剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
ネタを思いついたり、ストレスが溜まってエミリーに癒やしてもらいたくなった時に書きます。
番外 アレクの人生最大の戦い
ビヘイリル王国の戦い、及びその後始末が終わってしばらくした頃。
シャリーアでの暮らしに馴染んできた『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバックは今、これまで生きてきた中で最も強大な相手と向き合っていた。
凄まじい威圧感だった。
長命な不死魔族の血を引くアレクは、少年のような見た目に反して、そこそこ長く生きている。
しかも、彼は曲りなりにも世界最強と謳われる七大列強の一角だ。
敵として、味方として、世界中の名だたる強者達を見てきた。
だが、目の前の相手は、今まで相まみえたどんな強者達とも次元が違う。
伝説の大英雄である父、アレックス。
伝説の大魔王である祖母、アトーフェ。
今は衰えたとはいえ、かつての技の冴えは忘れられない兄弟弟子『死神』ランドルフ。
最近までは偏見の目で見ていたが、勤勉を心掛けて改めて向き合ってみれば、自身とは違う形の北神流の体現者であると素直に認められた『奇神』オーベール。
ビヘイリル王国の戦いで肩を並べた元『剣神』ガル・ファリオン。
同じく、『鬼神』マルタ。
シャリーアに来てからよく修行相手になってくれる『水神』レイダ。
根が戦いに向いていない臆病な性格でありながら、家族や友のためならば勇気を振り絞って遥か格上に挑める勇者、『泥沼』のルーデウス。
そんな神級の域に至った世界有数の強者達ですら、目の前の人物と比べれば比較対象にすらならない。
闘神鎧と王竜剣を装備した自分を打倒したエミリーや、修行で相手をしてもらっては手も足も出せずに惨敗し続ける世界最強の男、『龍神』オルステッドすらも確実に超越しているだろう。
そんな相手と一対一で、しかも料亭の個室という逃げ場のない場所で向き合っているのだ。
アレクはさっきから冷や汗が止まらなかった。
「まあ、とりあえず飲もうか。そういう名目で来たんだしね」
「は、はい! いただきます!」
勧められたお酒を、震えそうになる手を必死に制御しながら飲んだ。
味がしないし酔える気もしない。
アレクに対して真っ直ぐに向けられる殺気混じりの視線が、彼から一切の余裕を奪っていた。
戦闘力的には自分の方が圧倒的に上のはずだ。
相手はせいぜい上級剣士クラス。
神級のアレクには到底及ばないし、戦いになれば倒すのに1秒もいらない。そのはずなのだ。
なのに、全く勝てる気がしなかった。
勝利のビジョンがこれっぽっちも見えなかった。
お互いに無言で酒を飲み、やがて頃合いを見計らったかのように相手の方が口を開く。
「君はウチの娘と随分仲が良いようだね」
「は、はい! エミリー、いえ、エミリーさんには大変お世話になっております!」
いきなり核心を突かれて、アレクは動揺しながらも必死に受け答える。
だが、奮闘虚しく、目の前の最強生物が放つ殺気のレベルが一段階上がった。
アレクは「ひぃ!?」と悲鳴を上げそうになったが、北神の矜持でなんとか耐える。
「単刀直入に聞こう。君はあの子のことが好きなのかい?」
「ごほっ!?」
アレクはむせた。
少しでも力を借りたいとすがった酒が気管に入ったのだ。
「ああ、もちろん人間的な意味で好きとか、そういう答えは求めていない。
恋愛的な意味で好きなのか。将来一緒になりたいのかどうか。そういうことを聞いているんだ」
更に、彼はアレクの逃げ道を完全に塞いだ。
アレクに残された選択肢は二つ。
素直に話して殺されるか、誤魔化して不興を買って殺されるかの二択しかない。
もはや、ここまで。
アレクは覚悟を決めた。
覚悟を決めて正直に話した。
「ぼ、僕は……僕は、エミリーのことが恋愛的な意味で好きです! 愛しています!! 将来は一緒になりたいです!!」
覚悟を決めた結果、大声が出てしまった。
個室の外にまで確実に響いているだろう。
下手したら翌日には噂になっているかもしれないが、それを気にしている余裕は今のアレクにはない。
言ってしまった。
アレクの胸中はその一言に尽きる。
最強生物はそんなアレクをギロリと睨みつけ、据わった目で質問を続けた。
「一応聞こうか。キッカケはなんだったんだい?」
「……多分、ベガリット大陸で出会って、一緒に旅してる頃から惹かれてたんだと思います。
当時は空回ってばかりで、独りきりで迷走を続けてたんですが……エミリーとの旅は、ずっと感じていたモヤモヤを吹っ飛ばしてくれるくらい、本当に楽しかったんです」
1年以上に渡ったエミリーとの二人旅のことは、今でも鮮明に思い出せる。
最初はエミリーが青竜に襲われてるように見えた現場にアレクが乱入したところから始まり、ファランクスアントとの戦いを経て交流を深め、共に迷宮都市ラパンまで旅をした。
旅の道中では色々なことがあった。
毎日のように修行で剣を合わせた。
久しぶりに誰かとやる修行は楽しかった。
名を上げるために、困ってる人を見かけたり、何か騒動が起きていたら片っ端から首を突っ込んだ。
エミリーは呆れてたり、イライラしたりしながらも、最後にはいつも協力してくれた。
上手くいったこともあれば、上手くいかなかったこともある。
でも、二人でそういうことをするのは、やっぱり楽しかった。
まあ、当時のことを今思い返してみると、エミリーは急いでたのに振り回して申し訳ないと激しく思うが。
それでも、やはりアレクは楽しかったのだ。
楽しかったのは事実なのだ。
「君はサキュバスにやられて、あの子を襲いかけたと聞いてるけど?」
「その節は大変申し訳ございませんでしたーーー!!」
アレクは土下座した。
こればっかりは本当に洒落にならないことだからだ。
「……まあ、ギリギリだけど許そう。未遂だったそうだし、何よりあの子自身が全く気にしていないからね」
最強生物は嘆くようにため息を吐き、アレクの命は首の皮一枚で繋がった。
もしもあの時、サキュバスのフェロモンで正気を失ったアレクをエミリーが叩きのめして未遂に終わらせてくれなければ、終わっていたのは自分の人生の方だっただろう。
ゾッとする話である。
「それで、君はベガリットの一件でウチの子を好きになってしまったわけだね」
「いえ、その、お恥ずかしながら、エミリーへの恋心を自覚したのは最近です。
どうにも昔から、そういうのに鈍いタチでして……」
アレクサンダーという男は色々と鈍い。
細かいことを気にしないタイプというか、できないタイプなのだ。
自分の内心なんて目に見えないもののことなど、よっぽどのことが無ければ深く考えたりしない。
間違いなく、頭が空っぽな祖母の血筋のせいだろう。
「最近、エミリーの顔を見ると動悸が激しくなって、言葉が詰まるようになって。
ビヘイリル王国の戦いで、ボロボロになってまで間違っていた僕を止めてくれたカッコ良い姿がよく頭に浮かぶようになって……。
エミリーとの修行にも集中できなくて、もしや何かの病気にかかったのではと思い、オルステッド様に相談して、自分の恋心に気づきました」
「天下の龍神様に凄いことを相談したね、君は」
呆れた目で見られてしまった。
ついでに言えば、オルステッドもまた、アレクの相談を受けた時は呪い封じのヘルメットの下で同じ目をしていたことを追記しておこう。
ヘルメットを付けていたが故に、アレクは知らないことではあるが。
「なんにせよ、君の想いはよくわかった」
アレクの言葉を聞き入れ、最強生物は考えるように目を閉じた。
そして、アレクにとっては死刑執行を言い渡される直前のような生きた心地のしない数秒間の沈黙の後、最強生物は目を開いてどこか遠くを見始める。
「あの子は昔から剣のことしか頭にない子でね。
物心ついた頃から、剣に見立てた木の枝を振り回していた。
剣の腕に頭の成長を吸い取られたみたいに言葉を覚えるのも遅くて、
寝る前にお話をしてあげた時とかも、姉のシルフィがお姫様とかの女の子らしい物語が好きだったのに対して、エミリーは英雄譚ばかりねだってきて、聞く度に目を輝かせていたよ」
遠い目をして語り始めたのは思い出話だ。
自分が知らない子供の頃のエミリーの話。
アレクは先程までの恐怖も忘れて聞き入った。
「パウロさんに剣を習い出してからは、休みの日に私も木剣を持たされて、よく遊び相手にされたものさ。
その頃から私じゃエミリーに勝てなかった。
いくら普段は弓矢を使っていて、剣は母に少し習った程度とはいえ、大の大人が5歳の子供に勝てないというのは愕然としたよ。
この子は将来、凄い剣士になる。
そう思ったし、それは間違っていなかった」
彼の言う通りだった。
今のエミリーは七大列強第五位。
剣術三大流派の長を全て倒し、英雄譚に出てくるような強者達の多くを倒し、仲間達と共にあの『闘神』すらも倒した、まごうことなき当代最強(オルステッドは除く)の剣士。
英雄譚に憧れていた少女は、いつしか自らが英雄譚の主人公となったのだ。
「エミリーは、本当に剣が大好きなんだよ。
相手として不足しかない私との打ち合いでも、本当に楽しそうに笑うんだ。
だけど……」
そこで、最強生物は少し寂しそうな目をした。
「剣士のサガなのか、やっぱり強い人と戦う方がより楽しいんだろうね。
私を相手にしてる時より、パウロさんを相手にしてる時の方が楽しそうだった。
そのことに父親として嫉妬したが、それはさて置き。
今のあの子が楽しめるレベルの剣士は、
好きなことを共有できるレベルの相手は、
世界中を見渡してもそう多くはいないだろう」
「だから」と彼は続ける。
「その数少ないエミリーの相手になるレベルの剣士である君があの子のことを好きになったのは、もしかしたら運命なのかもしれないね」
「!? そ、それって……」
「ああ、勘違いしないでほしい。まだ君を認めたわけじゃないよ。
シルフィの時は認める認めないの問答をする前に結婚してしまったからね。
もう一人の娘に対してくらい、父親らしいことをしたい」
そう言って最強生物は……エミリーの父、ロールズは告げる。
「娘を取られる男親というのは複雑な気持ちなのさ。大事な娘をそう簡単には渡してやれない。
今の君はまだ、私から見れば馬の骨だ。
剣術こそ超一流だし、あの子のことを想う気持ちも純粋で好ましくはある。
だけど、まだまだ他の部分が未熟すぎる。
それを何とかしようという努力は認めているが、一朝一夕でどうこうなるとは思っていない。
未熟さ故にあの子の敵に回ったというビヘイリル王国の戦いから、そう時間も経っていないしね。
そして、あの子は剣術以外のことはポンコツだ。
あの子の伴侶になりたいのなら、一人前の男になった上で、あの子のダメなところを支えられるような能力を身につけることを、私は君に求めるよ」
「は、はい! 頑張ります!」
アレクは全力で頷いた。
正直、自分もエミリーと似た剣>頭タイプで、剣術以外のことでエミリーを支えるとなると難易度が高い気がしているが……それでもアレクは全力を尽くすことを決めた。
ロールズの言うことはもっともだし、それ以前に互いに支え合ってこその仲間だからだ。
恋人うんぬん以前に仲間として、アレクはエミリーと支え合いたいのだ。
「とはいえ、あの子もポンコツに見えて、考えなければいけないところは意外とちゃんと考えられている。
君にエミリーの足りないところを完全に補えとまでは言わないさ。
頭の方は二人合わせて一人前くらいになってくれたらそれでいい。
その上で、君が未熟さを克服して立派な男になれたのなら……私は君を応援しよう。
期待しているよ、アレクくん」
「!」
そこで、ロールズは遂に優しい目になった。
ロールズは、アレクを認めてくれたのだ。
無論、それはこれからの成長込みでの話だ。
アレクが成長せずに子供のままであれば、エミリーに相応しくないと思われたら、またあの龍神よりも恐ろしい目で睨みつけられるだろう。
それでも、アレクはこの人に期待してもらえたことが嬉しかった。
正直、実の父親に認められるよりも嬉しいかもしれない。
「あ、ありがとうございます! お義父さん!」
「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!
それにエミリーは強敵だよ? 何せ、剣が恋人と言ってはばからない子だ。
いくら私が認めても、本人が君との交際を断ってしまえばどうしようもない。
まあ、私としては、それでも一向に構わないが」
「うっ!?」
痛いところを突かれてアレクが呻いた。
そうなのだ。
エミリーは恋愛というものに興味があるように見えない。
それを恋愛初心者のアレクが落とそうというのだから、難易度は想像を絶するだろう。
それでも、やらねばならないのだ。
だって、恋は止まれないのだから!
「ど、どうすればいいんでしょうか?」
「自分で考えなさい」
「……はい」
すげなく突き放され、それを最後に今回の最強生物『お義父さん』との話し合いは終わった。
助言こそ貰えなかったものの、全体的に好印象を持ってもらえたのはアレクにとって最高に近い結果と言えるだろう。
その後、思ったより酒が回っていたらしく千鳥足のロールズを家まで送り、
そこでエミリーに会って今日の話を思い出して赤面し、
「あらあら」
今度はそれを見ていたお義母さんに捕まった。
エミリーの母、ボニーはエミリーを酔っ払ったロールズの介護係に任命して二人を遠ざけ、アレクを家に上げて一対一で向き合う。
しかし、ロールズと違って、その視線は最初から優しかった。
「それで? アレクくんはあの人と、どんな話をしてきたの?」
「え、えっと……」
さすがのアレクも、好きな子の母親にその話をするのには恥ずかしさを感じる。
だが、誤魔化すという選択肢はない。
エミリーの母に悪印象を持たれたくない、とか考えたわけではなく、単純にそうしたくないと思って、何も考えずにその感覚に従っただけだ。
実はアレクは臨機応変な北神流よりも、ノータイムでの即断即決をモットーとする剣神流の方が適性があるのかもしれない。
「ふーん、なるほどね」
アレクの話を聞き終え、ボニーはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
一見すると小馬鹿にされているようにも見えるが、嫌な感じは一切しない。
「そっかー。あの子にも遂に春が来たのね。
アレクくん! ロールズは協力はしてくれないでしょうけど、私は積極的に協力するわ! 頑張って!」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん! ……アレクくんを逃したら、あの子、本格的に行き遅れそうだし」
最後の方にボソッと本音が呟かれたが、喜びの感情で脳が埋め尽くされているアレクには聞こえなかった。
ちなみに、アレクを逃さなくても、エミリーはオルステッドを超えるまで色恋沙汰に興味すら示してくれないような気がしているが、ボニーはその事実からも目を逸らした。
「で、アレクくんとしては、いつ頃告白するつもりなの?」
「正直、今日ロールズさんと話すまでは明日にでもと思ってました」
「キャー! 積極的!」
アレクのイケイケな様子に、ボニーは大興奮。
この勢いなら、その気がない娘を押し切ってくれるのではと若干期待した。
娘を取られるのが嫌なロールズと違って、彼女には息子が欲しい気持ちもあったのだ。
もっとも、実年齢で言えば、ボニーよりもアレクの方が歳上なのだが。
「ですが、ロールズさんに未熟すぎて認められないと言われて、考えを改めました。
僕はエミリーに釣り合う本物の英雄になってから、この気持ちを伝えるつもりです」
「あらら……。あの人ったら余計なことを」
本物の英雄とやらの定義が何かは知らないが、そう簡単になれるものでもないような気がする。
下手したら寿命の関係で自分はエミリーの花嫁姿を見られないかもしれない。
彼女は人族と獣族のハーフであり、長命な種族の血が入っているアレクやエミリーやロールズと違って、寿命は100年もないのだ。
これはお節介を焼かねばとボニーは決意した。
別に結婚だけが人生ではないし、くっつかないならくっつかないで、それも娘の選択だと尊重はするが、それはそれとして、息子になるかもしれない少年の恋路を応援するのは彼女の自由である。
「ねぇ、アレクくん。これはあなた達の問題なんだから、告白するタイミングに関しては好きにしていいと思うわ。
けど、あんまりモタモタしてると、横から他の男にかっ攫われるかもしれないわよ?」
「それは困ります!!」
本気で焦るアレクを見て、ボニーはとても微笑ましい気持ちになった。
きっと、彼が息子になったら毎日楽しいだろう。
「だからね。アレクくんが気持ちを伝えられるようになるまで、あの子が他の男になびかないように、今のうちから好感度を上げていった方が良いと思うの」
「た、確かに……」
「手始めに、そうね。プレゼントなんてどうかしら?
今ならビヘイリル王国の戦いのお詫びとお礼って言えば違和感ないと思うわ」
あと、エミリーには昔貧乏だったせいで5歳の誕生日プレゼントを贈れなかった負い目があるので、こういう機会には色々と貰ってほしいという個人的な思いもある。
まあ、最近は給料の良い仕事に就いたロールズが定期的に貢いでるし、エミリー本人も物欲より修行というタイプなので、そんなに効果はないだろうが。
それでも、全く効果がないということもないはずだ。
「おお!」
一方、アレクはロールズには貰えなかった具体的なアドバイスをしてくれたボニーに感謝と尊敬の念を抱いていた。
今すぐにでもお義母さんとお呼びしたい気分だ。
そして、アレクはそういう時に躊躇わない男である。
「わかりました、お義母さん! やってみます!」
「ふふ、頑張ってね」
衝動のままにお義母さん呼びしたら、ボニーは微笑んで受け入れてくれた上に、背中を押してくれた。
そのことがアレクのやる気を燃え上がらせる。
今なら何でもできる気がした。
「うぉおおおおお!!!」
そして今、アレクは魔大陸にいる。
事務所の転移魔法陣から祖母アトーフェのいるネクロス要塞に飛び、そこから数週間走ってこの場所に辿り着いたのだ。
彼の目の前には、魔大陸の主の一角と呼ばれる巨大な魔物がいる。
世界各地に生息する木の魔物『トゥレント』の最上位種の一つ。
純白の幹と漆黒の葉を持つ、全長1000メートルを余裕で超える大樹の魔物『マスタートゥレント』。
かつてベガリット大陸でエミリーと共に相まみえたファランクスアントと同じ、最強の魔物の一角だ。
しかも、群れとしての強さで最強だったファランクスアントと違って、マスタートゥレントは個にして最強。
知名度はともかく、強さだけなら、かつてアレクの父であるアレックスが倒した最強の竜、『王竜王』カジャクトにすら匹敵するだろう。
そんな化け物にアレクは挑んでいた。
今の未熟な自分が王竜剣無しで勝てるとは思えない。
だが、別に倒しに来たわけではない。
彼はこの化け物の枝を拝借するために来たのだ。
理由はボニーに言われた通り、エミリーにビヘイリル王国の戦いのお詫びとお礼がしたいから何か欲しいものはないかと聞いたところ、
しばらく悩んだ末に、魔術師の杖が欲しいと言ったからだ。
最近のエミリーは聖級治癒魔術を習得し、更に衝撃波を使った長距離空中移動にも磨きがかかっている。
ただし、この二つは魔力消費が本気でバカにならないので、魔術の消費魔力を下げてくれる杖が欲しくなったのだ。
武器には頼らない主義のエミリーだが、治癒魔術と長距離移動のサポートアイテムとなれば、武器というより医療器具や乗り物みたいな扱いなので、装備するのに忌避感はない。
そんな思いを聞き届け、アレクはオルステッドに場所を聞いてこんなところにまで来た。
杖に必要なのは魔石と木材だ。
特に魔石の方が重要なのだが、それは昔倒したベヒーモスという巨大な魔物の腹から出てきた最高級品をまだ持っていた。
ならば、残るは木材。
そして、目の前のマスタートゥレントの枝こそが、どんな杖にでも合う幻の素材とまで言われる最高の木材なのである。
「北神流奥義『破断』!!」
「!!!!????」
アレクの最強奥義がマスタートゥレントの枝を斬り落とす。
山のような巨体からすると掠り傷のようなものだが、それでもマスタートゥレントは怒り狂ったようにアレクを仕留めようと枝を振り回し、刃のように鋭い漆黒の葉を雨のように降らせてくる。
アレクは斬り落とした枝を持って一目散に退散したが、あまりにもしつこくマスタートゥレントは追撃を繰り返した。
この魔物の枝が幻の素材とまで言われる最大の理由は、この執念深さによって枝を斬り落とした不届き者を執拗に狙い、持ち帰る前に殺してしまうからである。
列強下位クラスの力を持つこの魔物から逃げ切れるような猛者は、世界広しと言えども少ない。
だが、アレクは七大列強。
その世界有数の猛者である。
三日三晩の戦いの末、あまりにも巨大なせいで攻撃範囲がアホのように広いマスタートゥレントの魔の手から、アレクは遂に逃げ切った。
体はボロボロだが、不死魔族の血を持つアレクなら、しばらくすれば治る程度の負傷。
彼は達成感に包まれた歓喜の表情で再びネクロス要塞にまで走り、シャリーアに帰還した。
その後、アレクは魔法都市と呼ばれるほどに魔術関連の技術では世界最高峰のシャリーアでも更に指折りの
風魔術の補助に特化した緑の魔石を使った杖と、治癒魔術の補助に特化した黒の魔石を使った杖。
どちらもベヒーモスの腹から出てきた非常に透明度の高い魔石をマスタートゥレントの純白の枝で守るように包み込んだ形の杖だ。
その性能は凄まじく、それぞれ風と治癒の魔術の消費魔力を10分の1にまで抑えてくれる。
おまけに、アレクも習い始めたエミリーの龍聖闘気もどき、巷では『聖闘気』と呼ばれるようになった特殊な闘気を纏わせれば、神級剣士の斬撃すら受け止められるほどに頑強。
かつて、ルーデウスが10歳の誕生日プレゼントとしてボレアス家より贈られた彼の愛杖『
そんな代物を二本も贈られ、幼少期の貧乏生活の感覚を微妙に引きずっているエミリーは、頬を引きつらせながらも、アレクの好意を無下にはできずに受け取った。
そのことを満面の笑みで報告しに来たアレクに対して、ボニーは「重い、重いわ、アレクくん……」と激しく思ったが、アレクの満面の笑みを曇らせたくなくて口には出さなかったという。
・お義父さんのアレクに対する印象
頑張ってる子供。
エミリーのことが大好きで初心な天才剣士。
大恩人であるシャンドルの息子だし、光源氏計画(?)で立派に育てば、娘の相手として認めてやらなくもなくもない。
Q.アレクがビヘイリル王国での決戦時の状態のまま「娘さんをください!」って言ってきてたらどうしてましたか?
A.殺す。
・お義母さんのアレクに対する印象
素直な良い子。
自分に懐いてくれるのが可愛い。
ビヘイリル王国ではちょっと喧嘩したらしいけど、でも、ベガリットの一件以来ちょくちょくエミリーの話に出てくるし、エミリーも憎からず思ってたっぽいし、脈がないことはないんじゃないかと思ってる。
Q.アレクがビヘイリル王国での決戦時の状態のまま「娘さんをください!」って言ってきてたらどうしてましたか?
A.正座させてお説教。
改心したこと込みで考えれば、意外と好印象。
シャンドルの息子で、ベガリットでエミリーが助けてもらったっていう前情報がある上に、二人はシャリーアに来てからの勤勉なアレクしか見てませんから。
ビヘイリル王国の戦いでも、別に誰かを殺そうとしたわけじゃないし。
アレクは多分、一生この二人に頭が上がりません。
もしも、エミリーが絆されてアレクのラブを受け入れた場合、力関係がハッキリしてるのでエミリーにも尻に敷かれ、アレクの家庭内ヒエラルキーは最下層で固定されるでしょう。
首輪を付けられて飼われるがよい!