運命は先天的にお兄ちゃん子 ―歴代最少の契約者たち 転生先にて恩送り 作:yyuuss
「お母さん始めまして。私は枕の精霊であるカノン・ベディ・エピローヴと申します。早速本題に入りますが、私は、兄ちゃんと……、間違えましたクルウドさんと契約することに決めました。もちろんクルウドにも了承の返事を貰っています。ところで、できるだけ目立たないようなところでかつある程度の広さのある場所はここの近くにありますか」
こちらの世界の母さんは現在リビングで料理をしていた。自分らの姿を見ると手を止め椅子に座るように促したのでカノンと隣りどうしで大人しく座る。母さんが飲み物を持ってきてくれたところで早速カノンが話し掛ける。その姿は凛としていて数年生きただけの少女とは思えないほど礼儀正しい。十何年生きている今どきの高校生でもこれほど礼儀がいい奴はそういないだろう。ただ、初対面の人に精霊って名乗ったり、契約が既に決定したとか堂々に言ったりして正体をばらしてもいいものだろうか?
ところでカノンさんって精霊といっても枕の精霊!? え、枕なの!? 寝る時に使うあの枕ですか!?
「カノンちゃんねぇ。とてもかわいい精霊さんのこと。これからクルウドと契約の儀式をするってことかしら。なるべく目立たない場所かぁ……。それならば扉を出て右に進んで2つ目の十字路を左に曲がってしばらくするとヤンセン食堂っていう料理屋があるからその料理屋の右手前の狭い路地に入って少し歩けば多少広い空き地はあるけど、そんなに広くはないかな。クルの部屋4つ分ぐらいかしらね。目立たないとなるとそこぐらいかしら」
「ありがとうございます。4つ分もあれば広さは十分です。それじゃあ兄ちゃん早く行こっ。あ、そうだ、あと厚かましいお願いなんですが、私も一緒に住ませてもらえませんか? 迷惑はかけないですし、私枕の精霊なので普段から枕の状態でいるので。どうかお願いします」
なんと母さんがカノンが精霊だって言っても疑いもせずにあっさりと信じてしまった!? これも精霊の力なのかとつい感心したけど普通におかしいだろう。まず、カノンと一緒に住むだと!? いい奴であるのは否定しがたいが同じ屋根の下で過ごすのはどうかしてるぜ。多分カノンは存在するだけで迷惑かけてくるぞ。だから母さん、しっかりと断ってくれよ。
そもそも枕の状態って今の人間状態から変身するのかカノン!? どういう話になってるんだ、最初にきちんと説明しとけよ!
「もちろんいいに決まっているじゃないの。だって、クルをお兄ちゃんって呼ぶほど仲良しこよしなんだし、それにクルの精霊ちゃんなのでしょ、なのにクルと一緒に居られないとかかわいそうじゃない。むしろ、クルのことをよろしくね。あと枕の状態でいなくてもいいからね。私にも遂に娘ができたわ~」
娘が増えたやらと歓喜するとかどういう神経しているんだ母さん。心底呆れてしまったぜ。どうしてこんなやつをうちに受け入れるんだ。一緒に居たいとか口にすら出してないんだぞ! 母さんはもしかして早とちりの癖があるのかもしれない。
あとおかしいところとしては何が俺のことを宜しくとか言ってしまってるんだよ! 俺は契約は受け入れたが一緒に住むとは決めていない。カノン、既成事実を作る必要なんて全くないんだぞ!?
「クル、カノンちゃんのこと大切にしなさいよ。クルなんかには勿体無いほどいい子だからね。クルの将来のお嫁さんになるならそれはすごく嬉しいわぁ。あら、自由気ままに妄想しちゃってごめんなさいね。クルっ、カノンちゃん泣かせたら許さないんだから。あとクルあなたには拒否権はないからね、分かった?」
声を出して異議を唱えようとする前にカノンからも母さんからもキックされくすぐられたりでことごとく遮られて発言できなかったうえに最終的には俺には拒否権はないらしい。カノンは勝手に俺の嫁さん候補にすらなってるし。母さんが有無は言わせまいと見つめてきてるしその目が恐すぎる。俺は何か癪に障るような地雷でも踏んでしまったんですかね。
(しかし、どうしましょうかね。ここで反発して家出をするのも手なのだが、情報すらない中で独り身で生きていけるほど果たしてこの世界は甘いのだろうか。楽するためにも反抗せずに従うべきなのではないか。カノンのことだから家出しても問題はなかったかのように連れ戻されそうなんだよなぁ)
散々シュミレーションした結果波風立てずにこの家で過ごすことに決めました。絶対反抗した方が厄介になるのは自明だし。なに反抗しなければどうってことないっしょ。
「お母さん。兄ちゃんと婚約しても本当にいいのですか。なれば私はふつつか者ではありますがこれから是非ともよろしくお願いいたします。兄ちゃん~、婚約許可も取ってきたよ!」
打ち解けたのかカノンの堅苦しい話し方がいつの間にか砕けた口調に変わる。
「ああそうかい。もう好きなようにやってくれ…………。いきなりこんなとはツラいなぁ。なんていうかこの2人似た者同士過ぎるだろ……」
初日で婚約決定とかテンポが早すぎるって。もうここまでくると抵抗する気力すら失われ選択肢は匙を投げるしかない。長年の親友のように息ぴったりのお二方を見て自分にどんな悲劇が襲ってくるのかを考えてはその度に落ち込む。
どうやら自分クルウドは契約精霊のカノンにも母さんにも逆らえないようだし、これからの人生は振り回されそうだ。……強烈なキャラばかりの世界なら転生しない方が良かったのかもしれないが、もう後の祭りなのだ。流れに身を任せるしかない。
いつの間にかカノンと同じ家で暮らすこととなり、婚約も決まってしまった自分クルウドとクルウドの契約精霊にして母親公認の婚約者となったカノンの2人は教えてもらった空き地に来ている。そうこれから契約の儀式を行おうとしているのだ。
「やっと到着したぁ。契約の準備をするからちょっと待ってて」
「分かった。暗くなる前には帰らないとな。こっちの母さんを怒らせたら恐そうだ」
ここに来るまでに道に迷ってしまい色々と大変といったらありゃしない。中でも面倒だったのはご近所さんと思われる人たちに「クルウドはもう彼女ができたのか」と勝手にカノンを彼女のように仕立て上げるわ、カノンもカノンで「私はクルウドの婚約者のカノンです。これからよろしくお願いします」とかしゃれにもならないことを平気で口に出して、ご近所さんたちが更にヒートアップするわでどうしようもなかった。
それでもどうにかこうにか一旦は事態を収拾させた時にはすでに遅く噂を聞いた母さんが乱入してきて、そうそうに「この子はうちの子になったカノンです。みんなよろしくね。めでたいことにカノンとクルは婚約したのよ」とカノンを紹介しながらこの婚約を肯定していくので、それはそれはと大騒ぎになって取り返しがつかなくなってしまった。街のおじさんおばさんたちにもみくちゃにされつつも人ごみから抜け出して、暗くなる前にと急いで走るうちに空き地に到着して今に至った次第だ。
あの母さんはしかしどれだけ知り合いがいるのだろうか。あの人々の集まりようならば余裕で300人は超えていたはずだ。社交的という感じを通り越してコミュニケーションお化けだろ、あの人。
話を現在に戻そう。契約の儀式の準備をしているカノンは空き地に落ちていた木の棒を拾うと真剣に何やらマークを書き始めたが、自分は準備に参加することなく空き地の隅に腰を下ろす。手伝おうにも事前にカノンに間違えて失敗したら困るから何もせずに見守っていてと言われたのでわざと手伝って邪魔をする気はない。こういうことはやる気がある奴がやれば大概上手くいく。
「起きて兄ちゃん、準備は終わったよ。じゃあ契約しちゃおう。こっち来て」
大分待ちくたびれてしまい眠っていたようだがもう少しで契約の儀式を済ませられそうだ。初めのうちはカノンが熱心に書いているところを見ていたのだが、地面に書かれた文字というのも有名どころの英語とかフランス語とかではなく見慣れない言葉であってその意味はからっきし分からない上につまらないのですぐ見飽きてしまった。
それじゃあと、やることもないならネットサーフィンかなぁとズボンのポケットからスマホを取り出そうとしたのだが見当たらない。本当に見当たらないので周りを見回してみて気づく。転生したここは異世界であることに。現代日本と比べて技術が未発達というこの異世界の歴史上にはこれからもスマホという大発明は刻まれないのだろう。あぁ万能アイテムのスマホが恋しい。
「早く来てよ~。あっ来た来た。契約の儀式の手順を改めて説明するね。まずこの下に魔法陣みたいな模様が描かれているでしょ。これをこちらの世界ではニオラント・ミダといって精霊と人間が契約する際に使われます。この模様にはもちろん意味があるけど時間がかかるからまた今後。まず契約する者同士が手を繋いだりして身体が触れ合った状態にしないといけないんだよね。ああ、その時には身体は枠の中に入れてね、あの狭い長方形だよ。次に互いが自分の魔力を相手に流す感じで二人の間で循環させる。そして――」
まだ説明が続きそうだったのでクルウドは説明を一回遮り質問をする。
「ちょっといいか。転生前には魔法なんて存在してなかったし使ったことないんだけど魔力ってどういう風にすれば流せるんだよ。魔力なんて具体的には見えないし、いまいちイメージがしにくい」
クルウドは魔法の使い方なんて知らない。この世界に転生してから魔法を見るのはこれが初めてなのだ。魔法に関する勉強もしていないので魔法の行使の仕組みすら分からない有り様だ。もし魔力が足りなかったりして出来なかったらどうしようかと少しずつ緊張してきて顔がこわばっていることは自分がよくわかっている。
「見えないけれど兄ちゃんの魔力はそこにある。だって契約できるだけの資質を持ち合わせているなら魔力は十分にあるってことだから。アドバイスするなら瞑想しながら相手の存在を感じ取って2人一つになって信頼しあうみたいなもんかなぁ。うん、目をつぶった方がうまくいくかも。ただ、上手く説明しにくいね。ああ、心配しなくてもそもそも魔力が流れなかったら効果が現れることなく何も変化しないから危なくないよ」
「なるほど、ある程度は想像がついた。では続きの説明をよろしく」
失敗してもデメリットがないと知ったことでクルウドの心情は幾分か楽になった。また、カノンのアドバイスも心の持ちようを説いたものであったので、ひとまず心を落ち着かせて話の続きを聞くことにする。
「魔力を二人の間で十分に循環させると段々光の粒が舞ってきて魔法陣が何色かに光って浮かんでくるから、更に集中力を高めていくの。そうしているうちに完全に魔力の循環が行われて互いの意識が同化するはずだから、その時にニオラント・ミダと叫べば晴れて契約完了だよ」
クルウドは話を聞き終わってこれからの流れを頭の中で再確認する。
「単純すぎる気もするが、魔法の名前のままに叫べばいいのか。……ええと、何だったっけ、ミオラント・ヒダ……で合っているよな?」
叫ぶ契約魔法の名前はたったの7文字ではあるが、クルウドはまだ数回しか聞いていないので正しい契約魔法の名前を覚えきれていない。もちろんカノンに指摘される。
「兄ちゃん、惜しいけど違うからね。ニオラント・ミダだよ。ミオじゃなくてニオ、ヒダじゃなくてミダだったら合っていたのに。この契約魔法の呼称には兄ちゃんの転生前の名前の「深生」の読みは入ってないから、くれぐれも間違えないでよ」
間違いが許されないような大事な儀式なのだろう、カノンの目や口調も真剣なものに変わっている。それを感じてクルウドも余計に緊張してくる。
「もう本格的に暗くなりそうだから今からやるよ。準備は……、うん終わっているよね」
カノンは若干緊張気味であり明らかに心構えができていないのを分かっているはずなのに自分のことを待とうとはしない。
「どう考えたって準備できているように見えないだろ、ちょい待ちで」
「そういうのは後で聞いてあげるから。さぁ、長方形の枠の中に入った入った」
心の準備が整っていないと伝えても、カノンはまともに会話を取り合う気は無いようで、半ば強引に気の棒で地面に書いた枠の中にクルウドを入れさせる。
「はい行くよ。兄ちゃんもしっかり集中して取り組んでよ。一発で成功させるんだから」
クルウドのことはお構いなしにカノンはクルウドの手を取ると儀式を始める。クルウドとしては未だに不安であったが一応カノンのアドバイス通り目をつぶる。
(これが魔力の循環ってことか? 確かに身体の中に流れてくる感覚がある)
しばらくすると2人の間を魔力が循環することによって自分の身体に力や熱が入ってくるのをクルウドは感じ取る。クルウドはこれが魔力の循環だと認識し、更に集中を高めていく。
クルウドが感覚を感じ取ってから1,2分を経たないうちに2人とその周りに光の粒が舞い始め、青紫色に光る魔法陣が現れる。
カノンは初めて見る幻想的な景色に見とれつつも失敗しないようにと今まで以上に神経を使う。一方で、クルウドは目をつぶって集中しているのでこの感動的な景色すら見ていない。これは後日談だが、クルウドがのちに契約による記憶の共有によってこの光景を見た時に、生で見るべきだったと後悔している。
(今だ!)
光の粒とともに現れた青紫の魔法陣が夕暮れ時の空の赤さを打ち消さんと空き地を覆いつくそうかというほどに大きくなった頃、転生時とは違い目を開けて周りの様子を見ておこうとも思わないぐらいに集中しきっていたクルウドの意識がついにカノンの意識と同化する。
「「ニオラント・ミダ!」」
互いに同化したのを察知したクルウドとカノンは同時に「ニオラント・ミダ」と叫ぶ。次の瞬間、浮かんだ魔法陣が地面に書かれた模様と反応して、2人とそれ以外を隔てるように円柱状に光の壁を作ったかと思うと、壁の中で絶え間なく生み出される光のうちその空間で抑えることができなかった一部が上空に向かって一直線に放出される。そして、空で一瞬眩しいほどに煌めくと何もなかったかのようにすぐに消えたが、空に放たれた圧倒的な閃光をたくさんの市井の人々が見ていたことだろう。
「これはどうなっているんだよ。1秒でも目を開けっぱなしにしてたら失明しそうなほどに眩しい」
「兄ちゃん、多分ニオラント・ミダの行使に成功したんだよ。古い書物の一部分に溢れんばかりの光の祝福あれ、とか書かれていたから。でも、これは眩しすぎるよぉ」
一方で、クルウドとカノンに着目すると、2人は光の中にいる錯覚を覚えている最中であった。通常では起こりえないほどの光が限られた空間内で爆発的に生み出されているのだから当然ではある。
しばらくすると、空の暗さが確認できるまでに生み出される光は少なくなり、やがて2人が居る空き地も普段通りの静寂に満ちる。
「……カノン、……今のは一体……。……成功したのか?」
クルウドは光の幕から解放されても言葉を発しないカノンに疑問を覚え、いても立ってもいられなくなり、何故か黙り込んでいるカノンに結果を聞いてみる。
「……うんっ、成功したよっ。やった~! 兄ちゃんの記憶が見られるようになっているもん」
カノンは顔を上げて笑顔を見せると、契約が成功したことを大いに喜ぶ。ただ、許可もないのに人の記憶を見るのはどうなんだ。
「何勝手に見ているんだよ。文句言ってもいいけど、疲れたし今日のところは咎めはしないでおくか」
クルウドのお母さんは決してヒロイン枠ではないつもりですよ。この小説に付いているタグのダブルヒロインのうち、2人目は次話から本格的に絡んできます。
また、今回は青紫色でしたが契約魔法であるニオラント・ミダとは契約者によって発光する色が違うのですよね。
皆さんが読む分には一話あたりどれぐらいの文字数がいいですか? これからの参考にします。
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