世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。(ハーメルン版) 作:水羽希
「いらっしゃいませー! ……あっ、亜里沙さん! こんにちは~」
「こんにちは、今日もよろしくお願いします!」
亜里沙がそう言うとニコニコとお出迎えしてくれた店員さんの元へと駆け寄っていく。二人とも表情に明かりが見えており、俺のことはそっちのけで仲良く談笑し始めた。
内容は使っている化粧品の話とかお店の売り上げとかなどの普遍的な世間話。耳が他人よりもいいことが自慢の俺にとってはほとんどの会話は丸聞こえだった。この様子だと女子トークは長引きそうだな。
そう思いながら二人で楽しく会話に花を咲かせる彼女らを見つめる。変わらず話し続ける二人だったので適当に店の中でも観察でもすることにした。
まず、目に入った……というか鼻に入ったのは店全体に漂う独特ないい匂いだった。香水とかその辺に疎い俺にはこの匂いが何なのかは分からないけど、とにかく嗅いでいて気を悪くするようなものではなかった。むしろいい。
男にとっては馴染みのない感じだが、まあ、女性向きの店にはとても似合っている花のある匂いだ。花のある……そう、もちろんこの空気の中では商品も可愛らしさ満点のものばかりだった。
先ほどの店の外からは見えにくくかったけどここでは服の種類もよく分かる。基本的にさっき予想した通り若い子向けの服が多いというのはあっていたが、ここで見るとそのほとんどが可愛い系のモノ。
つまり、女性向けと言ってもどちらかというとリボンなどの装飾が豪華なキュートな服。中にはゴスロリといっても差し付けないようなものまであった。亜里沙の趣向の傾向からしてこの店の常連だということは腑に落ちた。あいつ可愛いのとかに目がないし。
そんなことを思い出しながら話し込んでいる亜里沙にちらりと目を向け、視線を外して今度は店の右手にある附属している美容室に目をやる。
カラフルな装飾に施されたそこには椅子に座るお客さんとハサミを片手に散髪をする女性スタッフという光景があった。サービスを受けている子ははほとんど十代や二十代の女の子がばかりで美容師さんも若い女性しかいなかった。
――はぇー、マジで本当に若い女性向けの店なんだな。店側もそれを意識して経営してるみたいだが……うん、えっと、その、別にそれはいいんだ。あの……亜里沙のヤツは本気でこの店のサービスを俺に受けさせる気なのか? 男の俺にこんなものを……
ふと、目の前にある店の中央に設置してあるマネキンに目を向ける。とても可愛らしいゴスロリチックな洋服を着てひらひらなスカートを履いている。脳内で自分がこんなものを着ていることを想像すると――うわぁ……なんか嫌だなぁ。
寒気にも似た感覚が俺のことを襲い掛かってくる。しかし、現実は何も変わらない。現に店員さんと亜里沙が会話を終えてこちらまでニコニコとしながら歩いてきていた。
……仕方ないな。と、ここまで来て逃げも隠れもできない俺は「ん、うーん」と、うめき声に似た声を出して自然と彼女たちに対して身構える。強力なボスを前にした勇者みたいな気分だ。
「ふふ、初めまして! ノアちゃんで会ってる?」
「あ、はい、よろしくお願いします……」
「こちらこそよろしくお願いね。私は今回ノアちゃんを担当する坂橋です!」
彼女――坂橋さんはそう言うと胸元に付いている名札を指さす。そこにはちゃんと彼女の名前が書かれていて偽りないということが分かる。それにしても“担当”ねぇ……
一つの単語が耳に引っかかる。こういう服屋とかでは聞かない言葉だったので余計に気になる。客個人にスタッフを付けるってどういうこと? これは単にこのお店だけが特殊なのか、それとも今時は普通なのかどうなのか……分からんな。
思わず首を傾げてしまいたくなる。いったいどうなるのか? ――と、エプロンドレス姿の坂橋さんを見つめる。ジッと見つめられて不思議に思ったのか彼女はポカンとした表情を浮かべた。
「……どうしたの?」
「あ、いえ、担当ってどういうことかと思いまして」
「――あ、そのこと? 亜里沙さん教えてなかったの?」
「ええ、受けてからのお楽しみってことで……」
「ははっ、そういうことかぁ! なら、百聞は一見に如かず! さっそくやってみようか!!」
彼女はそう言うとお店の奥に向かって歩き出す。何が何だか分からず俺と亜里沙もそれに釣られてついていく。さっきニタニタとしていた亜里沙のことも気になるけど、そんなこと考える暇もなく何かが始まってしまった。
洋服コーナーを過ぎて美容室を過ぎて……しばらく歩いていると坂橋さんが不意に――……
「じゃあ、まずは下着から決めますよ」
「――へ?」
唐突にそんなことを言われて間抜けな声を漏らしてしまう。てっきり洋服でも着せられると思ったが……なんで下着? 亜里沙の顔を助けを求めるように見るが「ぷぷぷ」と変な笑い声を出していた。なんだよこいつ。
馬鹿にしたような笑みを浮かべている彼女を睨みつけていると目的地に着いてしまった。つい昨日まで男だった俺にとってやはり女性の下着屋に入るということはそれなりに抵抗が出る。
――なんだろう、禁忌を犯してしまったようないけないことをしてる感じだ。そもそも男の俺はこんな店に入ったことすらダメだったのでは? 現代では通販とかで買うのがベストだったのでは?
――……今更そんなことを考えるがもう遅い。すでに目の前には女の子用の下着がたくさん目に映る。
しかし、これらが普通なら良かったんだけど下着のデザインがいろいろとすごいっていうか見てるこっちが恥ずかしくなるっていうか……流石はこのキュートに全振りしてる店が売り出しているモノだと納得してしまう。
その並んでいるモノすべてが可愛らしいデザインでほとんどが異性を魅了するかのような際どいものが多かった。もはや可愛らしさに振り切れすぎていかがわしいレベル。
――なんで人に見られないような下着にそこまでお洒落を求めるのか。いまいちピンとこない。俺は今からこんなのを着るのか……と、そんな圧巻な景色を一望していると坂橋さんが淡々とした声で話しかけてきた。
「今回は全身コーディネート学割プランということで、下着とお洋服と靴、美容室付きの豪華なプランです。この坂橋がノアちゃんにとっても似合う服を厳選させていただき、可愛らしく着飾って差し上げます!」
「あ、あー、べ、別に下着はいいですよ! てきとーな服と散髪ぐらいで――」
「ダメですよノアさん! せっかく見た目がいいのに!」
「そうですよー、こんなきれいな金髪持ってるのに! 女の子は下着からお洒落しないと」
断ろうとしたが――ぐぬぅ、二人の圧が凄い……どうやら逃げれそうにない。言っても無駄だろうから抵抗はせずにさりげなく健全なものを選ばれるように立ちまわった方が良さそうだ。そんな無難なモノがここにあればいいけど。
下着コーナーに入って背徳感が襲い掛かってくるなか、不安がこもった目で売られているモノを見る。なんか蝶がらのやべーやつ。紐みたいなやべーやつ。まともだと思ったけど派手でやべーやつ。んー、無さそうだな! あーちくしょうめ!
心の叫び虚しく俺は流されるかのようにさらにさらにと下着のジャングルへと連れていかれる。進むたびに派手になっていく商品を目にするたびに勝負下着でも買いに来たのかと錯覚してしまうかのような心境。心なしか子供になった俺にこんなモノを着せようかとする彼女ら二人が悪魔のように見えた。
無論、俺がなんと言おうと悪魔の談笑は続く――
「ねぇー、坂橋さん? これとか似合いそーじゃない?」
「んー、ノアちゃんは外人さんのハーフらしく脚がすらっとしてるからもっとぴっちりくるヤツとか似合うと思うよ?」
「……んー、じゃあこれ?」
「あ、そうそう、でも、もうちょっと布面積が少なくてもいいかも。なるべくスタイルは協調させていきたいですから――最悪、Tバックみたいのでも……」
「……!?」
とんでもない単語が聞こえてくる。流石にこのまま黙っていたら不味い。なんとかして干渉しないと……!
「あ、ああ! 自分、こういうの着てみたいです!! どうですかっ!?」
二人の間に割り込むようにして必死に突撃していく。もちろん選んだのはその場しのぎの適当なモノ。白色で派手だけどブラ、パンツともに布面積諸々まだ許容範囲。こいつらが選んだとんでも品みたいなやつよりは百倍マシだ。
俺は彼女らに選んだモノを渡すと坂橋さんがそれをまじまじと見つめる。
「……ノアちゃん、なんでこれがいいの?」
「えっと、ほら、自分って胸とかは小さいし子供っぽいからまだそんなに派手なのは――」
「そんなことないよ。ノアちゃんはたぶんこれからどんどんスタイル良くなっていくと思うよ? 目視だけど脚は長くてポテンシャルはばっちりだし、現時点での体系でもちょっと大人っぽいヤツを選んだら同年代の子より数段は映えると思うけど」
「で、でも、ほら、学校であんまりは、派手なのは着れな――」
「大丈夫、学校のは別のに買いますから! 普段は派手でも大丈夫ですよ!」
「あ、亜里沙っ! お、おまっ!」
せっかくいい言い訳を考えたのに馬鹿な後輩のせいで――くそっ! あとで覚えてろよ……! 昼飯はこいつの嫌いなセロリを食わせてやる。
心の中で復習を誓うが唯一の突破口を潰されてしまいどうにもならない。現に坂橋さんは満足そうな顔をするとそこら辺にあった下着をどんどんと手に取っていく。
「ふふっ、だったら何着か選びますね。悪いようにはしませんよ?」
「――あんまり恥ずかしいのはやめてください……ね?」
俺がそう言うと坂橋さんはスマイルを崩さずに紐みたいな何かをを持っていたかごに躊躇なく入れた。