世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。(ハーメルン版) 作:水羽希
うん、女になったから仕事休めるな!
よく晴れた朝。ベットのすぐとなりにある窓からほわほわとした暖かな日差しがカーテン隙間から漏れ出ている。
微睡の常闇を払うかのように照らすその光は、俺を夢から現実に引き戻すかのように眠気を消し去っていく。もう、朝なのか……
顔全体に太陽の熱を感じてまだ眠気の重さが残った目蓋をゆっくりと開く。朝日に照らされた薄暗い部屋の天井。静かで霧みたいな灰色の景色。
この季節にしては冷たくてしっとりとした空気が漂っていて、思わず鼻から下の顔の半分を布団の中に隠してしまう。ぽかぽかとした自分の温もりが感じられて気持ちいい。
ほわーっと思わず再び目を閉じて一抹の余韻に浸る。ほら、目覚めの良い朝のこのかすかな眠気と布団の温かみって一つの幸せみたいなものだろ? このまま二度寝してしまいたい……
目蓋の上から貫通してくる光を鬱陶しくも思いつつ穏やかな呼吸を続ける。昨日はバリトン歌唱の独唱とかの練習で疲れたからなぁ。もうちょっとぐらい寝てもいいよね。
勝手な言い訳を考えて体の上からズレかけている布団の位置を整えると、すぅーすぅーと女の子みたいな柔らかい寝息を続ける。
呼吸をするたびに胸が波打つかのように上下する。ただ無音の部屋に柔い俺の呼吸する音が響く。細くて艶麗な高いソプラノの音。
「んん」漏れ出す唸り声もなんだか妙に女らしい色っぽい声だった。
んー? なんか今日の俺、妙に色っぽいな。声、壊した?
「――……んん…………ん?」
なに? なんだこの変な感じ。声が変って……いうか高い? いや、裏声とかそんなんじゃないくて……ナチュラルに地声が……って――えっ?
あまりにも不思議に思って「あーあー」声を出しながら響く胸に手を当てたところ、声だけじゃなくて体に変化が起きていたことに気づく。
――ふにっと柔らかな感触が手から……触ると弾力を持つ膨らみが二つ。服越しでも感じれる男にはないはずのアレがある。
えっと、これってつまるところおっ――ってはああああああ?
バサッとロケットのように体を起こして布団を跳ねのけた。空気は一瞬のうちに青から赤色と移り変わり冷たいとか温かいとかはもうどうでもよかった。
――え、えぇ? な、なにこれ……!?
おそるおそる視線を下ろすと、真っ白なシーツの上には自分の変わり果てた太ももから膝にかけての脚が映った。背丈が合わずにぶかぶかになっており、つま先まですっぽりと隠れてしまっている。
しかし、そんなサイズが合わなくなったぶかぶかの服の上からでも分かるほど体の変化は劇的なモノだった。脚の全体は完全に女の子っぽく丸くて綺麗なふっくらとした曲線を描いている。
男のあのゴツゴツとした足の形は完全に消え去っていた。
上半身は言わずもがな服はぶかぶかになっているが、胸は先ほどの通りに膨らみを持っておりパジャマの布越しに小さいながらもその膨らみを強調していた。
裾から出ている小さな手、はだけて襟首から露出している綺麗な鎖骨のライン。現実を受け止められずに口から漏れ出る「あわわ」と言語になっていない少女の声。
どれもこの現実が俺が女になったと訴えるには充分な証拠を持っていた。
でも、こんなことすぐに受け止めることなんてできるだろうか?
「えっと、ゆ、夢でも見てるの……?」
そんな非現実的なことに対する定番なセリフを吐いて見せる。
だって、まったくの意味不明だもの。何を言っているのか分からないと思うが文字通りに眠りから覚めたら女になってた。こんなのいくら優秀な科学者でも分からない現象だろう。
いったい、どうなって……? うわっ、髪の毛も長くなってる……!
長い髪の毛がチラチラと視界に入るとやっとのことで気づく。綺麗な輝くような金髪の色がそこにはあった。光を反射して宝石のように光を放っている。
金髪で肌も真っ白だぁ……もともとハーフで半分白人だから肌も白いし金髪だったけど前の時とはレベルが違う。
本当に白いし髪も綺麗なんだ。これは女になってしまったせいなんだろうか?
手を首筋にやると長い金髪の毛に触れる。試しに手に取ってみるが明らかに男の時の何倍もの長さがあり、とてもさらさらとしていて触り心地がいい。
次に頬っぺたを触るとすべすべで成人男性の触り心地ではなかった。まさに少女のきめ細やかな若々しい肌触り。その触っている手も細くて小さくて簡単に折れてしまいそうな見た目だ。
「あー! えっと、おはよう?」
自分の声を試しに出してみる――うん、なんて可愛らしい声。まるで声優さんだ。鈴の鳴るような凛とした綺麗な声音。なんて可愛らしい声。
あの長年磨き上げたバリトン歌手としての響きも跡形も何もない。わははは、完全な女の子だー!
おかしなテンションになって腕を天井に伸ばして拳を突き上げる。ぶかぶかになった袖口から細くてきめ細やかな綺麗な腕が顔を出す。ムダ毛一切ない女性から嫉妬されそうな珠のような肌。
完全に俺は金髪美少女に仕上がってしまっていたのだ。
――はは、ははは……うむ、めっちゃ困る!! これでは困る! 今日はベルリンに戻る予定だったのに仕事ができない。非常に困った……! どうしようか……
腕を組んで「う~む」と低い声で唸り声を上げる。それすらも高くてあの時の低くて太い声はもう出せそうにない。ふむふむと可愛い声でしかめっ面を浮かべて腕を組んでいる少女――そんな姿を想像するとどうにかなってしまいそうだ。
それに残念ながらどうやらバリトン歌手生命は完全に絶たれたようだ。こんなんじゃあテノールすらできそうにない。てか、そんなレベルじゃない。
――もう女性歌手になるしかない。そもそも性別がもう違し。じゃあ、これから天才ソプラノ歌手を目指して再び世界へ――
「……んな訳ないだろ」
自虐的なノリツッコミを入れる。今からやるにしても大変だし、そもそもそんなことやっている場合じゃない。いったい、どうしたらいいものか……?
うむ、まあ、何はともあれとりあえずこのことは報告しないとな。
思い立ったのが吉。ベットから這い出てカーペットが敷いてある床に足を付ける。
――ズズズ……パサッ!
すると、自分のパジャマのズボンとパンツが脱げて「あっ……」と間の抜けた声を漏らす。
眼前には相棒が消えうせた股間やすべすべの太ももが露わとなり、頭の中には女の子がやってはいけない格好している自分が脳内スクリーンに映し出される。あまりにもの痴態。
――自分のとはいえ異性の下半身はそこそこ堪えるな……あんまり見ないようにしよう。ここでジッと見つめたままだとなんか変態っぽいし。いけなさそうだしな。
本来ならば童貞では生ではなかなか目にできない聖域を目撃した俺は視線を逸らして散らかった部屋の中を進む。
紙や楽譜が散乱している床を歩き机の上に置いてあった充電していたスマホに手を伸ばす。
大きくなったように感じるスマホを手に取り、SNSを使って俺の秘書的な存在のアシスタントに
『緊急事態、女になったから仕事無理かも!!(ごめんなさいをしてるスタンプ)』
……を送っておく。アイツならきっと分かってくれるだろう――……あ、そうだ。適当に証拠となる自撮りでも付随させておくか。
そう思い立った俺はカメラを起動させた――