剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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101 最後の敵

 アレクの戦意を受けて、皆が一斉に武器を構える。

 だけど、私はそれを手で制して、一歩前に出た。

 

「皆、手を、出さないで。これは、私の、不始末」

 

 これは殺し合いの場なのに、アレクを殺さずに生かしてた私の責任だ。

 その選択に後悔はないけど、それで迷惑かけてるなら責任を取らなきゃいけない。

 まあ、そんなのただの建前だけど。

 

「エミリー。それを言うなら、一番不始末を起こしてるのは私なんだけど……」

「それは、そう。シャンドルは、終わった後で、向き合って」

 

 親子の問題は戦いが終わった後でやってほしい。

 今は友達同士の喧嘩の続きをしなきゃいけないから。

 

「一人でくるのかい? 別に他の人達と一緒でも構わないのに」

「思い、上がるな。さっき、私に、ボコボコに、されたの、忘れた?」

「忘れないよ。忘れられるわけがない。あれはショックだった。

 だけど、今の僕は最強だ。圧倒的な力を得た。

 今の僕なら誰にでも勝てる。もう君にも負けない。

 それを今から証明するよ」

「ハァ」

 

 そんなアホなことを言い出したアレクに、ため息を一つ。

 兜で隠れて見えないけど、アレクはちょっと不愉快そうな顔になったような気がした。

 

「調子に、乗るな、バカアレク」

 

 更にアホになりおって。

 そんな破滅確定の呪いの装備の力でイキるな!

 痛いことばっかり言うな!

 カッコ悪いことこの上ない。

 あんなにカッコ良かった初めて会った頃のアレクはどこに行ったの。

 何をどう間違って、こんな黒歴史量産マシンに成り果てた?

 

 気に食わない。

 凄く凄く気に食わない。

 私はアレクのことを本物の英雄だと思ったのに。

 ちょっとアホな行動が目立つけど、それでも私が憧れた画面の中の英雄(ヒーロー)達みたいな存在だと思ったのに。

 それが今ではこの体たらく。

 大事な思い出が汚されたみたいで滅茶苦茶腹立つし、凄く悲しい。

 

 だから、私は剣を構えた。

 他の皆には手出しされたくない。

 このアホは私の手でイキりワールドから引きずり出してやりたい。

 

 それに多分、皆で戦ったら一番簡単な「殺す」ことでの決着になる。

 皆の殺気立った雰囲気と、シャンドルですら覚悟完了って感じの悲壮な顔してるの見てそう思った。

 アレクは純血の不死魔族じゃないから、バーディさんの時みたいに手間をかけて分離するより絶対その方が簡単だし、仲間の誰かが犠牲になる確率も下げられるからね。

 

 でも、それは嫌だった。

 アレクを殺したくない。

 アレクは一生の恩があるシャンドルの息子で、べガリット大陸で1年以上も二人だけで旅をした友達だ。

 どうにもならない状況なら私だって覚悟決めるけど、助けられる余地があるなら助けたい。

 

 今は仲間が皆健在で、オルステッドまでいる。

 私がやられてもどうにかなるくらい余裕がある。

 だったら当然、助けたい。

 殺すのも、闘神鎧に飲まれるのも、ヒトガミに酷い目に遭わされるのも嫌だ。

 

 なんのかんのと理由をつけたけど、結局一番の理由はこれだよ。

 ……私もルーデウスのことを言えないくらい甘いなぁ。

 

「喧嘩の、続き、しよう。私が、勝ったら、アレク、私の、下僕」

「なら、僕が勝ったら、君は僕の仲間だ」

「いいよ」

 

 私がそう言った瞬間、オルステッドが「え?」って感じで硬直したような気がしたけど、気にしないでおく。

 大丈夫大丈夫。

 負けを認めなければ負けじゃないのだ。

 そして、私は死んでも今のアレクに負けを認めるつもりはない。

 

「行くよ」

 

 私は剣神流の踏み込みで間合いを詰めた。

 いつものように幻惑歩法を組み合わせ、衝撃波移動を組み合わせ、火球弾(ファイアボール)を顔面に撃って目くらましにしつつ、さっきみたいにアレクの後ろを取る。

 

「ハッ!」

 

 でも、既に見せた動きに対処できないほど、アレクは弱くない。

 すぐに背後の私に迎撃の剣が振るわれた。

 

「ッ!」

 

 速いなぁ!

 さっきまでとは次元の違う速さ。

 確実に私より速い。

 

 でも、今の攻撃は避けた。

 私は背後に回って攻撃ではなく、身を屈めての回避兼フェイントを選択したのだ。

 北神流『四足の型』!

 そして、地を這うような姿勢から両腕を使って跳ね起き、真下からの!

 

「『光の太刀』!」

「!」

 

 予想外の角度から飛んてきたはずの光の太刀を、アレクは重力操作によるスライド移動で後ろに下がることで避けた。

 だけど、斬撃が闘神鎧を掠めて、鎧に切れ込みが入る。

 やっぱり!

 バーディさんが着てた時より闘神鎧の強度が随分脆い!

 巨体のバーディさんを覆ってた時より明らかに装甲が薄いから、もしかしてって思ってたんだ!

 

 これなら光の太刀程度の火力でもギリギリ手足を斬れると思う。

 なら、やることは一つ。

 バーディさんみたいにバラして、闘神鎧を引っ剥がす!

 

「北神流奥義『重力烈断』!」

「うっ!?」

 

 けどまあ、そう簡単な話じゃない。

 アレクが放ってきた斬撃飛ばしの烈断は王竜剣の力もあって、闘神鎧に乗っ取られかけたバーディさんが放った拳の一撃よりも強かった。

 耐久力が低い分、スピードとパワーの方が強化されてるんだと思う。

 装着者によって性能がガラリと変わるとか、闘神鎧って一体なんなの!?

 

 それでも何とか受け流しはしたけど、受け流してなお、無視はできないくらいのダメージを受けた。

 中級治癒で全快する程度のダメージだけど、それは龍聖闘気もどきがあるおかげだ。

 無かったらと思うとぞっとする。

 

「北神流『重力加速』!」

「ッ!?」

 

 更にアレクは攻勢に出てきた。

 自分に後ろから重力をかけて、強化された脚力による踏み込みと合わせて超加速。

 フェイントは入れず、剣神流みたいに真正面から剣を振り下ろしてきた。

 

 くっっっそ速い!

 マジモードオルステッドには及ばないけど、ガルさんの渾身の光の太刀より速い!

 

 しかも、この技は烈断だ。

 斬撃飛ばしじゃなくて直接刃で斬りつける烈断は、とんでもない破壊力を叩き出す。

 闘神鎧で強化された膂力で王竜剣を振るって放たれた烈断なんて食らったら、龍聖闘気もどきごと両断される未来しか見えない。

 そんなのが剣神の光の太刀以上の速度で飛んでくるとか、クソゲーもいいところでしょ!

 

 向こうも宣言通り私を殺すつもりは無いみたいで、剣に殺気が乗ってないから致命傷は避けてくれるかもしれないけど、なんの慰めにもならない。

 結局、対処できなきゃ勝てないんだ。

 勝ちたい!

 勝って上から目線で説教したい!

 だったら、対処してやる!

 

 ガードは無理。

 無理に避ければ体勢を崩して続く攻撃にやられる。

 なら、水神流で受け流す。

 普通の受け流しじゃ間に合わないけど、これならどうだ!

 

 水神流奥義『流』+剣神流奥義『光の太刀』!

 

「奥義『光流し』!」

 

 光の太刀の速度で受け流しの技を繰り出す!

 それでアレクの攻撃をどうにか受け流した。

 

「まだ力を隠してたのか!?」

「別に、出し惜しみ、してたわけじゃ、ない!」

 

 この技は通常の『流』で受け流せないような圧倒的速度の攻撃以外には無用の長物だもん。

 今の私なら大抵の攻撃は普通の受け流しで何とかなる。

 ぶっちゃけ、対オルステッド用の技だったんだけど、私にこれを出させるとは!

 仮初の力とはいえ、今のアレクはやっぱり強い!

 認めたくないけど! 認めたくないけど!

 

「『重力歩法』!」

 

 次にアレクが使ったのは、さっき私に打ち破られた技。

 凄い速度で変化し続ける重力を使った急加速、急停止、急上昇、急降下、方向転換、予測困難な動きで私を惑わす。

 さっきよりも滅茶苦茶速いけど、根本が同じなら同じ技で対処できる。

 ただ、全くの同じだとこっちの対応速度が足りない。

 だから、こっちもスピードを上乗せする。

 

 水神流奥義『剣界』+剣神流奥義『光の太刀』!

 

「奥義『光域剣界』!」

 

 前後左右上下、どこからの攻撃に対しても、光の太刀の速度で受け流してカウンターが飛ぶ技!

 それでアレクの攻撃を防いでいく。

 でも、この技は水神流の五つの奥義の中でも特に難易度の高い技を光の太刀と組み合わせるなんて滅茶苦茶なことやってるから、まだまだ精度が荒い。

 正直、とてもじゃないけど使いこなせてるとは言えないレベル。

 

 そんな未完成の技に頼っちゃったから、当然完璧な受け流しなんかできなくて、防ぎ切れずに私の体に傷が増えていく。

 技の発動に全神経を集中してるから、治癒魔術を使う余裕もない。

 こなくそーーー!

 

「どうだい、エミリー! これが今の僕の力だ!」

「舐、め、る、なーーーーー!!」

 

 アレクが真正面に来た瞬間、渾身の光カウンターを叩き込む!

 それによって、アレクの右脚が宙を舞った。

 

「なっ!?」

「ちょっと、慣れて、きた!」

 

 貴様のスピードになぁ!

 それにアレクはバーディさんと違って魔眼に映る。

 だったら、魔力眼によって闘気の流れから動きを先読みすることもできるのだ。

 まあ、こういう風に視界の外側を跳ね回られたらキツいんだけど、そこは真正面に来た瞬間を根性で狙いすまして何とかした。

 

 アレクの右脚から金色の鎧がスライムみたいに流動して離れ、千切れた足を捨てて本体に合流。金色の義足となる。

 残る四肢は三本。

 多いわ!

 こんなことなら、さっきの戦いの時に、全部根元から斬り飛ばしとけば良かった!

 半端に肩から先とか膝から上とか残ってるからめんどくさい!

 でも、斬っておかないと胴体の鎧を砕いて脱がす時に引っかかるんだよ!

 

「この!」

 

 重力歩法が完全に破られたとでも思ったのか、アレクは戦略を変えた。

 後ろに飛び下がって、王竜剣に魔力を込める。

 途端、私周辺の重力が一気に強くなった。

 

 重力で押し潰す気……いや、違う!

 アレクはそのまま王竜剣を大上段に構えようとしてる!

 重力で私の動きを鈍らせて、その隙に破断を使う気だ!

 

 させるか!

 これも未完成で成功率がそんなに高くない技だけど、そんなこと言ってられない!

 私は更なる切り札を切った。

 

 剣神流奥義『光の太刀』+北神流奥義『烈断』!

 

「奥義『烈光の太刀』!」

「何っ!?」

 

 よっし! 成功した!

 光の太刀の速度で放たれた烈断が、アレクの左腕を両断する。

 すぐに左腕も金色の義手になったけど、破断の発動は妨害できた。

 

 烈光の太刀を食らってよろめいてるアレクに向かってダッシュ!

 すぐにアレクも体勢を整えて、守勢に回るより攻勢に回った方が良いと判断したのか、向こうもまたダッシュして近づいてくる。

 

 その時にアレクが使った歩法は、私の得意技である幻惑歩法だ。

 私の方も、もはやほぼデフォルトで幻惑歩法を使ってるから、接触するまでの僅かな時間に、幻惑歩法同士の化かし合いが発生した。

 

 圧倒的な身体能力に加えて、重力操作によるキテレツな動きで私を惑わしてくるアレク。

 最終的にアレクは、腹這いで僅かに浮遊するという重力操作があってこそできる体勢から私の足首を刈る斬撃を繰り出し……それを飛び越えて空中一回転しながら放った私の光の太刀によって左脚を斬られた。

 

「ッ!? なんで!?」

 

 わけがわからないとばかりに叫ぶアレク。

 究極のパワーを手に入れたはずの自分がやられてるのが信じられないらしい。

 でも、理由はちゃんとあるんだよ。

 私が死力を尽くしてるってこと以上に、今のアレク相手に善戦できてる理由が。

 

「ゼェ……ハァ……!」

 

 とはいえ、こっちも限界が近い。

 最初にアレクと戦って、次に闘神相手に時間稼ぎの泥仕合して、それから皆と一緒に闘神に立ち向かって、最後に闘神鎧アレクとの戦いという、ブラック企業も真っ青の連続勤務をやってるんだ。

 体力なんて、とっくに限界越えてる。

 もう根性だけで動いてる状態。

 早く終わらせないと疲労で死ぬかも。

 

「あああああああああ!!」

 

 私は残った力を振り絞るように叫びながら走った。

 次で最後にする!

 残る右腕と胴体と兜、次の攻防で全部纏めて吹っ飛ばす!

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

 アレクも雄叫びを上げて私を迎え撃つ。

 左脚をもらった交差からすぐにお互い反転して向き合ったから、間合いはもう随分近い。

 斬撃飛ばしの打ち合いが挟まる余地はない。

 剣士の本懐、一足一刀の間合いでのガチバトル。

 

 だけど、その前に小細工を一つ!

 私は剣を特定の角度に傾けて太陽光を反射し、それをアレクの顔面にぶつけた。

 

「うっ……!」

 

 太陽光による目潰しを食らって、アレクの動きが僅かに乱れた。

 これぞウィ・ターさん直伝、北神流『光鏡剣』!

 ウィ・ターさんみたいににピカピカの鎧を着るほど徹底するつもりはないけど、こうして「ここぞ!」って時に不意討ち気味に使うんだったら、特化装備が無くてもかなり有用な技だ。

 闘神鎧による防御すら貫通できるし。

 ただし、晴れてる時限定!

 

 それによってアレクの動きを妨害してから、真っ向からの斬撃の打ち合い。

 剣道の相面に似た激突だ。

 私は光の太刀、アレクは光の太刀に匹敵する速度の烈断。

 当然、普通にぶつかれば私がやられるから、光流しによってアレクの斬撃を受け流す。

 

 光鏡剣でアレクの動きが僅かに乱れてたおかげで、結構楽に受け流せた。

 そして、本命の返す刀のカウンターで砕鎧断を放って、アレクの胴体を守る鎧を砕きにいく。

 

「そんな姑息な技でッ!!」

 

 でも、さすがに受け流されることは予想してたのか、アレクは振り切った剣はそのままに、肩から体当たりをかましてきた。

 北神流『当身』だ。

 より近づかれたことで剣が最も威力を発揮する間合いを外され、私の砕鎧断は途中で止まって、大して闘神鎧を砕けずに終わる。

 それどころかショルダータックルを諸に食らって、大きく体勢を崩された。

 

「ハァ!!」

 

 そこにアレクが下段にある剣を横に振るって足刈りの一撃。

 だけど、私は体勢の崩れた上半身を更に倒して宙返りすることで足刈りの斬撃を回避。

 タックルで吹っ飛ばされる勢いを宙返りの速度に変えて、そのままサマーソルトキックを繰り出す。

 

「北神流『浮舟』!」

「ぐっ!?」

 

 それを顎先に食らったアレクがよろめく。

 闘神鎧に守られてダメージは無いと思うけど、光鏡剣、受け流し、浮舟の三連弾で体勢は崩せた。

 ここだ!

 

「『砕鎧断』!!」

 

 後方宙返りした直後、着地して下段からの一撃!

 それによって、遂に闘神鎧の胴体部分を破壊した。

 右腕以外の義手義足状態だった四肢が離れて分離する。

 

「あぁああああああああ!!!」

 

 でも、その最後に残った右腕で、アレクは剣を振るった。

 王竜剣の力によって、剣自体に加速する方向への多大な重力をかけて、速度と威力を上げた一撃。

 まだ右腕は闘神鎧の籠手に包まれてることもあって、私の光の太刀より速く、私の破断より凄い威力だった。

 私の剣は振り切ってるから、剣による迎撃は間に合わない。

 

「こんのぉぉぉ!!」

 

 私は左手を剣から離して、素手でアレクの一撃を防いだ。

 左腕一本で奥義『流』を繰り出す。

 龍聖闘気もどきが火花を散らしながらギリギリ耐えて王竜剣を逸していき、どうにか受け流し切る。

 代償として、左腕は斬り飛ばされて使用不能になった。

 

「『衝撃波(エアバースト)』!!」

 

 それに構わず、私は自分の背中に衝撃波をぶち当てて、目の前のアレクにタックル!

 闘神鎧の復活地点から引き離す。

 でも、闘神鎧はまだ残ってる右腕と兜を目指して、スライムみたいに流動しながら元に戻ろうとしてる。

 

 体力はほぼ完全に尽きた。

 左腕も無い。

 ここで決めなきゃ終わりだ!

 最後の力、振り絞れ!

 

 残った右腕を動かす。

 この密着状態じゃ剣は振るえない。

 だから手放した。

 

 代わりに振るうのは手刀だ。

 闘神鎧の無い部分を狙うとはいえ、アレクの闘気を貫けるくらいの手刀を振るう。

 お手本は何度も見た。

 何度も我が身で食らって死にかけてきた。

 成功のイメージはある。

 なら、できる!

 

「『光の太刀』!!」

「!!?」

 

 密着状態で、アレクの脇の下から腕の根本を狙った一撃。

 オルステッドを模倣した私の手刀による光の太刀が、アレクの右腕を肩から斬り飛ばした。

 そして、これで、ラストォーーー!!

 

 振り切った右腕を伸ばして、アレクの後頭部を掴む。

 最後に残った兜。

 そこに向けて、龍聖闘気もどきを額に一点集中させた全力の頭突きを叩き込む!

 

「北神流『破鋼(はがね)(頭)』ッッ!!」

「あ、がっ……!?」

 

 自分の額が割れるほどの衝撃。

 それによって無理矢理金色の兜を叩き割った。

 そうして、私は闘神鎧が完全に剥がれたアレクと一緒にそのまま吹っ飛んで地面を転がり、最終的に仰向けのアレクの上にうつ伏せの私が乗っかるような形で倒れる。

 

 闘神鎧はそんな私達の後ろ、誰もいない場所で復活した。

 そこにオルステッドが駆け寄っていって何かし始めたから、多分もう大丈夫だと思う。

 今度こそ、今度の今度こそ、終わった……。

 

「ああ、そんな……。また、勝てなかった……。あれだけの力を得たのに、僕は、君に勝てなかった……。

 僕は、どうすれば、君の隣に立てるんだ……」

 

 私の下敷きになったアレクが泣き始めた。

 全てに絶望したような顔で、いつぞやのパックスみたいに。

 

「バカアレク」

「あだっ」

 

 そんなアレクの頭を軽く小突く。

 もう腕にも力が入らないから、砕けたままのオデコで。

 痛い。

 

「私が、なんで、勝てたのか、わかる?」

「それは、僕が弱かったから……」

「違う。それも、あるけど、アレク、武器の、強さに、かまけて、動きが、雑に、なってた」

 

 そう言うと、アレクが愕然とした顔になった。

 私が闘神鎧アレクに善戦して、最後には勝てた理由はそれだ。

 アレクは突然上がった身体能力を使いこなせなかったのか、それとも俺は今究極のパワーを手に入れたのだー! って思い上がったのか、とにかく動きが雑になってた。

 

 だから、技の打ち合いで私が勝てたんだ。

 いくら身体能力が爆上がりしてたとはいえ、散々一緒に修行して手の内が割れてる相手の動きが雑になってたんだから、そりゃ付け入る隙くらいあるよ。

 まさに強い武器に頼ると強くなれないである。

 シャンドルの教えは正しかった。

 

「アレクの、敗因、慢心と、技量不足。

 名声とか、強い、武器とかに、振り回されて、鍛錬を、怠った」

「そ、そんなことは……」

「アレク、前に、会った時と、大して、変わって、なかった。

 どうせ、名声、ばっかり、追い求めて、修行、するより、変な、ことに、首、突っ込むこと、優先、したんでしょ?」

「うっ……!」

 

 アレクが呻いた。

 どうやら図星みたい。

 前の時は私に引っ張られて一緒に修行してたけど、別れてからは例の迷惑系主人公みたいな活動ばっかりしてたんだろうなってことが剣筋から伝わってきたよ。

 アホめ。

 バカめ。

 

「それじゃ、追い抜かれて、当然」

「…………」

 

 アレクが黙った。

 全くもう。

 私並みに一人で行動させちゃいけないポンコツ野郎め。

 

「だから、これから、鍛えよう」

 

 ひと通り貶した後、私は改めてアレクにあの話をした。

 今までは伝言板越しで、直接は言えなかったことを。

 

「次は、ラプラスと、戦う。その時、強い、仲間が、いる。

 力も、強くて、名声、なんかに、振り回されない、くらい、心も、強い、仲間が。

 だから、アレク」

 

 吐息がかかるほど近くで、じっとアレクの目を上目遣いで見詰めながら言う。

 

「そういう、強い人に、なって、一緒に、戦おう?」

「ッ!?」

 

 声を出す体力も無くなってきたから、囁くような小声になっちゃった。

 そしたら、アレクはなんか突然、ボッと火が付いたみたいに赤くなった後……諦めたような、ただ憑き物が落ちたみたいな穏やかな顔になって、頷いた。

 

「わかったよ。僕は君に負けた。不死魔族の掟に従い、僕は君の仲間になろう。

 そして、次の戦いまでに心も体も鍛えて、今度こそ君の隣に立てる英雄になる。

 今度は武器なんかに頼らず、名声なんかに振り回されず、君にカッコ悪いなんて言われないような本物の英雄にね。

 そんな最高の仲間になって、君を支えよう」

「アレク……違うよ。アレクは、仲間じゃ、なくて、私の、下僕」

「そこ拘るのかい!? っていうか、さっき仲間がいるって自分で言ってたじゃないか!?」

 

 手足無くしてるのに、アレクが元気に叫ぶ。

 一方、私は安心したせいで完全に体から力が抜けた。

 下敷きにしてるアレクに全体重を預けて、なんかやたらと早いアレクの心音を聞いてることくらいしかもうできない。

 

 満身創痍もいいところだよ。

 完全に戦闘不能だ。

 でも、やっと、こいつと敵同士じゃない、ボケとツッコミができるくらいの関係に戻れた。

 やっと、ただの友達同士に戻れた。

 頑張って、良かった。

 

 そんな私達を、シャンドルが後方師匠面で腕組みしながら、泣きそうな顔で見てる。

 次はそっちの番だからね、ダメ親父さん。

 

「へっ、最後の策まで真っ向から打ち破られたか。俺の負けだなぁ。言い訳のしようもない完全敗北だ」

「ギース……」

 

 最後に、さっき師匠に斬られた傷で死にかけてるギースさんが弱々しい声でそう呟いた。

 そんなギースさんの近くには、いつの間にか、かつての仲間である師匠とギレーヌがいた。

 

「結局、なぁんにもできなかったかぁ。

 器用貧乏なだけの雑魚で、強い奴の顔色窺ってるだけの人生で。

 腰巾着のままじゃ終われねぇと思って、恩返しのついでに負けそうなヒトガミを勝たせりゃ凄ぇ奴になれるんじゃねぇかって息巻いて味方してみたが、最後はこのザマだぜ」

「お前、そんなこと思ってたのかよ」

「思ってたんだよ、パウロ。ま、強ぇお前にはわかんねぇさ」

 

 ギースさんは力無く笑った。

 私もギースさんも倒れてるから顔は見えないけど、声がそんな感じだった。

 

「ギース・ヌーカディアよ」

「よう。あんたが龍神様かい?」

「そうだ」

 

 そんなギースさんに、闘神鎧に何かし終えたオルステッドが声をかける。

 私はシャンドルが持ってきてくれた左腕を治癒魔術でくっつけつつ、ギースさん達の会話に耳を傾ける。

 

「貴様にも問おう。ヒトガミを捨て、俺に下る気はあるか?」

「へっ、それは俺がルーデウス達の知り合いだからか? それともまさか天下の龍神様が俺の力を必要としてんのかよ?」

「両方だ。貴様はこの俺にすらヒトガミの使徒であることを隠し通していた。

 最後のアレクサンダーを使った戦略も見事だった。

 その優秀さは引き抜くに値する」

 

 オルステッドは真面目くさった声でそう告げる。

 まあ、ギースさんの有能さは語るまでもないことだからねぇ。

 有能の極みか! とまで思ったし。

 

「ハッ、そりゃありがたいお言葉だ。ヒトガミの言葉なんかより、よっぽど心に響くぜ」

「ならば……」

「けど、断らせてもらうわ」

 

 ゴフッと血を吐きながら、ギースさんは言う。

 ここで断ったら、私達の敵のままだったら、このまま見殺しにしなきゃいけないのに。

 

「この戦いはよぉ、俺の一世一代の大勝負だったんだぜ?

 覚悟決めて、宣戦布告して、世界中を駆け巡って、闘神だの、剣神だの、北神だの、鬼神だの、冥王だの、大物達を仲間にして、ルイジェルドの旦那をあんな風に利用までしてよぉ。

 それで、さあ、ぶっ倒すぜって意気込んで、負けたから寝返りましたじゃ、さすがにカッコ悪すぎじゃねぇか」

「パーティーの金でギャンブルして全部すってくるようなカッコ悪い奴が、今更何言ってやがる」

「そんな俺だからこそだぜ、パウロ。ヒトガミにすがってまでカッコ悪く生きてきた俺だ。

 だったらよぉ、一生で一度くらいは、思いっきりカッコつけてみてぇじゃねぇか」

「まぁた、ジンクスか?」

「おう、ジンクスだ」

 

 そうして、師匠は笑った。

 多分、ギースさんも笑ってる。

 師匠の方は強がりだと思うけど。

 

「先に逝って待ってろ。50年くらいしたらオレも逝く」

「おいおい、50年はちょいと長くねぇか? お前もそこそこいい歳だろ?」

「早死にするバカの分まで長生きして大往生してやるって言ってんだよ。孫の孫の顔まで見てやる」

「へっ、そりゃいい。また会ったら、酒飲みながら思い出話でも聞かせてくれや」

「ああ」

 

 それで師匠のギースさんへの送る言葉は終わったみたい。

 師匠はそれ以上は何も言わずに、今度はギレーヌがギースさんに話しかけた。

 

「ギース、最後にこれだけは言っておく。

 お前は自分のことを器用貧乏なだけの雑魚と言ったが、それは違う。

 少なくとも、あたしはお前のことを凄い奴だと思ってる」

「……お前、なんか変なもんでも食ったか?

 確かに、餓死しそうになって変なもんを口に入れそうな奴だとは思ってたけどよ」

「違う。変なものを口にしたこともあったが……黒狼の牙が解散して、色々あって、痛い目を見て、それから戦い以外のことを色々と知るうちに、お前の凄さが身に染みただけだ」

 

 ギレーヌは真剣だった。

 一切の嘘もなく、慰めでもなく、ただただ思ったことを口にしてるだけだってわかった。

 何故なら、ギレーヌに嘘や慰めなんて器用なことができるわけないからだ。

 無理にやろうとすれば、もっと不自然な感じになる。

 それは私なんかより、付き合いの長いギースさんの方がわかってるわけで。

 

「へっ、ありがとよ、ギレーヌ。割と救われたぜ」

 

 穏やかな声で、そう言った。

 

「世界最強の男に認められて、剣王様に凄いって言われて。

 ああ、なんだか、あれだなぁ。負けたってのに、意外と、悪くねぇ、気分、だぜ……」

 

 そこまで言葉にしたところで…………ギースさんの体を包んでた闘気になり切れてない魔力が、完全に意味の無い魔力になった。

 この現象は何回も見た。

 人が、ただの死体になった時の現象だ。

 

 ギースさんが、死んだ。

 剣神より、北神より、鬼神より、冥王より、もちろんヒトガミなんかよりずっと強いと思った敵が。

 下手したら闘神よりも強かったかもしれない最強の敵が、割と満足した感じで死んだ。

 

 こうして今回の戦いは、本当の本当に、今度の今度こそ完全に終わった。




まがりなりにも無職転生の時代における最強の剣士(オルステッドは除く)を一騎打ちにて打倒し、名実共に世界最強の剣士(オルステッドは除く)になったエミリー。
ヒトガミの最強の使徒ギースも散り、遂に戦いに終止符が打たれた。

次回、最終話。

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