剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ぐぬぬ……!」
私は今、勝ち目の見えない戦場を前にして唸っていた。
戦いは完全に私の劣勢だ。
いや、劣勢というのもおこがましいくらい一方的に追い詰められてる。
七大列強第五位にして、伝説の『闘神』を打ち破ったこの私が、手も足も出ない!
「どうした? 貴様の力はその程度か、妖精剣姫よ?」
無力な私を、対戦相手が余裕の表情で煽ってきた。
つ、強い……!
オルステッドと戦った時以上に高い壁を感じる……!
でも、私は負けるわけにはいかない!
「うぬぬぬぬぬ……!」
「頑張って、エミリー。逆転の道はちゃんとあるわよ」
そんな私を後ろで応援してくれるのは、我が友である静香だ。
そう、私は彼女のためにも負けられない!
無力な私に力を貸してくれた静香に報いなければならないのだから!
なんか静香の意識は、私の戦いより食べてるチャーハンの方に向いてる気がするけど、それでも負けられないのだ!
ぬぉおおおおおう!!
唸れ! 私の灰色の脳細胞!!
敗色濃厚なこの戦場に、一筋の光を!!
「ここ!」
そして、私の一手が盤上に放たれる。
脳をフル回転させて考えついた会心の一手!
これで、どうだ!?
「あ、その駒はそこには動けないわよ」
「ハァ。いったい何度目だろうな? 貴様がルールを間違えるのは」
「…………もう、限界」
私は知恵熱でパタリと机に倒れ込んだ。
その机の上には、『カルカトランガ』っていう、チェスに似たこの世界のボードゲームが置かれてる。
盤上の状態は悲惨の一言だ。
私がルールを把握し切れてないせいで、どのくらい酷いのかすらわからないっていうのが一番酷い。
そんな私と盤上を見て、対戦相手のペルギウスさんはため息を吐き、静香は苦笑いを浮かべた。
なんで私がこんなことやってるのかというと、話は数時間前に遡る。
今日は一ヶ月に一度、ペルギウスさんの精霊の一人『時間』のスケアコートさんの能力で眠りについてる静香が目覚める日。
どうしても外せない用事がある時以外は毎回会いに来てる私は、今日もいつも通り静香を訪ねた。
いつもと違うことといえば、珍しく訪問者が私一人なことくらい。
普段はルーデウスがアイシャちゃんとかに頼んで研究してもらってる日本の料理を持って一緒に来るし、そうじゃなくてもザノバさんとかが一緒に来る。
でも、今回は私一人だった。
他の皆は用事があったりして、チャーハンを持たされた私が一人で送り出された。
それで静香に軽く近況の話とかをしながら一緒にチャーハンを食べてたんだけど、
この空中城塞には、日本の料理の匂いに釣られてか、毎回ふらりと現れる人がいる。
それが家主こと、『甲龍王』ペルギウスさんだ。
私は初対面の時に空中城塞を荒らしちゃったから、あんまりこの人からの心証が良くない。
だから、普段は他の誰かがペルギウスさんの話し相手をするんだけど、今回は私と静香しかいないから、自然と私もペルギウスさんとの会話に参加することになる。
で、ぎこちない会話をしてるうちに、話が妙な方向に転がり始めたのだ。
「妖精剣姫、貴様は復活したラプラスとの戦いに参加するのだろう?」
「へ? あ、はい」
何の脈絡もなく投げつけられた質問に素直に答える。
すると、ペルギウスさんは後ろに控えてたシルヴァリルさんに目配せして、そのシルヴァリルさんが机の上に芸術品みたいな盤と駒を置く。
それがカルカトランガだった。
前にルークさんがやってるの見て、この世界にもこういうのあるんだなーって思ったことがあるから覚えてる。
でも、なんで今これが出てきたんだろとも思った。
「貴様の話はナナホシやルーデウスからよく聞いている。
それによると、貴様はあの忌々しいアトーフェほどではないにしろ、頭の出来が良くないそうではないか。
いざラプラスとの戦争が始まった時、無能な味方が考え無しに動いて戦線が混乱するのはゴメンだ」
「故に、これで少しは頭を鍛えろ」とペルギウスさんは言った。
そして、有無を言わさず対局に突入。
考え無しに動いて空中城塞を荒らした負い目のある私に、断るなんて選択肢はない。
でも、私はこのゲームどころか、チェスも将棋もわからないし、なんならオセロですら大の苦手だ。
なので、セコンドに静香が付いて、駒の動かし方とか戦術とかのアドバイスをしてくれた。
それでもまあ、対局の内容はお察しでして……。
何度も何度もルールを間違え、その度に待ったをして、どうにかゲームを最後までやり切ってもペルギウスさんに大敗する。
しかも、ペルギウスさんは何度私を叩きのめしても対局をやめてくれない。
私が一端のプレイヤーとまではいかなくても、何かしら成長するまで解放してくれる気はないみたいなのだ。
おまけに、ペルギウスさんは基本暇人だから、他の用事で中断される可能性も低い。
死ぬ……。
脳みそが茹だって死ぬ……。
そんなこんなで、通算20回目の対局。
知恵熱で朦朧とする頭に氷嚢を当て、静香のアドバイスを聞きながら殆ど勘で駒を動かしてた時、奇跡が起こった。
「む……!」
「あれ? これって……」
ペルギウスさんが難しい顔しながら盤上を睨み、静香はどことなく期待してる感じの顔で同じく盤上を見詰める。
やがて、たっぷり1分くらい沈黙した後、ペルギウスさんの額に冷や汗が浮いてきた。
「ここをこうしてこうすると……詰みますね。五手詰めです」
「なん、だと……!?」
静香がすすすっと駒を動かし、ペルギウスさんが愕然とした顔になった。
え? 何? 詰み?
もしかして……私、勝ったの!?
いや、まあ、私の頭じゃ今静香が動かしたみたいに綺麗に詰ませることなんてできないんだけどさ。
それでも順当に進めば勝てる状況を作れたっていうのは快挙じゃない!?
これは成長と呼んでもいいのでは?
解放されるのでは!?
「ふ、ふん。せいぜい今の感覚を忘れず、これからも精進することだ」
そう言い残して、ペルギウスさんは威厳を取り繕いながら退室していった。
カルカトランガを片付けてから後に続いたシルヴァリルさんにはギロッと睨まれた。
なんか、より一層ペルギウスさんに嫌われちゃった気がする……。
でも、今は、
「お、終わったぁ……」
「お疲れ様、エミリー」
この開放感に身を委ねていたい。
やっぱり、頭使うのは苦手だ。
勘で勝てたんだし、今後誰にも頼れない状況で難しい判断を迫られた時は勘で決めよう、そうしよう。
その後は、対局で溜まったストレスを解消するように、静香と日本語でダベって過ごした。
アレクのアプローチが本格的になってきた話とか、
父が上級剣士クラスの闘気がないと引けないマスタートゥレント製の弓(もちろん特注品)の力と、狩人として培った技術をオーベールさんから教わった隠密殺法と組み合わせることで北聖になった話とか、
修行の前に必ず逃げるララが、最近は占命魔術とかいう占いの魔術で私の行動を先読みして、召喚魔術で魔獣とか精霊とか出せるようになって戦術の幅が広がったせいで捕獲が大変になってきた話とか。
そういう雑談で気力を回復した後は、ここしばらくの静香の日課になってるダイエットのお手伝い。
運動のついでに、北神流の生き残ることに特化した逃走派の技術を教えて、
静香が元の世界に帰れるようになる頃には、戦場のゲリラからでも、サバンナの猛獣からでも逃げられるくらいのレベルに仕上げることを目指す。
例の異世界転移魔法装置は、ちゃんと起動すれば、恐らく元の世界に帰れるだろうって話だけど、元の世界のどこに出るかはわからないみたいだからね。
空の上とか海の中とか、そういう即死する場所を避ける機能はあるらしいけど、
日本に飛ぶか、アメリカに飛ぶか、無人島に飛ぶかすらわからない。
水とか食料とか防寒具とか換金できそうなものとか、あと護身用の魔力結晶+魔術のスクロールとかを持てるだけ持っていく予定ではあるけど、最後にものを言うのは体力と生存能力だ。
魔力関連の護身用アイテムは強力だけど、元の世界で使えるとは限らないし。
静香の悲願を成就させるためにも、半端な教え方はできない。
ララへの指導の倍は真剣に取り組んだ。
で、それが終わる頃には遅い時間になってる。
一緒に水浴びをして、ペルギウスさんが用意してくれた夕食をいただいて、それから解散。
静香は自室に戻った後、スケアコートさんの能力で再び一ヶ月の眠りにつき、私はペルギウスさんの転移でシャリーアに送ってもらう。
お休み、静香。
一ヶ月後にまた来るよ。
まあ、静香からすれば、ほぼ毎日会ってる感じなんだろうけど。
【悲報】ペルギウス様、ポンコツに負ける
格下を舐めてかかって、手加減からの取り返しのつかないミスをして敗北。
よくあることです。
・北聖『
障害物に身を隠し、遠距離からスナイパーライフルのごとき狙撃で敵を仕留める。
貫通弾や曲射もお手のもの。毒矢も当然使ってくる。
オルステッドコーポレーション所属のため、事務所の備品であるマジックアイテムを装備する許可を貰っており、それによって天敵である広範囲殲滅系の魔術に対する耐性まで得ている。
距離を取った戦闘では魔術師以上に厄介なくせに、近づいても上級剣士クラスの強さを誇るという理不尽な存在。
第二次ラプラス戦役にて名を馳せる英雄の一人である。
・『七星魔女』サイレント・セブンスター
現在、北神流(逃走派)初級。
異世界人で魔力への耐性があまりないことで気軽に治癒魔術をかけられず、それによってハードな修行を課せないので成長が遅い方ではあるが、世界最強の剣士がマンツーマンで熱心に指導してくれているので、第二次ラプラス戦役の頃には中級くらいには至ってると思われる。
そこまで行けばナイフでライオンを撃退できるし、並の特殊部隊を相手にしても逃げ切れるかもしれない。