剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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支援絵をいただいた記念の番外編です。

【挿絵表示】

エミリー、カッコ良いよ!
アレクが惚れるのもわかるな!

時系列は、赤竜山脈ハイキングの直後くらいです。


番外 義兄の元カノ

「ハァ……ハァ……くそっ」

 

 Sランク冒険者パーティー『アマゾネスエース』のメンバー『サラ』は今、冒険者になって以来、指折りの窮地を前にしていた。

 

「そろそろ諦めたらどうだ?」

「うるさい!!」

 

 敵に向かって矢を放つ。

 魔術に比べて殺傷力が低く、やたら頑丈な魔物を多く相手にしなければならない冒険者には好まれない弓矢という武器。

 それでも、持ち前のセンスによって相手の急所を正確に射抜き、詠唱魔術より遥かに早く致命傷を与えてきた頼れる相棒。

 

「ハッ! 弱々しい」

「チッ!」

 

 そんな相棒の攻撃を、目の前の男は剣で簡単に叩き落とす。

 剣閃が見えなかった。

 片手で適当に振るってるように見えるのに、目で追えないほどの剣速だった。

 剣神流の達人。

 明らかな格上。

 

「たった一人でよく頑張るなって褒めてやってもいいが、無駄な抵抗だぞ? 何せ……」

 

 男の顔がグニャリと歪む。

 自分より下の者をいたぶって悦に浸る奴特有の、下卑た笑み。

 サラが大っ嫌いな顔。

 

「俺は『剣聖』メクジナ・コーザソーク! 剣の聖地で修行を積んだ本物だ! 冒険者ごときが倒せる相手じゃねぇんだよ!」

「うぐっ!?」

 

 気づけば、サラは吹き飛ばされていた。

 何をされたのかわからなかった。

 いや、斬られたのだろう。

 男、『剣聖』メクジナは剣を振り抜いた体勢で止まっていた。

 死んでいないということは、峰打ち。

 それも全ては後から状況を見て判断できたことだ。

 攻撃の瞬間には反応することすら許されなかった。

 

「『光の太刀』だ。さすがに知ってるだろう?」

 

 知っている。

 剣神流の奥義。かの有名な最速の剣技。

 だが、実際に食らってみると、こんなに速いのか。

 格が違う。

 歴戦の冒険者として鍛えられたサラの心が悲鳴を上げる。

 

「あ、ぐっ……!?」

「そぉら、大人しくしてろよぉ」

「うっ……!?」

 

 痛みで動けなくなったサラにのしかかり、メクジナは思いっきり彼女の服を引きちぎる。

 何をされるかなんて誰にだってわかる。

 下卑た男が女を生け捕りにしたのなら、することは一つだ。

 

(ああ、やっぱ紛争地帯になんか来るんじゃなかった)

 

 高額の報酬に釣られて、紛争地帯に行く依頼を受けてしまったのが悲劇の始まり。

 依頼を達成して帰ろうとしたところで、山の天気より崩れやすい紛争地帯の情勢の変化に巻き込まれ、脱出が難しくなった。

 それでも、どうにか知恵をしぼってこの魔境からの脱出を試みたのだが、結果は途中で盗賊に堕ちた剣聖に見つかるというありさまだ。

 

 仲間達は既に全滅。

 アマゾネスエースは全員が女なので殺されてはいないが、メクジナの取り巻きの盗賊どもに服を剥かれている。

 最後に残ったサラがやられて、誰も守る者がいなくなったからだ。

 だが、仲間を見捨てて逃げれば良かったとは思わない。

 かつて、死んだと判断されて見捨てられてもおかしくなかった状況の自分を、それでも助けに来てくれた少年のように、仲間のために動きたかった。

 

(そうだなぁ。何かの奇跡で生きて帰れたら、あいつみたいに冒険者を引退して、良い男でも見つけて結婚するのもいいか)

 

 現実逃避気味に、そんなことを思う。

 最後に会った時は、妻に囲まれて幸せそうにしていた、昔恋した男の顔が浮かんだ。

 彼とは比較にもならない最低の男達の下卑た笑い声が聞こえる。

 メクジナの最悪な顔がドアップで映る。

 

(ルーデウス、元気かなぁ)

「へっへっへ。なかなかに良いもん持ってるじゃねぇか……ッッ!?」

 

 だが、その瞬間。

 メクジナが咄嗟にサラの上から飛び退き、警戒した様子で剣を構えた。

 他の盗賊達も同じだ。

 アマゾネスエースの仲間達からバッと離れ、警戒態勢になっている。

 性格はともかく、実力的には化け物のようなこの男を有する盗賊団が、何をそんなに警戒しているのだろうか。

 

「そういうの、好きじゃ、ない」

 

 メクジナ達の視線の先。

 そこに現れていたのは、小柄な人物だった。

 魔術師風の緑の外套を羽織り、フードで顔は見えない。

 だが、声からして少女だろう。

 体格から見て、歳は13〜14歳か。

 それを見て、男達は冷静さを取り戻していた。

 

「な、なんだよ、ガキじゃねぇか」

「今のとんてもねぇ殺気は、なんかの間違いだったみてぇだな」

「ヒッヒッヒ! こんなガキなら先生に頼るまでもねぇぜ! おかわりだ! やっちまえ!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 

 盗賊どもは少女を逃さないようにか、大人数で囲むように押し寄せてきた。

 

(逃げて!)

 

 サラはそう声を出そうとするも、メクジナにやられたダメージのせいで声が出ない。

 そんなサラの思いはやはり伝わっていないようで、少女は呑気に外套を脱ぎ捨て、服を破かれたサラに着せた。

 外套の下から出てきたのは……想像以上に綺麗な少女だった。

 

 笑えば可愛いだろうが、今はクールに引き締めているからカッコ良く見える、整った顔立ち。

 顔によく似合う美しい金髪をロングのポニーテールにしている。

 眼は不思議な魅力のあるオッドアイ。

 魔術師風の外套を羽織っていたくせに剣士なのか、腰に二本の剣を差していた。

 しかし、剣帯には二本の短杖も差している。

 

 そして、何よりの特徴は、その尖った耳。

 長耳族(エルフ)

 眉目秀麗で知られる種族なら、なるほどこの美しさも納得だ。

 しかし……。

 

「お、おい、幼いエルフの女剣士って……!?」

 

 盗賊の一人が何かに気づいたように顔色を悪くする。

 最も強いはずのメクジナに至っては顔面蒼白になっていた。

 そんな状態でも、メクジナは剣聖。

 覚悟を決めたように剣を握りしめ、盗賊達を盾にして、その中に紛れるようにして少女との距離を詰めた。

 

「シィ!」

「『紛争地帯の悪魔』……!?」

 

 メクジナの光の太刀と、盗賊の驚愕の声が重なる。

 少女は顔をしかめながら腰の剣に手をかけて━━

 

 

「━━『光斬剣界』」

 

 

 一瞬。

 瞬きする暇すらない、刹那の一瞬。

 たったそれだけの時間で………盗賊達は全員が真っ二つになった。

 剣聖すらも、そこらの端役同然に斬り捨てられた。

 

「その、呼び方は、嫌い」

 

 不満そうな少女の声を聞く者は、生き残ったアマゾネスエースの女冒険者達しかいなかった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「大丈夫、だった?」

「うん。助かったよ」

 

 戦闘終了後。

 『エミリー』と名乗った独特の話し方のエルフの少女は、傷ついたサラ達を治癒魔術で治療までしてくれた。

 地獄に天使。

 正直、あまりにも都合が良すぎて、彼女の存在は自分が苦痛の中で生み出した幻想なのではないかとまで思ってしまう。

 

「サラさんは……」

「サラでいいよ」

「じゃあ、サラは、ここで、活動する、冒険者なの?」

「いや、報酬に釣られて来ちゃっただけ。正直、二度と来たくないね」

「それがいい。ここは、最悪、だから」

 

 エミリーは天使のような顔に、「うげっ」と言わんばかりの嫌悪感を浮かべた顔でそう言った。

 どうやら、紛争地帯は彼女ほどの強者でも嫌がるほどの魔境のようだ。

 絶対に二度と来ない。

 サラは固く心に誓った。

 

「それにしても、あんた滅茶苦茶強かったね。もしかしなくても有名人でしょ?」

「うん。一応。『妖精剣姫』って、呼ばれてる」

「やっぱり」

 

 『妖精剣姫』エミリー。

 その名前は、あまりにも有名だ。

 アスラ王国にて水神を倒し、シーローン王国の内乱にて死神を倒し、若くして七大列強第五位にまで上り詰めた、世界最強の女剣士。

 最近では剣神や北神、果ては伝説の闘神まで倒したという噂すらある。

 

 サラは冒険者としては最高峰のSランクだが、所詮は冒険者という狭い括りの中での最高峰。

 七大列強という全世界の頂点に立つ絶対強者から見れば、ちっぽけな存在に過ぎない。

 実際、エミリーからすればザコ同然の剣聖が、サラにとっては逆立ちしても勝てない化け物だった。

 そんな次元違いの彼女の武勇伝を聞いてみたい気持ちもあったが……。

 

「ねぇ、妖精剣姫って、龍神の配下だよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、ルーデウスって知ってる?」

 

 『龍神の右腕』ルーデウス・グレイラット。

 エミリーの存在に隠れがちだが、それでも確かに世界中に名を轟かせている実力者。

 さっき昔のことを思い出したのもあって、少し感情の乗った声が出てしまった。

 やっぱり、ルーデウスの話は、仲間達が気絶してくれている今のうちに出して正解だった。

 

 ところが、エミリーはそんなサラの様子を見た瞬間、愕然としたように動きを止めた。

 

「まさか、浮気……? またか……! またなのか……! あの野郎……!」

「へ? い、いや違うから! 昔、ちょっと色々あっただけだから!」

 

 殺気すら放ち始めたエミリーを見て、サラは慌てて自分とルーデウスの関係を説明した。

 10年ほど前に北方大地で冒険者をやっていた頃に出会って、自分が一方的に恋をして、恋破れたこと。

 数年前に再会して、幸せそうに暮らしてるのを見て、過去とはキッチリケジメをつけられたこと。

 サラは言うなれば元カノ、いやそれ未満だ。

 そこまで説明したところで、ようやくエミリーは殺気を収めてくれた。

 

「それにしても、ルーデウスの浮気疑惑でそんなに怒るなんて……もしかして、エミリーもあいつのこと好きなの?」

「それは、ない。三股野郎に、惚れる、趣味は、ない。私の、姉が、ルーデウスの、妻だから、怒った、だけ」

「え!? そうなの!? あ、もしかして王女の護衛だったサングラスの人?」

「あ、シルにも、会ったんだ」

「うん。でも、三股って……三人目が増えたことは知らなかったなぁ」

 

 それから、二人はしばらくルーデウスの話題で盛り上がった。

 しかし、昔の男の話なんてそう長くは続かずに脱線し、エミリーの武勇伝や、お互いの仕事の愚痴、エミリーはなんでここにいるのかなどの話に変わる。

 その結果……。

 

「迷子って……。天下の妖精剣姫が迷子って……」

「仕方ない。あれは、避けられない、事故だった」

 

 エミリーがここにいる理由が、まさかの迷子だと判明してしまった。

 本人は仕方のない事故だと言っているが、サラからすればそうは思えない。

 

 アスラ王国の依頼で紛争地帯の調査に来て、彼女のことをよく知らない騎士から機動力を活かしたお使いを頼まれて、そのまま帰り道がわからなくなって迷子なんて……。

 そのお使いというのが、中央大陸南部の紛争地帯から西部のアスラ王国まで空を飛んで報告書を運ぶという、もうわけのわからない神業なくせして、陥っている現状がしょうもなさ過ぎる。

 まあ、そのおかげでサラ達のところに迷い込んでくれたのだから、何がどう幸いするかわからないものだ。

 

「というわけで、護衛、やるから、案内、お願い」

「はぁ。わかったよ。恩返しも兼ねて、その依頼引き受けた」

 

 その後、サラ達アマゾネスエースは、最強の迷子を目的地まで送り届けるという依頼を見事に成し遂げた。

 そして、送り届けた先でルーデウスと再会。

 エミリーとの話にも出た、三人目の奥さんとも会った。

 なんだかんだで結婚生活を謳歌しているルーデウスを見て、サラは改めて冒険者の引退と婚活を決意したのだった。




・サラ
原作と違って、ルーデウス達が北神を探しに紛争地帯を訪れなかったせいで、悲惨な末路を辿る一歩手前に。
その原因はエミリーなので、ある意味、自分で掘った穴を自分で埋めたような形。
しかし、そんな裏事情がわかる奴は、本人達含めてこの世界のどこにも存在しない。
ワンチャン、ヒトガミならわかるかもしれないけど。


・迷子の迷子のエミリーちゃん(23歳)
ポンコツ具合を甘く見ていた現場の人が、うっかりルーデウス達保護者の了承を得ないまま、赤竜山脈を数時間で走破したという逸話だけを判断材料に、緊急連絡のお使いなんか頼んだのが運の尽き。
エミリーちゃんは取り扱い説明書の内容を遵守してお使いください。


・『剣聖』メクジナ・コーザソーク
剣の聖地で修行を積み、若くして剣聖にまでなったが、新しい剣神であるジノの放置式道場運営についていけずに飛び出した剣聖の一人。
流れ着いた紛争地帯で、自分より格下の奴をいたぶる快感と、金、暴力、女の根源的欲望に目覚めたクソザコナメクジ。
ある意味、ガルさんの『己の欲望のために剣を振るえ』という教えの体現者と言えなくもないが、志が低すぎるので落第。

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