剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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番外 妖精剣姫と救世主

 それは平和な日常が続いていたある日のこと。

 なんの前触れもなく、突如として事務所のオルステッドの机の上に謎の脅迫文が置かれるという事件が起きた。

 

 すわ、ここ数年大人しくしてたヒトガミが遂に動き出したか!?

 ってなって、オルステッドを含めた私達全員が街中を走り回る大騒動に発展。

 

 犯人はすぐに見つかった。

 驚いたことに、犯人はシャリーアの中にいたのだ。

 それどころか、ルーデウスの土魔術で作られた事務所の地下空間に隠れ潜んでた。

 灯台下暗しの心理を巧みに使った知能犯だ。

 

 しかし、我らが国をも落とせる龍神陣営からいつまでも逃げ切れるわけもなく、犯人は即刻捕縛。

 エリスさんによるお尻ペンペンの刑に処された。

 更に今回はあまりにも悪質な犯行だったってことで、一週間みっちり、学校の後に私に修行をつけられるという刑罰が加算されることに。

 

 この程度の罰で済んだのは、脅迫文がただのイタズラだったことと、何より犯人が身内だったからこそだ。

 そう。

 犯人はグレイラット家の子供達の一人。

 未来の救世主、ララ・グレイラットだった。

 

 

「では、これより、修行を、始める」

「えー……」

 

 ララ達が通ってる魔法大学の放課後の時間。

 事務所の裏の野原に強制連行してきたララに修行開始を告げると、露骨に嫌そうな顔をした。

 それどころか、一緒に付いてきた守護魔獣のレオの毛皮にもたれかかってダラ~ンとしてる。

 近くで修行してるアレクとジーク、それと小パックスとランドルフさんの師弟二組から困った子を見るような目で見られてもお構いなしだ。

 やる気ゼロどころか、完全に舐められてる。

 

 これまで私はグレイラット家の子供達にこういう修行を施したことはなかった。

 私としては全員に剣の楽しさを教え込む気満々だったんだけど、

 エリスさんに自分の仕事を取るなみたいな目で睨まれて、泣く泣く断念したのだ。

 

 やってたのは精々、たまに修行相手として超手加減モードで戦いながらアドバイスする程度。

 基本的に褒めて伸ばす方針で、めっちゃ優しくした。

 おかげで子供達には大分懐いてもらえたんだけど、弊害がこんなところに……。

 

 でも、今日はとことんやってくれって言われてる。

 ララが将来、イタズラの延長で絶対に怒らせちゃいけない相手を怒らせたりしないように、徹底的に懲らしめなきゃいけないのだ。

 私は心を鬼にして、ララの目じゃ追えない速度で背後に回り、そのお尻をスパーンとぶっ叩いた。

 

「あうっ!?」

「ルーデウス達から、お尻ペンペンは、許すって、言われてる」

 

 既にエリスさんによって腫れ上がるくらいまでペンペンされたララに追い討ちは相当効いたみたいで、お尻を押さえて悶絶しながら涙目になってた。

 

「真面目に、やらないと、容赦なく、叩く。わかった?」

 

 無言でコクコクと頷くララ。

 よろしい。

 

 では、改めて修行開始だ。

 とはいえ、私は意欲のない相手に剣を教えた経験なんてない。

 昔、姉に水神流と北神流を教えたり、師匠に光の太刀とかを教えたりはしたから、学ぶ気のある相手に技を教えることはできる。

 だけど、相手のやる気を引き出す方法は知らない。

 師にはなれても、教師にはなれない感じだ。

 

 なので、ララに修行をつけながら私もそこらへんを学ぶべく、初日はそういうのが得意そうな人の力を借りることにした。

 

「じゃあ、アレク、ランドルフさん、お願い」

「任せて!」

「いやぁ、気が進みませんねぇ」

 

 やたら張り切ってるアレクと、反対にため息なんか吐いてるランドルフさん、

 それと二人の教え子であるジークと小パックスを連れて、私達は移動を開始した。

 

 あ、この二人に頼むわけじゃないよ。

 ランドルフさんは知らないけど、アレクなんて弟子のウィ・ターさんやナックルガードに逃げられた師匠だし、とても適任とは言えないからね。

 ジークの育成は順調みたいだからワンチャンあるとは思うけど、今回に関してはもっと頼れる人がいる。

 二人にお願いしたいのは、その人との通訳だ。

 

 まず向かった先は事務所の地下。

 同じ人族とエルフの混血ってことで親近感があって仲良くなった受付嬢のファリアに「行ってらっしゃ~い」って見送られながら、各地への転移魔法陣がある場所へ。

 

「師匠、どこ行くの?」

「ふっふっふ。着いてからのお楽しみさ!」

「楽しみだね、ランドルフ!」

「あまり期待しない方がよろしいですよ、ジュニア様。

 あそこを楽しい場所として認識できるのは、強さだけを追い求める生粋の武人だけですので」

「うへぇ」

 

 ランドルフさんの言葉で、むさ苦しい道場でも想像したのか、ララが逃げたそうにチラチラと後ろを振り向くようになった。

 でも残念。

 私はララの後ろから付いていってるから退路はない。

 

 そして、私達は事務所の転移魔法陣の一つに乗って、そこに訪れた。

 最も過酷な大陸と呼ばれる魔大陸の中でも特に過酷な土地にそびえる巨大な要塞の中。

 

 ここは、とある魔王の根城。

 別名『力を与える魔王』とも呼ばれる、伝説の大魔王の住まう場所。

 

「*****! ****! **********!」

「『アーハッハッハ! よくぞ来たな! エミリー、アレク、ランドルフ!』だそうだよ」

 

 出迎えてくれたのは、通訳してもらわないとわからない魔神語で話す女魔王。

 『不死魔王』アトーフェラトーフェ・ライバックが、ニコやかな笑顔で私達を歓迎してくれた。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!」

「もう、無理……」

「オロロロロロ……」

 

 アトーフェさんによる地獄の特訓が始まって数時間。

 子供達は悪夢の中にいた。

 一番体力のあるジークですら疲労困憊。

 小パックスは心が折れかけ、ララに至っては乙女にあるまじき虹色のゲロゲロを口からスパーキングした。

 

 彼らがまず最初にやらされたのは、親衛隊の人達との一対一のバトルだ。

 できるだけ手加減の上手そうな人が三人選出され、ジーク、小パックス、ララに一人ずつ付いた。

 

 しかし、いくら手加減してもらってるとはいえ、彼らの基準は魔大陸1の過酷な修行を毎日のように積んでるアトーフェ親衛隊の基準。

 体力が尽きても容赦はなし。

 疲れて動きが止まれば、当然のようにその隙を狙われてボディブローが飛んでくる。

 骨折なんて当たり前。

 治癒魔術で治るんだから問題ないとばかりに、子供でも躊躇なく殴り飛ばす。

 ララの顔面にパンチがめり込んだ時は、私じゃ絶対にできないなって思った。

 

 その戦いは全員が気絶するまで行われ、私が治癒魔術をかけ終わったと同時に水をぶっかけられて叩き起こされ、次は技のお稽古の時間だ。

 ジークと小パックスは、張り切ったアトーフェさんに源流に最も近い北神流を体に直接叩き込まれ、

 ララは魔術師タイプってことで、ムーアさんに実践的な魔術の使い方を教わった。

 

 これ、感覚派のアトーフェさんに叩きのめされながら実戦形式で教わってる二人も大変そうだけど、

 ムーアさんの方も、「さて、今教えた通りにレジストしてみなさい」とか言って、容赦なくララに魔術を叩き込むから、見ててヒヤヒヤする。

 アレク、ランドルフさん、私の師匠三人組で、子供達が死にそうになったらいつでも飛び出していけるように身構えてなかったら、とても見てられない。

 

 この授業も全員が気絶するまで行われ、またしても治癒魔術をかけ終わると同時に叩き起こされる。

 この時にはもう、子供達の顔は恐怖一色に染まってた。

 しかし、アトーフェ親衛隊の辞書に容赦の二文字はない。

 

 次は体作りのためにランニング。

 危険な魔物がはびこる要塞の外を、親衛隊の皆さんと一緒に走る。

 遅れたら魔物の餌食になるから、疲れ果てても全力で走る。

 

 戻ってきた時にはまたしても全員気絶し、叩き起こされて次は魔力総量を増やす修行。

 幼少期に魔術を使いまくると魔力総量が増えるってことで、最近ルーデウス達が開発に成功した魔力回復薬(マジックポーション)の試作品(味の改良がまだだからゲロマズ)を飲まされながら、気絶するまで魔術を使わされた。

 もちろん適当に使うことなんて許されず、三人一緒ってことでララ一人を相手にしてた時より本気になったムーアさんの魔術を命懸けでレジストしながらだ。

 

 で、気絶した後、またしても叩き起こされて修行続行……ってなるはずだったんだけど、

 水をぶっかけても死体のように無反応だったから、さすがに限界の限界を迎えたっぽいってことで、ようやく解放された。

 

 アトーフェブートキャンプ入門編、これにて終了である。

 これで入門編でしかないっていうのは凄いね。

 まあ、とにかく、気絶から回復した瞬間に条件反射で身構えた子供達に終わったことを伝えると、滂沱の涙を流してお互いに抱き合いながら喜んだ。

 三人の間に硬い絆が生まれたような気がする。

 

 最後に皆でアトーフェ親衛隊の皆さんにありがとうございましたってお礼を言って、

 笑顔のアトーフェさん達を前に真っ青な顔で震える子供達を連れて、シャリーアに帰還。

 その日はもう遅かったので、子供達を家に送っていって解散になった。

 

 私が送っていったジークとララは、まだ青い顔で「アトーフェさんには二度と会いたくない」とか言い出したよ。

 トラウマになったっぽい。

 多分、小パックスもこうなってると思う。

 自業自得なララはともかくとして、興味本位で付いてきただけのジークと小パックスには悪いことしちゃったかもしれない。

 

 

 

 

 

 翌日。

 娘や孫に甘いルーデウスと師匠は、昨日子供達が受けた虐待とも言える修行の話を聞いて「もういいんじゃないかな」とか言い出したけど、一週間という予定を反故にする気はない。

 

 さすがに私もアトーフェさんに頼むのは早計だったって反省してるし、アトーフェブートキャンプレベルの過酷な修行をこれ以上やらせる気もないけど、修行自体はちゃんと一週間続けさせるつもりだ。

 

 昨日あれだけ震えてたジークも、ちゃんと今日もアレクのところに行くって言ったしね。

 弟がこれだけ頑張ってるんだから、ララだけ逃がすつもりはない。

 

 そういうわけで、授業が終わった頃を見計らって魔法大学に迎えに行けば、困った顔のジークだけが校門にいた。

 

「ジーク、ララは?」

「えーっと……ララ姉、逃げちゃった」

「は?」

 

 なんと、ララはジークだけ送り出して逃走したらしい。

 中々にいい根性してるじゃないか。

 私から逃げられると思うなよ。

 

 というわけで、先にジークを事務所のアレクのところに届けてから、私は魔法大学に戻って魔眼出力を強に。

 ララの魔力の痕跡を追う。

 さすがに、まだ幼いララに私の魔眼をかい潜る知恵はなかったみたいで、倉庫みたいなところに隠れてたララを即座に発見。

 逃走の罰として、今日もアトーフェさんのところに放り込むことにした。

 

「いやぁーーー!!」

 

 本気で悲鳴を上げながら私に担がれて事務所の転移魔法陣に連行されるララを、ジークと小パックスが痛ましげな目で見てたけど、残念なことに付いてこようとはしなかった。

 ララは「裏切り者ーーー!」とか叫び、昨日あれだけ強固だった子供達の絆にヒビが入る音を聞きながら、私は何とも言えない気持ちでネクロス要塞へ。

 今回はムーアさんが出迎えてくれた。

 

「ムーアさん、今日も、よろしく、お願い、します」

「はい。その子は中々に才能があって鍛えがいがありますからね。私も楽しみですよ」

 

 ニコリと笑うアトーフェ親衛隊隊長の顔を見て、ララは今にも失神しそうなくらい青い顔になった。

 

 

 翌日。

 修行3日目。

 魔法大学に行ったら、またしてもジークだけがいた。

 

「ララは?」

「逃げた」

「またか」

 

 魔眼出力を強にしてみれば、ララの魔力の痕跡が色んな方向に向かって伸びてるのがわかった。

 なるほど、撹乱作戦か。

 事前に学校中を歩き回って痕跡を残しておいたな。

 

 しかーし!

 その程度で我が魔眼は欺けない!

 魔力の痕跡は新しいものほど濃く、古いものほど薄いのだ。

 だから一番濃いララの魔力を辿っていけば、あら不思議。

 青髪の幼女がいるじゃありませんか。

 

「み~つけた」

「いやぁーーー!!」

 

 ネクロス要塞送りの刑。

 

 

 修行4日目。

 またしても校門にはジークだけがいた。

 

「ララは?」

「籠城してる」

「そっか」

 

 どうやら今日は懇意にしてる研究室に籠城してるらしい。

 懲りないなぁ。

 見上げた反骨精神だと思う。

 

「なんで、そこまで……」

 

 逃げなければ、普通の修行をするだけなのに。

 

「なんか、素直に修行したら負けた気がするんだって」

「なんじゃ、そりゃ」

 

 そんな働いたら負けってのたまうニートじゃないんだから。

 まあ、なんにしても本日は城攻めである。

 一応魔眼出力強を使いながら、ララの痕跡を追って研究室へ。

 

 そうしたら、通路の至るところにイタズラみたいなトラップが仕掛けられてた。

 試しにいくつか引っかかってみたら、泥沼を発生させるトラップだったり、上からゴキブリが降ってくるトラップだったり、ゴキブリに怯んだところを捕獲するトラップだったりと、殺傷系トラップこそ無かったけど、かなり凝ってた。

 

 この感じ、なんとなくオーベールさんと森の中で隠れ鬼した時に仕掛けられてたトラップに似てるんだけど、まさか……。

 そういえば、ララってオーベールさんにやたら懐いてたような……。

 なんか私の知らないところで謎の英才教育が施されてる気がする。

 

 とはいえ、まだまだ本家オーベールさんに比べればお粗末なトラップ。

 そのオーベールさんとの修行で慣れてる私の足を止められるはずもなく、あっさりと捕獲。

 ネクロス要塞送りの刑に処した。

 

「いらっしゃい」

「いやぁーーー!!」

 

 

 修行5日目。

 やっぱり、校門にはジークだけがいた。

 

「ララは?」

「わかんない」

「そっか」

 

 遂にジークからの情報まで遮断したな。

 日に日に本気度が上がってる気がする。

 

 早速、魔眼出力を強に。

 ララの魔力の痕跡を追って魔法大学の中へ。

 でも、今日は意外な人物に捕まった。

 

「やあ、エミリーくん。今ちょっといいかね?」

「校長、先生?」

 

 私に声をかけてきたのは、バレバレのカツラがチャームポイントの小柄なおじさん。

 昔、私に風王級魔術を見せてくれた、魔法大学校長のゲオルグさんだった。

 

「今、ちょっと、忙しい、です」

「まあまあ、そう言わず。大事な話なんだ」

「むぅ……」

 

 大事な話と言われれば、断るのもちょっと気が引ける。

 私の用事は所詮イタズラ娘への制裁であって、いくらでも後に回せる用事だからね。

 この人には王級魔術を見せてもらったのに始まり、学生時代は長期休学を許してくれたり、父と師匠を雇ってもらったりと、何かとお世話になってるし。

 

 私は校長に招かれて校長室みたいな場所に通され、そこでお茶菓子を出されて歓迎された。

 

「いやぁ、聞いたよエミリーくん。最近は王級治癒魔術の習得まであと一歩というところまで来てるそうじゃないか。

 王級魔術の習得は魔術師にとって一つの偉業!

 魔術を剣術と融合させたユニークな使い方といい、剣士の身で魔術にそこまでの理解を示してくれることを嬉しく思う!

 そうそう、君の持つ二つの杖も大変素晴らしい代物で……」

 

 校長は、校長の話とはかくあるべきと言わんばかりに、どうでもいい話を長々と喋り始めた。

 いや、褒められてる感じだから悪い気はしないけど、一向に本題に入らないせいで、ちょっとイライラする。

 お茶を飲み干し、お菓子を食べきる度に事務員さんがおかわりを持ってきてくれるのは嬉しいけど。

 

 でも、さすがに本題に入らないまま、話を聞き流してお茶菓子を堪能してる時間が30分も過ぎれば、ポンコツな私でも「あれ?」って思ってくる。

 

「それでだね……」

「校長、先生」

「ん? 何かね?」

「本題は?」

 

 ようやくお茶菓子の誘惑を断ち切ってそう問いかけると、校長は汗の浮かんだ顔で「えーっとだね、その……」とか口ごもって、挙動不審になり始めた。

 ……まさか。

 

「校長、ララに、何か、言われた?」

「ギクッ!」

 

 明らかに動揺した!

 しまった、ララの策略か!?

 まさか魔法大学校長なんて大物を裏で操るとは……!

 

「し、仕方なかったんだ……。言う通りにしないと、私の秘密を全校生徒に言いふらすと脅されて……」

「どうせ、カツラの、ことでしょ。言うまでもなく、皆、知ってる」

「え!?」

 

 私は即座に踵を返し、「そ、そんなはずはない! 少なくともいたいけな新入生達にはバレていないはず!」とか見苦しい言い訳を重ねてる校長を無視して、ララの追跡を開始した。

 どうも、ララは私が校長とお茶菓子に足止めされてる間に魔法大学から逃げたみたいで、

 魔力の痕跡を辿ってみたら、街中の人口密度が高いところに逃げ込んでた。

 

 その後、人混みに紛れるようにして逃げるララを、ア○シールド21ばりの華麗な走法で通行人を避けて確保。

 でも、追跡中は人混みをかき分けながらの移動だったから、足止めと合わせてかなりの時間を稼がれてしまった。

 ネクロス要塞送りの刑に処したものの、門限の関係でいつもに比べれば軽い地獄しか見せられなかった。

 

 

 翌日。

 修行6日目。

 今日は校門にジーク以外がいた。

 

 ただし、ララじゃない。

 猫耳、犬耳、馬耳、兎耳。

 色んな種類の耳と尻尾を生やした獣族達が、私の前に立ち塞がったのだ。

 

 まるで、魔法大学に入学したての頃、不良時代のリニアとプルセナが私を襲撃した時みたいな光景。

 その二人もまた、獣族軍団の司令官みたいな感じで先頭に立ってた。

 ちなみに、向こうの最高戦力は、最近帝級への階段を登った双子の兎耳獣族『北帝』ナックルガードである。

 

「リニア、プルセナ、ナックルガード。どういう、つもり?」

 

 ちょっとだけ殺気を向けながら問いかける。

 すると、名前を呼んだ三人(四人?)も、それ以外の全員も、一斉に冷や汗をかいた。

 でも、誰一人として道を譲らない。

 

「ひぃ!? こ、怖いの……! でも、今回ばっかりは引けないの!」

「そ、そうニャ! これは聖獣様の命令! 聖戦ニャんだニャ!」

「わ、我ら北帝『双剣』のナックルガード!」

「せ、聖獣様のため、ここで死する覚悟なり!」

 

 ああ、なるほど。

 レオの力か。

 確か、グレイラット家の守護魔獣であるレオは獣族の信仰対象である『聖獣様』だったね。

 そして、ララはそんなレオに選ばれた『救世主』。

 レオが一声かければ、決死の覚悟を決めた獣族達を味方にできるってことか。

 ララめ。

 校長の一件で、人を使うことの有用さを学びおったな。

 

 敵は帝級のナックルガードと、上級剣士クラスのリニアとプルセナ。

 更に、オルステッド配下の一員として、充分な訓練を受けたルード傭兵団所属の獣族達。

 おまけに、魔法大学在学中の獣族達。

 総勢数百名の大軍勢。

 

「上等。その程度の、戦力で、私を、止められると、思うな!」

 

 その後、私はこんなしょうもない争いで刃傷沙汰にするつもりもないから、素手で全員をのしてララを確保した。

 昨日よりも時間を稼がれた。

 

 

 翌日。

 修行最終日。

 

 校門には昨日以上の大軍勢がいた。

 数自体は昨日と大して変わらない。

 相変わらず、シャリーアにいる獣族の戦士勢揃いだ。

 しかし、今日はここに主力を張れるメンバーが追加されてる。

 

「娘は、俺が守る!」

「孫は、オレが守る!」

 

 最近開発に成功した低燃費で高性能な魔導鎧『三式』に乗り込んだルーデウスと、

 ナックルガードと同じく帝級クラスに至った、気迫に満ちた顔の師匠。

 

「可愛い弟子のお願いだ。悪いが、君を止めさせてもらうよエミリー!」

「すみませんねぇ。ジュニア様に頼まれたら断れないもので」

 

 更に、七大列強第七位のアレク。

 元七大列強第五位のランドルフさん。

 多分、ララを見捨てたことに罪悪感を感じてたジークと小パックス経由で動員されたんだと思う。

 

「微力ながら(それがし)も助太刀させていただこう。

 ……色々と教えているうちに弱みを握られてしまったのでな」

 

 おまけに、神級の剣士『奇神』オーベールさんまで。

 ララの罠を見た時からもしやとは思ってたけど、やっぱりララと繋がりがあったらしい。

 三式ルーデウス、師匠、アレク、ランドルフさん、オーベールさん。

 神級四人に帝級一人を加えた大軍勢が、私の前に立ち塞がった。

 

「なんなの……!」

 

 なんなの、この豪華すぎる面子は!?

 最終決戦じゃないんだよ!?

 こんな大国を落とせそうな戦力を動かせるとか、ララは将来間違いなく大物になるよ、ちくしょう!

 

「かかって、来いやぁーーー!!」

「「「うぉおおおおおお!!」」」

 

 その日、魔法大学の歴史に残る伝説の戦いが勃発した。

 

 

 

 

 

「ララーーーーー!!」

「ひぃ!?」

 

 全員に刃傷沙汰を避けるだけの理性があったので、武器も奥義も無しで殴り合うことしばらく。

 抱きついて動きを止めにきたアレクを締め落とし、ランドルフさんに内臓破裂級のボディブローを叩き込んで気絶させ。

 オーベールさんを殴り、ナックルガードを殴り、断腸の思いで師匠も殴り、ルーデウスの三式を連続パンチで破壊し、雑兵達も全員気絶させて。

 

 数時間かけて大軍勢を殲滅した私は、遂に黒幕であるララを追い詰めていた。

 現在地はなんと、ミリス大陸の大森林の中。

 

 ララはあの大軍勢を囮にして逃亡し、乱戦に紛れて上手いこと離脱したリニアとプルセナをお供にして事務所に移動してた。

 そして、受付のファリアを上手いこと言いくるめようとして失敗した犬猫を見捨てて、ファリアの注意を引きつけるための囮に仕立て上げ、ララはレオと共にコッソリと事務所地下の転移魔法陣でミリス大陸へ。

 

 レオのシンパである獣族の本拠地、犬猫やギレーヌの故郷であるドルディア族の村にまで逃げ込み、そこでギースさんのごとき口車で獣族達をたぶらかしたのか、獣族の戦士団を私にぶつけてきた。

 大森林は『獣神語』っていう言語が使われてる土地だから、ベガリット大陸の悪夢の時同様、私の言葉は通じず、

 聖獣様のために死にものぐるいで襲ってくる獣族の戦士団と戦争をやるハメになって、更に時間を稼がれてしまった。

 

 獣族戦士団がそんなに強かったわけじゃない。

 やっぱり大きな戦争のない時代が長かったからか、本気で武の極みを目指してる感じの人がいなくて、アトーフェ親衛隊とかに比べれば遥かに弱い。

 ただ、さすがは人族よりも強靭な獣族というべきか、磨けば光りそうな人はいっぱいいる。

 第二次ラプラス戦役が始まれば、この村は量産型ギレーヌの生産拠点になるかも。

 

 そんな有望な味方陣営の人達を、こんなしょうもない戦いで殺したり大怪我させたりするなんて言語道断。

 魔法大学の決戦と同じく、殺さないように手加減するために剣も奥義も使えなかったから、相応の時間を消費した。

 

 その隙に、やっぱりララは逃亡。

 レオの背に乗って大森林の中に入り、かなりの距離を稼がれてしまった。

 その距離を北神流『花火』による空中ダッシュで縮めて、今に至る。

 

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 ララは空中にいる私を、ルーデウス直伝の岩砲弾(ストーンキャノン)で狙撃してきた。 

 私は素手で水神流を使って受け流し、全く減速せずに距離を詰める。

 

「『濃霧(ディープミスト)』!」

 

 攻撃は通じないと即座に学んだのか、今度は濃霧を発生させて目くらまし。

 すぐに風魔術で散らしたけど、そのほんの僅かな間にララの姿が忽然と消えてた。

 魔力の痕跡を辿ってみれば、大木の影の地面に穴が。

 土魔術でトンネルを掘ったか!

 

 こんな感じで、ララはレオの機動力と大森林の地形を利用し、

 ルーデウス直伝の魔術、ムーアさん直伝の実践的な使い方、そしてオーベールさんみたいな意表を突いた戦術を使って、この私との追いかけっこを成立させていた。

 これって、かなり凄いことだ。

 魔導鎧ルーデウスと距離を空けて模擬戦した時でも、もう少し簡単に捕捉できたのに。

 まあ、こっちを倒すのが目的の模擬戦と、逃げに徹してる今のララを比べるのは、ちょっと違うかもしれないけど。

 

 でも、ララはまだ10歳の幼女だ。

 そんな幼女にいつまでも逃げられ続けたら、七大列強の名折れ!

 私は容赦を捨て、周囲の地形を変える覚悟で木々を薙ぎ倒しながら進撃してララに迫った。

 

「確保ーーー!!」

「いやぁーーー!!」

 

 そこまでして、ようやくララを捕獲!

 全く、手こずらせおって。

 どうしてくれようか、このイタズラ娘。

 とりあえず、この後はいつも通りネクロス要塞送りの刑だ。

 それが終わったら、赤竜山脈に旅行に連れて行って、襲ってくるハグレ竜と戦わせてやる。

 地獄巡りの旅を楽しむがよい!

 

 そうして、私がララへのお仕置きプランを考えていると、何故か私に首根っこ掴まれたララがニヤリと笑った。

 

「……何、その顔?」

「ふっ。エミリー姉、西の空を見てみるといい」

「西?」

 

 言われて西を見る。

 特に何もない。

 空中城塞も見えないから、ペルギウスさんという切り札を隠し持ってるわけでもないはず。

 なんだろう?

 ララは何が言いたいの?

 

「わからない? 太陽の位置」

「太陽の、位置……はっ!?」

 

 首を傾げてた私だけど、その一言でようやく悟った。

 西の空に浮かぶ太陽は、もう随分と傾いてる。

 そろそろ、グレイラット家の門限の時間だ。

 つまり、タイムオーバーである。

 

「勝った! 遂にエミリー姉に勝ったーーー!」

「ぐぬぬ……!」

 

 悔しい!

 これじゃ今日はもうネクロス要塞送りの刑にすら処せない!

 こ、この私が、10歳の幼女に、負けた……!?

 

「……次は、負けない!」

「ふっふっふ。いつでもかかってくるといい」

 

 ドヤ顔のララと共に、私はシャリーアに帰還した。

 いつの日か、リベンジすることを誓いながら。

 

 

 

 

 

 後日。

 ここまでの大騒動を起こしたララは、姉、ロキシーさん、エリスさんのグレイラット家の三人のお母さん達にコッテリと絞られた。

 お尻ペンペン千回の上に、迷惑をかけた関係各所への謝罪祭りをさせられ、

 トドメに更なるお仕置きとしてアトーフェブートキャンプ本格編への一ヶ月の強制参加と、

 根性を叩き直すべく、最低でも聖級剣士クラスになるまで終われない私への長期弟子入りの刑に処された。

 ララに加担した罪でルーデウスと師匠も処されたから、誰もララを助けてはくれない。

 

「さあ、今日は、赤竜山脈で、修行、しようか」

「いやぁーーー!!」

 

 ニッコリと笑って告げれば、ララはムンクの叫びのような絶叫を上げる。

 この一件以降、ララは行き過ぎたイタズラを自重するようになった。

 でも、イタズラ自体をやめることはなく、お尻ペンペンされるかされないかギリギリのラインを見極めるようになったから、筋金入りである。




その後、ララは存分にエミリーに可愛がられ、ようやく聖級クラスになって解放された後は、反動でグータラ娘になりましたとさ。
でも、良くも悪くも二人の仲は深まったそうです。


獣族の皆さん「な、七大列強とはここまで強いのか……!」
ヒトガミ「こんな化け物、どうやって殺せと……」orz

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