世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。(ハーメルン版) 作:水羽希
長い黒い髪を一つ縛りにして肩に掛けている大人の女性。
彼女はメガネを掛けていてインテリで清楚な見た目をしている。真っ黒なその瞳はレンズ越しに変わり果てた俺に対して驚きの視線を送ってくる。
まあ、確かに信じられないことなのは分かるが、第一反応がこれじゃあこの先不安になる。
正直、なんて言えばいいのか分からないが、かるーくあまり刺激しないように話しかけてみる。
「あー、えー、えっと、まず、あんまり大きな声出すなよ? となりの部屋に迷惑だろ?」
「そそそそんなの……ああありえる……わ、わけ……」
突然、現れた彼女は口をあんぐりと開けてガタガタと震えている。うん、ダメだこりゃ……全然、聞いてないな。まさか、ここまで動揺するとは。
「ん? おーい? 聞いてるか~?」
「あ、あはは、ははは! ……そうだわ。これは夢よ……ノアさんがこ、こんな女の子な訳ないわ……何かの間違いよ……ははっ!」
「お、おい、本当に大丈夫かお前?」
「ふふははは――お嬢ちゃん、ここはノアさんの部屋よ? そんな格好で入ったらいけないことなのよ?」
「ひ、否定はできないけど、もうちょっとこうさ? 話を聞いてな?」
「あーもう、ノアさんったらどうしてこんな子を……見たところ貴女も外人っぽいから知り合いだったりする?」
「知り合いっていうか本人なんだけど……」
「でも、ノアさんにこんな子供の知り合いが居るなんて聞いたことないわ。まさか、まったくの部外者とか? まっ、直接聞けば解決するか!」
俺の言葉にいっさい耳を傾けずに自分の中だけで話を広げていく。
なるほどな。完全に女の子扱いして現実から目を背けるらしいなこの馬鹿垂れは。残念なことにコイツが信じてくれないとなるとほぼ詰み。
そりゃ、確かににわかには信じられないことなんだろうけど。こんな現実逃避のやり方をされたらどうしたらいいのか分からん。
と、とにかく、説得しないことには何も始まらない。多少強引になろうが背に腹は代えられない。このアホなんとかする……!
手に持っていたジャージにギュッと力を込めて握り締めると、胸や股間など最低限のところを服で隠して彼女に近づく。
カーペットと俺の足が擦れる音と歩みを進める足踏みの音だけが部屋だけに響く。
彼女はそんな接近してくる裸の少女に対して目を丸くする。
「な、なに? て、てか、そのジャージはノアさんの!? あ、貴女! もしかして全裸泥棒なの!?」
「んな訳ないだろ。てか、なんなんだよその新しい泥棒……家入る前に通報されるわ!」
「通報……? あっ! そうだわ! 変な人を見かけたら通報! 小学生でも分かる常識じゃない――」
「――ッ!! お、お前!!」
余計なこと言うんじゃなかった。ちくしょう……!
彼女は裸でうろつく俺を見かねてバッグからスマートフォンを取り出した。ここで通報されたらすっげー面倒くさいことになる。絶対止めないと……!
駆け足気味で部屋を走り、彼女の側まで接近する。そのスマホをよこせ!! ――と、手を伸ばして彼女の握っているスマホに触れようとしたが……
「な、何よ!? 変態ちゃんは大人しくしてなさい!」
と、いってスマホを持っていた手を高いところまで上げられて俺がいくら頑張ろうが、身長的な意味で届かない位置まで上げられてしまった。
なんでこんなに聞き分けがないんだよコイツ! ちょっとでも信じた俺がバカだった。もっと、考えて連絡すればよかった。
――しかも、くそぉ、こんな子供の体じゃあアイツの手にも届かないし――ああ、もうっ!
「ほらっ! 貸せっ!!」
あとがなくなった俺は持っていたジャージを床に放り投げて万歳の体勢になって両手を空に伸ばしたままぴょんぴょんと飛ぶ。
もの凄い滑稽でシュールな絵ずらだがこうでもしないとアイツからスマホを奪えない。こうしているうちにも警察の音がどんどんと聞こえてくる気がした。
「もう、しつこいわね。警察に引き渡した後はちゃんと反省しなさい? あと、きっちりと親御さんには教育しなおして貰わないと」
「――もうっ!! だから、俺がノアだって言ってるだろ!? なんで信じてくれないんだよ!!」
「は? ノアさんがこんなちんちくりんな生意気なガキの訳ないでしょ? だいたい、ノアさんは男。あんたみたいなしょぼいおっぱいもついてないし、股間には立派なモノがあるわ。現実を見なさい」
「しょぼいとかいうな! 子供の体だから仕方ないだろっ!」
「はーい! ノアさんは大人でーす! やっぱり、まったくの他人――」
「だーかーら! 子供の女の体になったんだって!!」
「そんなこと現実に起きるわけないでしょ? 本当におかしな子ね」
「……っ! ふふ、その言葉。お前にそっくりそのまま返すぜ――そこまで言うのなら俺とお前しか知らないお前の黒歴史ストーリーをここで言おうか?」
「な、なによそれ? 適当なことは言わないことね。ノアさんと私は元恋人関係よ? あんたみたいなどこかも分からない馬の骨の女の子供がそんなこと――」
「初デートの時に行ったドイツでお前がスケジュール間違えて
「ッ!? な、なんでそのこと知ってるのよ!?」
「高校時代にバレンタインのチョコを俺じゃなくてまったく関係のない人に渡して相手が勘違いして大騒動になったこと」
「あああああっ! やめて!! これ以上は言わないで! あれは不可抗力だったの! 数学の宿題で夜更かして寝坊しててどうしても頭が回らなくて……」
「そういう理由だったのか? つーか、お前って他の教科は凄いのに本当に数学ダメだよな? 二年の時に後輩から数学教えてもらってたのは流石にビビったぞ?」
「だってぇ、愛ちゃん頭良いし……数列とか意味が分からないし――……はっ! いけないいけない!! 危うく流されるとこだった! の、ノアさんのフリして騙そうとしても無駄よ!」
「ん? そうか、じゃあ――中学時代の演劇中に主役のヒロインなのに大事なところでセリフを間違えて、保護者たちや他の生徒から爆笑を買って、しかもその内容がとんでもない卑猥な読み間違え――」
「ああああっ! 分かった!! 分かったわよ!! 貴女がノアさんって認めるから!! もうやめてー!」
「サイコーに面白かったよなアレ。感動の王子との再会シーンで読み間違えでお――」
「ダメダメダメダメダメダメダメッ! 言わないで! 死んじゃう!! 本当にやめて!」
顔を真っ赤にしてギブアップ宣言をする彼女。流石に時が経って大人になろうが史上最大の黒歴史の記憶は薄れてないらしい。涙目になるぐらいに効いたみたいだ。
――ふう、流石に可哀そうだからもうやめておくか。コイツは見ての通り抜けてるところが多いから掘り出そうと思えばいくらでも出てくるが、もうこれ以上は過剰だろう。
「うっ……うっ……ノアさん酷い。アレは言わないって付き合う時の約束だったのに」
「ご、ごめん。流石に掘り起こし過ぎだかな……?」
思った以上によっぽど効いたのか胸を押さえて身悶えている。警察に連絡する気は失せたのかスマホの画面はスリープモードになって暗くなっていた。
――あー、危ないところだった! こんな二十を超えた歳で補導されるとか考えたくもない。
にしても、コイツの昔話は懐かしいな。今度、二人で思い出話でもするのもいいかもな、っと……こんな格好もずっとはしてられないな。
ゾクゾクと身体に寒気を覚えた俺はしゃがみこむと床に散らばっていたジャージを拾い上げて袖を通した。流石にこのままずっと裸でいたら変態なのは否定できなくなるからな。
スースーと肌と布が擦れる音が部屋に鳴り響く。
直に肌の上からジャージを羽織り、少し大きめなズボンを穿く――と、同時にとあることを思い出す。
――あっ、パンツない。どうしよ……?
無論、男として生きてきた人間が女物の下着を持っている方がおかしいのでこれは当然。でも、何も着ないというのは流石に……と思うがないモノは仕方がない。
「……はぁ、まさかのこの体でノーパンかぁ」
目を閉じてあまり気にしないようにしてズボンを直接穿いた。下着を着てないから変な感覚になりつつも無事に着替え終えた。
んー。ズボンの長さとか袖口が垂れるのでピッタリではないか。まっ、ズボンがさっきみたいにズレ落ちないだけマシだろう。
さてと、これで最低限人間として格好はできたか。これから先はどうしていこうか。
たくさんやらないといけないことが山積みだけど、まー、とりあえず、あの撃沈した元カノ――