄にもなく少し熱くなっているな。彼女に当てられたかな?

「な〜んてね。こういう話はやめやめ! ゆる〜く、ゆる〜くいこ」

 そう言って少し熱を持った顔を手で扇いだ。

 彼女もそれで察したらしく、張り詰めていた雰囲気を発散させた。

「ところでその釣竿、今からここで釣り?」

「そうだよ。……ちょっとやってみる?」

「良いの? やったこと無いけど」

「もちろんもちろん」

 そうして私達は、トゥインクルシリーズを走り始めて一年半近く経って、始めてまともな交流を持った。

 同じクラスで、同じチームなのに。

 それが、どれ程異常な事だったかを忘れて。

 きっと明日には元に戻っているだろう。それぞれが少しだけ悪いからこそ成った関係に。

 多分この関係は、トゥインクルシリーズを走り終えるまではそのままかもしれない。

 でも、

「おはよう」

「ん、おはよう」

 ほんの僅かに私に対して柔らかくなった表情を見て思うのだ。

 それでも、ほんの少しでも悪くなかったと思えたなら、それで良いのだ。

 

 

 そして菊花賞。

 私はレコードで一着を取り、彼女は僅かな差で掲示板を逃した。

 もし、黄金世代と言われる私達が光だとするなら、彼女は影として後ろに張り付き続けていた。人前で泣くこともなく。

 ずっと、ずっと、あの最後の一戦までは。




どちらかというとアプリ時空よりで史実よりは全体的に身体が頑丈ということにする。今決めた。
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