「しかし、マフィア界においては強欲と力こそが絶対的正義。
さすがにこれは私がいなくなった後のことだろうが、ジョット君と
私がいればきっと、いや確実に、こんなことにはなっていない。
唇を噛んだ時、視界の隅に動くものを捉えた。
あれは、シモンの水野君。
「強いボンゴレのために必要なものは私が全て用意し、ボンゴレ弱体化への恐れのあるものは私が全て潰してきました。───喩え
「!! ま…まさかシモン=コザァートを罠にハメたのって!!」
「シモンファミリーの能力は当時から注目に値する危険なものだった。更にシモン=コザァートは軟弱な思想を
「貴様が…初代シモンを!!」
あの感じだと、
それはそれとして、どうするべきか。向こう岸に降ろしてきた彼とかち合われると困るが、その可能性も低い。
と、アーデルハイトさんが血相を変えて叫んだ。
「ジュリーを!! ジュリーを何処へやった!!」
「ヌフフフ、私の中に僅かに残りクズがあるかもしれません」
「貴様ぁ!!」
…アーデルハイトさんの、あの反応。
もしかしなくても彼女と加藤君は、そういった仲だったのだろう。
少しだけ自分に重ねてしまった、その直後。
水野君が、動いた。
「許さねえ!!」
左腕に装着したドリルのようなものが
「よくもオレ達を騙しやがって! よくも紅葉を、らうじを…しとぴっちゃんを…アーデルを…」
「盗み聞きとは感心しませんねえ……山本武を瀕死に追いやる以外にも、お前にはまだ使い道があったというのに」
「!! 山本をやったのって!!」
「こいつだったのか!!」
沢田君と獄寺君の言葉に、水野君は一瞬顔を青褪めさせて、それでも
よかったですね、山本君。裏切ったとは言え…友達だと思ってたのは、君だけじゃなかったみたいですよ。
情報は行き渡った。
沢田君達も十二分に現状を、全ての元凶が誰かを理解しただろう。
潮時か、と思っていると、見覚えのある予備動作。
私も修業で模擬戦をするとよくやられた手。
(水野君と位置を入れ替える気ですか…!!)
対岸に視線を向けるが、合図はない。
だがもう猶予がない、察知して合わせてくれることを祈るしかない。
「ティア!」
呼び出した相棒が、遠吠えを合図に氷でスロープを創り出す。
滑るも同然に駆け下り、ブーツの踵で急制動を掛けることで川の浅瀬に着地。
無理な動きであることは承知の上で、即座に全身をばねのようにして跳躍。
そして降り落ちる水滴に紛れて水野君の左肩の装甲に氷を這わせ、それを遠隔で操作することで川岸の、
「なんっ…!?」
「その心意気には敬意を表しましょう、水野君。ですが、君では彼に敵わない」
加藤君という器との相性があまりよくはないために私が知るより弱体化しているようだが、それでも水野君程度片手であしらえる。
続けて先んじて森の中へ降ろしていた山本君が、私が動いたことに気付いて飛び出してきた。
即座にクロームちゃんが待機する方へと飛び
「や…山本ォ!? レイちゃんも!」
「済まねえツナ! 出遅れちまった!!」
「遅参の咎は、彼を連れてきたことで帳消しにしてもらいたく思います」
遅参組二人、揃って視線だけを沢田君の方へ向け、言う。
…水が跳ねて、よかった。
目尻の雫も、それに紛れて目立たない。
ふと、そんなことを思った。
こんなこと、思う訳にはいかないのに。
一度二度と軽く頭を振って、水滴を振り落とす。
同時に感傷も封じる。全部終わるまで、“いつも通り”でいるために。
「大丈夫か、カオル!!」
そんな私の隣、山本君は水野君に声を掛けていた。
彼をぶん投げたのは私なので、彼が怪我をしていたらそれは私のせいだ。尤も、上手く投げられたようで怪我はなさそうだが。
「な、何故だ!? 何故助けた!? オレは山本を、お前を殺そうと…!!」
「何言ってんだよ───本当に困ってる時に助けてやれるからこそ、友達なんじゃねーか」
山本君の言葉に目を細め、私も続く。
「こんなことになった責任は、私にもあります。───その、罪滅ぼしです」
「は…?」
「え?」
シモンが継承式襲撃を企てていると、そう気付けなかったことじゃない。
もっと深いところ。
この事態の、そもそもの原因。
それを防げなかった、罪滅ぼし。
疑問の声には微笑みだけ返して、まっすぐに前を見る。
懐かしい、家族の一人を。
この後に及んで丸腰の私に山本君が焦ったような目を向けてくるが、片手で制した。
今だけは、何も持たずに向き合うと決めているんだ。
武器で語らうことだってできると、わかっているけれど。
ただ見つめ合う。
前より目線が合い易いのは、私の身長が伸びたからか。
「…百五十年振り、なのは私だけですかね」
「ええ。私にとっては、一年足らずです」
どんな状況であったとしても、再会が叶ったのならば笑顔でと、そう決めていたから。
「やはり、行方が知れなくなった時には君の時は止まってしまっていたのですね。道理で見つからないはずです」
「…ええ。不要な手間をお掛けしたこと、申し訳なく思います」
「……手間など、掛けられた覚えはありませんよ」
表情を歪めた
かつての当然が今も続いていることに、
そこで、横槍が入った。
「おいレイ!! そいつは
「知っていますよ、獄寺君」
背後からの声に振り返らず、短くそう返す。
だって私は、彼の
家族の時間に水を差した獄寺君を一度睨めつけ、
「…そのチョーカー、もしやアラウディの手錠を使ったのですか」
「ええ。リングだってアラウディ君からの贈り物なのですから、彼が遺した物で変えるのは道理でしょう」
君とアラウディ君が犬猿の仲なのは知っていますけど、何もそんなに嫌がることないじゃないですか。
「似合っていませんか?」
「この上なく似合っています、だからこそ嫌なんです」
「何ですかそれ」
抑えきれない苛立ちを発散させるかのように、ヒュル、と昔からの愛用の武器である大鎌で一度空気を斬った
「レイ、そこを退きなさい」
「お断りします、
「意味がわかりませんでしたか?
「その程度わかります。
「退きなさい」
「嫌です」
しばしの睨み合い。先に目を逸らしたのは、
「…その頑固さは誰に似たんでしょうねえ」
「君も含めて頑固な奴しかいないので、誰に似たとかいう問題ではない気がします。敢えて答えを出すのなら、君達みんなに似たのでしょう」
「ヌフフ、違いありません」
自分でも場違いだと思うような会話に、スカートの厚い生地を握り締める。
こんなものはさっさと打ち切らなければいけないとわかっているのに、いつまでも続けたい。
そして幸か不幸か、そう思っているのは私だけではないようで。
「…コザァートの件、どう考えたのです? 君は、私達程ではありませんが彼にも懐いていたでしょう」
大好きな大空がその友人を裏切ったのだと、継承式で糾弾された時。
それが仕組まれたものだと、
だって、我が王が友を見捨てるなんて、するはずがないから。
だって私は、既にそれを───その可能性を、予測していたから。
「その件に関しては、大丈夫だと思っていましたよ」
私は、災禍の胤を芽吹く以前に踏み潰すことができなかった。
あの大切な場所が壊れてしまう未来を、自ら招くことだけはできなかった。
でも、だからこそやったことがある。
幾重にも張り巡らした予防策。
全て意味を成さなくて、取り零してしまった時の次善策。
全部、残してきた。
もし私がいなくても、私の大切なものが失われることがないように。
みんなのことを信じて、残してきた。
だから、笑って言う。
「だってみんな、私の信頼を裏切ったことなんて、一度だってないじゃないですか」
信じている。
根拠も何もないけれど、信じている。
だって、私の家族だから。
だから、大丈夫。
そして私のファミリーは、その信頼に応えてくれるひと達だった。
その信頼だけは、何が何でも裏切ってくれないひと達だった。
勿論、今目の前にいる霧だって。
「ッ───」
何か言いたげな
紡ぐのは妹から兄への、宣戦布告。私と彼の立場を明確にするための儀式。
何故、天秤を傾けたのかを、示すための言葉。
「ただ、
ただ、君と共に過ごした日々を否定しないために───
首筋を飾る、私の
形が変われど、それが私が彼らの雪である証だという事実は変わらない。
ホワイトオパールを撫でて、ティアに一つ頷き───告げる。
「ユースティティア、
ガントレットとグリーブ、そしてフォールズだけの軽鎧が氷を以て形を成し、交差する剣帯のソードホルダーにそれぞれ双剣が収まった。
左腰に提げた
氷の刃の切っ先が狙うのは、兄と慕う男の首。
私の意志が固いことを悟ったのだろう
「……誇りを懸けるのが、ルールだそうです。レイ、君の誇りはなんですか?」
瞬きを、一つ。
脳裏に蘇る光景。
耳の奥で響く懐かしい声。
初恋の人の膝の上、少しだけ飲ませてもらったコーヒーの苦い味。
あの日に彼はいなかったなと、それなら知りようがないなと、そう考える傍ら、口を開いて言葉を紡ぐ。
「…我らが大空に曰く、誇りとは即ち譲れないもの、だそうです」
どうしてそういう話になったのか。そんなことは、もう覚えていない。
他愛もない、日常的な非日常の中の、穏やかな一幕。
けれど、どうしてか忘れられなかったもの。
シャツワンピースの襟に指を入れ、勢いよく引き出した懐中時計が、輝きながら宙に弧を描く。
その表面に刻まれるのはボンゴレの紋章。
最早隠す必要もなくなった、私が誰であるかを何より雄弁に語るもの。
「それなら、答えなんて決まりきっています。
ボンゴレ
それ以上に譲れないことなど、私は───レイ・オルテンシア・イヴは知り得ないのだから」
あの日私の目を焼いた灯火に、背を向けられなかった。
だからこそ積み上げた、『
それが、私の絶対唯一の誇り。
レイ・オルテンシア・イヴの、譲れないもの。
・雪
やっと、その本来の在り方を告げた。友達や兄弟ファミリーの面々からの視線が痛い。
敬語も、それに混じる若干失礼な物言いも、
・霧
やっぱり来ますよね。それでこそ私達の雪です。それはそれとして某浮雲からの視線が痛い。
・雲
雪にはできれば今すぐ帰って欲しい。
うっかりかつての大空の言葉をそのまま口に出すという凡ミスを犯していた。某家庭教師からの視線が痛い。