運命は先天的にお兄ちゃん子 ―歴代最少の契約者たち 転生先にて恩送り 作:yyuuss
「ようこそこちらの世界へ。兄ちゃん、ぐすぅ、会いたかったよぉ~」
自分のことを見るや否や速攻で目の前の少女はわーんと盛大に泣き始め、深生の体にしがみついてくる。急に泣きじゃくる少女を前にして深生はどうすることもできなかった。もし下手に動いて警察にでも通報でもされたら面倒くさいことこの上ないし、むしろ面倒を通り越して迷惑である。ただ、黒髪に青い瞳を含めたその容姿にときめいてしまったことは秘密だ。
「お嬢ちゃん、そこの泣いている青い瞳の嬢ちゃん。うん、そうそう。とりあえず離れてくれない? あとこの状況の説明を頼むわ」
これ以上ないぐらいに脳をフル回転させこの状況を打破する手立てを打ちたいのだが、なかなかうまいこと案が出てこない。時間をかけすぎてもバツが悪いので自分の手を汚さないように保身に走る。素っ気なく突き放す感じで言ったのでお前のことなんぞ眼中にないんだってことが少女にも伝わるだろう。
「なんでなの? 説明するのはいいけど兄ちゃんと離れるのはイヤ。離れる理由もないでしょ。私一緒にいるもん」
泣き止んでほっとしたら今度はぐずり始めてくる。確かにルックスにはそれなりに自信があるけど少女、どちらといえば幼女みたいのに好かれる顔なのだろうか。まぁ所詮自分の容姿とやらが好みのタイプに似ているのだろう。しかし、少女が身体中にまとわりつくようにくっつかれているので暑いし内心苦しい。知り合いのお兄さんでもない人に迷いなく抱き着くとは少女のこれからが心配になる。
離れろ、離れないと押し問答をしている間でさえも少女はずっと両手で抱きしめて離さないのでさすがにそろそろ呼吸が苦しくなる。手は出したくはなかったがやむを得ない。無理にでも少女を引きはがそうとするが力がうまく入らない。それでも腕の中から逃れようともがく中でふと自分の目線の高さが少女の目の位置と一緒だと気づく。
少女は見た感じ100cm前後ぐらいのはずだ。ならば、普通の高校生と少女が並んでみたところで同じほどの身長である訳ない。どういうこったとこの部屋にある立て鏡で自分の姿を確認する。
「……嘘だろ、おい。どうして? ついさっきまで高校生の体だったのに、小っちゃくなってるよこれ、おい……」
肉体の変化にはただただ絶句するしかない。自分の体をこれでもかというほど隅から隅まで触ったところでやっぱりひ弱な少年の体つきにあることには変わらない。縮んだんか、縮んでしまったんかと自分の体につい問いかけてしまった。
「兄ちゃん。転生したんだから小さくなっていて当然だよっ。転生先はこちらの世界の幼い少年だから。これから宜しくね!」
好きなものを目の前にしてはしゃいでいるかのようにノリノリな少女を前にして深生は誰よりもあれほど強く憧れていた転生を果たしたのにも関わらず起こった現実に茫然とするしかない。
それに加えて、訪れた現実に驚愕しているうちに自分から離れたらしい少女が先生に褒められて返事をするかの如く、自分が「転生」してきた事実を伝えてきた。「何っ、転生だと言ったか」、「己、どういう意図を持って転生したと言ってきたのだ」、「君、見た目はあれだけど精神は高校生である自分を転生という言葉で騙せると思ったのかね」
このように深生は様々な人物になりきって状況を分析してみたが、少女が放った「転生」という言葉を信じることができないでいる。現実として起こって欲しいと願ってことなのに「転生した」という言葉を素直に受け取って喜べないのは、転生を願っていても頭のどこかで100%有り得ないとあきらめていた故なのか、はたまた高校生の思春期により起こる拒絶反応からなのだろうか。
「兄ちゃんであってしても転生になると信じられないようだね。まずは私の紹介から。名前はカノン・ベディ・エピローヴです。長いからカノンって呼んで。この世界では精霊の部類に入ります。兄ちゃんがなかなか私の名前呼んでくれないなあと思っていたけどまさか教え忘れていたとはね。ということで私の名前呼んでみて」
「カノン。ん、もう一回名前を呼んでほしいって? カノン。これでいいよな。なんですごく嬉しそうな顔をしてるんだ? ところでカノンは精霊なのかよ。それが本当ならマジで転生したのかもしれないが。……信じるには時期尚早なんだよな」
この少女はカノンというらしい。苗字の方は“エピローグ“だとすると、結末のカノンっていう意か。フッ、なかなか趣のある名前ではないか。また、自身の名前を伝え忘れるとは何とも微笑ましい。
また、名前のことは以外にも発見があった。転生先の世界に精霊が存在している可能性があるということだ。信用に値するかどうかは別にしても、カノン本人がぶっちゃけ嘘をついていることもありえなくはない。ただ、カノンは精霊だって名乗っていることからもこの世界にもし精霊がいるのならばここは日本ではなく異世界なのかもしれない。とにかく、夕方に見た夢みたく今回も実は夢でしたってオチがないのならひとまずはそれでいい。
「信じるか信じないかは兄ちゃん次第ってところだけど、結局信じるしかないと思うよ。だって、私本当に精霊だもん」
「……そこまで言うぐらいなら今の所は信じてみてもいいとは思っているが。カノン、転生したってことはさ、よくある話みたいなどこかの勇者の召喚のように、自分の転生理由として例えば世界を救うとかの使命でもあるのか?」
「うん、もちろん。兄ちゃんの使命はね、ずばり、これから私と一緒に過ごすことだよ。私もサポートするし、改めてよろしくねっ」
「……は?」
自分が転生した理由が目の前にいる少女と過ごすことだと聞いて、深生は呆気にとられる。カノンは順調に育てば息をのむほどに美しくなりそうなのは誰が見ても一目瞭然なのだが、まだまだ幼い子供であるカノンに対して深生はあまり興味がないため、一緒に過ごすことに気が乗らない。実際、深生の精神年齢は高校生なのだから深生にとってカノンは圧倒的に年下である子供の世話をするように感じてしまう。深生は子供には興味はないのだ。
「俺の役割って一緒にいるって……ことでいいのか? つまりカノンを守るってことか……」
幼女のおもりだって思ってしまうとつらいものがあるが、サポートもあるらしいし色々と経験を積む時間だって考えみると、カノンと一緒に過ごすだけで済むのなら、むしろこんなに楽な使命はない。何もない状態で放り出されるよりかはよっぽど条件はいい。
(冒険もしてみたいがまずは力を付けることを目標にしよう。転生できたのにすぐ死んでしまっては面白くないし)
深生の考えでは異世界っていったら冒険だと思っているが、冒険をしてみたところでどうせこの小さな体ではすぐ疲れるだろうし、何しろ冒険には向かない。それならば一緒に過ごすだけならその使命を果たすのも悪くはない。格闘術などの護衛に関する知識はないが、覚えておけば将来冒険に出た時に役に立つに決まっている。
「おっ、兄ちゃん、名目上は私の護衛にするそのアイデアとてもいいじゃん~。兄ちゃんを引き留める理由を特に考えていなかったし、そういうことにしておこっと」
「精霊の護衛とかよく分からないのだが、まず何をすればいいんだ」
「護衛は名目上でいいって。基本的には一緒に居てくれればね」
言葉通りのまま護衛の任務は名目上のことらしい。しかし、どうせカノンが誘拐とかでもされたら一緒に居る条件を満たせなくなる。そうならないようにも自分の役割として護衛も兼ねなければならないのだが。
「早速だけど簡単なテストでもします。転生前の記憶がちゃんと残っているか確かめたいんだ。特に何事もなく成功したから記憶はそのまま移行されているはずだけど念のためね」
カノンは繋いでいた手を離しておもむろに立ち上がったと思うと手を叩き話始める。手を叩くのはよくある注目のさせ方であるので、深生はカノンに視線を向けつつ少しずつカノンとの距離を開けていく。現在、カノンと身体が同じぐらいで抱き着かれると抵抗しづらいので出来るだけ距離の間隔を広げておけば、次にまた抱き着かれても対処の仕様が生まれる。
「急に手を離してくれたのはこういうことか。そんなことしなくても転生時に忘れた記憶などないぞ。確かめる必要がないと思うが」
「忘れた記憶がもしあってとしたらその忘れた記憶があったこと自体も忘れているでしょ。だからテストをするの。まず兄ちゃんの名前は? これは覚えているよね」
「……どうしても付き合わなきゃいけないのか。俺は鏑木深生。深生が名前で鏑木が姓だ。これでいいか」
言われてみれば、忘れたことを忘れてしまっていたら覚えていないのは当たり前であり、何もカノンは間違っていなかったので、渋々ではあるものも現代日本での名前を教える。
「まさか名前の確認だけで終わるわけないでしょ。こっちの世界では名前が変わっているから間違えないようにね。次の質問は兄ちゃんが最後の晩餐で食べた食べ物は何でしょう?」
「単に向こうでの最後の食事ってだけなんだから最後の晩餐とか言うなよ。まぁいいや、答えはとんかつだ。からしに塩に、そして味噌。色々と付けながら食べるのが美味しいんだ。今になってみれば昨日の食事がとんかつでよかったなぁ」
名前を答えさせるにとどまらずカノンは次の質問をしてきたのですらすらと述べていく。ただ、最後の晩餐って言い方は気にかかる。深生自身、元居た世界の記憶もしっかりと残っているので、現代日本での最後の食事は昨日の食事のように思える。あまりお腹が空いていなくても、飯とおかずだけでも食べたことに満足する日があるとは、人生何があるかは分からないものだ。
「違うよ兄ちゃん。本当の答えはヤンセン食堂の日替わりランチでしょ。お金も持っていなかったのに食べていたじゃん」
「あの日替わりランチも転生前の食事として入れるのかよ!? 夢の中だったからお金もかからないかなぁと思ってたんだよ。そもそも夢なのに融通が利かないってなんだ。まぁ、確かにあのランチも美味しかったけど、あれはあくまで夢の中での出来事だったしノーカンだろ」
深生はあの時食べた日替わりランチは味とかもはっきりと覚えてはいたが、実体が伴ってもいない夢の中での食事を最後の晩餐として認める気はない。夢の中での出来事はあくまで幻に過ぎず、うつつに起こったものではないのは事実だ。
「ああ言わなきゃいけないっけ。兄ちゃん、さっきまでの出来事は夢なんかじゃないよ。あれは環境の変化に困惑しないように、兄ちゃんが転生する前にこの世界がどんな感じなのかを体験させてただけだもん。向こうの世界でのVRみたいなものに似ているのかな。兄ちゃんの最後の食事はヤンセン食堂の日替わりランチです」
一方で、カノンはどうしても俺の最後の晩餐を夢の中で食べたヤンセン食堂の日替わりランチにしたいのか頑なに押し通そうとしてくる。
「……いやいや夢でしょ。最後の晩餐なのなら流石に夢の中での食事まで含めちゃ駄目でしょ」
「うーん、1回目に会った時の最後の方に伝えたと思うんだけどなぁ。確か、ゲームの体験版みたいなものって言ったはず。でも兄ちゃんが聞こえていなかったら伝わってはいないよね。この話は後でもう一度言うことにして、別の質問ね」
カノンが彼女自身が精霊だと言った時と同じほどまでに、深生はあの夢が実は転生前でのお試し体験だということを信じられないでいる。何しろあの夢のクオリティーは日本にある高度なVRでもあれほどには再現できないぐらいに物凄く精密だったはずだ。また、もし体験していたと仮定するならば、意識のみだけではなく身体までも転移させるシステムがどういうカラクリで成立しているのかは気になりつつあるが、後で教えてくれるとのことなので今はカノンの話を遮らずに進めさせる。
「転生前の人生において一番心に残っている思い出の名場面は?」
「思い出の名馬か? 色々と候補は有るけど一番といったら、うん断然でタケシバオーだな。距離、芝ダートのコース、馬場状態、どんな条件でもほとんどの出走で1着や2着だとか、あれほどオールラウンダーというに相応しい馬はいない。その上で斤量とかのハンデがあってももろともせずに勝つぐらいに強いのだからこれこそ名馬だろ。もはや別格の存在よ」
「名場面」を「名馬」だと勘違いしている深生はタケシバオーの名前を挙げる。タケシバオーとは1960年後半に中央競馬で活躍した馬であり、1969年には春の天皇賞を制し、同年の年度代表馬に選ばれている。もちろんタケシバオーの現役時代には深生は生まれてすらいなかったが、タケシバオーが走る映像を見た時にその桁違いな強さに心底から惚れたのである。
「名馬じゃなくて名場面! 兄ちゃん私の話もしっかり聞いてよ」
深生の勘違いに対してカノンが拗ねそうになり、深生は慌てて謝ったが、謝られてすっきりしたのかカノンが気にしてない素振りを見せたのでじっくりと思い出を振り返っていく。
「ごめんよ。……でも思い出の名場面ねぇ。16年ちょいしか生きていなかったし、名場面になるような思い出なんてないんだけど」
「ねぇ何かないの? 何でもいいからさ。ね」
「……そんなこと言われても。カノンだって思い出の名場面なんてパッと浮かばないでしょ」
「そんなことないもん。私の思い出の名場面は、今このように兄ちゃんと一緒に過ごしたり話したりしていることだから」
「……ああ、そうかい」
深生は名場面とかすぐに思い浮かばないだろうとカノンに同じ質問をすると、予想に反してすぐに回答してくる。しかも、初めまして状態の自分と過ごすのが名場面だとか言ってきたが、深生は今までの流れ的に自分に関係する答えだろうと見当を付けていたので驚きすらしない。確かに、カノンは自分のことが本当に好きなようで嬉しさのあまり泣いていた時以外は楽しそうにしているし、それに短い間でも笑顔を絶やしていなかった。
「……見る専門だけど野球ならあるよ。ドラゴンズを53年ぶりの日本一に導いた2007年の中日対日本ハムの日本シリーズ第5戦の山井―岩瀬の完全試合リレーもすごく感動したなぁ。ワンプレーだけに限ると、2008年のセリーグCS(クライマックスシリーズ)第2ラウンドの1戦目での『なんていう井端』と言われるほどに華麗で冷静な守備も候補から外せないんだよ。結局その年は日本シリーズには進めなかったんだけどさ。うーん、カノンにとってこの話題は興味ないよな?」
カノンが名場面を教えてくれたので、自分だけ答えない訳にはいかず野球の話をする。その時深生は野球好きが高じて、つい感傷に浸って話し込んでしまったが、どうやらカノンは興味なさげでこちらを見てくる。そもそもこちらの世界には野球自体がないだろうから、ここまで熱く語られても内容が分からずじまいではチンプンカンプンなのだろう。
「この話は正直どうでもいいとは思っているけど、異世界の話自体には関心はあるんだよ。実際どんな感じなのか体験したままを直接聞きたいし」
「そうだなぁ、さっき食べ物の話が出てきたし、初めは向こうの食事についてならどうだ。カノンだでも気にならないこともないだろ」
こうしてしばらくの時間、深生とカノンは食べ物についての話に花を咲かせた。
皆さん読んでくださりありがとうございます。
初めて中1日で投稿してみたのですが、時間的に大分ギリギリになってしまいました。
快調に話が思いつくときは中1日の時もあるとは思いますが、基本は3日ごと、週2回ペースで投稿していく予定です。
皆さんが読む分には一話あたりどれぐらいの文字数がいいですか? これからの参考にします。
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