彼は去っていった。
少し後ろ髪を引かれながらも晴れやかな微笑みを浮かべ、薄汚れ、くたびれたキャスケットから変わった小綺麗なブラウンのハットを浅く被り直した。
しばらく此方を見つめ、此処への思いや己が40年間に対する寂寥の念を振り払うように前を向き、歩を進めていった。
彼とは十年ほどの仲になる。仲間とともに見送りを終え公園へ戻ろうとするが、いつもの並びには一ヶ所、六十センチほどの隙間が残ったままだった。
この時ほど高々六十センチの隙間に心揺さぶられ、
物足りなさを覚えたことはない。
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初めて見た彼の瞳には、好奇と値踏みをするようなような心を感じた。後に聞いたが、彼は僕や他の魚を使って賭けをしていたらしい。
彼は勝敗は言えど内容は言わなかったが、ここに慣れる頃には察しがつくようになる。
彼と会話をしたのはそれから一月程後のこと、
僕の趣味を復活させるため、利用するためだけに話した。
件のことの話はすぐに終わり、少しそれ以外を話をした。その話しも短く終わったが、冗談を交えた話は彼の人格を少し覗かせたような印象を僕に与えた。
それからは僕の周りが悪い方向に騒がしくなってしまい、あまり話すことはなかった。
決定的な転換点はタール塗りでの一件からだろう。
詳しくは語らないが、僕がいっときの安らぎを求め、その一件を起こし、結果、僕の周りは少しずつ悪い方向から僕にとって良い方向へと変化を見せていった。
その一件の後、彼から仲間を紹介され行動をともにしていくうちに、悪い方向の原因がなくなった際、ある女優を無償で連れてきてくれるほどの仲になれた。
それからも様々な出来事があったが、彼や仲間達とともに動き、助けられ、狭い世界の中で安らぎのある日常を過ごせた。
皆の友であった図書係が自殺したことを知ったときには、彼の感情の曇りを初めて表情として捉えることができたようにも感じたが、しばらくすると自分の中で区切りでもつけたのだろう、いつもの穏やかな彼がそこにはいた。
彼は此処での事が自分の全てであって、広い世界は興味もなく、記憶のない海など恐ろしくて見たくもないと語った。
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僕が彼とのことに想いを馳せている今、彼は何をしているのだろうか。新しい仲間と談笑か、様変わりした世界を散歩、いや、案外トイレに行く許可を態々求めているかもしれない。
少なくとも皆の友、図書係と同じ道へ進もうとしていなければいいのだが。
僕もそろそろ広い世界に向かいって行くべきかもしれない。やりたいことがあるんだ。
贖罪は済ませた。後は自分が奮い立つのみ。
そして彼に会いに行き、こう問いかける。
「調達屋だそうだね。」
「そう言われてる、ご入用か?」
「調達屋。」
「・・・・・・」
「ムリか?」
「すぐにでも。」
「すぐに?」
「面識ならあるんでね、必ず調達する。」
「ありがとう。」
「それで?調達屋は何をすればいい?」
「前に話しただろ?僕の希望。」
「ジワタネホ、、、」
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これからの僕たちの道筋は此処には記さないでおこう。
『僕らの心は石でできてるわけじゃない、心の中には何かある。誰にも奪えない何かが。』
その答えはもう記した。なら、僕たちの道筋は心に秘めておくべきだろう。
そう思わないか?