世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。(ハーメルン版)   作:水羽希

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序曲の終わりに

 

「お、おーい、亜里沙? 大丈夫か~?」

「…………」

 

 物腰柔らかな少女の声でそっと元カノそう尋ねてみるが何の反応もなかった。まるで彼女の周りだけ夜のように鬱蒼としていた。

 

 あーどうしたものか……と、ぶかぶかなジャージに身を包んだ俺は、そんな彼女の下へと歩み寄るとそのまま床にペタリと膝を付ける。

 

 細い首を動かしてしゃがみ込んでいる亜里沙の顔を覗く。

 

 子供っぽい体系になってしまった俺は亜里沙よりも小柄であり、さっきも思ったけどこうして側まで寄ってみると男の時とは違って自分よりも大きな亜里沙というのはなんだか変にも思えた。

 

 ――まあ、今はそんな感想を言っている時じゃないんだけどな。肝心のコイツは黒歴史アタックが相当効いてしまっていたらしく、完全にノックアウトしてしまっているし。下手したら俺たちの仲が危うい。

 

 よく分からないようなことをブツブツと何かを呪文のように呟いて顔を黒く暗くしている様子は元カレとしては心配せずにはいられない姿だ。

 

 自分が蒔いたことだとはいえ元気に戻って欲しい。

 

「ん、おーい、おーい、さっきのは謝るから顔上げてくれないか?」

「…………」

 

 まるで胸をナイフで刺されたかのように「うっ……うっ」とうめき声みたいのを出して、両手で胸を痛々しく抑え込んでいるのを見ていると申し訳なかった気持ちになる。

 

 ――んー、やり過ぎたかな? でも、頑なに信じようとしなかったコイツにも非がある。しかし、この子メンタルが弱すぎやしないか?

 

「むぅ、困ったなぁ……」

 

 お地蔵さんのように固まってしまった亜里沙。この先どうすればよく分からなくなって、髪をくしゃくしゃと掻きむしって悩んでいると――

 

「……うぅ……うう、寿命が三年ほど縮んだ気分……」

「おっ、やっと口を開いてくれた! もう大丈夫なのか?」

 

「え、えぇ、なんとか……正直、ノアさんには三日間ぐらい豪華なご飯奢って貰っても許してあげられないぐらいに傷つきましたけど」

 

 こちらを軽く睨むかのように鋭い視線を向けてくる。

 

 んー、ご飯を奢れってまた妙なことを。ま、まあ、とにかく無事に復活してくれて良かった。

 

 大きな喧嘩にならずにすんで安心した俺は小さな頭を下げる。

 

「ご、ごめんって。こっちだってどうしても信じて欲しくて……」

 

「『信じて欲しくて』――ねぇ……私はまだまだ事態を飲み込め切れてないんですが、本当にノアさんなんですか?」

 

 平常に戻りつつある亜里沙が改めて俺のことを疑ってくる。うぐぅ、やっぱり、簡単に説得して理解してもらうのは無理なのかな。くそぉ……

 

 痛いところを付かれた俺は表情を濁らせる。口では「ほ、本当だって……」と歯切れの悪い答えを返すが、自信のなさが余計にこの話に対しての疑いの念を強くする。

 

 亜里沙はそんなしょんぼりとしている俺の様子を流し目で見るとゆっくりと立ち上がった。

 

「……残酷な話ですが、男の人が一晩で女になるなんてにわかには信じられませんよ」

「わ、分かってるよ。俺だってどうしてこうなったのか教えて欲しいぐらいだし」

 

「と、言いますが……困りますね。夢のまた夢みたいな話――……でもまあ、ノアさんがこんな女の子を影武者にして夜逃げなんても信じられないし、正直、何を信用すればいいのか分からない……かな?」

「亜里沙……」

 

 座ったままの体勢で見下ろしてくる彼女の瞳をジッと見る。信じてあげたいけど信じきれない――そんな浮かない表情をしていた。

 

 ぐぬぬ、やっぱりそんな都合よくはいかないのか。と、思っていたが……亜里沙の表情はいつの間にかパッと晴れていた。

 

「そ、そんな顔しないでくださいよ。別に何か貴女に制裁とか加えようとかそんなことではないんですよ?

 さっきから見た感じ悪い子でもないようですし、妙に私たちの関係にも詳しいみたいだし……ま、まあ、今は“本当のノアさん”ってことにしておきましょうか」

「あ、亜里沙っ! ありがと!」

 

 パッと立ち上がって疑いつつも信じてくれた亜里沙に感謝を述べる。うんうん! 流石は俺が選んだ元カノ。別れても心は繋がってるんだよ。

 

 ふふふっ――思わず笑みが浮かんできてしまう。さっきからずっと心配事だらけだったせいで、こうして安心感を得られてストレスから解放されたおかげだろう。

 

 なんだかいつもより頼もしく見える亜里沙。そんな俺に対して不思議そうな顔をすると。

 

「……と、その前に。一応確認しておきたいんだけどいい?」

「ん? なに?」

 

「出身地は?」

「オーストリアのウィーン」

 

「ドイツ語は?」

「Kann sprechen」

 

「初めて一緒に行ったところは?」

「中学の時に某探偵モノの映画見たこと」

 

「――おし! 暫定的にノアさんで合ってるみたい!」

 

 グッとガッツポーズを決める亜里沙。なんだか、俺たち二人の空気がいつもの調子に戻ってくれて助かった。コイツは気分屋でテンションは常に高い。こうして明るい方がこっちも気が楽だ。

 

 一緒に居て元気をくれる。寛容で話もしやすい。改めて彼女の良いところを実感できてよかった。とりあえずはこれで警察に突き出されたりとかのバットエンドルートは回避できたできた。

 

 ――ふぅ、やれやれ……と、うまく着地点に乗れてやれやれと肩をすくめる。

 

 亜里沙はそんな俺を見て綺麗な右腕を伸ばすと、俺の柔らかな弾力ある左頬っぺたに手を添える。そして、そのまま人差し指と親指でぷにぷにと軽くつねる。

 

「うわ~、絶対に感触良いと思ってたらマジでいいわ~」

「……おい、他人の体であしょぶな」

 

「いいじゃん、私たちの関係なんだから……って、ノアさんは結構普通にしてるけど、戸惑ったりなんかはしないんですか?」

「うん、最初はびっくりしたけど、まあ、なんとなく受け止められてる感じ」

 

「なんとなくって――ふふっ、ノアさんは相変わらずに変わり者だね~」

「お互い様だろー?」

 

 お前だけには言われたくない。と、不満な目つきで返すと亜里沙は頬っぺたからスッと手を離す。

 

 ちょっぴり痛かったのでつねられた頬をすりすりと左手で擦る。確かに感触良いな、これ……あながち、コイツの言っていることも間違いじゃないな、と、思って感触を堪能していると。

 

「――理由は分かりました! ベルリンには私から連絡しておきます。ノアさんは指示があるまで待機しててください」

 

 と、亜里沙は急に業務的な口調になる。どうやら、仕事モードに戻ったらしい。ずっと、こうして話している訳にもいかないから当然だろう。

 

 俺は触っていた左手をスッと頬から離す。

 

「うん、頼んだ――あと、一つお願いができないか?」

「なんですか?」

 

 きょとんとしてそう尋ねてくる彼女に対して、俺は自分の着ている服を指さしながらこう言った――

 

「ちょっと、服買ってきてくれないか……?」


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