負け犬達の夜   作:風呂

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今更だけど、タイトルの元ネタは小説『獣たちの夜』から。知ってる人いるかな?
読んだの超昔だから内容忘れてるけど。いや、あれ?読んだっけ?映像作品の方は見てるんだけど。

『魔法使いの夜』の方だと思った人、正直に言いなさい。先生怒らないから。


負け犬達の道

 耳の奥に、あの歓声が残っている。

 遠く遠く、駆け抜けた芝の上の舞台は成程、過ぎてしまえばまるで夢のようだと言えるだろう。

 なんて、柄でもない事を考えながら。

 トレセン学園の練習コース。その観客席の中程にて。

 緩やかに雪が降る中、傘を指して雪景色を眺めていた。

 三ヶ日は過ぎたが、まだ正月の雰囲気か残る時期の休日だ。

 元々足休めをするウマ娘が多い上にこの天気だ。管理員も当直室に篭もり、雪が積もる練習コースに人影は皆無だった。

「……ふぅ」

 少し意識すれば、白息は長く軌跡を描いて消えた。

 一人で考え事をするには丁度いい場所だろう。

 正直なところ、私はどうするか悩んでいた。

 念願叶って有馬で勝てたは良いが、その後をどうするか、具体的な案がなかったのだ。

 このままトゥインクルシリーズを走り続けても良かったが、今後もGⅠで活躍できるかというと、それも難しいように思えた。

 出走自体は出来るだろう。前言と矛盾するが勝つ事ももしかしたら。

 でも。

 でも、私の中でやりきった、やりきってしまった感覚があるのだ。

 終わった、とも言い換えても間違いじゃない。

 燃え尽き症候群と言えるかもしれない。そうだとしてもそれは私の今までの人生、その全てに一区切りがついてしまったからだろう。

 私は小さい頃から運が悪いと思っていたし、他の人にも言ってきたが、それは言い方を変えれば運命が私に牙を向いていたのではないか、と最近は考えるようになった。

 なんというか、今までずっと息苦しさを感じていたのだ。

 思春期特有のあれやそれやですら無い。物心ついた時から、いや、それ以前から。もしかしたら生まれた瞬間にも。

 常に感じていた違和感が、有馬を走り終えてから綺麗さっぱり消えてしまった。

 運命に打ち勝った、という事なのだろう。理屈で語れるものではないがそう感じるのだ。

 ウマ娘には時折、運命に導かれたとしか言いようがない巡り合わせに遭遇する者がいる。

 それはレースの勝敗だったり、他のウマ娘との出会いだったり。そういった概念をウマソウルの導きと言う人もいる。

 で、あるなら。

 ずっと生き苦しさを感じていた私の運命は……。

「そもそも産まれてこなかったのかも、ね」

 ウマソウルは別世界の生き物の魂。そんな伝説とも迷信ともつかない話があるが、もしそれが事実であれば私の運命とやらはあまり愉快なものではなさそうだ。

 有馬で勝利出来たからか、最初の三年間を終えたからか、運命の保証期間は過ぎたらしい。

 ――後は好きにしろ。

 胸の奥底から、そう言われた気がしたのだ。

「どうしろっていうのよ、ホントにさ……」

 自由になったからこそ、どうしたらいいのか分からない。

 ただ、

「走り続ける理由はないしなぁ」

 まだ引退宣言を公言した訳では無いが、いつまでもズルズル引き摺るのも良くはない。

 負け犬でもやれる事は証明できた筈だ。

 負け犬としてやるべき事はもうない。

 幸い、静かに暮らす分には十分過ぎる蓄えもある。

 もう走る必要は……、

「――それは困るな」

 突如、私だけしかいなかった世界に闖入者が現れた。

「ッ!? あなたは……」

 振り向けばそこに、一人のウマ娘がいた。

 そのウマ娘は獅子を思わせる鹿毛の髪に、月を連想させる流星の持ち主。スーツ姿でバリバリのキャリアウーマン然として貫禄すらある出で立ち。その正体は、現役時代に生きた伝説とまで呼ばれたウマ娘だ。

 例えウマ娘やトゥインクルシリーズに興味がなくても、名前くらいは誰もが聞き覚えがあるだろう。

 そんな、私にとって、いや、大半のウマ娘からすれば雲の上とも言える存在が私の目の前にいる。

「そんなに身構えないでくれ」

「……無理、でしょう。あなた程のビッグネームが眼の前にいるなんて、少なくとも今のトレセンの在校生で緊張しない子はいませんよ」

 私の言葉に目の前の人は困ったように笑うのだった。

 しかし、それ程の人なのだ。

 名家出身の元トレセン学園の生徒会長であり、トゥインクルシリーズ現役時代に築いた戦績や伝説の数々を打ち立てた彼女。引退した後も大学に通う傍ら、ドリームトロフィーリーグでも十二分な活躍をし、大学卒業後はURAに入ってそれまでに培った能力やコネ等を使いその手腕を発揮していると聞く。

「今はただのウマ娘だよ。どこにでもいる、ね」

「いや、あなたのようなウマ娘がどこにでもいて堪りますか。そういうのは私みたいなのを言うんですよ」

 謙遜、なのだと思う。本気で思っているならそれこそ驚愕である。

 というか、素で返してしまった。良いのだろうか。やっぱり謝っておこうか。

 などと考えていると、

「――それこそ違う。君こそ自分の価値を知るべきだ」

「……え?」

 予想すら出来ない言葉が私に掛けられた。

 いきなり現れてなにを言うのだろうかこの人は。

「先の呟きから察するに、君はレースの世界から去ろうとしているのではないのかな?」

「……まだ公言した訳ではないですが、今の所一番大きい選択肢にはなっていますかね」

「それは何故?」

「何故と言われても……」

 自然と目線を逸らしてしまう。意識しているのかしていないのかは定かではないが、伝説から放たれる圧力に私は耐えきれなかった。

 耐える程の芯が、今の私にはなかった。

「三十一戦三勝。連対率約一割。但し、デビューから最初の三年での記録であり、年間ほぼ十レースの出走。これは鉄の女と渾名されたかのウマ娘よりもペースが早い。そして先日の有馬記念だ。あれ程素晴らしいレースも早々無いと思うがね」

「なにを」

「あのレースで殻を破ったのではないかな? 一皮剥けた。何かをやり遂げた。そんな感覚は無いかい?」

「それ、は」

 いきなり何の話だ。

「ここを卒業してから色々話を聞く機会があってね。私個人の所感ではあるが、活躍したウマ娘程そういう感覚があるようだ。かく言う私もそうだった。どうやら君もそうじゃないかと思っているんだが、どうかな?」

「なくは、ないですが」

 ずばりそうだという事を言い当てられたのはまあ、そういう事もあるだろうと百歩譲っるとしよう。しかし、じゃあどうして初対面の私にこんな事を話しているのかという当然の疑問が浮かぶ。

「先程から、何が言いたいんですか?」

「ああ、一つ良いだろうか?」

 先程とは違い、少し言い辛い表情を浮かべる眼前のウマ娘。

 ……ああ、そういう。

 一応、普通の範囲で品行方正を心掛けて生きてきた身だ。それに相手はレジェンド級ウマ娘。今更走りの事で聞きたい事もないだろう。

 なら言い淀んですら、私に聞きたい事なんて一つしか心当たりが無い。

「トレーナーとは何もありませんでしたよ」

「ッ!? ……聡いな、君は」

「そうですかね? ……失礼ですが、URAではなんの仕事をしているのか聞いても?」

「フッ、本当に聡い。……内部監査さ」

「それって刑事ドラマとかで出てくるような?」

「そう、組織内で不正が無いかを調べるのが仕事さ」

 URAも言ってみればただの企業、会社だ。後で調べて知った事だが、一定以上の規模を持つ企業は不正等無く正常に経営しているか、独立した内部監査組織を持たなければならないそうだ。

 最近彼女のメディアへの露出が減っていたのも、それが理由なのかもしれない。

「君の戦績、私は偉業と称えられるものだと思うが、裏を返せば何かあるのではないかという疑問を持たれるくらいには、異常なものなのさ」

「その調査の為にわざわざ?」

「それ以外の雑事もなくはないが、概ねその通りさ。とはいえ調査自体進んでいてね、ある疑惑を私は持っている。そこで当事者へ話を聞こうと思ったのさ」

 そうは言うが、当事者への事情聴取の段階という事は、大体の事実は掴めているのだろう。

 少なくとも彼女の中では既に疑惑の段階を通り越して、確信に至っていると思われる。

 で、あるなら、私が取るべき選択は――。

「……トレーナーの所には?」

「君の返答次第でこの後向かうつもりさ」

「…………」

 私の証言次第か。なら――。

「やはり何もありませんでしたね。三年間、中央のウマ娘として、普通に走って勝って負けて、それで終わりですよ。問題があっても些細な事で、その件に関しても既に手打ちも済ましています」

「彼を庇うつもりかい? その些細な事が問題であって、君の口から聞きたいんだがな」

 少し、剣呑な雰囲気が漂い始めた。

「言うまでも無い事ですよ。というか、後から来て無駄に問題を大きくするなと言いたいですね」

「それが君の望みかい?」

「思うところがないと言うと嘘になりますが。ま、三ヶ月くらい誰かの給料でも減れば溜飲も下がるんじゃないですかね?」

「本当にそんな事で良いのかい? 君が望めば……」

「多少の怒りはあっても恨みはないですからね。そんなものですよ。それにURAとしてもその方が良いでしょう?」

「……それはそうだが。分かった。君がそう言うならそうしよう」

 落とし所としてはこれでいい。去るつもりの場所を濁しても良い事はないのだ。

 だがここでURAの敏腕OLは言葉を続けた。

「とはいえ、だ。一部だけではあるが、この事を知っている者もいる。君が事を荒立てる気がないとしても、それはそれで君に幾らかメリットがなければ体裁が悪い」

「それはまた厄介な」

「私もそう思う。で、だ。私の願望込みでもあるが、こういうものを用意した」

 そう言われ渡されたのはクリアファイルに収まった何枚かの書類。それらは全てある事に関するものだった。

「ドリームトロフィーリーグへの参加?」

「そうだ。DTRの登録申請書と次回の開催であるサマーDTRの案内だよ。どの道ほとぼりが冷めるまでは暫くレース出走は控えてもらい、その後は自由にして貰おうと考えていた。しかし君の想いを考慮すれば、こちらの方が良いと思ってね」

「よく用意してましたね」

「まだまだ現役を続けてもらいたかったのが本音さ。他にも慰謝料代わりに小切手も用意したが、正直困るだけだろう?」

「ええ、まあ」

 それ、違法ではないけれど、大っぴらに貰ったとも言えないお金でしょう? 本気で扱いに困るからいらないです。

「それに一ウマ娘としてはこんな事で走るのを辞めないでほしくないからね。柔軟に対応出来るよう、なんだって用意するさ」

「そう、ですか」

「それでDTRへの招待、受けてくれるかな?」

「…………」

 どうしたいか。結局そこに行き着く訳だ。

 トゥインクルシリーズを引退してDTRへ行くかどうか。

 引退した後も走りたいのか。走りに関わりたいのか――。

 足元を見る。

 そこには三年間付き合ってくれた自身の両足があった。

 命を、運命を、悔しさも、悲しみも、全てを背負って走ってくれた大事で大切な相棒だ。

 視線上げ、遠くを眺める。

 コースも、校舎も、その向こうの光景も、全てが白く染まっている。

 これまでの全てを白に染め上げ、また新しい軌跡を描けとでも言うかのように。

「……お受けします」

 遠くに視線を向けたまま、ポツリと言葉が漏れる。

 そこから続くのは間違いなく本音だった。

「トゥインクルシリーズにはもう、なんの未練もこだわりもないんです。だからまあ、ちょうどいいかもしれませんね。それに、他にやる事もありますし」

「やる事?」

 私はそこで彼女に振り返り、

「最近、面倒を見ていた後輩がデビューしましてね。この世界から離れるのであればお別れかなと思ってましたが、そうでないならもう少し付き合おうかなと」

「……そうか、そうか」

 私の答えに、かの皇帝は深く頷いた。




四字熟語わっかんないので回避。
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