青い空広がる京都レース場で繰り広げられた、彼女の物語。
悔類さんの開催されたウマ娘SS菊花賞への参加作品です。
クラシックでの対戦では一勝一敗。それでも相手の方がぶっちぎりで一番人気なのは、やっぱりダービーウマ娘の称号はファンの中でも大きいのだろう。
「やっぱりスペちゃんは大人気ですねえ」
彼女のひたむきな性格と鋭い末脚に惚れ込んでいるファンが大勢いる。対戦している私だって、スペちゃんのことは大好きだ。
「でも」
ふと、今日のパドックで声援を送ってきた女の子のことを思い出す。あの時はちょっとからかってしまったけれど、本当は──すごい嬉しかった。
「セイちゃんも捨てたもんじゃないかもですね」
そう思うと、普段は憂鬱な狭いゲートも、今日はすんなり入ることができた。
『さあクラシック最後の冠。京都レース場、芝3000m。ゲート入りが完了しました』
スタートに備えて、姿勢を低くする。逃げウマ娘にとってスタートは命だ。ここでしくじるわけにはいかない。
『菊の冠を手にするウマ娘はいったい誰か。菊花賞、今スタートです!』
バッとゲートが一斉に開く。スタートは──悪くない。
飛ばす、飛ばす、飛ばす。
『セイウンスカイ、無事ハナに立ちレースを引っ張っていきます』
『かなりハイペースですね』
ハイペースのレースでは逃げウマ娘は差し切られやすい。ましてや逃げウマ娘がほとんど勝ったことのない菊花賞、こんな逃げが成立するわけがない。
最初は私に追いつこうとしていた後ろの集団も、自身がかかり気味になっていることに気づくとペースを緩めていた。スペちゃんもキングも同様だ。
最初の1000mのラップタイムは──59秒6
3000mのペースとしては異常なハイペースだ。後方のウマ娘たちも、そのトレーナーも、観客も、みんなこう思ってるだろう。暴走だ、と。
『スペシャルウィーク、キングヘイローは集団中盤で脚を溜めて、直線での末脚に備えています』
それこそ私と、トレーナーさんの狙い。
ここだ。ここから──
「「ここから少しずつペースを落とす」」
そう考えた瞬間、同時に全く同じ内容で、だけど私のものじゃない言葉が頭の中で響き渡った。間違えるわけもない、その声はトレーナーさんのものだった。
「!」
まるで自分とトレーナーさんの思考が一体になったかのような感覚。レース中なのに心が繋がっているよう。
流れてくる思考は私のものと全く同じだけど、それは私にいつも以上の自信を持たせてくれる。
その声の導くままに、徐々に、そして気づかれないようにペースを落としていく。
後ろのウマ娘たちはもう私が潰れると思い込んで、ミドルペースを維持していた。
次の1000mのラップタイムは64秒3。超が付くほどのスローペースだ。
でも他のウマ娘たちは気づいてない。いまだに私がハイペースで逃げていると思い込んでいる。
私が、
だけど、当然私のペースは落ちているのでジワジワと差が縮まっている。淀の坂を登り切り、第三コーナーが終わるところで後方集団との差は僅か。
行ける! と私を射程圏内に捉えた確信が後方から伝わってくる。
だけど──
「「それはどうかな?」」
溜めていた脚を解放して、グンッと加速した。後ろのウマ娘たちが驚愕した気配を感じる。
その驚きがあまりにも気持ち良くて、ニヤッと口元に笑みを浮かべる。トレーナーさんも同じ気持ちなのが伝わってくる。
『セイウンスカイ、なんとここから加速! 逃げた逃げた逃げた!』
後続との差が詰まるどころか広がっていく。ウマ娘たちだけじゃなく、彼女らの担当トレーナーたちも、観客もみんな私の走りに釘付けになっている。
でも、一人だけまだ諦めてないウマ娘がいた。
『後方からスペシャルウィークが一気に追い込んでくる!』
「「やっぱり来たねスペちゃん(スペシャルウィーク)」」
後方から直線で一気に末脚を解放してごぼう抜きしてくるスペちゃん。凄いなあ、その才能に嫉妬しないと言えば嘘になる。
でもね?
「「今日は
道中で付いたこの大差はいくらスペちゃんでも差し切れない。
そして私は──最も早く、ゴール板を通過した。
うおおおおおおおおおおおおお! という歓声が響き渡る。ああ──さいっこうだ!
『セイウンスカイ、逃げ切った! 今日の京都レース場の上空とおんなじ! 青空! ターフを駆ける青雲が、菊の大輪を手にしました!』
ゴール板を過ぎてゆっくりとスピードを落とす。さすがにセイちゃんも疲労困憊ですよ。
膝に手をついてしばらく息を入れていると、なぜかもう一度歓声が上がった。
なんだろう、そう思いながら顔を上げて掲示板に目を向ける。
「……はは、出来過ぎ」
『タイム3分3秒2はなんと芝3000mの世界レコード! 天晴れ、セイウンスカイ!』
セイちゃん、世界に名前、残しちゃった。にゃはは。
「セイウンスカイ! おめでとう!」
その声を聞いて観客席に目を向けると、パドックで声援を送ってくれた女の子がいた。
「にゃはは、ありがとう。どうだった? 私の裏切り、気持ちよかった?」
「最高でした! 大ファンになりました!」
「あらら。それじゃもう私の裏切りを感じられないけどいいの?」
「いいんです。もう虜になっちゃったので」
「じゃあ期待に応えられるようにこれからもちょっとだけ頑張るね」
「ずっと応援してます!」
私のことをあんな風に熱烈に応援してくれる人もいるんだ。今日のレースみたいな見てる人の予想を裏切るのも気持ちよかったけど……純粋に応援してくれるのも、嬉しいな。
「セイウンスカイ〜〜最高の逃げだったぞ〜〜!」
「これからはセイウンスカイが出てるレース全部見に行くからな〜〜!」
「にゃはは、どうもどうも〜」
老若男女、いろんな人に声をかけられる。さっきまでスペちゃんやキングを応援してた人もいるんだろうな。
「スカイ、おめでとう!」
「あ、トレーナーさん」
しばらく歓声に応えていると、観客席の最前列からトレーナーさんの声がスッと耳に入ってきた。すぐにトレーナーさんのところに駆けつける。
あれ? なんか、トレーナーさんの目が、赤い。
「……もしかしてトレーナーさん、泣いてるの?」
「……スカイのレースがさ、本当にカッコよくて。こんなウマ娘を担当できて幸せだなって思ったら感極まっちゃって」
「なっ!」
泣いてるのをからかってやろうかと思ってたのに、そんな真っ直ぐに褒められちゃったらなにも言えないよ……。
「それに、走ってる時のスカイの気持ちが伝わってきた気がして」
「……!」
トレーナーさんも、なんだ。やっぱりアレは気のせいじゃなかった。
ふと、視界に観客が持っている赤い菊と白い菊が目に入って、それを見ると何故か、少しくらい、私も素直になろうかな、って思えた。
「ねえ、トレーナーさん。私、頑張りましたよね?」
「当たり前だっ」
「じゃあおねだりひとつくらい聞いてくれてもいいですよね?」
「……もちろんだ」
なんかちょっと言い淀んだなあ、また無茶振りとかすると思われたんだろうか。セイちゃんだって時と場合は選びますよ。
「じゃあ……頭を、撫でてください」
「それくらい、お安い御用だ」
トレーナーさんの手が頭に伸びてくる。その手から丁寧に、優しく、でもしっかりと撫でてくれる感触を感じた。
ああ、幸せだな。
この気持ちがレースの時みたいに伝わったらいいのに。
そう思いながら、私より背の高いトレーナーさんを見上げると、青い空と白い雲が私たちの勝利を祝うように大きく広がっていた。
赤い菊の花言葉は、I love you
白い菊の花言葉は、真実