世界から天才音楽家と呼ばれた俺だけど、目が覚めたら金髪美少女になっていたので今度はトップアイドルとか人気声優目指して頑張りたいと思います。(ハーメルン版) 作:水羽希
俺、個人としては見知らぬネットの世界で歌を披露することには少し抵抗がある。誰が聞いているのか分からない。これが怖いところ。
人工ボイスとかそういうので動画投稿はするけれど生声はちょっと……よく考えたら今は女の子だしこういうの危ないんじゃあ……
「どうですか? やってくれませんか?」
「えぇ……えっと、その……」
舞台ではみんながこちらを見て声援や眼差しをくれる。でも、実際にはここにいるのは俺一人。いつもと同じようにできるか分からない。
正直言って辞退したい――だけど、俺は生粋の音楽家でもある。期待されているのならやらない手はない。
みんなのパフォーマンスには答える。それがポリシーでもある。しかしなあ、女の子の声で歌うのははじめてだぞ……?
「生声で歌うのは下手かもしれませんけどいいですか?」
「あ、別に良いですよ! 楽しくできればそれで!」
明るい彼の声がスマホのスピーカー越しに帰ってくる。ゲーム機の音量をゼロにして、手放したあとにスマホの画面を見る。
チャット欄を見ると[聞きたい]という意見が物凄い多数派だ。実際に放送主であるほほろさんもOKと言っている。じゃあ……
「……ゲームの配信ですけど、歌いますよ……?」
最後の確認だと言わんばかりにほほろさん――みんなに尋ねる。すると――
『いいですよー、もともと雑談がメインでゲームはおまけみたいな感じでしたから』
と、気軽な声が返ってくる。チャット欄も[いいよー]や[はよ]という言葉がどんどんと流れてくる。
しょうがないな……俺も音楽家だ。みんなにやって欲しいとリクエストされたならやるしかない――うん、やるか……!
「そうですか――……分かりました。じゃあ、歌います」
『ほ、本当ですか……ッ!?』
嬉しそうな声を上げるほほろさんに対して「はい、ですが少し待って下さい」と答えると一度動画アプリを閉じてピアノ鍵盤が描かれたアプリアイコンをタップした。
この部屋にはピアノがないからな。日本にいることが少なくて泊まるだけの理由で借りている部屋だ。電子ピアノもないしマジで泊まるだけの部屋。
アプリが起動する。
画面にはピアノの鍵盤が羅列していて、鍵盤を押すとピアノの柔らかい音が鳴る。無事に音がなったことを確認すると目当ての音を探す。
――えっと、確か……
俗に言うドイツ語のミの
鳴らした音を頭に刻み込むと配信に戻る。
今のはせいマジを歌う際に最初の出だしの音を知る必要だったので行った行為だ。大雑把に言うと頭の音。一番最初に俺が奏でる音となるモノだ。
何も聞かずにぶっつけ本番でやるということも考えたがいろんな人が聞いてるのだ。舞台と同じように手を抜かずにパーフェクトにやると決めた。
初っ端から音を間違えて音痴疑惑なんかもかけられても嫌だからな。ここは出し惜しみはしないぞ。
「――……はい、準備は整いました。歌いますね」
『お願いします……』
そう言われるとスーッと息を吸ってお腹を膨らませて空気を溜める。いわゆる、腹式呼吸というやつだ。
女になったせいか溜められる量が減った気がするが――今はどうでもいい。気にせずに進める。
せいマジの歌詞とメロディを瞬時に思い浮かべ、先ほど頭に入れたEsの音を狙撃手のように狙い可愛らしいソプラノを奏でる。
見事に外さずに歌うことができた。80点ぐらいかな? そのまま音楽はどんどん流れていく。
まず、最初にAメロに突入する。ここは明るい曲調だが思春期の悩みや心の葛藤を歌うというところだ。
明るくて輝かしいメロディだが歌詞は不安で少し暗い。まさに年頃の子供の不安定な心境を現している。
個人的には歌うというのは演劇などに近いと考えている。見落としがちだが歌詞という一つ一つの言葉に感情を乗せて表現しないといけないから。
――まさに、今歌っているところがそうだ。弾んでいて気持ちが踊りそうな曲調なのに心配や不安というマイナスなイメージの単語がよく出る。
こういうところを歌う時には手っ取り早いのはやっぱり子供になりきるというのが一番簡単だ。若いころの自分になったつもりで歌う。一番、気持ちが歌に現れると思う。
これだと演じていると言っても過言ではないと思う。実際にこの時の俺は主人公になりきるぐらいの想いで歌っていた。てか、ほぼ声も真似てゆみりんごっこって呼ばれるぐらいにのめり込んでた。
そしてそして、次にBメロへと突入する。ここは一気に暗くなり先ほどと違って歌詞、曲ともに元気がない。気を付けるとすれば暗くなりすぎて音程も下がってしまうことだろうか。
カラオケなどの採点で音程がズレるということがあるとは思うが、多くの場合それは感情に歌を揺さぶられているということが多いと思う。
明るければ自然と声は高くなり、暗ければ声が低くなる。こういうことが無いようにしっかりと基礎を固めて声がブレないようにする。大切なことだ。
さて、ついに歌はサビへと突入した。ここは明るい曲に明るい歌詞。歌いやすいメロディ。なんでこの曲がヒットしたか分かる部分だ。
ここでは一気に声量を上げて盛り上がっていることを表現する。口の中を大きくスペースを空けて口角、表情筋を使って全力で表現する。
世界で活躍する音楽家としてのプライドを込めた盛り上がり。有り余る経験と音楽理論で武装した演奏能力をふんだんに使って全力でフルパワーで歌いきる。
心だけではない。体も使う……思わず踊ってしまいそうなほどに曲にのめり込み――さっきまで盛り上がりが嘘だったかのように歌を止め、部屋には静寂が戻った……
「――終わりましたよ。どうですか……?」
『…………』
ほほろさんは何も言わない。いったいどうしたのだろうか? 回線でも悪いのだろうか……? もしかして聞こえてなかった? でも、チャット欄は――
[やば]
[想像以上に上手いんだけど…]
[うま]
[やば]
[やば]
[声似すぎというか本人だろw]
[やば]
[てか、本人超えてね?]
[歌唱力が高すぎて草]
[これで声優業じゃねぇの!?]
――と、ちゃんと動いてる。正直、本人よりか上手いは言い過ぎだ。せいマジ自体は二、三回程度聞いただけだから練習もクソもしてない。下手な方だ。
『は、はは……す、すごいですね……』
どうやらちゃんと聞こえたらしくて震えた声と乾いた笑い声が聞こえてくる。
「いやいやまだですよ。練習もあまりしてませんし」
『い、いや! とんでもなく上手いですよ!? 正直、言ったらダメですけど私は本人さんよりノアさんの歌の方が上手いし凄いと思いました!!』
「え? そ、それは流石に無いと……」
『いいえ、あの……声マネもしてくれたんですよね? 凄く可愛い声だったし、聴いてるこっちも引き込まれましたよ!!』
「え? えぇ……」
あまりにもべた褒めしてくるので逆にお世辞だと思ってしまう。
だって、俺はクラシックメインだし……アニメは好きといってもその辺は素人。西洋音楽的な音楽能力がアニソンとか声優演技にまったくとはいわないけどそこまで関係しているとは思えなかった。
その辺の人よりかは上手くやる自信はあるが、本業に比べればごっこレベル。この時の俺はそう思っていた……
『いいえ! 凄いですって!! ――あ、あの、良ければ他の曲も聞かせてくれませんか!!』
「――え? 他の……?」
『はい! あっ!! みんなで決めましょう!! みなさん、二曲目――』
「えっ! ちょ、ちょっと……!」
ほほろさんは完全にもう気持ちが高ぶってメーターが振り切れてしまっているのか俺の静止も聞かずに視聴者と次の曲を決め始めていく。
――え? お、俺……そんなに歌うと思っていなかったんだけど……!?
一曲歌うのにどれだけの集中力を使うか。
結局、俺の意見は通らずに生放送は『ノアさんの歌唱コーナー』になってしまい俺は続けて歌わされることになった。
のちに俺のチャンネル登録者が爆増したのはまた別の話だ――