運命は先天的にお兄ちゃん子 ―歴代最少の契約者たち 転生先にて恩送り 作:yyuuss
夢として交差してゆく随想
「兄ちゃん。兄ちゃん」
こう語りかけられたような気がして深生が目を覚ますと見慣れない部屋の中に彼はいた。そして呼ばれた方向へ目を向けるが誰もいない。きょろきょろ見渡してみても誰もいないし、呼ばれたはずなのに不思議なことに人の気配すら感じられない。
「まずここはどこなんだ? そもそも一人っ子の自分に兄弟はいないし、女の子っぽい声が聞こえたけど誰もいないし。これが異世界っていうやつなのか、俺って幸運だな、ありがとう神様」
証拠もない短絡すぎる解釈を都合よく行った深生。幸い部屋に窓があったのでどんなものかと外を覗いてみる。そうして目に飛び込んできた景色は綺麗な街並みであり、テレビとかで見る機会の多い日本の高層ビル群やのどかな田園風景とは違って、どこか異国情緒をもたらしている。ところどころレンガ積みの家屋も確認できた。
「見ず知らずの土地にいるってことは異世界転生の第一条件はクリアってことだよな。見た感じ旅行雑誌で見たヨーロッパの保存地区にありそうな建物も多いけど、どうなんだろ」
深生にはこの街とこの現実が夢なのか、はたまた異世界の空間なのかは分からなかったが、今度は窓越しからではなく実際に表に出てこの街の様子を確かめてみようと街を探索する。嬉しさ交じりの散歩が悲しみを生むとはつゆ知らずに。
「ここはオッセラとかいう都市らしい。まずは今いる場所を知らないことには動きようがないからな。異世界なんぞ理不尽の塊みたいな世界であっても全然おかしくないし」
自分のこの足で歩き回って情報を集めること数時間。元をたどれば地元のことは地元民が一番詳しいはずだと安直に現地の人々に聞くのが手っ取り早いと考えていたのだが、この異世界とやらはこの自分を受け付けたくないのか誰も話し掛けてくれないどころか、こちらが問いかけても返事すらしてくれない。いろんな商人の前を通ったにも関わらず見向きされないなんて、自分がそんなに無一文に見えるのだろうかと考えつつ路地を進む。
何がともあれ、自分で確認したり、返事もなかったので仕方もなく人から盗み聞きをしたりして手に入れた情報によると、今いるこの場所はオッセラの街の中の西側の地区のようで住民が多い地区らしい。そして、オッセラの街は北、西、南西、南からの4つの街道がこの地点で交わっており、交通の要衝として機能している。
また、オッセラは街道が交差する街だけではなく、街の東側に一目ではどのくらいかは大きいか分からないほどの湖を有しており、市場には大量の肉や野菜果物、魚類までもが簡単に揃うまでに漁業も盛んである。このように地理的にも恵まれた立地であることから普段から非常に活気に満ちあふれていて、オッセラの街には商人はもちろんのこといわゆる冒険者の類いの人等も多く訪れる商業都市の様相を呈している。
「現地の人々の会話からは普通に日本語が聞こえてきたけど、これは言語に補正がかかっているっていうあるあるだな。出回っている通貨も円とかドルとかじゃなく金貨・銀貨だったし。他にも馴染みのない食べ物もあったなぁ。ただ一つだけこの世界で不可解な部分があるとしたら何故誰も自分に気づかない振りをするんだろう? 見えてないわけない……し。ここの人達、なりふり構わずぶつかってこようとするし、この世界のシステムなどよく分からないがまあ、実際にぶつかることもなかったし良かったけど」
この探索では色々と情報を収穫することができたが、街や世界の様子以外にも知れたこともある。まず、転生後にまた一から語学の勉強をしたくないと思っていた深生にとって今いるこの世界が日本語対応であったことは僥倖なことであった。その上、穀物や野菜の中には知っているものも多く、深生に深く安心感を与えることだった。
「街の様子はどんなもんかある程度分かった。となると次は街の外がどうなっているか知りたいけど、人々の会話を聞くと危険な感じだという。さてどうしたものか」
しばらくどうしようかと迷いこんでいたが、まぁ聞くっちゃないでしょ、とばかりに通り過ぎる人々に声を掛けることにする。しかし、大概予想は裏切られることなく、やはり一向に返事が帰ってくることはなかった。ここまでくるとどうやってコミュニケーションを取ればいいんだと、この不可解な現象に対して事の重大さを認識して心が折れてしまいそうになる。
それからというのも途方に暮れることとなり、街の一角にてこれからどうしたものかと無駄に動き回ることで余計に心身ともに疲れ切ってしまうこと3時間ぐらい経って空も赤黒くなっていく。
そろそろ夜に入ろうかという時、深生に急激な悪寒が襲い始めるとともに何かよくないことが起こるという野生の勘が働く。一瞬この世界には危険予知も存在するのかぁと感心しながらも、その迫りゆく危機から逃れなければならないと深生は立ち上がろうとはした。しかし、ただでさえ長時間にわたって物思いにふけ座り込んでいて足がしびれて動くのがつらい。その上、ついさっきまで暗くなってきたというのに相変わらず自身の存在が認知されていないという状況に対して解決方法すら分からず、どうしようかと自暴自棄になり憔悴してしまった深生はその場から動くことができない。それでも人間の本能に従い必死にもがくようにその場から離れようとして数メートル進んだが、影に飲み込まれる。
「お兄ちゃん、どうかしたの? 確か深生という名前だったっけなぁ? ん……?」
「生きてる…………? えっ……。どうして……」
(野生の勘のおかげで敵の存在は分かっても対処のしようがなく化け物にやられたんじゃ……)
この時深生は既に混乱していた。誰かの声が聞こえるのは……、誰かの気配を感じるのは……、もしかして誰か近くにいるのかと考え抜いてやっと振り返ることで、初めて自分は死んでなんかいない、むしろまだ生きているんだと実感する。
「ねえ聞いてる? お兄ちゃん、もしかして腰を抜かしている? それに大分おびえているように見えるけど」
誰かの声にあるように実際に深生は腰を抜かしていたがそれも無理はない。なにしろ、この世界に来てからというもの何十回話しかけてみてもコミュニケーションが一向に取れず、あきらめ気味だった深生にとってこれが初めての会話だったのだから。この世界に来てからはじめのうちは人々と自分も会話できたらなと期待をしてはいたが、いきなり未知の生物に食べられたと思い込んでこれでもかと怯えていた直後に急に話し掛けられたのなら淡い期待も吹き飛ぶほどにびっくりしてフリーズしてしまう。
「ねえってば、おーい、話聞いてますか……? こりゃしばらく駄目だなぁ。まず正気に戻ってよぉ、ねーえー」
(生き残ったのはよかったけど、これからどうしようか? そもそもお兄ちゃんって自分のことを言っているのか?)
ずっと悩みこみつつも落ち着いてきた深生は体を前後に激しく揺れ動かされてはっきりと意識を取り戻した。そしてその意識を自分に話しかけて体を揺れ動かした人に向ける。見た感じ身長は自分と同じぐらいで、流れるような青髪のロングヘアー、青い瞳に見慣れない青い衣装を着た女性のようである。非常にかわいらしい雰囲気を醸し出しており容姿も良く、服から髪まで全体的に青色で強調されている。
しかし、お兄ちゃんとか言っていたし、初対面なのに自分の名前を知っているのはなんでなのだろうか? 当然にして深生は疑問を抱く。
「あの、本当に貴方はなんなのですか? 自分、ここに数時間居ましたが今まで話し掛けてきた人はいなかったので……、この街でコミュニケーションをとれたのは初めてなんです。貴方は一体……」
「やっと私を見て話してくれてことは嬉しいけど、とりあえず質問はストップ、ストーップ。答えられる範囲内で答えるけどそれでいいね。まず、私についてだけど今は名前は明かせないの。そういう決まりがあるから。次に今まで街の人と交流できなかったってことだけど、まあ当たり前って言っちゃ当たり前だね。まだこの世界での深生の存在は仮みたいなもんだから。他には質問ある? あっいけない。探すのに手間取ってしまって残り時間が無いみたいだから質問は一つ、二つぐらいが限度かも」
深生は自分の存在が仮となっている理由や何故この女性とだけ会話ができるのかといった女性の返答によって新たに生まれた疑問や先程からずっと考えても解決できずにいた自分とこの女性との関係性について等色々と聞きたいことが山積みではあったが、自分の存在を認識することができるこの女性ならこの世界の内部事情まで知っていると予想する。そして、深生は不安を織り交ぜつつも願いを胸に秘めつつ一か八か貴重な質問権を行使してまで聞いてみる。
「じゃあ、今いるこの世界はいつも通り夢なんですか? それともひょっとして異世界とかだったりします? あといつになったらこの世界の人々と会話できるようになるのですか?」
「うーん、質問が多いね~。何が何だかっていう感じだし、まぁ仕方ないか。残念だけど今のところは異世界ではなくて夢の中にいることには間違いない。まだ転生については兄ちゃんの希望的観測にすぎないね。夢だから時期が来たら会話だってできるようになる。それらは私が保証をもって断言する。なんなら深生があと数分で目が覚めるっていうことも断言できるよ」
深生の儚い希望はぬかよろこびとして終わる一方で、今いる世界が夢の中だということは夢が覚め次第ではあるが深生が現実に帰られることを指し示していた。
(これから人を前にしながらもコミュニケーションが取れないみたいな地獄を味わいたくはないから良かった。この問題さえなければ転生はしてみたいよなぁ)
深生自身としても転生先にてまるで透明人間や幽霊みたいな見えないもの扱いをされるのは、人間の尊厳において耐えられなさそうだったので今回が普通に夢だったことに一つ胸をなでおろす。この時深生の心の中に転生したい以外にも人間らしく生きたいとの希望が芽生えた。
「夢でもまた会うことはできる?」
明らかにこの状況でいう言葉ではなかったはずだが、その女性はそんなことに気付くこともなく冷静に考えてから話す。
「……会えるよ。絶対に顔を見なきゃいけないぐらいに。いつかは分からないけど」
「今のところはね……。これは転生前の体験版みたいなものだし……」
最後あの女性が何か呟いていたのだが、この一連の出来事が異世界物語ではなく、単なる夢だと断言されても夢の中なのにまた会えるか、とか言ってしまうほど理解が追い付かない上に一人で勝手にひどく落胆した深生の耳にはもちろん届かない。
(あぁ、転生できたもんだとばかり思っていたのに……)
プロローグは次回で終わりです。
しばらくの間は3日ごとに更新します。次は金曜日の夜ですね。
皆さんが読む分には一話あたりどれぐらいの文字数がいいですか? これからの参考にします。
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