定食屋の店主と煉獄さんの話を書きたくて書きました。
何か問題があれば削除します。
好きに書いていますのでなんでも大丈夫な方のみお進みください…
幸せが壊れるときは一瞬だ。
一瞬で赤く染まって、紅く染まっている。
「大丈夫か?」
膝も腰も骨が抜かれたように言うことを聞かない。真っ直ぐと立てなかった。なんと情けない。男が、愛おしい想い人を前にして情けなく腰を抜かすなんて。
「君!大丈夫か!」
遠くでずっと誰かが大丈夫か?と聞いてきている。俺はいま大丈夫どころではない。人が死ぬところを見て平常でいれる人間がいるわけないだろう。
「君!!!」
視界が、白い肉と赤い血から的当ての的のような色でいっぱいになる。思わずハッとすると、目を見開いてる男が顔の前でぐぐっと音が鳴りそうなほどにこちらを見ていた。
「鬼はもういない。もう大丈夫だ」
「お、に…?」
「うむ!君がここを離れた時に鬼が入ったのだろう。偶然立ち寄った俺がその鬼の首を取ったが、彼女は既に鬼に襲われていた。そして、君が戻ってきたということだ!」
何が何だか分からないが、その的目の男は俺がどんな様子だったのか、そして彼の背の後ろで倒れる彼女が何故そのような惨状になったのかを大まかに説明した。
その説明で俺はようやく合点がいった。
食材の調達に少し離れた隙に、この食堂に鬼が入った。それで、一人だった彼女は恐怖に襲われながら鬼に辱められ、一人で死んで行ったのだ。
俺は、的目の男の肩を押して彼女の元に近寄った。首を大きく裂かれている。白くて美しいうなじに爪を立てたひどい痕が走っていた。
悲しみよりも、やり場のない感情と彼女への謝罪の気持ちでいっぱいだった。
せめてもと自分の上着を彼女にかけて、その目をゆっくりと閉じてやる。
変われることなら、変わりたい。
「だめだ。君は彼女に生かされたのだ。辛くとも、君は強く生きていくしかない」
自然と口からついて出たのか、背後から力強く、一言一言噛み締めるような言葉がかけられた。
なにも知らないくせに、何がわかるんだ。俺はひどい言葉が頭に過ぎる。
彼女と俺は来週に婚姻する予定だった。若くて賢くて、暖かな、俺にはなんて勿体ないんだろうと思えるほど一等美しい人だった。そんな彼女が、鬼に殺された。俺だけが生きてしまった。そんな俺に辛くとも強く生きていけなどと残酷にも程がある。
「彼女が生前、俺に託してくれた思いだ。君がこの場にいなくてよかった、私がここにいてよかったと言っていた」
その言葉に胸の中で眠る彼女の顔を見る。
死に際に、的目の男に言葉を託したというのか。
死ぬ寸前に俺のことを案じてよかったなどと。そんな言葉を君に遺されたら、俺は。
「…あの…すみませんでした。ご迷惑をおかけして…」
「いや!気にするな!鬼を狩るのが仕事ゆえ、俺は当たり前の責務を全うしただけのこと!」
どうにか落ち着いた後、彼女の遺体を“隠”と背中に書かれた服を着た人たちが片付け始めたのを黙って見ていた。
情けないことだが散々泣いて少し疲れてしまって食堂にある椅子に腰掛ける。
さっきはあまりに気が動転していて謝辞の言葉を伝えるのを忘れていたので特徴的な羽織を羽織っている金髪の男へ頭を下げに行った。
ハツラツハキハキ、と音がするほどの声量で社交辞令を交わされた後、いくらか数分黙ってじっと見られる。自分の知り合いや客ではなかなか見ない目と見た目をしているので、たいへん居心地が悪い。
「何か…?」
「むっ!…いや、あの食堂に貴方のような人を見かけたことがないな、と思っただけだ」
「あ、あぁ。そういうことですか。俺は普段厨房にいたので…」
「厨房!つまり…あのうまい料理は君が作っていた…ということか!」
うまい、という三文字の形容詞をえらく強調して叫ばれたせいで、耳を通して自分の頭がぐわんぐわんと揺れる。
“うまい!”と音が割れるほどの声にどこか聞き覚えがある。
自分の料理や店について知っている様子の彼に「失礼ですが…お客様…だったのですか?」と恐る恐る聞いてみる。
「うむ!あの食事処はよく利用させて頂いていた!定食が実に絶品だった!卵焼きも味噌汁も米粒の一つまで美味かった!」
「そ…それはどうも…嬉しいお言葉です」
「それを…貴方が作っていたのだな。…感謝する!任務の前に食べて精をつけていたからな!」
嘘偽り無くハッキリと正面から投げられる感謝の言葉と自分の飯への評価に、どう反応していいのか分からずとりあえず頭を下げた。
やはりそうだ。時折定食十人前、などととんでもない注文をして席の方から「うまい!」と聞こえてくる時があった。
彼女と共に営んでいた小さな定食屋を褒められたのは素直に嬉しい。彼女も俺の料理が好きだと言ってくれたんだったな、そんなことを思い出して思わず涙が溢れた。
「ど、どうした!どこか痛むのか?」
「いえ、…あ、…その…ぁ、でも大声はちょっと響くかな…」
「むっ…!すまない…!」
極端に小声になった(もはや囁き声)様子に少しおかしくてふは、と笑ってしまう。泣いたと思ったら次は笑っている俺に困惑している目の前の彼は、何かに気づいたようにハッとして言葉を続ける。
「つかぬことを聞くようだが…」
「は、はい」
「…あの定食屋は、まだ続けてくれるのだろうか」
俺は返答に詰まる。彼女がいなくなった飯屋をすぐに再開する自信は…なかった。というのも、俺が厨房に入り、彼女が店に立って商売するというそれぞれの得意不得意によって成り立っていた店だからだ。彼女は愛嬌があって、話し上手聞き上手な人だったから店に来る客たちも飯以外のことで楽しんでいた。
憩いの場となっていた食堂を、彼女なしでこれまでと同じように開けるだろうか、そんな思いに駆られてすぐには首を頷けなかった。
これまでと同じように開けてくれるか、と聞く彼はおそらく彼女が切り盛りするあの店の繁盛具合を知ってくれているからだろう。俺は申し訳ない気持ちになった。
「…あ、…開けて、みせます。強く生きるためにはこれまで通りの生活を続けなきゃ…あの店を、俺の料理を好きだと言ってくれた、彼女に悪い…から」
でもそんな杞憂は言い訳に過ぎない。
俺はそう思って、的目の彼に告げる。
声が震えて、真正面を見据えて声を発するのがやっとだった。なんと頼りない男だろうか。
目の前に立つ彼のように、背筋を正して強くあれたら、と思わずにはいられない。
「……良かった!」
その時彼は釣り上がった目尻を下げて太陽のように明るく優しい笑顔を浮かべていた。さっきまでの凛々しく全て吊り上がっていた表情から想像がつかないほど朗らかな笑みに、思わず俺は力が抜けて見惚れてしまう。
一瞬の笑顔を見せると、すぐに元の顔に戻る。強い目でこちらを見返す。
「またご贔屓にしてください」
「うむ!そうさせてもらう!しかし、あの店の惨状、すぐに開けられる状態ではあるまい?」
「ま…まぁ…確かにすぐには開けられませんが…何か柱や屋根が抉れていますし…」
「…………では!ひとつ提案があるのだが!」
確かに元の家とは呼べない状態を言葉にして言うと、少し身体を強張らせた目の前の彼は長い間を置いて提案がある、と言う。提案…?と思いながらその先の言葉を待っていると、
「しばらく料理人として、うちで生活するのはどうだろう!」
「……へ?」
「定食屋の家屋が完全に元に戻るまで、うちで料理人として生活するんだ!…この家屋の惨状、実はこの俺に非がある!よもやよもやだ、柱として不甲斐なし、ここまでの被害を出してしまうとは!」
「え、えっ」
家に雷でも落ちたような惨状の要因は自分だと語る彼にいろいろついていけずに困惑してしまう。
「うむ!とにかく、今夜はここで眠るわけにもいかないし、あとは──」
言葉を途中で切ったのは大きな腹の音だった。
その腹の虫が鳴いているのは、いま目の前で喋る彼だった。
「…腹が、空いたな…」
彼がここへ立ち寄ったと言っていたが、おそらく飯を食べるつもりだったのだろう。食べ損ねて腹を鳴らす様子に、何故か作って食べさせようという使命感に似た気持ちが湧いてくる。
空腹を擦って凛々しく上がっていた眉毛を下げている。
彼女を…辱めから解放してくれた恩もある。
俺は自然と拳を握ると、「あの!俺からも提案が!」と声をかける。
「む!なんだろうか!」
「…今日は、助けてくださったお礼に、ぜひ!腕を奮って料理を、もてなさせていただきたいのですが!」
「なに!」
俺なりに精一杯大声を出したつもりだというのに、彼のたった二文字の声量に負ける。
「ご、ご迷惑でなければ…」
「迷惑なものか!俺の方こそ住まいを……ではお言葉に甘えて、存分に料理を振る舞ってもらうとしよう!」
よろしく頼む!と続けると背を向けて早々とこの場から立ち去ってしまう。その後、俺の肩に妙な鴉が泊まって道案内された後、俺の一生の稼ぎでは住めないような屋敷の前へと辿り着いた。
中から同じ顔をした少年が出てきて、鴉と数言喋った後「お話は伺っています」と丁寧に出迎えてくれた。
何が何だか分からないまま、俺は他人の家の台所を使って豪勢な──とまではいかなかった。
俺は小料理屋や、料亭の店主ではない。ただの定食屋の…料理人と呼ぶのも烏滸がましいほどの技術しかない。
だから結局普段と変わらない定食しか作れなかった。
遅れて屋敷へと着いた先程の命の恩人でもある彼は、地味な定食を前にしても「うまい!!」と張り裂けんばかりの大声であっという間に完食してくれた。
食器を片付けた後で彼に呼ばれ、失礼しますと一礼して部屋へ入ると、先程の飯の感想をまたハツラツと教えてもらった。
大変嬉しいことで、料理を作る者としては冥利に尽きるのだが、そうまで褒められるほどのものは作っていないのに、と言うと「なにを!隊士達にも勧めて、皆もうまいと言っていたぞ!」とさらに追加で褒め言葉を投げられてしまう。
「ひっそりとした穴場の店という感覚で俺だけが知ってる名店、と思って本当は教えたくなかったのだが、素朴な、どこか故郷を思い出すような味に、これは隊士達に教えようと思ったのだ!
鬼殺隊の隊士は鬼のせいで家族を失ったものや、家族のもとを離れて頑張っている者が多い。
そんな者達の気休めになれば、と思ったんだ。
かくいう俺も、貴方の…いや、貴方達の料理によって気を養っていたひとりなのだが」
そう言って彼は照れ臭そうに眉を下げて笑っていた。
怒涛の勢いで飯への思いを話された俺は、やはりどう反応していいのか悩む。
とにかく俺は、深々と畳に額をつけて「ありがとうございます」とだけ返した。優しい声を聞くとどうしても泣いてしまいそうになる。
「ところで、明日の朝の分までしか料理の仕込みがされていないと聞いたのだが!」
「えっ」
頭上から降ってきた思わぬ一言に、俺は思わず顔を上げる。明日の朝の分の仕込みのみ、というのはもちろん明日の朝にはここを出るからである。確かにここへくる道中、道案内の鴉から“今日はここで休め”と言われた。
今日は、ということは明日の朝までの世話になるということで、であれば明日の朝の飯分までの仕込みをするのは当然…である、はずだ…けど…?と俺は説明する。
「む?今日一日の話ではなく、家屋が戻るまでの間、ここで生活をしてくれて構わないということだが?」
「えっ、そんな、そんなご迷惑は、」
「迷惑をかけたのはこちらの方だ!しかし、体裁が気になるのであれば…うむ!継子としてうちで世話になっているという体でどうだろう!」
「いや、いやいや」
継子!?なにを言ってるんだこの人は!俺は大慌てでそこまで世話になる気はない、家はすぐに代わりを見つけると言うが、「しかし定食屋を再開するのには時間がかかるだろう…?」と何故か声の調子をひとつ落として言う。
「それは、…まあ、時間がかかりますけども…」
「その間飯が食べれないということだろう」
「そう…ですね」
「それは!俺の士気に関わるので、断固として反対する!」
「そこまでですか!?」
そんなに飯に重きを置いている人なのか…と感心する間もなく、継子としてここでしばらく世話になるという話が進んでいた。確かに家は無いに等しく、料理屋もすぐに開けるわけではない。
これはもう、折れるしかないのか…?疲れのせいか空腹のせいか、俺は頭がふらふらとふらついて、そのまま気を失った。
翌朝、目を覚ますとふかふかとした布団の上に俺は寝そべっていた。
寝ぼけていたのか彼女の名前を呼ぶも、いつもならすぐに返ってくる返答がないせいでようやく現実に頭が冷え始める。
ということは、昨日の怒涛の勢いで起きた一連のあれは夢ではない、のだ。
台所まで恐る恐る行ってみると「おはよう!」と、太陽より眩しい笑顔で振り返られた。
まさか、とも、どうしようとも、頭が混乱する中でとりあえずおはようは返すべきだろう、と思い頭を下げようとすると、
「俺の継子として、これからよろしく頼む」
…想像もしない一言が飛んできて、俺はまた気絶してしまったのだった。